魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「彼の瞳を見た時、感じたのは強い意思だった。それは祈りにも似て。だから、この時の私には分から無かったんだ。彼の――伊織タカトの、本当の願いを。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第十八話「再邂は炎の中で」(前編)

 

 PM13時05分、ユーノ宅。

 昼ご飯を食べ終え、お茶を楽しみながら談話を楽しんでいた一同。

 そんな団欒も、一つの報せと共に破られてしまった。

 一同はユーノ宅の居間でくつろいでいたのだが、その居間の中央にはウィンドウが展開している。

 そこに映るのは時空管理局、地上本部の管制士官と、准将だ。

 はやてを始めとした一同は、その報告を聞いて顔を青ざめさせていた。ここの近くにあるクラナガンのショッピングモール。そこで感染者が複数現れたとの報告である。しかも、その数が半端では無い。総計十二体。それだけの数の感染者が、ショッピングモールを蹂躙していたのだ。

 通信を一緒に聞いていたシオンは流石に息を飲む。とんでも無い数だ。それこそ、アースラ前線メンバーがフルで揃っていなくては対処が完全には出来ない程である。

 しかも、肝心のアースラは本局だ。前線メンバーをこちらに転送してもらうにも、時間が掛かり過ぎる。故に准将は、タイミング良くクラナガンに来ていたはやて達に出動要請をしたのだった。

 

《済まない。君達が休暇中だとは解っているのだが……》

「そんな、気にせんでも大丈夫ですよ。むしろ教えて頂いてありがとうございます」

 

 頭を下げる准将。それに、はやては済まなそうな顔をする。感染者対策はアースラの管轄だ。頭を下げられると申し訳なく感じてしまう。

 そして、はやては一緒に来ていたなのは、フェイト、シオンを見る。三人は、すぐにはやてに頷いてくれた。彼女も頷き返す。

 

「では、今から八神はやて部隊長、高町なのは一等空尉、フェイト・T・ハラオウン執務官。そして神庭シオン嘱託魔導師、現場に向かいます。飛行許可をお願いします」

《ああ。頼む!》

 

 その一言と同時に通信が切れ、ウィンドウが閉じる。はやては一息だけ、ため息を吐いた。

 ……いつかと同じやな、と。

 それは飛行場で起きた火災。その時は、なのはとフェイトが休みで自分に会いに来てくれていたのだが。

 

「はやて先生」

 

 声が掛かる――シオンだ。この中で恐らく、一番感染者との戦闘経験を持つ故に、今がどれだけ危険な状態なのか解ったのだろう。最悪、人がまた感染する。

 

 ――止めなあかん。

 

 その思いのまま、三人に向き直った。

 

「……皆、通信は聞いたな? 現状は最悪や。街中で感染者が複数。それもかってない程の数や、時間もない。戦力も無い――でも、やるしかない」

「……」

 

 はやての言葉に一同黙ったままに、しかし頷く。

 そう、やるしかないのだ。二度とこんな筈じゃない結果を生まないように。

 

「皆、私が聞くんはこれだけや。いけるな?」

「うん、もちろん」

「当然だよ」

「はい。いつでも」

 

 三人の答えにはやては頷く。そして、ユーノとヴィヴィオの二人に向き直った。

 

「ゴメンな? ユーノ君、せっかく遊びに来たのに」

「気にしなくて大丈夫だよ。それより四人共、気をつけてね?」

「うん。ありがとう、ユーノ君。……ヴィヴィオ、ゴメンね? ママ行かなくちゃいけなくなっちゃった」

「……うん。だいじょうぶだよ? でも……」

「うん?」

 

 ヴィヴィオが二人の母に抱き着く。キュッと。それに、なのはとフェイトは微笑んだ。

 

「ケガしないで、かえってきてね……?」

「ヴィヴィオ……。うん、大丈夫、約束するよ」

「ちゃんと帰ってくるからね?」

「ウンっ!」

 

 二人の母にヴィヴィオは満面の笑顔で頷く。そして、四人は玄関から出てユーノ宅の庭に出た。

 

「よし、行くよ!」

「「「了解!!」」」

【スタンバイ・レディ?】

「「「セッ――ト、アップ!」」」

【スタンバイ、レディ。セットアップ!】

「イクス!」

【セット・レディ!】

 

 光が庭に広がる――次の瞬間には、バリアジャケットに身を包む四人がそこに揃っていた。一斉に頷き、空を見上げ。

 

『『GO!』』

 

 掛け声と共に一気に飛び立った。

 向かう先は炎が燃え盛り、感染者が徘徊する現実に顕れた地獄。……しかし、彼女達もまた知らなかった。

 そこには、感染者以外の驚異が居る事を。666――伊織タカトがそこに居る事を、知る筈が無かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クラナガンのショッピングモール。つい数時間前までは何の変哲もない、休日で人が賑わう場所だった。

 そんなショッピングモールは今、地獄となっている。炎が辺りを走り、店が崩壊している。周りには人はいない。殆どの人は救助隊の必死の救助。そして出動した陸士部隊により人以外のモノ――つまり、感染者達の足止めに成功し、避難が完了していた。だが、そこまで。

 陸士部隊は結局の所、感染者に対抗出来ず、また火災に巻き込まれる危険もあり撤退。

 今は、周辺に感染者が散らばらないように強装結界を展開していた。

 元々、このショッピングモールはかなり広大だ。故に、その被害もせいぜい半分といった所である。

 しかし、それは十分に過ぎる被害である。

 JS事件からこの街を復興させてきた人々を絶望させるのには、あまりに十分過ぎたのだった。

 

 そして、結界の中を徘徊する影がある――感染者だ。

 十を越えている感染者が、結界を認識しているのか。結界に何体か向かって来ているのだ。

 そんな中、炎の中で幼い少女と少年が震えていた。姉弟だろうか。二人は寄り添うように互いを抱きしめている。その顔には汗が浮かんでいた。この火事だ。相当熱いのだろう。だが二人共、騒ぎ立てたりはしない――いや、出来ない。

 今、周りにはもっと怖い存在が居たからだ。それは異形。身体を黒の点に侵され、そして生きているとは思えない表情で、徘徊する化け物達。

 それに対する恐怖で二人共騒がなかったのだ。二人の互いを抱く力が強くなる。

 ――足音。巨大な足音が近づいて来ているのだ。ゆっくりと、ゆっくりと。

 息すらも殺して、異形が通り過ぎるのを待つ。近付いて、近付いて。だが、気付かなかったのか関心が無かったのか、そのまま通り過ぎて行った。漸く姉弟達の手から力が抜け、……それを見た。

 

 ――異形の首が180度回転し、二人を見ている所を。

 

 凍りついた。その視線にさらされて、二人は凍りついた。

 異形は構わない。振り向き、二人に近付いてゆく――ゆっくりと。

 そんな異形を恐怖で震えながら二人は見る。声が出ない、動けない!

 本能が叫んでいる。もう終わりだ、と。

 次の瞬間、異形が咆哮し、二人に襲い掛かろうと手を伸ばし――。

 

    −斬!−

 

 ――真っ二つになった。

 

「神覇弐ノ太刀、剣牙」

 

 その声を二人は聞く。そして、背後に表れたのは黒ずくめの少年だった。手に持つのは大剣。その剣を肩に担ぎながら、少年は歩く。

 

「もう大丈夫だ」

 

 そう言って、二人の横を通り過ぎた。

 その後ろからは金の髪の女性が、これまた黒ずくめで歩いて来ている。少年は二人の横を抜ける。

 

「よく、頑張った」

 

 それだけを呟き、二人の頭をそれぞれ撫でて少年は二人の前に出た。直後、金の髪の女性に、姉弟は抱きしめられた。

 

「フェイト先生はその二人を」

「うん。シオン、無理しないようにね」

「大丈夫です。無理は苦手ですから。……無茶は得意ですけど」

 

 少年は――神庭シオンは大剣、イクスを正眼に構えながらそんな事を言う。

 その姿を、その背中を、救助された少年は目に焼き付ける。フェイトは苦笑いを一つ零した。

 

「それ、同じ意味に聞こえるよ?」

「いや、意味はまったく違いますよ」

 

 シオンが笑う。フェイトは二人を抱え上げ、空に浮かび上がった。二人を安全な所に連れていく為だ。

 

「どんな風に違うの?」

「簡単です」

 

 そこで異形、感染者は再生を完了した。咆哮が辺りに響く。少年は、シオンの背中を見ながら、最後の言葉を聞いた。

 

「無理は嫌々やるものですけど、無茶は好んでやるものですよ」

「……成る程、ね」

 

 そんなシオンの言葉にフェイトは微笑んで。

 直後に感染者とシオンは互いに駆け、フェイトは空高く舞い上がる。

 

 煉獄の炎の中で、感染者達との戦いの幕が上がった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 接近する感染者を、シオンは駆けながらひたすら”冷静”に見る。

 怒りが過ぎて、逆にシオンの頭は澄み渡っていた――右、いきなり感染者の腕が伸びてシオンに突っ込む。

 シオンはそれに欠片ほども驚かない。驚異にすら感じない。

 

「壱ノ太刀、絶影」

 

    −閃!−

 

 一刀。ただそれを持って、感染者の腕を叩き斬った。感染者は、その勢いのまま後退しようとして――だが遅い!

 

「絶影」

 

    −斬!−

 

 瞬動をもって一気に追い付き袈裟に斬撃を放った。一瞬の間を置いて、首が落ちる。シオンは止まらない。振り向きざまに更なる一撃を放つ!

 

「参ノ太刀、双牙!」

 

    −撃!−

 

 斬断。二条の斬線が感染者を三枚に下ろした。そのまま感染者は塵へと還る。

 

「次だ」

 

 一体目撃破。呟くと、シオンは空へと上がる。その空には、なのはがいた。

 ショートバスターを連射し、三体の感染者を釘付けにしている。そして響くは朗々たる永唱。はやてだ。手にある夜天の書のページが次々とめくられる――。

 

「……遠き地にて、闇に沈め……」

「はやてちゃん!」

 

 なのはからの声にはやては力強く頷く。永唱完了!

 

「広域魔法、行くよ! デアボリック・エミッション!」

 

 はやてがアームドデバイス。シュベルトクロイツを感染者に振り下ろす。

 次の瞬間。感染者三体の、中央の空間が軋んだ。

 

    −煌−

 

    −破!−

 

 ――空間攻撃。漆黒の球が、三体の中央を基点として一気に感染者を飲み込み、そして消えた。

 飲み込まれた感染者はボロボロになっていた。だが、三体は未だ再生を行おうとする――そんな隙を、逃す筈が無かった。

 

「ディバイーン! バスタ――――!」

 

    −煌!−

 

    −撃!−

 

 叫びと共に放たれるは光砲。ディバインバスターだ。なのはが最も得意とする砲撃魔法である。

 それは一直線に感染者三体を巻き込んで爆裂。二体が塵へと還り、一体は耐えた。無理やり上半身のみの状態で再生を行おうとして――そのまま一刀の元に伏される。

 

「逃がすかよ」

 

 シオンだ。首を断たれ、今度こそ感染者は塵へと還った。これで四体。

 

「残り八体、ですね」

「うん、まだ多いね」

「この火災もはよ消したいんやけど……」

 

 三人は一旦合流する。そこに、ちょうどフェイトも戻って来た。それぞれの前にウィンドウを展開し、簡単な作戦会議を行う。

 

「感染者はショッピングモール全域に散らばってるね」

「はやてちゃん、どうする?」

「――そやね。一個、考えてる事あるんやけど。結界の中の救助が完全に完了せな――」

《艦長! 良いニュースと悪いニュースがあるんですが!》

 

 と、そこではやての元に通信が入った。シャーリーである。

 今、アースラはグリフィスの指揮でミッドに向かっている最中だ。そして地上本部の許可を貰い、アースラの管制で、はやて達は戦っていた。その理由は、はやてのサポートの為である。はやては細かい制御、狙いをつける事が苦手だ。故に今、はやてのシュベルトクロイツはアースラの方で、照準のサポートを行っていたのである。その為に、アースラの方で管制を行っていたのだ。閑話休題。

 

「なら、まずは良いニュースから聞こか」

《はい。広域スキャンの結果。結界展開区域の救助が完全に完了したそうです!》

 

 その報告に、はやての顔が若干綻ぶ。これで消火、敵殲滅を同時に行える策が使える。だが……。

 

《で、悪い報告の方なんですけど――》

「うん、何があったん?」

 

 はやての問いに、シャーリーは若干硬くなりながらも、それを告げた。

 

《……先ほど、転移反応を確認しました。結界展開完了区域に十体、オーガ種の感染者が転移されました》

『『…………』』

 

 一同、その報告には流石に絶句した。一体、何があったと言うのか。異常発生とかそんな問題では無い。はやては頬を一筋、冷や汗が流れていくのを自覚した。

 

「……シャーリー、転移してきた感染者の現在位置を」

《了解です。すぐに送ります》

 

 程なくして、はやての前に展開するウィンドウに新たに赤点が表示された。この赤点が感染者なのだろう。それを見て、はやての表情が少し陰った。

 

「この二体はほっとくしかないな……」

「はやて先生?」

「ん? どうしたん? シオン君」

「えーと、策って何なのかなーと」

 

 そんなシオンの疑問に、はやては苦笑いを浮かべる。そう言えば、まだ伝えていなかった。なのは、フェイトも不思議そうな顔をしている。

 

「うん、あんな?」

 

 そして、はやては自分の考えを一同に伝えた。それを聞いて、なのは、フェイトを始めとした一同は納得。シオンはと言うと、冷や汗を流して驚いていた。

 

「……はやて先生もトンデモ人間だったん――て、わぁ!」

「……シオン君? 次、そんな事言うたら殲滅砲撃叩き込むからな♪」

 

 失礼な事をほざくシオンにシュベルトクロイツでぶん殴ろうとして、しかし避けられる。

 シオンははやての台詞に首を縦に激し振り、頷いた。なのは、フェイトは”も”の部分が気にはなったがあえて触れない方向でいく。――後でゆっくりと”お話し”する時間はあるのだし。

 

「この二体が結界に近すぎるのが問題なんですよね? 何とかなるかもしれません」

「ホンマに?」

 

 そんなシオンの返答に、はやては目を丸くして見る。シオンは、ニヤリと笑った。イクスを振り、肩に乗せる。

 

「俺の精霊融合以外の切り札、忘れました?」

『『あ……!』』

 

 その一言で、三人は思い出した。確かに、シオンにはもう一つの切り札がある事を。あれならば――。

 

「成る程、な……。よし。なら問題は無くなるな。条件はクリアーや。作戦、開始といこうか!」

『『了解!』』

 

 はやての号令の元、一同は頷いて、二手に別れて飛翔を開始した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンは結界の中を横断して行く。目指すのは結界の端であった。

 隊長三人娘はシオンとは真逆の方向へと飛んでいる。互いに結界の両端につくまで時間がある――それを確認して、シオンは自分の親指に口を当てた。

 皮膚を噛み切る。血が流れた。溢れた血ごとイクスを握り込む!

 同時に展開するのはカラバの象徴。魔法陣だ。そのままシオンは永唱を開始する。

 

「契約の元。我が名、我が血を持って。今、汝の顕現を求めん。汝、世界をたゆたう者。汝、世界に遍く意思を広げる者。汝、常に我と共に在る隣人。今、此処に汝を召喚する。汝が枝属は水。汝が柱名はウンディーネ」

 

 そこまで永唱を完了した所で一旦永唱停止。自己の中に保存した。そして、もう一つの準備を開始する。

 

「セレクト・ウィズダム」

【トランスファー】

 

 ウィズダムフォームへと戦技変換。直後、結界の端が見えた。そのまま突き進み、結界端に到着。

 結界の境界を背にすると、シオンははやてに通信を送った。

 

「はやて先生、こっちは準備完了です!」

《了解や! こっちはもうちょい掛かる。待っとってな!》

「了解!」

 

 通信を終えると、シオンは前へと目を向ける。準備は完了。後は待つだけ――。

 

 

 

 

 はやてはその頃、ある魔法を永唱しながら、シオンとは逆の方に突き進んでいた。到着まで後少し。何かを感じ取ったのか、はやての前には感染者が二体程、襲い掛かっていた。迎撃しているのは、親友。なのはとフェイトだ。

 なのはのレイジングハートからカートリッジが射出される。カートリッジロード。

 

【アクセル・シューター】

「シュ――――ト!」

 

    −閃!−

 

 放たれる光弾は総計三十。迷いなく、精密なコントロールでもって放たれた光弾は、二体の感染者へと叩き込まれ、さらに爆砕。

 感染者は身体の所々にダメージを負いながら、それでもとはやてへと向かう。だが、その前に立ち塞がるは雷の閃光――フェイトだ。

 

「バルディッシュ」

【イエッサー。ロードカートリッジ。ハーケンフォーム】

 

 フェイトが手に持つ、インテリジェントデバイス。バルディッシュが変型開始。斧の部分が上にスライドし、その刃を縦にズラす。そこから生まれるのは雷の刃だ。大鎌となったバルディッシュを、彼女は横に構える。

 

【ソニック・ムーブ】

 

 次の瞬間、フェイトの姿が消えた。次に現れたのは感染者の真っ正面!

 

    −斬!−

 

 孤を描いて振るわれた鎌の雷刃が、感染者を逆袈裟に薙いだ。もう片方の感染者もフェイトに気付き、手を伸ばすが、そこには既にフェイトはいない。凄まじい速度であった。

 

    −閃!−

 

 直後、フェイトが感染者の後ろに背を向けた状態で現れた。同時に、感染者が上下にズレる。フェイトがすれ違い様に真っ二つにしたのだ。駄目押しとばかりに放たれるのは光弾群。アクセルシューターだ。

 光芒が輝き、感染者が悲鳴をあげる――フェイトは再度、ソニック・ムーブを使用して、後退。カートリッジロード。

 

「ハーケン・セイバー!」

【ハーケン・セイバー。ゲット、セット】

 

 大鎌を振りかぶる。同時に雷刃は放電現象を放ちながら、裂帛の気合いと共に振り下ろされた。

 

「ハァっ!」

 

    −裂!−

 

 雷刃疾駆! 回転を伴ったその一撃は、感染者を二体とも断ち切ってのけた。

 そして更に桜色の砲撃。ディバイン・バスターが叩き込まれ、二体の感染者は塵へと消えた。

 

「よし!」

 

 それを見て、はやては歓声を上げ、結界の端へと飛行する。なのは、フェイトもはやてに追従していった。今度こそは妨害無く、結界の端に辿り着いた。同時に永唱も完了する。なのは、フェイトははやての前に留まると、広域防御魔法を展開した。

 

「シオン君! こっちも準備は完了や!」

《了解! こちらもいつでもいけます!》

 

 シオンの通信にはやては頷き、なのは、フェイトを見る。二人は同時に頷いた。

 

「皆! 作戦開始、行くよー!」

《「「了解!」」》

 

 はやての号令に一同は一斉に応えた。――これより、感染者殲滅を開始する。

 

 

 

 

 はやての通信を聞いたシオンは、イクスを掲げ、そして最後の永唱を完了する。

 

「来たれ! 汝、水の精霊。ウンディーネ!」

 

    −煌−

 

 精霊召喚。呼び出され、顕れたのは水の精霊、ウンディーネだ。水で構成された、あまりにも美しい人魚姫。召喚され、シオンにウィンクしながら微笑む。シオンもまた強く頷き。呼ぶ、自らの相棒の名を。

 

「イクス!」

【了解。イクスカリバー、全兵装(フル・バレル)、全開放(フル・オープン)、超過駆動(フル・ドライブ)、開始(スタート)】

 

 次の瞬間、ウンディーネが像をブラし、イクスへと吸い込まれていく。

 精霊と所有デバイスの融合により、最強クラスの一撃を放てるスキル。故にこのスキルの名をこう呼ぶ。その名は――。

 

「精霊……! 装填!」

【スピリット・ローディング!】

 

 これこそが精霊召喚をもって使えるスキル。融合とは違い一撃、もしくは武器強化にしか使えないスキルだが。その反動の低さといい使い勝手は遥かに上であった。

 シオンが精霊装填を完了したイクスを頭上に掲げる。使うは超広域防御魔法。イクスが煌めく。煌々と、その一撃が放たれる事を待ち侘びるが如く。

 そして、シオンはイクスを振り下ろす。同時にその魔法が発動された。

 

「神覇、八ノ太刀奥義! 玄武ぅ――――!」

【フルインパクト!】

 

    −轟!−

 

 叫び、シオンが掲げるイクスを中心として、亀の甲羅を模した光の防御陣が展開していく。広がる、広がる――。

 その大きさは結界の境界線の半分程にもなった。

 

「イクス、シールドビット、展開!」

【了解】

 

 イクスが応えると同時に、防御陣が弾け、分解する。シールドビットが向かうのは、結界の全境界線。程なくして、全てのシールドビットが配置完了した。

 

「はやて先生!」

《うん! 行くよー!》

 

 直後、結界の中心で光が生まれた。

 

 

 

 

《はやて先生!》

「うん! 行くよー!」

 

 シオンの玄武が展開完了した事を知り、はやてもシュベルトクロイツを振り上げる。

 吹き上がった魔力が氷のスクウェアと成った。その数は二十。かつての空港火災の時よりも、遥かに多い数を制御する。

 その魔法は凍結能力を有する着弾広域魔法。はやての狙いはこの結界の中”全て”だ。

 殲滅と消火。同時に行う魔法を持って、一気にこの地獄を終わらせる。それがはやての策であった。

 はやては叫ぶ。その策のトリをなす、最後の魔法を!

 

「アーテム・デス・アイセス!」

 

    −轟−

 

    −煌−

 

    −凍!−

 

 はやての叫びに応え、スクウェアは結界の中心に転移。地面へと迷わず降り落ちた。

 

 ――直後、音が消えた。

 

 着弾した場所から一気に結界内全てを凍結していく。

 凍結領域は結界を超えようとするが、シオンの玄武により境界線上から凍結領域は進まない。

 ショッピングモールも、そして感染者達も、丸ごと凍りついた。それは一つの世界。氷結した世界だ。

 

「よし、うまくいったな」

 

 息も絶え絶えになりながら、はやては満面の笑顔を浮かべる。そして、シャーリーからの通信が氷の世界に響いた。

 

《動体反応、ありません! やりましたー!》

 

 その通信に、漸く三人は息をホッと吐いた。

 

 ――まだ、何も終わってはいないのに。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −軋−

 

 ホッとしたのも束の間、そんな音がなのは達の耳に――反対側にいるシオンの耳に、届いた。

 

《――え? うそ……!》

 

 シャーリーが通信越しに呆然と呟く。それを聞きながら、なのは達は再び気を引き締めた。

 音が響いた先には黒の点が溢れている。それは、感染者の氷の彫像からだった。溢れる、溢れる――。

 

 次の瞬間、感染者が爆裂した。

 

「「「っ――――!?」」」

 

 その感染者を中心とした一角の凍結が砕かれ、再び炎が走る。

 

 ――地獄が再現された。

 

「あれは……っ!」

「感染、者?」

「あれが――?」

 

 三者三様に呟く。そこには精霊、イフリートを彷彿とさせる炎の巨人が立っていたのであった。

 

 

 

 

 シオンは見る。今、生み出た存在を。それは氷の巨人。恐らくははやての魔法を因子が吸収して、奇妙な進化を遂げたのだろう。

 未だ第二段階に到達していないのは救いだが――。

 

 直後、氷の感染者が消えた。

 

「っ!」

 

 背中に走る悪寒。それを感じ、直感で感じるまま、シオンはただ左後ろに斬撃を放つ!

 

    −戟!−

 

 斬撃が弾かれた。そこに居るのは――確認するまでも無い。感染者だった。シオンは憎々し気に感染者を睨む。

 

「瞬動、だと……!?」

「KOUuuuuu!」

 

 吠える、感染者が。今感染者がしてみせたのは、間違い無く自分の瞬動だった。

 

「さっきの戦いで取り込んだのか。だけど」

 

 シオンが浮かべるのは不敵。そして笑いだ。イクスを構える。

 

「猿まねで俺に勝てるつもりじゃあねぇよな?」

 

 シオンの問い。それに応えるが如く、感染者は咆哮を上げる。そして互いに瞬動を発動。剣と感染者の腕がぶつかりあった。

 

 

 

 

 炎の大地。その上空でなのははレイジングハートを構える。カートリッジロード。

 

「シュ――ト!」

 

    −閃−

 

 放たれるのはアクセルシューターだ。向かう先は炎の巨人。感染者だ。

 シューターが真っ直ぐ飛翔し、着弾――しない。感染者の姿が消える――!

 

「っ! また!?」

 

 そして、感染者が現れたのはなのはの頭上だ。振るわれるのは炎の腕。しかし、高速機動はなのはも出来る。

 

【フラッシュムーブ】

 

 レイジングハートの声と共に、なのはの姿が消える。空を切る感染者の腕。その隙を、フェイトは逃さなかった。

 

【ソニックムーブ】

 

 こちらも高速機動を発動し、腕が過ぎ去った位置に現れる。振るうのはハーケンフォームのバルディッシュ!

 

    −斬!−

 

 上段から放たれた一閃は、感染者の腕を切り裂く――瞬間で、再生した。

 

「っ!」

 

 それを見て、フェイトはソニックムーブで後退する。だが、感染者の一撃はフェイトの予想を越えていた。まるで鞭のように腕の形状を変化させて、フェイトへと放つ! ソニックムーブの停止点を狙われた一撃。いかな最速を誇るフェイトでも、これは回避不可能だった。

 

【プロテクション】

 

 バルディッシュが主を守る為に、自律でプロテクションを発動。炎となった腕を防御する。だが、堪える事が出来ない。そのまま地面へと叩き付けられた。

 

【マスター】

「う……大丈夫、だよ。防御、ありがとうね。バルディッシュ」

【いえ……っ!】

 

 そんな主従の会話すら許されない。感染者がフェイト目掛けて落下を始めた。フェイトも立ち上がろうとするが、いかんせん叩き付けられた衝撃のせいか、身体が上手く動かない。

 

「フェイトちゃん!」

【フラッシュムーブ】

 

 なのはも感染者を追い掛ける。ショートバスターを連射し、感染者の落下コースを逸らそうとするが、上手くいかない。感染者は、フェイトの眼前まで迫った。

 

「く……っ!」

「フェイトちゃん!」

「私に任せてや!」

 

 直後、呻くフェイトの前に、スレイプニルを使用してはやてが感染者の鼻先に踊り出る。振るう右の手には、高密度の魔力塊があった。

 

「GAaaa!」

「シュヴァルツェ・ヴィルクングっ!」

 

    −撃!−

 

 構わず突進する感染者の顔面に、その一撃が着弾する。魔力が炸裂して、感染者共々はやては吹き飛んだ。

 ――元来はやては近接戦闘が苦手だ。基本は足を止めて、展開射出がその戦い方の基本である。だが、はやてには蒐集能力と言うレアスキルがある。その中にも近接戦闘魔法は介在するのだ。……使った事はほとんど無いが。

 吹き飛んだはやてを復帰したフェイトがソニックムーブで追い付き、抱き留める。はやては右の肩を左手で抑えていた。普段使わない全力パンチ、そして一撃の反動により、はやて自身の身体を痛めてしまったのだ。

 

「ありがとう、はやて。……大丈夫?」

「うん。何とかな。それよりなのはちゃんを援護せな……!」

 

 二人が向ける視線の先にはなのはがいる。高速機動を繰り返す感染者に的確に射撃を当てるも、しかし再生能力の方が早く、すぐに再生された。

 瞬動。感染者が再び、なのはの眼前に現れる。右の手が再度鞭のように振るわれた。なのははレイジングハートの先端を差し向ける。

 

【ラウンドシールド】

 

    −壁−

 

 炎撃は、あっさりと受け止められた。シールドは感染者の腕の進行を許さない。そのままなのはは、バリアバーストを行い、距離を取ろうとして――。

 

 ――爆裂した。

 

 今、受け止めていた感染者の腕が!

 

「きゃっ……!?」

 

 爆発自体はシールドで防げたものの、至近距離の爆発になのはが体を崩す。感染者は右の腕を無くしながら、今度は左の腕を放たんと振りかぶった。

 

「なのはっ!」

「なのはちゃんっ!」

 

 フェイトとはやても叫び、助けに行こうとする。しかし、間に合わない。防御も回避も――なのはは来る衝撃を覚悟して。

 

 ――その一言を聞いた。

 

 −トリガー・セット−

 

 そして、なのはは自分の真横を過ぎて疾る背中を見た。背中の主は右の拳を振るう。拳に巻くは台風に匹敵する風。感染者の放つ左手と、風巻く拳がぶつかる。

 次の瞬間、今度こそなのはは肉声を聞いた。

 

「天破疾風」

 

    −撃!−

 

    −砕!−

 

 感染者の左手は寸秒も持たずに砕かれた。その勢いのまま感染者は吹き飛んでいく。

 直後に背中の主は視界から消えた。ふと気付けば、なのはは抱え上げられていた。俗に言うお姫様抱っこだ。

 普通ならば恥ずかしがって顔を赤く染めるであろう。だが、なのはは驚愕に絶句する。

 

 ――何で?

 

 彼女の頭を過ぎるのはその疑問だ。今、自分を抱えるこの男が自分を助ける筈が無い。

 敵なのだ。なのはからすれば、彼は。アリサを意識不明にして、クロノを殺しかけた人――憎むべき、人。

 

「嘘、やろ……?」

「何で……?」

 

 なのはを助けようとして、接近していたはやてとフェイトも呆然と呟く。

 それを聞きながら、なのはは彼のコードネームでは無い。本名を呟いた。

 

「伊織、タカト……」

 

 666。そう呼ばれたなのは達の仇敵はしかし、その名に視線をただちらりとしか送らなかった。

 

 邂逅。こうして、腐れ縁とも言えるこの青年と、三人は再び邂逅したのであった――。

 

 

(後編に続く)

 

 

 




はい、第十八話(前編)でした♪
第二部もいよいよ盛り上がって行きまする♪
ここからは、まさしくノンストップでありますよー(笑)
そんな訳で次話もお楽しみに♪

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