魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第十五話後編であります♪
クロノVSタカト決着!
ちなみにテスタメント、クロノとユーノはとあるSSの関係で非常に思い入れがありまして(笑)
にじふぁん時代では、そのリビドーをぶつけるかのように書いたのを覚えております(笑)
と言うか、半ばここからタカトが主人公やってるよーな(笑)
666編だし、いいよね?
……うん、ツッコミ待ちです(笑)
では、第十五話後編どぞー♪


第十五話「時と天」(後編)

 

 クロノ・ハラオンは床に倒れていた。天破乱曲と言う技を受けて。天破乱曲は、疾風のように拳に纏った風を叩き込む技ではない。風を周囲から捻れ合わせて、全身に万遍なく叩き込む技だ。

 言うなれば絶対回避不能攻撃。しかも、座標特定の為に振るわれた拳による風の拘束付き。普通ならば風圧でミンチになるか、最低でも全身骨折は免れまい――。

 

 ――普通ならば。

 

 クロノはゆっくりと立ち上がる。身体の様子をすぐにチェック。――全身打撲と言った所か。しかし、軽い方だろう。

 クロノはフッと笑う。策が上手くいったと。

 

「……成る程、な」

 

 声が聞こえてきた。666こと、伊織タカトの声だ。声には純粋に驚きの響きが交じっていた。

 

「これが、貴様の本来の戦い方な訳だ?」

「ああ。僕は元来まともな戦い方には向いていなくてね」

 

 タカトは左手を振るう。そこには、リング状の光の拘束具が嵌められていた――リングバインドだ。

 

「しかし、純正の物でもない。これには”拘束能力”が一切ないな?」

「その通りだ。伊織タカト。それは拘束能力を一切廃して、ある能力を付与した魔法だ。名を」

 

 ――ストラグル・リングバインド。

 

 そう呼ぶと、クロノは告げる。この魔法はかのストラグル・バインドの派生――いや、”変型”だ。

 この魔法に拘束された対象は強化魔法、変身魔法を解除され、そして”魔力出力減衰”の効果を付与される。

 つまり、今のタカトは身体能力も魔力も弱体化している状況と言う訳だった。先の天破乱曲を放たれる直前に、叩き込んだS2Uに仕込んであったのだ。ギリギリのタイミングだったが、上手くいった。

 

「だが、これではまだ、ハンデには届かないぞ? せいぜい、力の五分の一程度の弱体化では、な」

「……寧ろ、それを受けてその程度と言う事に僕は脅威を覚えるがな」

 

 タカトの台詞を聞いて、クロノは苦笑いを浮かべる。

 かのエース・オブ・エース、高町なのはでさえ、これを受ければ最大瞬間発生魔力を三分の一まで抑えられるのだ。

 実質、目の前の男はクロノが今まで出会った中でも最大の瞬間発生魔力量を誇っている事になる――だが。

 

「それはあくまでリングバインド。四肢に取り付けられれば、君とて取り押さえられる」

「それを俺が許容すると?」

 

 タカトが笑いながら尋ねる。当然、クロノとてそんな事は考えていない。

 

「もう一度、しかし違う言葉で言おう。伊織タカト、君を”無力化”する」

「……出来るものならば、な」

 

 そして互いに浮かべるのは不敵な笑顔――直後、クロノの二つの愛杖はカートリッジロードを行い、タカトは踏み込む。

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 放たれる一撃は互いへと炸裂し、爆音が周囲に撒き散らされた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「クラウディアからの脱出艇、収納確認出来ました」

「うん。脱出艇には医療班を向かわせてな?」

「はい。シャマル先生に連絡を取ります」

 

 報告を聞きながら、はやてはふぅと息を吐く。

 アースラは現在、クラウディアからの救難信号を受けて、向かっている最中だった。その途上で脱出艇を発見したのである。その収容が、たった今完了した所だ。

 

「クロノ、いるかな?」

「正直、おるとは思えんけどね」

「クロノ君、だもんね」

 

 フェイト、はやて、なのはは、一様に暗い顔になる。クロノとは長い付き合いだ、フェイトに至っては義妹である。故に、こんな事態に於いてクロノが艦を見捨てる、と言う選択肢を取らない事が解ってしまったのだ。

 

「艦長、クロノ提督ですが――」

「うん」

 

 シャーリーからの報告。クロノが脱出艇に乗っているかどうか、それを調べて貰ったのだが、結果は予想通りだった。クロノは一人、クラウディアに残っているらしい。

 

「時間稼ぎ、か」

「クロノ君らしいって言えばそうなんだけど」

「クロノ……」

 

 三人はやっぱりと溜息をつく。クロノは昔からそう言う所があった。誰よりも現実主義者のくせに、率先して自分を犠牲にしようとする所が。

 結婚し、子供を設けてからはそんな所が消えたように思えたのだが――人間、そう簡単には変わらないと言う事か。

 

「艦長。脱出艇に乗っていたクラウディアの管制官から、クラウディアの艦内カメラへの直結許可を貰いました!」

「ホンマ? シャーリー、すぐに繋いでや」

 

 思わぬ報告にはやては歓声を上げて、指示を出す。了解とシャーリーは返し、コンソールを操作。メインモニターに、クラウディアからの映像を出そうとする。

 しかし、モニターに映る映像はザーと言う馴染み深い物だった。

 

「す、すみません。ちょっとカメラとのリンク。暫く時間掛かるみたいです……」

「しゃあない、な」

 

 シャーリーが済まなそうな顔をするが、これはシャーリーの咎と言う訳でもない。焦れる気持ちを抑えながら、はやては頷く――と、念話通信が来た。シオンだ。

 

《はやて先生》

「シオン君か? どないしたん?」

 

 その通信に、はやては訝し気な表情をする――さらに警戒も。

 何せ、666絡みの事件だ。シオンの動きにも警戒しなければならない。彼の復讐は、何も終わっていないのだから。

 

《アースラの転送システムは使えないんですか?》

「最初に試した通りや。クラウディアの転送システムに不具合があるんやろうな。繋がらないんよ」

 

 ……そう。最初はクラウディアに直接前線メンバーを送ろうとしたのだ。

 しかし、向こう側の転送システムが壊れているのか、転送不可能な状況だったのである。……実際は、タカトが侵入した際にクラウディアの転送ポートの重要部品を天破水迅で破壊していたのだが。

 

《クラウディアの現在座標は解っているんですよね? なら、転送ポートを使った転移じゃなく、通常転送なら?》

「あかん、却下や。今の艦内がどないなってるか解らん以上、不用意な転送は許可出来ん」

 

 シオンの提案をはやてはスッパリと却下する。そもそも、アースラにはクラウディアの設計図なぞ無いのだ。下手に転移すると壁とかにはまり込む事になる。最悪、二人の戦闘の真ん中に出現する事になるかも知れないのだ。そんな危険な状態での転移なぞ、認められる筈もなかった。

 

「……シオン君、気持ちは解る。でも、焦ったらあかんよ?」

《俺は、焦ってなんか――》

《焦ってんでしょうが、この馬鹿》

《そうだよ。シオン》

 

 否定しようとするシオンに、二つの声が重なる。ティアナとスバルだ。彼女達は、さらに続けた。

 

《まったく……もう一発殴られないと解んないのかしら、この馬鹿》

《……馬鹿馬鹿連発してんな。暴力娘》

《何ですって? スバルはともかく、私はそんな事言われる筋合いないわよ!》

《ちょ、ティア! 私がって、そんな事ないよ!?》

《いや、スバル。お前は否定出来ないだろ? 俺、真剣にあの世に行く覚悟決めたぞ。あの一撃》

《ああ、やっぱり?》

《えぇ!? て、ティアも納得したように頷かないでよー!》

「あぁ、なんか青春しとるな〜」

「緊張してないのは良い事なんだけど」

 

 はやてを始めとして、ブリッジに苦笑いが広がる。――シオンは、あの二人がいる限り大丈夫だろう。もう、自分を見失う事は無い。そう思わせる会話だった。

 

「取り敢えず三人共、出撃前なんやからもうちょっと静かに、な?」

《《《……すみません》》》

「でも、元気があるのは良い事だよ? 三人共、そのままの気持ちでね?」

《《《はい!》》》

 

 はやてが流石に窘め、なのはが続けてフォローする。実際666を相手にしようと言うのに、気負いが無いと言うのは良い事だった。

 

「艦長。クラウディアまであと十分です」

「了解や。前線メンバーはヘリに待機してや。ヴァイス君、アルト、よろしくな?」

《了解! 任せてくださいや!》

《はい! こちらも準備完了です!》

 

 ヴァイス、アルト――二人のヘリパイロットからの返答に、はやては頷く。クラウディアに到着後、前線メンバーを送り届けるのは彼等の役目なのだから。時間との勝負となる今回に於いて、二人は頼りになる

 

「艦長、カメラ繋がります!」

「うん。ならメインモニターに出してな」

 

 はやてが頷き、メインモニターが呼び出される。

 クラウディアの艦内カメラが一つ一つ映され――やがて、メインモニターにある光景が映し出される。

 

 ――はやて達はその光景を見て、一斉に驚愕した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――時間は遡る。クロノとタカトの戦いまで。

 

 クロノは左のS2Uを掲げ、カートリッジロードを行うと、振りかぶった。

 

【ブレイズ・セイバー】

 

 直後、S2Uの先端から魔力刃が発生する。カートリッジロードの恩恵もあり、その刃はほぼ2メートル程。クロノは、それをタカトに向けて真上から振り下ろした。

 しかし、タカトは半身でその一撃を躱し、同時に一歩をクロノに踏み込む。振るうは左の拳、風巻く一撃だ。

 

 −トリガー・セット−

 

「天破疾風」

 

    −撃!−

 

 放たれる拳は真っ直ぐに突き込まれて来る――疾い! クロノは、反射的にデュランダルを向けた。

 ラウンドシールド。円形の魔法陣のど真ん中に暴風を詰め込んだ拳が叩き込まれた。シールドが軋む。……が、破壊されない。

 これだけでもストラグル・リングバインドが効果を発揮しているのが解った。――だが。

 

 ――長期戦は不利、か。

 

 クロノはそう判断した。タカトの術制御、構成能力は一見無造作に見える。しかし、実際は緻密かつ精密。クロノにさえ真似出来ない程の精緻な構成能力なのだ。

 そんな彼が、SR・バインドを解呪(ディスペル)しない訳がない。そう考えつつも、クロノはタカトに砲撃を叩き込もうとする――直後、タカトの姿を見失った。

 

「……っ!」

 

 先程と同じだ。瞬間移動にも等しい歩法。クロノは左右を瞬時に見るが居ない。

 

「何処を見ている?」

 

 ――――っ!

 

 声が聞こえた。後ろから。そして感じるのは背に背が触れた感触。即座に、クロノは迷わず溜めていた砲撃を敢えて、”暴発させる”。

 

 ――間に合え!

 

「天破紅蓮”改式”」

 

 タカトの声が響く。それと同時に、クロノの砲撃が暴発した。

 

「天破爆煌」

【アイシクル・カノン】

 

    −轟−

 

    −氷−

 

    −爆!−

 

 クロノの意識は、一瞬刈り取られそうになった。

 しかし、何とか繋げる――助かった。

 砲撃の暴発が、タカトの爆発技を防いだのだ。密着状態で放つ技に、クロノは戦慄する。あの威力の技を、通常動作と変わらぬ状態で放つなど、反則にも程があった。

 吹き飛ばされた勢いのまま身体を回転させる。続いて、すぐに両のデバイスをカートリッジロード。タカトに向き直る――が。

 

 ――トス。

 

 そんな音が響いた。クロノは呆然と右肩を見る。そこには5センチ程の穴が開いていた。次に来たのは激痛だ。しかし、それすらも次の言葉に掻き消される。

 

「天破水迅”改式”」

「っ――――!」

 

 響く声に、クロノは激痛を無視してシールドを張る。だが、視線の先にいるタカトは構わない。

 指に纏うのは水――だが水糸ではない。タカトはまるで矢のようにそれを纏めていた。

 

「天破鏡矢」

 

    −撃!−

 

 次の瞬間、シールドに重い衝撃が走る。クロノはそれに歯噛みをした。タカトには射撃系の魔法は無いと踏んでいたのだが、とんでもない。今、タカトは少量の水を弾丸として放っている。これでは先程のように凍りつかせて、制御を奪うような真似は出来なかった。

 そして、連発。シールド越しの衝撃に、手が痺れていくのを自覚する。

 やがて水矢を放ち終えたタカトが、瞬時にクロノに向かい駆け始めた――疾い!

 クロノは即座にシールドを解除すると、両のデバイスをカートリッジロードする。向けるのは右、デュランダルだ。

 

【アイシクル・セイバー】

 

 現れたのは氷の刃。長さはブレイズセイバーと同等だ。クロノはそれを腰溜に放つ――タカトは止まらない。躱す事もせず、左の拳を氷刃に叩き付ける!

 

「天破疾風」

 

    −撃!−

 

    −砕!−

 

 風巻く拳に、アイシクルセイバーが容赦無く砕かれた。その勢いのまま、タカトは左足でクロノに踏み込んで来る。

 

「く――っ!」

 

 右の回し蹴り。予備動作すらも廃いしたその一撃に纏うは炎。

 

「天破紅蓮」

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 叩き込まれた回し蹴りから紅蓮の炎が爆発し、クロノは盛大に焼かれながら吹き飛んだ。だが、しかし。

 

「ちっ」

 

 タカトが短く舌打ちする。紅蓮の威力が相応に下がっていたのだ。その右足に灯るはリングバインド。SR・バインドだ。

 それを見て、クロノは転がりながら笑みを浮かべる。紅蓮の一撃を回避も防御も不可能と悟ったクロノは、S2Uを紅蓮が来るかも”しれない”方向に放ち、そして永唱完了したSR・バインドを仕掛けたのだった。

 結果は成功。基本、こう言った博打を嫌うクロノだが、悪くないと口元を歪ませる。

 そして、転がる勢いを利用して立ち上がる――が。居ない、タカトが。

 

 ――どこ、だっ!?

 

    −撃!−

 

 直後、クロノの意識が飛んだ。顎を蹴りで撃ち抜かれてだ。それを放ったのは、当然タカト!

 クロノが起き上がるタイミングを見計らい、縮地で懐に潜り込んで顎を蹴り抜いたのか。

 盛大に脳を揺さぶられ、瞬間だけクロノの意識がカットされる――タカトがそんな隙を逃さす筈が無かった。

 クロノの首を捕まえると同時、一気に駆け出す。向かう先はクラウディアの壁。そのままの勢いで、タカトはクロノを壁に叩きつける!

 

    −撃!−

 

「ぐっ!?」

「ひゅっ!」

 

 叩きつけられた衝撃で、息を詰まらせたクロノに聞こえたのは短い呼気。

 直後に、拳と蹴りの乱撃が放たれた。今のタカトの身体能力や魔力はおよそ半分程。故に、魔力攻撃や単発攻撃に頼らない攻撃方法に切り替えたのである。幸い速度は殺されておらず、これは図に当たった。

 放たれる乱撃に、クロノは全身をズタボロにされていく。そして、止めとばかりに顎を右の拳で撃ち抜かれた。

 

「か、う……」

「天破――」

 

 乱撃に加え、再度顎を撃ち抜かれた事によりクロノの意識はほぼ完全に絶たれる。その上で振るわれんとしているのは天破疾風の一撃であった。

 クロノはそれを、絶たれた意識でぼんやりと見る。胸中に浮かぶのは、やはり勝てないのか? との思いだ。かつて、クロノはこう言った事がある。

 魔法戦闘で大事なのは状況判断力とそれに応じた魔法行使だと。だが、目の前の男を見てその考えは揺らぐ。

 なのは達もそうだった。万全の策を、あらゆる不利な条件も踏み潰す。戦いに置ける”天才”。目の前に居る男は、まさにその具現だ……。だが、しかし。

 

 頭に過ぎるのは母――。

 

 しかし……。

 

 次に過ぎるのは仲間達――。

 

 しかし。

 

 そして義妹――。

 

 しかし!

 

 そして最愛の……!

 

「ウォォォォォォ!」

 

 その顔が、妻と子供達が脳裏を過ぎった瞬間、クロノは意識を取り戻した。

 死ぬ訳にはいかない。こんな所で、終わる訳には行かない……!

 カートリッジロード。クロノはS2Uを振り放つ――三つめの切り札を!

 

「――疾風!」

【ブレイク・インパルス!】

 

    −撃!−

 

    −爆!−

 

 直後、交差を果たす拳と杖。勝利したのは杖だった。

 タカトのグローブ状のバリアジャケットが引き裂かれ、左手に裂傷が走る。同時に、S2Uに皹が入った。

 ――ブレイク・インパルス。固有振動を対象にぶつけ、破砕する魔法である。

 クロノはタカトの戦闘データを見ていて、唯一完全に防げない攻撃があるのを発見していた。スバルのIS、振動破砕だ。故に、自分の固有振動波が通じるのではないかと予想した。……ただでは通じないとも。

 タカトにダメージを与える為には、通常の数倍に匹敵する威力が求められたのである。故にこれは切り札。S2Uを損傷させる程の振動波を起こさせるように、魔法を事前に改造していたのだ。

 ……使いたくは無かった。クロノはそう思い、しかし迷わない。

 振動波で今度は逆にタカトが吹き飛ぶ。千載一遇のチャンス、これを逃すクロノではない。マグチェンジを行い、即座にカートリッジロード。

 使用するカートリッジは、それぞれ一発を残して全弾。

 それはクロノの限界ロード数を越えた数だ。クロノは、体内に渦巻く魔力に体が耐え切れず、内臓が傷付けられる。

 吐血。クロノの口から血が溢れ出す。しかし、クロノはその膨大な魔力を制御しきった。

 

【アイシクルブレイド】

【スティンガーブレイド】

 

 二つのデバイスもその魔力に耐えられない。微細な皹が入っていく。だが、デバイスもまた主人の思いに応えるかのように、その魔力を凌ぎ切った。

 タカトは吹き飛ばされながらも、体勢を整える。床を削り、両の足で滑りながら制止した。

 次に見たのはタカトを持ってしても信じられない光景だった。

 

    −刃−

 

−刃、刃、刃、刃、刃、刃、刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃!−

 

 3メートルを越す刃の葬列。その数は軽く四百を越える。通路中に現れた氷と光の刃。切っ先の全ては、タカトに向けられていた。

 そしてクロノは叫ぶ。処刑を意味する断罪の一撃の名を!

 

「エグゼキューション・シフトっ!」

 

    −砕ー

 

−砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕・砕−

 

    −砕!−

 

 クロノの叫びに応え、一斉に放たれた刃の葬列は、迷う事無くタカトへと叩き込まれた。刃の絨毯爆撃とも呼べるものに、煙りが立ち込める。衝撃が、クラウディアを揺るがせた。威力はSを超えて、SSに確実に届く。あるいは超えている。

 クロノは放たれ続ける刃の群れの中で、血を吐き続ける。デバイスの皹も広がっていく――放たれる。放たれ続ける。

 刃が全てを蹂躙し、消し飛ばす。一人に向かって放つ量では無い。完全なオーバーキルだ。

 

 ――しかし。

 

 クロノは予測する。あの男は倒れないと。この程度で倒されるのならば、既になのは達に倒されている。

 故にクロノはさらに永唱した。そして、見る。母から贈られた杖。ずっと共にいた愛杖を。

 

「S2……いや」

 

 クロノはなれ親しんだ愛称ではない。本当の名を呼ぶ。

 

「ソング・トゥ・ユー。済まない。そして……ありがとう」

【お気になさらず】

 

 S2Uは……意思を持たない筈のストレージデバイスは、しかし確かにクロノに応えた。

 クロノは微笑み、次いで眼前を睨むと、”それ”を仕掛けた。S2Uの最後のカートリッジをロード。

 

 後退する――。

 

 ――煙りの中に彼は立っていた。そう、まだ立っていた。伊織タカトだ。

 彼は全ての刃を防ぎ切っていたのである。

 疾風を纏い、水迅で薙ぎ、紅蓮を放ち、震雷で滅ぼす!

 そして、最後の刃を消し飛ばすと同時に駆け出した。

 向かうは正面に佇むクロノだ。先の魔法で力尽きたか、動くことは無い。右拳に風を纏う――影が見えた。その影に、タカトは決着となる一撃を放つ。

 

「天破疾風!」

 

    −撃!−

 

 暴風巻く拳は、クロノへと確かに叩き込まれ――砕いた。確かに砕いた。”漆黒の杖”を。

 幻術! タカトはそれに驚き、しかし、驚愕はそこで止まらない。杖がたった一言を砕き切られる前に呟いたからだ。

 

【ストラグル・バインド】

「っ――!」

 

    −縛−

 

 失策に気付き、後退しようとするタカト。だが、間に合わない。

 杖を基点として光が彼を拘束していく。普通なら意に返さないそれも、今の弱体化したタカトには充分な拘束力を持っていた。

 そして眼前から迫るのはクロノ!

 カートリッジロード。右手に握る白の杖から、氷刃が生えた。それを抱えるように、クロノは走る。

 タカトに魔力ダメージでの敗北は望めない。ならば致命的なダメージを与えて敗北させる!

 走る、走る――タカトはそれを見るしか出来ない。もがくも、ストラグルバインドは解けない。それでも、無理矢理に右手の拘束を破った。だが、遅い!

 

 ――勝った!

 

 クロノは勝利を確信して、懐に潜り込む。

 そんな彼にタカトが浮かべたのは一つの笑み。そして一言だ。

 

「見事だ。クロノ・ハラオウン」

 

 自分を褒め讃える声。直後、次の言葉が世界に響いた――。

 

 −神の子は主の右の座に着かれた−

 

    −斬!−

 

    −撃!−

 

 ――そして、二つの影は互いにぶつかり、決着はつけられた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラ、ブリッジ。そこに居る全ての人は、その光景を見ていた。同時に響くのは、叫び。

 

「クロノ――――っ!」

 

 フェイトの切ない、切ない叫びであった。

 メインモニターに映るのは、クロノと666こと伊織タカトだ。二人は重なるようにして立っている――しかし、異様な点が一つだけあった。

 

 ――手、だ。

 

 クロノの”背中より飛び出た手”。左の肩を貫いて、タカトの手が飛び出していたのである。

 

 致命傷、あるいは即死しているかもしれない程の傷であった。そして響くのは一言だ。タカトの一言。

 

《見事だった。クロノ・ハラオウン。敬意を表し、その名を俺は生涯、忘れない》

 

 ――次の瞬間。映像が途切れた。

 

「っ――! シャーリー!?」

「すみません! カメラが……! 何で、こんな時にっ!?」

 

 悲鳴を上げるシャーリー。コンソールを必死に操作し、繋げようとする。だが、カメラは繋がらない。ザーと、言う音を立てるだけであった。

 

「ルキノ! 後、何分でクラウディアに着く!?」

「後、五分――いえ、二分下さい!」

 

 叫び、続いて前線メンバーにヘリで待機するように指示を出すはやて。

 アースラメンバーが慌ただしく動く。

 あの傷。そして、出血量と時間――どう考えてもギリギリだった。

 

「私達も……! フェイトちゃん!」

「……っ! うん!」

 

 なのは、フェイトも我に返るなり駆け出した。今は嘆いている場合ではない。一刻も早く助けなければならない。はやては呻き、呟いていた。

 

「クロノ君……! どうか、どうか……!」

 

 そして二分後、アースラはクラウディアへと到着した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……ごっ……ふ……」

 

 ――クロノは既に痛みを感じていなかった。口の中にあるのは血だ。尋常な量では、ない。そして悪寒。ただただ、寒い。

 

「絶・天衝」

 

 タカトは呟く。それは、彼が放てる最強の技の名だった。クロノは息をしようとして――出来ない。

 ただ血を吐き続けるだけ。片方の肺が潰されているのだ。呼吸はともかく、気道に血が溜まっている。そんなクロノに、タカトの声が響く。

 

「見事だった。クロノ・ハラオウン。敬意を表し、その名を俺は生涯、忘れない」

 

 クロノはその声を聞きながら、自らが生んだ血の海へと沈んだのであった――。

 

 

 

 

 タカトはクロノを見遣る。そして、自身も片膝をついた。口に浮かぶのは笑いだ。苦い、笑い。

 

「まさか、”相打ち”とは、な……」

 

 そう言いながら押さえるのは、左の腹。そこからは血が溢れていた。

 ――あの時、タカトは右手の拘束を破り、そしてオリジナルスペルを紡いで技を放った、絶・天衝を。

 しかし、タカトの目論みはクロノに潰された。タカトは絶・天衝でデバイスごと貫こうとしたのだが――。

 

「――まさか、デバイスを持ち替える、とはな」

 

 クロノは瞬時に、抱えていたデバイスを右手のみで持ち、突き出したのだ。意識的かどうかはさておくが、見事としか言いようが無い。

 タカトはクロノを見る。この出血量ではあと数分もしないうちに死ぬ。 ……タカトはそれをしばし見て、やがてクロノのデバイス。デュランダルを手に取った。

 

「上手くいくか、な」

 

 そう呟くと、右手に666の魔法陣が展開。それは、握るデュランダルへと放たれたのであった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クラウディアに到着したアースラ前線メンバー、その中で、誰よりも先に疾走する存在がいる。フェイトだ。その顔に浮かぶのは焦燥だった。

 あれから五分程立っている。あの距離を本当に二分で駆け抜けたルキノもそうだが、さらに一分弱でアースラからクラウディアに辿り着いたヴァイスの腕も驚嘆に値する。

 ……しかし、それでも足りなかった、時間が。例え生きていたとしても間に合わない。それほどの傷だったのだ、クロノの傷は。

 

 クロノ……クロノ……!

 

 フェイトの胸中にあるのは義兄の姿だ。優しくも厳しい兄の。もう、家族を失いたくは無かった。それなのに――!

 

 間に合って! 死なないで!

 

 胸中は張り裂けそうだ。叫ぶ、叫ぶ。一分一秒があまりに惜しい。

 

《そこを右です!》

「了解……!」

 

 シャーリーの指示に従い疾るフェイト。そして――。

 

「クロノ……っ!」

 

 ――そこに在るのは。

 

「これ……」

 

 ”こんな筈じゃない”結果のもう一つの――

 

「どういう事、なの……?」

 

 ――姿があった。

 

「フェイトちゃん! っ!? ……これ……」

 

 追いついたなのはを始めとした一同が、一斉に固まる。彼女達の前に在るのは――。

 

「氷、漬け……?」

 

 ――全身を氷漬けにされ、氷柱の中で眠るクロノ・ハラオウンだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――高町ヴィヴィオは、聖王教会付属の魔法学校に通っている。

 まだ幼年ながらもしっかりとした考えを持ち、成績も良い。そして、今は放課後だ。子供にとっては待ちに待ち望んだ時間だろう。しかし、そんなヴィヴィオは少々元気が無い。何故か?

 答えは簡単。最近、最愛のママ達に会っていないのだ。

 ユーノの家に厄介になって二ヶ月程経つ。なのはもフェイトも、最初の一ヶ月は頻繁に会いに来ていた。だが、最近会いに来ない。

 ……解っている。ママ達が最近凄く忙しい事くらいは。それでも納得出来ないのが、子供と言うものだ。加えて、最近ユーノまで忙しくなっている。

 いろいろ調べなくてはいけない事が急に増えたらしい。それでも夜には帰ってくるのが流石と言えた。

 ヴィヴィオは歩きながら溜息をつく。彼女は人当たりもよく、その容姿故に結構評判がある。ぶっちゃけモテるのだ。本人はひたすら無自覚だが。

 そんなヴィヴィオに憧れる同級生達も、悩んでいる内容を知れば、多少は評価が変わるかも知れない。ヴィヴィオは歩く。今、居るのはまだ学校内だ。

 帰路には学校内のポートを使って、クラナガンに帰る必要がある。そして、ポートは本校舎から少し遠い場所にあった。ヴィヴィオはポートへと続く道を歩く、校舎の横には結構な茂みがあった。いっそ林や森といっても構わないだろう。しかも結構深い。そこを見ながら歩くのが、ヴィヴィオの日課なのだが――。

 

 ――妙な、気配がした。

 

 予感、とも呼ぶべきか。ヴィヴィオは立ち止まり、もう一度、茂みをじーと見る。茂み自体は変わった所はない。しかし、確かに”違う”。

 何が? と、言われれば非常に困るのだが……。

 結局、ヴィヴィオは好奇心に負けた。ゆっくりと草を掻き分けて、茂みへと入る。

 そうして十分程、真っ直ぐに進んだ時だろうか? いきなり草が揺れた。

 

「――っ、なに……?」

 

 ガサカザと揺れる草。それにヴィヴィオは若干恐がりつつ。だが、果敢にも進んで行く。そして、”それ”は現れた――。

 

「……わぁ♪」

 

 白いウサギが。ヴィヴィオはそれを見て、目を輝かせる。

 そんなヴィヴィオを見て不穏な気配を感じたのか――。

 

 ウサギが少し、後ろに下がる。

 

 ヴィヴィオが少し前に進む。

 

 ウサギがさらに下がる。

 

 ヴィヴィオがさらに前進する。

 

 ……しばしの沈黙。直後、ウサギは回れ右をして茂みの奥へと駆け込んだ。

 

「ウサギさん、まって〜〜♪」

 

 当然、ヴィヴィオも追っかけ始めた

 

 ……しかし、ヴィヴィオは気付かなかった。学校内に野良とは言え、ウサギはいない――と言う事実に。そして。

 

「ウサギさん〜〜♪ ……?」

 

 少女は――

 

「……ウサギさん?」

 

 ――出会う。

 

「……誰?」

 

 運命に。

 

 ヴィヴィオの見ている先には、ボロボロになって尚、巨竜の如き存在感を醸しだし、眠りこける青年。

 

 ――伊織タカトが居たのであった。

 

 

(第十六話へと続く)

 

 

 




次回予告
「クロノとの戦いで重傷を負ったタカト」
「そんな彼と出会ったのは一人の少女、ヴィヴィオだった」
「そして、それは、ユーノとの出会いも意味していて――」
「次回、第十六話『幸せの意味』」
「幸せ、それは青年にはあまりに重いもので。だが、友となった彼に、それは許せない事で」

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