魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「彼と出会い、そして過ごす日々を、彼はどう思っていたんだろう。僕は、楽しかった。だけど、彼の気持ちまでは分からなくて。それでも、あの笑顔を信じたくて。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第十七話「すれ違う者達」(前編)

 

 AM4時。

 早朝、まだ朝日すらも昇っていない――そんな朝早くに、ヴィヴィオは目覚めた。

 蒲団から上半身を起こし、まだ眠たそうに左目をこしこしする。そして右手を上げ、伸びを一つ。それで完全に目が醒めた。

 まだ起きるには早過ぎるが、たまにはいいかな? と顔を洗いに洗面所へと向かう。

 その途中、庭から妙な気配がした。ちょっとばかりの好奇心も含めて、庭に出て見る。ユーノ宅は一軒家であり、そしてその庭はかなり大きい。流石、無限書庫の司書長である。

 そんな庭に、闖入者がいた。一夜のみの客、伊織タカトだ。

 彼は背を延ばして足を広げ、合掌し、鋭く長い呼吸をしている。

 ――独特の呼吸法である。少なくとも、普通の呼吸法では無い。

 ヴィヴィオは息を飲む。タカトの威圧感に――巨き過ぎて、全体が見えない――そんな気配に。

 次の瞬間、タカトが動き出した。右の拳が放たれ、さらに踏み込み。

 

    −閃!−

 

 その動きのまま、左の順手突き。

 

    −裂!−

 

 動きは止まらない。勢いを殺さず、左の膝から右の上段蹴り。さらに、そこからの動きにヴィヴィオは目を見張る。

 

    −轟−

 

 蹴りは止まらず、タカトは空中に回転しながら昇りはじめた。左の膝から右の回転脚、最後にくるりと一回転しながら踵落とし。全て、一連の流れに組み込まれた技であった。そして空中に留まったまま、左の掌を突き出す。

 

    −撃!−

 

 直後、何かが地面に叩きつけられる。ヴィヴィオは知るよしもないが、それは純粋に魔力を行使しない突き出した掌から放たれた衝撃であった。

 タカトは地面についてからも止まらない。そのままアンバをイメージさせる下段回転脚。立ち上がり、捩り込むように右の肘――位置からすれば、相手が人だった場合鳩尾にめり込んでいる。

 そこから双掌打、放つと同時に”身を延べる”技法により、その場から2メートル程離れた所で回転。踏み込み、背をたたき付ける。

 さらに回転しながら肘――。ヴィヴィオは、その動きに圧倒される。魔法を使っている訳でも無いのに、とんでも無い動きだ。

 さらに驚嘆すべきなのは、この一連のシャドー。一対一を前提とした物では無く、多対一をイメージとしている事だ。

 つまり、タカトのイメージでは敵は最低でも三人以上、あるいはそれ以上居る事になる。

 最後に拳を突き出すと、漸く彼は止まった。ヒュウゥゥゥゥゥゥゥと、長く息を吐く。だがタカトの鍛練はそこで終わりでは無かった。

 今度は妙な踊りを始める。ねっとりとした、粘つく動きだ。

 しかし、いかな鍛練法なのかタカトの額には汗が浮かぶ。そこでヴィヴィオは気付いた。魔力だ。

 今、タカトの身には魔力が覆っている。彼は先程と同じく鋭く、長いストロークの呼吸をしていた。その度に魔力が変化する。

 天から火、水、風、地、雷、山、最後に月へと魔力は変わる――少なくとも、ヴィヴィオはそのように感じられた。

 ややあってその踊りも止まる。また長く長く、息を吐く。同時に身体を覆う魔力も、霧散していくようだった。

 そしてタカトが目を開け、ヴィヴィオに向き直る。

 

「おはようヴィヴィオ。朝、早いな?」

「うん。おはよう」

 

 挨拶し、タカトがこちらへと向かってくる。流石に汗が凄い。

 

「……タカトさんって、いつもこんなこと、してるの?」

「いつも、と言う訳でも無いな。出来るだけやってはいるが――それよりヴィヴィオ、さん付けは止めてくれ、無性に背中がむず痒くなる」

 

 そんなタカトの言葉に、ヴィヴィオは少し迷う。年上の人を呼び捨てにしてはいけないと教わっていたからだ。だが――。

 

「そうだな。俺はヴィヴィオに昨日助けて貰っただろう? だからヴィヴィオは俺の恩人だしな? その恩人に”さん”なんて呼んで欲しく無いんだよ」

 

 そう言いながらふっと笑う。その笑顔に邪気は無く。あるのはただ純粋な笑顔だ。その笑顔に押されるようにヴィヴィオはコクリと頷いた。

 

「……タカト?」

「うむ、それでいい。やっぱり可愛い子には呼び捨てで呼んで欲しいしな?」

 

 そう言いながらタカトはヴィヴィオの頭に手を乗せ、撫でる。タカトの台詞――可愛いの辺りに若干顔を赤らめながらも、ヴィヴィオはそれを嬉しいそうに受けた。この撫で方をするのは、現在タカトだけなのだ。

 

「さて、もうしばらく時間あるし、鍛練の続きでも――」

「あ、タ、タカト?」

「うん?」

 

 ヴィヴィオがタカトを呼ぶ。それにタカトも?マークを付けながら、向き直る。ヴィヴィオはタカトの瞳を見ながら、しっかりとその言葉を言った。

 

「わたしに、けんぽー。おしえて!」

「……なんだと?」

 

 ヴィヴィオのお願いにタカトは更なる?マークを連ねた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……つまりだ。俺に格闘術を教えて欲しい、と?」

 

 タカトの質問に、ヴィヴィオはコクコクと頷く。しかし、タカトの反応は芳しく無い、何故ならば。

 

「あのなヴィヴィオ。判ってるとは思うが俺は一夜のみの客なんだぞ?」

「うー……!」

 

 そう、タカトがユーノ宅にいるのは一夜のみ。それ以上はユーノに迷惑になる。なにより、タカト自身一所にはあまり居れない。

 

「……だからまぁ、こればっかりは駄目だ」

 

 タカトの言葉にヴィヴィオの最終兵器が発動しそうになるが、しかし今度はタカトは動じない。腕を組み、ただ首を横に振る。

 

「……機会があれば少し教えてやるさ」

「ほんと?」

 

 そう言われ、ヴィヴィオの顔が明るくなる。タカトはそれに苦笑いを浮かべながら「ああ」と答えた。何のかんのとタカト、ヴィヴィオには甘々であった。

 

「さて、飯でも作るか」

「タカトのごはんおいしいからすき〜〜♪」

 

 ヴィヴィオご機嫌である。何より、タカトのご飯が美味しかったからだろう。だが、タカトはニヤリと邪悪な笑顔を浮かべる。その笑顔はアースラに居る異母弟と同質の――つまりは悪戯っ子の笑顔であった。

 本局で某異母弟がでかいクシャミをしたのは余談である。

 

「う? タカト?」

「カカ。何でもないさ。さて、朝食の仕度をするからヴィヴィオ。顔洗ってきな」

「うん……?」

 

 ヴィヴィオはその時、正直とっても変な予感を覚えていた。結論から言うと、その予感は当たってしまうのだが――その事に気付けないヴィヴィオは、そのまま洗面所に駆けていった。

 後に残るのはタカトの不吉な笑みだけであった。

 

 

 

 

「……タカト、聞いていいかい?」

「構わんよ。ユーノ、何だ?」

「これは、何?」

 

 AM6時30分。

 ユーノ宅の食卓には、箱膳があった。白粥が大きめの碗に入っており、おかずは粉をまぶして焼いた白身魚。それに乾海老入りの吸い物がついている。

 

「タカトって和食系も出来たんだ?」

「さぁな? 俺は和食を作ったとは言ってないぞ?」

「?」

 

 タカトの言葉にユーノは疑問符を浮かべる。ミッドでも和食は結構流行っており、店も結構ある。故にユーノはタカトの作った朝食を和食と判断したのだが……。

 

「まぁ、食べてみろ。……きっと驚くから」

「朝食に驚きなんてあるんだ……?」

 

 ある意味新事実である。とりあえず、「いただきます」をして、ユーノとヴィヴィオは白粥を口に入れる――次の瞬間、二人揃って思いきりむせ返った。

 

「こ、こ、こ、このお粥。甘いんだけど!?」

「にゃあぁぁぁぁぁぁ――――!」

「それはミルク粥と言うものだ。オートミールとも少し違うな?」

「聞いてないよ!」

「言ってないからな」

 

 タカトはニヤリと笑いながら平然とお粥を食べていく。二人は、そんなタカトを睨んだ。何せ、普通のお粥と思いきや、いきなり甘かったのだ。そのギャップは凄まじい。

 

「後で覚えてなよ……?」

「うぅぅぅぅぅ!」

 

 二人はタカトを睨みながら、それでも箸を朝食へと伸ばす。ユーノもそうだが、ヴィヴィオの箸使いも大したものであった。

 二人は今度は慎重に白身魚を器用に切り分け、少しだけかじる。香辛料の複雑な風味が口の中に広がり、甘いミルク粥との相性はバッチリだった。

 

「へぇ……最初は思ってた味と全然違うからびっくりしたけど、意外といけるね。和食? それとも洋食?」

「おいしい〜〜♪」

 

 元々甘いのが大好きなヴィヴィオはすぐに慣れ、ユーノも美味しそうに食べながら、タカトへと聞く。

 ――だが、ユーノとヴィヴィオは気付くべきだった。未だタカトの笑みは悪戯っ子のままだと。

 

「当ててみな?」

「どっちか、と言うと洋食系なのかな――」

 

 口直しに二人は吸い物を無造作に飲み――そして、二人揃って激しく咳き込んだ。

 その様子をニヤニヤと笑いながら、タカトは一人平然と吸い物を啜る。ややあって、二人は涙目のままタカトに詰め寄った。

 

「これ、何!? ”酸っぱ辛いんだけど!?”」

「にゃあぁぁぁぁぁ――――――!」

「それはトムヤムクンというトウガラシ入りのスープだ。誰も洋食と”も”言ってないだろう?」

 

 早朝ドッキリに成功したタカトはニンマリと笑う。ユーノは知るよしもないが、これはなのは達の故郷、地球のタイ料理であった。

 朝食はかくも騒がしく過ぎていった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 AM7時。

 朝食の片付けも終わり、三人は居間に居た。しかし、空気がちょっと重い。タカトが難しい顔をしている。対照的なのはヴィヴィオだ。目がキラキラ輝いている。

 

「駄目かな? タカト」

「……」

 

 ユーノの問いに、しかしタカトは無言。何故にこんな状況になったのか? それはユーノの一言から始まった――曰く。

 

「タカト。暫く、ここに留まらない?」

 

 その一言だ。何でも、ユーノがご飯を作るよりもタカトの方が美味しい。

 それに、ユーノ自身忙しい為、家事が覚束なくなっている事。昨日の段階でタカトが根無し草なのを聞いていたユーノはそう提案したのだった。

 最初、タカトは速攻で断った。しかし、ユーノが忙しくなる事でヴィヴィオが一人ぼっちで留守番をしなくてはならない事や、それに伴う生活環境の悪化等を話す事でタカトは沈黙していったのである。

 ユーノは確信する。タカトは前代稀に見る”お人良し”だと。そこに付け入るような形にはなるが、ユーノ自身思う所はあった。昨日のタカトの言葉である。

 

 ――俺には幸せって言うのが何か解らないんだ。

 

 ……その一言を、ユーノは許せ無かった。見て見ぬ振りが出来なかった。

 ユーノ自身、それが何故かは解らないのだが――。

 

「……ユーノ。昨日の”アレ”を気にしてると言うのなら。俺は――」

「違うよタカト。僕は純粋に、ヴィヴィオを案じてるんだよ。僕も最近忙しいからね。ヴィヴィオを一人で夜までお留守番をさせている状況は良くないだろ?」

「それは、そうだが……」

 

 タカトはユーノの言葉に二の句を告げない。最早、タカトは理解している。感情は納得しているのだ。最後にタカトはヴィヴィオに目を遣り――そのキラキラを目にして嘆息。……退路は、無い。

 

「……解った。条件付きでここに留まろう」

「やった!」

 

 ヴィヴィオが喝采を上げる。ユーノもまた微笑んだ。そして、タカトから出された条件は三つ。

 

・一つ:逗留する期間

    はユーノが忙

    しく無くなる

    まで。

・二つ:タカト自身用

    事がある為、

    昼夜を問わず

    出掛ける事が

    ある事。

・三つ:出掛ける時に

    無断外泊をす

    るが、それを

    許す事。

 

 最後の条件は、必ず帰って来る、と言う条件を組み合わせる事でユーノも合意した。かくして、ユーノ宅には新たな居候が住む事になったのである。

 

「あ、それならタカト〜〜」

「う……!」

 

 ヴィヴィオがニッコリ笑う。そう、タカトがここに留まるならば、早朝の件が問題無くなるのだ。ユーノもまた、ヴィヴィオの弟子入りを彼に頼み込んだ。

 

「解った。解った。……ここに居る間だけだぞ?」

「うん!」

 

 タカトの台詞に、ヴィヴィオは喜ぶ。ユーノもまた微笑んだ。ここに、ついでとばかりにヴィヴィオの弟子入りまでもが決定してしまったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 AM7時30分。

 ユーノ、ヴィヴィオはそれぞれ出かける用意をする。

 ユーノは無限書庫に、ヴィヴィオは聖王教会付属の魔法学校に、だ。

 

「それじゃあ行ってくるよ」

「いってきまーす」

「待て、二人共。これを持っていけ」

 

 玄関先でタカトは二人に包みを渡す。小さい箱だ。ユーノのは若干大きめであったが。

 

「これ、弁当……?」

「わぁ……!」

 

 二人は一瞬喜ぶ――が、しかし、瞬時に顔を曇らせた。

 

「「ま、まさかこれも――!」」

「……流石にそれは普通のだ」

 

 朝の件が二人揃って結構なトラウマになったらしい。明らかに警戒している。確かに美味しかったのだが、いかんせん目の前のブラウニー(タカト)は悪戯好きの節があった。

 タカトの台詞に二人はじーと半眼で睨むが、「天に誓って」の一言に漸く納得した。

 ――二人は知らぬ事だが、魔王が天に誓うのはアリなのかとも思わなくも無い。

 

「ああ、それからユーノ。家の中、掃除しとくが構わんか?」

「うん、宜しく頼めるかな?」

「無論だ。承知した、家主殿」

 

 タカトの言葉にユーノが「止してよ」と苦笑いを浮かべる。ついでに、彼は洗濯物も頼まれてくれた。

 

「……ごめんねタカト。なんか、いろいろ任せちゃって」

「何、元々はそれが理由なのだろう?」

 

 ユーノの台詞に、タカトは気にするなと続ける。

 ――やはりタカトは理解している。ユーノの本心を。だからこそ、ユーノも何も言わなかった。

 

「それじゃあ今度こそ、行って来ます」

「いってきま〜〜す」

「ああ。二人共、通行には気をつけて。行ってらっしゃい。――頑張って来い」

 

 主夫ばりの気の使い様を見せながら、タカトは二人を見送る。そんなタカトにユーノと、ヴィヴィオは久しぶりの行ってらっしゃいに頬を緩ませたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 PM3時。

 タカトは一仕事を終え、お茶をしていた。実際、掃除については細かな所以外やる必要が無かった。

 流石は無限書庫の整理をやり遂げた男、ユーノである。料理はともかく、掃除は見事であった。故にタカトは普段掃除しない場所――窓拭きや、雑巾掛け、庭掃除、草刈り等を行ったのだ。洗濯物は朝の内に干してしまっている。

 ユーノ宅にも乾燥機は勿論あるのだが、タカトはそれを使うのは最終手段と決めていた。太陽の光で乾かすのと、乾燥機では前者の方が遥かにふっくらとして、気持ちがいいからだ。洗濯物を干し、各掃除等を終わらてみれば昼過ぎ。

 昼食を取り、そしてお茶を楽しんでいた訳なのだが――。

 

「ただいま〜〜」

「ん。帰ってきたか」

 

 誰が帰って来たのか確かめる必要も無い。タカトは淡々とある準備をこなす。

 

「タカトただいま〜〜」

「お帰りヴィヴィオ」

 

 その言葉に一瞬キョトンとしながらも、ヴィヴィオはえへへと笑う。実際、お帰りなさいと言われたのは久しぶりだからだ。

 

「さてヴィヴィオ、帰ってきたらまずは?」

「えっと……おてあらいとうがい?」

 

 ヴィヴィオの答えにタカトは頷く。それでいて準備はちゃっかりと行っているのだが。ヴィヴィオはタカトが準備している物を見て、目を輝かせた。

 

「おやつ〜〜?」

「ああ、おはぎだ。手を洗ってきたら3時のおやつにしよう」

 

 タカトの言葉にヴィヴィオは頷き、洗面所に駆けていく。彼はそれに苦笑いをしながら緑茶の用意を忘れない。何せ、昼ご飯と一緒に作ったお手製のおはぎである。ヴィヴィオにはしっかり楽しんで欲しかった。

 

「あらってきた〜〜♪」

「よし。ならそこに座りな。お茶の準備も終わった所だ」

 

 そうしてタカト手製のおやつを楽しみながら、時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 PM4時。

 おやつの時間が過ぎ、三十分程の食休みを挟んでヴィヴィオはタカトと庭に出ていた。

 タカトの纏う空気は先程とは全然違う。それにヴィヴィオは圧倒される。

 

「……今からヴィヴィオを弟子として扱う。それについてちょっと注意事項がある」

「う?」

 

 タカトの言葉にヴィヴィオは首を傾げる。それにしかし、タカトは苦笑いも浮かべない。

 

「鍛練において、俺は一切の容赦をしない。ヴィヴィオ、そこだけは肝に命じろ。情を持って鍛練するのは一番危険だからな。……だからヴィヴィオ。辛いと思っても俺は容赦をしない。いいな?」

「……うん」

 

 ヴィヴィオはタカトの台詞に少し圧倒される。それだけの圧力が、タカトにはあったからだ。

 

「とは言っても安心しろ。筋肉トレーニングを中心に組んだりはしない」

 

 その台詞に、ヴィヴィオはほっと一息つく。ヴィヴィオのイメージでは腕立て伏せ100回とか、そんな事をするかと思ったからだ――しかし、タカトは続ける。

 

「まずは目をつぶらない練習からだ。これはどんな攻撃がきても必須だからな。次は受け身だ」

「う?」

 

 ?マークを浮かべるヴィヴィオに、しかしタカトは笑みを浮かべる。そして、ゆっくりと彼女の前に立った。

 

「俺がこれから繰り出す”寸止め”を目をつぶらず見続けろ。……相当怖いだろうが、頑張れ」

「っ――――!?」

 

 直後、ヴィヴィオから声無き悲鳴が上がった。颶風のごとく、ヴィヴィオに対して放たれた”若干本気目”の寸止めを、三十分に渡って見続けたからだ。怖いなんてものではなかろう。

 最初の頃はヴィヴィオも目をつぶりまくりだったのだが、一回目をつぶる毎に一デコピン、と言う子供にとって一番嫌な罰ゲームを取り入れる事により、早めにつぶらなくなったのは余談である。

 続いて受け身。これもタカトは容赦をしなかった。

 タカトはひたすら投げるので、それに対して必ず受け身を取る。と言う物である。

 流石に危険な状態だと判断するとタカトは助けるのだが、それ以外はノータッチ。ヴィヴィオは何回も庭にたたき付けられる羽目になった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 PM5時30分。

 タカトはヴィヴィオを見遣り、その一言を放つ。

 

「――今日はここまで。よく頑張ったな、ヴィヴィオ」

「っ、っ、っ」

 

 返事をしようとして、しかしヴィヴィオは声を出せない。実際、それほどヴィヴィオの身体に痛みは無い。だが、心が悲鳴を上げていた。回転し、地面にたたき付けられる。それを繰り返したからだ。

 

「さっき風呂を涌かしておいた。しっかり入って身体を解せ」

「う、ん」

 

 漸く返事が出来る。そんなヴィヴィオにタカトは近づき、頭に手を乗せる。そして、ゆっくり撫でながら呟いた。

 

「本当によく頑張ったな」

 

 ヴィヴィオは今一度呟かれた言葉に、漸く微笑む。その一言でいろんなものが報われた気がしたからだ。

 

「タカトは、おふろ、はいらないの……?」

「今から晩飯の支度があるからな。そもそも風呂の順番は俺が最後でいい」

 

 そう言いながら、タカトは居間へと戻る。ヴィヴィオは青色吐息になりつつ、風呂へと向かっていった。

 

 

 

 

 PM7時。

 ユーノも帰宅し、夕食の時間である。ヴィヴィオもお風呂で大分さっぱりとしたのか、随分元気を取り戻していた。そして、今夜の夕食は――。

 

「……タカト。君と居ると本当、ご飯に絶対飽きないよね? で、これは何?」

「フレンチでチーズフォンデュと言う」

「う?」

「いや、ごめんヴィヴィオ。僕も解んない……」

 

 ユーノ達の目の前、食卓にはどでかいコンロが載せられ、その上には土鍋が据え付けられていた。

 タカトは土鍋にニンニクのかけらをこすりつけ、予め擦り下ろしておいたチーズにコーンスタッチ(小麦粉)を塗し、これまた予め熱した白ワインとキルシュ(注どっちもお酒)と共に鍋に入れ、煮溶かす。

 そして、ユーノ達の前に一口大に切ったフランスパンとソーセージを置いていった。

 

「……正確にはフォンデュ・ヌシャテロワーズ、て言うんだが。……郷土料理だし、知らんだろうな」

「……うん。でも美味しそうなのは解るよ」

「ああ。後はサラダもある。……ソーセージとパンだけじゃあバランスが悪いしな」

 

 チーズフォンデュはパンやソーセージ以外にも温野菜を入れたりするが、あえてタカトは元来のチーズフォンデュで行く事にした。――ブラウニーもここまで来ればあっぱれである。

 

「ちょっとアルコールがあるから、ヴィヴィオは気をつけてな」

「う?」

 

 未成年を飛び越えて幼年のヴィヴィオには流石がに気を回すタカト。それにヴィヴィオも不思議そうな顔で返すが、彼は苦笑するだけに留めた。

 

「それじゃあいただきます」

「「いただきま〜す」」

 

 ユーノの号令により、それぞれタカトに食べ方を教わりながら食べる。熱々のチーズに、フランスパンやソーセージを絡めて食べるこの料理をユーノ達は堪能した。

 

「熱っ! でも、チーズがとろとろで……!」

「お〜いし〜い♪」

「そうか。喜んでいただけて何よりだ、家主殿」

 

 タカトは畏まりながら笑う。ユーノ達は真剣に、タカト以外の料理を今後舌が受け付けるか心配になったと言う。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 PM10時。

 夕食が終わり、ヴィヴィオが寝入った頃。ユーノは風呂から上がり、久しぶりにワインを舌に傾けていた。

 チーズフォンデュは好評で、後でヴィヴィオが酔った以外は楽しめた。今度もリクエストしようかなと、一人ごちながらワインを飲む。

 一人で飲むのは寂しいが、後でもう一人加わる予定だ。タカトである。

 今は庭で個人の鍛練を行っているらしい。それに、ユーノは少しばかり考える。考えてみれば自分はタカトの事を何も知らない、と。

 当たり前の事ではある。だって何も聞いていないのだから。ヴィヴィオが弟子入りを懇願する程の体術を使うかと思えば、家事は完璧。料理は抜群と来ている。

 ここまで来ると憧れよりも、経歴の方が気になって来る。だが――。

 直後、扉を叩く音に思考が中断された。誰が来たのかは解っている。だから、ユーノはそのまま「どうぞ」と招き入れた。

 扉から入って来たのは当然タカトであった。手にはツマミまで持参している。

 

「ワインと言えばチーズだろう?」

「さっき食べたばっかりなんだけど?」

「……なんだ要らないのか、なら俺が――」

「勿論、そんな事は無い」

 

 数瞬、見合わせ――互いに吹き出す。チーズフォンデュのアルコールのせいだろうか? 互いに、いつもより明るい。

 

「……ほら、タカト」

「家主殿からの酌か、受けぬ訳にはいかんよな?」

 

 ユーノからの酌でタカトもグラスを傾ける。そこからは酒の勢いのまま色々話した。日常の事、仕事の事、親友の事、色々だ。タカトからも色々聞いた。

 何より驚いたのは第97管理外世界出身である事か。名前の響きからもしかして、とは思っていたのだが。まさかと言った感じである。

 それからタカトから変な異母兄弟の話しを聞き、ユーノは親友の少女達との幼少期の話しをしたりした。タカトは「その親友と是非会ってみたいもんだ」とうそぶき。ユーノも「それならタカトの兄弟にも会ってみたいよ」と話した。互いに「いつかな?」と言ったが。

 ――ユーノは思う。たまには男同士で飲むのも悪くないと。実際、ユーノが飲む時は大概が女性と一緒だ。

 それをタカトに言うと「お前、それは凄い我が儘だぞ?」と苦笑いで返される。

 しかし、ユーノも黙っていない。実際、飲みに行く時は何かの悩み事を打ち明けられたりする時であるからだ。

 それにタカトは「お前は俗に言う良い奴だからな?」と笑いながら返され、ユーノは憮然としながらワインを煽る。

 本当に、純粋にユーノはお酒を飲んでいた。気付けば二瓶空けている。

 

「たらと〜〜ぼくはおもうんらよ?」

「……ろれつがまわっとらんぞ? へべれけ司書長」

 

 タカトが苦笑いする。そう言う彼はケロッとしていた。飲んだ量で言えば、ユーノより上なのだが――。

 

「なんれ、たらとはよっぱらってないんらよ?」

「多少は酔ってるぞ? だが、この程度でへべれけになってたら毒物にも対抗出来んからな」

 

 タカトが苦笑い混じりに語る。しかし、へべれけになったユーノは止まらない。

 

「たらと〜〜。たらとはすろいね〜〜?」

「……俺からすればお前の方が凄いんだがな?」

 

 そう言いながら絡んで――物理的にも、来るユーノを引き剥がす。

 

「俺にその趣味は無い」

「ろんなしゅひらん?」

「いいから寝てろ。へべれけ」

 

 タカトに引き剥がされ、ユーノは床に俯せになる。彼は一つ嘆息するとユーノを抱え上げ――俵のように小脇に抱え、ベッドへと連れて行った。

 その間にも、へべれけユーノのろれつが回らない言葉は止まらない。

 

「らいらい、しらわせがわららない、てなんらよ〜〜」

「……」

 

 タカトは止まらない。……止まれる筈も無い。

 

「そんらからひいこれいうらないよ〜〜」

「……ああ。そうだな」

 

 タカトは嘆息する。やはり迂闊だったなと。今日のユーノの提案と言い、態度と言い、昨日の事が原因なのは明白だからだ。

 

「らいらいな〜〜。たらとはかろじょらちににれいるんらよ? そんらたらとがそんらからひいころいうとかろじょらちまでそんらふうなころいいそうらないら〜〜」

「それは、無いな」

 

 タカトはろれつが全然回ってないユーノの言葉にしっかり返答する――確かな感謝を込めて。ユーノの自室に着く。ベッドに寝かせた。

 

「たらと〜〜?」

「どうした?」

 

 ユーノがタカトを呼ぶ。彼は、完全に寝入る直前なのか目は完全に閉じていながら、それでもこう言った。

 

「ろろでしらわせ、みるけられればりりな〜〜」

「……そうだな」

 

 ろれつの回らないユーノの言葉を聞きながら、しかしタカトの胸中は”有り得ない”と叫ぶ。

 

 ――お前は”■■なのだからー!” と。

 

 後悔は無い。既に決定された道。自分で決めた道だ。

 タカトは月を見上げる。そして、一言だけを呟いた。

 

「……シオン。早く強くなってくれ。そして、俺を――」

 

 最後の言葉は言葉にすらならなかった。――夜はまだ深い。限り無い程に。

 

 

(後編に続く)

 

 

 




はい♪ 本日ラストの更新です♪
テスタメントです♪
ちょっと昼から夕方に掛けて寝てたんで、ちょっと起きてます♪
さて、ではちょっと解説を。
ヴィヴィオが作中でタカトに弟子入りして格闘者目指しますが、これ。vividが始まる前に書いたものだったりします(笑)
あん時は驚いたもんです。
まさか公式で格闘者になろうとは(笑)
StS,EXではタカトの技量に憧れてなります。公式では微妙に分かりませんでしたが(ノーヴェに師事する前はスバルにちょっと教えて貰ってたとの事)、こちらではそうなりまする♪
さて、そんな第十七話前編でした♪
後編もお楽しみに〜〜♪

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