魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「優しくしてくれた人、助けてくれた人、その暖かさが嬉しくて。けど、俺はそれから背を向ける。行かなきゃならない所があるから。だから、俺は――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第十二話「その優しさに背を向けて」

 

 時空管理局本局。その会議室の一室に、アースラの主要メンバー達は集まっていた。

 満ちる空気は暗く、そして重い。その中で、ティアナは相棒とも呼べる少女に目を向ける。スバルだ。

 いつもは元気な彼女も、先程まで泣きじゃくりながら、ある少年に付き添っていた。

 少年の名前は神庭シオン。彼は、666の襲撃から半日経った今でも意識を取り戻さない。

 

 ……いや、この先ずっと取り戻す事は無いかもしれない。

 

 自分の嫌な考えにティアナは自己嫌悪を覚えた。

 第97管理外世界、現地名称、地球。

 そこで起きた感染者の襲撃。そして、民間人――ティアナも知る所の人物、アリサ・バニングスへの感染。だが、結局彼女は死ぬ事はなかった。死ぬ事だけは。

 アリサ、シオンは666から謎の攻撃を受け、意識不明になったのである。それは今、管理内外で多発している意識不明者と症状が酷似していた。

 

 ――666。

 

 その刻印に、いかなる意味があるのか。それを刻まれた人は誰一人として目を覚まさない。

 最低限の生命維持に必要な身体機能以外は全て停止していた。つまりは植物人間の状態である。

 そして、今回の件で666に対する警戒レベルは第一級広域次元犯罪レベルに跳ね上がった。現在、各駐留部隊も展開し、666の足跡を追っている最中である。

 単身で第一級広域次元犯罪者とされるのも異例なれば、その対応もまた異例。とてもたった一人の人間に対しての対応ではない。

 何故、そんな事態にまでなったのか? 答えは一つ、その馬鹿げた被害者の多さだ。

 現在、刻印を刻まれ、意識不明となった人数は二千人を越える。広域テロだとかそんな物ではなく、一人の人間が”管理局の警戒システムを抜けて”成した結果だ。こんなにも馬鹿げた話しはない。

 

 そうしていると、ティアナの思考を中断するようにある女性が入ってくる。ヴォルケンリッターの一人にして、アースラの医療全般を管理する女性、シャマル。彼女は暗い面持ちで皆の前に立った。

 

「シャマル……シオン君とアリサちゃん、どうなんや?」

 

 単刀直入にはやてが問う。シャマルはそれに、一瞬だけ息を飲み、首を横に振りながら答えた。

 

「アリサちゃんに怪我は無いわ。シオン君は、肋骨が二本骨折。内臓もちょっと痛めていたわ。ダメージから言って、内臓破裂を起こしていてもおかしくなかったんだけど、そこまでじゃなかったのは奇跡――ね」

「それで、二人は目を覚ます気配、あるんか?」

 

 これが一番聞きたかった事なのだろう。その問いに、シャマルは目を伏せた。

 

「……今の所、二人とも目を覚ます気配は、ないわ」

 

 予想はしていた。だが改めて突き付けられた事実に皆も俯いた。

 

「……私の責任、だよ」

「なのはさん……」

 

 その中で、なのはが絞り出すように声を出す。スバルはそんな彼女の言葉を、首を振って否定した。

 

「なのはさんの所為じゃないですよ。あんなの、止められる訳ないです」

「ううん。私の所為だよ。シオン君にバインド掛けてでも止めればよかった……。アリサちゃんだって、昨日、私が行くって伝えなきゃ……」

 

 自分を責めるなのは。だが、それを遮るように、フェイトが前に立つ。なのはの目を見据えた。

 

「……フェイトちゃん?」

「先に謝るね。なのは、ゴメン」

 

 ――パシン。

 

 会議室に渇いた音が響く。フェイトが、なのはの頬を張ったのだ。なのはは、驚いた表情となった。

 

「フェ……」

「なのは、今する事はぐじぐじって後悔する事? ……私は、違うと思う」

 

 なのはの目を見ながら、はっきりとフェイトは言う。なのはの気持ちは良く分かる。だが、それでも今は言わなくてはならない。

 

「今、大事なのはアリサとシオンを元に戻す事を考える事だよ。……そんな風に悩む事じゃない」

「……ゴメン、そうだね」

 

 フェイトの言葉に、まだ後悔を滲ませながらもなのはは頷く。今大事なのは、二人の意識を取り戻す方法を探る事だ。後悔しているだけでは、何も始まらない。

 

「……スバル、あんたも」

「大丈夫」

 

 そして、ティアナもスバルに声を掛ける。なのはと同じく落ち込んでいたスバルは、しかし無理やりにではあったが笑って見せた。

 

「大丈夫、だよ」

「そう……」

 

 スバルの強がりとも取れる返事に、ティアナは頷く。大丈夫だと、この娘がそう言っているのだ。なら、それを信じるしかない。

 

「……さて。皆、聞いて欲しい事があるんや」

 

 場が収まったのを感じ、はやては唐突に話しを切り出した。皆も頷き、はやての言葉に集中する。

 

「アースラは本部からAAAランクの特秘コードを受けて、任務を追加になった。――追加された任務は666の拿捕、や」

「はやてちゃん……」

 

 なのはが呟く。艦長であり親友である彼女の名を。はやては力強く頷いた

 

「……アリサちゃんにシオン君。666は親友と生徒に手ぇ出したんや。ただじゃあおかん」

「――うん!」

 

 はやては言っているのだ。666に相応の報いを、と。

 復讐ではない。だが、こちらの大切な者を傷つけられてまで大人しく出来る人間でもない。それはアースラのメンバー全員がそうだった。

 

「よし。じゃあ、アースラは今から……!」

「まぁ待ちたまえ。情報も何もなく行くつもりかね? 君達は」

 

 え――? と、はやての言葉を遮るように響いた声に、皆がそちらに振り向いた。そこには、一人の青年の姿がある。

 それは此処には絶対いないはずの人物――いてはならない人物がだった。彼は。

 

「叶、さん?」

「シオンは何処かね?」

 

 いつからそこに居たのか、会議室のドアに背を凭れかからせ、腕を組んで皆を見るグノーシスのトップ。位階『第一位』叶トウヤがそこにいた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「叶さん?」

「……ふむ」

 

 管理局本局医療室。そこに一同は集まっていた。トウヤを案内がてら、皆もついて来たのである。

 シオンは、ベッドの上で眠って――いや、意識を失っている。

 結局、トウヤが何故此処にいるのかを聞けないまま、医療室まで来てしまった。

 すぐ近くにはアリサの姿もある。つい数時間前までは、すずかも付き添っていた。

 だが、このままでは体を壊すと、無理やり本局内の空いていた士官室へと押し込み、眠るように言ったのだった。

 

「あの……聞いてもいいですか?」

「答えられる範囲の質問には答えよう。何かね?」

 

 シオンからなのはへとトウヤは視線を移す。その視線に息を飲むも、促された為、そのまま聞いた。

 

「何故、此処に?」

「……まぁここまで来て内緒にする事でもないか」

 

 彼は「シオンの意思には反するのだがね?」と苦笑しながら言い、その上でこう告げた。

 

「家族が意識不明と聞いたのだ。普通、見にくるものだろう?」

「――――え……?」

 

 一瞬、意味が分からず揃って呆然とする。彼は、今なんと言ったか――? 家族?

 確かに家族ならば見舞いに来るのが当たり前だ。

 アリサの両親とて、さっきまですずかと共に本局に来ていたのだから。と言う事は、トウヤは――。

 

「再度、自己紹介をしよう。グノーシス位階『第一位』……そして神庭シオンの異母兄(あに)、叶トウヤだ」

「――兄弟?」

「正確には異母兄弟だがね」

 

 ようやく意味を理解して、直後に叫び出しそうになるアースラメンバーに、しかしトウヤは柏手を打つようにパンッと絶妙なタイミングで両手を叩いて鳴らした。タイミングを逸し、皆は呆気に取られる。

 

「色々と言わねばならない事や、渡すものもある。とりあえずは先程の部屋に戻らないかね?」

 

 そうして言われた事に一同頷いた。さすが、歳若いながら一組織のトップに立つ男である。あっさりと場を纏めてしまった。

 そして、先程の部屋にゾロゾロと戻る。会議室に入るなり、トウヤははやてにチップを放った。

 

「これは……?」

「666とアポカリプス因子についての情報をまとめたものだ。と、言っても666については二年前の情報だがね」

 

 二年前――確かシオンがグノーシスを出奔したのも二年前ではなかったか。

 

「……叶さん」

「先に言っておこう。シオンが何故、666を追うのか、何故地球を出たのかについては私からは言えない」

 

 はやてが疑問を形として出す前に、トウヤはその疑問を潰す。その声音に、はやては――皆は黙らざるを得なかった。

 

「いつか、知る時も来る。その時まで待っていてくれたまえ」

「……はい」

 

 シオンの過去、それはトウヤの口からは語れない――少なくとも、今は。そう、トウヤは言っているのだ。はやては後ろ髪を引かれる思いで、しかしトウヤに頷いた。

 

「それと、この度は申し訳ありませんでした。預かっていた弟さんを……」

「いや、謝罪しなければならないのは私の方だろう」

 

 続いて謝ろうとするはやてに、しかしトウヤはそう告げる。

 

「今回の件はグノーシスの管理下で起きた。こちらが謝りこそすれ、謝られる事ではない」

「ですが」

「こちらとしては謝られる方が困る」

 

 それだけ告げると、トウヤは踵を返して退出しようとした。もう用は無いとばかりに。はやてはそんな彼に聞く。

 

「もう、帰るんですか?」

「シオンの安否は確認出来たのでね。では、また会おう」

 

 それだけ言うと、トウヤは会議室を出ていった。はやてはせめて見送ろうと会議室を出ると、既にトウヤは何処にもいない。

 

「……あの一瞬で何処に行ったんやろ」

【今、本局の警備システムにデータを呼び出して貰ったですけど。叶トウヤさんの反応。何処にもありませんです】

 

 リインから告げられた内容に、はやては驚く。それはもはや、本局周辺に居ない事を意味するのだから。

 

「あの人、本当何もんなんやろ?」

 

 はやては呟く。その疑問が解けるのはかなり先の事になるのだが――今は知るよしも無かった。

 

「はやてちゃん?」

「ああゴメン、叶さんもう行ってしもうた」

 

 その言葉に当然なのは達も疑問に思うが、解るはずもない。ともあれはやては、再び皆に向き直った。

 

「とりあえず、貰えるもんは有効に使わせてもらおう」

 

 そう言いながら、データが入ったチップを手で弄ぶ。このデータで何が分かるのか――。はやては一人頷くと、皆に改めて告げた。

 

「それじゃあ皆、アースラに戻ろう。んで、666の追撃や!」

『『了解!』』

 

 はやての言葉に一同頷く。そして、出港する為にアースラへと向かったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンはまどろむ。思い出すのはかつての光景だった。そして、かつて言われた事――。

 

『お前はとことん刀しか才能がない』

 

 異母兄の一人にはそう言われた。

 

『お前は一流には至れるだろう。だが、俺達のような異端にはなれない――いや、なるな』

 

 憧れた存在にはきっぱりとそう言われた。

 

『あんたのような人が、きっと辿り着くのね』

 

 月を仰ぐ少女はそう予言した。

 

 それは神庭シオンという存在をもって初めて辿り着くと言う意味。今でも、その意味は分からない――。

 

「う……!」

 

 唐突に目が醒めた。ずきずきと痛む頭で、身を起こす。此処は……? 暗い病室で、シオンはぼんやりと辺りを見回した。

 

【やっと、起きたか】

 

 すると、傍らから声が掛けられた。イクスである。シオンはくっと身体を伸ばしつつ、イクスに尋ねる。

 

「なんか、良く寝た感じがするな」

【それはそうだろう、二日も寝ればな】

「二日も? ――っ!?」

 

 そこで完全に頭が起きた。思い出す、何がどうなったのかを。

 

「イクス! あれからどうなった!?」

【それ以前にシオン、お前はどこまで覚えてる?】

「決まってんだろ! あの人に、刻印刻まれ……て……」

 

 自分で自分が何を言ったのか悟り、シオンは言葉を尻すぼみさせた。そう、自分はあの時――そう思うなり、胸をはだけて胸元を見る。

 そこには消えかけているが、間違いなく666の文字が刻まれていた。

 

「なん、で俺、起きれたんだ……?」

【……】

 

 イクスはそれに沈黙。彼にも何故か分からないと言う事なのか。

 シオンは暫く頭を抱える。刻印を受けたはずなのに、ぴんぴんしている自分。だが、シオンの胸中にあるのは別の事だった。

 666と戦い、手も足も出ずに負けた――全く何も出来ずにだ。我知らずに、拳を握りしめる。

 強くなったと思っていた。でも、666にはまだ至れない、全然追い付いていなかった。俺の二年は、何だった……?

 

「……俺、は」

【シオン】

 

 イクスから声が掛かる。だが、シオンはそれを聞こえないフリをする。

 改めて思い知らされた――666の強さを。自分が憧れ、そして追い着かねば、追い越さねばならない強さを。

 

【シオン。奴に負けたのは別に恥でも何でもない】

「ッ……! それでも!」

 

 それでも、だ。勝ちたかったのだ。何としてでも! ”あの人達を取り戻す為に”。

 

「っ――――」

 

 顔を、立てた膝に押し付けてシオンはうずくまる。その姿はまるで泣いているようだった。暫く、そうして。やがて、シオンは顔を起こす。

 

「……イクス」

【何だ? マイマスター】

 

 シオンの呼びかけに、あえて主とイクスは呼ぶ。それにシオンはぐっと息を飲んだ。拳を、握りしめる。

 

「……アースラの皆は?」

【つい数時間前にトウヤと来ていた。命令が追加になったそうだ――666の拿捕が、な】

 

 そうかと頷く。そして、ベットから出た。ふと前を見ると、そこにはアリサと呼ばれていた女性がいた。……666の犠牲者が。

 

「俺、は……」

 

 思い出すのはある女性。彼女も未だ、目を覚ましていない筈だ。もう、二年も見ていないが――。

 そこまで思い、しかし頭を振って思考を追い出した。待機状態のイクスを掴む。

 

【行くのか?】

「ああ」

 

 何処に? とは聞かない。もう、シオンは決めてしまったのだから

 

「行こう」

 

 666を追う為に――。

 そして、シオンは病室を出た。

 

 朝方、見回りに来た看護士が見たのは、もぬけの殻となったベットだけだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 翌日。それぞれ準備を終え、アースラが出航せんとしていた時、はやての元に届いたのは一つの報告だった。彼女はそれを聞いて呆然とする。

 

「……行方、不明……?」

《はい。朝方、看護士が見回りに来た時には既にもぬけの殻だったそうで……》

 

 シオンが行方不明になった。その報告に、はやては絶句する。誘拐か、それとも――。どちらにせよ、あってはならない事である。だが、事態ははやての推測を裏切った。

 

《警備システムのカメラに映っていたのですが……自分で出て行ったようです》

「なんやて……?」

 

 さらに告げられた報告に、はやては動揺する。当然だ。アリサも含めて刻印を刻まれた人間は、未だ意識不明の状態なのだから。シオンが目を醒ましたのは、驚愕以外の何物でもない。

 詳しく調べれば、もしかしたら他の意識不明者も治せるかもしれない――だが、そのシオンはもういない。

 

「すぐにシオン君を見つけんと……!」

「ですが艦長。今、我々は――」

 

 アースラは命令を受けて今から出航だ。当然、シオンの捜索には向かう暇はどこにも無かった。

 

「――せめて、シオン君の行き場所さえ分かれば、誰かを行かせられるんやけど」

《それならば、本局の転移履歴に残ってます》

 

 今、はやてが通信しているのは本局の警備担当者である。故に、転移履歴をまず調べたのだろう。はやてはその報告に歓声を上げた。

 

「ほんま!? なら、そのデータを至急こちらに送って下さいますか!」

 

 担当者は二つ返事で頷き、すぐにデータを送ってくれた。はやては、逸る気持ちを抑えて内容を確認する。シオンの行き先は、ある意味当然の世界であった。

 

「……よりにもよって、か」

 

 苦々しく呟く。だが、理解は出来た。

 シオンがアースラを降り、そして666の追跡のみに集中するのならば、まず最後に666が確認された場所に行くのが普通だ。

 シオンが転移した先は第97管理外世界。つまり地球であった。

 

「どうしましょう? アースラで向かいますか?」

「うん。それは元から向かう予定やったしね。けど、次元航行で向かってたら時間がかかり過ぎる。シャーリー、悪いんやけど、スターズ3、4とライトニング3、4を呼んでくれるか?」

「はい」

 

 はやての指示にシャーリーは頷き、すぐに四人を呼び出す。数分後、スバル、ティアナ、エリオ、キャロがブリッジに現れた。

 

「八神艦長、どうしたんですか?」

 

 ティアナが皆を代表して聞く。それに、はやても頷いて事情を告げた。

 シオンが目を醒ました事、そして自分の意思で行方を眩ませた事を。

 最初シオンが目を醒ました事に四人とも喜んだが、次に告げられた事にショックを受けた。

 

「そんな……!」

「なんで、シオン兄さんが……?」

 

 アースラの任務には、666の拿捕が追加されたのだ。出て行く必要はない筈――。

 シオンの行動に疑問を抱く四人に、はやては目を伏せながら言った。

 

「……多分、私のせいや」

『『え?』』

 

 どう言う事なのか分からず、聞き返す四人に、はやては666の情報をシオンに意図的に黙っていた事を告げた。

 先程、トウヤからシオンがグノーシスに来た時に、666の被害者の件を話したと、はやては聞いていたのである。

 その為、シオンがアースラを出たとはやては考えたのだ。四人はそれを聞いて、しかしはやてはシオンの身を案じての行動であると容易に理解した。

 

「……あのバカ、単なる誤解じゃない……!」

「いや、意図的に黙ってたんは事実やしな」

 

 はやては目を再度伏せる。ただシオンに無茶をして欲しくなかっただけなのに、完全に逆効果になってしまったのだ。ともあれ今は後悔している暇は無い。

 

「話を戻すよ? 今、シオン君はどうも地球に向かったらしいんよ」

「地球に……? あ、そっか。あそこで666を見たから――」

 

 はやての言葉にスバルが納得の声を上げた。はやても頷く。

 

「うん。で、どちらにしろアースラも調査の為に地球に向かうけど、どっちにしろシオン君には追い付けんと思うんよ。それで、四人には転送ポートから長距離転移で地球に先に向かってシオン君を捜し出して欲しいんよ。頼めるか?」

 

 成る程、と事情を理解して四人ははやての言葉に頷いた。

 

「絶対見つけて来ます!」

「あのはた迷惑を放って置くのは色々危険な気がしますし」

「シオン兄さん、病み上がりですし、このままじゃあ心配です」

「それに、誤解されたままなのも嫌です」

 

 スバル、ティアナ、エリオ、キャロはそれぞれそう言った。それだけ、シオンがアースラに馴染んでいたと言う事でもある。はやては再び頷き、四人に頼んだ。

 

「シオン君の事、よろしくお願いな?」

『『はい!』』

 

 そして、四人もまたシオンを捜す為に地球に向かったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 管理外世界第97世界。地球、日本海鳴市。その町の一角で、シオンは佇んでいた。

 今居るのは、666と戦った場所である。そこから666の転移反応を探っていた訳だが――。

 

「わざと、か?」

 

 シオンは思わず呟く。666の使う魔法術式は特別だ――と、言うより666固有の物である。

 その名を固有魔法、『八極八卦太極図』と、言う。

 666が僅か十四歳の時に自ら考案し、編み出した魔法術式だった。それは異常や天才、と言う言葉では表現出来ない事。

 

 ――異端。

 

 かつての666は自らをそう評した。それはヒトとして決定的に違ってしまった事だと。

 そして、この魔法術式による転移反応はおそらく、シオンとトウヤを始めとしたグノーシスの人間しか解らない筈である。

 だが、それを差し置いても解る程に転移反応があからさまに過ぎた。今からでも追えるだろう。

 

「罠――か?」

【それは無いな。と言うより出来んだろう】

 

 そう、今の666がそれを出来る筈がない。何故ならば666にそんな思考は今、出来ないのだから。

 そこまで考え、シオンは頭を振る。余計な考えだった――と。

 

「……行くか」

【まぁ待て。お前、何も食べてないだろう? それに休みもとってない。しばらく休め。それに――】

 

 イクスの言葉にシオンは空を見上げる。そこには今にも雨が降り出しそうな空があった。

 

【――少なくとも雨が止むまでは、何処か店にでも入って休め】

「……解ったよ」

 

 イクスの言葉に、ため息を吐きながら場所を離れる。それは、あまりに正論だったから。暫くすると、案の定雨が降り出した。

 あの時と同じく、ざぁざぁと。

 

「降って来やがったか」

 

 それを見やりながら、シオンの胸中にあるのは666と対峙した時の事だった。

 そして救えなかった女性――アリサの事だ。

 シオン自身認めたくは無かったが、666の干渉がなければ間違いなく彼女を自分は殺していた。その事を思い出し、苦い表情をする。

 

「俺は、666に救われたのかな……」

【……さぁな】

 

 答えは出ない。出る筈がない。そして、雨の中を歩きながら近くの店に入った。

 それは、喫茶翠屋という名前の喫茶店だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 スバルを始めとした四人――シオン捜索組は、まず地球に着くと同時に666の襲撃場所に向かった。

 しかし当然と言うべきか、シオンの姿はどこにもない。そこでシオンが既に666を追い駆けた可能性を考え、その場所に残った転移反応をティアナとキャロが調べたのだが――。

 

「……キャロ、この術式、解る?」

「その、解りません……」

 

 二人して、その魔法術式に頭を抱える羽目になった。

 特別を飛び越してもはや理解不可能なレベルの術式なのだ。あからさまに残された転移反応なのだが、何が何だがさっぱり分からない術式なのである。

 高度なレベルで編まれているのは解る。だが、その構成は極めて緻密。ここまでのものになると、いっそ魔法術式の専門家を呼んだ方が早い。

 

「でも、これでまだシオンは此処にいる可能性が出て来たわね」

「え? 何で?」

 

 唐突なティアナの台詞に、スバルは疑問符を浮かべる。それに、彼女は自分の予想を話し始めた。

 

「流石にこんな魔法術式じゃあ転移反応なんて解んないわよ。なら、666か感染者が見付かるまでは下手に転移しないと思うし」

「成る程ー」

 

 ティアナの予想にスバル達が感嘆の声をあげる。……実際の所は、シオンはもはや転移先を知っていたのだが――当の本人は翠屋で休憩を取ってる最中だったりするので、当たらずも遠からずと言った所か。ともあれ、この周辺を探す事にする。

 

「それじゃあ此処から先はそれぞれ手分けして捜すわよ?」

「うん。解った」

「「了解です」」

 

 ティアナの指示にそれぞれ頷く。そして、それぞれ何処から捜すか。合流場所は何処か。定時連絡は何時間置きかを決めた。

 

「雨が降っているから皆、滑って転んだりしないようにね? それじゃあ行くわよ!」

『『了解!』』

 

 ティアナの号令で四人は弾かれたように動き出す。かくして、シオンの捜索は開始されたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンが翠屋に入ってしばし経つ。その彼の前にあるテーブルには、所狭しと並ぶ料理があった。

 シオンは三日程何もお腹に入れていない。その為、頼んだ量の料理だったのだが――シオンは、出された料理を片っ端から腹に入れた。

 

「いや、いい食べっぷりだね」

 

 翠屋の店長。高町士郎がシオンに声を掛ける。これだけ食べて貰えれば料理人冥利に尽きるだろう。ちなみに作ったのは、喫茶翠屋名物パティシエであり、彼の妻である高町桃子であった。

 

「いや、俺もまだまだですよ」

 

 士郎の言葉にシオンもまた謙遜する。なにせ、自分を越える食欲の持ち主を知っているからだ。スバルとかギンガとか――前線メンバーは基本的に消費カロリーが半端では無いので当然ではある。あるのだが、流石にあの二人は食べ過ぎだろうと思った事があったりする。

 ――そこまで考えて苦笑し、シオンは頭を振って、思った事を追い出した。

 自分はあそこをもう降りた身だ、と。そんなシオンを見て、士郎が言葉を掛けてくる。

 

「そうかい? ……なぁ君。無理してないかい?」

「……無理、ですか?」

 

 「ああ」と、シオンに士郎は返す。胸中に浮かぶはかつての――まだ幼年期だった未娘の姿だった。

 自分は怪我を負い病院から出られず。妻と息子、そしてもう一人の娘は忙しく、彼女を幼少時にあまり構えなかったのだ。いつも明るく振るまっていたが、無理をしていたのは解っていた。

 今、目の前の少年はそのかつての末娘と多分に重なる。

 

「してないですよ。無理なんか。……でも」

「でも?」

 

 士郎に促され、シオンは話す。それは、普段のシオンであれば考えられない事だった。

 

「優しさに背を向けるのは辛いな、とは思います」

「……」

 

 シオンの言葉に士郎は黙り込んだ。優しさに背を向ける。その言葉を放った少年の顔が、まるで泣きだしそうにも見えたからだ。

 

「一つだけお節介を焼いてもいいかな?」

「お節介?」

 

 士郎の言葉に疑問符を浮かべるシオン。「ああ」と士郎は頷いた。

 

「君に何があったのかは僕には解らない。優しさに背を向ける理由もね」

「……」

 

 シオンの前の、空になった食器を片付けながら士郎は言葉を紡ぐ。その声音はとても優しかった。

 

「でも、いつかはその優しさに応えてあげなさい。それは、君にとって大切な物の筈だろうから」

「…………」

 

 士郎の言葉に、しかしシオンは答える事は出来ない。だが、その言葉は少年の中にスっと入った。

 

「今は解らなくていい。でも、いつかは考える事だよ。その時に、僕の言葉を覚えていて欲しいな?」

「……はい」

 

 士郎の言葉にシオンは頷く。不思議だった。この男性に自分は何も状況を喋っていない。

 だが、この男性はまるでそれらを理解しているように話していたのだ。

 何故かそれに苛つくこともなくシオンは素直に頷いていた。

 そこまで考えて、シオンは目の前の男性に名前を聞きたくなった。

 

「名前、聞いてもいいですか?」

 

 唐突な、そしてあまりに無躾な問い。だが、彼はその言葉に笑いながらも答えてくれた。

 

「士郎、高町士郎」

「俺は、神庭シオンって言います」

 

 二人は名前を互いに告げる。シオンにとって、何故この男性にそこまで親しみを覚えているのか自分でも疑問だったが――その答えがフッと浮かんだ。

 

 ――そっか。父さんってこんな感じなのかも知れない――。

 

 その存在は、シオンにとって一度も見た事のない存在。見ないままに消えた存在だ。だから士郎に、そんな幻を見たのかもしれなかった。

 

「さて、コーヒーでも飲むかい? 奢るよ」

「それじゃあ、有り難く頂きます」

 

 そして、シオンは666の襲撃以来、始めて笑みを浮かべたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 雨の町を歩く。先日も雨だったが、今日はむしろ小雨に近い。

 歩くスバルはそこだけ救いがあると思った。

 

 ……シオン。

 

 そして、心の中で少年の名を呟く。666と対峙したシオンを見て、自分は何と思ったか。

 それは恐怖だったかもしれない。しかし、それ以上に感じたのは哀しみだった。

 あのシオンはどこか哀しかった。まるで、大切な人と戦ってるような感覚。それをシオンから感じたのだ。

 

 ――アンタが! ……何で、アンタがぁ!――

 

 あの言葉にどんな気持ちが込められていたのか。

 憤怒――悲哀。

 あの時のシオンは、他の誰にも向けた事のない程、感情に溢れていた。それはスバルには引き出せ無かったもの。

 

 何か、モヤモヤする……。

 

 その感情がスバルは解らない。まだ知らない。だから、尚更にモヤモヤするのか。

 

《……スバル、そっちはどう?》

 

 そんな事を考えていると、唐突にティアナから通信が入った。定時連絡の時間か。同時に海鳴公園に入る。

 海を臨む公園だ。雨が降ってなければさぞかしいい景色だろう。

 気付けば辺りは暗くなり始めている。日が沈み出しているのだ。

 

《ううん、まだ見付から――》

 

 何故だろう。スバルはそこで言葉を切った。

 ……何故だろう。街灯が照らす、向こうが気になったのは。

 そして、何故だろう。そこに彼が居ると、確信したのは。

 

《スバル……?》

 

 ティアナから呼び掛けられる。しかし、スバルは無意識に通信を切った。

 歩く。

 歩く。

 そして、その姿を見る――彼を、見つける。

 

「……シオン」

 

 そこにはベンチに座り、一人佇むシオンが居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 その背中を見る。シオンをスバルが見つけた時、胸に抱いたのは喜びだった。

 それは、はやてから目を醒ましたと聞かされても抱けなかった程の感情。だけど、近付けなかった。

 何故かは解らない。ひょっとしたら、近付いてしまうと消えてしまいそうな感覚を覚えたからか。

 シオンの背中は、まるで幻のようにスバルには思えた。それ程までに、彼の背中は儚い。

 気が付けば日は完全に沈み、辺りは夜の帳が包んでいた。

 スバルはしかし、シオンに声が掛けられない。時間だけが過ぎていく。

 そうしていると、暫くしてシオンが立ち上がった。雨の中、ゆっくりと――。

 

「あ……」

 

 声が、出ない。シオンは行ってしまうと言うのに。

 

「あ、あ……シ……」

 

 脳裏に浮かぶのは、二日前のシオン。

 666に刻印を刻まれ、意識を奪われたシオンだ。

 もし、また刻印をシオンが刻まれたら? 次は目覚めなかったら?

 最悪の結末だけがスバルの脳裏を過ぎる――声が出た。

 

「シオンっ!」

 

 叫び。届けと張り上げるその声に、シオンがびっくりしたように身を震わせて、直ぐさま振り向いた。

 

「スバ、ル……?」

 

 目を見開いて、こっちを彼は見た。その表情は驚き。

 シオンの顔を見て、スバルは泣きそうになった。自分の名前を呼ぶシオンの声に、泣きそうになる。

 幻のようだったシオンは、漸く実像をスバルの中で結んだ。

 

「シオン……」

 

 だけど言葉が見付からなくて、ただ名前だけを呼ぶ。シオンはゆっくりと近付いて来た。来てくれた。雨が降る。ざぁざぁと。

 

「……よう……」

「……うん……」

 

 それは会話にすらならない会話。二人とも、言葉が見付からないのだ。だが、それでも話さなければならない――ややあって、シオンが嘆息しながら聞いて来た。

 

「俺を、連れ戻しに来たのか?」

「……うん。あのね、シオン」

 

 そして、スバルもようやく話し始める。はやての事が誤解である事。アースラの任務に666の捕縛が加わった事を、だ。

 

「だから……ね? シオン、帰ろう?」

 

 アースラに。一緒に。それは。スバルにとって祈りとも言える言葉。だけど、シオンはただただ首を横に振った。

 

「なん、で?」

 

 シオンの返答に顔をくしゃくしゃにして、それでもスバルは聞いた。聞かなければならないから。……一緒に帰って欲しいから。でも、シオンは是と答えない。そのまま、言って来る。

 

「もう、決めたんだ。俺は666しか見ないって。そして――」

 

 ――そんな自分はアースラに居る事は出来ない。そう、告げられる。スバルは崩れそうになる心で、それでもとシオンの目を見つめた。

 

「そんな……そんな事ないよ!」

 

 声を荒らげるスバル。しかし、シオンは取り合わない。絶対に、譲らない。

 

「俺は、優しさの中に居れない。入れない。だって俺は……」

 

 復讐者だから。それは哀しい答え。だから、スバルはシオンの答えに、首をいやいやとするように横に振った。

 

「なら、忘れよう? 復讐なんて、忘れて――」

「それは出来ない。過去の俺が否定する。今の俺が拒絶する。そして、未来の俺が許さない」

 

 淡々と、淡々とシオンは告げる。もう決めた事だから、決めてしまった事だから。だから、頷かない。

 

「……ごめん。スバル、俺はこれだけしか言えない」

「シオン……!」

 

 スバルは叫ぶ。こんなにも叫んでいるのに、気持ちは届かない――通じない。

 

「ごめん」

 

 シオンはもう一度そう言いながら、スバルの横を抜けた。

 スバルはすぐにシオンに振り向こうとして。

 

 次の瞬間、シオンに抱きつかれた。

 

「え……?」

 

 背に手が廻される――ギュッと力を込められる。優しく、ゆっくりと。スバルは、シオンの胸に抱かれた。

 

「シ……オン……?」

「最後に言っとく」

 

 抱きついたままシオンは言う。それは多分、今生の別れとして。

 それを悟ったスバルは涙を浮かべ、唇を噛んだ。

 

「優しさの中に居させてくれて、ありがとう。お前と会えて、本当によかった。そして」

 

 別れの言葉は紡がれた。

 

「さよなら」

 

 背に廻された手は離れ、シオンは背中を向けたまま歩く。

 

「シオン……!」

 

 叫び、だけどスバルは駆け寄れない。その場に膝をついて、涙を流す。

 ただ名を呼ぶ事しか出来ない。そして、シオンは止まらない。

 やがて、スバルの目の前で魔法陣が展開し、シオンはこの世界から消えた。

 

「シ、オン……う……う! うぅぅ……!」

 

 スバルは泣き続ける。雨の中で、ただ一人。ただ、ただ、泣き続けた。

 

 

(第十三話に続く)

 




次回予告
「シオンはアースラから去った。その事実にスバルは泣いて」
「しかし、再び現れる666に、アースラは対処を求められる」
「そして、シオンもまた、彼の存在と再びの対峙を果たす」
「シオン、アースラ、666――三者の戦いの果てに判明する残酷な真実とは」
「次回、第十三話『痛む空』」
「少年の悲痛な叫びが、空へと響き渡る」

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