魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第五十一話中編1です。ユーノマジイケメンな回。え、何故ユーノかって? テスタメントお気に入りだからです(爆 そんな訳で、中編1どぞー。


第五十一話「男の闘い」(中編1)

 

 ……ここ、どこだろう?

 

 ふと目覚めると、エリオ・モンディアルは”川のほとり”に居た。

 綺麗な川である。辺りに咲く様々な”菊”の花が非常に美しい。川も澄み渡っており、心が安らぐ。岸から出る小舟に乗せられた人々のやけに青白い顔が気にはなったが。

 ともあれ、エリオは歩き川の近くまで来る。すると、対岸で宴会をやっている風景が見えた。

 何か、面白そうな事やってるなー、なんて思っていると、小舟の船頭がこちらに気付いた。

 

「ようこそ、乗って行くかい? 渡し賃に六銭貰うけど」

「え? お金取るんですか?」

「あ? 当たり前だろ? ここは忘却(レテ)の川なんだから――通称、あの世」

 

 ……今、船頭さんは何か凄まじく不穏当な事を言わなかっただろうか?

 エリオは汗ジトになりながら、そう言えばと思い出す。確か、フェイトや、なのは、はやての故郷である第97管理外世界、地球ではあの世とこの世の境目に川が流れてる、そんな話しがなかっただろうか? つまり、自分は――。

 

「う、嘘――! 僕、死んじゃったんですか!?」

「そりゃ、あの世だしねー。一応、渡り切るまでは死んでないけど」

 

 その歳で坊やも可哀相だねと、船頭さんは言うが、エリオは聞いちゃいなかった。

 なんで!? そう思うが、理由は一つしかない。あの、禁断の部屋である……悍(おぞ)まし過ぎて、決して名前は呼べないがアレが原因なのは間違いない。

 とにかく、まだ死ぬ訳に行かないので反対側へと駆け出そうとして。

 

「おーい、エリオ〜〜〜〜」

「へ? し、シオン兄さん!?」

 

 対岸でこちらに呼び掛ける人物に気付き、エリオは目を丸くした。神庭シオン、その人であったから。彼はやたらと爽やかな顔で手を振っていた。

 

「お前もこっち来いよー。面白いおじさん達が居て、こっちは楽しいぞぅ?」

「レジアス。今日もいい飲みっぷりだな」

「ゼスト、お前とまたこう飲める日が来るとはな」

「ほ、本当ですか!? な、なんか見覚えがあって死んじゃった人が若干二名ほど居るんですけど!?」

 

 手を振るシオンの後ろに、見覚えがありすぎる二人の姿を見て、やはりここはヤバいとエリオはビビる。そんなエリオにシオンはにこっと優しく微笑んで。

 

「ああ。ここじゃあ、あの部屋も無いし、恐い女達もいないし、楽しいタノし、タノシィィィィィィィ――――!」

「……さよなら!」

 

 シオンの豹変に、エリオは迷う事無く反対側にダッシュ。全力の逃走を開始した。

 

 シオン兄さん……助からなかったんですね。貴方の分まで、僕は幸せに生きてみせます……!

 

 きらりと涙を零し、エリオは走る――そう、生きるために! そんなエリオに後ろからシオンが迫って来た。川を渡って、追いかけて来る!

 

「マテヨゥ、エリオゥ。イッショニ、アッチニ逝コウゼ……?」

「ぎゃあぁぁ――! 来ないで下さいぃ――! シオン兄さん、一人で成仏して下さいっ!」

「オマエダケタスカルナンテェノハ、ナットクデキネェンダヨゥ……!」

 

 そうやって、二人は止めようとする船頭や頭に角が生えたマッチョな方々を弾き飛ばしながら走り、やがて、その行き先に光が見えた――。

 

 

 

 

「「……今回ばっかりは、ホンットに死ぬかと思った……」」

 

 エリオとシオンはぐったりと異口同音に呻き声を上げる。

 『学院』の休憩室。すでに、例の部屋が消えたそこである。もかもか室に入れられた二人は1時間程で解放され、精神の死と生の狭間をさ迷い、二人揃って『もかもかなんぞに負けるかぁああああ――――!』と叫びながら復活を果たしたのであった。まだ怖かったのか、エリオはうっうと泣き声を上げる。

 

「うぅ〜〜。すごい怖かったですよぅ〜〜」

「……言うなよ。思い出しちまうだろ……」

「あの部屋もですけど、追っかけて来たシオン兄さんも怖かったですよぅ!?」

「……過去の事は、忘れようぜ……」

 

 男二人、心についた傷を慰め合う。そんな二人を見下ろしながら、もかもか室に二人を叩き込んだ悪魔の一人、ティアナは、はぁと嘆息した。

 

「大袈裟ねー。情けないわよ、あんた達――」

「「どの口がそんな事言いやがるっ!」」

「エリオにまで怒鳴られた!?」

 

 よほど辛かったのか、エリオすらもが敬語抜きの叫び声を上げ、流石にティアナは目を丸くする。だが、そんなティアナの反応に構わず、二人は肩を寄せ合って涙を流した。

 

「うっう……! シオン兄さん。ティアさんが……ティアさんがぁ……!」

「ああ……! ちくしょう、なんて女だ……! 人でなしにも程があるだろうが……っ!」

「そ、そこまで言われる程!?」

「……ちょ、ちょっと、どんなのか気になるなー」

「そ、そうね……絶対入りたくはないけど……」

「あ、あはは……」

 

 もかもか室とは、果たしてどれ程のものなのか……女性陣は揃って汗ジトとなるが、男二人は黙して語ろうとしない。ただ、その恐怖だけはばっちりと伝わったが。

 

「やれやれ、ほら立ちなさい。良子さんが二人とも呼んでたわよ?」

「ぐすん……て、ちび姉ぇが?」

「ちび姉と言うな!」

「わ!?」

 

 ようやく泣き止んで、顔を上げたシオンに怒号が突き刺さる。驚きの声を上げて、そろりと怒鳴られた方を向くと、何やらでかいトランクを脇に置いた良子が腰に手を当てて、こちらを睨んでいた。なんで怒っているのか――理由は一つしかないのだが。

 

「お前はいっつも、いっつも、いっつも、いっつも……!」

「はいはい、ストップ。ちび姉、何か用事あったんだろ?」

「だからちび姉と呼ぶなと言ってるんだ! 全く! ……ここで話すのも何だから、ついて来い。私の研究室で話すぞ」

 

 終いに呆れたように再び嘆息して、良子は先に行こうと身体を翻す。トランクに手を掛けて――。

 

「うぬぬぬぬぬ……!」

「……ちび姉、非力なんだから。無理しない方がいいぜ……?」

「う、うるさい!」

 

 ――重くて持ち上げられないトランクを引きずるようにして、シオンに怒鳴りながら自らの研究室へと向かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ぜぇー、……さ、ぜぇー、……さて、はな……、ぜぇー」

「ちび姉、水、水」

「ちび姉と言うな!」

 

 重いトランクを引きずったせいか、息を荒げる良子にシオンが水を差し出す。ちなみに、シオン達は代わってトランクを持つと言ったのだが、良子は意地でもあるのか、断固として断られた。

 まぁ、そんな良子は怒鳴りながら差し出された水を一気に飲みほして息を整えた。

 

「ごきゅ、ごきゅ……ふぅー水美味し……さて、早速用件だが」

「早速じゃないけどね、全然」

 

 余計な事を言うシオンを、良子は一睨みして黙らせる。そして咳ばらいをすると、一同に向かって頭を下げた。

 

「すまなかった。こちらのごたごたに巻き込ませて。君達のおかげで『学院』は最小の被害で何とか収める事が出来た。礼を言わせてくれ」

「いえ、そんな……」

「相手はストラだったし……」

 

 いきなり頭を下げた良子に、スバル達は困惑した顔となる。彼女達からすれば、キャロをあんな目に合わせた敵と戦ったに過ぎないのだ、礼を言われるのは想像の埒外(らちがい)だったに違いない。

 そんな一同達を見て、シオンは良子の台詞を思い出す。最小の被害。つまりは。

 

「何人、やられた?」

「…………」

 

 シオンの問いに、良子は沈黙。ティアナ達もハッと我に返る。『学院』を襲ったギュンターの固有武装、魔虫(バグ)。あの虫には一撃決殺の毒針と言う攻撃方があったのだ。キャロのような幸運は、そう続くはずもない。視線を落としたままの良子に、シオンはため息を深く吐いた。

 

「……そっか。うん、ごめん」

「いや、いいんだ。あれだけの戦いだったんだ。犠牲が出ない方がおかしい。それに、さっきも言ったが、お前達のおかげで犠牲は最小に抑えられたんだ。だから、あまり気にするな」

 

 顔を上げて、微笑む良子にシオンは頷きだけを返す。そんなシオンや一同に良子も頷き、話しを続けた。

 

「さて、じゃあ次の話しなんだが、今後の予定を話そうか」

「今後の予定……?」

「ああ、先程封印施設でも話した通り、各遺失物の封印解除まで後四日ほど掛かる。そこで彼女達には、遺失物の勉強をしてもらう予定だったんだが」

「あの、質問いいですか?」

「ああ、構わない。何でも聞いてくれ」

 

 説明を続ける良子に、スバルが手を上げる。良子は、そんなスバルに向き直って頷いた。先を促され、スバルは質問を始める。

 

「えっと……なんでロスト・ロギアの勉強をするんですか……? あ、勉強が嫌な訳じゃなくて」

「ああ、そうか。そこから話さなければならないんだな……シオン」

「明日、大英図書館で話す予定だったんだけど。ま、いっか。てな訳で注目ー」

 

 良子の指名を受けて、シオンが片手を上げた。呼び掛けられて、一同そちらへと視線を向ける。

 シオンは、何から話すか考え――面倒くさいので、地球産ロストロギアの話しから始める事に決めた。

 

「まず最初に。第97管理外世界、地球は。他に例を見ない程の”多文化国籍世界”って事と。地球産のロストロギアは、須らく奉非神自身か、その神から簒奪した物品だって事を覚えておいてくれ」

「……えーと」

「ああ、質問は後にしとけ、面倒くせぇし。でだ」

 

 一旦、言葉を区切る。今言った事を皆が把握した事を確認して、シオンは話しを続けた。

 

「奉非神ってのは基本的に、神話とかの物語――それも、信仰されてたりする奴な。そう言ったのをベースにして生まれるんだ。真偽の程は別にしてな。んで、ここが重要なんだけど、地球は他の世界と比べて奉非神の発生率が格段に高いんだ。いっそ、異常なくらいにな」

「……なんで?」

「そこをこっから話すんだよ」

 

 ティアナが真剣な顔で問い、それにシオンは苦笑まじりで応える。視線をそのまま良子へと向けると、頷いてくれた。どうやら、自分の説明はさほど間違っていない。そう認識して、シオンは続ける。

 

「さっきも話したと思うけど、地球ってのは多文化国籍世界だ。どんくらい国があるかは俺も忘れたけど、相当数があるはずなんだよ。これはかなり異常な数でな? あんまり誰も理解してないけど、ここまで文化の違う国々が一つの星に収まってる――なんてのは、かなり奇跡的な事なんだよ。本来なら、文化の違いで引き起こる争い。戦争で、人類なんてとっくに滅んでる」

「そ、そこまで言う!?」

「補足説明をすると、人間――私達、ホモサピエンスと言うのは、霊長類の中でも突出した凶暴性、暴力性を持ってる。原始の時代において、別の原始人類であるネアンデルタールを残らず滅ぼしてしまったのがいい例だな。ついでに言うと、ホモサピエンスである私達くらいだ。同じ種族で大した理由もなく殺し合うなんて言うのはね」

 

 シオンの説明に、良子が補足を付け加えてくれる。それに一同、ほへ〜〜となりながら聞き入った。

 ホモサピエンスがネアンデルタールを滅ぼしたのは自然界における淘汰現象の一つであり、何も人間だけに限った事でもないのだが。基本的に自然界というのは、より強靭な性質――つまりは闘争における強靭性たる、凶暴性、凶悪性と言った部分が強い方が生き残るものである。世に言う弱肉強食だ。そして、その凶暴な性質故に、天敵がいないホモサピエンスは同じホモサピエンスを天敵とした訳である。

 区別は簡単。価値観の違い、つまりは文化の違いだ。

 

「……話しが脱線しちまったな。まぁ、地球は文化圏がえらく多いってのだけ覚えときゃいいよ。んで、奉非神ってのはこの”文化”が生み出すんだ」

『『……はい?』』

 

 話しを戻したシオンだが、その説明に一同首を傾げる。何をどうしたら、そうなると言うのか。

 

「……それだとまるで、人間が神様を作ってるみたいね……」

「ギンガさん、正解」

 

 ぽつりと呟いたギンガの言葉に、シオンはしゅぴっとどこから取り出したのやら、指し棒を向ける。指されたギンガも含め、一同呆気に取られた。

 

「……え? ええ!? あ、合ってるの!?」

「はい。奉非神ってのは人間……正確には、人間の文化によって生まれるとされてます」

 

 シオンはにっこりと彼女に笑う。そして、そのまま呆気に取られた一同に説明を続けた。

 

「詳しいメカニズムまでは明らかになってないけど、さっきも言った通り奉非神ってのは神話や英雄譚――信仰されるような物語をベースとして生まれるんだよ。んで、そう言った話しは”どうやって生まれると思う?”」

「あ! そ、そっか! そう言った物語は宗教とか……!」

「スバル、正解。宗教や価値観――つまり文化だ。文化が神の物語を生み出し、そして物語は奉非神を生み出すって訳だーな」

 

 これには苦笑して、シオンはスバルの答えを首肯する。そして、これこそが地球が奉非神を多数生み出す最大の原因であった。

 つまり、ただ単純に文化圏があまりに多いので、比例して神話や英雄譚と言った信仰されるべき物語が他の世界に比べて圧倒的に多いのである。

 普通は一つの世界に文化圏が一つが基本だが、地球では数十の文化圏がひしめき合っている状態なのだ。

 結果として、奉非神の出現率が数十倍に――否、一つの神話に一つの神とも限らない。日本においては八百万の神とも言われる程だから、数百倍に跳ね上がる……と、言う訳であった。

 

「で、だ。こんだけ奉非神が出現すると、その遺品――つまりは武具とか、奉非神自身を封印して、その魂をエネルギー結晶化したものとかが残されまくった訳だ。それが地球産のロストロギアなんだよ」

「はぁ……なんてゆーか……」

「壮大な話しねぇー……」

 

 シオンが説明を締めくくり、スバルとティアナを皮切りに呆れたような顔となる。いきなり、こんな話しを聞かされれば、大体こんな反応となるだろうが。

 シオンは再度苦笑すると、良子に視線を向けた。

 こちらの説明は終わり、本題をどーぞと言った所か。良子は頷きだけを返して、一同に向き直る。

 

「大体は今の説明通りだ。そんな訳で地球産の遺失物は基本的に神話や英雄譚等が原典となる。従って、君達にはそれぞれが扱う遺失物の勉強をしてもらう事になるのだが――そこで、一つ相談があってな。エリオ・モンディアル君」

「え? あ、はい!」

 

 いきなり良子に名指しで呼ばれ、エリオはきょとんとしながら返事をする。そんな少年に、良子は少し申し訳なさそうな顔となった。

 

「君のデバイス、ストラーダだが、今日の戦闘で破損していただろう?」

「……はい」

 

 こくりと頷く。例のクリストファとの戦闘でストラーダは破損していたのだ。こちらに帰って来た際に、良子に破損状況を調べてもらう為に渡して置いたのだが。

 

「……結論から言おう。ストラーダの本体部分は無事だ。だが、各パーツ――特にフレームの破損がひどい。正直、一朝一夕で修復出来る状況では無い事が判明した」

「……そう、ですか……」

「うん。そこでだ」

 

 良子の報告を聞いたエリオはあからさまに消沈した返事をする。だが、良子は構わず話しを続け。

 

「ストラーダを一足早くドイツに送り、バルムンク用のフレームに差し替えようと思うのだが……どうだろうか?」

「……え?」

 

 言われた事が今一分からず、顔を上げたエリオは疑問符を浮かべる。それに、後ろからシオンが頭をポンポンと叩いてやった。

 

「修復するよりは、新しいパーツに差し替えた方が早いんだろ? で、バルムンクの封印が解けたらロストウェポン化しようって訳だよ。よかったじゃんか」

「じ、じゃあ直るんですか!?」

「正確には、直るのでは無く改造するが正しいかな?」

 

 良子は苦笑。しかし、頷いてくれた。エリオはぱっと明るい笑顔を浮かべる。

 

「ありがとうございます」

「まぁ、先んじてストラーダだけを向こうに送らせてもらう事になる。だから、君の許可を貰おうと思ってね」

「はい、是非」

 

 良子の言葉に、エリオは即答で返事を返した。破損状態のままよりは、いち早く直して置きたいのだろう。良子はエリオの元気のいい返事に頷き、続いてシオンへと視線を移す。

 

「さて、そちらはこれでいいとして。シオン、お前にトウヤさんから送り物だ」

「……? 俺に? トウヤ兄ぃから?」

 

 シオンは思わず、疑問符を三連続。首を傾げ、?と言った顔となった。そんなシオンに良子は呆れたとばかりに眉を潜めながら、ここまで引きずって来たトランクを前に出す。何かと思えば、トウヤからの送り物だったらしい。

 

「お前が申請したんだろうが、追加の武装を」

「あ、そういやそうだっけ……ついつい忘れてたよ……」

「あんた、まだ何か装備あるの……?」

 

 良子の台詞に、はっはっはと笑うシオン。そんな彼に、今度は横からティアナが訝し気な顔となって尋ねた。今日の戦闘でシオンが使ったスローイング・ダガーを見ていたティアナからすれば、まだあるのかと思うのは当然である。……実は、バトルフォームのジャケットにはまだまだ暗器が仕込んでいたりもするのだが――それはともかく、シオンは笑いを苦笑に変えて、ティアナに向ける。

 

「今の俺は火力不足もいい所だからなー。武装の一つや二つは欲しい所なんだよ」

「……ふーん、まぁいいわ。で? どんなものなの?」

「そいつは見てのお楽しみってな」

 

 告げて、良子からトランクを受け取り、早速とばかりに中を開ける。ティアナだけでなく、他の皆も何が出てくるのかと周りに集まって。そして、一同の目の前にシオンの武装が現れた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 夜の空を二つの光が切り裂いて行く。クラナガンの町を眼下に飛翔するのは、ユーノ・スクライアと伊織タカトだ。

 二人は全く無言。視線すら合わせずに、クラナガン上空を飛んで行く。

 

 −狂える獣よ−

 

 やがて、二人はどちらともなく降下を始めた。目的の場所に着いたからだ。そこは、クラナガンの周りに無数にある廃棄都市の一つ。今は誰もいない、人影すらない、ゴーストタウンである。

 

 −咆哮し、叫び、歎き、怒れる者よ。ここに、その怒り、解き放つべし−

 

 タカトはビルの一つへと先に降り立つ。それを見ながら、ユーノの身体を光が包んだ。

 バリアジャケットだ。ストラによる最初のクラナガン襲撃時には状況の関係上、展開出来なかったそれを、今回は展開したのだ。

 翡翠の光が、眩ばゆく点り、次の瞬間にはすでにバリアジャケットの展開は完了していた。

 緑を基調とした服装である。ただ、装甲等はついていない。身軽さを追求したタイプのジャケットであった。ユーノは展開完了したジャケットを翻し、アスファルトの地面に降り立ち、振り返る。自然、二人の目が合った。

 月を背にするタカト。地面から見上げるユーノ。二人はしばし互いを見る。まるで、互いを値踏みするかのように、そして。

 

「……ユーノ。貴様はヴィヴィオと共にミッドチルダからしばし出ていけ」

「…………」

 

 唐突に、そんな事をタカトは言い出した。本当はこんな事になる前に言いたい事だったのだろう。前後の脈絡無く、告げられた言葉である。ユーノは無言。タカトに視線を注ぎ続ける。

 

「……僕がこの喧嘩に負けたら、君の言う事も聞くさ」

「いいだろう。拳で言う事を聞かせるのは、慣れている」

 

 いつだって、いつの時だって、彼はそうして来た。

 だからこそ言える台詞である。傲慢な、理不尽な――それでも、タカトのたった一つの訴えるための方法。だが、それがユーノには堪らなく寂しかった。

 こんな方法でしか、彼は人に何かを言う事も出来ないのか。だから。

 

「なら、君が負けたらどうする?」

「俺が?」

 

 ふっ――と、タカトは笑う。そんな事は有り得ないと、その表情は語っていた。

 主観的にも客観的にも自分とユーノでは戦力差がありすぎる。万が一にも負ける事は有り得ないと。

 

 そう言えば……。

 

「俺が負ければ、そうだな、何でも言う事を聞いてやる。貴様のな」

 

 ……こんな約束、誰かともしていたな。

 

 一瞬、頭の中にある顔が浮かび、すぐに振り払う。今は、考えるべきでは無い。

 ユーノはそんなタカトを見つめ、やがて、ゆっくりと頷いた。タカトもまた鷹揚に頷く。

 

「では、はじめ――」

「ところでタカト。君、なのはの事。どう思ってる?」

 

 はじまりを告げようとするタカトを、ユーノの一言がいきなり遮った。あまりに唐突な、あまりに意味不明な一言が。

 タカトはその問いに、眉をしかめる。こんな時に何の意図か。

 

「……質問の意味が分からんな」

「いいから、教えてよ。大事な事なんだ」

 

 ユーノはあくまで答えを聞きたがる。その目は真剣なままだった。一体、どう言うつもりなのか……。

 タカトは少し黙り込み、だがすぐに答えてやる。

 別に内緒にする事でもなんでもない。自分は――。

 

「嫌いだ。あんな女。人の心の中にずけずけ入って来ては、いちいちこちらに介入しようとする。放って置いてくれればいいのに、あくまで構って来る、あの無神経さが特にな」

 

 ――彼女の事が、嫌いなのだから。

 まるで自分に言い聞かせるような、そんな言葉。それを、ユーノに、そして心の中で一緒に告げる。

 果たしてユーノはと言うと、そんなタカトの答えに黙り込み、しばらくして頷いた。

 

「そう、分かった」

「逆に聞かせろ。貴様はなのはの事をどう思っている? 幼なじみだそうだが、真実それだけか?」

 

 今度はこちらの番とばかりにタカトが問う。一種の仕返しのつもりなのだろう、彼からすれば。ひょっとしたら、動揺を誘う目的もあったかも知れない……だが。

 

「どうした? 人に聞いたくせに、自分は答えられんか――」

「好きだよ」

 

 ユーノは堂々と、タカトに答えた。……一瞬、何を言われたか分からずに、タカトの思考が止まる。

 今、ユーノは何と答えた?

 そんなタカトに、ユーノは苦笑。そして晴々とした笑顔で告げる。

 誰にも言った事は無い、誰かに相談した事すら無い。本人にも話した事は無い。

 大切な――大切な、たった一つの、自分の想いを。

 

「僕は、なのはを一人の女の子として愛してる」

 

 世界中の、誰よりも――。

 

 タカトは、そんなユーノの答えに、たった一つの大切な答えに、完全に自失した。何も言えず、何も考えられず、ただ呆然とする。

 ユーノは、そんなタカトを前にして、腕を胸の前に交差させた。

 

 だからこそ、だからこそ……! この戦い!

 

「月と星の紋章を抱き、狂える戦士よ。喜びの野を制す、獣と成れ!」

「っ! ユ――」

 

 はっと我にタカトは返り、構わずユーノは笑った。それは、何ともユーノに似合わぬ笑み。男らしい、笑いだった。

 

「狂戦士(バルセルク)ッ!」

 

 負ける訳には、行かない――!

 

 次の瞬間、ユーノの魔法が発動した。

 二人の喧嘩が、はじまる――!

 

 

(中編2に続く)

 

 




はい、第五十一話中編1でした。ユーノがイケメン回と言ったな……あれは、本当だが嘘だ!(笑)
ええ、説明回でしたな……次回はユーノの狂戦士発動。これまたヤバい魔法ですんで、お楽しみあれ。ではでは。

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