魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「失ったもの、無くしたもの、……助けられなかったもの。いくつもの後悔が、人にはそれぞれあって。その全ては取り戻す事も出来ず、ただ両手から零れ落ちた。だけど、俺はそれを、認めたくなくて――魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第十一話「ナンバー・オブ・ザ・ビースト」(前編)

 

 神庭シオン(ウィズダム・フォーム)。

 

 推定魔力ランク:S。

 

 デバイス:イクス・ウィズダム。形状、突撃槍(ランス)。

 

 追加アビリティースキル。

 

 精霊装填(スピリットローディング)スキルランク:SSS+

 

 精霊をデバイスであるイクスに装填する事で、一撃のみだが強烈な一撃を使用可能とするスキル。

 精霊融合と違い反動等はないが、その魔力消耗はかなり高い(シオンが二発しか撃てない程)。

 元来の精霊を召喚しての戦いは実質こちらが普通。精霊融合は使える者がまず極少なく、また反動がとてつもない。

 そのため、この精霊装填が主流となった。なお精霊融合とは違うため、融合のような付加効力もない。

 

 追加技。

 神覇八ノ太刀、玄武。

 威力AA。

 速度A。

 効果範囲1〜1000名。

 

 神覇ノ太刀に於ける奥義、四神の名を冠する技である。

 発動と同時に亀の甲羅を思わせるシールドビットが展開する。

 最高千人もの人間をガードでき、甲羅の一枚一枚がなのはのディバインバスターの直撃にも耐えうる。

 さらに甲羅から蛇のようなバインドで敵対象者を捕縛できる。

 このバインド。実は概念的に”異質”を取り払う術式が編まれている。

 その為、よほどの術者で無いと魔法が使用出来なくなる。対人としては最高レベルの捕縛術であり、その性能から絶対防御・捕縛魔法とも呼ばれる。

 なお、現状シオンはウンディーネを装填せぬ限りはこの技を使えない。

 

 神覇九ノ太刀、青龍。

 威力SS。

 速度A。

 効果範囲1〜〜100名。

 

 神覇ノ太刀の奥義にして唯一の砲撃魔法。

 龍の化身を生み出す事により絶大な威力を持つ。

 また、技を解かない限り対象を追い掛け続ける。シオンの意思に応じて操作も可能。

 その威力と操作性から絶対貫通魔法とも呼ばれる。

 なお、現状シオンはヴォルトを装填しなければこの技を使えない。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 夜は怖い。それは恐怖、畏怖の象徴であり、シオンにとっては死のイメージであった。

 故に夜の森で少年にチョップで黙らされたりもしたものだ。

 だけど、ある少女と出会いがシオンを変えていった。その少女は不思議な人だった。大人しいとかおしとやかとかそんなイメージをシオンは第一印象で抱いていたが、出会って数秒でそのイメージは破壊された。

 

「シオンって言うの? いい名前だね。……ところでアンタ、何してんの?」

「……土産」

「ふぅん……で、その掌で隠した中には何があるのかな?」

「勿論土産」

「……見せなさい」

「…………」

「三度はないわよ? 見せなさい」

 

 直後少年はダッシュ。しかし、少女は瞬間で少年に追い付く。

 

「必殺っ! スラ〇ュキ――クっ!」

「それは色々問題が起きると思――ぐはっ!」

 

 そんな感じで、出会いからして珍妙な夫婦漫才を二人は繰り広げた。

 因みに掌の中にはカエルが入っており、少女は苦手だったのか、さらに少年に蹴りを喰らわせていたのを後述する。

 お世辞にも人懐っこくなかったシオンはドン引きした。

 その最初の印象からか、シオンは少女にひたすら恐怖を抱いた――だが、だんだんと、そのお転婆な少女が大らかな母性を併せ持つ少女と解ってきた。

 それはある夜の事。また森の中で迷子になった自分を捜しにきた少女との話し。

 

「さて、シオン。なんでこんな夜に出掛けたのかな?」

「…………」

「大丈夫、怒らないから言ってごらん?」

「絵……」

「絵?」

 

 自分の言葉に逐一頷く少女に、シオンは洗いざらい自白した。シオンは子供の頃、秘密基地を作って遊んでいたのだ。

 ……当然、木や草とかで作った簡素なものだったが。

 シオンはその秘密基地を、森の奥にある大きな木に作っていた。そこから見る風景が好きだったのだ。

 だから、そんな風景を当時から好きだった絵にして描いていた。その絵を秘密基地に置いていたのだが、明日、台風が来ると言う。当然秘密基地は持たないだろう。そして絵も。

 秘密基地も守りたかったが、絵の方が大事だった。だから、絵だけでも取りに行きたかった。

 でも色々、刀の修業とか魔法の修業とかで行けなかったのだ。

 だから、全部終わった後に秘密基地に向かったのだが、そこは夜の森。

 当然、日頃遊んでいる風景とは違う。そして、シオンはあっさりと迷子になった――と言う訳だ。

 

「そっかー……」

「……ごめんなさい」

 

 ため息を吐く少女に、全てを話し終えたシオンは連れ戻される事を覚悟した。しかし、少女はそんなシオンに笑いかけ。

 

「それじゃあ、行こっか」

 

 と、のたもうた。あまりに予想外な言葉に、呆然としたのを覚えてる。

 結局、シオンと少女は秘密基地に向かった。歩いて向かう最中、いろんな事を話した。

 学校の事、修業の事、昨日見たテレビの事、いつもドツキ漫才を繰り広げる少年の事。

 本当に何でもない。とりとめもない話し。だが、とても楽しかったのを覚えている。

 そして、なんやかんやで秘密基地についたのだが、そこで唐突に風が吹いて来た。

 台風が来たのである。シオンはあわわわと慌てて、涙目で少女を見る――と、少女はフッと微笑を浮かべた。

 

「……よし、こうなったらこの秘密基地も守るわよ!」

 

 ……そのあんまりな少女の発言に、今度は呆然を超えて絶句した。

 少女は一旦言い出すと聞かない性格であった。

 あの思いっきりのよさはいろいろ見習うべきだと思わざるを得ない。

 結局、二人で秘密基地に上がり、プロテクションを二人ががりで張った。

 大騒ぎしながら台風が過ぎるのを待ったのである。気が付けば台風は過ぎていた。

 どうも途中で急に進路を変更したらしく、シオン達がいた所を掠める形で台風は過ぎ去ったのだ。

 それに、二人で笑い合った。いろいろあったけど、二人で秘密基地は守れたのだ。抱き合って喜んだ。

 そして、シオンは少女と守りきった秘密基地で、またいろんな話しをした。

 その中で少女が、シオンに唐突にある事を聞いてきた。

 

「……シオン、夜怖い?」

 

 シオンは少し黙り、こきんと頷いた。

 夜は怖い。不気味だから。暗いのも怖い。

 そうシオンが言うと、少女は微笑を浮かべて空を指す。

 

「シオン、見てごらん?」

 

 そして、シオンは暗いはずの恐怖しか感じなかった夜空を見る。

 その瞬間、シオンの中に駆け巡ったのは感動とかそんな言葉で言い表せないものだった。

 星空。満天の雲一つない星空がそこに広がっていた。

 今でも思い出す。あの星空を、あまりに綺麗なその空を。

 その星空を見て、呆然とするシオンに少女が微笑む。視線を感じて、少女を見たシオンは、その微笑みを見て、今まで感じた事の無い感情を抱いた。今思えば――それが初恋だった。

 

「どう、まだ怖い?」

「……ううん、怖くない」

 

 そう、その微笑みを、その星空と共に、シオンはずっと胸中に刻み込む――その少女の名と共に。

 

「怖くない。怖くないよ……ルシアお姉ちゃん」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「G、Gaaaa――――――!」

 

 断末魔の咆哮が響く。その咆哮をあげるのは感染者であり、そしてその感染者を冷徹な目で見るのは一人の少年だった。神庭シオンである。

 彼の手にはノーマルのイクス。あたりには感染者の手や足”だった”ものが散らばっていた。

 シオンが残った部分にイクスを突きつける。

 

【シオン!】

 

 イクスから声が非難の声がかかる。しかし、シオンはそれを無視した。

 

「……ナンバー・オブ・ザ・ビーストを知ってるか?」

 

 抑揚のない声。もし、数日前のシオンを知る人間がいれば目を疑っただろう。それ程、シオンは変質していた。

 

「U、G、aa……」

「……やっぱ、無駄か」

 

    −閃−

 

 そう言いながら、寸秒も待たずに首を落とす。その動作に躊躇も迷いもない。そして、その目に映る感染者は、シオンにとって屠殺場の豚となんら変わらなかった。

 シオンにとってすれば感染者に当たっていけば666に遭遇する可能性がある。感染者を殺すには、彼にとって十分過ぎる理由だった。

 

「……シオン」

 

 一緒に出撃していたスバルが、恐々と名を呼ぶ。それに一瞬だけ、シオンは目を向けると、踵を返した。

 

「状況、クリア。帰ろうぜ」

「……うん」

 

 スバルは戸惑うように頷きながら、シオンの変貌ぶりを考える。

 それはあの時、第二段階との戦いに現れた謎の男――666の出現からだった。第二段階を倒すと同時にシオンは倒れた。

 それは、イクスの話しによると魔力消耗とウィズダムの開放が原因らしい。

 

【シオンは、一つ。封印を解いてしまった】

 

 イクスはそう漏らした。それを聞いたアースラの皆は、イクスに封印とは何なのかを聞こうとした。

 だが、イクスはただただ首を振り黙するだけ。

 そして、それからだ。シオンが変わったのは。常にピリピリした空気を放ち、感染者に対しては一切の情を持たずに惨殺し始めたのである。

 

「シオン……」

「何だよ?」

 

 スバルが名を再び呼ぶ。シオンは返事こそ返すが、一切振り向かない。

 

「……なんでも、ないよ」

「そうか」

 

 それだけ。スバルは問いたい事を問えず、またシオンも話さない。

 結局二人はアースラに到着するまでの間、無言だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「スターズ3、及びセイヴァー帰還しました」

「スターズ1、2、4。あと300秒で帰還します」

「……うん。スターズ及びセイヴァー帰還後、アースラは次元航行に入ってな」

『『了解』』

 

 各管制から報告を受けた後、はやては操舵士のルキノに次元航行を命令する。そして、重いため息を吐いた。

 グリフィスも、管制達からも心配そうな目を向けられる。

 はやての悩みであった感染者の異常発生は今の所、納まっていた。

 あの第二段階の感染者との戦いの後、急にだ。

 そして、それと反比例するかのように増加している事がある。それは、意識不明者であった。

 もう100を越える人数が意思不明に陥っている。

 そして、あの共通点。つまり刻印が全員に刻まれていた。

 ……結局の所、はやてはこれをシオンには言っていない。

 はやての予想通りになったからだ、シオンが。

 一時は艦を降りようとまでしたシオンだが、何とか説得をくり返してようやく残ってもらったのである。

 だが、いつ飛び出してしまうか、正直解らない状況が続いていた。

 

 666とシオン君……。

 

 はやての頭を過ぎるのは、あのシオン。怒りに我を忘れ、感染者を虐殺しようとしたシオンだ。まさか、あれ程感情を顕にするとは。

 シオンにとって、666はどんな関係なのか――はやては思う。自分達では、シオンのあんな感情は出せない、と。

 シオンにとって、666はそれ程までに特別な関係、と言う事であるのか。

 

 ――よくも悪くも、純粋なんやな。シオン君は。

 

 そう、はやては結論する。純粋だからこそ、その感情の発露は不安定だ。それはたやすく”暴走”に繋がる。

 

「……それに、こっちの問題もあるしなー」

 

 呟きながらコンソールを操作し、データを呼び出す。現れたデータの名前は『グノーシス』と言う組織であった。

 はやて、なのはの故郷であり、フェイトにとっても第二の故郷のようなものである地球。

 その地球にあり、かつてシオンも属していた魔法組織の名がそれであった。

 ぶっちゃけ、管理局としてはなんとしてでもグノーシスとコンタクトを取り、情報や協力を要請したいのである。……だが。

 

「よりにもよって、なー…………」

 

 このグノーシスとの交渉を受け持っている人物。グリム・アーチル提督と言うのだが、この人物が大問題であった。

 ちなみに、はやてが管理局において”嫌い”と断言する人物の内の五本の指に入る。

 性格はきっぱりと言って傲慢。自分より歳若い人間が活躍するのが許せないのか、毎回毎回会うたびにこちらに絡んでくる。

 実力に見合わない力や権力を欲する傾向にあり、彼のせいでいろいろ苦労させられた人物もまた多い。

 はやても機動六課設立の時は、散々嫌がらせを受けたものだ。

 かのレジアスや最高評議会は自らが考える”平和”の為に、はやてと対立する存在になっていたが、この男にはそんな正義感すらもない。

 はっきり言おう。あまりに巨大な組織である管理局が抱える”膿”。

 それがグリムであり、それと同じ考えの人間達であった。そんな男が今回の交渉役なのだ。あんまりと言えばあんまりである。

 と、言うより管理局は交渉するつもりがあるのだろうか? そんな疑いすら持ってしまう。

 このままでは管理局側とグノーシス側とで争いにも成り兼ねない状況であった。

 

「……やっぱり、シオン君に頼まなあかんかな」

 

 シオンに頼みたいのは橋渡しだ。が、今のシオンにそれを頼むのは気が引けた。

 今のシオンでも、命令はちゃんと聞く。だが、前述の通りシオンは今、不安定だ。

 こんな事を頼んだ日にはアースラを出ていきかねない所か、前と同じ状況になりかねない。

 

「……どうしたもんやろうかね」

 

 はやてがそう呟くと同時に、アースラが次元航行に入った。

 

 ――思案は後回しやね。

 

「アースラ、進路を管理局本局に向けてな」

『『了解!』』

 

 そして、アースラは久しぶりに本局に戻る事になったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……休暇、ですか?」

「うん、そうや」

 

 管理局本局。今、アースラは補給、整備中である。

 その為、現在クルー全員に半弦休息を申し送った所であった。そして、シオンに休暇を与える――と、はやては言ったのである

 

「今、アースラは補給、整備中やしね。大体、シオン君嘱託職員なのに、局員より働いとるし」

「……ちなみに、断った場合は?」

「言わんでも解るやろ?」

 

 はやての答えにため息をつく。確かにここ最近、休みも何も考えずにただただ動き続けている。ここらで休むのも手か――その結論に、シオンは行き着いた。

 

「了解です」

「ん。それと、これはついでなんやけど――」

 

 そう言いながら、はやてが差し出すのは三枚のチケット。次元転移による。他次元世界移動用のチケットだ。シオンはチケットを見て訝しげに目を細めた。

 

「……これは?」

「うん。実はグノーシスとの交渉役、私が受け持つ事になってな?」

 

 その言葉に、即座にシオンは目を細めた。先んじて言っておく。

 

「俺は橋渡しなんかしませんよ?」

「いや、それは期待しとらんよ。ただ先方さんから交渉にあたり、三名程前交渉って形で来て欲しい言われてな?」

 

 つまりは一度、本交渉の前に局員に来てもらい準備の為の交渉を行おうと言って来てるのだ。

 そこで、はやてはミッドと地球に詳しい人と言う事でなのはを、そして交渉人の護衛として、シオンとスバルを指名した訳だ。しかし、そこでシオンは首を傾げた。

 

「どうせ交渉に行くならフェイト先生の方がよくないですか?」

「私もそう思うんやけど、先方さんが、なんや地球出身にこだわってな? んで、これは前交渉と言うよりは親交を少しでも深めたいって意図らしいんよ。流石にこのままじゃあ管理局とグノーシスとでぶつかる可能性まで出てきたからな」

 

 まずは衝突回避の為の前交渉と言う訳だ。成る程と頷くが、そこでシオンは気付く。自分が行く意味が無い、と言う事に。

 

「なら、なんで俺やスバルが?」

「……それについては先方さんの希望や。それと、シオン君には先方さんから手紙が来てる」

 

 そう言いながらシオンに手紙を差し出す。手紙の宛て名には、『叶・統夜』と、書かれてあった。

 はやての記憶が正しければ、叶トウヤとはグノーシスの第一位にあたる人物――ようはトップだった筈である。

 そして、はやての交渉相手となる人物だ。

 何故に、そんな人間からシオンに手紙が送られるのかは解らない。何か関係があるのは確実なのだが。

 

「…………」

 

 シオンは苦虫を飲み込んだような表情で手紙を受け取る。

 内容は気になったが自分が突っ込む所ではない。そう悟ったはやては、あえて何も聞かなかった。

 

「出発は今日の午後から。向こうに一泊する予定やね。で、私達は本交渉の為に明後日から地球に向かう」

「……了解です」

 

 話しは終わったとばかりにシオンは退出しようとする。ドアのノブに手を掛けた――その時、はやてからこう言われた。

 

「どうせなんやし、ゆっくり休んでな?」

「……失礼します」

 

 シオンははやての気遣いに、しかし返す言葉を持てず。答えられないままに艦長室を退出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 雨、それは生命が生きるのに大切な現象だ。

 雨が降らなければ、そも生命は生まれる事すらなかったのだから。

 そんな高尚な事とは関係無しに、こんな時に雨なんて降らなくていいのに――。そう、スバルは思う。

 ただでさえ、シオンのピリピリとした空気が酷くなっている。その上で、この雨だ。嫌にもなって来よう。

 転移してる最中、なのはとスバルはよく話すのだが、シオンは口を閉じたまま最低限の返事しかしなかった。

 そして、地球に着いてみれば今度は雨だ。何の嫌がらせだろう――などと考えてしまう。

 

「失礼します。管理局、局員の方でしょうか?」

 

 そうしていると、突然女性から話しかけられた。長身に、紫紺のショートカットの髪が抜群に似合う、いかにもやり手のキャリアウーマンと言った風情の女性であった。その台詞の内容に頷き、なのはが代表として前に出る。

 

「はい。時空管理局、高町なのは一尉です。貴女は?」

「ああ、これは申し訳ありません。私はグノーシスの位階第六位、アシェル・リリイエと申します」

 

 アシェルと名乗った女性は、そう言いながら名刺を出す。なのはもまた名刺を出し、交換した。

 

「そちらの方は……?」

「あ、スバル・ナカジマ一等陸士であります!」

「…………」

 

 アシェルに聞かれ、スバルが敬礼する。しかし、シオンは欝陶し気に挨拶すらしなかった。不機嫌そうに明後日の方向を見ている。その失礼な態度に、スバルは慌てた。

 

「ちょ……! シオン! 挨拶しなきゃ!」

「シオン……? まさか、シオン”様”!?」

 

 ――”様”? その叫びの内容に、なのはとスバルも驚きの表情で、シオンを見た。彼は小さく舌打ちする。

 

「アシェル、俺の事は様なんか付けなくていい」

「そんな訳には参りません! ああ、二年も見ない間に随分ご立派になられて。きっとおに――」

「――アシェル!」

 

 アシェルの言葉の途中で、シオンが叫ぶ。そして、そのまま首を横に振った。

 

「……俺はもう、グノーシスと関係無い人間だ。だからあの人の事は持ち出すな」

「……はい」

 

 シオンの強い拒否に、そのまま神妙な顔をして、アシェルは頷く。そして、なのはとスバルに向き直った。

 

「申し訳ありません。お客様を放ってしまいまして」

「いえ、そんな事は……」

 

 アシェルの謝罪に、なのはは手を振りながらそう言う。シオンの事は気にかかったものの、今聞く事でもない。

 

「……シオン、ひょっとして、お坊ちゃんとか?」

「……そんなんじゃない。偉いのは”俺”じゃない」

 

 スバルの問いに、シオンはそれだけを答えた。ちらりとアシェルを見る。それを見て、アシェルはただ一つだけ頷いた。

 

「それでは、こちらへ」

 

 アシェルに促されるままついていく。雨は未だ止む気配を見せなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 グノーシス日本支部。巨大なビルはしかし、別の名前の企業としてそこにあった。出雲本社、そこにはそう書いてある。

 

「……ビル、おっきいですね」

「出雲。これが、グノーシスの――」

「はい。出雲コンツェルン。それが私達の表向きの顔です」

 

 そう言いながらアシェルはなのは達を促す。ロビーを抜け、エレベーターに真っ直ぐ向かった。受付もスルーしたところを見ると、ある程度の事情は通っているらしい。

 再びアシェルに促され、入ったエレベーターには1〜80階までの表示があった。しかし、アシェルはボタンの場所でコンソールを操作し、そして現れたスリットにカードキーを通した。

 すると、エレベーターが”地下”に向かって降り始める。

 

「表向きの人に、地下に来て頂く訳には参りませんから」

 

 驚くなのはとスバルに、アシェルはそれだけを言った。

 暫くして漸くエレベーターが止まる。そこは、スバルやなのはの考えていた場所とまったく違ったものが展開されていた。

 人が逆さに、真横に、”座って”いたのである。

 

「さ、参りましょう」

「て、ええ! アレ、スルーですか!?」

 

 スバルが逆さづりの人を指差す。一瞬アシェルは不思議そうな表情をするも、直ぐさま納得したような顔となった。

 

「ああ、此処は”足を下にする”、と言う概念魔法がかけられていますので」

「「????」」

 

 スバルもなのはも、アシェルの説明ではちょっと解らず、はてな顔となった。

 そんな彼女達に、シオンがフォローを入れてやる。

 

「……つまり、此処じゃあ足が――正確には両の足の裏な? それを向けた方に重力が掛かるんだよ」

「……はぁ」

 

 シオンの説明で、なんとはなしに理解するスバル。なのはは思う所があるのか、ちょっと思索気味な表情となっていた。

 

「ほら、なのは先生も。先に急ぎますよ」

「あ、うん」

 

 シオン言われ、なのはも我に返ると再び歩き出す。シオンもスバルも、それに続いた。

 

 その後も奇天烈な光景が次々と広がっていた。

 例えば文字から火が出たり、いきなり身体が軽くなったり、形を常に変える石があったりと、まぁしっちゃかめっちゃかである。そんな光景を物珍しそうに見ながら歩き、ようやく応接間に着いた。アシェルはなのは達に振り向く。

 

「ここでグノーシスの第一位、叶トウヤ様がお待ちになっています。……トウヤ様? 失礼いたします」

 

 そしてアシェルは扉を開き、応接間に入る。彼女に続き、なのは、スバル、シオンの順で部屋に入り――そこで見たのは、華麗に宙を舞う男であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 あまりの事態に一同凍りつく。しかし、時まで凍りつくはずもなく、宙を舞う男は当然重力に従い落下。頭から落ちた。

 

『『…………』』

 

 誰一人として反応出来ない。まぁ、当然か。

 部屋に入ったら、人一人が綺麗に宙を舞っていたら誰でも凍る。そんな、凍りついた場に声が響いた。

 

「……フ、フフ。ユウオ。君は相変わらずシャイだね?」

 

 その声の主は、今まさに頭から落ちた男であった。スクッと立ち上がる。

 顔は端正、鼻梁はすっと通っており、きりっとした顔は美形の一言に尽きた。

 短い髪はオールバックの黒。何故か目は緑色だった。身長も高い。190に明らかに届いていた。だが、その身は細身。一切の余分な筋肉がないその身体は、綺麗といっても差し支えないものだった。

 そして歳だが、恐らくは20代前半、なのは達とさほど変わるまい。服装は仕立ての良いスーツ。

 この青年の着こなしがよいのか、ビシッと決まっている。――だが、このプラスなイメージ全てをぶち壊しにしている部分があった。

 首だ。先ほどの落ち方が悪かったのか、首がヤバイ方向に曲がっている。

 それで平然と会話するのだから、ある意味とんでもない。

 

「……トウヤ。ボク、言ったよね? 仕事中にお尻を撫でるのは駄目だって」

 

 更に声が響く。その声色は見事、鈴が鳴るような声だった。

 ボク、と言う一人称を使う女性は腰まで届く黒髪。背は意外と低く、160に届くかどうか、その割には意外とグラマーなスタイルをしている。

 その身を包むのは、これまた仕立ての良いスーツだった。

 

「む。そうは言うがね、ユウオ。君のそのエロい――そう、エロエロのお尻が私の前を過ぎる度に、私の理性はノックアウトせんばかりにダメージを受けているのだよ!? ……我慢等、出来る訳がない。そう、断じてないっ!」

「お客が来てる前で変態然とした事を全力で叫ぶな――――――っ!」

 

 ――あ、ちゃんと解ってたんだ?

 

 呆気に取られたなのは達は、そんな感想だけを抱きながら、その漫才を見ていた。……漫才と言うには、あまりに肉体言語を使用しすぎな気もするが。

 

「コホン!」

 

 アシェルが一つ咳ばらいをする。そこで漸く気付いたが如く、青年がこちらを向いた。……首が変な方向のままなので、かなり恐い。

 

「……フム。どなたかな?」

「管理局からいらっしゃった方達です。本日の予定より少々早いですが、お連れしました――それと、トウヤ様? いい加減首を直して下さいませ。かなり怖いです」

「そうかね? では」

 

 アシェルの注意を受け、トウヤが首に手を添える。瞬間、ゴキン、とかなり鈍い音を立ててトウヤの首が直った。……いろんな意味で信じがたい光景に、なのは、スバルは声も出せない。そんな彼女達に、彼はにこやかに笑い。

 

「まずは自己紹介からだね? はじめまして。グノーシス、位階第一位。名を、叶(かのう)トウヤと言う。よろしく頼むよ」

 

 そう、名乗りをあげたのであった。

 

 

(第十一話、後編に続く)

 

 




はい、テスタメントです。
実は第十話から第二部「666編」に突入しております♪
え? なんで章分けしないのか?
それは携帯投稿だからさ!(涙)
この章からは、ガチのチートキャラの666が話しの主軸になって行きます。
にじふぁん時には一番の人気キャラでしたが……こちらではどうなるやら、楽しみにしております♪
ではではー♪

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