魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「スバルのココロに入る――その意味を、俺は理解していなかった。それはあいつの事を知るって事。あいつの見て欲しく無い事も見てしまうと言う事。……その意味を識った時、俺は――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第二十一話「スバルのココロ」(前編)

 

 スバルの世界。そこで、決戦の火蓋は切られた。

 シオンは怒りにどんどん思考が、感覚がシャープになっていく事を自覚する。これは前にも――クラナガンのショッピング・モールでの戦いと同じ感覚だ。

 向かい来るはチンク。……チンク本人に悪いので仮にチンク・オルタと勝手に名付ける。は、五指にスティンガーを挟み、シオンに突っ込んで来ていた。

 ウェンディ・オルタ、ノーヴェ・オルタ(こっちも勝手に名付けた)は、コンビでティアナ、ギンガと戦う積もりらしく、二人に向かっていた。好都合である。

 シオンは未だ連携戦闘が得意と言え無い。故に個人戦闘は逆に有り難かった。

 

「――ヒュッ!」

 

 一息。振るわれる両手からスティンガーが放たれる。その狙いは正確無比だ。回避しようと、一、二発は受けざるを得ないだろう。

 しかも、チンク・オルタには厄介なISがある。そこまでシオンは思考して、この状況に最も適した技を己から引きずり出した。

 

「神覇四ノ太刀、裂波!」

 

    −波−

 

 空間振動波。イクスから放たれたそれは、スティンガーを巻き込み、弾く。

 そしてシオンはその場で足を止めて、シールドを最大数展開した――同時に、チンク・オルタが指をパチリと弾いた音が響く。

 

    −爆!−

 

 轟爆! スティンガーが、一本も余す事なく爆発し、シオンを飲み込む。IS:ランブル・デトネイター。固有武装スティンガーを爆発させる事が出来るISだ。

 これの屋内での爆砕能力は凄まじいの一言に尽きる。下手をすればS級に匹敵する攻撃力を生むからだ。シオンはその爆風にシールドごと押され、数メートル下がるが、何とか耐え。

 

 ――背に悪寒が走った。

 

「っ――!?」

 

    −閃!−

 

 悪寒――直感に従うまま、背後へとイクスを振り放つ。そこには居る筈の無い存在。チンク・オルタが居た。

 

「ほぅ……」

 

    −戟!−

 

 シオンの一撃を手に持つスティンガーで受け、後退しながらチンク・オルタはニヤリと笑う。

 

 ――悪寒は止まらない。

 

 次の瞬間、チンク・オルタの姿をシオンは見失った。悪寒に突き動かされるまま、シオンはその場で前転する。直後、シオンが居た場所を数本のスティンガーが通過した――まだ悪寒は止まない! 直感の命じるままにプロテクションを張る!

 

    −爆!−

 

 爆砕。再び起きた爆発にシオンは顔を歪め、耐えながら理解した。

 これがチンク・オルタの追加能力だと。

 超高速移動。シオンは知らないが、それはナンバーズの一人、トーレのIS:ライド・インパルスに酷似していた。

 

「どうした? 借りを返すんじゃなかったのか?」

 

 抜かせ――――!

 

 ランブル・デトネイターで引き起きた煙の中で、シオンは胸中悪態を付く。視界は煙で0。向こうはいかな手段か、こちらの位置を完全に掴んでいる。厄介極まりなかった。

 まず向こうの位置を知らなければならない。シオンは再度刃を振るう。

 

「神覇参ノ太刀、双牙!」

 

    −轟−

 

 振るわれたイクスを中心に、二条の牙が地を疾る。牙は煙を散らして、シオンは視界を取り戻し。

 

 ――そのまま絶句した。

 

「な」

 

 開けた視界に映るスティンガー。その数、数十本。それが切っ先を全てシオンへと向け、取り囲む様に展開している。スティンガーの包囲の向こうにチンク・オルタが嘲笑を浮かべて立っている。

 そこで失態に気付いた。チンクはスティンガーをアポート(転送)して配置する能力を有していた――!

 

    −閃−

 

 そして、全てのスティンガーがシオンへと向けて殺到した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ティアナ、ギンガはシオンと離れ、ウェンディ・オルタとノーヴェ・オルタと対峙していた。

 

「シュート!」

「ショット!」

 

    −閃−

 

    −弾!−

 

 ティアナとウェンディ・オルタの射撃が絶え間無くぶつかり、光の花となって散る。

 その中をギンガとノーヴェ・オルタはウィングロードとエアライナーを形成して疾駆した。

 互いにリボルバーナックルとジェットエッジを回転させながらぶつけ合い、拳と蹴りを炸裂し合う。

 

「こンのー!」

 

 ノーヴェ・オルタが右腕を掲げる。そこに出現したのは六つのスフィアだ。固有武装、ガンナックル。ノーヴェが有する射撃攻撃だ。オルタの方も問題無く使えるらしい。

 

    −弾!−

 

 ガンナックルから放たれる光条が迷い無くギンガへと放たれる。ギンガはそれに対して右手を掲げた。

 

「トライ・シールド!」

 

    −壁−

 

 ギンガの右手に形成されるはベルカ式魔法陣のシールドだ。そのシールドはガンナックルから放たれた射撃を軽く弾いてのけた。ノーヴェ・オルタは構わない。

 連射しながら更に背中とジェットエッジのブースターを吹かす。直後、猛烈な速度を持ってギンガへと直進。

 ギンガもシールドを解除して、ノーヴェ・オルタへと疾駆する。

 

    −撃!−

 

    −破!−

 

 再度ぶつかり合う拳と蹴り、それにノーヴェ・オルタは笑う。

 右の蹴りと左拳。ぶつかり合ったまま、ノーヴェ・オルタは背のブースターを吹かし、更にエアライナーを解除。身体を捻らせ、ギンガの懐へと入る。左の足が再度エアライナーを形成。そのままギンガの顎を狙い、左のリボルバースパイクが放たれる――!

 

「っ――!」

 

 ノーヴェ・オルタの予想外の動きに、しかしブリッツキャリバーは自己の判断で主を守る為に後ろに疾駆。ギンガを後ろへと下がらせた。

 結果、ギンガの顎を掠めてノーヴェ・オルタの蹴りは通過し、距離が離れる。ギンガは自身のデバイスに感謝しつつ、リボルバーナックルをカートリッジロード。追撃を掛けんとするノーヴェ・オルタに突き出した。

 

「リボルバー! シュート!」

 

    −轟−

 

 ギンガが放つ拳に合わせて、渦巻いて衝撃波が放たれる。この魔法は威力はともかく、その範囲が広い。ノーヴェ・オルタはその一撃を回避出来ず、衝撃波によって釘付けとなった――その隙をギンガは逃さない。

 すかさずウィングロードを形成、ブリッツキャリバーが唸る。最大加速で動きを止められたノーヴェ・オルタの懐に飛び込んだ。

 

 ――強化されていても、そんなの関係無い。

 

 カートリッジロード。左手のリボルバーナックルのスピナーが刻むは激烈な回転。

 

 ――狙うはただ一撃。相手の急所への正確な一撃。

 

 ノーヴェ・オルタが、ギンガの接近に気付き、左の蹴りを放つ――遅い!

 

 ――狙うのはただそれだけ!

 

    −撃!−

 

 ノーヴェ・オルタの蹴りをかい潜り、ギンガのリボルバーバンカーがその鳩尾に吸い込まれるように突き刺さる――ギンガは止まらない!

 そのままノーヴェ・オルタの鳩尾を左手が突き刺したまま疾駆する。零距離でカートリッジロード。リボルバーシュートを放つ!

 

    −撃−

 

    −撃−

 

    −撃!−

 

 零距離で叩き付けられた衝撃波に、ノーヴェ・オルタが苦悶の表情を浮かべる。ギンガは本人の――妹の顔を浮かべ、しかし迷わない。

 ラストのカートリッジをロード。ウィングロードを下へと向け、ノーヴェ・オルタごと床へと激突する!

 

    −撃!−

 

    −砕!−

 

 同時、爆発したがごとき煙が二人を中心にぶち撒けられた。

 その煙が晴れた後には、床に倒れ伏すノーヴェ・オルタと、その鳩尾に未だ拳を突き刺したままのギンガが居る。ノーヴェ・オルタはただ口の端を歪め、笑うと同時に無数の黒のバブルとなって消え去った。

 

 後に残るのは、残心したままのギンガのみだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ノーヴェ・オルタが倒された時、ウェンディ・オルタが浮かべたのは姉を倒された事による悔しさでも、ましてや悲しみでも無かった。

 

 ――使え無い。

 

 自身の姉に対してそんな侮蔑の表情を浮かべていたのだ。

 それを射撃戦を演じていたティアナは見て、本人では無い事を再確認する。彼女等姉妹の絆の強さを知っているからだ――彼女等と直接戦った身として。

 だからこそティアナは迷わない。スフィアを再展開。同時、カートリッジロード。

 

「クロス、ファイア――!」

 

 そう、こんな”まがい物”を、スバルを傷つけ、姉に対してさえ侮蔑の表情を浮かべる存在を許す訳には行かない――!

 

「シュート!」

「馬鹿の一つ覚えっすか!」

 

    −閃!−

 

    −弾!−

 

 放たれる二十の光弾。だが、ウェンディ・オルタが放つエリアルショットが、その全てを迎撃する。さらにティアナに向けられるライデングボード。

 

    −轟!−

 

 砲撃! AAA級の砲撃がティアナへと撃ち放たれる。それは迷い無く、ティアナへと突き進み――

 

 あっさりと通過して、ティアナの姿は消えた。

 

「また幻影!?」

「そこっ!」

 

 同時、右横から突っ込んでくるティアナ。右の手には2ndモード、ダガーと成ったクロスミラージュ、左の手には1stモード、銃のままのクロスミラージュが握られていた。さらに周囲に浮かぶは四つのスフィア。

 ウェンディ・オルタは気付くと同時、ティアナはスフィアを放つ。即座に、ウェンディ・オルタは反応。抜き撃ちでエリアルショットを放ち、迎撃した。

 そしてライデング・ボードの先端には光が灯る。ティアナとウェンディ・オルタの距離は未だ離れている。十分砲撃を撃ち込める距離だ。それにウェンディ・オルタが浮かべるのは笑み。嘲笑だ。

 

「これで、終わりっす!」

 

    −煌!−

 

    −轟!−

 

 放たれる光砲。ティアナはそれに躱すそぶりも見せず突っ込み――

 

 そして、あっさりと通過して、ティアナの姿はまた消えた。

 

「な……っ!?」

 

 二重幻影(デュアル・イリュージョン)。幻影を複数作り出すのでは無く、時間差で二つ目の幻影を作り出す事で相手の心理すらも利用した幻影術だ。シオンとの戦いでも活躍したそれを、ティアナは使いこなしていた。

 

    −斬!−

 

 直後、ウェンディ・オルタは背に疾った衝撃に呆然としながら振り向く。

 その先には2ndモードのクロスミラージュの両刃を、その名の通り十字にウェンディ・オルタへと刻み付けたティアナが居た。

 

「こ、のっ!」

「――3rdモード!」

 

 怒りの声を上げるウェンディ・オルタにティアナは構わない。クロスミラージュを一つに戻し、ブレイズモードへと移行。そのまま構える――ウェンディ・オルタは動け無い。

 再生が始まるが、完治は未だ成らず、また斬撃の衝撃が抜けていない。クロスミラージュの先端にターゲットサイトが展開。怒りの視線を向けるウェンディ・オルタの額にレーザーサイトが照射された。ターゲットサイトに展開する環状魔法陣、放たれるは撃発音声!

 

「ファントム!」

 

 ティアナは叫び、そして容赦無く放つ!

 

「ブレイザ――――!」

 

    −煌!−

 

    −撃!−

 

 光砲はウェンディ・オルタを飲み込み、突き進むと、壁へとウェンディ・オルタごと叩き付けられた。

 ウェンディ・オルタは光の中で、しかしその嘲笑は止めずに、そのままバブルとなって消えたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――時が止まった。

 

 シオンは殺到するスティンガーを見て、そんな感想を抱いた。

 

 ――何だ、これは?

 

 スティンガーが、チンクが、止まって――いや、正確には止まって見える程にゆっくりに見えた。

 

 ――感覚が広がる。

 

 ――世界が感知出来る。

 

 スティンガーが何本あって、それが何時、自分に当たるかを理解出来る。

 それだけでは無い。今、離れて戦うギンガを、ティアナを認識する事が出来る。

 それらを感じながらシオンは一つの声を聞いた。

 それは風。

 それは世界。

 それは友。

 それは隣人。

 その声を聞きながら、シオンは我知らずに呟く。

 

「セレクトブレイズ」

【トランスファー】

 

 瞬間でブレイズフォームへと戦技変換を行う――行える。

 通常では有り得ぬ速度でだ。そして、いよいよ自分へと突き立たんとするスティンガーを左右のイクスブレイズで弾いた。”全て”のスティンガーを一瞬で、だ。

 さらに爆発の気配を感じて、シオンは弾き飛ばしたスティンガーの隙間から飛び出る。

 

 ――そこで知覚の加速現象は止まった。

 

    −爆!−

 

 爆音が響く。それにチンク・オルタは笑みを浮かべ――今度は逆に、背に走る悪寒に超高速移動を発動する。

 

    −閃−

 

 直後、チンク・オルタが居た場所を刃が通り過ぎた。ブレイズフォームのシオンだ。その姿を見て、チンク・オルタが浮かべるのは驚愕だった。

 

 一体、どうやったらあの状況から抜けられる!?

 

 理解出来ないそれに、シオンはその思考すら許さない。

 

「我は共に歩く隣人にして友人。汝が枝族は”風”。汝が柱名は”ジン”」

「な……に?」

 

 それは――その詔は”契約”の、誓約の聖句だった。

 チンク・オルタは悪寒が止まらない事を自覚する。こんな土壇場で新たな契約を成す等、知らない。彼女の――”因子”の情報にそんな物は無い。在っては成らない!

 

「契約を……! 何の準備も無しに契約を行うだと!? 貴様、一体何者だ……!?」

「何者でも無ぇよ」

 

 そう、シオンは未だ何者でも無い。だからこそ、何者にでも成れる!!

 

「我が血と名を持って、ここに契約を結ばん! 来たれ、ジン!」

「さ、させ――!」

 

 シオンの叫びに、チンク・オルタは何とか防がんとするが、間に合わ無い、間に合う筈が無い!

 

「精霊契約――ジン!」

【スピリット・コントラクト】

 

 永唱が完了すると同時に、風が吹いた。その風はシオンに纏うように吹き、チンクが放ったスティンガーを添く跳ね返す。

 現れたのは風で構成された太っちょの巨漢。だが、その眼光は鋭い。

 

 ――精霊契約。

 

 シオンは新たな精霊、風の精霊ジンと契約を成したのである。そして、そこで終わらない。

 ジンは像をぶらし、シオンへと重ねる。

 それはシオンの切り札。軽々しく使う事は許されない力。しかし、シオンは躊躇い無くそれを使う。

 チンク・オルタは絶望する――その表情を冷ややかに見ながら、シオンは切り札の名を呟いた。

 

「精霊融合」

【スピリット・ユニゾン!】

 

 纏うは風。今、シオンは全ての風と共にあった。

 

「く……っ!」

 

 チンク・オルタは顔を歪ませ、シオンにスティンガーを放つと同時に超高速移動を開始。撤退を選ぶ。そんなチンク・オルタにシオンは両のイクスブレイズを腰溜めに構えた。

 スティンガー。チンク・オルタ。

 その二つを同時に打倒しうる技をシオンはその身から引き出す!

 

「神覇漆ノ太刀、奥義――」

 

 纏う、纏う。風をその身体に纏う。それはシオンを核として、白き虎と形を成した――。

 

「白虎」

 

    −閃−

 

    −斬!−

 

 ――次の瞬間、全てのスティンガーは斬り裂かれ、逃走するチンク・オルタの小さな身体に幾百、幾千、幾万の斬撃が瞬時に刻まれた。

 

「が、ぁっ!?」

 

 シオンが、その身に纏った白虎を解除すると共にジンを送還する――同時に、反動がシオンを襲った。

 融合を使用したのは一瞬なれど、その反動は彼を苛む。だが、シオンは立ち上がった。我慢出来ない程でも無い。

 そして、シオンのその背中を見ながらチンク・オルタはバブルへと成って消えていく。

 

「――――」

 

 最後に一言、シオンに言って、チンク・オルタは消えた。それを見ながらシオンが浮かべるのは苦笑い、だ。

 

「……アホか」

 

 チンク・オルタが最後にシオンに放った言葉。

 

 ――お前達は決して許さない。

 

 その言葉に、シオンは苦笑いしたのだ。許さないのは誰か、そう思う。

 

「俺こそ、許すつもりは無ぇよ」

 

 呟いて、シオンは後ろを振り向くと、ギンガ、ティアナがこちらへと走って来ていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シオン!」

「おう、そっちも無事みたいだな」

「何とかね」

 

 シオンはブレイズフォームを解除し、ギンガ、ティアナと合流する。ジンと契約を結ぶ瞬間、また融合している最中は風そのものが知覚範囲となっていたらしく、シオンは二人の決着も知っていた。それがジンを融合した時の特化能力であるらしい。

 シオンは少し目眩がする頭をどうにか二人に悟られないようにしながら、そう思う。

 

「で?」

「ん? で、て?」

 

 ティアナがいきなり問い掛けるがシオンは疑問符を浮かべた。ティアナはいきなり半眼となる。ギンガも苦笑していた。

 

「さっきのアレよ。この世界のスバルは救えたと言う話」

「おお! それな」

 

 ギンガのフォローにシオンはポンっと手を打つ。ティアナは白い視線を向けた。

 

「アンタね……」

「いや、だってあの戦いの後だぞ?」

「まぁ、そこは良いとして、どう言う事なのかな?」

 

 二人が口喧嘩になりそうな空気を察してギンガが話しを先に進めた。どうにもティアナはシオン相手だと、善きにしろ悪しきにしろ感情的になる傾向がある。まぁ、本人達はあまり気付いて無いようだが。

 

「そうですね……イクス?」

【ああ、もうすぐ始まるはずだ】

 

 シオンとイクスのやり取りを不思議そうな顔で二人は見ていると、直後、天井が――いや、世界の空が割れた。

 

「「え!?」」

「……これ、怖いな?」

【俺も初体験だから何とも言えんが。確かにな】

 

 説明を未だ受けてない二人は見るからに動揺し、シオン自身も少しばかり驚く。そうしている間にも割れは酷くなり、天井だけで無く、床にもひび割れは広がった。

 

「ちょ……っ! これ何!?」

「シオン君!?」

「えっと、確か手を繋いだ方がいいんだよな?」

【向こうで逸れる可能性もあるらしいからな】

 

 慌てる二人を余所にシオンとイクスは確認し合い、ティアナ、ギンガの手を握る。

 

「て、こんな時に何を……!?」

「いいから黙って見てる! 百聞は一見に如かずって言うだろ?」

「それ、こう言う場合に使う言葉かしら……?」

 

 思わず呆れ顔になるギンガ。そうこうしている内に床はひび割れ、空は完全に割れていた。

 そしてついに床が砕け、三人は真っ逆さまに落ちていく。

 シオンは飛行魔法を使わず、さらにギンガがウィングロードを発動しようとするのを制止した。

 

 下が見えない程の奈落――そこに、三人は落ちて行ったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 落ちて行く。

 落ちて行く。

 

 三人はそのまま落ちて――次の瞬間、いきなり炎の中に居た。

 

「「「はい?」」」

【む……これは……】

 

 思わず目が点となる三人。イクスも行き着いた先がいきなりのコレだったので、流石に動揺していた。

 

「イクス、これは?」

【確認してみなければな。ギンガ・ナカジマ、ティアナ・ランスター。二人共、スバル・ナカジマとこの景色の関連、何か分からないか?】

「え? この火災って――」

「間違い無いわ……」

 

 ギンガがイクスの言葉に周りを見て、呆然とする。ティアナはその反応を見て、やはりかと確信した。

 

「じゃあ、ココが?」

「……ええ。5年前の空港火災……」

【つまり関連性はあるのだな?】

 

 イクスの問いにギンガは頷く。そして、二人はシオンとイクスに向き直った。

 

「どう言う事なのか。今度こそ説明してくれるんでしょうね?」

「分かってる。取りあえず歩きながら話すさ。……”この世界のスバル”も見つけなきゃだしな」

 

 そう言いながらシオンは歩き出し、二人もそれに並んで歩き始めた。

 

「深層心理、て知ってるか?」

「……? 確かあれよね? 人の心が階層状になってて、無意識に近い部分程、無意識的な領域になってるって言う」

「ああ。でだ、今俺達はスバルの世界の下層に向かっている訳だ」

「下層?」

 

 ティアナの答えに頷き、ギンガの問いに向き直る。

 深層意識と言うのは、つまり人の心には意識の下層において、更に深い層が存在し、無意識的なプロセスがこれらの層にあって進行しており、日常生活の心理に対し大きな影響を及ぼしていると言うものだ。

 

「イクス?」

【ああ、ここからは俺が話そう。俺達が居るのはスバル・ナカジマの精神世界だ。この世界は顕在意識と深層意識のレベルを反映して階層構造となっている訳だ】

「け、顕在意識?」

「……俺もそこら辺の説明がいまいち解らなくてな……」

【解り易い解釈でいいなら氷山をイメージしろ。海より上の部分が顕在意識、下が深層意識だ】

 

 つまり顕在意識が通常の日常生活に於ける意識を担当し、深層意識が無意識層を担当する訳である。

 この説明を聞いて、漸くティアナはピンと来たらしい。イクスに目を向ける。

 

「つまり、深層意識に潜る程にスバルの世界が在って、さらに同じ数だけスバルが居るって事?」

【どこぞの馬鹿弟子と違って察しが良くて助かる】

「悪かったな! 馬鹿で!」

 

 イクスに比喩され、流石にシオンも怒鳴った。……確かに三回くらい聞き直していたから、あまり否定出来ないのだが。

 

「と言う事は、私達はスバルの世界の数だけスバルを因子の干渉から助けなければいけないと言う事なの?」

【いや、そう言う訳でも無い。因子は彼女のトラウマ――負の感情をもっとも引き出せる世界を選んで記憶の改竄を行おうとしている節がある。そこを足掛かりに彼女の記憶全てを改竄する為に、な】

 

 ギンガの問いにイクスが答える。つまり、今すべきは因子が関与していると思しき世界に向かい、その世界の因子の干渉から彼女を守りきる事。それを三人に向けて、イクスは説明する。

 

「成る程、ね……」

「うん、大体の事情は飲み込めたわ」

【ならば何よりだ。それより気をつけろ】

「分かってる。因子は――」

【違う】

 

 シオンの肯定をしかし、イクスはあっさりと否定した。それにギンガ、ティアナもイクスを怪訝そうに見る。

 

「……何が違うんだ?」

【……言っただろう無意識の部分に向かっている、と。無意識とはつまり彼女が潜在的に抱いている”想い”でもある。それは綺麗事なんかではない】

「……どう言う事?」

 

 流石に解らなかったのか、ティアナが疑問をイクスにぶつける。ギンガもまだ怪訝そうであった。イクスは言葉を続けた。

 

【人はその選択――その意思に対して、肯定的な想いがあると同時に必ず否定的な想いが浮かぶものだ】

「……つまり?」

 

 シオンが先を促す。イクスもまた、頷くようにして答えてくれた。

 

【これより先に存在する彼女は、我々が知る彼女では無い可能性もある、と言う事だ。……シオン、覚悟した方がいいぞ】

「……俺達が知らないスバル、か……」

「……ちょっと、怖いわね」

「そうね……」

 

 そう締めくくったイクスに、三人は少し考え込み――三人は足を止める。シオンが周りに目を向けた。

 

「……ギンガさん」

「ええ。ティアナさん?」

「はい。こちらでも確認出来ました」

【肯定です】

 

 ティアナにクロスミラージュが肯定する。そして直後、炎の中からそれは現れた。

 ――ガジェット。そう、この空港火災はガジェットと、あるロストロギアが関連していると言う報告があった――!

 

「とにかく、こいつ等潰してさっさとスバルの元に行こうぜ!」

「そうね!」

「ええ!」

 

 三人は共に頷き合い。ガジェットに向かって一気に駆け出したのであった。

 

 

(中編に続く)

 

 

 




はい、毎度お馴染みのテスタメントです♪
今回は、三部に分かれてお送りします♪
後編の文字数はシャレになってない事になっておりますが(笑)
どうぞ、お楽しみに♪
では、中編でまたお会いしましょう♪

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