魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「彼は私達と一緒にいて、どう思ってくれたんだろ。優しさの中に居させてくれて、ありがとうと言った彼。居なくなった彼。その背中を追いたくて、でも追えなくて。私は――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第十三話「痛む空」(前編)

 

 二年前の666のデータ。

 666(ナンバー・オブ・ザ・ビースト)。

 

 本名:伊織タカト。

 

 年齢:十九歳(二年前、今は二十一歳)。

 

 魔力ランク:EX(評価規格外)。

 

 グノーシスに於ける位階『第二位』(現在は失効)。

 

 魔法術式:八極八卦太極図。

 

 戦闘スタイル:魔神闘仙術。

 

 クラス:格闘士(グラップラー)。

 

 デバイス:なし(現在では魔王の紋章がその役割を果たしていると思われる)。

 

 八極八卦太極図について。

 666こと、伊織タカトが考案した魔法術式。

 だが、この術式そのものは異端である事を前提として頂きたい。この術式の特性は『自己改造』。

 まず、タカトが着目したのは『リンカーコア』の改造である。

 自らの『リンカーコア』を露出し、自己改造したのだ。タカトの『リンカーコア』は『八卦太極炉』と呼ばれるものになっている。これはリンカーコアを八門遁甲と呼ばれるもので囲み、そして、分解。次に八門遁甲を常に回転するように改造したのだ。

 この魔力炉を『八卦太極炉』と呼ぶ。八卦太極炉により、空間内の八極素――つまりは。

 

 天。

 火。

 水。

 土。

 山。

 雷。

 風。

 月。

 

 の八素を特殊な呼吸方で身体に取り込み、練り上げた所で八卦太極炉に流し込む事で従来では考えられない魔法特性を持つに至る。

 ようするにこれは呼吸をする事で魔力を補給出来るのである(空気の有無に関わらず)。

 さらに、八の門に魔力を流し込む事により、各属性の変化を可能にした。

 つまり、タカトは魔力変化資質を天然で八つ持つ事になる。

 『リンカーコア』を改造した後で次に行ったのはそれを応用した術式の構成である。

 それをタカトは東洋の魔法である所の『仙術』を研究する事により、構成した。つまり『カラバ式』を下地に『仙術』を組み込む事により、まったく別種の魔法を作ったのだ。

 『仙術』の特性は究極の肉体コントロール。そして、空間すらも制御する、術制御。

 これは『八極八卦太極図』の目指す物に限りなく近かった。

 『カラバ式』の魔力運用に『仙術』の制御能力。この二つを組み合わせる事により、途方もない緻密な制御を持って大魔力を運用する技法を持つ術式が生まれたのである。

 曰く、『大魔力と高速・並列処理は衝突(コンフリクト)するのが普通』であるが。

 『八極八卦太極図』はそれに当て嵌まらない例外となってしまっている。とは言う物の、この魔法術式を使用する為には『カラバ式』の魔法構築能力と『仙術』の肉体コントロール・術制御を極めて高いレベルで修めなければならず。それは才能で表すには余りに異才、それは努力で表すには余りに異常。

 そう取れる出鱈目な練武が求められた。

 これを十四で完成させたタカトが異常過ぎなだけであり、実質タカト以外にこの術式を使う者はいない(タカト曰く。『修練次第でやれば誰でも出来る』)。

 

 

 666のアビリティースキル。

 一応、彼はグノーシス側に居た人間である為、アビリティースキルでそのスキルを表す。

 

 無拍子:SSS。

 体術に於ける秘奥。一切の予備動作を廃し、打撃を叩き込むスキル。緩急動作の究極であり、傍目には過程をすっ飛ばして打撃を打ちこんでるようにしか見えない。このスキルは通常打撃以外の魔法打撃にも有効であり、これをもって放たれた技は須らく攻撃速度が測定不能となる。

 

 浸透勁:SS。

 体術に於ける秘奥。緩急動作、重心動作を極める事によって放たれる特殊な打撃法で、バリアジャケットやプロテクションと言った、防御障壁の一切を無視して衝撃を撃ち込めるスキル。

 

 魔力放出:S+。

 魔力を体外に放出する技法。これにより、攻撃加速、防御、威力増加等の幅広い効果が期待出来る。

 S+は実質の最高レベル。放出する魔力自身を攻撃に転化する事すら可能。

 

 対魔力耐性:S。

 純粋な魔力に対する防御スキル。対魔力耐性Sは、Sランク以下の魔力攻撃をほぼ完全に防ぐ。

 しかし、衝撃までは消えず、また追加効果に関してはダメージを受ける。

 

 心眼:AAA+。

 直感の正反対のスキル。修業、鍛練にて培った洞察力を戦闘に置いて今までの経験を持って引きずり出し、その経験と比較し、勝利する為の活路を見出だす戦闘論理。

 

 無窮なる練技:SS+。

 心、技、体の完全なる一体により、あらゆる戦場に置いていかなる精神制約下でもその能力を十全に発揮するスキル。

 

 八極八卦太極図:EX。

 上で説明した通り、大魔力運用を高速・並列処理可能とするトンデモスキル。

 しかも呼吸するだけで魔力を補給するので、実質の魔力制限はない。

 つまり、彼に魔力ダメージでのノックダウンは不可能と言う事である。

 

 

 666の魔法技の威力検証。

 天破疾風。

 威力:S+。

 速度:SS+(無拍子時、測定不能)。

 効果対象:一名。

 

 魔神闘仙術に置ける『風』の属性変化(カラバ式では変化資質の事をこう呼ぶ)技。

 纏う風を拳に込め圧縮し、対象にたたき付ける事により発動する。

 その風圧は台風レベル。効果範囲が一名だけではあるがその威力、速度は絶大。

 

 天破紅蓮

 威力:SS。

 速度:S(無拍子時、測定不能)。

 効果対象:一名。

 

 魔神闘仙術に置ける『火』の属性変化技。

 風と同じく。火を足に圧縮し、対象に蹴りをたたき付ける事で同時に着火し爆発させる。

 威力は瞬間で疾風を超える程。これも効果対象が一名ではあるが、威力、速度共に絶大。

 

 

 天破水迅。

 威力:AA+。

 速度:AA。

 効果対象:一〜千名。

 

 魔神闘仙術に置ける『水』の属性変化技。

 水を魔力と共に練り上げて水糸とし、広範囲に展開。対象を切り裂く。

 水を高密度に圧縮する事により凄まじい水圧で放つ。威力、速度、範囲共に強力。

 

 

 天破震雷。

 威力:SS+。

 速度:A(無拍子時、測定不能)。

 効果範囲:一名。

 

 魔神闘仙術に置ける『雷』『土』の混合技。

 雷だけでも土だけでも威力としては乏しかったらしく二つを組み合わせたもの。

 土をもって雷を集め、収束、圧縮する事によりプラズマ化したものを対象に叩きつける技。結局、四つの技では最強の威力となってしまった。

 0距離で対象に掌底をたたき込む事で発動。

 0距離でしか使えない為、速度こそAだが、威力はSS+。

 

 天破光覇弾。

 威力:SS+。

 速度:A。

 効果範囲:一〜百名。

 

 魔神闘仙術に置ける『天』の属性変化技。光を掌中で収束、圧縮し、放つ砲撃技。

 砲撃の為、速度にやや難があるが威力や範囲は絶大。

 

 絶・天衝。

 威力:SSS。

 速度:S(無拍子時、測定不能)。

 効果範囲:一名。

 

 魔神闘仙術に置ける『天』『月』の混合技。

 左右どちらかの掌に天と月の属性を組み合わせた魔力を収束、圧縮、そして加速する事により『闇』(もしくは『冥』)の異常属性変化を起こし、対象に『斬れぬ物なき斬撃』としてたたき付ける斬撃技。

 この闇は侵食という特性を持っており、あらゆる物質を闇へと帰す(タカトは高密度の魔力で手を防御して、侵食を防いでいる)。

 範囲こそ一名だが、威力は必殺。速度も速く、タカト最強の技である(ただこのデータは二年前の物)。

 

 他属性技。

 

 金剛体。

 威力:−。

 速度:−。

 効果範囲:−。

 

 魔神闘仙術に置ける『山』の属性変化技。

 と言っても、これは山の効果により自身の身体を金剛とする技法であり、攻撃性は基本無い。

 その硬さはまさしく金剛のそれに比肩する。しかし俊敏性にやや欠ける為、あまり使われない。

 

 

 備考。

 

 魔王の紋章。

 ロストロギア扱いの代物。だが、あまりに情報がない為、その能力は不明。

 一説にはある一つの術式を発動するためのデバイスでもあるらしい(ただし、これは仮説)。

 タカトは二年前に事故でこの紋章と接触し、自我が飲み込まれ暴走したと推測される。

 その後、グノーシス位階『第三位』の一人を刻印により意識不明にした後。グノーシスを出奔。今に至るまで暴走を続けていると思われる。

 やっかいなのは暴走しているにも拘わらず、スキル:無窮の練技によりその技能の全てを十全に扱え、心眼すらも使えてしまうという事にある。

 つまり暴走しているのに本人自身の技能は全く衰えていないのだ。しかも、八極八卦太極図で魔力は無制限である。

 

 以上、666の二年前の最後の情報である。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――出鱈目やね……」

 

 モニターを見て、はやては冷や汗混じりに呟いた。今、モニターに表示されているのは、666の二年前のデータだ。そこには、信じがたいデータが並んでいる。

 

「普通考えませんよ。自分のリンカーコアを改造なんて……」

 

 隣のグリフィスも若干顔を青くして答える。666ことタカトの思考は、スカリエッティのそれに近い。

 自分を改造するか、他人を改造するかの違いだけでやっている事は大した違いもなかった。

 問題はコレと戦わなければならない、という事だ。

 今666の被害者は拡大傾向にある。正直、各駐留部隊では相手にならないどころか、足止めにもならないのが現状なのだ。

 そんな馬鹿なと思いたいが、モニターのデータはそれを裏付ける数値が並んでいた。

 現在、管理局における666に対抗出来る戦力は、アースラしかないと言って過言ではない。

 

「……結局。シオン君も行方不明のままやし、な」

 

 はやてが嘆息しながら呟く。地球についたのは半日前。そこに居たのは涙を流し続けるスバルと、慰めるティアナ達だけであった。

 どうもスバルはシオンと接触に成功したものの説得に失敗。引き止める事も出来ないまま、シオンを行かせたらしい。

 ぽつりぽつりと状況を聞いたが、酷い事を言われた訳ではなく。しかし、真っ正面から拒絶されたらしかった。

 それが尚更ショックだったのか、スバルは部屋に閉じ篭りっきりだ。

 

「変な所で素直な癖に肝心の部分が頑固と言うか……」

 

 シオンの事を、はやてはそう評した。素直なのだが、同時にとんでもなく頑固なのだ。彼は。

 一旦線引きをすると、そこから先には絶対に行こうとしないし、そして踏み込ませない。決して冷たいとか、そんな訳ではないのだが。

 

「優しさの中に居させてくれてありがとう、か……」

 

 シオンが最後にスバルに放った言葉だ。シオンのあるがのままの言葉だろう。だからこそ、切なかった。

 

「まだそんな事、言うんには早過ぎやろ……」

 

 スバルからそれを聞いた時、はやては決めていた。

 シオンをまた、その優しさの中に入れる事を。それが短い間でありながら、自分を先生と呼んだ生徒に対してのはやての選択。それは、なのは、フェイトも同意であった。

 

「取り敢えず捕まえたらお説教やな」

 

 女性陣全員はスバルを泣かせた、という段階でシオンに対してお説教をする事が決定事項となっている。

 シオンは知るだろう。なのはのお説教の怖さ等などを。伊達にアースラメンバーの多くは女性陣で構成されている訳ではないのだ。

 そんな事を考えていると、いきなりエマージェンシーコールが鳴る。この警報パターンは――!

 

「艦長! 第26管理内世界で666出現! 現在、511武装隊及び、駐留部隊と戦闘中です!」

「っ! ……来たな。総員第一戦闘配備! 前線メンバーをブリーフィングルームに呼んでな!?」

『『了解!』』

 

 さらに、はやては駐留部隊のカメラで戦線をモニターする事を指示する。

 先程の666のデータは二年前のものだ。今現在の――生のデータが、是非欲しかった。そう思いながら、はやてもブリーフィングルームに向かおうとして、しかし新たな警報が鳴り響いた。

 

「新たな転移反応……? 艦長!」

「どうした? っ!?」

 

 シャーリーに促され、はやてもまたモニターに顔を向ける。そのモニターに表示されたのは、もう見慣れた少年の姿だった。

 

「シオン、君……!」

 

 アースラを降りた彼が、そこには居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 管理内世界第26世界。その中のある惑星で、511部隊、部隊長は、心の底から今目の前にいる。”化け物”に恐怖していた。

 世界が軋む、その存在に。それは、嘆きか、あるいは歓喜か。その存在は、人の姿をしただけの化け物だった。

 

「う、撃て――――――――!!」

 

 その化け物に、部隊長は砲撃を放つ事を命じる。それは、使命感からでも、ましてや正義感に駆られての命令ではない。純然たる恐怖によって、防衛本能のまま命じただけのものであった。

 しかし、周りの部隊員にはそんな事は関係ない。

 ”撃たねばやられる”。それを本能のレベルで理解した為に、命令のまま砲撃を放つ!

 

    −煌!−

 

    −轟!−

 

    −破!−

 

 511部隊の、ほぼ全ての人員から放たれる砲撃。それが化け物。異端なる者である666に真っ直ぐ突き進んだ。

 

    −爆!−

 

 直撃。部隊員の総員が放った砲撃は、地殻すらも揺るがす大爆発を引き起こす。明らかにオーバーキルだ。

 だが、それでも部隊員全員が止まらない。一度だけでは足りないと見たか、次々と砲撃を叩き込む!

 

 −撃! 撃! 撃!−

 

 その数、数千発。空間が揺るぎ、光の飽和現象が起きる。

 とてもでは無いが、たった一人の人間に放たれる量ではなかった。周辺は、砲撃によって生まれた煙が立ち込める。

 

 ――仕留めた……!

 

 部隊長以下、全員がそう思う。しかし、煙が消えた時、そこに在ったのは絶望の証だった。

 

 666は”無傷”でそこに佇んでいた。

 

「う……嘘だ……」

「何で! どうして!?」

 

 叫ぶ。しかし、現実は何も変わらない。

 実際666は防御などしていなかった。666は、自分に来た砲撃を全て”殴り”、消し飛ばしたのである。

 彼の持つアビリティースキルは魔導師殺しと呼ぶに相応しい代物だ。Sランク以下の純粋魔力攻撃を無効とし、さらに魔力放出が一つのフィールド魔法のそれと同じ代物とまで化している。

 ミッド式のものにとっては文字通り手も足も出ない化け物なのだ。例外はエース級だけだろう。

 

 666が一歩を踏み込む。右手を横に、肩の高さまで持ち上げた――すると、どこからか水が現れ、666の右手を螺旋を巻きながら対流する。

 もし、部隊の人間に冷静なものがいれば、周りの空気が異常に乾燥している事に気付いただろう。

 666は、空気から水分を取り出していたのだ。

 

 魔神闘仙術:天破水迅。

 

    −寸−

 

 踊る水糸が現れ、部隊員全員に悲鳴を上げさせた。

 水糸の射程距離、およそ2km。今、511部隊がいる全ての空間に届く距離だ。

 一瞬にして張り巡らされた水糸は、511部隊の部隊員全てを貫き、切って捨てた。

 そして666が手に在る水糸を切ると同時に、水糸はただの水に戻る。

 

 その場に、666以外立つ者は誰一人いなくなった。

 

 自分以外誰一人立つ事の無い荒野を、666は歩く。

 目指す標的は511部隊員の中に居た。まだ若い、恐らくは少年の部隊員だろう。今感染したのかは定かではないが、彼は完全に因子に感染していた。

 近付く666に少年は――感染者は逃げようとするが、既に手足は水糸で砕かれている。再生しようとしても、したはしから飛ばされた魔力に砕かれた。

 666が歩きを止め、右手を掲げる。閃くは666の正位置を模した魔法陣。

 

    −輝−

 

 ――断末魔が響いた。

 

 少年は倒れ、そして胴に刻まれる刻印。またここに一人、意識不明者が生まれた。

 666は踵を返す。もはや用は無いとばかりに――だが、唐突に左手を掲げた。

 掴む。”刃”を。その刃は大剣、イクス。持ち主はその主である神庭シオン! 今、再び両者は巡り会う――。

 

「てめぇ……っ!」

「……」

 

 吠えるシオンに、しかし感情の無い瞳で見つめ返す666。シオンは一旦刃を引き、3mの距離を挟んでイクスを構えた。

 

【シオン、あまり熱くなるな】

「っ。解ってる、イクス」

 

 忠告してくれた相棒に、シオンは返事をする。無理も無い話しだが、興奮し過ぎていたか。頭を振り、そして改めて666を睨んだ。

 

「アンタ、自分が何やってんのか理解してんのか?」

「……」

 

 尋ねるシオンに、しかし666は無言。あたり前だ――喋れる筈が無い。分かる筈が無い。理解出来る筈が無い!

 彼の自意識は、もう、とっくの昔にない。

 解っていた。でも許せなかった。”彼”だからこそ、そんな事は許せなかった。

 

「っ――! なぁ、アンタは……!」

【シオン……】

 

 666に、しかし語り掛けをシオンは止めない。泣きそうな程に切ない思いのまま話す。だが、語り掛けは続かなかった。666が一歩を踏み出したから。

 

「っく!?」

【シオン!】

 

    −撃!−

 

 放たれる拳は疾い。シオンはギリギリで反応し、イクスで受け止めた。しかし、受け止めたまま二歩の距離を飛ぶ。拳の威力に、シオンの身体が浮いた為だ。666はなおも間合いを詰める――。

 

「このっ!」

 

    −閃−

 

 シオンはその場で足場を形成。浮いた身体をその場に留め、斬撃を放つ。

 だが、今度は右手でイクスが弾かれた。シオンはそれを見て、そのまま空へ上がり後退――次の瞬間、666の姿が消えた。

 

「な――っ!?」

 

 ――気付けたのは、奇跡だった。シオンが振り向いた先、右に666の姿があった。いつの間にそこに現れたのか、既に攻撃体制に入っている。放たれるは左の拳。

 

    −撃!−

 

 拳は迷い無く着弾した。シオンはギリギリでシールドの展開に成功する。しかし、受け止めるとかそんなレベルの打撃ではなかった。そのまま数mの距離をすっ飛ばされる。

 

「ぐっ……!」

【シオン!】

 

 イクスから飛ぶ声。シオンは勢いのまま地面に辛うじて着地する。

 そして顔を上げた瞬間に、血相を変えた。666が既に目の前に居たから! 放たれるのは風の一撃。

 

 ――天破疾風。

 

 螺旋を描いて放たれた拳に、シオンは再びシールドを展開する。だが、それは刹那の抵抗の後、簡単に砕け散った。

 

「――イクスぅ!」

【トランスファー!】

 

 だが、その刹那の抵抗がシオンの身を助けた。シールドが持たないと直感で悟り、ブレイズフォームへと変化。増した速度で後ろへ下がる事に成功した。

 疾風が空を切る――だが、その余波は軽くシオンを空へと持ち上げてしまった。

 

「くっそ! 無茶苦茶だ!」

【あれの出鱈目さは今に始まった事じゃないだろう!】

 

 実力の違いに歯噛みするシオン。666は疾風を放った後、そのまま佇んだ。

 それを苦々しく見ながら、シオンは認める。666も自分も、その実力を完全に発揮する距離はクロスレンジだ。しかし、自分は今の段階で攻撃力、防御力、速度に負け。戦闘に於ける経験については比べるべくもなく劣っていた。そう、認めるしかない。レベルが違い過ぎる……!

 暴走状態だからと、まだ甘く見ていた。今の666は無窮の練技による十全たる戦闘力と、さらに経験からなる心眼すらも引き出している。勝ち目がない。後は――。

 

「……イクス」

【使うか?】

 

 精霊融合。アレならば、恐らく666とも互角に戦える筈だった。

 

 ……そう、”互角”にだ。

 

 それがシオンとイクスが考えた、精霊融合を用いて666と戦った場合に於ける仮想戦闘結果。つまり三分を過ぎれば負けるだけである。だが。

 

「このまま負ける方が嫌だしな」

【ああ】

 

 使う。そうシオンは決めた。今の状態ではジリ貧もいい所だ。どうあがいても精霊融合無しでは勝てない。分の悪い賭けだが、故にこそ賭ける価値がある。

 

「契約の元、我が名、我が血を持って。今、汝の顕現を求めん。汝――!?」

 

 精霊召喚の永唱を開始し始めた、その瞬間。

 666が現れた、頭上に! いつ、どうやって移動したのかも解らない。全く唐突に、666はそこに現れたのだ。そして、円を描いて高々と上げられる足。炎が燃え盛る――!

 

「っ! まず――っ!」

 

 ――最後まで声を出せ無かった。出来たのは、イクスを掲げシールドを張るまで。直後、赤熱化した蹴りがシールドに叩き込まれた。

 

    −轟!−

 

    −煌!−

 

    −爆!−

 

 烈煌爆炎! シオンの視界を炎が埋尽くす!

 

 ――天破紅蓮。

 

 その一撃は、蹴りが叩き込まれたと同時に、炎の柱として顕現。

 シオンの意識が一瞬、完全に途切れた――が、自らを焼く炎に瞬間で目が醒める。

 

「が、あっ……!」

【シオン! 生きているか!?】

 

 イクスからの声が遠くから聞こえる気がする。シオンは地面に叩き付けられていた。自分を中心とした半径数十メートルが完全に焦土と化している。一部の地面は蒸発すらしていた。

 よく生きているなと自分を褒めたいが。今は戦闘の真っ最中である。痛む身体を無理やり起こす――666が、目の前にまた現れていた。

 

「ぐっ! のぉ!」

「……」

 

    −閃−

 

 横薙ぎに放たれるイクス。だが、破れかぶれの一撃が通じる相手でも無い。666はその斬撃を身を屈めてあっさりと躱し、シオンの脇を抜けた――ヌルリ、と。

 

「っ!?」

 

 身を延べる。古流の格闘術にある秘伝の技法。シオンは名前だけ、それを知っていた。666はそれを持ってシオンの背後へと廻り、次の瞬間、無音の衝撃がシオンを貫いた。

 

「か……、ぁ……」

【シオン! シオン!】

 

 鉄山靠。または、貼山靠。ハ極拳の一手である。

 666はシオンの背後に廻ると同時に身体を回転させ、それを放ったのだ。

 打撃により呼吸が止まり、シオンの身体から力が抜ける。

 膝を付く。意思に反して動かぬ身体――イクスすらも取り落とす。

 そして後頭部を掴む右手の感触がした。後ろで刻印を刻む為の魔法陣が展開するのを感じる。しかし、シオンは何故か懐かしさを抱いた。”彼”に、頭を撫でられたあの感触を……。そして虹色の光が放たれんとした、その瞬間。

 

「ファントム! ブレイザ――――!」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 666は真横から砲撃を叩き込まれたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時間は少し遡りアースラ。

 ティアナは自室に居た。部屋の中で立ち、目の前のベットを睨む。

 そこは二段ベットだ。上の段にはルームメイトが居る。スバルだ。

 布団を頭から被り、外界からの情報を見ないようにしている。それにティアナは苛立っていた。

 

「いつまで、そこに居るつもりよ?」

「…………」

 

 スバルは答えない。黙ったままだ。ティアナはさらに苛立ったように眉を潜めた。

 

「あと、十分もしたら出撃よ。アンタ、出撃命令無視するつもり?」

「…………」

 

 答えない。スバルは、布団から出て来ない。

 

「そ。なら勝手にしなさい。私は行くわ。アンタみたいにうじうじしたくないもの」

「……ティアには分かんないよ」

 

 ――ようやく、ようやく声が返ってきた。ティアナはそれに、だが喜ばない。むしろ、より腹立たし気に眦(まなじり)を上げた。

 

「分かんないわよ。アンタがうじうじしてる理由なんか」

「……シオン。さよならって言った」

 

 スバルがぽつりと言う。拒絶された事を、それを直に言われた事を。

 

「ティアには分かんないよ……真っ正面から拒絶されてないんだもん」

「スバル――」

 

 ティアナはスバルの名を呼ぶ。だが、それはそれは慰める為のものでは無かった。違う、たった一つの事を告げる為。

 

「――甘ったれないでくれる?」

「っ……!」

 

 ティアナは断言した。今のスバルは、ただ現状に甘えているだけだと。

 

「アンタ。そこでそうやってたらシオンが帰ってくんの?」

「…………」

 

 ティアナの問いにスバルは答えることが出来ない。出来る筈が、ない。ティアナは更に続けた。

 

「いつか聞いた事があったわよね? アンタ、結局の所、どうしたいの?」

「私、は……」

 

 ティアナの問いに、スバルから声が漏れた。そこには迷い色がある。

 

「答えが出せないならそこで一生悩んでなさい。ぐじぐじね」

「ティアは!」

 

 その言葉にスバルがついに布団を跳ね退けた。目に浮かぶのはやはり涙。どれくらい前から泣いていたのか――頬を濡らしたまま、スバルは叫ぶ。

 

「シオンに直接言われてないからそんな事言えるんだよ!」

「知った事じゃないわよ」

 

 スバルの叫びに、ティアナは取り合わない。冷たい目で、パートナーだった少女を睨みつけた。

 

「直接言われた? だから何なのよ。さよならって言われた? だから何よ? アンタ、持ち前の我が儘はどうしたのよ?」

「だって!」

 

 叫ぶスバルに、ティアナは容赦なく続ける。こんな彼女は見たく無かった。だから、言ってやる。有りのままの気持ちを。

 

「何度でも何度でも捕まえればいいじゃない! 優しさの中に居れない? それがどうしたってのよ! なら何度でも入れてやればいいじゃない!」

「ティ……っ!」

「私は!」

 

 名を呼ぼうとするスバルに、ティアナはそれを遮った。何も反論なんかさせてやらない。言いたい事だけを言う。言わなくては、いけないから。

 

「アンタと違う。諦めない。必ず、あのバカを連れ戻すわ」

「ティア……」

 

《出撃前です。各前線メンバーはヘリポートに》

 

 そこまで言うと、艦内放送が響いた。出撃の時間だ。それを聞き、ティアナはスバルに背を向けた。

 

「行くわ」

「……」

 

 ティアナの宣言もあり、スバルは何も答える事が出来ない。ただ、その背中を見つめる事しか出来ない。

 

「ああそうそう、最後に一つだけ。アンタ、自分がどれだけ恵まれてるか、理解してる?」

「私が……?」

 

 呆然と聞き返すスバル。本当に理解していないのか――。ティアナは、苛立ちのままに答えてやった。この、鈍感な相棒に。

 

「アンタ一人だけよ? あいつにさよならって言われたの」

「……っ!」

 

 そう、ティアナは羨ましかった。スバルが。シオンは他の誰でもない。スバルにしか別れを告げていないのだ。

 

「そこの所、よく考えなさい」

「ティ……!」

 

 スバルは何かを言おうとして、しかし返事を待たずしてティアナは部屋を出た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ……アンタ、そこで何してんのよ。

 

 ティアナはそう思う。彼女が見ているのは、今再度刻印を刻まれかけたシオンだった。

 

「クロスミラージュ」

【1stモード】

 

 砲撃形態から元の銃型に戻す。そして、銃口を666に直ぐさま向けた。

 

 ――アンタはそこで何やってんのよ!?

 

「クロスファイア――――! シュート!」

 

    −閃!−

 

    −煌!−

 

 叫びと共に放たれたクロスファイアー・シュートが666に殺到する!

 しかし、666はその全てを拳で消し飛ばしてのけた。……データとモニターで見てはいたが、改めて実感する。とんでもない化け物だ。

 だが想定内である。何せ、自分は一人ではない。

 光弾を消し飛ばした666にシグナムが、ヴィータが、ギンガが、ノーヴェが一斉に襲い掛かる!

 

    −撃!−

 

 打ち込まれる剣、鎚、拳、蹴! その全てが666に放たれ、だが通じ無かった。

 666は腕を捻り、肩で弾き、足で蹴っ飛ばし、身体で跳ね飛ばし、迎撃してのけたのである。一瞬にして全員が蹴散らされ、弾き飛ばされた。

 あれだけの近接戦闘者達――エース級二人に、ストライカー級が二人もいるのに、全く歯が立たない! 技量の次元が、違い過ぎる。

 

 ――アンタはあの子を!

 

「レイジングハート!」

【アクセルシューター、スタンバイ、レディ!】

「バルディッシュ!」

【イエッサー。プラズマランサー、ゲットセット】

 

 なのは、フェイトがシューターとランサーを展開。接近戦組が吹き飛ばされたのと同時に、放つ! それは、追撃を阻止する為だった。

 

「シュ――――ト!」

「ファイアッ!!」

 

    −煌−

 

    −閃−

 

 ――あの子を泣かせたんでしょうが!

 

 閃く光芒が666に向かって突き進む。それに666は視線を上げ、一撃を持って粉砕した。

 

    −撃!−

 

 ――天破疾風。

 

 絶大な暴風を詰め込んだ拳が、纏めてシューターとランサーを砕く。

 

 ――そのアンタが!

 

 だが、その隙をチンクが見逃さなかった。666を中心としてスティンガーの包囲を完成させ――。

 

 ――何でこんな所で膝をついてんのよ!?

 

 ――直後、スティンガーが666の元に一気に殺到する!

 しかし、その全てを666は視認すらも霞む速度で拳を放ち、撃ち落とした。

 だが、直後に巨大な爆発が起こる。IS:ランブルデトネイターだ。

 さらに、駄目出しとばかりに、なのはからはエクセリオンバスターが、フェイトからはトライデントスマッシャーが叩き込まれた。

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

 ――シオン!

 

 巨大な爆発が連続で引き起こり、空間すらも震動したかのような衝撃が走る。

 だが、猛烈な熱波の中を、666は全くの無傷で現れたのであった。

 

 666とアースラチームが、ついに全面的な戦いに突入する――!

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 暗い、暗い室内でスバルは考える。ティアナに言われた事を、シオンの言葉を。

 

 ……私は、どうしたいんだろ?

 

 シオンに帰ってきて欲しい。これが、偽らざるスバルの気持ちだ。でも、シオンに戻る気はないだろう。

 

 ……私、は……。

 

 シオンには帰ってきて欲しい。ならば、何回でも説得すればいい。何回でも、何回でも。

 

 ……受け入れて貰えないかも知れない。

 

 シオンの言葉を思い出す。俺は優しさの中に居れないといった、あの表情を思い出す。

 

 ……今度は嫌われるかも知れない。

 

 そして、次に思い出すのは最初に会った時のシオンだ。信じられないくらい言葉遣いが悪かった。

 

 ……でも、私は。

 

 思い出す。楽しそうに絵を描くシオンを。思い出す。一緒に戦った日々を

 

 シオンと、一緒に居たい。

 

 ――思い出す。滅多に浮かべないシオンのあの柔らかな笑みを。

 

 だから、もう一度、話したい。シオンと。

 

 例え、それが剣と拳が交わる事になっても。

 

 シオンを取り戻したい。

 

 そして、スバルは漸く気付く。自分が何をしたいのか? それについてもう答えが出ている事に。ちょっとだけ、苦笑した。一人頷き、決める。

 

 ――行こう。

 

 ベットから降り、部屋の中央に立つ。そして相棒に呼び掛けた。

 

「マッハキャリバー?」

【はい。我が相棒?】

 

 自らの相棒の声にスバルが笑みを浮かべる。それは、いつもと変わらない筈なのに、どこか呆れを含んでいるように聞こえたから。ようやく決めたのか――と。

 答えは出た。ならば、後は向かうだけ。

 

 シオン……会いに行くよ!

 

「行こう! マッハキャリバー!」

【はい、行きましょう。相棒】

 

 そして少女もまた向かう。少年が居る、自分のパートナーも居る。

 

 戦場へ。

 

 

(第十三話後編に続く)

 

 

 




はい、第十三話前編でした。
ちなみに、この666のデータですが二年前の時点で十分チートなのに、今現在は更にパワーアップしてる罠だったりします♪ どんだけ(笑)
そんな第十三話、後編は最初から最後までひたすらバトルとなりますので、お楽しみを♪
ではではー♪

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