魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、早速お届けの第十四話後編であります♪
にじふぁん時代知ってる方は知ってると思いますが、凶悪な文字数となっております♪
でも、仕方ないよね? テスタメントだもの(笑)
ちなみにこの話しは、第一話から第三話のリベンジにあたる話しとなっております。やたらシオンが仲間になるの早かったのはこの為ですな(笑)
そんな訳で第十四話後編どうぞー♪


第十四話「届く想い」(後編)

 

 シオンは思い出す――その日、何があったのかを。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」

 

 シオンは声を限界まで振り絞って叫んだ。だが、彼は止まらない。振り返らない。自分の存在を黙殺したまま目の前の女性に手を掲げる。その右手に煌めくのは666の文字――そして、虹が放たれた。

 

「あああああああああ」

 

 虹が女性を貫いた。それをシオンは拒否することも出来ずに見せつけられる。

 大好きだった――初恋の相手だった女性、ルシアが虹に体を貫かれ、その意識を奪われるのを。

 

「ああああああああああああああああ」

 

 何も出来なかった。ルシアを救う事はおろか、身代わりになる事さえも、何も為せず、何ひとつとして成せずに、ルシアを奪われた。目の前の兄に。

 

「ああああああああああああああああああああ」

 

 そんなシオンにただ一言だけルシアの声が届いた――。

 

「ごめん、ね……」

 

 ただ、その一言だけが。

 そしてルシアは意識を失った。シオンは直感で理解する。……ルシアは、もう目を覚ます事は無いと。

 

「ああああああああああああああああああああああああ」

 

 シオンはただただ涙を流す事しか出来ない。無力な子供のように、ただただ。そこで、漸く兄が――いや、兄の姿をした何かが、シオンの方を向いた。シオンは我知らず、名を呼ぶ。兄の名を。

 

「タカ兄ぃ……」

 

 だが、兄はシオンを見ず、そのまま去っていく。全てを置き去りにして。

 シオンは吠える。兄を、ルシアを奪った物の名を。それはロスト・ロギア、魔王の紋章。しかし、正しい名前は違う。

 故に叫んだ。シオンはあらん限りの怨嗟の思いを込めて。

 

「ナンバー・オブ・ザ・ビーストォォォォォォォ!!」

 

 二年後、シオンは知る事になる。全ては兄が自らの意思で行った事だと。

 その時、執念は憎悪へと姿を変え、シオンは復讐者となった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 咆哮が響く――強く、激しく。

 だが、その咆哮は威嚇の為の物でも、ましてや自己を知らしめる為の物でもなかった。

 断末魔。長く響くその咆哮は断末魔だった。

 断末魔を上げた獣。二足で立つ、熊にも似た獣は因子に感染している。だが、既に再生は叶わず。ただ、身体はボロボロと崩れる。それを見ているのは少年、神庭シオンだった。

 だがその戦場は戦場に非ず。そこは、正しくは処刑場だった。

 感染者は激しく抵抗し、周りの施設や建物を激しく破壊したが、シオンは一切それに構う事はなく、また、自分の魔法の余波が周囲に被害を与えている事にすら目を向け無かった。

 故に、そこは感染者の処刑場であり、同時に同じく近隣の住人にとっては正しく戦場だった。

 そして、シオンは感染者にとっては処刑執行者。

 住人にとっては正しく厄災であった。周りにはケガをして泣き叫ぶ子供が居る。自らの子を探す親がいる。壊れた住宅を呆然と見ている男がいる。

 しかし、シオンはそれに目を向けない。

 

    −斬−

 

 感染者を最早用無しと縦に断つ。――はずれか、とただシオンはそれだけを思った。

 感染者にも周辺の被害者達にも何の感情も浮かべない――少なくとも、表面上は。

 

【シオン。いや、マスター。いい加減に……!】

「黙れよ」

【ッ……!】

 

 イクスがシオンを諌めるもシオンは聞く耳を持たない。そもそもイクスは、今シオンに”逆らえない”のだ。

 融合事故。それは何もマスターが乗っとられる事だけを意味しない。その逆も、また有り得るのだ――今と同じように。イクスはシオンに対していかなる抵抗も出来ない。

 シオンの”憎悪”と言う意思がイクスの制御を完全に奪っているから。

 

「666の反応は有っても、本人がいないのなら意味は無い、か……」

 

 ブラフ。タカトは転位反応の全てにブラフを仕掛けていた。しかもご丁寧に、感染者のおまけ付き。狙ったものかどうかは不明だが、シオンはタカトの狙いが何であるかをこの前、漸く理解した。

 タカトは人間の感染者のみを狙っているのだ。他の感染者はスルーしている節がある。

 それ故か、管理局側は今感染者対策に掛かりっきりになっている状況であった。

 よく考えたもんだな、とシオンは一人ごちる。管理局の目を逸らし、そして自分は悠々と獲物を狙える。

 逃亡と狩り、まさに一石二鳥である。ギリッとシオンは奥歯を噛み締めた。ふざけやがって、と。

 

「どこに居ようが、必ず見つけ出してやる。そして――」

 

 倒せるか否かは問題ではない。必ず倒す。それしか、今のシオンは考えていない。

 

「次だ」

 

 そう言いながら転移魔法を展開し、そしてシオンは消えた。

 

 ――周りの全てから目を逸らして。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ティアナとスバルがアースラを出て早三日。

 シオンの反応がある度にアースラから転移ポイントを教えて貰い、追っていたが、シオンにはついぞ会えなかった。

 彼女達が目にしたのは瓦礫の山。そして、傷付いた人達だった。

 ――これで五度。スバル達がシオンを追って見た光景の数である。

 まだ死者が出ていないのは幸いだが、シオンが起こした惨状に、スバル達は最初は戸惑いを、今では怒りを感じ始めていた。

 

「ティア」

「今、連絡したわ。もうすぐ救援部隊が来るって」

 

 通信を終えて、ティアナがスバルと合流する。スバルはただティアナが通信している間に救える人を救助していた。彼女はポツリと呟く。

 

「シオン、何でここまでしたんだろ?」

「さぁね。……でも、一つだけ言えるわ。あの馬鹿は許せない」

 

 ティアナはきっぱりと言った。その目は怒りに染まっている。スバルもまたシオンの行状に怒りを覚えていたが、まだ戸惑いが勝っていた。

 どうしてもイメージが結び付かないのだ。スバルが知るシオンと、今のシオンは。ティアナはと言うと、怒りの方が勝っている――失望とも言えるが。

 

「そっちはどう? 皆、救助出来た?」

「うん。何とか皆無事に、応急処置も済んだよ」

 

 流石、救助は専門分野のスバルである。そして、ティアナもまた災害担当部署にいた経験を活かし、スバルとコンビで救助に当たっていた。……こんな事でそんな経験を生かす場面が来るとは思わなかったが。

 

「……アースラの皆は元気かな?」

「私達がアースラを出て三日よ? 心配要らないわよ」

 

 そんな事を言っていたらクロスミラージュが点滅し、コールを鳴らす。アースラからの定期通信だ。

 ティアナとスバルは通信に出た。通信先に居たのは、管制のアルト。彼女と素早く情報交換する。

 そして、シオンの次の予測転移ポイントを教えて貰っていた。

 

「トウヤさんって……」

「よく考えたらあの人、666より位階上なのよね」

 

 通信でアルトから聞いたのは、スターズに臨時加入したトウヤの戦闘についての事だった。

 アルトがやや興奮気味で話していたのであまり状況が解らなかったが――どうにも、色々”やらかした”らしい。

 曰く、感染者を槍で少しずつ櫛削った。

 曰く、感染者が第二段階に危うくなりかけた瞬間に、超広範囲殲滅型の一撃をブチ込んで、周囲1Kmを底の見えないクレーターと化したとか。

 ……だけど、ちょっと納得もした。あの弟達にしてあの兄である。

 三兄弟とも、はた迷惑ぶりはよく似ていた。

 スターズ分隊長、副隊長のなのは、ヴィータには気の毒だったが。

 

「とりあえず救助隊に申し送り終えたら、次行くわよ?」

「うん。……今度こそ、見つけなくっちゃね」

 

 スバルとティアナは頷き合う。数分後に、漸く救助隊が来た――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ティアナ達は次元転移魔法をまだ使えない。それ故、本局のトランスポートで、シオンの行く先に出向いている。

 ただし、今回はシオンではなく、直接666の転移反応を追う事になった。

 トウヤから八極八卦太極図の転移構成術式のデータを貰い、解析した為である。

 シオンが666を追っているのなら、追いつける可能性があった。

 

「よし、転移座標入力完了っと。行くわよ、スバル」

「うん!」

 

 ティアナとスバルはポートに入り、そして転移ポートが低い音を響かせながら起動した。それを聞きながら、ティアナはふと思いついた事を言ってみた。

 

「……間違って666と遭遇しないわよね……?」

「ア、アハハハハハ………」

 

 それを聞いて、スバルは冷や汗混じりに笑った――可能性は0ではない。そして、そんな事態になった事を想像して出た笑いである。

 もし遭遇した場合は、即座に二人とも逃げ出す積もりだった。はっきり言って、二人だけでは勝算なぞ限りなく0に近い。

 そうこうしてると、ポートが転移座標を解析し、スバルとティアナの姿がぼやけていく。

 直後、ポート内のスバル、ティアナは次元転移を完了した。

 

 

 

 

 スバルとティアナが着いた世界は管理外世界の一つだった。

 だが、その世界の行き着いた先には、小数ではあるが、人が居る事が解った。やはりと言うべきか、666は居ない。居たら居たらで大問題だったが。

 

「とりあえず666は居ないわね?」

「うん……シオンも居ないね」

 

 二人はそれぞれデバイスから各情報を受け取りながら、がっかりとした顔になる。はずれかもしれない、と。だが――。

 

    −爆!−

 

 スバルとティアナは、同時にそれを見た。天高く燃え上がる炎の柱を。直後、二人のデバイスから次の情報が送られる。

 

 ――感染者発生、と。

 

「……っ! ティア!」

「解ってる、行くわよ!」

 

 鋭くティアナを呼び。またティアナもスバルに答える。二人は同時にデバイスを取り出した。

 

「マッハキャリバー!」

「クロスミラージュ!」

「「セーット・アップ!!」」

【【スタンバイ、レディ。セット・アップ】】

 

 二人の呼び掛けに応え、瞬時に組み上がるデバイス。それぞれのバリアジャケットが二人を包み込んで行く。次の瞬間には、既に戦闘準備を完了していた。二人は頷き合う。

 

「ティア!」

「待って! 距離は……近い。しかも人里がある……!」

 

 その言葉にスバルが唇を噛み締めた。思い出すのは、アリサの事だ。彼女は未だ、ベットの中で意識を取り戻せていない――。

 

「スバル!」

「うん! 一気に行く。乗って!」

 

 迷わずティアナはスバルの背中に乗る。おんぶだ。少々情けない姿だが、今はスピードが命である。

 そしてスバルは叫んだ。彼女の空へと繋がる道の名を!

 

「ウィング・ロード!」

 

 叫びと共に、青い道が空へと伸びた。そして、マッハキャリバーが後ろのマフラーから煙を吹き出す。

 

「マッハキャリバー!」

【はい、相棒!】

 

 次の瞬間、スバルとティアナは空へと猛烈なスピードで駆けた出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 二人が着いた時、そこに暴れるのは巨大な人型だった。トロル種。その巨大な体躯と、そして怪力はかのオーガ種とタメを張る。それが二体。

 ――複数発生、それがまた起きていた。そして、それを見てティアナがぽつりと呟く。

 

「ここでも……」

「どうしたの、ティア?」

 

 ウィングロードを駆けながら、スバルがティアナの呟きに疑問を浮かべる。それに、ティアナは頷いて、答えた。

 

「妙だと思わない? ここでもあんなトロル種なんているはずないのに」

「そう言えば……」

 

 ティアナの問いにスバルも頷く。地球でもクラナガンでも、居るはずの無い種が感染者となり襲ってきていた。

 考えてみれば、ここ三日程の間に行った世界の全てもまた、そうだった。

 

「……ひょっとしたら――だけど、誰かが感染者を転送しているかも」

「そんな! そんな事、誰がするの?」

 

 スバルの問いに「それが解れば苦労しないわよ」とティアナは返した。だが、その推理には問題がある。

 そこに動機がないのだ。感染者を送る事に何の意味があると言うのか分からないのである。

 暫く考えこみそうになったが、時は待たない。そう、時は待たないのだ。

 

「まず、降りるね?」

「了解」

【【相棒!/マスター!】】

 

 急に叫ぶマッハキャリバーとクロスミラージュ。何事かと聞こうとした――瞬間。

 それは現れた。いきなり放たれたのは、魔力斬撃。それは、二人はよく知っているものだった。

 ――神覇弐ノ太刀、剣牙。

 その一撃は迷う事なく感染者と、その近くに居た民間人を吹き飛ばした。

 

「な……!」

「ティア! アレ!」

 

 地面に降りたスバルはティアナを降ろし、空を指す。そこに、彼が居た。

 

 ……誰……アレ?

 

 二人はしかし、同時にそう思ってしまった。だが、現実は待たない。吹き飛ばされた人が苦し気に呻く。

 二人はハッとして、その人を助けに向かう。だが、彼は容赦しなかった。倒れた人の近くの感染者に止めを刺すべく、剣を振り上げる。

 

「駄目!」

「あの、馬鹿!」

 

 二人が駆け出すより、剣が振り下ろされる方が速い。このままでは間に合わない――しかし。

 

「ROoooo!!」

 

 倒れていた感染者が起き上がり、回避行動を取った。

 既に再生したのか、その身体には傷一つ無い。照準を変え、回避行動を取る感染者に彼は向かう。

 その間にスバル達は民間人へと辿り着けた。

 

「スバル、取り敢えず……!」

「……うん!」

 

 倒れた民間人を抱え、二人は戦線を離脱する。周囲の人は他には誰も居ない。とっくに逃げ出したのだろう。

 

「アイツ……っ! 何考えてんのよ!」

「…………」

 

 苛立ち紛れに怒りを言葉に乗せるティアナに、スバルは何も答える事が出来ない。チラリと後ろを向く。そこには新たに加わった感染者と合わせて二体まとめて戦う彼――あまりにも変わり果てた、神庭シオンが居た。

 変わったと言えど姿が変わった訳では無い。しかし、別人と言える程にシオンは変貌していた。

 

 ……シオン……。

 

 戦う彼の名を一人ごち、だが今は離れる事しか出来ず、スバルは唇を噛んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 神庭シオンは一体目の感染者にイクスをたたき付け、さらに顎を蹴り上げる。

 

    −撃!−

 

「KRooooo!!」

 

 吠える感染者。シオンはそれに構わない。後ろにのけ反る感染者の胸を足場にそのまま180度回転する。そこに居るのは二体目の異形――感染者だ。だが、シオンは慌てない。既にイクスには光が灯っている。

 

「弐ノ太刀、剣牙」

 

    −閃−

 

 一閃! 放たれた剣牙は、シオンの憎悪に反応してなのか通常の剣牙とは威力の桁が違っていた。

 しかし、それは同時に余波を周囲にブチまける事に他ならない。剣牙の余波はそのまま建物を砕き、破壊する。そして、シオンは止まらない。足場を蹴って、縦に回転。向かうは剣牙を叩き込んだ感染者の頭頂部だ。感染者は再生を行いながらも、しかしその一撃を止められない。

 

    −斬!−

 

 シオンはそのまま、イクスを回転を保ったまま感染者の頭頂部に叩き付けた。頭を切り裂く。だが、そこで終わりでは無かった。

 

「――壱ノ太刀、絶影」

 

    −閃−

 

    −斬!−

 

 一気に縦一文字に感染者を斬って捨てる。再生途中なのに、十文字に斬り捨てられた感染者は悲鳴しかあげられない。ただ、その腕を振り上げた――そこまでだった。

 シオンはそのまま死刑執行を始める。

 

「イクス」

【トランスファー】

 

 瞬時にブレイズフォームに変化したシオンは迷い無く乱撃を放つ。感染者は、瞬時にその乱撃に身体を細切れにされた。

 

 ――神覇壱ノ太刀、絶影連牙。

 

 感染者はそのまま塵と消えた。シオンはそれを尻目に、最初の感染者に目を向ける。ひたすらに感情の無い――いや、ただ一つの感情を宿した瞳を。

 

「セレクト、ウィズダム」

【トランスファー】

 

 イクスとシオンは更なる変化を遂げる。ウィズダムフォーム。そして、瞬時に構えるは槍の一撃。

 

「神覇弐ノ太刀、剣牙・裂」

 

    −閃−

 

    −撃!−

 

 突撃槍と化したイクスが内部から弾ける。エネルギー内蔵型の槍――それがウィズダムの姿だ。伸びる穂先は、迷いなく感染者の右腕を貫き、消し飛ばす。しかし、穂先はそこで止まらない。そのまま突き進み、家をまとめて四軒破壊して漸く止まった。

 感染者は右腕を失ったまま、シオンに向かって走る。だが、シオンはそこから動かない。

 穂先がイクスに戻る。迫る感染者は構わず走る――シオンは体勢を低く取り、次の一撃を放った。

 

「――伍ノ太刀、剣魔・裂」

 

    −轟−

 

    −裂!−

 

 次の瞬間、石突きが弾け、地面に突き刺さる。それを推進力に変え、シオンは魔力を纏いながら感染者に突っ込んだ。

 突撃(チャージ)。放たれた一撃に感染者は反応出来ず、胴体に直撃を受けた。

 瞬秒も持たず、感染者は頭と左手、両足。それ以外の部品を消し飛ばされて、塵へと還っていった。

 そして、シオンの一撃は半壊した人里に止めを刺した。突撃は止まらず、そのままで村を横断したのだ。

 縦一直線に断たれる村。それを、漸く止まったシオンは興味なさ気に見ていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 スバルとティアナはケガを負った民間人を安心できる所まで連れて行き、そしてまた全力で村に戻って来ていた。

 しかし、そこにあるのは村であって、村ではない。

 崩れさった家達。無事な家の方が少ないだろう。そして何より、村を縦一直線に刻んだ傷跡がそこにはあったのだ。そう、既に村は人が住める環境では無くなっていた。

 

「これをシオンが……?」

 

 スバルが呆然と呟くのも当然と言えた。いくら感染者との戦いとはいえ、やり過ぎである。そして暫く歩くと二人は見つける。この惨状を起こした元凶に。

 

「……シオン」

「スバルか」

 

 呼びかけるスバルにしかし、シオンは感情の篭らない瞳で応じた。

 

「……なんで? なんでこんな事を!?」

「強くなりたいから」

 

 きつく問うスバルに、シオンはきっぱりと言い放つ。その内容に、彼女はしばし呆然とした。

 

「強く、なりたいって……」

「現状、666を殺すのに全然力が足りないんだよ。だから修業がわりに感染者を狩ってる。常に全力を出せるようにして、魔力量や最大瞬間発生魔力を上げるのが目的だな」

 

 淡々と告げる。感情はどこまでも篭っていなかった。そんなシオンに、スバルはついに叫んだ。

 

「でも、村とかこんな風にして! どうするつもり!?」

「知らねぇ」

 

 怒鳴り付けるような問い。しかし、シオンはきっぱりと言い放った。

 

「誰に迷惑が掛かろうが、誰が悲しもうが、誰が死のうが、そんなモンに興味はねぇ。――俺はただ、666を殺せる力が手に入ればいいだけだ」

「そんな……そんなの!」

 

 スバルは叫ぶ。そんな事は間違っている、と。絶対違うと。だが、シオンは応えない。どこまでも感情は篭らない。

 

「……もし、666を殺すのに感染者が邪魔するのなら感染者を殺す。管理局が邪魔するのなら管理局を潰す」

「シ、オ――」

「スバル」

 

 シオンのあんまりな言葉にスバルは名を呼ぼうとするが、しかしそれすらも遮られる。初めて、感情が顕になった。殺意と言う名の。

 

「俺の、邪魔をするな」

「……シ、オン」

「二度は言わない」

 

 シオンはそう言って、スバルを拒絶した。もう、何を言っても届かないのか。スバルの瞳に涙が浮かぶ――。

 

「……呆れたわ」

 

 ――しかし、たった一言が場をぶち破った。ティアナだ。

 彼女はただ一人腕を組み、そしてシオンを見下していた。

 

「何だと?」

「ティア……?」

 

 シオンが苛立ちながら聞き返し、スバルもまた信じられない物を見るようにティアナを見る。しかし、彼女は動じない。

 

「呆れたつったのよ。無様過ぎてね」

「……無様?」

 

 シオンの問い掛けにティアナは「ええ」と頷いた。その視線と言葉も冷たいまま。

 

「別に復讐なんて、好きにすればいい。でも、アンタがやってるのは何? 666に牙を剥く訳でも無い。ただ人に迷惑を掛けてるだけ。しかも、それが強くなりたいから? 笑わせるわ」

「黙れ」

 

 ティアナの台詞に、シオンが明確に苛立つ。だが、ティアナはそれを鼻で笑った。

 シオンが苛立つ以上にティアナは苛立っていたのだ。

 無様過ぎて、カッコ悪過ぎて。尋常ではない不快感を、今ティアナは感じている。

 今のシオンを視界に入れる事すら不快だった。しかし、あえてティアナはシオンをよく見る。

 感情(憎悪)が意思を増幅し、シオンの魔力量は凄まじい事になっている。だが、ティアナは恐れない。そんな物は恐れるような物ですらない、と。そう、こんなシオンは――。

 

 ――シオンなんかじゃないー!

 

「時空管理局執務官補佐として言うわ。神庭シオン、アンタを逮捕する」

「俺の邪魔をするって?」

 

 シオンの問い掛け。それはつまり戦うのか? という問い掛けだ。そして、ティアナは堂々と受けてたった。

 ティアナは言葉の代わりに一発、クロスミラージュからマルチショットを叩き込んだ。シオンはその一撃をイクスで弾く。

 

「そうか。なら、まずお前から――」

 

 ――殺してやる。

 

 瞬間、シオンから爆発的に魔力が広がり、殺意がティアナに襲い掛かる。それに、ティアナが返すはただ不敵。

 

「上等――!」

 

 直後にシオンは駆け出し、ティアナは引き金を引いた。

 

 銃と剣が今ここに交差する――!

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 放たれるマルチショト。それは、今のシオンには無意味な代物だ。魔力放出と対魔力効果で、大抵の純魔力攻撃はシオンにとって意味を成さない。

 故に、真っ直ぐ移動する事を選択し、瞬動。シオンは瞬間でティアナの眼前に移動する。そのままイクスを叩き付けようてしつ。

 

「クロスミラージュ!」

【ダガーモード】

 

    −戟!−

 

 2ndモードに移行したクロスミラージュの刃を交差し、イクスを受け止めた。だが、直後にティアナは顔をしかめた。

 

「っ!」

「その程度か?」

 

 ――力が違い過ぎる。

 

 シオンとティアナとでは、そもそもの地力が違うのだ。一気に押し、彼は構わずイクスを振り抜いた。

 堪らず吹っ飛ぶティアナにシオンはさらに追撃を掛ける。イクスを振り上げ、一撃を叩き込もうとして。

 

「……クロス! ファイアー!」

 

 その最中に、ティアナは叫び、周りに集まるスフィア達。その数二十。だが、シオンは構わない。

 イクスの一撃でティアナを落とす為に更に踏み込む。どちらにしろ射撃は効かないと、タカをくくったのだ。そんなシオンに一撃は放たれた。

 

「シュート!」

「っ! なぁ!?」

 

    −轟!−

 

 放たれたスフィアは一つに収束し、シオンに叩きつけられる。AAAは下らない砲撃と等しくなった集束射撃が、カウンターとなってシオンに直撃した。だが、直後に光砲が真っ二つに叩き斬られる!

 

「この程度か!」

「――!」

 

    −撃!−

 

 そしてティアナを間合いに入れたシオンは、そのまま一撃を叩きつけた。

 

「っ――! あぅ!」

 

 一撃に盛大にすっ飛ぶティアナ。直撃の衝撃で煙がブチまけられる。そのまま数メートルも飛ばされ、地面に転がった。よく見ると、バリアジャケットの一部が弾けている。

 

「く……っ!」

「多少、驚かされけどな」

 

 ティアナはすぐに起き上がろうとするが、即座にシオンのイクスが首筋に突き付けられ、身動きが取れなくなる。

 

「終わりだ」

 

 勝負は着いた。そう、シオンは言う。だが、ティアナが浮かべるのは笑みだった。そして、思いっきりアカンベーとする

 

「アンタがね」

 

 ――その声はシオンの後ろから響いた。脇腹に当たる硬い感触。そこにはブレイズモードのクロスミラージュを構えるティアナが居た。

 

「……幻影!? いつの間に――」

「さっき吹き飛ばされた時。煙が立ったからその一瞬でね」

 

 そう言いながら笑いを浮かべるティアナ。彼女は迷わず、引き金が引く。

 

「ファントム! ブレイザ――――!」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 直後、光砲が零距離でシオンに叩き付けられる。

 シオンはそのまま吹き飛び、空中で爆発。

 ティアナは爆発で起きた煙の中を油断せず、クロスミラージュを構えた。

 零距離射撃。あの状態なら魔力放出の恩恵は受けられない――。

 

 ――勝った……?

 

 一瞬だけそう思うティアナ。だが、煙の中に未だ倒れぬ影を彼女は見る。シオンだ。

 

「……流石に効いた。でも、ここまでだ」

 

 シオンが一歩を踏み込みながら言ってくる。ティアナは、ハンっと鼻をツンと上げて笑ってやった。

 

「ボケた事言ってんじゃないわよ。アンタの方がダメージは上よ?」

「そうだな。俺も甘く見ていた。だから今からは――本気でいこう」

【トランスファー】

 

 イクスから快音が響くと同時にバリアジャケットが変化する。ブレイズフォームだ。

 ティアナもそれに合わせて2ndモードにクロスミラージュを設定し直した。

 

「構えろ、死にたくなかったらな」

「っ!」

 

 瞬動。一瞬でまたティアナと間合いを詰めたシオンは、その双刃を振りかぶる。ティアナは辛うじて反応し、イクスを受け止めた。

 しかし、ナイフを使った戦い同士だ。どうやってもシオンに分がある。

 数合程度で見切られ、左のイクスが複製された側のクロスミラージュを斬り裂いた。

 

「っ!」

「フッ!」

 

    −撃!−

 

 慌てて後退するティアナに合わせるように、シオンは更に一歩を踏み込み、彼女の胴に捩り込むような直蹴りを見舞った。

 

「あうっ!」

 

 直撃。ティアナはその場に倒される。そして、シオンは右のイクスを無感情にティアナにたたき付けようとした。だが。

 

「うりゃああああ!」

 

    −撃!−

 

 突如、乱入したスバルにリボルバーキャノンを叩き付けられ、シオンは数メートルも後退した。

 

「ティア、大丈夫?」

「っう。うん、問題ないわ」

 

 ティアナが蹴られた腹部を押さえながら立ち上がる。バリアジャケット越しに衝撃が叩き込まれたのか、まだ顔をしかめていた。

 

「それよりスバル、アンタ……」

「うん。……シオン」

 

 ティアナに頷き、スバルはシオンに呼びかける。

 シオンは既に戦闘体勢を整えている。シオンにとって、スバルも最早敵と言う認識なのか。

 

「最後に聞くね? ……シオンはどうしても今の行動を改めないの?」

「…………」

 

 沈黙。それはそれ以上無い肯定であった。

 

「……そっか」

「さっきも言ったな? 俺の邪魔をするな」

 

 ただそれだけを繰り返す。スバルは、そんなシオンに決意を固めた。

 

「言葉じゃ、もう止まらないんだね?」

「いつかの焼き直しだな。……俺を止めたきゃ――」

 

 ――戦え。

 

 シオンの言葉にスバルはゆっくりと、だがしっかりと頷く。リボルバーナックルが回転する。そして、スバルはいつか聞いた台詞をシオンに叩きつけた。

 

「シオン。少し、頭を冷やそうか……?」

「スバル……」

「……冷やさせて見せろ」

 

 風が一陣吹く――瞬間。スバルのマッハキャリバーが唸り、シオンが瞬動に入る。

 リボルバーナックルとイクスが交差し、至近で互いに睨み合った。

 

 かつてぶつからなかった拳と剣は、今ここに改めてぶつかり合ったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンの一撃に、スバルは右の拳を放つ。今までの模擬戦でもスバルはシオンと何度か戦った――戦績は、三戦して一本取れたらいい方だったが。

 しかも今のシオンは一切の手加減なしである。だが、スバルにもまだ勝ち目はある。

 シオンよりスバルの方が単純に力が上だ。故に、真っ正面からのぶつかり合いならばシオンより有利と言う認識がスバルにはあった。

 

 ――その認識が、いきなり裏切られる。

 

「フッ!」

 

    −撃!−

 

 シオンが一息と共にイクスを振るう。その一撃は、スバルの放った拳を弾いてのけた。単純な力押しで、スバルはシオンに敗北していたのだ。

 

「く、う……!」

「凌ぐか」

 

 十の拳と剣の交差の後、シオンがいきなり後退する。スバルもまた体勢を整えようとするが、シオンはそれを許さない。

 

「イクス」

【トランスファー】

 

 右の手に掲げるは突撃槍。ウィズダムフォームだ。スバルはそれで理解する。シオンが後退したのは誘いだったと。

 

「弐ノ太刀」

「っ! マッハキャリバー!」

【プロテクション。トライシールド】

 

 スバルの叫びに応え、マッハキャリバーが二重防御を展開した。今、彼女が行える最大の防御である。シオンは全く構わなかった。

 

「剣牙・裂」

 

    −閃−

 

    −裂−

 

 イクスが弾ける。その穂先がトライシールドの真ん中に突き立った。

 ――押される。その場に踏み留まれず、ゆっくりと。だが、シオンの攻勢はそこで終わりでは無かった。

 

「伍ノ太刀」

 

 その言葉にスバルは絶句する。シオンは体勢を低く取っていた。穂先はトライシールドに食い込んだまま――回避のしようがない。

 

「剣魔、れー」

「ファントムっ! ブレイザ――――!」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 しかし、横から放たれた砲撃がシオンを吹き飛ばした。ティアナの砲撃だ。スバルは彼女へと振り向く。

 

「ティア!」

「……まったく。これ、私が売った喧嘩よ? アンタ一人で戦ってどうすんの」

 

 クロスミラージュを下ろし、ティアナはスバルに駆け寄りながら言う。二人はここに並び立った。

 

「これは私の喧嘩。アンタは引っ込んでなさい」

「そんなの駄目だよ! 私だって――」

「面倒だ」

 

 二人の言葉を遮るようにシオンから声が来た。砲撃を凌いだのか、ゆっくりと歩いて来る。

 

「二人同時に来い」

 

 それだけを言い放つ。それに、ティアナもスバルもムカっと来た。

 

「ずいぶん余裕ね? 二対一よ?」

「大した問題じゃない。お前等のレベルじゃな」

 

 余裕。挑発でも何でもない、シオンは真実、二対一で勝てるつもりなのだ。二人も即座に応えた。

 

「いいわ、やったろうじゃない!」

「後悔しても、知らないよ……?」

「さっきも言ったな? させてみろ」

 

 瞬動。シオンは瞬間で間合いを詰める――狙うはティアナだ。

 だが、スバルがそれを許さない。再度放たれるのは右の拳。しかし、シオンはノーマルに戻したイクスで正面からぶつかった。

 

「く……!」

「邪魔だ」

 

 一歩を踏み込んだ。単純な力押し、シオンはそれを持ってスバルを押しやる。

 

「クロスファイアー!」

 

 だが、スバルとの押し合いの間にティアナの魔法は完成していた。先程と同じく二十の弾丸。

 

「シュート!」

 

    −煌−

 

    −閃!−

 

 それらは、一斉に放たれる。同時に、スバルは後退した。無防備なシオンに弾丸は殺到し――。

 

「――四ノ太刀、裂波」

 

    −波−

 

 しかし、シオンはたった一つの技でそれを防ぐ。シオンを中心に広がる衝撃波。それが弾丸の勢いを尽く削ったのだ。シオンは更に動く。

 

「セレクト、ブレイズ」

【トランスファー】

 

 瞬間でブレイズフォームに変化し、一気に瞬動を開始。スバルがまた立ち塞がろうとするが、シオンは構わない。

 

「参ノ太刀、双牙連牙」

 

    −轟!−

 

 放たれるは大地を疾る”四条”の刃。双剣から双牙を放ったのか――。

 スバルは慌ててプロテクションを張った。そして、シオンは止まらない。一気に空へ駆けると、足場を設置し、直角の動きを持ってティアナへと向かう。

 

「く……! クロスミラージュっ!」

 

 再び2ndモードへと変化、それは先程の焼き直しである。

 クロスレンジではシオンの方がティアナより技巧的に上なのだ。瞬く間に押されて行く。

 

「ティア!」

 

 そこにスバルが駆け付けた。四条の刃を防ぎきり、すぐにフォローに来たのだろう。

 これにティアナはチャンスと思う。位置的にシオンを挟み撃ちに出来るからだ。スバルは走りながら右の拳を放つ。シオンは左手をイクスごと掲げ、シールドを展開。その真ん中にスバルの拳が刺さった。

 拮抗。しかし、当然ティアナはこのチャンスを逃さない。

 シオンはスバルの一撃を防ぎながら、右のイクスを振るいティアナと斬り合うが、手が足りない。シオンは防戦一方となる。

 

 ――いける――!

 

 ティアナがそう思った瞬間、シオンは驚く行動に出た。

 シールドを消したのだ。必然、スバルの拳はシオンへと向かう。だが、シオンが次に放つ一手の方が速かった。イクスの両の切っ先をスバル、ティアナにそれぞれ向ける。

 

「四ノ太刀、裂波・連牙」

 

 その技が放たれる。両のイクスを中心に、二人へと衝撃波が襲いかかった。この技に威力は無い。あるのは数秒のみの拘束力。

 だが、今このタイミングでは最高の効果を発揮する。スバルもティアナも動けない――シオンは瞬動を持って後退した。

 

「セレクト、ウィズダム」

【トランスファー】

 

 ウィズダムフォームへと変化――そう、二人が一カ所に固まり、身動きが取れないこの状態故にこそ、次に放つ一撃は最大の効果を発揮する。

 

 ――まずい!

 

 ティアナは内心悲鳴を上げ、全力で拘束から逃れようとする――が、解けない。スバルもまた同じく、動けなかった。

 

「「っ!」」

「……終わりだ。神覇伍ノ太刀、剣魔・裂」

 

    −撃!−

 

 直後、イクスの石突きが弾け、地面に突き立つ。そして、最大威力の突撃が放たれる――!

 

    −裂!−

 

 町を横断する一撃を受けて、スバルとティアナは盛大に吹き飛んだのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 スバルとティアナを吹き飛ばし、シオンは技を解く。完全に捉えた一撃は二人を倒した。だが……。

 

 ――情けねぇ……。

 

 シオンはそう思う。彼の頭を過ぎったのは僅かながらの後悔。二人に対しての一撃。殺すつもりで放った一撃だ。それを、少し後悔してしまったのだ。

 

 ――未練か。……本当に情けないな。

 

 そしてシオンは視線を巡らせる。視線の先にはスバルとティアナが重なり合うように倒れていた。ぴくりとも動かない二人――死んではいないだろうが、それでも重傷には違いない。

 シオンは一瞬だが迷う。二人を治療するべきか否かを。だが、首を振り、その場を後にした。シオンは決めたのだ。先程の宣言通り、誰が死のうとも……。それは二人も例外ではない。邪魔をするなら潰す――。

 

「……何て、顔してんのよ、アンタ?」

 

 ――直後、聞こえない筈の声が聞こえた。シオンは慌てて振り返る。

 

「何、だと?」

「アタタタ……!」

 

 驚愕するシオンを尻目に二人は立ち上がる。その身は、大したケガを負っているようには見えない。バリアジャケットさえボロボロだが――。

 

 ――バリアジャケットだけ、が?

 

「……ずいぶんと優しいのね? わざわざ”非殺傷設定”で攻撃するなんて」

「……馬鹿、な」

 

 ティアナのいっそ優しげとも取れる言葉に、今度こそシオン混乱する。非殺傷設定になどした覚えは全く無い。何があったと言うのか。

 

「……シオン」

【どうやら間に合ったか】

 

 答えはすぐ近くにあった。声が響く――イクスの声が。それに、シオンは卒然と理解した。

 

「イクス……! お前がやったのか!?」

【ああ、その通りだ】

 

 イクスが肯定する。それに、シオンは馬鹿なと再度思った。イクスは完全に支配下に置いていた筈だ。それが、何故――?

 

【解らないのか? お前はさっきの一撃の前に――】

「っ! 黙れ!」

 

 シオンは叫ぶ。それは命令ではなく、既に懇願だった。それを聞けば自分は……! イクスは、そんなシオンに構わず告げた。

 

【――二人を失いたくないと、自分で支配を解いたのだぞ?】

「…………」

 

 ――力が、抜けた。何も考えられなくなる。有り得なかった、認められなかった。666への復讐。それ以外を考えないようにした自分が、”二人を失う事を恐れた”など。

 

「……シオン……」

「…………」

 

 スバルもティアナも、何も言えない。シオンは復讐を存在意義にしていた。それを、恐らくは無意識だろうが自分で破るなんて考えられないに違いない。

 震えながら唇を噛み締める。やがて、シオンは再び二人に向き直った。

 

「もう一度、だ……」

【シオン、まだ……!】

「黙れっ!」

 

 叫ぶシオンにイクスはまた再び支配下におかれた。二人を彼は睨みつける。

 

「……もう、迷わない。今度こそは、お前等を――」

「シオン! もう、いいよ!」

 

 堪らなくなって、ついにスバルが叫んだ。続けて言ってやる。

 

「そんなに、無理しなくていいんだよ……!」

「俺は、無理なんか――っ!」

「……なら、何でアンタ、そんな顔してんのよ……?」

 

 スバルの言葉をティアナが引き継ぐ。二人がシオンに向ける感情は憐憫であった。

 

「……そんな、顔……?」

「……シオン、今にも――」

 

 ――泣きそうな顔してるよ?

 

 スバルの言葉に、シオンは漸く自分の感情に気付いた。二人が起き上がった時、自分は何を思った? 安心してはいなかったか?

 

「俺は……俺は!」

 

 シオンは自分の中で揺れる二つの心に混乱する。復讐と、そして友愛と。

 二人を見る。スバルとティアナこそ泣き出しそうな顔だ。それを見て、シオンはまたどうしようも無い感情が沸き上がるのを感じる。自覚した。本当に泣きそうだ、と。

 

「シオン……」

「……解ったわ。もう一度、戦ってあげる」

「ティア!?」

 

 ティアナの台詞にスバルが驚く。今のシオンは混乱している。また自分達と戦えば、どうなるか解らない程に。なのに、どうして……? そんなスバルを無視して、ティアナは続けた。

 

「……シオン。アンタを一度、コテンパンに負かせてあげるわ。そして……アンタを救ってあげる」

「ティア……」

「……俺を、救う? いらねぇよ……!」

 

 しかし、シオンはティアナを否定する。千々に乱れた心で、未だ、自分の復讐心にしがみ付く。

 

「お前達を叩き伏せて、俺は、俺を取り戻す!」

 

 シオンの宣言にスバルもまた向き合う。――考える。シオンに今、必要なのは何なのかを。

 ティアナを見る。ティアナもまたスバルを見ていた。

 言葉を交わさずに瞳で意思を交換する。

 

 ――シオンを取り戻すわよ? と、その瞳は告げていた。

 

 スバルは頷き、シオンにまた向き直った。拳を握る。

 シオンを取り戻せるのは、恐らくこれが最後。今の迷いを持つシオンでなければならない。

 

「シオン。取り戻すよ? シオンを」

「俺は……俺は!?」

 

 吠えるシオンは、それでもイクスを構えた。スバルとティアナもまた、それぞれの相棒を構える。

 

「相棒?」

【はい、私はいつでも行けます】

 

 スバルはマッハキャリバーに呼びかける。マッハキャリバーも、また応えてくれた。

 そう、決めたから。シオンを力ずくで取り戻すと。だから、その為の力を引き出す――。

 

「ティア?」

「うん。……やるわよ」

 

 互いに頷き合った。シオンに視線を向ける。その顔は泣きそうな――道に迷った子供を彷彿とさせた。スバルは拳を握りしめる。

 

「マッハキャリバー。ギア・エクセリオンっ!!」

 

 瞬間、翼が広がった。マッハ・キャリバーから。

 ファイナルリミッター解除のフルドライブ。

 それがマッハキャリバーのギア・エクセリオンだった。

 

【ACS。スタンバイ・レディ】

 

 マッハキャリバーの声を聞き、頷きながらシオンを見据えた。拳をぎゅっと握り込む。

 

 

「行くよ、シオン!」

「来い!」

 

 スバルとシオンは同時に駆け出し、ティアナはスフィアを展開する。

 迷える少年と、少年を救おうとする少女達の戦いは最終局面を迎えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ハァ――――っ!」

 

    −撃!−

 

 スバルは裂帛の叫びと共に一撃を放つ。リボルバーキャノン。シオンはそれを真っ向からの斬撃で向かえ撃ち、だが。

 

「あぁ――っ!」

 

    −轟!−

 

 咆哮一斉。スバルの一撃は、シオンごと斬撃を潰した。

 

「なっ!?」

「こんな事で驚かないで!」

 

 驚愕するシオンに、スバルは怒鳴る。こんな事で驚愕なんてしてもらいたくはなかった。回転しながら右の蹴りを放つ。

 

【キャリバーシュート、ライト!】

 

    −撃!−

 

 放たれる蹴撃を、シオンはプロテクションで防ぐ。だが、スバルの蹴撃は一撃では止まらない!

 

【ショットガン・キャリバーシュート!】

 

    −撃!−

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 連続蹴り。回転を速めながら、スバルはプロテクションを削っていく。シオンは堪らず後ろへ後退した。そんな彼に、次に来るのはティアナの一、否、乱撃!

 

「クロス、ファイアー!」

【ロードカートリッジ!】

 

 5連カートリッジロード。それは、今のティアナの限界ロード数である。

 生み出されたスフィアの数はなのはのシューターを越えた。その数、60発。

 そして、ティアナは後退するシオンに一斉射撃を撃ち放つ!

 

「シュート!」

 

    −轟−

 

    −閃!−

 

 光の軍勢がシオンへと殺到する。さらにティアナはまだ止まらない。左右のクロスミラージュの残りカートリッジ、一発をロード。クロスミラージュから直接マルチショットを放ちまくる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

「が、ぁぁぁぁぁぁ!」

 

 光の乱舞を浴びて、シオンが苦悶の叫びを上げた。

 対魔力は衝撃までは消せないのだ。百に値する乱撃を浴び、シオンは衝撃だけでダメージを受ける。

 

 ――強い……!

 

 シオンは思う。心の底から。さっきとは別人だ。それに較べて自分はどうだ。迷いが剣にまで現れている――集中が全く出来ない。

 

「くっそっ!」

 

 四ノ太刀、裂波を使い、光弾を半減させる。だが、その隙を彼女は……スバルは待っていた。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 真っ正面。光の乱舞の中を縫って来たスバルは、ノーマルフォームのイクスが振れない超至近距離にシオンを捉える。……防御も回避も間に合わない!

 

【リボルバーキャノン】

 

    −撃!−

 

 スバルの一撃がシオンの腹に直撃。彼は水平にすっ飛んだ。息を漏らし、呻く。

 

「くっ――っ!」

「まだまだっ!」

 

 スバルはすっ飛ぶシオンに、マッハキャリバーの速度を活かしてすぐに追い付く。シオンは空間に足場を形成、踏み止まりると、逆にイクスの一撃を叩き込む。しかし、スバルは体を下げて潜り込むようにして避けて見せた。

 

「マッハキャリバー!」

【ウィングロード! キャリバーシュート、レフト!】

 

    −撃!−

 

 サマーソルト。スバルのその一撃に、シオンは胸を蹴られ空中に上げられる。また空間に足場を作ろうとして――。

 

「ファントムっ! ブレイザ――――!」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 ――しかし、出来ない。

 叩き込まれたティアナの光砲で、シオンは更に吹き飛んだ。

 

「っ、ぐぅ!」

「スバル! クロス・シフト、行くわよ!」

「うん!」

 

 未だ、吹き飛んだままのシオンにスバルは駆ける。螺旋軌道を描きながらウィングロードでシオンへと近付き、リボルバーキャノンの一撃を放った。

 シオンはそれに対して絶影を放ち、拮抗。

 だがスバルを掠めるように、ティアナのクロスファイアー・シュートがシオンに殺到する。

 凄まじいコントロールである。シオンは衝撃を殺せずに、ぐらついた所でスバルの一撃でまた吹き飛んだ。

 

「あぁぁぁぁっ!」

 

 咆哮一斉。シオンが魔力を放出する。

 こんな所で負けてなんていられなかった。666はまだ、遥か遠い高みに居るのだから。

 

「負けられ、ないんだよ! 俺は!」

「負かす、つってんのよ! 私達が!!」

 

 シオンが振り向くと、至近距離にティアナが居た。スバルのウィングロードに乗って、空に上がって来たのだ。

 クロスミラージュ。2ndモード。シオンも、またブレイズフォームへと変換。二人は双刃を煌めかせ、斬り合う。

 しかし、驚く事にティアナはシオンに押し勝った。クロスミラージュの光刃が、イクスの双刃を弾く!

 

「……っ!」

「さっきのお返し!」

 

    −撃!−

 

 ティアナはイクスを跳上げて空いた腹に膝を叩き込む。そのまま後ろへ跳躍。新たに作り出したスフィアをシオンに叩き込んだ。

 

    −閃−

 

「ぐ、あ……!」

「やぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 衝撃にのけ反るシオンに、再度2ndモードを起動したティアナは突っ込む。

 

「調子に、乗んなぁっ!」

 

    −閃−

 

 叫び、カウンターで斬撃を放つ。だが、斬られたティアナはそのまま姿を消す。幻影だ。

 

「くっ――!」

 

 シオンは即座に上を見た。降りてくるのは体を逆さにしてクロスミラージュを突き出すティアナ。だが、シオンはまだ止まらない。

 

「神覇壱ノ太刀、絶影!」

 

    −閃!−

 

 上から降ってきたティアナに、再び斬撃を放つ――また姿が消えた。

 

「二重、シルエットだと――!?」

「振り返りなさい」

 

 声が響く。真後ろから。

 そこに誰が居るのか――完全に背中を取られた事に歯噛みしながら、シオンはイクスを翻して、振り返った。

 

「噛ぁ、食いしばりなさい!」

 

    −撃!−

 

 直後、右の頬に衝撃が走る。腰の入った綺麗なストレートが、シオンの顔面に叩き込まれたのだ――しかし。

 

 ……何で、パンチ――――!?

 

「スッキリしたわ。後任せるわね? 行きなさい、スバル!」

 

 拳の一撃で空に体が泳いだシオンが見たのは鮮やかな青。スバルのウィングロードだ。

 そして、スバルの左手に灯るのは光。何度も見た、その光を。

 その度に魅了された。

 目が離せなかった――その輝きに。

 シオンは苦笑した。漸く気付いたのだ。あの時も言ったではないか。

 そう、俺の負けだと。始めっから勝てる訳がなかった。だって、俺は――。

 

「シオン! 目ぇ覚ましなさいっ!」

【ディバインブレイカー!】

 

    −轟!−

 

 放たれるは、光を纏いし拳――。それを見ながら、とりあえずシオンは心の中だけで突っ込みを入れておく事にした。

 

 ――いや、そんなの直撃したら目を醒ます所か、永眠すると思うんだけど……?

 

 そんな思考を浮かべながら、シオンはその一撃を受け――。

 

    −撃!−

 

 ――地面へと盛大に叩き付けられたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ……風が優しく凪ぐ。その中で、一撃をシオンに叩き込んだスバルは冷や汗をかいていた。

 

 ――やばい……やり過ぎた。

 

 シオンは地面に叩きつけられた直後、クレータをその勢いのまま作り。さらに大量の土砂を浴びて地面に半ば埋まっていた。ピクリとも動かない。

 

「……シ、シオン……?」

 

 返事は無い。当たり前だが。ティアナは、そんなシオンを見てぞっとした顔をスバルに向ける。

 

「ス、スバル、あんたまさか……」

「ち、違うよ! 生きてるよ!」

 

 パートナーの疑惑の目を、両手をブンブンと振りながら否定する。だが、どう見ても完全なオーバーキル。死んでないと言う方が寧ろどうよ? と、問いたくなる状態であった。

 

「と、とりあえず、降りましょ」

「う、うん……」

 

 二人揃って、コソコソと言う感じ地面に降りる。

 まさか防御行動を一切取らないとはスバルも想像出来ず、最大威力の一撃を叩き込んでしまったのだが。

 

「シ、シオン……。その、生きてる?」

 

 返事はない。当然だが。

 

「取り敢えず掘り起こしましょ……」

「う、うん……」

 

 なんか、墓場泥棒みたいな感じの二人である。だが次の瞬間、シオンが地面からはい出て立ち上がった。

 

「「シオン!」」

 

 二人はホッと一瞬喜ぶ――が、同時に喜んでばかりも入られない事に気付いた。

 このままではまた戦いが再開される。しかし、シオンからは闘志も例の殺気も感じられない。絞りカスのような空虚な存在感だけがあった。

 

「……シオン」

 

 その様子に、シオンはもはや戦う力も残っていないと二人共判断して彼に近寄る。が、その瞬間。

 

「――なっ?」

「――へっ?」

 

 シオンが間近に接近していた。気配すらも感じさせない程に鮮やかな歩法で。二人共まったく反応出来なかった。

 

 ――スパン。

 

 気付いた時には二人揃って宙を舞っていた。足を払われたと気付いた時には二人共背中から地面落ちる。

 

「あたっ!」

「いっつ!」

【ブレイズフォーム】

 

 悲鳴を上げる間もなく、シオンはブレイズフォームへと変換。両手のイクスをスバルとティアナに投げる。だが、イクスは二人に当たる事はない。その耳元に突き立っていた。

 

「え?」

「あれ?」

 

 二人共混乱する。しかし、シオンはアースラに居た時のようにフッと笑い。

 

「取り敢えず、借りはさっさと返して置かないとな?」

 

 そんな事をのたもいながら二人を見下ろしていた。あまりにもいつも通りに。

 

「「シオン……?」」

「おう。……なんだよ? 二人揃って狐に摘まれたような顔は?」

 

 呆れたような顔をする。だが、スバルもティアナもそれに構わない。あまりにもいつものシオン過ぎる顔に唖然としていたからだ。――しかし。

 

「「シ〜オ〜ン〜」」

「……待った。二人共、何故そんなダークオーラーを立ち上がらせる?」

 

 二人は当然聞かない。ぐっと拳を握りしめると、シオンへと襲い掛かる!

 

「「十倍返しだ/よ!」」

「そりゃちょっと多過ぎ、イタイイタイイタイ!!」

 

 二人から容赦無く報復を受けるシオン。だが、その表情は、いつもの通り。三人はようやく”いつも”を取り戻したのであった。

 

 

 

 

「……普通、ここまでするか?」

「アンタが悪いんでしょうが、アンタが!」

「そうだよ! シオンが悪い!」

 

 ボロボロなのに、さらにボロボロになったシオンの文句を二人は叩き潰す。彼は「やれやれ」と呟いて起き上がった。

 

「それで、アンタ。もう良いの?」

「……何がだ?」

 

 ティアナの疑問に、しかしシオンはそのまま疑問で返す。すると、彼女は若干聞きにくそうに、聞いて来た。

 

「その、復讐、は……?」

「忘れた訳じゃねぇさ。必ず、666には……タカ兄ぃには報復する。これは、絶対だ」

「シオン……」

 

 二人共、心配そうにシオンを見る。だが、シオンは二人に笑って見せた。

 

「でも、もう馬鹿な真似はしねぇよ。今度やったら命なさそうだし」

「そっか」

 

 笑いながら答えるシオンに、二人は頷き返す。今はそれでいい、と。まだシオンは不安定な所がある。復讐も忘れていない。

 けど、今のシオンは、さっきのシオンのように後ろを向いている訳ではない。しっかりと前を向いているから。

 

「それじゃあ、アースラに戻るかー! あ、シオン。アンタ、今回の騒動の分の反省文たっぷり書いてもらうからね?」

「な、なぬ!? 待った、聞いてねぇ!」

「そりゃそうよ。アンタ、あんだけの事しといてお咎めナシとか思ってたんじゃないわよね?」

「ぐぬぬぬぬぬ……!」

「ほら二人とも、そろそろ転送するって」

 

 わいわいと騒ぎながら三人は帰路につく。そして、シオンは漸くアースラへと戻ったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 三人は本局経由でアースラへと向かう。それにシオンは柄にも無く緊張していた。

 命令無視を始めとして目茶苦茶したのだ。しかも、黙って勝手に退艦した。

 普通なら、復隊など出来まい。罵倒他は覚悟しているが、いざアースラに戻るとなると少し怖くなる。アースラの方にはもう、連絡はいってるのだが――。

 転送が完了する。そして、シオンはアースラへと帰還した。

 

「あ……」

 

 シオンはアースラに着いた途端、懐かしさが胸に湧いたのを感じる。たった数ヶ月しかいなかったのに、何故かとても懐かしい。

 

「……シオン。艦長から取り敢えず、食堂に集合だって」

「……ああ」

 

 スバルに頷き返す。しかし、気分は晴れない。今更嫌われる事を恐れるとは、と苦笑いを浮かべる。

 

「大丈夫よ。艦長もなのはさん達も嫌ってなんか無いわよ。……しっかり怒られなさい」

「ああ」

 

 ティアナの言葉に、シオンは励まされたのを自覚した。

 

 ――しっかり怒られなさい。

 

 その事がとても有り難いと思えたから。やがて、食堂に到着する。

 

「……開けるよ?」

「おう」

 

 そして、シオンが食堂で目にしたのは――。

 

『『お帰りなさい!!』』

 

 ――アースラ・フルメンバー勢揃い状態と、皆からのお帰りなさい、だった。一瞬、シオンは唖然とする。

 

「あ、えっと、その……」

「シオン君、何か言う事あるやろ? お帰りなさいって言われたら?」

 

 はやてが笑いながら先を促す。それにシオンは頷き、言われるがままに答えとなるものを言った。

 

「……ただいま」

『『お帰りなさい』』

 

 再度響く皆からのお帰りなさいに、シオンは卑怯だと思った。ちょっと泣きそうになってしまったではないか。

 

「さて、お説教とかしたい所やけど。……スバルとティアナが盛大にやってくれたみたいやからそれは置いとこ。でも、シオン君がやったのは犯罪や。やから罰を受けなアカン」

「…………はい」

 

 はやての言葉に頷く。覚悟はしていた。果たして、どんな罰を受ける事になるのか……。

 

「と、言う訳でトウヤさん。カモン♪」

「ウム!」

 

 はやての呼びかけに応えて、有り得ない人物が現れた。叶トウヤその人である。

 

「え、え、えぇ――!」

 

 突然の闖入者にシオンの目が丸くなる。何で、よりによってこの人がここに居るのか。

 

「何でトウヤ兄ぃがここに居るのさ!? ――て、あ……!」

「フム、聞いてないかね? ナカジマ君とランスター君の交替人員として来ていたのだよ。それと、私達が兄弟だと言うのはすっかりバレているので心配しなくても大丈夫だよ?」

「何か、いろいろツッコミ所があるんだけど!?」

「気にするな。気にしたら負けだよ? さて、ではシオンの罰だが!」

 

 やたら高いノリでトウヤは何かを取り出す。それは紙芝居だった。

 しかし、その表紙にはこう書いてある。「シオンの恥ずかしい秘密。100選」と。

 

「な、な、ななななな!?」

「高町君、よろしく頼むよ」

「……はい」

 

 なのはが苦笑いを浮かべながら、シオンにレイジングハートを向ける。

 直後、バインド発動。シオンに無数のバインドが掛けられたのだ。

 

「ちょ! 何? 何が起きようとしてるのさ!?」

「ずばり、シオン君への罰はこれや♪ 本人の目の前で恥ずかしい話し大暴露♪」

「何っじゃ、そりゃああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 叫ぶ。しかし、誰も聞き届けてくれそうにない。それでも叫ばずにはおれず、シオンは叫び続ける。

 

「プライバシーの侵害でしょっ、コレは!」

「フ、ある人はこう言ったモノだよ? 犯罪者に人権はない!」

「いろんな意味で問題発言じゃねぇか!!」

「うるさいね。誰か、シオンにさるぐつわを」

「シオン、ごめんね?」

「スバル! お前まで!?」

「大丈夫、多分三十を越えたあたりで悟りの境地に辿りつけるらしいわよ?」

「そんなモン辿り付きたくもないわ!? ちょ、マジ勘弁! 勘べ――モゴモゴモゴモゴ!」

 

 さるぐつわを噛まされて、喋れないシオンを尻目にトウヤが紙芝居の始まりを宣言した。

 

「では始めよう! まずは第一章――――!」

「モッゴ! モゴゴ――――――!?」

 

 ――かくしてシオンはアースラに戻って来た。もう、家とも呼んでも差し支えないココに。それは、きっと幸せな事だった。

 

「モゴモゴモゴモゴ――――――!?」

「さぁ、次は中学生編だ! 性を覚え始めた少年の恥ずかしい過去とは――――――っ!!」

「モゴ――――――――――――――!!」

 

 ……大絶賛で精神的にピンチではあったが。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時間は進む。

 どれだけ、嫌だろうと。それは自然の摂理。どうしようも無い事。

 

「666。いや、こう呼ぶべきなのだろうな。……伊織タカト」

 

 故に人の出会いと言うのも、また必然なのだろう。それは決められていた事なのか? もしくは――。

 

「伊織タカト、君を逮捕する」

「……やってみせてみろ」

 

 クロノ・ハラオウンと伊織タカト。二人の出会いも、また必然であったのか? その答えは、まだ誰もしる由も無かった――。

 

 

(第十五話に続く)

 




次回予告
「迷い続けたシオンは漸くあるべき場所に戻った」
「だが、時は彼等に安息を与えない」
「クラウディアに襲撃を掛けるタカト。そんな彼に挑むは、艦長。クロノ・ハラオウン」
「時と天の名を戴く二人が相対するのは、運命であったのか」
「そして、決着の行方は」
「次回、第十五話『時と天』」
「負けられない、譲れない、死ねない。――これは、男と言う名の信念の戦い」

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