魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「いつから俺はそうなってしまったんだろう。十年前のような気もするし、そのずっと前からだったかもしれない。それは、もう分からなくて。ただ、それは俺には――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第十六話「幸せの意味」

 

 高町ヴィヴィオが”それ”を見た時、感じたのは純粋な感動だった。

 巨きい巨きい、竜の如き存在感を醸し出す黒ずくめの男を見た時に抱いた感情は感動だった。

 人間、あまりに巨きな存在を見た時に感じるのは恐怖では無く、感動だと言う。ヴィヴィオが男に感じているのも正しくそれであった。男は、あまりに無防備だった。

 そして、ただひたすらに、ひたむきに純粋だった。

 先程のウサギが彼の足に纏わり付いている。小鳥が彼の肩で羽休めをしている。傍らには犬種だろうか、かなり大きい――が、傍らで侍っている。

 その巨きさに比べてあまりに無防備。竜、いや、大樹。とんでもなく大きいそれを感じさせる。まるで万物の父であるかのような、そんな感覚だった。

 ヴィヴィオはゆっくりと近付く。周りの獣達はちらりとヴィヴィオを見るが、しかし警戒すらもしない。

 ヴィヴィオは男の傍らにいつの間にか座っていた。男はまだ無防備に眠っている。無意識に、手を男の顔に当てなぞってみた。

 

「ん……」

 

 男が少し、声を漏らす。だが起きない。むしろヴィヴィオの行為に気持ち良さそうにしていた。面白くなって、さらに触る。

 チチチっと小鳥が囀る。他の獣達も、男に身を寄せる。まるでここ以上の安全な所などないかのように。

 ヴィヴィオもまたそれを感じていた――と、そこではたと気付いた。男の服がボロボロな事に。穴だらけとも言う。そして、服には血の跡があった。

 これに気付いて、ヴィヴィオは流石に慌てた。相手はケガ人だと言うのに、自分は何をしていたのだろう? と。

 慌てるヴィヴィオの気配に、獣達は一斉に散って行く。同時に、男もまた目を覚ました。

 

「……こ、こ……は?」

「あ、あの、だいじょうぶ?」

 

 起きる男に思わずヴィヴィオは尋ねる。ようやく、男はヴィヴィオの存在に気付いたようだった。

 

「……心配は、要らない。ケガ自体は”修復”してるし、な」

「しゅ……?」

 

 男は変な言い回しをした。治療でもなく、回復でもなく、修復、と。まるで自分をヒトじゃない、人形のように扱っている言い方だった。

 

「それより、お前は……?」

「あ! えっと、その……」

 

 尋ねられ、しかし何と答えたら言いのか解らず、アタフタとするヴィヴィオ。そんな少女に、男は左手を頭に乗せる。そして、優しく優しく、撫でられた。

 そんな撫で方を、ヴィヴィオは初めて受けた。ママ達の様に、髪を撫でるのでは無く、無骨に頭を撫でる――そんな撫で方を。しばらく男はそうやって撫でる。

 ヴィヴィオもまた、その撫で方が気に入り、されるがままとなる。ややあって男は自ら名乗った。

 

「……伊織、タカトだ」

「え……?」

「俺の名前だ。お前の名は? よかったら聞かせてくれ」

 

 男、タカトは微笑みながら名前を聞いてくる。頷き、ヴィヴィオもそれに応えた。

 

「ヴィヴィオ。高町ヴィヴィオ」

「ヴィヴィオ――鮮やかな、か」

 

 男はヴィヴィオのオッド・アイと、金の髪を見て優しく微笑む。そして、こう言った。

 

「……ん。お前によく似合う響きの名だな。気にいった」

「……」

 

 タカトの言葉に、少しばかりヴィヴィオは顔を赤らめる。

 伊織タカトと、高町ヴィヴィオ。これが、この二人の初めての邂逅であった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「じゃあ、クロノ君は?」

「うん。一命は取り留めたって」

 

 アースラのブリッジ。その艦長席で集うのは三人、なのは、フェイト、はやてだ。

 はやての傍らにはグリフィスもいる。

 クラウディアへのタカト襲撃から三日程経つ。タカトとの戦いで敗れたと思わしきクロノ――氷漬けのクロノを見た時、一同は少し混乱した。

 取り敢えず氷の中からクロノを掘り出そうとした訳だが、シャマルから「絶対に駄目!」と、強い口調で嗜められ、氷漬けのままアースラに搬送。そのまま本局に転送し、そこで氷漬けを解除して手術を受ける事になった。結果は成功。

 クロノは無事一命を取り留めた。しかし、当然まだ意識は取り戻しておらず、何があったのかを聞く事は出来ない。

 本局上層部の人間は、クロノが最後に自爆覚悟でデュランダルに登録されている永久の棺(エターナル・コフィン)を発動し、しかし666には逃げられたのでは無いか? と言う結論でまとめられている。……しかし。

 

「どう、思う? フェイトちゃん」

「予想でいいなら。多分、永久の棺を使ったのはクロノじゃない。……666だと思う」

「……やっぱ、そうなるなー」

 

 一同、溜息をつく。クロノが助かってホッとしたのはいいのだが。問題が一つ出て来たのだ。666こと、タカトの行動である。

 何故、タカトが永久の棺を使ってクロノを助けたとフェイト達が推理したか? 簡単である。推理ですら無い。

 デュランダルは氷漬けにされたクロノより少し離れた所にあったからだ。クロノが使用したのならば、クロノの手に握られていなくてはおかしい。

 だが、ここで一つ疑問が生まれる。何故に敵である筈のクロノをタカトは助けたのか? と、言う疑問だ。

 

「結局、よくわからんのやな。666の行動」

「うん。こちらでもいろいろ調べてはいるけど、何て言うか――行動がちぐはぐしてる」

「最初に会った時からそうだしね」

 

 最初にタカトがアースラメンバーの前に現れた時、彼はただシオンの前に顔を出しただけのように思える。しかし、実際はなのは達を助けているのだ。

 だが、次に現れた時は敵対していた。一体何がしたいのか全然解らない。味方な訳でも無い。確実に敵対すべき存在なのだが。

 

「666の目的捜査はこっちでもやるよ」

「うん。フェイトちゃん、よろしくな?」

「フェイトちゃん、あんまり無茶はしないようにね? フェイトちゃん、ライトニングの隊長でもあるんだから」

「うん……でも、なのはもね?」

 

 三人は笑いながら頷く。三人共、結構無茶を通すタイプなので、お互い様と言う事でもあった。

 

「艦長、N2Rとの合流まであと一日ありますが」

「うん、ちょっとばっかりはやく戻ってきてもうたし……。あ、そや。なら、なのはちゃん、フェイトちゃん」

「え? 何? はやてちゃん」

「どうしたの?」

「うん、あんな?」

 

 はやてが提案したのは二人に休暇を、と言う事だった。それを聞いて、流石に二人は慌てる。

 

「で、出来ないよ! はやてちゃん」

「そうだよ。感染者がいつ出るかも解らないんだよ?」

「その為の本局、地上本部との直接転送許可やん? 二人とも、いい加減働きすぎやよ?」

 

 うろたえる二人に、はやてはスッパリ言い放つ――それを聞いて、横でグリフィスがポツリと呟いた。

 

「それを言うなら艦長もですね? 有給休暇、いくら溜まっていると?」

「うっ……! い、痛い所、突くなー。グリフィス君……」

 

 冷や汗まじりに呟くはやてを横目で見て、グリフィスはふむと、一つ頷いた。

 

「シャーリー? 艦長の出勤状況は?」

「うん。これだよ」

「ちょっ! シャーリー!」

 

 はやては二人のやり取りに流石に叫ぶ。何がまずいと言うか、このままでは――。

 

「……見事に休んでませんね」

「うっ……」

 

 目の前に展開されたウィンドウに表示されたデータに、グリフィスが苦笑い混じりに呟く。そこには、シャーリーから送られたはやての出勤状況が表示されていた。

 実際、はやては休暇を取らない――と、言うより隊長陣三人共、休暇をあまり取ろうとしていなかった。サービス残業に至っては、いくらやってるか見当も付かない。

 

「この際ですから三人共、休みを取られたら如何でしょう?」

「いや、あんな? グリフィス君、私は艦長やし――」

「そうだよ? 私も皆の戦技教導とかあるし――」

「私も666の捜査が――」

 

 三者三様の言い訳をする三人娘。しかし、グリフィスはたった一言を呟いた。「シャーリー?」と。そして、幼なじみはあっさりと「は〜〜い」と応えた。そして、メインモニターに現れたのは――。

 

《あらあら。ここが新しいアースラのブリッジなのね》

「「「な……」」」

 

 思わず唖然とする。そこには、顔を大にして現れたアースラ後見人の一人でもあるリンディ・ハラオンがにこやかな笑みを浮かべていたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――そして時間は三日前。ヴィヴィオとタカトの邂逅後まで遡る。

 ユーノ宅の居間で、ヴィヴィオは緊張していた。そろそろユーノが帰ってくるからだ。

 しかし、何故にヴィヴィオはこんなに緊張しているのか? それは今、ヴィヴィオの部屋のベットで眠る一人の男、タカトの存在故であった。

 あの時、名を交換した後、病院へ向かわなくていいの? とヴィヴィオは問うたのだが、タカトはそれを拒否。

 ケガは治っているので、後は血がちょっと足りないくらいらしく、寝てれば大丈夫とタカトは言ったのだ。だが、ヴィヴィオは納得しなかった。

 血がどれだけ足りないのかは知らないが、青を越えて真っ白な顔をしても説得力がまるで無い。人を呼びに行ってもいいのだが、ヴィヴィオの直感は告げていた。

 確実にタカトは居なくなると。……何故、ヴィヴィオ自身ここまでタカトに固執するのかは解らないのだが、一人にさせてはいけない気がした。

 そして結局、最終兵器(乙女の涙)の存在にタカトは敗れた。

 ヴィヴィオの提案により、今の住居、ユーノ宅で休むと約束してしまったのだ。

 ある意味誇ってもいい。タカトに言う事を聞かせられる存在なぞ、次元世界全てを含めても、三人と居ない。

 ようやく頷いたタカトと、そのままポートを使いクラナガンまで移動。そこで、初めてヴィヴィオは気が付いた。

 そう、ユーノへの説明をどうするのかだ。……結局何も考えつかなかったのだが。

 タカトを自分の部屋のベットに寝かせ(よほど疲れていたのか、彼は瞬時に寝た)、ヴィヴィオは居間でああでもない、こうでもないと悩みに悩み抜き、そして、今に至ると言う訳であった。

 

「ただいま〜〜」

「……っ! お、おかえりなさーい」

 

 そうやって悩んでいる内に声が玄関でした。ユーノの声だ。――ヴィヴィオは決める。タカトの存在を隠し通そう、と。

 一人決意を固め、拳をヴィヴィオは握る。ユーノが居間へと入って来た。

 

「ゆ、ユーノさん。きょうは、はやかったんだねー?」

「え、そうかな? いつもと変わらないと思うけど?」

 

 ユーノは笑いながらそう指摘する。ヴィヴィオもまた「そうだっけ〜〜?」と、笑った。……思いっきり、誤魔化し目的の笑いだったが。そして少しホッとする。どうやらバレてはいないようだと。

 

「うん、ところでヴィヴィオ」

「う?」

 

 再度ユーノに向き直る――そして、ユーノは笑顔で爆弾を落として来た。

 

「お客さん、誰か来てるのかな?」

「!? え、えー? なんのこと?」

 

 何故、唐突にバレたのか。ヴィヴィオはそれでも何とか白を切ろうとする。だが、しかし。

 

「え? だって靴、大きいやつが玄関にあったから」

「…………」

 

 ヴィヴィオ。痛恨のミスである。さらに――。

 

「ヴィヴィオすまん。少々寝過ぎ、た……」

 

 ――居間に入って来る人物がいる。言うまでも無く、タカトだ。ユーノの気配で起きたのだろう。居間のソファーと入口で固まる二人。やがて彼らは揃って口を開いた。

 

「「……誰?」」

 

 ヴィヴィオは二人の言葉に「はぅっ」と、だけ声を漏らしたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ヴィヴィオが……」

「ええ。おかげで助かりました」

 

 あれから十分程経つ。居間には、ユーノ、ヴィヴィオ、そしてタカトが集まっていた。

 タカトは眠る前にバリアジャケットを解除していたのか、黒のシャツにジーパンと簡素な服装である。何より異質なのは片目、右目が常に閉じられている事か。

 ……結局、ヴィヴィオは洗いざらいユーノに自白した。てっきり大目玉かと思ったのだが、ユーノが浮かべるのはただ笑みだけであった。

 

「ユーノさん。おこってない……?」

「怒ってないよ」

 

 ヴィヴィオはびくびくしながらユーノに聞くが、ユーノは首を横に降る。そして、こう言った。

 

「人助け、だったんだよね? ヴィヴィオがやった事は立派な事だよ。だから怒ってない。……でも、一言は言って欲しかったかな?」

「……うん。ユーノさん、ごめんなさい」

 

 ヴィヴィオの素直な謝罪に、ユーノはただうんと答えた。それをタカトは眩しそうに見て、席を立つ。

 

「? どうしたんですか?」

「いや、時間も遅いし、そろそろ御暇乞しようと思いましてね」

 

 そう言うタカトは、しかしヴィヴィオを見て、「うっ」と唸った。ヴィヴィオの瞳には、再度最終兵器が装填されようとしていたのである。そんな二人の様子に、ユーノはただ笑い。彼に提案する事にした。

 

「よかったら、今日は泊まっていきませんか?」

「いや、しかし」

「うー……!」

 

 ヴィヴィオの声に、再度タカトの肩は揺れる。やがて溜息を一つ吐いて、首を縦に振った。

 

「……すみません。なら、今日はご厄介になります」

「いえ、いいですよ。あ、僕の事は呼び捨てで大丈夫ですよ? 敬語もいりません」

 

 タカトの答えに、ユーノは朗らかに笑う。彼もまた微笑んだ。

 

「なら、俺も呼び捨てで。ユーノ」

「ああ。タカト」

 

 二人は互いに頷き合う。こうして、ユーノ宅にタカトは滞在する事になった。……しかし、誰が予想しただろう。この滞在が長期に渡ろうなどとは。

 そして、ユーノとヴィヴィオもまた知らない。目の前の男が、第一級の次元犯罪者である事を。ヴィヴィオにとってのママ達である、なのは達と戦ってる存在である事を。

 タカトもまた知らない。目の前の男が敵対している存在と親友である事に、そして少女が娘である事に。

 

 ――皮肉に、運命は針を進めたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 夜。ユーノ宅の食卓は、かつて無い程の料理が並べられていた。

 唖然として席に座るのはユーノだ。その隣ではヴィヴィオがにこにこ笑っている。

 そして、肝心のタカトはと言うと――。

 

「よし、と。おまちどうだ」

 

 ――エプロンを付け、台所に立っていた。問答無用に立っていた。

 タカトが身に付けるのは、ユーノが台所に立つ時用の淡い翠のエプロンである。もっとも、ユーノはあまり料理が得意な方では無く、現在絶賛修業中だった訳だが。

 食卓には大皿に盛られたミートソースとクリームソースのスパゲティがある。かなりの量だ。さらにヴィヴィオ、ユーノの前にあるのはオムレツである。

 ヴィヴィオのに至っては、ケチャップで似顔絵まで書いてあった。おまけとばかりにあるのはシーフードサラダ。これも、また見事な盛り付けだ。

 これらの料理、全てを作りし男は鼻歌を歌いながら調理器具を片付けている。ユーノはその手際を見て、なのはの世界のある家事妖精の伝説を思い出していた。

 ブラウニー。まさに目の前の男は、現代に蘇りしブラウニーであった。

 

「さぁ、食べてくれ。久々に作ったから味は少々保証出来んが」

「あ、ああ。うん戴きます……」

「いただきま〜〜す」

 

 ブラウニー(タカト)に促され、早速スプーンを手に取る。オムレツを一切れ掬い、口に入れた――瞬間、ユーノの表情が真顔になった。まずい訳では無い。と、言うより――。

 

「おいしい〜〜♪」

 

 ヴィヴィオがにこやかに言う。そう、美味いのだ。とんでもなく。

 正直に言おう。レベルはかの八神はやてと同等、あるいは上回る。

 

「……えっと、これ作ったのタカトだよね?」

「目の前で作ってただろうが」

「いや、まぁ、そうなんだけど……」

 

 激しく納得いかない。目の前の、この無骨然とした男がこの料理を作った事に……!!

 

「……ユーノ。何か、ひたすら失礼な事考えていないか?」

「い、いや! そんな事ないよ!? そ、そう! このケチャップも市販の物じゃ無いよね?」

「ああ、ちょっとタバスコを利かせて見たんだが――どうだ?」

「……うん。甘くなくて、オムレツによく合うよ」

 

 やはり微妙に納得いかず、しかし和気あいあいと夕食は進む。そんな中でユーノが思い出すのは先程の事だ。

 そろそろ夕食にしようという所で、タカトから「世話になるだけなのは性に合わん。夕食を作らせてくれ」と言われたのだ。

 実際、ユーノは前述の通り料理はあまり上手くない。ヴィヴィオはあまり文句を言わないが、それでもなのはやフェイト、はやての作る料理とは表情が明らかに違う。

 その為、最近料理を修業していた訳だが、結果はまだまだであった。

 真剣に料理教室に通おうか、と考えていた程である。……ここに、また一人親バカ在り。

 結局は仕事が増えた為、料理教室へは行けなくなった訳だが。

 ……ユーノは知らない。その仕事を増やした原因が、今まさに目の前で料理を振る舞っている事に。

 これは、偶然と言うよりは、もはや必然であったか。

 

「ああ、ヴィヴィオ。そのクリームソースのパスタだが――」

「う?」

 

 タカトが今、まさにクリームソースのスパゲティを食べようとするヴィヴィオに何かを言いかけるが、若干遅い。

 器用にフォークとスプーンを使って、ヴィヴィオは口の中にパスタを入れる――直後、ヴィヴィオは固まった。

 タカトは最後まで見て、続きの言葉を放つ。

 

「――もの凄く熱いからキッチリ冷ますように。……もう、遅いか」

「にゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!」

 

 一拍遅れてヴィヴィオが悲鳴を上げる。ありし日(9歳)の母を思わせる悲鳴である。慌てて水を飲むヴィヴィオを笑うタカトに、ユーノは半眼で告げた。

 

「……わざとだろ?」

「まさかな?」

 

 それは、全然説得力の無いタカトの台詞であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 何だかんだで夕食は終わり、ヴィヴィオはお風呂に入り、その後ベットに入ると即座に寝た。寝付きが良いのは良い事である。たくさん遊んで、たくさん学んで、たくさん寝る。世の子供の鏡であった。

 そんな中、ユーノは書斎に居た。その顔は夕食時に無かった程に暗い。ヴィヴィオには伏せたのだが、悪い報せがユーノの元に来ていた。

 クロノ・ハラオウンの事である。生死不明状態で本局に担ぎ込まれ、手術を受けたのだ。

 どうにか手術自体は成功したが、未だ危篤状態には変わりない。

 夕方まで、本局の医療施設にハラオウン家の皆と居たのだが、「今日はもう遅いから」と言われ、帰されたのである。

 ヴィヴィオも待っているので、渋々帰ってきた訳だが。

 ――ユーノは後悔していた。クロノに情報を与える事が出来なくて、だ。

 

 ――666。

 

 クロノに依頼されていたのは、この次元犯罪者が使う術式の構成となるカラバ式と仙術なる異端の術の情報だ。

 しかし、カラバ式はある程度グノーシスからの協力者により術式の情報が得られていたのだが、もう一つの仙術はからっきしであった。

 元々、仙人と言う存在そのものが希少らしく。手掛かりは0。グノーシスの協力者も首を横に降る始末であった。

 ユーノは思う。正しく情報があれば、クロノはそんな事にならなかっただろうか? と。

 なのはの時にも思った。その時の後悔も、後押ししている。

 自分が正しく情報を見つけられたら、なのはやクロノは怪我なんて負わなかったのではないか? 有り得ないIF。ユーノとて、解っている。

 情報があったからと言って、それだけで事態は回避出来ない事くらいには。

 しかし、それでもどうしても考えてしまう。溜息をまた一つ吐いた時、書斎にノックが鳴った。思わず飛び上がりそうだったが、悲鳴は押さえ込んだ。――扉が開く。

 

「よう」

 

 そこにはコーヒーカップを片手に持つタカトが居た。ユーノは瞬時に笑顔を作る。一夜のみの客人だが、辛い顔は見せたくなかった。

 

「タカト、どうしたの?」

「いや、昼間寝たせいで、どうにも寝られんでな。ちょっと出てみたら、ここから光が漏れていたんでな?」

 

 タカトはそう答えながら、カップを差し出す。当然コーヒーが入っていた。

 

「……これは?」

「何、まだ寝る気配が無いんで淹れてきた」

 

 仕事か? と尋ねられたのでそのまま頷き、カップを受け取る。一口、口をつける――随分美味しかった。

 

「……これも、君が?」

「ああ、執事経験がこんな所で役に立つとは思わなかったがな」

 

 この男の経歴を聞いてみたくなる言葉である。執事経験なんて、普通は積むまい。それを言えば、料理もだが。

 

「執事って、昔何してたのさ? あの、料理もそうだけど」

「料理はいろいろあってな。俺の出身世界を色々と回らなくっちゃあならない時があって、その時に。食いっぱぐれがないから主に飲食店で働いてたんだよ。執事は、バイトと言う奴だな」

 

 バイトで執事なんてあるんだ? と、新たな事実にユーノは笑うと、タカトはふむと頷いた。

 

「……漸く、まともに笑ったな?」

「へ?」

 

 タカトの言葉に流石にユーノは驚く。タカトは笑って、そのまま続けた。

 

「お前、何があったかは知らんが、結構暗い顔してたぞ?」

「……」

「ヴィヴィオも気付いていた」

 

 タカトの追撃の言葉に、流石にユーノは笑う。自嘲気味にだ。天を仰ぐように、椅子に背をもたせ掛けた。

 

「……どうにも、僕は演技が下手らしいね」

「だろうな。初対面の俺に気付かれるようではな」

 

 タカトがおどけた様に笑う。ユーノもまた――苦笑ではあったが、笑った。

 

「……何があったのかは聞かない方がいいか?」

「うん……ごめん」

 

 タカトにユーノは謝る。時空管理局の事件なのだ。一般人に語れる内容ではない。タカトは「そうか」と、だけ答えてくれた。

 

「……そう言えば、礼がまだだったな。ユーノ、今日は済まない」

「そんな事ないよ。こっちこそ、我が儘に付き合わせてごめん」

 

 礼を述べるタカトに、ユーノは首を振る。言ってみれば、今日はこちらの我が儘に付き合わせたような物だからだ。

 

「……でも体調、本当に大丈夫?」

「ああ。流石に全快とはいかんがな」

 

 尋ねるユーノにタカトも苦笑いを浮かべて答える。しかし、ユーノは逆に、眉を額に寄せた。

 

「やっぱり、まだ全快してないんじゃないか」

「いや、確かにそうだが――あまり一所にいられる人間でもないんでな。それに――」

「……それに?」

 

 一所にいられない。そう言うタカトの言葉も気になったが、先が気になった。ユーノに促され、タカトは続ける。

 

「――俺には色々勿体ない」

 

 そんな事をタカトは言う。その表情は、ユーノから見ても哀しかった。そして、何が勿体ないと言うのか。

 

「……何が勿体ないのさ?」

「済まない。気を悪くしたのなら――」

「違うよ」

 

 ユーノの言葉を、タカトはやんわりと遮ろうとして、しかし出来なかった。ユーノが真剣な表情で再び聞いて来たから。

 

「僕は”勿体ない”と、言う言葉の意味を聞きたいんだよ。タカト」

「……お前も、大概」

 

 お人良しだな、とタカトは続け、微笑む。だが、その微笑みすらもどこか哀しい。

 

「……勿体ないと言うのは、そのままの意味だ。”伊織タカト”と言う人間にこんな幸せは勿体ない」

「……何でだい?」

 

 あくまでユーノは続きを促す。そんな彼に、タカトはそのまま答えた。

 

「ユーノ、俺にはな――」

 

 タカトから答えが告げられ――次の瞬間、扉が開いた。ヴィヴィオだ。

 眠そうに、目をしょぼしょぼしている。しかし、この場に漂う空気に気付いたのだろう。首を傾げた。

 

「……どうしたの?」

「……ふん。何でもない。それよりヴィヴィオ、どうしたんだ? こんな夜に」

 

 疑問に疑問で答えるタカトに、ヴィヴィオは笑顔で「おトイレ」と返す。それにタカトも苦笑いして頷いた。

 

「そうか。ならベットに戻って眠れ。俺も、寝るとしよう――ユーノ?」

「あ、ああ。うん」

 

 タカトに呼ばれ、ユーノはうろたえた。それに、ヴィヴィオは首を傾げるが、タカトに背を押されて書斎を出る。そのまま一緒に出ながら、しかしユーノに声を掛けた。

 

「あまり気にしない事だ、ユーノ」

「……タカト」

「俺のような人間も居る。ただそれだけの話しだ。では、おやすみ」

「……うん。おやすみ」

 

 「なんのはなし〜」と、聞くヴィヴィオに「子供には解らん話しさ」とタカトは答えながら書斎を出ていく。ユーノは椅子に深く座り直す。

 ……ショックだった。タカトの一言は、それだけの衝撃をユーノに与えていた。

 

「……タカト。君は……」

 

 ――そして、タカトの言葉の続きを思い出す。

 

 ――幸せ、ていうのが何か解らないんだ。

 

 空虚な瞳で、あまりに空虚な答え。ユーノは夜空を見上げた。夜空はまだ深く。朝の到来にはまだ長かった。

 

 

(第十七話に続く)

 

 

 




次回予告
「ユーノ宅に一晩だけ滞在したタカト。しかし、そんな彼に乙女の最終兵器が炸裂する」
「タカトが選んだ答えは――」
「そして、アースラでは隊長陣三人娘と、シオンの休暇が決定。四人は、ユーノとヴィヴィオに会いに行くのだった」
「次回、第十七話『すれ違う者達』」
「その口にしたものは、あまりにも懐かしくて――泣いてしまいたくなるくらいに、求めていた筈のもので」

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