魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第五十話後編2です。カリム+騎士団VSタカト。カリムのチート魔法をお楽しみに。では、どぞー。


第五十話「戦士と言う名の愚者達」(後編2)

 

 聖戦士(エインヘリアル)。

 今は亡きレジアス・ゲイズ中将と最高評議会が開発、運用を推し薦めていた地上防衛用の迎撃兵器と同じ名を冠する魔法である。

 古代ベルカにおいて、特別な意味を持つこの魔法は王族専用の魔法との伝承もあるが、現代に於いてはそれを確かめる手段は介在しない。

 ただ一つだけ。この魔法の強力さと、ただ一人のみの使い手を残すのみであった。そして、そのただ一人のみの使い手は――。

 

 

 

 

 光が降り注ぐ。同時、カリム・グラシアを守るべく彼女に侍(はべ)っていた騎士達へと神からの祝福のように、その光は舞い降りた。彼等の身体を覆うように、半透明な鎧のようなものが纏わり付く。まるで硝子を重ね合わせて出来た装甲板のようでもある。さらに、彼等が手に持つ槍型のデバイスから延長するようにして光の刀身が生み出された。

 それを、総計三十を超える騎士、全員に展開された鎧のようなものを見て、タカトは思わず息を飲む。

 彼の特異性の一つとして、目で直接見た魔法の術式を即座に解読すると言うものがある。大概の魔法は一目見ただけで、特性から弱点までも理解してしまえるのだ。これを応用して、魔法以外のものも即座に弱点をさらけ出させるのであるが……そのタカトがこの魔法に対して出した結論は一つだけであった。

 ”危険”。早急な対処を必要とする――だ。

 そんなタカトを、カリムは静かに見据え。

 

「――構え」

 

 そんな一言を呟いた。指示に従い、騎士達が槍を構える。その槍は全てタカトへと向けられていた。一瞬だけ、時が止まったように場が硬直し、そして!

 

「Angriff(突撃)!」

 

    −轟!−

 

 カリムの怒号のような号令に従い、騎士達の姿が一斉に矢となり弾けた。”その場の空気をぶち破って”!

 

「っ!?」

 

 タカトの目が驚愕に見開かれる。その時には既に騎士達はタカトへと殺到していた。光の刃が彼に殺到する!

 タカトは縮地を使い、その場から後退。姿が消え、光刃が全て空を切る。騎士達はタカトの姿を見失い、そして彼は騎士の一人の背後に忽然と現れた。

 いつもそうだったように、バリアジャケットもフィールドも無効とし、衝撃のみを透過させる浸透勁で持って拳を叩き込む。

 

 

    −軋−

 

 その一撃が、”あっさりと弾かれた”。光と音が激しく散る。防御された訳でも切り払われた訳でも無い。だが、タカトの打撃は完全に止められてしまったのだ。硝子のような装甲板によって!

 

 そう言う魔法か!?

 

 胸中で叫びながら、タカトは頭を下にさげた。

 

    −閃!−

 

 その頭上を薙ぐように光刃が通り過ぎる! ”自分が攻撃された事に今気付いた騎士”が背後のタカトへと槍を振り放ったのだ。だが、それはまたもや空を切り、タカトは合わせるように頭上を通り過ぎて行く騎士の腕、肘の辺りに裏拳を、そっと当てた。と、一気に騎士の腕が加速される。タカトが当てた手に力を込めた為だ。結果、騎士は自分の斬撃の勢いに体勢を崩し、わずかに開いた隙間を縫って、タカトは脇腹へと膝を叩き込む。

 

「死ぬなよ」

 

 そう呟き、声が騎士に届いたか分からぬ内に爆炎が膝から膨れ上がった。

 

    −爆!−

 

 天破紅蓮。爆砕し、顕現した炎は一瞬にして膨れ上がり天地を繋ぐ炎柱となる。軌道拘置所にて、トーレもどき達に使ったものとは比較にならぬ――つまりは、一切の加減なしの紅蓮である。人相手にまともに使うようなものでは無い。それこそ、消し炭も残さず”焼失”させかねない程の火力の一撃であった。立ち上がった炎柱の中で、タカトはさてどうなったと意識を集中させ、更に驚くべきものを目にした。

 紅蓮を叩き込んだ騎士が、”何でも無かったかのように”、こちらに振り向き、光刃を突き出して来たのだから。

 タカトの姿は再び縮地にて消える。一瞬にして上空数百mまで移動し、タカトは下――騎士達を置き去りにした地面に視線を移した。

 

 見極める!

 

 聖戦士の能力については、ある程度理解した。あとはどこまでのものか。そうタカトが思うと同時、騎士達がこちらを見付けたのか見上げて来て、直後、三十の騎士達全員が空気を貫いて、つまり”音速超過”の速度を持って飛び上がる!

 

「やはりか!」

 

 そう叫んだ頃には、既に騎士達はタカトに到達している。音速超過の速度を利用して、突き出した槍のままにこちらに突進。

 

    −轟!−

 

 一人一人がミサイルのように、タカトへと突っ込む。だが、それをタカトは展開した足場を利用して全て避けて見せた。

 そうして、勢い余ったまま頭上高く通り過ぎた騎士達をタカトは苦々しい目で見る。

 聖戦士――恐らくは白兵戦用戦術魔法と言った所か。その魔法は、平たく言ってしまえば強化魔法の一種であった。

 鎧のような防御圏層を展開し、更に内の被術者の動きを加速。止めとばかりに攻撃力までも強化されている。

 だが、その性能は従来の強化魔法とは天と地程も差があった。

 まず加速性能。普通ならば有り得ない事に、音速超えの速度を被術者に与えている。これは、かのトーレのIS:ライドインパルスを凌駕する速度であった。

 これだけでも大概ではあるが、攻撃性能までも強化されている。実際受けてはいないし、受けたいとも思わないが、攻撃力はタカトが見た所、AAAは確実に超えている。これは、タカトの通常打撃を超える威力であった。

 そして最後、タカトが最も恐ろしいものと判断したのが防御性能であった。

 硝子を張り合わせたような防御圏層。あれが何より厄介である。どうも、外側からの力を全て光や音に変換して逃がす――そう、”全て”だ。そういう仕様であるらしい。

 衝撃を内へと打ち込む浸透勁でさえも、だ。それだけならまだしも、その防御能力は強固としか言いようが無い。

 タカトの天破紅蓮。威力にして、S+からSSに匹敵する威力全てを光と音にされてしまったのだ。

 聖戦士。厄介に厄介な魔法であった。タカトは知らぬ事であったが、これ程強力な魔法を持つカリムと彼女直属の騎士がJS事件にて動け無かった最大の理由がその強力さにあった。

 その使用を当時の管理局地上本部の上層部が恐れたのだ。強大であるが故に、それが自らに振るわれ無いように。

 まさしく地上本部に於いて切り札となる魔法であり、そして、その使い手達であった。

 

 聖戦士、どう攻略するか……。

 

 タカトは少しだけ思案し、しかし一番手っ取り早い方法を取る事にした。つまり、術者本人を打倒する事だ。卑怯と言えば卑怯ではなののだが、あれ程の魔法、まともに相手するのも面倒である。その手間を考えれば卑怯者と言う謗(そし)りを受けた方がマシと言うものであった。

 幸い、彼女の盾と成り得る騎士達は全員空の上だ。音速超過の速度は、当然凄まじい慣性となる。すぐに彼等が戻ってくれはすまい。

 タカトは眼下、数百m先のカリムを見下ろし正確に指を差し向ける。その指に水が対流して。

 

「天破水迅」

 

 ぽつりと呟く声に応えるようにして、差し向けた指から水糸が迸った。

 水糸は迷い無く、そして異常なまでの精緻さで持ってカリムへと走る。その一撃に対し、デバイスすら持たぬカリムは、すっと手を頭上に掲げた。

 

 −其は魔を拒み、邪を拒み、統(す)べからく世界を護り抜く壁なり、諸王(しょおう)の要請に従い、今ここにそびえ建て!−

 

「壁よ、存(あ)れ! 塞界(ミズカルズ)!」

 

    −壁!−

 

 叫び声と共に掲げた掌(てのひら)から聖戦士を思わせる、多面体の硝子を重ね合わせて構成されたような防壁が展開される。そこに水糸が一斉に殺到し、しかし塞界により水糸は全てそこから進む事が出来ず、張り付くのみとなった。

 

 防がれたか……だが、まだだ!

 

 その結果に、タカトは即座に水糸をカット。両手を浅く開く。そこからは眩ゆいばかりに溢れる光が星雲のように渦を巻いていた。腰溜めに構える。その魔法こそはタカトが唯一有する砲撃魔法であった。

 天破光覇弾。SS+もの威力を誇るこの魔法ならば、あの程度の防壁など物の数では無い。

 

「天破、光覇ぁ――っ?」

 

 叫び、叩き込まんとした直後、タカトはいきなり頭上を振り仰いだ。広がる空は既に夜闇に包まれんとしている――その夜空に、光る星のようなものをタカトは見付けた。

 否、星では無い! それは、先程頭上高くまで飛んで行った騎士達であった。漸く。しかし、タカトの予測よりは遥かに早く舞い戻って来たのだ。

 こうなっては、カリムへと光覇弾を撃つ暇は無い。狙いを頭上へと変え、タカトは光を解き放つ。

 

「――弾!」

 

    −煌!−

 

 直後、タカトの掌から生み出された巨大な光弾は、その名の如く光速で空を切り裂き、飛翔した。真っ直ぐにこちらに音速で向かう騎士達へと、光弾は向かい。騎士達は驚くべき行動を取った。いきなりその角度を変えたのだ。タカトへと向かうコースから! 音速超過での飛行では当然、一度コースから逸れると舞い戻るまでに時間が掛かる。さっきもあれ程時間が掛かったのだ。

 タカトはせいぜい防御を固めて、光覇弾を防ぎに掛かると思っていたのだが。

 

 −天よ、地よ、その狭間に存りし、全てのものよ、今こそ等しく、終焉を与えん−

 

 直後、響いて来た永唱に、タカトはかつてない程の悪寒を覚えた。

 

 この、魔法は!?

 

 すぐに声が響く方向、つまりは眼下へと振り向く! そこに居るのは、永唱を紡ぎ続けているカリム! 彼女は塞界を既に解除。両手を広げて目を閉じ、朗々と唄を読むが如く唱え続けていた。

 その魔法は古代ベルカに於いて、終焉の笛とも神々の黄昏とも呼ばれる魔法であった。そして、これこそが本当の狙いだったのだ。カリムと騎士達の! 聖戦士ですらもが、この伏線に過ぎない。

 タカトは舌打ちし、しかし直ぐさま縮地で逃げようとする。どれだけ極大な威力を持っていようと、当たらなければ意味が無い。砲撃なぞ、タカトからすればいくらでも回避出来るものにしか過ぎないのだ――それが、砲撃だけならば。

 

    −縛!−

 

「なっ!?」

 

 今まさに縮地を発動しようとしたタカトを光の紐が縛る! それはひどく基本的な魔法であった。

 拘束魔法、ディレイドバインド。大した拘束力も無く、対象を拘束する以外に能力も無い魔法である。タカトからしてみれば力ずくで破れる程度の魔法だ。だが、それには数秒程度の時間を要する。いくらタカトとは言えど、無かったが如く蹴散らす事は出来ないのだ。それに何より、この魔法はミッド式の筈――呆然としたタカトは視線をカリムから移す。そこには、天破疾風迅雷撃によって動けなくなった筈の管理局武装隊の面々が居た。

 肩を貸し合い、こちらを睨みながら杖型のデバイスを掲げている。一度撃破した筈の彼等が再び立ち上がり、魔法を使う。それは、タカトも想像の埒外であった。何より、彼等にはもう何も出来ないと、出来たとしても大した事は出来ないとタカを括り過ぎていた。

 その油断が、今、タカトを追い詰める――!

 

「お……!」

 

 吠え、力を込める。直ぐさまバインドはちぎれて行くが、それは全てでは無い。解術も、間に合わない。

 

「お、おぉ……!」

 

 縮地も出来ない。バインドは”空間的に束縛する術”だ。この空間に縫い止められた状態では縮地は使えない……! 応用魔法である禺歩もまた、同じ理由で使用出来ない。回避する手段は、もう無い!

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……っ!?」

 

 最後の抵抗とばかりにタカトの叫び声が響き、バインドが一気に外れ。

 

 −神も、魔も、人も! 全て、ここに滅ぶべし!−

 

 無情にも、その前にカリムの永唱は完了した。後は放つのみ!

 カリムは迷う事なく、タカトへと掌を向け、同時に剣十字に三角形のベルカ式魔法陣が展開! タカトを真っ直ぐに見据え、カリムは最後の叫びを放った。

 

「響け、終焉の笛――破天(ラグナロク)!」

 

    −煌−

 

 直後、目も眩むような光が三角形の頂点からそれぞれ解き放たれ、螺旋を描いて捻り、驀進を開始! タカトへと一直線に突き進み、そして。

 

    −轟!−

 

    −滅!−

 

 クラナガンの夜空に太陽を生み出し、世界を真昼に変えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 所変わって地球、イギリス首都ロンドン――正確には、結界側のロンドンだ。

 辺りに瓦礫が散乱する中で、ズタボロとなったシオンは刀を二人、第二世代型戦闘機人、特殊部隊『ドッペルシュナイデ』のギュンターとクリストファへと差し向けた。

 

「もう、終わりだろ。お前達の持ち札はねぇ筈だ」

「それは降伏勧告かぃ? 俺っち達が大人しく捕まると思ってるのかねぃ?」

「強がりはやめとけよ」

 

 答えたのはギュンター。しかし、その答えすらもシオンはすっぱりと切って捨てる。向こうの策は完全に潰した。更に怪我の程度はこちらの方が酷いと言えど、ギュンターには既に戦闘能力は無い……こちらも、エリオが戦える状態とは思え無いが、クリストファに負けるとも思え無い。詰んだ。そう、シオンは確信する。

 この期に及んで彼等が策を有しているとは、流石に思え無かった。先の宣告通りである。俺の――俺達の勝ちだと。

 

「お前達には聞きたい事が山程あんだ。ここで何の儀式魔法を使おうとしていたかとか……そこのガキの事とかな」

 

 その言葉に背後のエリオがびくりと震えた事が気配で分かる。だが、今は何も言う事は無い。

 シオンは視線をあくまでギュンターとクリストファに固定する。二人は応じるように、しばし見合い、やがてギュンターが肩を竦めた。

 

「確かにねぃ。今回は俺っち達の負けだねぃ。だから――」

「逃げさせてもらうよ」

 

 ギュンターの台詞をクリストファが引き継ぎ、直後、二人の後ろ、背後の空間が”開いた”。まるで扉を開くようにして、観音開きにだ。シオンとエリオは息を呑む。これは――!

 

「空間、接続!? ちぃ!」

「シオン兄さん!?」

 

 魔法では無い。何らかの方法で持って空間を接続したのだろう。それが何かは分からないが、このままでは二人を取り逃がしてしまう! シオンは半ばそう確信して駆け出した。

 この二人をここで逃がせば、後々厄介な事になるのは間違いない。特にギュンターは二度やって勝てる自信が全く無い相手だ。ここで逃がす訳にはいかない!

 一気に瞬動発動、二人の懐に飛び込もうとして。

 

 −弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾−

 

    −弾!−

 

 突如、開いた空間から弾が飛んで来た。散弾。ショットガン系の何らかの銃弾である。シオンは舌打ちを放ち、シールドを展開、散弾を全て受け止める。回避しなかったのはただ単純な話し、手間が惜しかったからだ。

 

 一気にケリを付ける!

 

 シオンは身体を伸ばすと、まるで弓を引き絞るような構えを取った。刀を引き、ぎりぎりまで捻る。魔力が立ち上り、噴出! それを纏い、加速に用いる。

 

「神覇伍ノ太刀! 剣魔ァ!」

 

    −轟!−

 

 シオンは刀を一気に突き出し、矢となって弾けた。散弾も何も関係無いとばかりに弾き飛ばしてだ。魔力を纏い、突撃するこの技に散弾なぞ物の数では無い。

 シオンは開いた空間の中に入るギュンターとクリストファへと、その勢いのままに突貫する。だが!

 

「IS、インフィニット・トランス」

「っ!?」

 

    −撃!−

 

 そんな言葉が聞こえた、瞬間! 開いた空間から何かが飛びだして来た。それはシオンの剣魔と真っ正面からぶつかり、しかし弾かれない!

 それは奇妙なものだった。棒状の何かを捻れ合わせ、ドリルのような形状となり剣魔とぶつかり合っている。それが何かはシオンには分からないが、剣魔と同威力と言う事はSランクに匹敵する威力があると言う事だった。

 シオンは歯噛みし、そんな彼を尻目にギュンターとクリストファは開いた空間の中へと入る。そうして、クリストファは振り向くと、シオンからエリオへと視線を移した。クリストファの視線に、エリオの目が震える。

 

「君、は……」

「もう一度言うよ……クリストファ。僕の名は”もう、これだ”。覚えておくといい。プロジェクトFの忘れ子、もう一人の僕……”偽物の僕”」

 

 その言葉に、エリオは息を飲む。それは果してどう言う意味なのか。しかし、クリストファは構わず背を向けた。それを合図にしたが如く開いた空間は閉じ、二人を飲み込む。同時に剣魔と攻めぎあっていた何かは根本からちぎれ、支えるものが無くなったせいか剣魔に飲み込まれた。シオンはそのまま、突き進む――が、既にギュンター達はそこに居ない。

 逃げられた。完膚無きまでに、鮮やかに。

 シオンは剣魔を止めると、悔し気に唸る。腹立ちまぎれに、地面へと刀を叩き込んだ。

 

「ちっくしょう……!」

 

 結果は勝利。しかし、到底そうは思え無かった。結局、取り逃がしてしまったのだから。

 シオンはどかっと、その場に座り込む。エリオもシオンの元に駆け寄って来た。

 座り込みながら、シオンを見上げる。何かを言いたそうな、そんな瞳で。けど、シオンはそんなエリオに顔を横に振った。頭にぽんっと手を乗せてやり、撫でてやる。今はいいと、そう言う代わりに。そうして、シオンは空を見上げた。

 空は茜色――日が沈まんとしている所だった。一日が終わろうとする。それを眺めながら、シオンはぽつりと呟いた。

 

「イギリスについた途端これかよ……まだ一日目だぞ、こんちくしょう」

 

 それは、イギリス初日の――そして、これからEU全土で巻き起こる戦いの最初の終結となる言葉だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −煌−

 

 クラナガンを真昼に変えた破天の一撃。太陽を思わせるような巨大な爆発を生み出した、その光をカリムは厳しい瞳で見つめていた。

 破天。かの八神はやてが所有する殲滅砲撃魔法の一つである。闇の書事件以来、滅多に使われる事が無かった魔法だが、それもその筈。この魔法は威力の桁が違い過ぎるのだ。その使用を術者であるはやてが躊躇うのは当たり前と言えた。

 それは同じ古代ベルカ式の使用者であり、はやてと同じく後衛タイプのカリムも同様。だが、それは時と場合による。タカト相手に破天の使用は決してやり過ぎとカリムは思わなかった。

 やがて爆発は余韻と共に消える。真昼に変わったクラナガンに、夜の暗闇が戻って来た。そして、タカトは――いない。

 

「倒した……?」

 

 怪訝そうにカリムが呟く。そんな彼女に八方に散らばっていた騎士達が戻って来た。カリムは彼等に微笑のみを送り、すぐに頭上へと再び視線を戻した。やはりタカトの姿は見えない。本来ならば、ここで倒したと判断するだろう。しかし、カリムにはどうしてもそう思え無かった。それが何故かは分からない……だが。

 

「……見事」

『『っ!?』』

 

 突如、声が一同の背後から響いた。本日二度目の称賛の声に、一斉に振り返る。そこにはやはりと言うべきか、伊織タカトが居た。まるで、最初からそこに居たように。

 

「馬鹿な……」

 

 騎士の一人が呆然と呟く。それをカリムは聞きながら、無理も無いと思った。あれ程の一撃をどうやって防いだと言うのか。

 

「防いで無いぞ?」

「え……?」

 

 いきなりタカトがそんな事を言い出した。まるで、こちらの心を読んだが如くにだ。タカトから言わせれば、皆の顔色から大体分かったと言った所なのだろうが。それはともかく、タカトはため息混じりに右手を挙げて一同に見せた。

 

「絶・天衝。これで、ぶった斬った……まぁ、爆発の余波はどうにも出来なんだが直撃よりはマシだ」

 

 そうでなければ死んでいたがな。

 

 そうタカトは告げ、その答えにカリムは絶句した。

 タカトの言い分はこうだ。防御も回避も間に合わないから、迎撃した。ただそれだけ。これだけならば至極真っ当な言い分に聞こえるが、その実まともな思考で出来る――行える行動では無かった。

 もし迎撃が出来なかったらどうする積もりだったと言うのか。破天の威力が天衝を少しでも上回っていれば、タカトの命は無い。にも関わらず、タカトは事も無げにそれを行ったのだ。それが、どれだけ異常な事か。

 

「さて、先はしてやられたのでな。今度はこちらから行こう」

「っ!」

 

 そんなタカトの一言に、カリムは思考から引き戻された。騎士達も同様にだ。

 一斉に気が付いたように、槍を構える。まだ彼等の聖戦士は続いている。この魔法をどうにかしない限り、タカトの勝利は無い。カリムは飲まれていた自分に気づき、頭を振った。有利なのはこちらである。タカトが破天を迎撃してのけたと言えど、破れた訳では無いのだ。

 

 まだ、まだ!

 

 そう、カリムは思い――しかし。

 

「ああ、ちなみにだ。その魔法は既に見切った」

「……!?」

「それを今、証明しよう」

 

 そう呟くと、タカトの姿が消える! 空間転移歩法、縮地。一瞬にしてタカトは一人の騎士の懐に飛び込むと、拳を無造作に叩き込んだ。その拳に巻くは暴風、天破疾風!

 

    −撃!−

 

 台風にも匹敵する風圧を詰め込んだ拳が騎士の腹にぶち込まれ、しかし例の如く大量の光と音に変換される。衝撃も何もかもだ。天破疾風は防御圏層を抜けられず、やはり防がれ――くるりと、その結果に構わずタカトの身体が回転した。

 ちょうど騎士を主軸にするようにだ。騎士の目からは、まるでタカトの姿が消えたように映っただろう。そうして回転しながら背後に回り込み、勢いのままにタカトは騎士の後頭部に肘を打ち込む。その肘に灯るは紅蓮!

 

    −爆!−

 

 肘から膨れ上がった炎は先と同じく、一瞬にして膨れ上がり巨大な炎柱と化す。そして。

 どさり、と重いものが倒れる音が一同に届いた。人が一人、倒れたような音が。

 炎柱が消える。そこには、黒焦げになって倒れる騎士と、ふむと頷くタカトが居た。

 

「やはりな。いくらなんでも、限度はあると思っていたが」

 

 そう苦笑するタカトを呆然と一同は見る。カリムもだ。

 今、彼は何をした? 疾風と紅蓮。つまり、Sクラス以上の攻撃を”連撃”で使わなかったか?

 カリムは知らない。”伊織タカトが本来は手数で押すタイプ”だと言う事を。大威力術式を複数起動出来ると言う事を。

 それを”通常打撃と変わらぬ速さ、動作で打ち込める”と言う事を!

 ともあれ、これで確実になった事は一つだけであった。聖戦士が破られたと言う、その事実だけは。

 

「さて……これで、漸く五分だ」

『『っ!?』』

 

 タカトが呟くようにして告げた一言に、一斉に我に返る。しかし、次の瞬間にはタカトの姿は消失していた。

 

 縮地だ。

 

 その姿は再び上空にあった。手の中に星雲の如く、渦を巻く光を集めて!

 カリム達が漸くタカトの位置に気付く。そんな彼女達にタカトは笑い。

 

「決着をつけようか!」

 

    −轟!−

 

 叫びと共に、天破光覇弾を撃ち込む! 頭上から放たれた光弾に、騎士達は弾かれたように散開。散り散りになって退避するが。それは陣形を崩すと言う事であり、単騎になると言う事であった。

 そして、音速超過であろうとタカトには追い付く術がある! 縮地――三度、タカトの姿が消え、一瞬にして、単騎となった騎士の前に現れる。

 

    −撃!−

 

    −破!−

 

 即座に天破疾風の二連撃を叩き込み、聖戦士の防御圏層を貫通! 二人目の騎士を昏倒させ、直ぐさま三人目へと縮地で跳躍(と)ぶ――!

 聖戦士を打ち破る手段を見出だしたタカトは、それこそ水を得た魚の如く飛び回り、騎士達を打破して行く。それを、カリムはただ呆然と見ている事しか出来なかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ぉおおおお……!」

 

 叫びと共に光刃が突き出されるが、それをタカトは踏み込みながら、体を躱し、避けて見せた。踏み込みの勢いを逃さず、順手で放った拳が、まるで蛇の如く吸い込まれるようにして騎士の鳩尾へと撃ち込まれる。

 

    −撃!−

 

 光と音が激しく散った。疾風の衝撃と威力が変換された証だ。だが、そこでタカトは止まら無い。更にもう半歩。踏み込みながら膝をかち上げる! 紫電を纏う、その一撃は疾風を叩き込んだ箇所と寸分違わず正確に打撃!

 

    −雷!−

 

 一瞬だけ光と音へと雷光は変換され防御圏層に押し止められるが、それも僅か。聖戦士の防御圏層はあっさりと限界を迎え、膝から放たれた雷光が騎士の身体を貫く!

 びくん、と騎士は身体を震わせ、タカトが身体を離すと同時にその場に崩れ落ちた。

 

「っのぉ!」

「ちぃ!」

 

 そのタカトを、今度は背後から騎士二人が音速超過で強襲を掛ける! 騎士の基本戦術は突撃にある――それを証明するように、騎士二人は超絶な速度を莫大な破壊力に変えるべく音速超過での突撃を放つ。だがそれに対しタカトは両掌を広げ、振り返りながら、むしろ踏み込んだ。その両掌に灯るは再び雷光!

 

「天破震雷」

 

    −破!−

 

    −雷!−

 

 突撃を身を低くして、光刃を潜り抜けながら両者の胴体にカウンターで叩き込まれる震雷! 騎士達は、自身が生み出した速度と震雷の威力を纏めて受ける。それでも聖戦士は耐えて見せた。光と音が、かつて無い程に散らばる。だが、そこまでだった。

 タカトの身体が空へと舞う。空中をとんぼを切りながら回転。両の踵がまるで斧のように、騎士二人の頭に落ちる!

 

「天破紅蓮」

 

    −爆!−

 

 声と共に発生するは、炎柱! 天地を繋ぐそれは、一瞬にして騎士二人を飲み込んだ。防御圏層は限界に達し、ついに割れる。

 炎柱が消える――その後には、焼き焦がされた騎士の姿しか無かった。タカトはそれを見もせずに、地面へと着地。しかし、着地に隙を見出したのか残る四騎――それ以外は、全てタカトに撃破されたのだ――が、タカトを押し包むように包囲を固めて襲い掛かる。光刃を振り上げ、あるいは突き出し、着地したタカトへと四方から、それを叩き込まんとして。

 

「天破水迅」

 

 声が通り、彼等は一斉に万歳をするようにして腕が上へと引っ張り上げられた。

 

「な、ん!?」

 

 いきなりの事態に彼等は驚愕し、慌てて頭上を振り仰ぐ。腕は、そこに固定されていた。巻き付いた水糸によって!

 天破水迅は、ただの斬撃魔法では無い。伊達に糸の形状としている訳ではないのだ。このような応用力を持たせる為にこその糸としての形状なのである。先のお返しとばかりに束縛された騎士に、タカトは拳を持ち上げた。

 

「よく頑張った。しかし、お前達はここで終われ!」

 

    −撃!−

 

 打音は一発。しかし、放たれた暴風巻く拳は総計八発は確実に超えていた。防御圏層を貫かれ、吹き飛ぶ騎士達がそれを証明している。

 吹き飛んだ騎士達は、激しく地面に叩き付けられ――もう、動かない。

 そして、三十も居た騎士達はこれで、全て撃破された。後残るは、カリムのみ。

 

「…………」

「さて、後残るはお前一人だな? どうする?」

 

 このまま退くか、それとも戦(や)るか――。

 

 言外にそう問うタカトを、カリムはキッと睨み付ける。同時に、その足元に魔法陣が展開した。

 答えるまでも無いと、その行動は語る。一人だけ逃げようなんて真似が出来る訳が無い。タカトは、そんなカリムを楽し気に見つめた。

 

「良い覚悟だ。カリム・グラシア。その名を俺は生涯、忘れん」

 

 管理局の人員としてはクロノしかいない、タカト最大級の称賛の言葉。

 それが放たれた瞬間には、既にタカトはカリムの眼前に居る。そして、拳は真っ直ぐにカリムへと放たれ――。

 

    −壁!−

 

 その拳が、横合いから現れた手に掴まれ止められた。カリム以外撃破され、止められる筈が無い、その拳を止めたのは――。

 

「何をしてるんだ……」

 

 声が響く。誰も彼もが倒れた戦場で、怒りに震える声が。その声と共に現れた者に、カリムは目を大きく見開いた。それが、あまりにも有り得ない人物であったから。

 

「何を、してるんだ、君は……!」

 

 タカトは、ただ震える声に無表情となった。だが、その目に寂しさと若干の喜びが見えたのは気のせいか。声は、そんなタカトの視線に構わない。声の主は、タカトを緑の瞳で睨み……その瞳もまた、怒りで震えていた。タカトが行った理不尽に、そして間違いに。そう、声の主は――。

 

「久しぶりだな。ユーノ」

「君は、ここで! 何をしているのかって聞いてるんだっ!? 僕は!」

 

 ――ユーノ・スクライア。タカトの親友となった男。タカトを理解しようとして、でも出来なかった、そんな友の叫びが、戦場に響き渡ったのであった。

 

 

(第五十一話に続く)

 




次回予告
「ついに再会を果たすタカトとユーノ。しかし、ユーノはタカトの暴虐を許す事が出来なくて」
「自らの想いを貫く為に、ユーノはタカトと相対する事を選んだ」
「一方、ようやく戦いが終わったイギリスで、シオンはエリオとえらい目に合いつつ、語り合う」
「少年の過去と、傷を、シオンは聞く」
「次回、第五十一話『男の闘い』」
「意地を貫き、意思を拳に固め、ただ相手にぶつけ合う。それは、少女に出来ぬ男共の闘い」

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