魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第十二話の後編であります♪
こっから一気に鬱展開に突っ走りますが、大目に見てやって下さい♪
にじふぁん時にはアリサ道場がありましたが――復活させようかな?
では、第十二話後編どうぞー♪


第十一話「ナンバー・オブ・ザ・ビースト」(後編)

 

 出雲本社ビルの存在しない筈の地下施設。応接間のソファーの座り心地が良く、スバルは思わず気を休めたように息を吐く。

 

「ふむ――緊張は解けたかね?」

 

 それを見たか、前に座る叶トウヤから声が掛けられた。

 今、応接間のテーブルを挟んでトウヤと対面するように、なのは、スバル、シオンはソファーに座っている。

 ちなみにユウオと言う女性は、お盆を持って紅茶を入れたカップを置いた後、トウヤの後ろに立ったまま控えている。

 その感じから秘書かな? と、なのはとスバルは思った。……先ほどの衝撃映像に関しては取りあえず置いておく事にする。

 

「あ、いえ……ありがとうございます」

「構わないさ。さて、私は名乗ったのだから、是非君達の名前を聞きたい所だね?」

 

 トウヤが柔らかい笑顔を向けながら名を聞いてくる。――その笑顔をどこかで見た気がする。

 だが、どうにも思い出せないので、こちらも置いておく事にした。

 

「はい。では、まず私から。時空管理局教導官。高町なのは一等空尉です」

「えっと、同じく時空管理局局員。スバル・ナカジマ一等陸士です」

「……」

 

 なのは、スバルがそれぞれ自己紹介をする――が、シオンだけは口を開かない。

 そんな彼の態度に、なのはもスバルも、先を促そうとする。だが、その前にトウヤが手を前に出し留めた。

 

「ああ、彼については構わない。”よく、知っている”のでね。……シオン。久しぶりだね」

「……うん、久しぶり」

 

 シオンもトウヤも言葉少なげにしか話さない。

 かつてシオンはグノーシスに所属していたのだから、知り合いでも何もおかしくはない。ないのだが、二人の交わす微妙な会話に、なのはとスバルはきょとんとした。それを察してか、トウヤは彼女達に向き直る。

 

「では自己紹介も済んだ事だし――始めるとしようか? お互いが解り合う為の、交渉を」

 

 そして、そう宣言した。これから、グノーシスと管理局の、実質最初の交渉が始まる――。なのは、こくんと頷いた。

 

「まずはそちらの要求から聞こう。ああ、ちなみに前の担当者がこちらに要求した件については忘れるとするので安心したまえ」

「……では」

 

 トウヤに促されるまま、なのはが口を開く。こちらが求めるものを静かに言いはじめた。

 

「管理局が貴方達、グノーシスに望むのは二点です。一つは情報。アポカリプス因子。そして、ナンバー・オブ・ザ・ビースト。この二つの事柄について情報の開示を」

「ふむ。条件付き、と言う事でよければ、そちらは構わない。――もう一点について聞こうか」

「もう一点は、アポカリプス因子感染者に対しての協力をお願いします」

「ふむ」

 

 なのはの言葉に一つ頷くトウヤ。カップを手に取り、紅茶を一口啜る。そして、きっぱりとこう言った。

 

「その件については断る」

 

 一瞬、なのはは言葉を失った。あまりに即答すぎて、思考停止してしまったのである。ゆっくりと呼吸をして、断られた事実を把握して問い直した。

 

「……何故、と聞いても良いでしょうか?」

「簡単な事だよ。こちらは自分達の世界を守るのに手一杯なのでね。”無関係”な世界にボランティアで貸し出せる人員はいない、と言う事だよ」

 

 平然と言ってのける。なのははそんなトウヤの態度に、少しムッとした表情になった。

 

「無関係とはどう言う事でしょう? そもそも、シオン君の話しによればアポカリプス因子はこの世界から生まれたものでは?」

「……ふむ。その前提からもはや間違っているね。シオン、お前も勉強不足だよ――まぁ、二年前だと、我々もその認識だったか」

 

 事もなげに言う。シオンも眉を寄せていた。二年前――つまりは、自分が出奔してから、因子発生の新しい発見があったのか。なのはとスバルも軽く驚いていた。

 

「……どういう事でしょう? 因子はこの世界から他の世界に渡ったのでは?」

「いや、違う」

 

 きっぱりと言い放つ。因子は、この世界由来のものではない――? なら何故、因子はいろんな世界に出現しているのか。

 

「解らないかね? 考えてみればすぐに解る事なのだが……そも、因子は何故、感染するのだと思う?」

「……それ、は」

 

 解らない。そもそも、それを調べている真っ最中なのだ。なのはが答えに窮しているのを見ながら、トウヤは答えを出した。

 

「簡単な話しだ。あれは単体では進化の敵わない存在、と考えれば答えはたやすい。あれの目的が進化にあるかは解らない――が。そもそも、アポカリプス因子は感染者が第三段階にならないと空間に干渉する事は出来ないのだよ。ましてや世界に感染しつつ渡るなど最終段階にならなければ不可能だ」

「なら、どうして多くの世界に出現しているんですか?」

 

 なのはの言葉に、トウヤはまたもふむと頷いた。足を組みながら冷たい目を向け、答える。

 

「渡っていないのならば後は自明の理だと思うがね? 簡単な話しだよ。因子はその世界で生まれている」

「…………」

 

 トウヤの出した答えに、暫くなのはも絶句する。それは則ち、一つ一つの世界で因子が生まれている、と言う事に他ならないのだから。

 

「後でそちらに渡すデータに添付するが、他世界でアポカリプス因子が生まれている映像もある。ああ、勿論偽造などではない。安心したまえ」

 

 勿論、一向に安心などは出来ない。それが真実ならば、全ての世界で因子が生まれる可能性もあるのだ。事態のより一層の悪化をそれは意味している。

 

「さて。これで理解は出来たと思うが、こちらが君達に協力する謂れも義務も、ましてや義理すらもない。この件はこれで終わりでいいかね?」

「それは――」

「何が不満かね? こちらは情報を開示すると言っている。それ自体が協力行為だろう?」

 

 トウヤの言葉になのはは唇を噛む。確かに、その通りだ。こと、アポカリプス因子については一番欲しかったのは情報なのだから。

 最低限の要求は通ったと、なのははそのまま頷こうとして――。

 

「異議あり」

 

 ――その言葉に動きを止めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「異議あり」

 

 その言葉を放ったのは、シオンだった。なのはもスバルも、呆然とシオンを見る。トウヤもそちらへと視線を向けた。

 

「異議かね?」

「ああ。確かにグノーシスが他世界に関与する義務はない。だけど義理はある」

 

 シオンの言葉にトウヤはフムと再度頷く。その目が楽しそうに細められているのは気のせいか。

 

「よかったら聞かせて貰えるかね? その義理とやらを」

「簡単な話しだよ。そもそものグノーシスの理念だ。グノーシスの最優先事項は因子を消し去る事にある。俺の記憶が確かなら、その筈だろ?」

 

 二年前の記憶を引っ張りながらの、シオンの言葉。それに、トウヤも頷いた。

 

「その通りだ。第97管理外世界、地球――我々の世界は、元々感染者により滅んだ世界の寄せ集めだからね」

「そう、全次元世界において、因子による最初の被害を受けた世界――それが地球で、グノーシスはその対処を求められた組織だ。だからこそ、因子による世界の崩壊を未然に防ぐ事が目的だった筈だ。だから、義務は無くても義理はあるはずだろ? その理念の為って言う義理が」

 

 そこまで言われて、トウヤはシオンを見てニヤリと笑う。よく出来た――その瞳が、そう語っていた。

 

「だが、それだけでは動けないのもまた必定だろう? いくらそれが目的だろうと、それだけでは組織は成り立たない、こちとら無償のただ働きをする余裕は無い」

「……それについてなら、こちらから提供させて貰えるものがあります」

 

 そこで、なのはがシオンの言葉を継ぎ、トウヤに答えた。ようやく、彼のその言葉を引き出せたからだ。それを言わせるのが、彼女の目的だった

 

「ふむ、何を提供して貰えるのかな?」

「……シオン君の話しによれば、イクスのようなロストロギアは珍しくない――と言う話しでしたね?」

 

 ――地球にはそんな謎がある。

 まるで引き寄せられるが如く、ロストロギアが大量にあるのである。それについては、また諸事情があるのだが――シオンは敢えて、その事は伏せた。勝手に教えていいものでも無い。

 ともあれ、グノーシスは今の所地球上のロストロギアに関しては、管理してはいる。だが。

 

「曲がりなりにもロストロギア。扱いや封印が出来ないものも多数あるのでは?」

「確かに、その通りだ。……なる程、つまり君達は――」

 

 はい、となのはは頷く。そして、自分達の、管理局側の手札を迷わず切った。

 

「ロストロギア関連に於ける技術。これを提供させて頂きます」

 

 言われた言葉に、成る程とトウヤは頷いた。実際、その話しは大きい。

 管理局はその巨大さ故に様々な問題がある組織だが、その大きさ故の利点もある。

 つまり、技術力だ。様々な世界との交わりで、常に技術は向上しているのである。

 実際、グノーシスと管理局では、武装系技術はともあれ、その手のものならば、技術力の差は十年や二十年では済むまい。

 

「――なる程。これは、検討のしがいがあるね」

「如何でしょう?」

 

 なのはの台詞を楽しむように、トウヤは少しばかり思案した。どこまでの技術提供を受けられるか――そこは、これからの交渉次第だろう。トウヤの腕次第とも言える。ならばと彼は頷いた。

 

「協力について検討しよう。……こちらからの技術提供も含めて、ね」

「ありがとうございます」

 

 なのははトウヤの答えに頭を下げた。内心では安堵の息を吐いている所だろう。トウヤはそんな彼女に微笑を浮かべていた。

 

「まぁ、詳しくは明後日の本交渉次第だね」

「はい」

 

 そこまで聞いて、二人の会話にスバルがおや、と声を上げた。交渉はなのは担当であったし、そう言ったのは自分はよく分からないので、ずっと聞いてるだけだったのだが。

 

「えっと、じゃあ今日の前交渉って……?」

「ようはお互いの要求を出すだけが今回の目的だよ。もっとも、面白い話しが聞けたがね」

 

 トウヤの答えに成る程とスバルは頷いた。互いの要求を出して、本交渉に備えると言う訳だ。勉強になるなーと言った顔の彼女に、横でシオンが肩を竦めた。

 

「紅茶、冷めてしまったね。ユウオ、悪いが淹れ直してくれるかね?」

「うん」

 

 それまで立ったまま控えていたユウオが、トウヤからカップを受け取り、下がった。そのまま部屋を出る。彼はそれを見送って、なのは達に視線を戻した。

 

「さて、では前交渉は終わりだ。これからどうするかね?」

「せっかくなので、私は施設を見せて貰おうと思います。スバルとシオン君はどうする?」

「あ、私もなのはさんと一緒に見て回ります」

「俺は――」

 

 シオンは一旦言葉を切って前を見る。そこにはこっちを見るトウヤがいた。……彼と話しをしなければならない。色々と――本当に、色々と。

 

「少し、この人と話しがありますから」

「そっか。うん、なら後で合流って形でいいかな?」

「はい」

 

 シオンが頷くのを、なのはとスバル見る。席を立ち上がった。トウヤも視線を壁に移す。

 

「リリイエ君。悪いが高町君とナカジマ君の案内を頼めるかね?」

 

 そう言うと、今まで壁に控えていたアシェルが頷いて前に出た。扉を開き、なのは達を促す。

 

「では高町一等空尉、ナカジマ一等陸士。僭越ながら私が案内させて頂きます」

「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 頭を下げて、なのは、スバルは、アシェルの元に向かった。そして、シオンへと振り向く。

 

「それじゃあシオン君、また後でね」

「シオン、あんまり遅くならないようにね」

「……了解」

 

 シオンの返事を聞いて、二人は退室した。紅茶を淹れ直しにいったユウオもいない。部屋に二人きり――シオンは逃げ場が無くなったような感覚を得ながら、トウヤへと視線を戻した。彼は微笑する。

 

「さて、こうやって会話するのは本当に久しぶりな気がするね……。改めて言おう。シオン、元気そうで何よりだ」

「……うん。皆も元気そうでよかった」

 

 それだけは本当に――本当に、そう思いながらシオンは言う。……自分には、心配する権利なんてない。それを知りながら、シオンは言う。トウヤも頷いた。

 

「……二年、長いものだね? シオン、色々聞かせては貰えるのかな?」

「うん。その積もりだよ――」

 

 そこでシオンは言葉を切る。そして目の前のトウヤを見た。目を見て、真っ直ぐに――続ける。

 

「――”トウヤ兄ぃ”」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アポカリプス因子は、何処にでも現れる――それが例え、どんな場所であろうとだ。

 だが、因果と言うのがあるとすれば、それはあまりに皮肉としか言いようがなかっただろう。

 

「すずか、走って!」

「アリサちゃん!!」

 

 感染者は、町に現れる可能性もあるのだ。どれだけ確率が低かろうと。そして、それが人を襲わないなんて保証はない。

 

「痛っ……っ!」

「アリサちゃん!」

 

 そして、襲われる人がどんな存在なのかも、また関係がない。

 

「……すずか、アンタは先行きなさい」

「駄目! 駄目だよアリサちゃん!」

 

 そう、そして――。

 

「いいから、はやく!」

「嫌!」

 

 ――感染者が、人を新たな感染者にしない理由はない。

 

「……ごめん、すずか」

「いいから、急ごう?」

 

 それは、よくある話し。それが例え悲劇だったとしても、どこにでもある話しだった。

 

「……ごめん……すずか」

「アリサ、ちゃん?」

 

 現実は容赦がない。そして、また。

 

「アリサ、ちゃん……? いや……! いやぁぁぁぁ―――! 」

 

 こんな筈じゃない結果が生まれるのも、よくある話しだった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンはトウヤと会話を終え、なのは、スバルと合流先である町に出ていた。それは海鳴市と言う町だった。海を仰ぐ、いい町だろう。

 なのは曰く、久しぶりに親友達と会うそうなので、そちらにセーフハウスとして用意して貰ってる別荘があるらしい。

 なのはもスバルもまだ出雲本社ビルにいる。いろいろ興味を引かれるものがあったらしい。

 だからシオンは先にこの海鳴に来ていたのだ――来たはいいのだが、道が解らない。

 まぁ、後でなのは達と合流すればいいや、と呑気に考えて、ブラブラ歩く。

 シオンにとって徒歩とはそれだけで有意義だ。歩くのが好きなのである。

 それがなんでなのかと聞かれたら困るのだが。そうして歩いて行くと、海を臨む公園に出た。

 さぞかしいい景色なのだろう――雨が降っていなければ。

 ザァザァと降る雨は、それだけで気が滅入る。そうして思い出すのは、さっきのトウヤとの会話だ。

 先ほど話していたのは666について。しかし、グノーシス側でも殆ど何も解らないとの事だった。

 ――だが、一つだけ教えてもらった事がある。それは、管理局はやはり信用出来ないと言う事だ。

 トウヤが教えてくれたのは、666の仕業と思わしき被害者達の事だった。グノーシス側でも独自に追っていたらしい。666のかつての立場を考えれば当然の事ではあったが。

 ともあれ、それを自分に黙っていた事が、管理局に対しての不信になっていた。

 実際の所、はやてはシオンを心配した為の措置だったのだが――そんな事は、シオンにとって見れば知った事では無い。はやての気遣いは、完全に裏目となりつつあった。

 

「……666……」

 

 許せない存在。何を置いても最優先しなければならない存在だ。

 だが、それに割り込む奴達がいる。アースラの面々だ。

 彼等、彼女達と過ごす時間は、シオンにとって幸福だった。幸せすぎて、忘れていた。幸せすぎて、見ないようにしていた。

 でも、この間再認識した。やはり自分は666を優先すると言う事を。

 

「……降りるか」

 

 アースラを降りるか、否か。それをシオンは迷う。元々アースラに居るのも、666を探す為だ。それが、放っておくならともかく邪魔したのならば居る意味も無い。……しかし、ここで降りるのは――悩むシオン。

 

 だが、時は、運命は、シオンを待たなかった。

 

【シオン!】

「イクス?」

 

 イクスに、疑問の声を上げる。滅多に喋らないイクスが声をここまで上げるのは珍しい事だった。何があったと言うのか。

 

【感染者の反応がある! 近いぞ! 】

「ッ――! 何処だ!?」

 

 そこまで聞くと、シオンはイクスに言われるまま反応があった場所に駆け始めた。

 そう、運命は待たない――選択、と言う名の運命は。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なのは達に緊急連絡し、シオンはそのまま駆け抜ける。

 吹き上げる魔力を放出し、トップスピードで現場へと向かった。

 感染者は”二体”。最短の道をイクスの指示に従い走る。シオンの胸中にあるのは焦燥だ。

 今、走っている区域はどう見ても街中である。こんな所で感染者が出現――それは、とんでもない事だった。最悪の事態に繋がりかねない。

 

【左の曲がり角を曲がれ! そこの路地裏だ!】

 

 言われるがいなや、路地裏に飛び込んだ。

 そこには、今まさに女性へと襲い掛からんとする異形の姿があった。感染者だ。

 オーク鬼、そう呼ばれる生物の感染者である。何故に、この世界にそんな生物が――?

 一瞬だけ疑問に思うが、シオンは即座にその疑問を頭から追い出た。

 

「イクス!」

【セット・レディ!】

 

 叫び、瞬時にバリアジャケットを纏った。イクスも大剣に変わる。

 そして、女性と感染者に割り込むなりイクスを一閃。

 

    −斬−

 

 一瞬にして、感染者の首を落とした。しかし、そこから異形は再生を開始する。だが無論、シオンも止まらない。

 

「絶影!」

 

    −閃−

 

 放つは最速の斬撃。高速の一刀は、即座に胴を断った。悲鳴が上がる。感染者と、背後の女性から。

 構わなかった。シオンは止まらない!

 

「終わりだ! 神覇参ノ太刀、双牙ァ!」

 

    −撃!−

 

    −裂−

 

 追撃で放たれるは、地を走る双刃。魔力で形成された斬撃は、たやすく感染者の四肢を断ち斬った。

 まだ終わらない。落ちてきた胴体と頭を、真っ正面。唐竹割りの一撃が両断する。

 

「――絶影」

 

 そして、漸く感染者は塵へと消えた。シオンはふぅと息を吐く。何とかなったか――。

 

「大丈夫、ですか?」

 

 振り向いて、倒れていた女性に手を貸して起こしてやりにいく。だが、女性は激しく首を振ると、シオンの背後に向けて叫んだ。

 

「アリサちゃん!」

 

 ――瞬間、シオンは言葉を失った。そう、イクスは言っていたでは無いか。

 感染者は二体だと。ゆっくりと、シオンは後ろを振り向く――そこに居たのは、黒の点に全身を侵され、こちらへとにじり寄る金髪の女性。

 

 アリサ・バニングスが居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 雨は降る。ざぁざぁと。

 それを受けながらシオンは呆然とし――。

 

「……ッ!」

 

    −撃!−

 

 次の瞬間、放たれた右の拳を受け止めた。それで我に返る。現状を、認識する――無理やりに。

 

「イクス……?」

【……駄目だ。もう、完全に――】

 

 ――感染している。

 

 それはあまりに無情な言葉であった。もう、どうしようもないと言う事を意味するものだったから。

 

《シオン君! そっちの状況、どう!?》

「……なの、は先生……」

「なのはちゃん!?」

 

 シオンの横にウィンドウが展開して、なのはの顔が映る。空を飛んで向かって来ているのだろう。背に見えるのは未だ降り止まぬ雨雲だった。響いた声に、なのはもまた驚いたように目を丸くする。

 

《すずかちゃん!?》

「なのはちゃん! アリサちゃんが! アリサちゃんが!」

 

 すずかの剣幕。そして、親友の名前になのはの顔から血の気が引いていった。

 知り合い――いや、友人だったのか。なのはの表情にシオンは歯噛みし、しかし淡々と報告し始める。

 

「……先程、感染者を一体撃破しました。でも、その後ろに民間人がいて」

《……どう、なったの……?》

 

 一瞬迷う。だが、それは告げねばならない事。一度だけ目を閉じ、覚悟を決めると事実だけを告げた。

 

「民間人はアポカリプス因子に感染。今、攻撃を受けてます」

《……う、そ……?》

 

 なのはの呆然とした声に、しかしシオンは首を振る。横にだ。

 そして、ウィンドウを感染者に――アリサと呼ばれた女性に向ける。

 

《……そんな……!》

 

 アリサの姿を見て絶句するなのは。そんな彼女に、シオンは首を振り、更に告げた。

 

「……恨んでくれていい」

「え……?」

《シオン、君?》

 

 なのはとすずか、二人が呆然とシオンに問う。だがシオンは構わなかった。イクスを持ち上げる――。

 

「憎んでくれていい。ただ、俺を――俺だけを憎んでくれ」

《何? 何を言ってるの? シオン君》

 

 なのはが問いを重ねる。だから、シオンは答えた。そう、これはやらねばならない事だと。

 ……例え、それが憎まれる結果になろうとも。

 

「彼女を殺します」

 

 ――それだけ。それだけを、シオンは二人に告げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《だ、駄目!》

 

 何を言われたか分からずにいたなのはは、我に返るとすぐに叫んだ。

 しかし、シオンはそれを無視する。ゆっくりと、ゆっくりとアリサに近寄った。

 

《シオン君!》

「なら、貴女に彼女を殺せるんですか?」

 

 シオンの問いになのはは絶句する。感染者の末路はただ一つ。一つしか、ない。

 イクスを構えると、同時に隣にいるすずかにバインドをかけた。

 

「……っ! これ……!?」

「ごめん。でも、邪魔されたくない」

 

 上段にイクスを持ち上げた。感染者となったアリサと言う女性はしかし、そのまま動かない。まるで、刃を待つかのようだ。彼女もまた、待っているのか――斬られる事を。

 

「アリサちゃん! 逃げてぇ――!」

《シオン君! 駄目ぇ――!》

 

 二つの声を無視する。そして、目の前の感染者を見た。腕が――いや、全身が震える。

 怖い。目の前の命を奪う事が、ただただひたすらに怖かった。

 ゆっくりと目を閉じ。そして、開ける。

 

「……ごめん」

「…………」

 

 シオンの謝罪に、しかし感染者となった少女は答えない。咆哮すらもあげない。当たり前だ――だが、シオンは頷いた。そして、刃を振りかぶる!

 

「おぉぉぉぉぉぉ!」

 

 叫ぶ。せめて苦しまないように、一撃でと。次の瞬間、刃は迷いなく放たれ――。

 

 ――刃が届く寸前に、虹の光芒が感染者となったアリサを貫いた。

 

「な!?」

「Aaaaaaa――――――!」

「っ……!」

 

 虹の光に押されてシオンは後へと飛ばされる。やがて、虹の光芒はアリサの身体から”何か”を引き出した。同時に、アリサの身体に刻まれるは刻印。

 

     666!

 

 舞い降りる。黒の王――純粋なる黒の魔王が。

 軋む。その存在の前に世界が。

 

 666は再び、シオンの前に顕れ、その場に降り立った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 雨はずっと降っている。ざぁざぁざぁざぁと、降り止む気配を見せない――

 

 ――その光景にあって尚、純粋な黒は異質だった。

 

 ――声が出ない。

 

 喉がやけに渇く。目の前の存在はただそこに在る。

 今度は立ち去る気配はない。こちらを、ただ感情の無い目で見る。

 シオンの脳裏を、様々な思いが駆け巡る。

 

 ――お前は、相変わらず――。

 

 その言葉と、そして思い出すのは教会。その床に寝そべって、刻印を刻まれた少女。

 

 ――ごめん、ね……。

 

 そして、その刻印を刻んだもの――ナンバー・オブ・ザ・ビースト! シオンの全てを奪った存在!

 

「てぇめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 叫び、シオンは目の前の男――666に迷いなく襲い掛かる!

 

「シオン君!」

「シオン!」

 

 たった今到着したのだろう、なのはとスバルの声が飛ぶ。

 だが、今のシオンには聞こえなかった。こいつは、こいつだけは!

 

「イクスぅ!」

【トランスファー!】

 

 ブレイズフォームに変化。高速で一気に間合いに飛び込んで、逆手に持った左のイクスを上段から叩きつける!

 

    −戟!−

 

 放たれる一閃。しかし、666はただ左腕を掲げ、それを拳で受け止めた。大した力も入れたようにも見えないのに、あっさりと!

 

「っ――――!?」

 

 シオンは、ぞくりと背筋に悪寒が走った事を自覚する。666は一切の魔法を使っていない。にも関わらず、イクスを全く押し込めない……!

 

「――っ! がぁぁぁぁぁぁぁ――!」

「……」

 

    −戟!−

 

 −戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟−

 

    −戟!−

 

 連撃。シオンはそのまま右の斬撃を、左の膝を、右の蹴りを左の突きを叩き込んだ。

 その全ては無駄に終わった。全て――全てだ。左手で捌かれ、防がれる!

 左腕以外は一切動かしていない。いや、そもそも左腕自体もさほど力を入れているようにすら見えない。なのに、通じない。使う必要もない――と言う事なのか。

 

「っ――! くっ!」

 

 業を煮やしたシオンは一気に後退。イクスをノーマルへと戻した。

 一撃の重さならばブレイズよりノーマルの方が上である。これなら、どうだ……!?

 

「らぁぁぁぁぁぁぁぁ! 絶、影!」

 

    −閃!−

 

 瞬動で再び666の眼前に駆け、絶影を叩き付ける!

 

    −戟!−

 

 だが、その一撃すらも放たれた拳により防がれた。全く躊躇なく刃面を殴りに来ている――にも関わらず、傷一つつけられない!

 

「っ――! く、た、ば、れぇぇぇぇ!」

「……」

 

 シオンは諦め無かった。そのままイクスを押し込もうとする。すると、ついに刃が少しずつ前に進んだ。にぃと口端をシオンは浮かべ――しかし。

 

「……」

 

    −撃!−

 

 666は左拳に少しだけ力を込めた。それだけ。それだけで、斬撃はあっさりと弾かれる!

 呆然とするシオン。666は、浮いた彼の腹に右の掌を押し当てる。

 何の変哲も無い動作だった。ただ、ポンと触ったようにしか見えない。だが次の瞬間、鉄骨が叩き付けられたが如き音が鳴り、シオンは至近で爆発を受けたかのように吹き飛んだ。

 

「――っ!? ご、ぶ……っ!」

「シオン!?」

「シオン君!?」

「か、ぁ……」

 

 吹き飛ぶシオンに、スバルとなのはが同時に叫ぶ。シオンは、それを聞く事すら出来なかった。腹を押さえて悶絶する――口から大量に血を吐き出した。

 もう駄目だ――。二人はそう直感し、シオンへと駆け寄ろうとする。しかし、シオンは二人をぎょろりと睨んで吠えた。

 

「来んなぁ――――!」

「っ……!?」

「シオン!」

 

 そのあまりの剣幕に、スバルどころかなのはすら立ち止まらされた。シオンはよろめきながらも立ち上がる。

 その脳裏に過ぎるは一人の女性であった。その笑顔を、シオンは覚えてる――。

 

 構わず、666はゆっくりと近寄り始めた。それを、シオンは睨む。

 あの笑顔を奪った存在――それが、例え彼自身の意思で無かったとしても。いや、彼だからこそ、それは許せない……!

 

「アンタが! ……何で、アンタがぁ!」

「…………」

 

 シオンの叫びに、しかし666は空虚なる瞳を浮かべるだけ。何も答えない。答えられる訳がない。だが、それが許せない!

 シオンは猛り、咆哮を上げた。何としてでも倒す。この男だけは、この男だけは!

 

「まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――!」

【トランスファー!】

 

 ウィズダムに変化。一撃の威力だけを問うならば、この形態が今の最強だ。その一撃を持って倒す! シオンはそう決め、穂先を向けようとして――。

 

【っ……がっ!】

 

 ――次の瞬間、イクスが砕けた。

 

「……え? ……イク、ス?」

 

 砕けて、待機モードに戻る。シオンはそれを見て呆然とした。今、何があった? 何をされた――?

 

【……馬鹿者! よそ見を――!】

「…………」

 

 イクスから忠告が飛ぶが、間に合わない。気付けば、666は目の前に居た。

 

「……え?」

 

 何故、どうやって666がそこに現れたのか、シオンは全く分からなかった。

 だが、一つ思い出したのは、縮地と呼ばれるものだった。その一歩に届かぬ所無し。そう言われる、”空間転移歩法”。

 666はむしろゆっくりとした動作で頭を掴み、押し出した。

 

    −破−

 

「っが……!?」

 

 また吹き飛ばされた。今度はさほど強くなかったのか、4メートル程転がされる。しかし、それだけ。さほどダメージは無い――だが、それが致命的だった。

 

「…………」

 

 666は右手を掲げ、シオンへと向ける。その右手には、666の正位置を象った幾何学模様の魔法陣が浮かんでいた。

 

「……あ……」

 

 呆然とシオンが呟く。次に何をされるのかを悟った。回避も防御も、もう間に合わない――!

 

「あ、あぁ!」

 

 ただ悲鳴しか上げられず。そして、666は迷い無く虹色の光芒を放った。

 

「あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!」

 

    −煌−

 

    −輝−

 

 自分を貫く虹色の光。吹き飛ぶバリアジャケット、そして焼き付く音と共に刻まれる刻印。

 ――何故か 、痛みは感じなかった。だが、意識が急速に奪われていく。

 意識が消える最後に見たのは、涙を流しながら駆け寄るスバルと、なのは――。

 

「……ご、めん……」

 

 そして、シオンの意識は闇へと消えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シオン――――――!」

 

 叫び。シオンの元へ駆け寄るスバル。

 地に倒れ伏したシオンは、バリアジャケットが弾け、露出した胸に刻印が刻まれていた。666の、刻印。

 なのはは知っている。それを刻まれたものがどうなるのかを。地球に来る前に、はやてに教えて貰ったのだ。666の刻印を刻まれた人達の事を。

 アリサを見る。彼女もまた、刻印が刻まれていた。

 

「……アリサ、ちゃん……シオン、君……」

 

 スバルがシオンを何度も呼ぶ。しかし、シオンは応えない――応える事は、ない。

 シオンが倒れた為か、バインドが解けたすずかも、アリサの元に走る。そして、スバルと同じようにアリサを何度も呼んだ。

 だが、応えない――応える事は、ない。

 

 足音が響く。666だ。彼は踵を返し、去ろうとしていた。

 

「……待ちなさい」

 

 なのはが666に呼びかける。自分でも思った以上に冷たい声が出た。

 しかし、666は完全に無視した。振り返る事すらしない――。

 

 ――ならば遠慮はしない。レイジングハートを起動させると同時にエクシードモードに変化。そして、警告も無しに一撃を撃ち放つ!

 

「エクセリオンっ! バスタ――――――――――!!」

 

    −轟−

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 抜き撃ちのエクセリオン・バスター。その威力は怒りによって暴走してしまい、制御の効かない――だが激烈な威力となって666へと放たれた。光砲は真っ直ぐに666へ伸び。

 

「…………」

 

    −撃!−

 

 それを666は、事もなげに振り向き様に放った左拳で砕き切った。

 

「――ッ!」

「……」

 

 なのはが睨み。666はそんな彼女の視線を感情の無い瞳で受ける。やがて八角の魔法陣が展開し、666は消えた。次元転移だ。

 

「……っ」

 

 なのはは周りを見る。泣きじゃくるすずかとスバル。そして、目を覚まさないシオンとアリサ。事態は最悪の展開を迎えてしまった――。

 空を見上げる。そんな、なのはの瞳にもまた涙が浮かんだ。

 どうして、こんな事になったんだろうと。

 未だ、雨は止まない。止む気配はない。ざぁざぁと振り続ける――冷たく、冷たく。

 

 

(第十二話に続く)

 

 

 




次回予告
「666の前に倒され、刻印を刻まれたシオンとアリサ」
「後悔に沈む、なのは達は決意を新たにする」
「そんな一同の前に現れたのは意外な人物で」
「そして、シオンは――」
「次回、第十二話『だからさよなら』」
「少年は選択する。優しさに、背を向ける事を」

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