魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「彼は、どんな気持ちだったんだろ。大切な人を追い続けて、大切な人を倒そうとして。ギン姉の時、私は悲しかった。なら、彼もまた悲しいと思ってるのか。それが知りたくて。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第十四話「届く想い」(前編)

 

 それは二年前のある日の出来事――。

 

 第97管理外世界。地球、日本。

 出雲、と名前のある道場で、シオンはある人物と対峙していた。シオンにとっての異母兄。長兄、叶トウヤである。その手に握るのは白い、ただひたすらに白い槍だ。

 彼と対峙しながら、シオンはイクスを構えたまま汗を流した。打ち込めない。

 隙がない訳ではないが、それは誘いだ。誘いに乗れば確実に――具体的には、三日は痛むぐらいの一撃を叩き込まれる事だろう。

 とは言っても、このまま硬直したままでも同じくらい痛い目に合うだろうが。

 そんなシオンにしびれを切らしたか、トウヤが半歩を踏み込んで来た。と、同時に、シオンは思いっきり後退する。瞬動すらも使った後退だ。だがしかし、トウヤは構わず槍を突き出して来た。

 

 −アヘッド・レディ−

 

 空気を介さずして、しかし空間に一つの声が響いた。キースペル、そう呼ばれるものである。これは魔法を放つ際に使われる――カラバ式のだが、もので、自己暗示を兼ねた鍵となる呪文だった。

 固有スペルであり、そのスペルは個人個人で違う。ともあれ、それが意味するのは攻撃が飛んで来ると言う事だった。

 

「捻れ穿つ螺旋」

 

    −閃!−

 

 瞬間、空気を、空間を、世界を捻れ、引き裂いて、螺旋を刻む槍が放たれる。その一閃は、高速で後退するシオンに難無く追いついてみせた。躱せない!

 直感でそれを悟ると、シオンは一撃をイクスの刃を横にして受けた。穂先が、そこに突き込まれ――直後、その螺旋に巻き込まれシオンの視界が180度回転した。

 捻れ穿つ螺旋の威力に耐え切れず、シオン自身が回転した為だ。

 

「っの!」

 

 呻き、空間に足場を形成。どうにか空中に止まる。しかし、次にシオンの視界に入ったのは”十の螺旋”。一息に、同時に放たれた捻れ穿つ螺旋だった。

 

「――ってぇ! 待った待った!」

 

    −撃!−

 

 無論、そんな泣き言は通る筈も無く、螺旋は余す事なくシオンに叩き込まれた。

 S+ランクの槍撃を合計十発同時に。大人気ないとしか言いようのない連撃を受けて、シオンは吹き飛んだ。

 非殺傷設定だからいいものの、そうでなければ確実に放たれた数の分だけ死ねる。

 

「……きゅう」

「二十数えるまでに立ち上がりたまえ。でなければ即座に追撃を掛けさせてもらおう」

 

 ――んな、無茶な。

 

 そう思いつつ、シオンは立ち上がらない(立ち上がれない)。

 トウヤは構わず、カウントを始め、九を数えたあたりでフムと頷き直す。

 

「長いな、やはり十秒にしよう」

 

 そんな事を、大人気ない異母兄は呟いた。慌てて、シオンは顔を起こす。

 

「後一秒じゃん! ぶっ!」

「気付いてるではないか。ならさっさと立ち上がりたまえ」

 

 顎先を容赦無く蹴り上げ、トウヤは言った。

 問答無用。その言葉がよく似合う人である。

 

「くー、顎痛っ……」

「さっさと起き上がらないからそうなる。三度はないと思いたまえ?」

 

 慌てて起き上がり、イクスを構える。トウヤもそれを見て、ゆらりと槍を構えた。

 シオンとトウヤのレベルには格段の差がある。ランクAAAとEXでは、はっきり言って象と蟻の対峙に等しい。……とても控えめな評価でだ。そして、対峙する二人は槍と剣を交え――その瞬間に、二人を邪魔するものが起きた。

 

 それは、鍋にお玉を打ち付けて鳴らす音だ。その音がした方に目を向けると、黒髪黒瞳の感情が薄い青年が立っている。黒のジーパンにまた黒いカッターシャツ。そして、その上に身に付ける。やたらと似合いまくった青いエプロンの青年。その名を伊織タカトと言った。シオンにとって、もう一人の異母兄である。

 

「二人共、飯。いらんなら構わんが」

「「食べる」」

 

 異口同音。トウヤとシオンは頷き合うと、即座に己の得物を仕舞った。そのまま道場を出るタカトの後に続いていく。

 

「今日のご飯は何だね?」

「今日はインドカリーだな」

「……タカ兄ぃ、贅沢言うのはアレなんだけど。俺、そろそろ日本が恋しくなってきたんだけど……?」

「文句があるなら食べるな」

 

 三人、揃って歩く。この三人に、シオンにとっての姉がわりの女性、ルシア・ラージネス。

 彼女を含めた四人と、そしてシオンの母、神庭アサギ。計五人が、シオンにとって家族であった。

 

「遅いー!」

 

 居間に着くと、いきなり女性から睨まれる。髪はロングで色は青に近い紺。彼女こそが、ルシア・ラージネスその人だった。

 シオンとトウヤは彼女を見るなり即座にため息を付く。

 

「……ルシア。女の子として、それはどうかと思うんだ俺」

「……せめて、女性としての尊厳として、手伝うべきではないのかね?」

「う……! 仕方ないじゃない。タカトの作るご飯の方が美味しいんだから……!」

 

 ぶーと膨れるルシア。しかし、料理をタカトに一切合切任せ、居間の主と化したその姿を見れば、シオンとトウヤの溜め息の理由も解ろうと言うものだった。二人はルシアからタカトへと半眼を向ける。

 

「タカトはルシアに甘い」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 トウヤの呟きにタカトが素直に疑問を浮かべるが、即座にシオンが肯定した。ルシアはそんな二人にふんと睨みつける。

 

「なによ、なら私にご飯作れっての?」

『『それは是非遠慮して下さい』』

 

 三兄弟が見事にハモる。ルシアの料理は料理にあらず。タカト曰く「これは、料理と言う物にたいしての挑戦だ」――と、言わしめた程だ。二度と体験したく無い。

 しかし、二人としてはせめて料理の修業くらいはして欲しいと願わざるを得なかった。特にシオンは色々な意味でルシアに幻想を抱いているので、その気持ちが一潮である。と、そこで気付いた。家族が一人足りない事に。

 

「あれ? 母さんは?」

「アサギちゃんならさっき呼び出し喰らってたわよ?」

 

 シオンの疑問にルシアが答える。ここでの呼び出しとはつまり、「グノーシス」の方で何かあったと言う事だ。

 

「へぇ……」

「二人共食卓空けてくれ。ルシア、俺としてはせめて料理を運ぶくらいはして欲しいんだが?」

「解ったわよ」

 

 慌ただしくも食卓に料理が並んでいく。二つの大皿にはそれぞれナンと、こんがり焼けたタンドリーチキン(ヨーグルトに各種スパイスを加えたソースに漬け込んだ鶏肉を焼いた料理)。サラダが載っている。

 そして、次に出てきたのはカリーのルーだ。食卓に並んだそれらを前に、タカトは家族に説明を始める。

 

「カリーは辛口のマトンとキーマ。それと辛みを抑えた野菜カリーの三種類だ。ナンは普通のとレーズン入りのがある。手でそれぞれルーを付けて食べてくれ」

「……相変わらず、むやみやたらに本格的だね」

「流石、現代に蘇りしブラウニーねー」

「誰がブラウニーか、誰が」

「お前だ」

「アンタよ」

「タカ兄ぃだよ」

「…………」

 

 今度はタカトに対しての意見が一致する。タカトは全力で否定しているが、彼の家事に対しての情熱(執念)は、最早趣味の域を越え、生き甲斐とまで化している――というのが家族の共通認識であった。

 

「……まぁいい。さっさと食べるとしよう」

「うん、早く食べよ」

「それでは」

『『頂きます』』

 

 揃って合掌し、四人の手がそれぞれナンに伸びる。各々インドカリーとタンドリーチキンを存分に味わい始めた。

 

「うわ……! このチキン美味しい。タカトが確か朝から仕込んでたやつよね?」

「辛い! だが美味い……!」

「兄者、辛いカリーで口の中がやばくなったら今度は野菜カリーでレーズン入りのナンで食べるんだ。そしたらいい具合に辛さが和らぐ」

「確かに……。流石、ブラウニー、手抜かりはないね?」

「……ブラウニーはよせ。ブラウニーは……」

 

 和気あいあいとご飯は進む。カリーの辛さで、額に汗が浮かぶのはお約束だ。そうして、四人は全てカリーを平らげると、それぞれの時間に戻る。シオンは洗い物をするタカトをぼへーと見ながら、そう言えばと聞いてみた。

 

「……そう言えばさ? タカ兄ぃのキースペルって何だっけ?」

 

「……何だいきなり?」

「いや、さっきさ……」

 

 訝しむような表情となるタカトに、先程のトウヤとの模擬戦を説明する。それに成る程と、彼は頷いた。

 

「ふむ、俺の場合はコレだな」

 

 −トリガー・セット−

 

 タカトが言葉を返すと同時、居間に彼のキースペルが響いた。シオンはそれを聞いて羨まし気に、異母兄を見る。

 

「いいなー。俺、まだ見つけて無いんだよね」

「それは修業が足りんからだ。やれやれ、その分だと何時になったらオリジナルスペルが紡げるのやら」

 

 タカトがため息交じりに言うと、それを見てシオンは頬をブーと膨らませた。タカトは半眼で、見咎める。

 

「……ルシアの真似は止めておけ。お前がやると女にしか見えん」

「俺は男だよ! ……まぁそれ置いといて、オリジナルスペルなんて、グノーシスでも使えるの第三位以上だろ? 俺がまだ使える訳ないじゃんか」

 

 ふて腐れるようにシオンは言う。それは、遠回しに別の意味合いも持たせていた。

 つまり、タカ兄ぃもトウヤ兄ぃもどうやったらオリジナルスペルなんて見つけられたのさ? と。タカトはそれに気付き、苦笑する。

 

「こればっかりはキッカケだからな。そもそもお前の歳でキースペルを見つけられていないのが問題なんだ。位階も第五位のくせに」

「逆を言えば、キースペルも得ずにどうしたら第五位に至れるのか。と、思わなくもないね」

 

 居間の襖が開き、タカトの言を引き継いで声が来た。トウヤだ。風呂上がりなのか、首にタオルを巻いている。そんな彼に、シオンは呻いた。

 

「う……、やっぱ珍しいんだ?」

「普通は無いな?」

「普通はね」

 

 シオンが疑問系のままタカトに尋ね、タカトは苦笑いを浮かべたままトウヤに聞き直す。トウヤは「風呂は空いている。どちらか入りたまえ」と、言いながら冷蔵庫に向かった。取り出すのは牛乳だ。

 

「……それ以上、背が高くなってどうすんのさ?」

「と言うか、嫌みか兄者?」

 

 それを横目で見ながら二人は呟く。トウヤの身長は190は下らない。タカトは180そこそこと言った所か。シオンはかなり低く160に満たない。そんな二人が文句を言うのは当たり前と言えた。これ以上でかくなってどうすると。

 

「ひがみは止めたまえ、みっともない」

 

 そんな視線も文句も意に介さず、トウヤはぐびぐびと牛乳を飲んだ。タカトは嘆息し、再びシオンへと視線を戻す。

 

「話しを戻すが、実際キースペルは重要だぞ。自己暗示をもって深く集中する為には必須だからな」

「……て、言ってもなー」

 

 そう言われ、シオンはうだーとテーブルに突っ伏しながら呟く。トウヤはそんな彼を見て、フムと頷いた。

 

「シオン。魔力とは結局の所、何かね?」

「は……? えっと、魔力は意思を世界に具現化する為の媒介だろ?」

 

 いきなり問い掛けられ、シオンは少しうろたえた。しかし、カラバ式を使う者ならば基本となるものなので淀みなく答える。トウヤは一つ頷き、続けて問う。

 

「ならば魔法とは?」

「えっと、個人ならず集団の意思でもって、世界へと一時的に”自分の法則”の物理現象を起こすものだよ」

 

 シオンはまた即座に応える――詰まる所、魔法とは新たな”概念”を意思によって表現させる能力とも言えた。

 

「故にこそ、キースペルによる自己暗示で自らの心象心理を取り出すのは必須だ。それは、覚えておきたまえよ?」

「……解ってるよー」

 

 それが言いたかったのかと、トウヤに口を尖らせるシオン。直後にルシアが咽渇いたと居間に入ってきて、その話しは終わった。

 

 ――結局の所、これがシオンが思い出せる最後の家族の光景だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――時は戻り、現代。

 

 666こと伊織タカトとの戦いが終わり、アースラは本局に一時帰投していた。

 タカトとの戦いは惨敗。N2Rの面々はフレームにダメージを受け、シグナム、ヴィータのデバイスは破壊されてしまった。これらにより、本局でのメンテナンスを余儀なくされたのである。

 そして、本局の会議室の一室に、アースラの主要メンバーと、後見人でもあるクロノ・ハラオウンが集まっていた。だが一人足りない――シオンの姿が、そこには無かった。

 

「……666を追って、か」

「うん……」

 

 クロノが空席を眺めながら呟き、なのはが肯定する。そう、彼はあの時――。

 

 

 

 

「タカ、兄ぃ――――――――――!」

 

 シオンが叫び。しかし、最早タカトはそこにはいない。ただただ叫びが空虚に響いた。

 そのまま膝を着き、シオンはうなだれる――。

 

「シオン……」

 

 スバルを始めとして、皆、シオンを痛まし気に見る。

 タカ兄ぃ。その言葉が示す物は実の兄という意味なのか――。

 だが事実として、シオンにとって兄と呼べる程に彼が親しかったのは間違いないだろう。

 風が吹く。寒い風が。ややあってシオンが立ち上がった。精霊融合の反動と、刻印の影響。その二つとものせいか、足取りは危うい。しかし、その足元にカラバ式の魔法陣が展開する。転移魔法だ。

 それに気付き、慌てて皆は立ち上がろうとするが、未だ麻痺は続いており、足が言う事を聞かなかった。

 

「「シオン!」」

《「シオン君!」》

 

 響く皆の声。しかし、シオンは構わない。ただ一言――その一言が辺りに響いた。

 

「……許さねぇ……」

 

 それは呟きだった。声も小さい。だが、その声に込められた怨嗟、憤怒、憎悪。その感情の凄まじさに一同総毛立つ。

 

「シ、シオン……?」

「……必ず、追い付いてやる。どこまでも追い続けてやる……!」

 

 声は響く。哀しく、悲しく。まるで食いしばるような、物言いだった。そのまま、彼は言った。己の、決意を。

 

「それが、望みだってんなら。俺が、アンタを……」

 

 ――殺してやる。

 

「…………っ!」

 

 その言葉の凶々しさ。そこに込められた意味に、今度は別の意味で皆に衝撃が走った。即座に悟る――彼が、本気でそう言っていると!

 

「だ、駄目だよ!」

「……うるせぇよ……」

 

 止めようとするスバルに、シオンは振り向かない。ただ、拒絶だけを言葉にした。

 

「シオンっ!」

「…………」

 

 返事はない。既に、シオンは決めていた。666を――いや、タカトをその手に掛ける事を。どんな手段を用いてでも。転移魔法が発動する。

 

「シオン!」

 

 無理矢理麻痺から脱っしたスバルがシオンに追い縋るが、間に合わない。彼の姿は消える――。

 そして、シオンは再び皆の前から去って行ったのだった。

 

 

 

 

「……はやて」

「……解ってる。解ってるよ、クロノ君」

 

 クロノははやてを見ながら、問い掛けるように名前を呼ぶ。はやてもまた、何故呼ばれたか理解していた。

 今、シオンの居場所は解っている――”残念”な事に。

 

「暴走……か」

「666が暴走していないで、シオン君が暴走しているってのは皮肉やね」

 

 会議室の中央にボール状のモニターが映る。そこに、シオンが映っていた。”瓦礫”の中に。

 シオンは、また感染者狩りを行っていたのだ。しかし、今度は前と明確に違う所がある。シオンは周辺の被害に一切構わず、感染者を狩っていたのだ。

 例え、そこに人が居ようと――だ。実際、シオンの攻撃に巻き込まれた人もいる。今のシオンはあまりにも見境が無くなっていた。

 

「……このままでは、彼は罪に問われる事になる」

「やっぱり、ね」

 

 クロノの言葉に、はやてはため息を付きながらも納得する。それ程に今のシオンの所業は酷かった。

 

「……ハラオウン提督……」

 

 クロノを呼ぶ声が響く。スバルだ。その顔は青白くなったまま、モニターを注視していた。

 

「これ、シオンがやったんですか……?」

「正確には感染者との戦いでだ。だが、彼が周囲の被害に気を配っていないのは明白。……今は大した被害が出てないから罪にこそなってはいないが……このままでは」

 

 言葉を切るクロノ。その続きは聞くまでもない。

 

「……居場所は解っているんですよね? なら、私達が……!」

「それも、許可は出来ないんよ」

 

 いきり立つティアナに、はやては首を横に振る。彼女は、珍しくはやてに食ってかかった。

 

「何でですか……!?」

「……ティアナ、分かるやろ?」

 

 はやてはただそれだけを言う。それに、ティアナもぐっと息を詰まらせた。感染者の異常発生。それがまた起き始めていたのだ。

 ただでさえアースラメンバーの内、三分の一は動けない状態なのである。

 事態の対処に追われて、シオンを止めに行く事が出来ないのだ。一同、それに歯噛みする。もどかしいとしか言いようがなかった。

 

「シオンについてはしばらく保留と――」

「その必要はないね」

 

 唐突に声が響く。その声に、クロノ以外のメンバーは聞き覚えがあった。

 声のした方、扉の方に視線が集まる。そこには何時から居たのか、一人の青年が居た。叶トウヤ、彼が。

 

「トウヤ、さん……」

「色々、説明せねばならない事。聞かなければならない事が出来たみたいだね?」

 

 そう言いながら、トウヤは勝手知ったる他人の家とばかりに椅子に座った。そんな彼へ初対面となるクロノが尋ねた。

 

「キミは?」

「そちらの御仁ははじめましてになるのだね。叶トウヤ。グノーシスの代表者みたいな者だよ。……そして、愚弟二人の兄でもある」

 

 トウヤの言葉、その後半に、一同トウヤを見る。――愚弟”二人”。それが指し示す物は一つしか無かった。

 

「じゃあ、やっぱり……?」

「ああ。伊織タカトは私の一つ年下の異母弟。そして当然、シオンにとっても異母兄に当たる」

 

 呟くスバルにトウヤは頷く。一同を見渡し、彼は深々と嘆息した。……本来ならば、これはシオンから告げられなければならない事だった。だが、既にそのタイミングは逸してしまった。故に、自分が語るしかない。

 

「……少々、長い話しになるが――聞くかね?」

「……はい」

 

 そんなトウヤの言葉に、スバルを始めとして一同は頷いたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 最初にその少年に会った時、トウヤの抱いた感想は恐怖だった。自分より一つ年下の少年、伊織タカト。彼は、あまりに異質だった。

 まず、喜びと言う物がなかった。

 次に、怒りを知らなかった。

 そして、哀しむと言う事を理解していなかった。

 最後に、楽しみが何かを認識できなかった。

 タカトと言う少年は人が人たらしめる感情の全てを欠落していたのだ。それを、タカトと共に居た少女はこう述懐した。

 

「ずっと、ずっと”地獄”に居たから、タカトはその感情を持つ前から、ずっと」

 

 ――そう、タカトは人として扱われた事、そのものがなかったのだった。

 

「……私がタカトと会ったのは相当昔でね。私が七歳、あいつが六歳になった頃だった。……詳しく話すのは避けるが、タカトはずっと”地獄”に居たらしい。もの心つく前から、ずっとね」

「……地獄?」

 

 トウヤの発した単語になのはが尋ねる。まさか、そのままの意味ではあるまい。それに、トウヤは頷いた。

 

「……タカトと近接戦をやったものは居るかね?」

「私と、他数名が」

 

 一同を代表してシグナムが頷く。トウヤはそれを見て、次の一言を放った。

 

「あいつは魔法を頼らない近接戦に於けるその戦闘技術を、”その時には完成させていた”」

『『…………は?』』

 

 トウヤの言葉に一同唖然としてしまった。聞いた話しだと、タカトは当時六歳の筈だ。それが、当時に”あの”戦闘技術を完成させいた……? どう考えても、おかしい。

 

「つまりは、その年齢で戦闘技術を完成させなければならない場にずっと居たと言う事だよ」

「………………」

 

 さらに追い討ちとなる言葉に、一同沈黙する。それがどんな状況なのかを想像してしまったからだ。わずか六歳の少年が、そんな状況に追いやられていたという事実を。

 

「そして、私があいつと会った時、あいつはヒトらしい感情を持っていなかったよ。……感情を持つ前に地獄に置かれたのだろうね」

 

 その言葉と共に、トウヤは思いを馳せる。はじめて会った弟の事を。無感情にして無邪気。そして無知。

 タカトは本当に何も出来なかった。当初は言葉も解らず。ただただ生きているだけの人形。それが彼だったのである。だが。

 

「……そんなタカトとずっと一緒に居てくれた少女が居てね。その少女をルシアと言う」

「ルシ、ア?」

 

 スバルが呆然と聞き返す。その名前に覚えがあったからだ。それは、いつかシオンが呟いた名前だった。

 

「ルシアはタカトを地獄から救ってくれた娘でね。母親のように、姉のように、タカトにいろんな事を教えていったよ。……元々は賢かったのだろうね。タカトはすぐに知識を身につけ、感情を、人格を形成できた。……少々、歪ではあったがね」

 

 そこでトウヤは少しばかり苦笑いを浮かべた。どこまでも無邪気だったタカトと、そして自分が知る最後のタカトの変わりっぷりを思い出してしまったからだ。よくあんな風に成長したものだと思う。そして、話しを続けた。

 

「そうこう言っている内に二年程経ってね。やがて、私達はシオンと出会った」

 

 一同がトウヤの言葉に耳を傾ける。シオン――今はもう居ない。しかし、仲間の秘められた過去が開陳されようてしているのだ。注視もしよう。トウヤは微笑して、そのまま続けた。

 

「あいつはもの凄い人見知りでね? いつもびくびくおどおどしていた」

「シオンが……?」

 

 スバルが意外そうな顔をする。いや、彼女だけでなく、トウヤ以外の全員がだ。微笑を苦笑に変えて、トウヤは頷いた。

 

「ああ、あいつは内気でね。私達も色々あってなかなか打ち解けられなかったものだよ」

『『はー』』

 

 意外なシオンの過去に、一同の吐息が重なる。今とは違い過ぎるシオンの話しは、とても興味深かった。

 

「最初に打ち解けたのはルシアとだった。ルシア姉、ルシア姉と、いつも後ろをくっついていたよ。――そして、次に打ち解けたのはタカトとだった」

 

 思い出す。あの日を。あの日は記録的な豪雨が降って、川が増水していた時だった。

 川は激流となり、それにシオンが流されたのだ。いきなり発生した鉄砲水に流されたのである。そして、一瞬我を失った自分達を尻目に、タカトはいきなり川に飛び込んだ。そこに、一切の迷いはなかった。

 結局、シオンとタカトは母、神庭アサギによって助けられたのだが。

 助けられた直後、タカトに抱きついてわんわん泣くシオンにアサギも苦笑いを浮かべていたのを今も思い出す。

 タカトは笑わず、怒らず、まだ感情の上手い表し方を知らなかったのか、無表情にずっとシオンの頭を撫でていた。

 

「で、私共色々あって、漸く兄と呼んでくれるようになった」

「……色々あったんやなー」

 

 人に歴史あり。それを実感して、はやても思わずコクコクと頷く。

 ……ただトウヤが一つ話さなかった事にも気付いていた。それは、父と母の事。異母兄弟――タカトもルシアについても言える事だが、家族関係は色々あったと、彼女達は悟った。

 

「で、何事もなく数年が過ぎた。だが、中学に私が上がる頃、事件が起きた」

「……事件?」

 

 トウヤは頷き、想いを馳せる。ある意味、全ての始まりとなった事件。ユウオと出会い、ルシアが狙われ、アサギが泣き――そして、タカトが”壊れた”事件だ。思い出すだけでも、重いものが心に落ちるのを自覚しながら、トウヤは無視して話しを続けた。

 

「詳しくはグノーシスの特秘事項になるので話せないがね。私達はそれに巻き込まれ、そしてタカトはその事件でリンカーコアに致命的なダメージを受ける事になった」

「……リンカーコアに?」

「ああ。タカトのリンカーコアは、今は八卦太極炉になっているのは知っているね? あれは好きでやった訳では無い。必要にかられたのが理由なのだよ」

 

 そうでなければ、既に完成していた魔法技術を失ってまで新たな魔法を見いだす事などしなかっただろう。……だが、事件はそれを許さなかった。それだけの事。

 

「結局、その事件は様々な確執を残しつつ解決してね。そして、その確執がまた新たな事件を呼んだ」

 

 「それに着いても詳しくは話せないが」と前置きするトウヤに、なのは達は思わず息を飲んでいた。まさか、自分達の故郷でそこまで事件が起きていたとは思わなかったからだ。しかし、それも無理は無い。当時、グノーシスは情報隠蔽を徹底的に行っていたのだから。彼女達の表情を見て、それを悟りながらも、トウヤは構わず話しを続けた。

 

「高校を私が卒業する頃かな? 漸く事後処理も含めて事件は終わった。私は――色々あってグノーシスの第一位となってね。そして、タカトは第二位、ルシアも第三位となった。……ちなみにシオンはパート扱いで第五位だったが」

 

 ――そして。

 

「ある遺失物。……君達の概念だとロストロギアだったか。それの調査を行う事になった。もう解るね? それが魔王の紋章だ」

「なら、その時に……?」

「ああ、私も現場に立ち会ってはいないので詳しくは解らないが。そこで何かが起きたのだろうな。結果から言うと、タカトは魔王の紋章を盗み。……そして”ルシアに刻印を刻んで”逃走した。現場を見たのはただ一人、シオンだけだった」

「………………」

 

 そして現在に繋がる。シオンがあそこまで感情を顕にする理由を彼女達は卒然と理解した。

 大好きだった兄が、大好きだった姉を意識不明にした。それは、裏切られたと思うには十分過ぎるだろう。

 

「以上がシオン、そして私達の半生だね」

「……そ、か」

 

 はやてが疲れたように息を吐く。皆も同様だ。トウヤが話した内容は、それほどのものだった。

 そして、シオンがなんで666を――タカトに執着するのかも知った。

 その上で、解った事がある。シオンにタカトを殺させてはいけないと言う事だ。

 それは、何も生まない、見出だせない。ただ後悔だけがシオンを支配するだろう。それが解ってしまった。

 

「さて、先程の話しの続きをしようか?」

「さっきの?」

 

 そんな一同に告げられたトウヤの言葉に、はやては疑問を浮かべる。トウヤはフムと一つ頷いて答えた。

 

「シオンが暴走しているが、止める為の人を向かわせられない――という話しだよ」

「あ……と、はい。それが?」

 

 そう言えば、そんな話しもあったとはやては頷き、先を促す。トウヤは苦笑して、促されるまま言った。

 

「止める為の人員を向かわせたまえ」

「えと、ですからそれは――」

 

 人手不足の事を話そうとするはやてに、だがトウヤはその言葉を遮る。

 

「だからこそ、私が今ここに居るのだよ」

「……は?」

 

 その言葉に、またもや聞き返すはやて。トウヤは苦笑を浮かべて、告げて来た。

 

「私がシオンに向かわせる人員の変わりに、アースラに入ろう」

 

 そう、トウヤはのたもうたのであった。一瞬、何を言われたか分からず、沈黙し――直後に、驚愕の声が響く。

 

「……え? えぇぇぇ――――――!」

「何かね? そんなに驚く事かね?」

 

 十分驚く事である。トウヤは曲がりなりにも一組織のトップだ。その彼が勝手にアースラに入っていいものだろうか? ……多分、よくない。

 

「ああ、安心したまえ。シオンが帰ってくるまでの交換条件だ」

「いや、でも……!」

 

 それでもうろたえるはやてに、トウヤはクロノへと視線を移動する。クロノは苦笑いを浮かべつつ、だが頷いた。

 

「……多少の問題はあるだろうが、このままシオンを放っておく方が問題だろう。……シオンを連れ戻しに行く人員を制限するなら構わない」

「クロノ君、大丈夫なん?」

 

 流石にはやても聞き返す。仮にも一組織のトップをいきなり入れるのは色々問題があると思うのだが。それに、彼は仕方ないと言うように吐息を零した。

 

「文句や問題は色々出るだろうが、それについては僕が何とかするさ」

「クロノ君……」

 

 なのはが不安そうにクロノを呼ぶ。フェイトやはやてもだ。

 ただでさえアースラは規格外の戦力を保有している事もあり、叩かれ放題なのだから。

 

「ふむ。ならば、八神一佐?」

「……了解しました。ちょっと釈然とせんけどな」

 

 肩を竦めるはやてに、クロノも苦笑する。いつもは振り回される側のクロノであるのに、今回ははやてが振り回されていた。それは、目の前のたった一人の青年が作り出した状況である。色々な意味で、このトウヤと言う人物は油断ならない存在だった。

 

「で、シオン君に向かわせる人員なんやけど――」

「「はい!」」

 

 即座に席を立ち、手を上げるのはスバルとティアナだ。半ば予想していたのか、はやては苦笑しながらなのはに視線を移す。

 

「ん。スターズから二名も出すんはちょい問題やけど……なのはちゃん?」

「うん、何とかフォローするよ。トウヤさんとヴィータちゃんのスリーマンセルになっちゃうけど……」

「任せてくれたまえ」

 

 はやてはなのはに了承の意を受け、そしてトウヤもまた頷く。これで、決定だと。

 また心労が増えそうな隊長陣にトウヤは構わず、スバルとティアナへと向き直った。

 

「……済まないね。どうしようもない愚弟だが――よろしく頼むよ」

 

 そして、ただ優しい声で二人に頭を下げた。スバルとティアナは少し慌て――だが、しっかりと。

 

「「はい!」」

 

 そう、頷いたのであった。これより、神庭シオン捜索に二人は向かう――。

 

 

(後編に続く)

 

 

 




はい、鬱展開をまっしぐら。だがそこがいいと宣(のたま)うテスタメントです♪
ちなみに、この鬱展開は実は慣らし運転だったのはここだけの話し(笑)
にじふぁんを見て頂けてた方には、納得でしょうか(笑)
アンチやヘイトは一切やりません。それだけにキャラを万遍なく容赦なく地獄に叩き込む事には定評のある私ですが、どうかお付き合い下さい♪
感想、評価もお待ちしてます♪
ではでは、後編にてお会いしましょう。まぁ、すぐなんですがね(笑)

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