魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第十三話(後編)です♪
しかし、この頃の666を読み直すとやたら感慨深いですな(笑)
今回は最初から最後までバトル♪ お楽しみに〜〜♪


第十三話「痛む空」(後編)

 

 N2R少隊が一人、砲撃手のディエチ・ナカジマは長距離――1100m先から、その戦闘を見ていた。

 アースラ前線メンバーと、666の戦闘だ。

 シグナムが斬撃を浴びせているが、全ての斬撃は片手でいなされていた。ここからでも分かる、とんでもない技量である。

 なにせ、666と近接戦を繰り広げているのはシグナムだけではない。666の右手から振るわれるはハンマーの一撃。ヴィータだ。

 666は今、信じがたい事に左半身でシグナムの斬撃を、右半身でヴィータの鎚撃を完全に捌き切っていた。

 上段から放たれたシグナムの斬撃を、左手が巻き付くように絡め取り、その一撃の威力を足に伝達し、背後から放たれたヴィータのグラーフアイゼンに叩き込む。

 666はヴィータを見ていないのに、だ。後ろに目が付いているのかと疑いたくなる光景である。

 そして666はさらに止まらない。右の蹴りでヴィータを弾き飛ばすと、その勢いのままシグナムに密着。肩がシグナムの腹に接触した――直後、シグナムが爆発したかのように弾き飛ばされた。

 傍目からは666の肩がシグナムに軽く当たったようにしか見えない。しかし、あの威力。

 シグナムが空にいるまましゃがみ込み、激しく咳込む。口からは吐血していた。

 ――666の周りには誰もいない。まるで、孤高の王者の如く佇んでいる

 先程、ギンガとノーヴェも、シグナム達と同じく接近戦を演じていたが、二人仲良く空を舞った。合気。二人は自らの力をそのまま利用されて、投げとばされたのだ。

 今、二人は地面に倒れている。自分の攻撃の勢いのままに空から地面に叩きつけられたのだ。暫く立てまい。

 既に接近戦組は悟っていた。666に対してのクロスレンジは自殺行為だと。

 技量の桁が違い過ぎるのだ。次元が違い過ぎる。

 そして今、ヴィータは蹴りの一撃で吹き飛ばされ、シグナムは妙な技で弾き飛ばされた。

 だが、この瞬間をこそディエチは待っていたのだ。

 自然な形で、666の周囲に誰もいなくなる瞬間を。

 ディエチの狙いは狙撃。彼女の一撃ならば、666の防御を抜く事が出来る。不意打ちならば、各スキルも問題無い。

 今この瞬間こそがディエチの待ち望んでいた瞬間――。

 ディエチは自らの体内のエネルギーを固有武装イノーメスキャノンに注ぎ込もうとして。

 

 666と目があった。

 

 な――!? ……ッ!

 

 次の瞬間、ディエチは悪寒と呼ぶのも生温いものに突き動かされて、引き金を引こうとする。だが、それは叶えなれなかった。

 

 ――糸。

 

 水で出来た糸だ。それが、いつの間にかイノーメスキャノンに無数に突き刺さっていたのだ。知らぬ間に破壊されている!

 

 これ、は……!

 

 ディエチはそれを知っている。511武装隊を一撃で全員戦闘不能にした技。

 

 魔神闘仙術:天破水迅。

 

 ――まずい、と思った時には既に遅かった。

 水の糸はディエチの四肢に突き刺さり、瞬時に関節部の金属フレームを裁断する。手足を切り裂く事なく、彼女の最低限の身体機能のみを破壊してのけたのだ。

 

「そ、ん……な」

 

 その事実にディエチは戦慄した。これだけの長距離に於いて、なおこれだけの精密作業を行った666に。

 

「化物……か!」

 

 かつて、ディエチはなのはに対して人間かと疑った事があるが、しかしこれは別物だ。ヒトかどうかなんてものじゃない。

 666が左手を伸ばす。水糸が一斉に前線メンバーへと広がった。

 ディエチの手足は動かない。その光景を、ただただ見ている事しか出来なかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《N2R4! 戦闘不能……!》

「……っ!」

 

 シャーリーからの通信に、前線メンバーは一斉に息を飲んだ。

 ジャマーを用いての長距離からの狙撃。これがはやてが考案した対666用の策の一つだ。しかし、それはあっさりと失敗した。

 何の事はない、666が上手だったのである。圧倒的に。そして、今666と戦闘中の者も、またその驚異に晒される――。

 

 魔神闘仙術:天破水迅。

 

 既に666を中心として水糸は無数に形成されている。その射程は666を中心に半径2Km、そして、暴虐の水糸は放たれた。

 

「皆! 固まって!」

 

 なのはの叫びに、近くにいる者は彼女の背まで後退した。

 他の者もプロテクションを発動する。水糸の驚異は、その広範囲性と操作性にある。

 威力も確かにあるが、驚異には程遠い。それを見切り、プロテクションでの防御を選択したのだ。

 水糸はプロテクションに阻まれ、前線メンバーに触れられない。

 

「これで――っ!?」

 

 しかし、なのはは見てしまった。”目の前に現れた666を”。

 666は左手で水糸を操作し、右手には莫大な風を注ぎ込んだ拳を持ち上げて、なのはの前に立っていたのだ。

 

「二つ、同時に……!?」

 

 もう666のやる事に驚く事はないと思っていたが、そんな事はなかった。666は二つの大威力術式を同時に展開していたのである。

 これはマルチタスクでどうにか出来る物ではない。ただでさえ制御の難しい術を、二つ同時に使用しているのだ。

 限度と言う物がないのかと、なのはも苦々しく思う。

 

    −撃!−

 

 そして、右の拳がなのはのプロテクションに叩き込まれた。

 

 魔神闘仙術:天破疾風。

 

 プロテクションEXは刹那の抵抗も許されず砕かれた。同時に水糸が殺到する!

 なのはのプロテクション内に居たのはヴィータとウェンディ、そしてギンガだ。なのははプロテクションが砕かれると同時にラウンドシールドを張る。

 ヴィータも瞬時の判断でプロテクションを張るが、ギンガ、ウェンディは防御が間に合わない。

 キュンっという音と共に、ギンガ、ウェンディの体中に水糸が突き刺さった。

 

「うぁっ!」

「く、ぅ!」

 

 水糸は二人の体内に入ると、直ぐさまその中を蹂躙し尽くした。

 関節フレームを絶たれたのだ。ディエチと同じだ。

 

「ギンガ! ウェンディ!」

「こんのぉ!」

 

 チンクが叫び。ノーヴェは激昂して、666に突撃する。接近し、リボルバースパイクを見舞おうとする。

 その一撃はしかし、666に辿り着く前に砕かれた。全方位から襲い来るものがあったから。天破水迅――水糸!

 

「下がって!!」

 

    −撃!−

 

 なのはが叫ぶが、間に合わない。水糸はノーヴェの固有武装を砕き、そしてノーヴェ自身には666の右の拳が叩き込まれていた。

 

「あ、ぐ……」

 

 急所を撃ち抜かれて、ノーヴェがぐったりとなる。鳩尾に刺さった拳がノーヴェの意識を刈り取ったのだ。

 さらに666はノーヴェの首筋を掴み、チンクへと投げつけた。

 

「っ! ノーヴェ……!」

 

 投げられたノーヴェは凄まじい速度でチンクへと落ちる。意識がない彼女がこの勢いで地面に叩き付けられれば――考えるまでもなく、重大な損傷を負う事になるのは明らかだった。

 チンクはそれが絶対の隙を作ると確信しながら、しかし妹を見捨てられない。

 勢いを殺すようにその小さい体で抱き止めた――瞬間。

 

    −寸−

 

 疾る水糸が他の姉妹同様に、チンクに撃ち込まれた。

 

「ッ……」

 

 既にそれは覚悟していた事。彼女は自らの骨格フレームを切り断っていく水糸を感じながら666を睨み付ける。だが、666はもはやチンクに目を向けない。

 ここに至り、前線メンバーの三分の一が戦闘不能となった。……666に一切のダメージを与えられぬまま。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「N2R少隊、全員戦闘不能……」

 

 半ば呆然としたシャーリーからの報告にはやてはぐっと呻いた。

 奇襲作戦は失敗に終わり、さらに近接戦闘組が離れた所で広範囲攻撃による攻撃。小隊の一つが壊滅――。

 本当に暴走してるのか? そう疑いたくなる状況である。

 しかもN2Rのメンバーは”最低限”のダメージだけで戦闘不能に追いやられていた。

 緻密にして繊細。666が行ったのは、そんな代物だ。

 あそこまでの操作性を持つ魔法等、クロノ・ハラオンでも使えまい――。

 

「……? あれ?」

「艦長? 如何しました?」

 

 唐突に疑問符を浮かべるはやてに、グリフィスが不思議そうな顔となった。だが、彼女は構わない。

 はやては今、何かどうしようもない違和感を感じていた。何かおかしい。

 666は暴走している筈だ。それが、何故敵に対して最低限のダメージだけで戦闘不能に追いやっているのか?

 暴走しているのなら、そもそも手加減なんてする思考性からしてあるまい。

 666のスキル、無窮の練技。確か、あれは戦闘時において、十全の戦闘能力を発揮する技能の筈だ。

 なら一々難易度を上げて敵を戦闘不能にする事などは出来ない筈――。

 

「ま、まさか……?」

「艦長?」

 

 そこまで考えて、はやては恐ろしい事に気付いた。自分達が――グノーシスも、シオンも含めてとんでもない勘違いをしていた事に。

 暴走しているのなら有り得ない思考性。ならば、”その逆ならば?”

 

「っ――! グリフィス君、作戦中止! 前線メンバーを下がらせてや!」

「……? りょ、了解!」

 

 はやての命令に一瞬疑問符を浮かべるが、その剣幕に、グリフィスは即座に従った。各管制にその命令を伝える。それを見ながら、はやては苦々しい顔で再びモニターへと視線を向け直していた。

 

「間に合えばいいんやけど……」

 

 一人ごちる。モニターの中では、666に対して一時後退する前線メンバー隊長陣が映っていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 少し、時間は遡る――。

 

 前線メンバーが666と激戦を繰り広げている最中(さなか)。ティアナ、エリオ、キャロはシオンの前に立っていた。ティアナは、冷たくシオンを睨みつける。

 

「何やってんのよ、アンタ」

「……ティアナ、にエリオとキャロ……?」

 

 漸く呼吸が落ち着いたのか、シオンがティアナ達を見ながら呆然と呟く。それに、ティアナはとんでもなく苛立つ自分を自覚した。

 

「もう一度聞くわよ? アンタ、アースラを降りてまでここで何やってんのよ?」

「……俺、は……」

 

 呟き。しかし答える事が出来ない。そんなシオンに、ティアナの手が迫る。襟首を掴み上げた。

 

「ティアさん!」

「駄目です! ティアさん!」

 

 エリオ、キャロが止めようとするが、ティアナはそれに構わない。シオンを立たせると、真っ直ぐに目を見据えた。

 

「アンタはあの娘を泣かせてまで……! 皆を置いてまで! アレを追い掛けたんでしょうがっ!」

「……ああ」

 

 呟くようなシオンの返答に、ティアナはくっつかんばかりに顔を近付けた。そのまま吠える!

 

「そのアンタが! 何でこんな所で惨めな姿晒してんのよ!」

「……」

 

 今度は答える事が出来ない。……出来よう筈が無かった。自分は、無様に倒されていたのだから。彼女達の参戦が無ければ、間違いなくやられていた。

 ティアナは、無言なままのシオンに激昂し、拳を叩きつけようとして――。

 

「……っ! エリオ、キャロを!」

「え? あ、はい!」

 

 ――突如としてシオンに抱きすくめられた。エリオも、またキャロを抱きしめたまま後ろに下がる。

 

「て、ちょっと! 何を――」

「黙ってろっ!」

 

 顔を赤らめながらシオンに文句を言うティアナ。しかし、シオンは取り合わない。後退しながらノーマルフォームに戻ったイクスを振るう。

 

    −閃−

 

 直後、何かが斬り払われた。それは水だった。

 

「天破水迅か……!」

「これ、666の?」

 

 さらに後ろに下がり、ティアナを下ろす。エリオもまたキャロを後ろに下ろした。顔を上げて、前線メンバーと666の戦場に目を向ける。そこでは、666を中心に全周囲に張り巡らされた水糸が彼女達に襲い掛かっている光景があった。そして。

 

「ギンガさん達が!」

 

 エリオが指差す先で、ギンガ、ウェンディが666により戦闘不能に追いやられる。続けざまにノーヴェが、チンクが撃破されていった。666たった一人にである。彼は、あまりに圧倒的過ぎた。

 

「……イクス。まだ行けるな?」

【条件付きならばな】

 

 精霊融合。それが絶対条件だとイクスは告げる。シオンは迷わず頷いた。

 

「解った」

「待ちなさい! まだこっちの話しが終わってない!」

 

 行こうとするシオンにティアナは行かせまいとする。そんな彼女に振り返った。苦い表情で。

 

「……アースラを出たのは666に集中したかったからだ。元々の目的はそれだしな」

 

 淡々と告げる。だが、ティアナはそれに納得しない。

 

「666の拿捕なら、アースラにも命令来てたわよ」

「……違うんだよ、ティアナ」

 

 首を振るシオン。……そう、自分の目的は666の拿捕ではない。自分は――。

 

「――俺は、一人で666を倒したいんだ」

「何で?」

 

 さらに問うティアナ、しかしシオンは笑いしか浮かべない。解っているのだ。シオン自身、これはただの我が儘だと。

 

「……悪い」

「シオン!」

 

 ただ一言だけ謝り、シオンはティアナ達を置き去りにして飛び立った。向かう先は666。

 

「アイツ……! エリオ、キャロ、追うわよ!」

「「はい!」」

 

 二人に呼び掛け、すぐに追おうとする。しかし、そこでシャーリーからの通信が入った。666から一時後退するように――と。

 

「……どうします? ティアさん」

「……追うわよ」

 

 命令無視。しかし、ティアナは構わなかった。先程のシオンの顔を思い出す。それにイライラしていた。

 

 ――とりあえずは一発ぶん殴る!

 

「行くわよ!」

「「はい!」」

 

 そして、ティアナ達もまた、シオンを追い掛けて666の元に向かったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「一時後退!? なんでだよ!」

 

 シャーリーの通信にヴィータが叫ぶ。それに、はやてがモニターに現れて、苦虫を噛み潰したような顔で言って来た。

 

《ゴメン、ヴィータ。でも今は下がってや……》

「でも……!」

「ヴィータちゃん」

 

 なおも食い下がるヴィータを、なのはが制止した。既にN2Rの面々は転送で下げられている。現在は、なのは達で666を囲んでいる状態だ。

 

「シグナムさん、フェイトちゃん」

「ああ」

「うん」

 

 二人もまた頷き、666から距離を取り始めた。いきなりのはやてからの命令。666から一時下がる事。

 それが何故なのか、彼女達は分からない。だが、命令は命令だ。従うしかない。

 だが、なのははそれに葛藤していた。彼女の666に対する気持ちは複雑だ。

 アリサを始めとして、何の関係もない人達を意識不明にした怒りがある。

 しかし同時に、因子に侵されて死を待つしかない人達を生かしているのもまた事実。故に、なのはの胸中は複雑であった。

 666を見る。666もまた、なのはを見ていた。その瞳は徹底して感情を映さない――。

 

「……?」

「なのは? どうかした?」

 

 疑問が表情に現れていたか、フェイトがなのはを見て不思議そうな顔をする。それに、彼女は笑う事でどうにか誤魔化した。

 666は暴走している筈だ。だけど、自分が見たその瞳に何故か――。

 

 ――強い意思が感じられた。

 

「て、おい。アイツ……!」

「え……? あ!」

 

 ヴィータの叫びに我に返り、振り向いた先にはシオンが居た。巨大な魔法陣を展開しながら、ブレイズフォームへと変わっている。

 

「あれ、まさか!」

「間違いないな」

 

 叫ぶフェイトにシグナムが同意する。――精霊召喚。今、再びシオンは666と対峙しようとしているのだ。精霊融合を使って! ……だが。

 

「……」

 

 666が、それを待つ筈も無かった。彼はゆらりとシオンに視線を向けると動き始める。その身に莫大な魔力を宿して。

 

「っ! シオン君!」

「やべぇ!」

 

 なのは、ヴィータが駆け出す。シグナム、フェイトもまた666へと飛翔し始めた。だが、間に合わない。666はシオンへと肉薄し――。

 

「ディバイン……! バスタ――――!」

 

 ――しかし、頭上から放たれた光砲の一撃に吹き飛ばされた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――シオンは呆然とする。たった今、永唱中の自分を守るように放たれた一撃。それは、この戦場に居なかった者の声だった。そして、何より――666が吹き飛ばされた。

 その事実に声が出ない。そんなシオンの目の前に、道が顕れた。蒼い、綺麗な道が。その上を走るのはスバル。彼女はシオンの目の前に来て止まった。

 

「……シオン」

「なん、で……」

 

 自分の前に来たスバルに、何も言えない。スバルを置いて行ったのは自分だ。そこまでして、我が儘を通したかった。一人で666を倒すと言う我が儘を。

 

「スバル――」

「うん。……ね、シオン」

 

 まだ呆然とするシオンに、スバルはゆっくりと近付く。そして真っ直ぐ目を見た。いつものように。

 

「私ね? 聞きたいんだ、シオンの事、色々」

「……俺は」

 

 シオンは答える事が出来ない。自分は、スバルを置いて行った人間だと。だけど、彼女は構わなかった。

 

「私、決めたんだ」

「決めた?」

 

 問うシオンに、スバルは笑顔を見せる。それは、晴れやかな――綺麗な笑顔だった。

 

「シオンが私を置いて行っても、絶対追い掛けるって」

「……」

 

 スバルの決意。シオンは答える事が出来ない。だが、ぐっと息を飲むと言い始めた。今の、自分の思いを。

 

「俺は、二度とアースラに戻るつもりはない」

「でも、私は諦めない」

 

 帰らないと言うシオンに、スバルは諦めないと返す。二人の意見は、見事に平行線だった。

 

「シオンと話したい。シオンに絵を描いて欲しい。シオンとご飯食べたい。シオンと……一緒に居たい」

「我が儘、だな」

 

 そう言いながら、しかし初めてシオンはスバルに微笑む。柔らかい――優しい笑みを。スバルは頷いた。

 

「うん、知らなかった?」

「ああ……っ!」

 

 会話する二人に、唐突に漆黒の影が現れた。666! 彼は、拳を放ち――。

 

「エクセリオンっ! バスタ――――!」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 ――次の瞬間、横から放たれた光砲に666は踏み止まった。そのまま目の前を通過させる。二人は、その砲撃を放った女性へと振り向いた。

 

「なのはさん!」

「なのは先生!」

「二人共、お話しは後! 特にシオン君! 後でちゃんとお話し聞いて貰うから!」

 

 ――何故だろう。その時、シオンの背筋を凄まじく寒いものが吹き抜けた。だが、そんな彼を置いて、隊長陣が集まった。

 

「なのは、どうする?」

《……皆、堂々と命令無視し過ぎやよー》

 

 集まる一同の前にウィンドウが現れ、はやてが苦笑いしている顔が映る。だが、それは先程とは打って変わって、どこか吹っ切れた顔だった。

 

「う……はやてちゃん、ゴメン」

《まぁ、あの状況なら仕方ないなー。……で、シオン君》

「……はい」

 

 はやてがシオンを呼ぶ。シオンは、それに申し訳なさそうな顔で答えた。

 

《後でキッチリ、話し聞かせてもらうよ?》

「……俺、は」

 

 言い淀む。だが、はやては有無を言わせない。ここで譲る訳には行かないから。

 

《その件も含めて、後でゆっくり話そうや。今は……》

 

 そう、今は――666に向き直る。彼は、相変わらず感情の無い瞳でこちらを見ていた――今は、戦いの最中だ。

 

「シオン君。精霊融合で666とどれくらい渡り合える?」

「多分、互角まで行けると思います」

 

 問うなのはに、シオンは答える。あの666と互角まで行けると言うのだから、精霊融合もやはり凄まじい。

 

「互角か……」

「それよりスバル、さっき何したんだ? 666簡単に吹き飛んだけど」

 

 むしろそちらの方が重要だと言わんばかりのシオンの問いに、スバルはあたふたとした。

 彼女は、戦闘機人である事をシオンにまだ伝えていないのだ。そんな彼女に肩を竦める。

 

「まぁいいや」

「う……ゴメン」

 

 謝るスバルに、シオンも苦笑いを浮かべる。どうにも、二人揃ってすれ違いまくりだと。

 

「とにかく、スバルの攻撃は666には通じるみたいだね」

「なら、スバルを中心に――」

「その件、なんですけど」

 

 作戦を決めようとする一同に、シオンが手を上げた。皆を真っ直ぐに見る。

 

「俺、一人でやりたいんです」

「……シオン君?」

 

 なのはが咎めるようにシオンを見る。しかし、シオンは譲らない。

 

「すみません。でも、俺は一人で戦います」

 

 シオンの返答になのは達は揃って嘆息した。何故に、こうも頑固なのかと。だが、譲らないのは分かった。だから。

 

「……解った。でも私達は私達で戦うから」

「それは――」

 

 渋るシオンに、今度はなのはが譲らなかった。彼を見据え、きっぱりと言う。

 

「こればっかりは駄目」

「……解りました」

 

 シオンもまた渋々頷く。

 直後にフリードに乗ったティアナ達も追い付いた。彼女はスバルをじっと見つめていた。

 

「スバル……」

「うん、ティア。心配かけて、ゴメン」

 

 それからありがとう、と伝える。ティアナは一度だけ嘆息して頷いた。もういいと言わんばかりに。次に、シオンを見る。彼は何か言われる前に言って来た。

 

「悪い。また後で皆と話すよ」

 

 一瞬だけティアナは迷い――だが頷いた。後で話す。ならば、今は問わない。そして、皆は前へと揃って視線を向けた。……そこに居る、666に。

 

「……666」

 

 眼前の敵を睨む。666は、まるでこちらの準備が整うのを待つかのようにその場で佇んでいた。シオンは息を飲み――そして、口を開いた。

 

「今、此処に汝を召喚する。汝が枝属は雷。汝が柱名はヴォルト――」

 

 最後の永唱をシオンは開始した。666は仕掛けて来ない――呪を紡ぎ、召喚を果たす!

 

「来たれ。汝、雷の精霊。ヴォルトォ!」

 

 ついに永唱は完成し、雷の精霊ヴォルトがすぐに顕現した。シオンはさらに叫ぶ。

 

「イクス!」

【了解! 全兵装(フル・バレル)。全開放(フル・オープン)。超過駆動(フル・ドライブ)。開始(スタート)】

 

 ヴォルトの姿がぶれ、シオンと重なる。それはシオンの切り札、精霊との合一。

 

「精霊、融合!」

【スピリット・ユニゾン】

 

 ついに精霊融合を完了し、シオンはその身から雷を迸らした。吹き上がる魔力が全て雷へと変換される。

 

「これが、精霊融合……」

 

 間近で始めて見る精霊融合に、なのはを始めとして声が出せない。それにシオンは構わず、双のイクスを構えた。

 

「神庭シオン。推して――」

 

 告げる。しかし、666は身構えない。ただ力を抜いて待ち受けるだけ――否、あれが666の戦闘姿勢であった。それを理解し、それでも告げる。

 

「――参る!」

 

    −雷−

 

    −刃!−

 

 次の瞬間、残像を残しながら666の懐に一瞬で飛び込む! 放たれたるは雷纏いし刃。

 666はその一撃を真っ向から迎撃してのけた。雷刃と拳が衝突し、凄まじい衝撃が周囲を走り抜ける!

 

 シオンと666の戦いは、ここに第二局面を迎えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「おぉぉっ!」

「……」

 

 雷を纏う刃が二連。残像しながら放たれる。シオンの一撃だ。視認速度を超えながら刃は真っ直ぐに666へ向かう。それに対し、彼は拳を叩きつけた。

 

「……」

「っ――!」

 

    −戟!−

 

 衝突し合った互いの一撃は、しかし互いを動かさない。

 精霊融合化したシオンの一撃が666と拮抗した証拠であった。さらにシオンはヴォルトと融合した事による圧倒的な機動力で666へと全周から襲い掛かる! あたかも分身したと錯覚する程の速度だ。それは、666を確実に上回っている――だが。

 

    −戟!−

 

 −戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟−

 

    −戟!−

 

 666は、その全てを迎撃してのけた。放たれた雷刃を、拳が、蹴りが、身体中のあらゆる部位が、確実に防いで見せる!

 その動きは、あまりに奇妙なものだった。傍から見ると、異常にカクカクした動作に見えたのである。漫画のコマ割りを想像して貰えば分かりやすいか。過程をすっ飛ばして、打撃の打ち込みを完了しているのだ。

 予備動作を廃し、緩から急への動作を極める事によって完成される体術――無拍子!

 それは物理的な速度すらも上回り、シオンの斬撃を撃ち落としていた――どころか、拳がいきなりシオンの眼前へと飛んで来る!

 しかし、今のシオンの反応速度は人のものでは無い。カウンターで放たれた拳を辛くも躱し、負けじと右の斬撃を放った。

 動のシオンと静の666。ここに至り、二人は完全に互角と相成った。

 だが、666の相手はシオンだけではない。

 

「やぁぁ!」

 

 シオンを迎撃する666の直上から舞い降りるはスバル。その瞳は金色に輝いていた。シオンは直感に従い瞬時に後退。666はN2Rの面々と同様、振るわれる拳を受け流そうとして――逆に左手が弾かれた。

 

「そこっ!」

「……」

 

    −撃!−

 

 そのまま666に拳を叩きつける!

 これも防ぐ事が出来ず、666は吹き飛んだ。

 振動破砕。スバルのISである。666は体術で、放たれた剣を、鎚を、拳を受け流したが、スバルのISは別物であった。手を取ろうにも超振動で弾かれるのである。流石に666の技にも超振動する攻撃なぞ想定されていなかったか――スバルの一撃は、666に対して有効打となっていた。

 

「まだまだっ!」

【ショットガン・キャリバーシュート!】

 

 吹き飛んだ666へ更に追撃をかけんとスバルは迫り、連続蹴りを敢行する。

 防御不能な連続攻撃に、しかし666の対処はとても単純なものだった。全ての蹴りを、回避する。

 見切り――心眼による攻撃対処法だ。先程、ギンガ、ノーヴェと闘い、シューティングアーツの動きを彼は完全に見切っていたのである。心眼による戦闘論理は、完成に至っていた。

 ここまでになると、スバルの技を放つ直前の動きを見て、事前にどの技が来るかを知る事が察知出来てしまう。もはや、666にスバルは攻撃を当てられない――。

 

「っ! マッハキャリバー!」

【ウィングロード!】

 

 全ての蹴撃を躱され、スバルはウィングロードを発動し、後退。そこに光砲が撃ち込まれた。

 

「エクセリオンっ! バスタ――――!」

「トライデントっ! スマッシャ――――!」

 

    −轟!−

 

    −煌!−

 

    −撃!−

 

 桜と黄金の光砲は迷い無く666へと突き進む。なのはとフェイトの砲撃だ。666はそれに対して、だが回避も防御もせず、ただ足を振り上げた。そこに灯るは炎。

 

 魔神闘仙術:天破紅蓮。

 

 その一撃を足元に向かって放つ!

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 轟破爆砕! 一瞬、炎の柱が天地を繋ぐように突き建った。

 二人の砲撃も紅炎に飲み込まれ消え去る。しかし、炎の柱が消えたと同時に666の前に現れたのはシグナムとヴィータだった。すでに二人共、ユニゾンしている――!

 

「ギガント、シュラ――――――ク!」

「火竜! 一閃っ!」

 

    −轟!−

 

    −破!−

 

    −裂!−

 

 放たれたるは、極大の威力を持つ二つの一撃! 666は、ここで初めてシールドを張った。五連でシールドは展開する――しかし、二人の一撃を受け止める事は出来ず、シールドは堪らず砕かれていった。

 

「「ブチ抜けー!!」」

 

    −撃!−

 

    −砕!−

 

 シグナムとヴィータの声が重なると同時にシールドは砕け、二人の一撃を受けた666は地面に叩きつけられた。

 そこにシオンと、エリオの二人が飛び込む。二人が纏うは雷光!

 

「サンダ――! レイジっ!」

「神覇弐ノ太刀! 剣牙雷刃!」

 

    −雷!−

 

    −煌−

 

 二連の雷閃が666に襲い掛かる! 地面に落ちた666へそれは殺到し――直撃した。

 

「クロスミラージュ!」

【3rdモード!】

「フリード!」

「GAaaaa!!」

 

 だがまだ攻撃は止まない。ティアナが砲撃を、キャロがフリードに一撃を命ずる。

 

「ファントム! ブレイザ――――!」

「ブラスト・レイ! ファイアっ!」

 

    −煌−

 

    −爆!−

 

 直後、光砲と炎砲が666が居た地点に突き刺さり、その爆発的な威力が光の飽和現象を起こした。高熱がここまで届く程の凄まじい威力である。だが、その爆発も次の一撃の前には霞む。

 

「レイジングハート!」

【オーライ、マイマスター】

「バルディッシュ!」

【イェッサー、ザンバーモード】

 

 なのはとフェイト。二人は互いのデバイスを重ね合わせた。そこで、レイジングハートとバルディッシュは八連でカートリッジロードを行った。同時に爆発的な魔力が二人から吹き上がる! それを持って放たれるは、なのは、フェイトの連携空間攻撃!

 

「全力全開!」

「疾風迅雷!」

「「ブラスト・カラミティ!!」」

 

    −煌−

 

    −裂−

 

 二人のデバイスから放たれた途方もない魔力を注ぎ込まれた光砲が、螺旋を描いて絡みつき、一直線に666へとぶち込まれた。

 それは着弾と同時に空間を軋ませ、弾かせ、光が飽和を起こし――爆砕する!

 

 

    −轟!−

 

    −滅!−

 

    −爆!−

 

 比喩では無く、世界が丸ごと消し飛んだかのような衝撃が走り抜けた。それが終わった後ですら、余波がドーム状の爆炎を上げている。

 

「……これで」

「いや。て言うかこれは……」

 

 流石に一同、言葉が無い。極大威力に次ぐ極大威力の連撃。どう考えてもオーバーキルであった。

 

《凄い……》

 

 シャーリーも純粋に驚き、思わず通信先から言葉を漏らしていた。それ程のものだったのである。これでは666を拿捕どころか、生死を心配しなければならないような――と、スバル、ティアナ、エリオ、キャロは思う。だが、彼等は違った。

 隊長陣――そして、なによりシオンが一切の戦闘体制を解かない!

 

「なのはさん?」

「皆さん……?」

 

 エリオ、スバルが不思議そうに彼女達を見る。しかし、それに応えられない。ただ、大きく見開かれた目は一つの事を物語っていた。”馬鹿な、と”。

 

    −斬っ!−

 

 次の瞬間、ドーム状に広がっていた余波が真っ二つに斬り裂かれた。余波は、まるでそんなものは最初から無かったとばかりに消え去る。すり鉢状に抉られたクレーターを残して。

 そのクレーターから地面を踏み、歩く音が響いた。ゆらりと現れたのは――

 

《嘘……》

 

 ――666。純粋なる黒の魔王が、ただそこに佇んでいた。”全くの、無傷”で。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……アレでも、か……!」

 

 シグナムが驚愕に声を震わせながらレヴァンティンを構え直す――だが、その刃は真っ二つに砕け散っていた。ヴィータのグラーフアイゼンもだ。

 なのはも同様に驚愕しながら、666が何をしたのか悟る。彼は、叩き込まれた全ての攻撃を迎撃しつ尽くしてのけたのだった。

 まずシグナムとヴィータの攻撃をシールドが砕かれると同時に両手から放った天破疾風で相殺。しかも、その勢いを利用して地面へと下がり。エリオ、シオン、ティアナ、キャロの攻撃を順番に叩き落としたのだ。最後に、自分とフェイトのブラスト・カラミティを”漆黒の一撃”が叩き斬ったのである。なのはは直感する。あれがデータにあった666の最強攻撃。魔神闘仙術:絶・天衝だと。

 無傷のままの666は、ゆらりと視線を移す。見ているのはシオンだった。

 

「……」

「……っ!」

 

 シオンは666が無事だと確信して、既にある技を溜めていた。666はそれに気付いたのだろう。

 シオンを見ている。その、感情の無い瞳で。精霊融合終了まで残り三十秒。――ならば!

 

「おぉぉ――――っ!」

「シオン!」

 

 シオンは叫び、666へと突撃する。制止の言葉をスバルが叫ぶも、シオンは止まらない。刹那に666を間合いに入れ、技を解き放った。

 

「神覇漆ノ太刀、奥義……!」

「……」

 

 放つは奥義、絶対回避不能斬撃! しかし、それを前にして、666は逆に間合いを詰めた。

 

「白虎ォ―――っ!」

 

    −閃!−

 

 −閃・閃・閃・閃・閃・閃・閃・閃・閃・閃・・閃・閃・閃・閃・閃−

 

    −閃!−

 

 縦横無尽! 放たれる無数の斬撃がその場の全てを埋め尽くす!

 雷撃を纏いて、その速度を持って放たれる全周超高速斬撃。四神奥義、白虎――それがその名であった。刃の嵐が666を覆い――彼は、暴風を詰め込んだ拳を叩き込んだ。過程をすっ飛ばして、打撃が撃ち込まれる!

 

 魔神闘仙術:天破疾風。

 

 最速対最速。乱撃対一撃。

 二つの奥義は迷い無く両者に突き進み――。

 

    −撃!−

 

 ――そして、一撃は無数に放たれた乱撃を全て砕き切り、シオンへと叩き込まれた。

 直撃を受けたシオンはゆっくりと宙を舞う。直後に重力に従って地面に叩きつけられて、漸く敗北を悟った。

 

「が、ぐっ……う……!」

「……」

 

 精霊融合も同時に解けたのか、既にヴォルトの気配が無くなっていた。シオンはダメージと反動で立ち上がる事が出来ない。ただ、自分を見下ろす666を睨む事しか出来なかった。

 

「シオン君!?」

 

 敗北したシオンを見て、なのは達が助けようと、また666を退けようと向かって来る。

 666はそちらに振り向くと、両の掌を持ち上げた。そこに、絶大な魔力が集束、圧縮されている!

 右手には雷、左手には風、足には地。

 三つの属性を”組み合わせる”。ミッドはおろか、ベルカにも、ましてやカバラにすらない術式。

 それを感じ、なのは達も踏み止まった。しかし既に遅い!

 666は三つの属性を組み合わせ、さらに収束、圧縮し、加速させた。その極大な魔力を吹き上がらせ、独楽の如く回転する。

 

「だめ、だ……! 皆、もっと遠くにぃ!」

 

 シオンの直感が叫ぶ。この一撃は防御も回避も無意味だと。だが、もはや間に合う筈も無く、その一撃は放たれた。

 

 魔神闘仙術:”合わせ改式”、天破疾風迅雷撃。

 

    −轟!−

 

    −迅!−

 

    −雷!−

 

 そう、後に名付けられる技は、666を中心として雷を巻く極大の竜巻として発動。その大きさ、全長3000メートル。

 なのは達はプロテクションを張るが、そんなものが役に立つ攻撃では無い。プロテクションは硝子のように砕かれ、一同は暴虐の雷竜巻に巻き込まれたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 風が吹く――無情に。一同は倒れ、雷竜巻の影響か立ち上がる事が出来ずに居た。

 エリオ、フェイトはその属性故か、影響が低いらしく何とか膝をついているだけ。だが、そこまでだ。……動けない。

 そして666はシオンの襟首を左手で掴み、掲げるように釣り上げていた。

 シオンも先程のダメージか、精霊融合の影響か、ともあれ動く事がない。

 そんなシオンへと容赦無く向けられるは、右手に煌めく666の魔法陣。――刻印。それが放たれようとする。

 

「だめ……やめて……!」

 

 声が響く。スバルの声だ。必死に彼女は懇願する――だが、666は止まらない。

 なのは達も何とか止めようと力を身体に入れるが、身体が麻痺して動けない。止められない!

 

「お願い……やめて、やめて!」

 

 スバルの声に、しかし666は聞かない――止まらない。そして、腹に右手が叩き込まれ。

 

「シオン――――――!」

 

    −煌−

 

 虹の光が、シオンを貫いた。ビクンっと一つだけ、シオンは痙攣し、ぐったりとなる。……再び、刻印は刻まれた。

 

「……」

 

 ひょいと、シオンを地面へと放る666。

 その胸に刻まれた刻印を見て、一同は深くうなだれた。守れ無かった――と。

 その中を666は悠々と踵を返し、歩く。まるで無人の荒野のごとくだ。他のアースラメンバーを見る事なく、彼は歩き――。

 

「ま、てよ……」

 

 声が響いた。たった今刻印を刻まれ、そして精霊融合の反動で意識が無い筈のシオンが、膝立ちとは言え――起き上がっていた。

 

「シ、オン……?」

「待てって、言ってんだ、よ!」

 

 一同が呆然と見守る中、シオンの声が響いた。だが暴走している666は止まらない――歩く。

 

「アンタは、何で、こんな事をする……?」

 

 聞かない、止まらない、歩く。

 

「アンタは、何で俺に刻印を刻む……」

 

 止まらない。振り返らない。

 

「アンタは、俺に何をしたいんだ……何をさせたいんだ……」

 

 歩く。歩く。

 

「答えろ……」

 

 歩く。

 

「答えて、くれよ……!」

 

 歩く。

 

「”タカ兄ぃ”――――――――――!」

 

 声が響く。どこまでも遠く、切なく。そして――。

 

「強くなれ」

 

 ――声が、響いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「…………え?」

 

 なのはが目を見張る。他のメンバーもだ。シオンの叫び、タカ兄ぃ。そう呼んだシオンと、そして――振り返り、シオンを見る666に。

 

「タ、カ、兄ぃ……?」

「強くなれ」

 

 シオンが信じられないものを見る。だが、構わずそのまま666は続けた。”自分の意思で”。

 

「強くなれ、誰より強く、誰より高く」

「タカ兄ぃ……? 何、言って……?」

 

 呆然と呟くシオン。しかし、666は――否、伊織タカトと言う存在は続ける。

 

「全ての希望を喰らい、全ての絶望を飲み込み」

 

 タカトは続ける。他の誰でも無い、シオンを見据えながら。

 

「強くなれ、シオン。そして――」

「何……言ってるんだよ……タカ兄ぃ……」

 

 ただただ呆然と呟くシオン。タカトは止めない。無視して続けた。言われた通り、己の願いを、彼に告げる。

 

「――俺を殺してみせろ」

「タ、カ、兄ぃ……」

 

 そう言って、そのままタカトは消えた。言うだけ言って、彼はシオンから去ったのだ。

 シオンは吠える。もう、そこにいない存在に。

 

「タカ、兄ぃ――――――――――――!」

 

 悲哀。絶望。その全てが込められた叫びが、空高く響いた――。

 

 

(第十四話に続く)

 




次回予告
「全ては、666――否、伊織タカトが自らの意思で行った事だった」
「その事実に、シオンは絶望して」
「全てから目を逸らしたシオンはタカトへ復讐する為に暴走を開始する」
「そんなシオンを追うスバルとティアナが見たものとは」
「次回、第十四話『届く想い』」
「少女達の想いが、絶望した少年へと向けられる」

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