魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
シオンがアースラに戻り、三日が経った。その間、始末書に追われたり、偉い人に事情聴取をされたり、そして異母兄、叶トウヤからの訓練の名を借りたリンチを受けたりしていた。そして。
「……何も帰るのにここまで盛大に見送る必要は無いのだがね?」
アースラの転送ポート内で苦笑いを浮かべるトウヤは、笑みのまま皆に向き合う。そこには今、待機中の人間を除くアースラの主要メンバーが集っていた。
「何言うてるんよ。もうトウヤさんもバッチリ、アースラメンバーなんよ?」
微笑みながらそう言うのは艦長である八神はやてだ。その言葉に皆、一斉に頷く――深く。
実際、トウヤはアースラに馴染みまくっていた。たかだか一週間程の期間しかアースラに居なかったのに、それが当たり前のような感覚を、皆が覚えていたのだ。
基本、アースラメンバーは皆若い。ヴォルケンリッターと言う例外はあるものの、それを差っ引いても若い。
そんな中でトウヤは兄貴的な存在と相成りつつあったのだ。はやてや、高町なのは、フェイト・T・ハラオウンでさえ、トウヤをそんな風に捉えていた節がある。
そんなトウヤだが、彼は曲がり成りにもグノーシスのトップ。長くアースラに居る事も出来ずに、こうして地球、グノーシスに戻る日が来たのであった。
「そう言ってくれるのはありがたいね。私としてはもう少し此処に居て、シオン達に訓練を施したかったのだが」
「……心底、結構だよ。このドS」
そんな事を言うトウヤに、神庭シオンが半眼で睨む。横でスバル達が苦笑いと共にそれを見ていた。
実際、もっともトウヤの訓練と言う名のリンチを一番受けたのはシオンだからだ。次点はエリオ。
二人共、得物が槍――シオンはウィズダムだが――で、ある為、槍術士であるトウヤにはもう徹底的に扱かれたのである。
……いや。実際、技能で言えば三日前とは比べ物にならないくらい上がっているのだが。
「早く行きなよ。ユウオ姉さんも待ってるんだろ?」
「ウム。……しかし、こう何だね。一週間もあのお尻と離れていたかと思うと――」
「……頼む。頼むからそう言った発言、慎んでよ。マジに」
ナチュラルにセクハラ発言を始めるトウヤに、シオンが色んな物を諦めた表情でツッコミを入れる。それを見て一同が浮かべるのは笑みだ。この二人のやり取りは非常に微笑ましい。
シオンは、気付く者は気付くのだが、トウヤに少し甘えている口調なのだ。
それが普段とのギャップとなり、アースラの一同はその光景をほのぼのと見ていたのである。
「……そうかね? 私としてはユウオのあの魅力を小一時間は語りたいのだが」
「うん♪ とりあえず大却下♪ ……仕事があんだろ? ボケた事言わんでさっさと帰んなよ」
「何で我が家の弟達はこう兄を蔑ろにするのかね? ……まぁ、仕事があるのは事実だ。帰るとしよう。ではユウオのあのマロさについては次の機会に――」
「いらねぇって! ……じゃあね、トウヤ兄ぃ」
マロさって何よ? と、言うツッコミは許されず、一同もそれぞれトウヤに挨拶する。トウヤはそれに逐一頷いて回った。そして、転送ポートが起動する。
「では、さらばだ。アースラ諸君。そして、シオン。また、いつかの日か必ず会おう」
そして、トウヤは地球に帰って行った。一同、最後の言葉に少しだけ、しんみりとする。
「……なんちゅうか。最後にえらい気障な台詞を残すなー」
「ちょっとだけだけど寂しいね」
「ちょっとだけね?」
「……俺はとっても安心してます」
「あ、僕も」
最後のシオンとエリオの言葉に笑いが飛ぶ。ややあってはやてから解散を告げられた――。
……しかし、アースラ一同も、トウヤでさえも知らなかった。
今、この時点で知人が危地にいると。この一週間、まったく姿を現さなかった666――いや、伊織タカトが再び現れた事を。
――そして。
突如、エマージェンシーコールが鳴り響いた。それに、シオン達は身構える。
「感染者か!?」
「ブリッジ! どうしたんや?」
――再び、起きるのは”こんな筈じゃない”――。
《き、救難信号です! 相手は――嘘……!》
「シャーリー? どないしたんや、シャーリー!」
――結果が生まれる。
《……次元航行艦。クラウディアから救難信号です。内部に、666が出現!》
「な、なんやて!?」
「クロ、ノ、君の……!?」
「クロノが!?」
シャーリの報告に一同、絶句する。かくして、アースラは一路、クラウディアの次元座標へと急ぐ事になった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――少しばかり時間は遡る。
次元航行艦クラウディアの艦長、クロノはブリッジにてあるデータを見ていた。
666こと伊織タカトと、アースラメンバーの戦闘データである。
それを見ているクロノは、頭の中でタカトと架空戦闘を想像する。……結果は惨敗。
そもそもタカトの持つアビリティースキルからして反則レベルなのだ。射撃魔法の殆どは対魔力で効果を望めず、近接戦に於いては勝てる要素が一切ない。
……しかし、クロノはタカトに対して、いくらかのアドバンテージを有しているのを発見した。上手くいけば――。
「……あれ?」
そこで、クロノの思考はオペレーターの一声で中断された。
オペレーターである管制官の女性は、困惑の表情でクラウディアの管理システムを呼び出してチェックしている――何故かクロノはその時、奇妙な予感を覚えた。嫌な予感がする。
「……どうした? 何かあったのか?」
「いえ……少しシステムが不調を。大した事は無いと思うんですが」
そう言いながら、オペレーターは再度システムをチェックする。――嫌な予感は止まらない。
「……どのような不調だ?」
「いえ……転送システムに妙な形跡があるんです」
転送システムに? そう疑問を浮かべるクロノに、オペレーターは頷いた。
「はい。そんな反応は全然無いのに、まるで誰か”転送して来た”かのような――」
−軋−
次の瞬間、ブリッジに小規模の振動が走った。管制陣が軽く悲鳴をあげる中で、クロノが素早く指示を飛ばす。
「何があった!?」
「は、はい! ちょっと待って下さい! ……え? 嘘……!」
クロノの叫びに応えて、オペレーターがコンソールを操作し、艦内のチェックを行う。そして浮かべるのは驚愕の表情だった。
「どうした、報告を!」
「は、はい! 現在艦内に侵入者がいます!」
オペレーターの報告に、クロノも一瞬、絶句した。
此処は次元航行艦。しかも最新鋭の、である。どうやったら侵入出来ると言うのだ。
「侵入者は武装隊と接触後、戦闘を開始した模様。現在B区画で戦闘中!」
「嘘!? 武装隊から援護要請! 侵入者、押さえきれません!」
「落ち着け! 艦内カメラをスクリーンに、侵入者の姿を!」
混乱するオペレーター陣を、一言でクロノは落ち着かせる。
オペレーターも、クロノの命令に従い艦内カメラの映像を出した。そして、スクリーンに現れた侵入者の姿を見て、クロノは今度こそ完全に絶句した。
「――666、だと!?」
そこに映るのは武装隊を一蹴する純粋なる黒。666、伊織タカトがそこに居た。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
クラウディアの艦内通路は広い。天井もまた、高い。
それはクルーにとっては便利かつ、心情的に安心出来る空間だ。
しかし、それは艦内に侵入者が入ってきた場合、逆に守りにくくなる。
それを、クラウディア常駐の武装隊、隊長は痛感していた。
水糸が疾る――悲鳴が上がる。
魔神闘仙術:天破水迅。
その魔法は、艦内と言う限られた空間にあって尚、驚異であった。
既に半分の隊員は戦闘不能となっている。その惨状を作りあげた666――伊織タカトは、こちらが放つ射撃魔法も、砲撃魔法も意に介さずただ歩き、障害となる者はただ潰す。
そこにあるのは、もはやヒトとも思えぬ化生の類であった。
疾る疾る。水の糸が、拳が。その度に隊員は一人ならずまとめて倒されていった。
「何が、目的だってんだ……っ!」
苛立ちながら叫ぶ隊長は、既に戦える者が殆どいないのを悟る。
たった一人にこの損害。有り得ない事だった。周りの隊員達はまだ戦おうと呻くが、”身体の構造上”、絶対に動けない怪我をそれぞれ負っているのだ。立ち上がれる筈がない。
そして、ついに隊長の目の前に彼は立った。全く、唐突に――気配すら見せずにだ。その目はただただ無感情――。
激昂する。隊員達を傷付けておいて、そんな瞳を浮かべるこの男に。
「このっ! ……クソッタレがぁぁぁぁ――――――――!」
−撃!−
デバイスを構え、砲撃を放とうとして――しかし、砲撃は左の掌にかき消され。隊長の腹に拳が当てられる。伊織タカトは、そのまま一歩を踏み込んだ――次の瞬間。隊長は、身体を衝撃が貫いた事を確信する。
バリアジャケット越しに叩き込まれた衝撃。その一撃で自分の身体から力が抜ける事を自覚した。
――駄目だ、強すぎる……!
隊長は、それすらも声に出せず、意識を失った。意識を失った彼を、タカトはぼんやりと見る。
「見事」
ただそれだけを呟いた。目の前の隊長と、隊員達に対しての一言である。
やがて、タカトは踵を返し、歩き始めた。向かう先は奥の士官室。その一室で歩みは止まった。
タカトは扉を確かめて、ロックされているのを確認し――直後、扉に直蹴りを叩き込んだ。
−撃!−
快音と共に、扉は盛大に部屋の中へとすっ飛ぶ。
タカトは自身が蹴り飛ばした扉の行方には目もくれず、部屋へと入った。
やがて扉が部屋の奥にぶつかり、そして落ちる。構わず、ゆっくりと歩いた。
その先には一人の女性――恐らくは局員だろう、本局の制服に身を包んでいる女性が居た。
タカトは歩く。そして、女性の目の前に立った。
「う……gu……」
「よく頑張った」
タカトは女性を見ながら、ただそれだけを呟く。
女性は因子に感染していた――。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……武装隊。全員、戦闘不能……」
「666。今はレイナ管制官の部屋に入って動いていません」
矢継ぎ早に飛ぶ報告。それに、クロノはたった一つだけ嘆息した。……目を、閉じる。短いながらも共に過ごしたこの艦の事を。
「……全クルーに告げる。ただ今を持って、全員退艦用意。動ける者は武装隊、隊員他を回収後、脱出艇で脱出」
「……艦長……」
退艦用意。それはつまり、この艦を諦める、と言う事か……? だが、クロノは淡々と言い放った。
「復唱はどうした?」
「……はい……」
促され、復唱する。次いで艦内に退艦命令を放送した。それを聞きながら、クロノは席を立つ。
「艦長。どちらへ?」
「レイナ管制官の下へな。見捨てる事など出来ない」
それを聞いたオペレーター達もついて行こうと席を立つ。しかし、クロノはそれを片手で制した。
「君達にはまだ、役目がある。近場に来ているのはアースラだな?」
「はい。先程、救難信号を出しましたが……」
それを聞いて頷いた。アースラが着くまでの時間は三十分程。666を、その時間まで足止めする必要がある。
「レイナ管制官を救出後、僕は666を足止めする。君達はアースラと合流後、僕が時間稼ぎをしている事を知らせてくれ」
「……艦長……」
666の侵入。しかし、逆に言えばこれはチャンスとも言える。何せ、普段は探すのにも苦労する相手だ。ならば、今ここで捕らえる。
「レイナ管制官は見つけ次第、脱出艇付近に転移させる。いいな?」
「……解りました。艦長、御武運を!」
ブリッジ要員達が敬礼する。クロノもまたそれを返し、そしてブリッジを出た。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
クロノは進む――自らの乗艦を。戦闘の後の為か、周囲はボロボロだった。それ程激しい戦闘があった事を意味する。
既に武装隊員はいない。全員短距離転送で脱出艇付近に居るはずであった。
後はレイナ管制官のみ。基本、本人か、その付近の局員の認証がなければ短距離転送は出来ない事になっている。意識がない人間に短距離転送はかなり危険だからだ。しかし、こう言った時には必要だな。と、クロノは考える。
……こんな事がそう起きるとも思えないが。そんな事を思いながら飛翔していると、レイナ管制官の部屋が見えた。扉は盛大に破壊されている。クロノは即座に飛び込もうとして――だが、途中で止めた。空を飛んでいた彼は、その場に止まる。
何故なら666が現れたから、扉から漆黒を纏って。
その手に抱えるのは刻印を刻まれたレイナ管制官だった。666――否、伊織タカトは、彼女を抱えて、クロノの前に立った。
それを見て、クロノは歯噛みする。意識不明者となった部下を、そしてそれを出してしまった自らの失態に。
「……彼女から離れてもらおう」
「……」
意外にもタカトはあっさりと従った。彼女を下ろし、三歩下がる。クロノは即座に短距離転送を開始。管制に念話で伝え、後を任せる。ややあって、彼女は転送された。それを確認し、改めてタカトに向き直る。
「……君は何故、この艦に侵入した? 彼女が目的だったのか?」
「答える義務は無い」
クロノの問い。タカトはそれに答えない。感情すらも交えずに、ただこちらを見据える。
「なら、力ずくでも答えて貰う」
「どうやって?」
クロノの宣言にタカトはただ尋ねる。その一言は挑発だ。乗る必要は、無い。彼は、タカトの疑問を黙殺した。そして懐から、黒と白銀のカードを取り出す。
「……666。いや、伊織タカト、と呼ぶべきだろうな」
二つのカードはクロノの意思に応え、起動する。
右に持つのは氷結の杖、デュランダル。
左に持つのは漆黒の杖、S2U。
その二つの杖は少し改造されていた。デュランダルはオートマチック型のカートリッジシステムを。S2Uはリボルバー型のカートリッジシステムをそれぞれ装備していたのだ。
二つの杖が撃鉄を下ろし、カートリッジロードを行う。クロノは杖を左右に広げながら構えた。
「クロノ・ハラオウンの名に於いて、君を大規模騒乱罪を始めとした容疑で逮捕する」
クロノは堂々と宣言する。それに対するタカトの反応はただ無感情――だが、たった一言でクロノに応えた。
「……やってみせてみろ」
−煌−
−撃!−
次の瞬間、クロノのS2Uが吠え、砲撃を放ち。タカトは一歩を踏み込みながら砲撃を殴り飛ばす。
――黒と黒、時と天を己の名に持つ二人の戦いが始まった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
クロノは後退しながらS2Uをタカトへ向ける。カートリッジロード。
【ブレイズ・キャノン】
−煌−
S2Uから淡々とした声が漏れると、同時に光砲が放たれた。
カートリッジを使用し、威力が増幅された砲撃がタカトへ向かう。……クロノはこの一撃でのダメージを期待していない。タカトの対魔力は絶大だ。純魔力砲撃であれを抜くのはかなり無理に近い。
だが、対魔力では砲撃の衝撃までは消せない。クロノの狙いはそこにあった。だが、タカトはその砲撃に対して一歩を踏み込む。放つは左の拳。
−撃!−
着弾。砲撃を真っ正面から殴り飛ばす! タカトはその勢いのままクロノへとスルスルと近寄って来た。
両者の距離6メートル。クロノはさらに後退する。今度はデュランダルをタカトに向けた。
【アイシクル・カノン】
−凍!−
放たれるは氷の砲撃。クロノは魔力変換資質を持たない。だが、その手に握るのは氷結の杖。カートリッジロードを行う事により、擬似的に魔力変換を行える訳だ。当然、カートリッジの使用量は増えるし、従来の変換資質保持者と比べてロスが多い。
だが、タカト相手にそんな物は気にしていられなかった。放たれた氷の砲撃は、迷いなくタカトへと迫り――しかし、タカトはその砲撃に対して一つのアクションを取る。
身体を投げ出すように宙へと駆け、身体を横に一回転。回し蹴り――その足には紅蓮の輝きが灯る。
「天破紅蓮」
−轟!−
−爆!−
轟天爆砕! 氷砲に叩き込まれた紅蓮は、直後に天井にまでそびえ立つ炎柱として顕現した。余波である衝撃が、辺りにぶちまけられる。
さらに氷と炎の激突で大量の水蒸気が発生した。だが、クロノは慌てない。デュランダルを掲げる――カートリッジロード。
「凍てつけ!」
【アイシクル・ケージ!】
−凍!−
−結!−
直後、周囲の水蒸気が纏めて凍り付いた。氷牢――それは、まさしく氷でできた牢屋であった。これで、身動きを封じる算段である。……だが、そんなものが通じる相手でも無かった。
「天破疾風」
−轟!−
−撃!−
暴風を詰め込んだ拳が、氷牢を一撃で薙ぎ払う。タカトだ。天破疾風の一撃は、氷の牢を完膚なきまでに破壊したのである。
破壊された氷が結晶となって降り注ぐ。幻想的な光景だが、今此処に居るのは二人の戦士。そんな物になど構わなかった。
さらに距離を詰めるタカト。クロノは後退を止めない。両者の距離、4メートル――カートリッジロード。
【スティンガースナイプ】
掲げるはS2U。この魔法は、その操作性からクロノが最も信頼する魔法だ。それをタカトに向け、放つ!
「ショット!」
−閃−
光射が放たれる。その光は、クロノの意思に従い、タカトに迫り、彼は砲撃と同じく拳を叩きこもうとした。
だが、拳が空を切る。クロノの操作だ。スナイプは右の拳をスルリと抜けながらタカトの胸に向かった。
――クロノの目的はタカトの足止めだ。いちいちタカトの距離で戦うのは自殺行為。ならば後退しながらダメージを与えていくしか無い。
幸いにもタカトの遠距離攻撃は少ない。少なくとも、艦内で使える物など天破水迅くらいだろう。
光射は迷い無く突き進む――当然ダメージは無いだろうが、足止めだけでも充分効果がある。
……それが、当たれば。次の瞬間、クロノの視界からタカトの姿が消えた。
「なっ……!」
そして、クロノの背筋を悪寒が走る!
クロノは勘に従い、背をイナヴァウアーよろしく反らした――直後に、クロノの顔があった部分を何かが通り過ぎる。
――拳。いつの間にかタカトはクロノの真横に移動しており、顎を撃ち抜くように横からアッパーの要領で拳が放たれたのだった。
ぞっとしながら拳を躱したクロノは後退しようとすると、同時に視界が回転した。
「っ!?」
足払い。タカトは真横に移動すると同時に、右の足をクロノの左足へと掛けていたのだ。当然、後退しようとすればひっくり返る。
しかし、そこはクロノ。日頃の鍛練の賜物か、転倒を免れ、くるりと一回転。両の足を揃えて空中に制止してのけた――が、この時に限っていえば素直に転倒するべきだった。
気付けば、正面に密着せんばかりに踏み込むタカトの姿がある!
拳がバリアジャケット越しにクロノへ当てられる――。
−撃!−
――直後、凄まじい衝撃が身体を突き抜けた。
「ぐっ、つぅ……!」
「……ぬ?」
叩き込まれた衝撃にクロノの意識は飛びかける。だが、ギリギリで踏み留まった。お返しとばかりに放たれるは円の軌道を描くデュランダル。
タカトはその一撃を屈む事でやり過ごした。振るった一撃にクロノは体を泳がせる。その表情は、苦虫を噛み潰したがごとく歪んでいた。
クロスレンジでのタカトの技量はクロノの数段上だ。このままではじり貧どころか、即座に潰されかねない……!
タカトが身を起こすと同時にクロノは打撃を警戒して、後退。だが、タカトはクロノを逃さず、その襟首を掴んだ。
――打撃じゃない!?
そう思った、次の瞬間に、再度クロノの視界が回転する。タカトが仕掛けたのは、変形の内股だった。180度回転する――そのままタカトは止まらない。
空いた左手でクロノの顎に掌を当てると、一気に押し込む! クロノの脳天に衝撃が走った。
頭頂部から床に叩き込まれたと理解する時には、クロノの身体は仰向けに倒れていた。
「ぐっ……! っう!」
視界が歪み。意識が飛びそうになる。だが、次に視界に飛び込んだ光景を見て、一気に意識が戻った。視界に映るのは、踵を振り上げたタカトの姿だった。足には炎。天破紅蓮! このままでは死ぬ――!
クロノは殆ど無意識のまま、ラウンドシールドを前方に展開した。その中心に容赦無く、紅の蹴りが叩き込まれる!
「天破紅蓮」
−轟−
−爆!−
クロノの意識が、今度こそ間違いなくすっ飛んだ。
だが、あまりの痛みに意識が直後に戻る。身体が冗談のように撥ねたのを自覚した。
クルクルと回り、落下するクロノに下からタカトが踏み込む。両の手には雷の輝きが灯っていた。
それを見ながら、クロノはしかし諦めない! カートリッジロード。デュランダルとS2Uが同時に撃鉄を下ろす。
宙で何とか体勢を整えるクロノに、タカトはそれを待たない。止めとなる一撃を放つ――!
「させるかっ!」
吠える。それがキーとなり、二つのデバイスが咆哮に応えた。雷撃と双発の砲撃が交わる!
「天破震雷」
【ブレイズ・キャノン】
【アイシクル・カノン】
−轟−
−煌−
−爆!−
直後、ぶつかりあった互いの攻撃で、光の飽和現象が起きた。続いて起きるのは、衝撃が音速を越えて発生するソニックブーム。そして、熱と共に舞い上がるは爆炎だ。同時に煙が一斉に立ち込める。
クロノはその煙を突っ切るように、水平にすっ飛んで壁に衝突した。
「ぐっ……!」
衝撃が身体を貫く。バリアジャケット越しでも尚、衝撃は殺せなかった。
コホコホと咳込みつつ、だがクロノは切り札を用意する。自身は満身創痍だが、まだ戦闘は可能なレベルだ。
思わず頑丈に産んでくれた母と父に感謝しつつクロノは思考する。
――この状況。もし、クロノがタカトならば追撃に使うのは”あの技”の筈だ。
視界は煙で0。ならば最も範囲が広く。また、捜索に向いたあの技を!
カートリッジロード。デュランダルから空薬莢が飛び出す――そして、クロノはその一声を聞いた。
−トリガー・セット−
「天破水迅」
放たれるは緻密極まる水の糸。その精密攻撃とも呼べる技は、クロノにとって待ちに待ち望んでいた技だった。
水糸が迫る――クロノは倒れたまま、デュランダルを水糸に叩き付けた。
【アイシクル・インパルス!】
−氷−
−爆−
「っ……!」
直後、響くは”タカト”の声。クロノはそれを聞いて、自分の策が上手くいった事を確信した。
――煙が晴れる。そこには、身体の致る所に切り傷を受けたタカトがいた――。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
クロノはゆっくりと身体を起こし、自らの状態を確認した。
骨折等はないが、紅蓮を始めとした各攻撃によるダメージで少々不調。しかし、戦闘の続行に支障は無い。
マグチェンジ。デバイスにカートリッジマガジンを装填する。そして、前方を見た。タカトだ。その身体は全身切り傷だらけ――当たり前だ。何しろ”自分の攻撃”なのだ。多少のダメージは無くては困る。
「……驚いたものだ。まさか、水迅の特性を利用するとはな」
タカトが無感情のまま言う。それにクロノは頷いた。
「君の戦闘データーは見ていたからな。……あの技。天破水迅と言ったな? ”高密度に圧縮した水”を糸のように捩れ合わせて操作する魔法。だが、あの水糸は必ず君の手に大元の水がある。ならば凍りつかせてはどうかと思ったんだが」
「見事、だな。まさか俺の制御を奪い。水を凍りつかせるとは」
そう、クロノが行ったのは放たれた水糸を凍り付かせて、タカトの大元の水も凍り付かせると言うものだった。水は凍ると体積が増える。
タカトの水糸は相当量の水を高密度の水糸として圧縮して操作する技である。故に、凍り付かせて制御を奪われた水糸は、そのままその莫大な量の水が氷となり体積を増やしてタカト自身に襲い掛かったのだ。
これが、クロノが考えたタカトに対してのアドバンテージ。”その1”である。
「だが、二度同じ手は通じないぞ?」
「……ああ、そこまで期待してはいない」
クロノは再び愛杖を構える。タカトは 相変わらずの自然体。数秒、睨みあい――そして。
カートリッジロード。それを契機に、タカトは駆け出し、クロノは右のデュランダルからアイシクル・カノンを放った。二人の戦闘は、第二局面を迎える――。
クロノは今度は後退せずに、前へと前進した。それにタカトは訝しみながらも、歩を止めない。
【アイシクル・ランサー】
そして、クロノの周りに氷の槍が形成された。その数三十。
「ショット!」
即座に、氷の槍が放たれる。だが、タカトは前進を止めない。左右の拳が風を巻いた。
「天破疾風」
−撃!−
−撃!−
左右の疾風が、氷の槍を容赦無く蹴散らした――と、同時に、タカトが凄まじい速度で踏み込んで来る!
瞬動だ。異母弟のものより尚早く、尚滑らかな高速移動。それを持って、クロノの眼前に移動する。クロノは慌てて後退するが、しかし遅い!
――タン。
「なっ――?」
そして、クロノは目を見張って驚愕した。自分は後退した筈である。なのに、何故タカトと自分の距離が寸分も変わっていないのか――!?
――縮地。その一歩に届かぬ所なし。そう言われる技法だ。その実態は、仙技、”空間跳躍歩法”であった。
タカトは切り札ともなるこの技を、クロノ相手に開陳して見せたのだ。
「上手く防げ? 死ぬぞ」
「っ――!?」
ぽつりと告げられた言葉に、心底恐怖し――だが、クロノは左のS2Uをタカトへと振り放った。カートリッジ・ロード。
それに対するタカトの動きは一つ、順手での突きであった。
S2Uがタカトに叩き込まれるも、ダメージを与えられず。クロノはその突きを受けて数メートル後退し――クロノはそこで異変に気付いた。
タカトの突きは風を纏っていた筈だ。”この程度”の威力な訳が無い――。
次の瞬間、タカトが突きを放った拳を折り曲げ、左手を肘に沿る。
――風が動いた。
そして、タカトはその一撃の名を呼ぶ。
「天破疾風。”改式”」
集う、集う、集う、集う集う集う集う集う集う! 風が集う!
クロノは気付く。この周囲の風が今、クロノに向けて疾っていると。
「先程の礼だ。受け取れ、クロノ・ハラオウン」
「く、あ!」
逃れようとするが、さっきの一撃に纏った風がクロノを縛っていた。動けない……!
――ならば。
クロノは回避も防御も諦め、ある魔法を発動させる。その魔法の発動と、タカトの技の発動は全く同じタイミングであった。
「天破乱曲」
「ストラグル――!」
−轟!−
−縛−
二人の魔法は交差し、そして互いにその効果を発揮したのであった――。
(後編に続く)
はい、第十五話(前編)でした♪
ちなみにStS,EXは、なのは登場キャラ現在リスペクトをタグに入れているように、死亡キャラ以外の殆どのキャラが出る上、特に男性キャラが活躍します♪
ユーノとかクロノとか、クロノとか、ユーノとかユーノとか(笑)
もちろん二人以外にも活躍しますので、お楽しみあれ♪
では、第十五話後編をお楽しみに♪