魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
時空管理局本局。次元の海に浮かぶ巨大なコロニー。管理局に取って、最も重要な拠点である筈のそこは、今は管理局のものでは無かった。
ツァラ・トゥ・ストラの襲撃によって占拠されてしまった本局は、既に彼等のものと言っても差し支えは無い。
そんな本局の一室にて大男が、両手を忙し無く動かしながら執務を行っていた。
ベナレス・龍。ストラの指導者であり、最高責任者たる彼はストラが行った作戦行動――もしくは、行う予定の作戦行動に素早く目を通し、処理して行く。
本来、彼が行うような責務では無いのだが。あえて彼は書類整理を好んで行っていた。
そう言うと、大抵の人間――特に、旧知の仲であるアルセイオなどには不気味そうに見られるのだが、続く一言によってすぐさま納得させられてしまう。
曰く、人が死なない。
たった一言。故に、全てが込められた台詞であった。
膨大な量に及ぶ、それらにサインを入れ。暗号付きでファイルに閉じて行く作業を黙々とベナレスはこなし。
「……アルか。何の用だ?」
「気付いてやがったか。なら、顔くらい上げろや」
視線はおろか、眉一つ動かさずに告げた台詞に苦笑が応えた。
アルセイオ・ハーデン。ストラが雇っている傭兵部隊の隊長である。
彼の苦笑を伴いながら、放たれた言葉をベナレスは聞こえていないかのように反応を示さない。代わりに、言葉だけはしっかりと返って来た。
「何の用か、と聞いている。私はこれでも今は忙しい。そう言えば貴様、先日の叶トウヤとの戦闘、まだ報告書が上がっていないぞ。本日の1500時までに提出しておけ」
「……今、ソラが死ぬ気で上げてる真っ最中だから大丈夫だろ」
自分で報告書を作成する気は一切ゼロらしい――副隊長である、真藤ソラの苦労が偲ばれる台詞にベナレスは嘆息。漸く、視線を上げた。
「お? 終わったのか?」
「終わるものか。我等の作戦行動が今、いくつ展開していると思っている。……区切りがいい所で、一息付こうと思ってな」
言うなり、ベナレスは大きな身体を立ち上がらせた。ぐるりと大きなデスクを避けて歩き、自ら据え付けの炊事場に向かう。インスタントの豆を用意し、自分でコーヒーを淹れはじめた。
「……相変わらずだな。誰か茶を淹れてくる姉ちゃんでも侍らせろよ」
「人員の無駄だ。茶ぐらい自分で淹れる。貴様は、自分で淹れんのか?」
「いや、面倒くせぇじゃねぇか。折角、隊に女が居るんだから、女に淹れさせてるよ。たまにとんでも無いモン出されるが」
「……貴様も、大概変わらんな」
そこではじめて、ベナレスの顔に苦笑が浮かんだ。彼にしては珍しいそれに、アルセイオは意外そうな顔となる。だが、すぐに表情を改めた。何もここに来たのは、世間話しをするためでは無い。
「なんで、奴を使いやがった?」
「唐突だな……と言いたいが、先程グリムにも詰め寄られた」
ベナレスは苦笑を続行しながら、カップを手に持つ。ポッドからお湯を注ぎはじめた。
「グリムは、管理局とミッドチルダそのものに復讐心を抱いている。無理はからぬ事ではあるがな」
「…………」
アルセイオは無言。その脳裏には、ミッドでグリムが行った市民の虐殺が浮かんでいた。決して褒められた行為ではない――どころか、批難されてしかるべき行為。だが、”グリムの境遇を思えば”無理も無いと思わされてしまう。だが、それはならば、なおの事。
「なら、なんで奴を、アイザックを使った? わざわざ呼び寄せてまで」
「それに関しては、私からの解答は一つしかない。”適任だった”。それだけだ」
簡潔極まりなく――そして、文句のつけようの無い答えである。アルセイオは嘆息……わかってはいたのだ。ベナレスが作戦を変える事はありえない。そんな事は理解している。
だが、”理解と納得は全くの別物だ”。内心の苛立ちを再び吐いた嘆息に混ぜる。そんなアルセイオに、ベナレスは続けた。
「それに、グリムではやり過ぎる危険があった。標的が死んでは元も子もない。貴様に至っては、逃がす可能性を捨てきれ無かった――」
「わぁーた、わぁーた。この件についてはもう文句をつけねぇよ」
観念したように、両手を上げて降参するアルセイオ。ベナレスは変わらぬ無表情で、しかし続きを話す事を止めた。その代わりとばかりに、データチップをアルセイオに投げて寄越す。彼は、それを空中でキャッチした。
「……何か、嫌な予感がすんだけどよ。これ何だ?」
「暇そうだからな。仕事を一つ与えよう。詳しくは、そのデータを参照しろ。閲覧後は、貴様の隊長権限でもってデータを破棄しろ」
げっ……と、アルセイオが呻いた事をベナレスは確認。だが、彼の反論を許さず言葉を続けた。
「”ゴリアテ”の骸(なきがら)が見つかった。”奉非神”として再生する可能性がある」
「……ん、だと……?」
さしものアルセイオも、その台詞を聞いて顔色を変えた。奉非神の顕現。それが、どのような事態を招くかを知っているのだ……同時に、ストラの目的の一つに。”奉非神の捕獲がある事を”。ベナレスは、アルセイオの動揺にやはり構わない。
「期待はしていなかったが、あるいは保険となるかもしれん。向こうの部隊と合流後、ただちに捕獲に向かえ」
「……了ー解」
アルセイオは、今度こそは話しが終わったと判断し背中を向ける。そうして出口まで歩いて行き。
「……なぁ、ベナレス。お前達の、”ストラの目的ってのは、何だ”?」
唐突に、そんな事を聞いた。それは、傭兵であるために知らされる事が無かった事。アルセイオ自身も気にしなかった事である。だが、事ここに至りそうも行かなくなって来た。
ストラの作戦行動が今一納得出来ないものばかりであったからである。だが、ベナレスの答えは変わらない。いつものように、無表情で。
「それを知りたくば、正式に我等の仲間になれ。そうでないならば教えられるものか」
「……チっ……」
変わらぬ解答にアルセイオは舌打ちを一つ打ちながら扉から出る。その姿は、ゆっくりと自動扉の向こうに消えた。ベナレスは暫く消えたアルセイオの背中を見続け、やがて苦笑する。
「言えるものか……言えば、貴様が黙っていないだろうからな」
そう一人呟くなり、再び書類を処理していく。そんなベナレスの前に展開するウィンドウには一つのデータが表示されていた。それは……。
−奉非神『聖王神、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの召喚。並びに捕獲に関する資料と、”その器”に関する調査資料』−
……そう、高町ヴィヴィオの写真と共に。そこに表示されていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ユーノ・スクライアの咆哮が辺りに轟く。それを伊織タカトは無表情に、カリム・グラシアは呆然となりながら聞いた。
普段、物静かな青年なのである。このように、怒りの叫び声を上げるなど到底想像もつかなかった。
カリムが驚いて我を忘れたとしても無理は無いだろう。だが、ユーノとタカトはそんなカリムを完全に無視。向き合いながら、互いに視線を交差させた。
自らを睨むユーノをタカトは見て、やがて微笑する。小さく、小さくだ。それこそ集中していなければ見えない程の微かな笑み。しかし、それもすぐに消える。
「一部始終はどうせ知っているんだろう? 今更答える必要も無い」
「っ……! タカ――」
「勘違いするなよ、ユーノ」
手を差し出し、ユーノの言葉をタカトは制止。ぐっと呻きと共に黙り込んだユーノを冷たい視線が貫いた。そしてタカトは冷たい視線のままに、ユーノへと告げるべき言葉を告げる。
「俺はストラの敵であると同じく。”お前達の敵だ”――管理局の、な。そうだろう?」
第一級広域次元犯罪者。タカトの肩書き。それを思い出して、ユーノは歯噛みする。
何をどうしようと、タカトにとって管理局は敵であり、敵でしか無い。ならば、そこに容赦なぞあろう筈が無かった。
例え、共通の敵がいようとも……敵の敵は味方、とはならないのだから。だけど、それなら、なんで――!
「なら、なんで……ミッドに来たんだ……!」
「……目的があった」
「その目的が何かを聞いてるんだっ! 誤魔化すな!」
タカトのあやふやな解答を、ユーノの怒号が切り裂く! 僅かながらタカトの瞳が揺らいだ。
タカトの、そんな小さな反応にユーノは確信する。
自分達のために、彼はここに来たのだと。
ストラに狙われていたヴィヴィオを、その守り手である自分を、守るために、それだけのためにここに来たのだと。
だからこそ、ユーノは納得出来なかった。自分達を守る。そのために管理局と敵対し、そしてその人員達を叩きのめした彼の行動が。
タカトの現状を考えれば、ミッドに来ると言う段階で管理局と敵対する事は分かっていた筈だ。それなのに、あっさりと彼は現れたのだ。
自分の危険も省みずとか、そんな問題では無い。
自分の大切なものを守る。そのためならば、他人がどうなろうと構わない。
そんなタカトの行動が、思考が、何もかもが! ユーノは、許せ無かった。
「タカト……君は、君、は――!」
つっかえつっかえの言葉。それをユーノが――彼に守るべき対象とされている自分が言う事は酷く傲慢なのかもしれない……だが、それでも言わねばならなかった。タカトを、まだ自分は友達と思っているなら――!
「タカト……君は、ガキだ」
「……ああ、知ってる」
抑揚が抑えられた口調の答え、同時にタカトは拳を引いてユーノの腕を振り払った。まるで、決別を告げるかのように。正しく、それは、その通りの意味だったのだろう。タカトの目が細められる。
「俺の前に立つか? ユーノ。ならば、お前も俺の敵として見なすぞ?」
「……意見を違えた男友達って、どうするか知ってる? タカト」
まだ自分を友達と呼ぶ。そんなユーノにタカトは僅かに黙り込む。しかし、それも長くは続かなかった。ユーノを見据えて口を開く。
「殴り合い、か?」
「喧嘩だ。君が教えてくれた事だよ、タカト。僕は君に対して怒りを覚えてる。君もだろう?」
「……ああ、そうだな」
かつて、ユーノ宅に居候していた時、タカトはユーノにそんな事を話した記憶があった。確か、ユーノの蔵書を巡って起きた論争の最中である。
まるで、”彼女”みたいだ――。
そう、呟いたユーノの姿を思い出した。
あれは、きっと――。
二人はもはや無言。互いに視線を交差させ、どちらとも無く明後日の方に向いた。
「場所を変えよう、タカト」
「いいだろう」
一も二も無くタカトはユーノに頷き、二人は飛空魔法で空に浮く。
−轟−
そして、二人揃って何処かに飛んで行った。その場に呆然としたままのカリムと、倒れ伏した、騎士と魔導師、修道士を残して。やがて、我に返ったのかカリムは顔色を蒼白に変える。
「大変……っ! スクライア司書長が……!」
その声は誰にも聞かれる事無く、風に溶けて消えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
暗い夢を見る。暗い、暗い、夢を。少年は――エリオ・モンディアルは、直感的にそれが夢だと悟った。
−偽物−
誰かの声で、そんな事を言われる。でも、それが誰かは分からない。
−偽物−
……いや、分からないように自分で思い込んだだけである。それは、フェイトだった。
−偽物−
あるいは、スバルだった。あるいは、ティアナだった。あるいは、なのはだった。あるいは、はやてだった。あるいは、シグナム。あるいは、ヴィータ。あるいは、シャマル。あるいは、ザフィーラ。あるいは、ギンガ。あるいは、ヴァイス。あるいは、アルト。あるいは、ルキノ。あるいは、グリフィス。あるいは、あるいは、あるいは、あるいは、あるいは、あるいは、あるいは――!
−偽物−
たくさんの声が自分を偽物と呼ぶ。それに、エリオは暗闇の中で一人、拒絶するように首を振った。
ちがう……! そんな事みんな言わない! みんな、みんな――。
−偽物−
声が、する。みんなの声で偽物と呼ぶ声が。
違うと、みんながそんな風に思っている筈が無いとエリオは叫び。でも、心のどこかでは、そうか? と、疑問の声がある事に気付いた。
本当に、みんなそう思ってくれているのか? 確かめたのか? 騙されているだけじゃないのか?
−違う……。違う!−
叫ぶ、叫ぶ――でも一人きりの暗闇では、その声は誰にも届かなくて。
−偽物−
……シオンの声で、姿で、そう言われ、エリオはうなだれる。そして、目の前に一人の少女が現れた。彼女、は。
「キャ――」
「偽物」
言葉を、失う。彼女の――キャロの言葉に、エリオはどこかが砕けたような音を、確かに聞いた。
「うわぁあ――――!」
「きゃっ!?」
大声で叫びながら跳ね起きる。悲鳴が聞こえたような気もしたけど、今のエリオにそれを確かめるような余裕は無かった。
荒げた息で、開いた自分の手を見下ろす。全身が汗で湿っていた。
……ゆ、め……!?
自分で自分に問い掛け、あれが夢だったと、それだけを理解するとエリオは自分の体を抱きしめた。まるで、怯えるかのように震えを止めるかのようにぎゅっと力を込める。
嫌な、嫌な夢であった。悪夢と言ってもいい。あんな夢を見るだなんて。
「あの……エリオ君?」
原因は、はっきりとしている。”彼”だ。
クリストファ。三人目のエリオ・モンディアルを名乗り、自分を偽物と呼んだ少年。彼の台詞――いや、存在そのものが自分の、最も嫌な部分を刺激したのだ。トラウマを。だから。
「エリオ君!?」
「うわぁ!?」
そこまで考えた時、いきなり耳元で大声が炸裂した。エリオは飛び上がるようにして、我に返る。
そして左方向、耳元で叫ばれた方に目を向けた。
「よかった……大丈夫、エリオ君? さっきもうなされて――」
「……キャロ?」
ほっとしたのだろう。少女、キャロ・ル・ルシエはエリオに微笑みながら声を掛けて来る。しかし、その声を遮ってエリオは彼女に呼び掛けた。
キャロはしばしきょとんとして、やがて、はにかみながら、こくんと頷いた。
そこで、エリオは自分がどこに居るのか、またどこで寝ていたのかを思い出した。グノーシス、イギリス支部『学院』、その医療室である。
姫野みもりの治療を受けたキャロが寝ていたそこに、自分は突っ伏すように寝ていたのだ。
ギュンター達との戦闘後に、すぐにここに向かったから――恐らくは戦闘の疲労のせいであろう、こんな所で気付かぬ内に寝てしまったのは。いや、そんな事はいい。それよりも。
「キャロ……」
「ごめんね、エリオ君……心配掛けたみたいで――」
キャロは医療室のベッドから半身を起こしたまま、エリオに謝ろうとして。それどころでは無い事態に、固まった。
抱き着いて来たのである、当のエリオが。
一瞬、何をされたか分からずにキャロは呆然として、しかし、すぐに事態を悟り顔を真っ赤に染める。
「え、エリオ君!?」
「……った……」
慌てて、呼び掛ける。でも、エリオはまるで声が聞こえていないかのようにキャロを抱く力を強めた。譫言(うわごと)のように何かを呟く。より身体が密着し、キャロの顔色は更に赤みを増す。
普段とまるで立場が逆であった。いつもならキャロがこういった真似をしてエリオが困るという場面が多かったのだが――ひょっとすれば、キャロにも羞恥心が少しは備わってきたのかもしれない。ともあれ、何とか離してもらおうとキャロは訴ようとして。
「え、エリオ君、恥ずかしいよ……! だ、だから――」
「よかった……!」
「……え……?」
「よかっ……た……! 君が、無事で……!」
震えるエリオの身体と声を、キャロは聞いた。同時に悟る。自分がどれ程、彼に心配を掛けたのかを。不安にさせてしまったのかを。
震える肩、ひょっとすれば嗚咽しているのかもしれない。
「……あ……」
私……ばかだ……。
ようやく、エリオの心情を察する事が出来て、キャロは酷くいたたまれない気持ちになる。身体が自然に動いていた。エリオを、そっと抱きしめ返す。
「ごめんね、エリオ君……もう、大丈夫だから」
「うん……うん……!」
キャロの言葉に、エリオは何度も頷く。そんなに心配させてしまったのかと、キャロは内心罪悪感でいっぱいだった。
それに……いつものエリオ君と違うような……。
『『あの〜〜〜〜』』
キャロがそんな風に考えていると、声が別方向から上がる。エリオは、ふと我に返って振り返り――。
そこに、スバル、ティアナ、ギンガ、みもり。そしていくつも展開されたウィンドウからこちらを覗く”アースラ前線メンバー女性陣一同”の姿を見た。
「…………」
ぴしり、とエリオ硬直。そんなエリオを見て、ウィンドウの向こうでフェイトが何故かハンカチを目に当てる。
《……子供だと思ってたのに……! エリオってば大人になって……!》
《男子三日会わざるば、刮目して見よ。か――まだ別れて半日しか経っていないが》
と、こちらはシグナム。何故か訳知り顔でうんうんなどと頷いている。すると、そんなシグナムを追い越すように、シャマルが口を挟んだ。
《ほら、でも最近の若い子は積極的って言うから。いいわね〜〜。若いって》
《シャマル――それ、おばちゃんの台詞だぞー》
今度はヴィータだ。だが、何故かシャマルが向こう側に振り向いた直後に黙り込んでしまった。その横に居たザフィーラも顔を真っ青にした辺り、何を見たと言うのか……。だが、一同は構わず話しを続ける。
「でもでも、二人って早過ぎない? だって、まだ11歳だよ?」
「甘いわ、スバル。こー言うのに歳は関係無いのよ? ……話しを聞いただけだけど」
《うーん、私もそーいった経験ないから分かんないけど、行き過ぎなきゃ大丈夫だと思うよ?》
「て、なのはさん。行き過ぎって……!」
「どうでしょう? シン君はそんな事無かったですし。むしろ、もっと――」
「「むしろ、何?」」
「い、いえ……何でもありません!」
他人の恋話は蜜の味――特に、女性にとっては最高のものだろう。それが、弟分と妹分ともなればなおさらである。
更に、N2Rの面々まで話しに加わり、しっちゃかめっちゃかに話しが膨らんで、それを纏めたのは、やはりこの人。アースラのボスにして、八神家家長! 皆さんのお母さん!
《と、言う訳でや! エリオ。キャロを泣かしたら承知せんで! 幸せにな!》
『『わぁ〜〜〜〜♪』』
「何の話しですか、何の――――――!?」
はやての、祝福の言葉に盛り上がる一同にエリオの渾身のツッコミが叩き込まれた。シオンの影響か、かなり強烈かつ魂の篭ったツッコミである。真っ赤になった顔で、エリオのツッコミは続く。
「と、言うか皆さん! い、一体いつから!?」
『『最初から』』
即答。気持ちのいいくらいの、即答である。
最初から最後まで見られていたらしい。眠ってた自分も、キャロに抱き着いた自分も!
あう、あう、と口をぱくぱく開いたり閉じたりするエリオに一同うんうんと頷いて。
《いや〜〜だってなぁ? あんな状況だと声掛けられんし》
「気まずかったですし」
『『何より興味あったし』』
興味あった=面白そうだった、である。エリオは、キャロに抱き着いていた以上に身体を震わせ、顔が一気に羞恥に染まり。
《エリオ……お母さんは、応援するからね!》
「っっっっ――――! わぁあああああああああああああああ――――――――!!」
保護者(フェイト)の、ボケに全力で叫び声を上げたのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「まったくもう……! ひどいです、みんな……!」
『『まぁまぁ』』
『学院』廊下。そこを、エリオはぷんぷん怒りながら進む。そんなエリオを見て、EU組女性陣一同は苦笑しながら続く。
珍しくも、年相応な子供らしい反応がやけに微笑ましい。ちなみに、キャロは未だ病室である。もう問題無いとはされているものの、一度は死にかけた身であるのだ。大事を取るのも、無理は無かった。
「ほ〜〜ら、エリオ。機嫌治して、ね?」
「そうそう。むくれてると頬っぺた突いちゃうわよ〜〜?」
「……やめて下さい」
よほど恥ずかしかったのだろう。膨れっ面なエリオを、フォローの積もりか、スバルとティアナが横からちょっかいを掛けて来た。それもむすっとした顔で拒否する。
「……それより、シオン兄さんはこっちに居るんですか?」
「うん、こっちに”いって”るよ」
……なんだろう、今言葉使いがちょっとおかしく無かっただろうか?
エリオは不審そうにスバルに振り向く。でも彼女はニコニコしたままである。気のせいかとまた、前へと進む。
「でも、シオン兄さんもかなり大怪我負ってたと思うんですけど」
「あ、それは私が治療魔法で治しておきました。エリオ君の怪我も私が治したんですよ?」
と、これはみもりだ。そう言えば、腹部にギュンターの一撃やらクリストファの攻撃やらを受けていた筈なのだが――どうやら、寝ている間にみもりが全部治してくれたらしい。エリオはすぐに、みもりに向き直り頭を下げた。
「そ、そうだったんですか。ありがとうございます」
「いえ、いいんですよ……それに、無駄になっちゃうかもしれませんし」
「……え?」
「何か聞こえました?」
ニッコリ♪ まるで、日なたのようなポカポカとする笑みだ……だが何故だろう? その笑顔が、やけに怖いのは。そんな事を思っていると――。
−もっか、も〜〜か〜〜〜−
「……へ?」
何やら、妙な歌が聞こえて来た。なんか、こう、妙に間延びした歌が。エリオが疑問符と共に声を上げる。だが。
「どうしたの? エリオ君?」
「え? ぎ、ギンガさん、今、変な歌が聞こえませんでした?」
「何の事?」
そう言って、ニコニコ♪ ……おかしい、何かがおかしい……! だが、その何かが分からなかった。
−毛髪の常識を超えて私は来たのだよ−
−ワックスはついてないけど出来れば欲しいね?−
−さぁ早く扉に入りたまえよ−
−どうかしたのかい?−
−怖がらずに一歩を踏み出したまえよ−
−そこにあるのは−
−もっか、も〜〜か〜〜♪−
−毛深さはまだね、頑張るよ−
−もっか、も〜〜か〜〜♪−
−新たな境地に至れる−
(至れる〜〜♪)
−もっか、も〜〜か〜〜♪−
−どこまでも増え続けるよ−
−もっか、も〜〜か〜〜♪−
−君を容赦なく包んであげるよ−
−もっか、も〜〜か〜〜♪−
−逃がしはしないよ−
−もっか、も〜〜か〜〜♪−
−例え君が壊れても−
「……いや、これ絶対どこかで歌ってますよね!? ねぇ!?」
「何言ってるの? エリオ?」
「そうそう、歌なんて聞こえないわよ?」
スバルとティアナも、ニコニコ♪ 振り返る。ギンガも、みもりもニコニコ♪ 全員ニコニコ♪ ……おかしい、おかし過ぎる! 戦慄にも似た寒気をエリオは感じ――そして、それは現れた。
廊下を抜けた先に休憩室(ピロティ)がある。多人数を目的として作られたそこは、やけに広い。その休憩室に、”扉”があった。
扉、扉である。かなり大きめな立派な木製の扉。だがそれだけに、この休憩室においては違和感バリバリである。エリオは即座に悟る。これは、ヤバいものだ。
入ってはならない。触れてはならない――否、断じて否だ! これに、存在を知られてはならない! この扉は、この、扉は――!
「そこにシオンがいるよ♪」
「ほら、エリオ。シオンに用があるんでしょ? 入らなきゃ♪」
「あ、う、う……!」
一同は相変わらずニコニコ♪ エリオは思わず後ずさる――が、後ろに控えていたギンガとみもりにぶつかった。
「どうしたの? エリオ君♪」
「い、いや、あの……! こ、この扉。何かおかしく無いですか……!」
「そんな事無いですよ? 普通の扉です♪ 開けてみれば、分かりますよ――」
みもりがそこまで言った、瞬間!
《も、も、もかもかぁああああ――――――――――――――!!》
絶叫が聞こえた。断末魔っぽい、あれな感じの。エリオは無言で、ごくりと唾を飲み込む。
今のはシオンの声であった。間違い無い。あの扉の向こうでは何が行われているのか――エリオは、扉を開ける事はせず、耳をつけて聞き耳を立ててみる。その先の、声は……!
《あ、ああ、ああああ……! もかもかが迫ってくるぅぅぅぅ――――! 助けてぇええええ――――! ここは、ここは嫌なんだ! ここはダメなんだ! も、もうしません! 助けてスバル! ティアナ! ギンガさん! みもり! いやぁあっ!? もかもかがぁああああああああああ――――――――――――! あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!? あ、ああ、ぁ、あ、あ……》
悲鳴は尻すぼりに小さくなり、やがて消えた。ただ、もかもかと言葉だけを残して。
エリオは汗ジト。ごっくんと唾を飲む。これは。
「ところでエリオ」
「っ!?」
声に、慌て振り向く。既に背後、間近に四人は居た。素敵すぎるニコニコ♪ な笑顔のままに。
「私達言ったわよね? ”死刑”って。まさか――」
『『許されるなんて思ってないよね♪』』
「ひっ!?」
その台詞と笑顔で、漸くエリオは全てを悟った。最初から全てが罠。つまり、このお仕置きをするために――!
道理でキャロが連れて来られ無かった筈である。納得すると同時に、エリオは逃げようと駆け出さんとして、その前に扉が重々しく開いた。
見るな!
内心、強く叫ぶ。だが、この扉から目を逸らす事はあまりに難し過ぎた。本能のレベルで、それを許しそうにない。理性の叫び声を無視して身体が勝手に動く。扉の、向こうには――闇、があった。闇、黒、なんでもいい。とりあえず闇が。
その闇は、何故か表面がごわごわしている。あれが何かを理解する事を本能が拒絶する! だけど、目は逸らせなくて。直後、闇から無数に現れるごつい筋肉質な腕!
それらは、迷う事無くエリオを捕まえんとする。しかし、少年も捕まる訳にはいかないとばかりに回避しようとして。
『『えぃ♪』』
「――へ!?」
ちょうど四人分の手で背中を押された。空中に浮かんだ身で、首だけを背中に向ける。そこには、やはりと言うかエリオの背中を一斉に押した悪魔達が居た。彼女達は、押した手でエリオにひらひらと手を振り。
『『ばいばい、エリオ♪/君♪』』
その声を聞きながら、エリオは腕達に捕まる! 悲鳴を上げたかったが、それすら許されずに扉の中に引きずり込まれた。
もさっと闇の中にエリオの全身が飲み込まれ――扉が、バタン! と閉まる。そして。
「「も、もかもかぁあああああああああああああ――――――!!」」
断末魔の悲鳴が、長く、遠く、どこまでも響いたとさ。ちゃんちゃん♪
(中編1に続く)
はい、第五十一話前編でした。今話はユーノマジイケメンの回です(笑)
ええ、マジイケメン。大事な事なので二回言いました(笑)
どんくらいなのかは次回以降をお楽しみにです。
ではでは、中編1にてお会いしましょう。