魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、後編1です。今回はタカト編オンリーとなります。なのは版あの人は今inミッドチルダと合わせてお楽しみにー。では、どぞー。



第五十話「戦士と言う名の愚者達」(後編1)

 

 がらん、と言う音がする。金属製の何かが崩れる音だ。それを何とは無しに聞きながら彼は――伊織タカトは、零距離でデザートイーグルを全弾叩き込み、穴だらけにしたガジェットⅠ型を蹴り剥がして周りを見た。

 周辺一体は金属片が転がっている。それは、ガジェットの破片であった。

 タカトが取り出した質量兵器の山により作りだされたもの達だ。因子兵はいない、と言うより因子兵の場合、撃破すれば塵に帰る為、何も残らないのは至極当然と言えた。

 それらを、ぼーと眺めながら……実際の所は数Km単位で空間把握を走らせ、索敵しているのだが、それはともかく、タカトはため息を吐いた。

 

 ……逃げ足が早い。

 

 そう思いながら。例の指揮を出していた人物及び、ストラの兵力の殆どをタカトは取り逃がしてしまったのだ。

 突如、発動した空間転移によって。こちらがAMFを全く気にせず、ガジェットと因子兵を駆逐して回っているのを見て、ストラ側は即座に逃げを打った。

 退却が上手い兵は強い。かねてから言われる言葉であるが、ストラは正にそれを実行してのけたのである。

 魔法を使えれば問題無かったのだが、AMF空間内で壺中天を起動しっぱなしであったのが災いした。結果、タカトは目の前のガジェット、因子兵の駆逐に追われ、退却を許してしまったのだった。

 

 ……これが後々に影響しなければいいがな。

 

 そう一人ごちて、タカトは壺中天を停止。手にあるデザートイーグルを投げ捨てて、くるりと振り向く。

 そこに、”デバイスをこちらに向けた管理局局員達が居た”。

 

「…………」

 

 タカトは無言。しかし、彼等はこちらを険しく睨み付ける。その視線に、自分が彼等に敵であると認識されていると理解した……理解しただけであったが。

 口端に苦笑を滲ませながら、タカトは局員達の方へと歩き始める。彼等は一層表情を険しくした。

 

「動くな! ……援護は感謝するが、貴方には質量兵器使用違反。並びに、武装局員襲撃の――」

「くだらん前置きはいい」

 

    −撃!−

 

 そこまで、武装隊の隊長だろう、彼が叫んだ所で唐突に弾けた。隊長がだ。それこそ巨大なハンマーか何かでぶん殴られたが如く、空を舞う。それを行ったのは、当然タカトであった。

 挙動すら見せずに踏み込むと同時、これまた一切の予備動作無しで叫んでいる隊長の顎を撃ち抜いたのだ。

 周りの武装局員達が呆然とする中で、滞空は終了。隊長は地面へと落ちる。

 叫んでいた最中に、顎を撃ち抜かれた為だろう、自身の歯で噛みちぎる羽目となった舌の先がぽろりと落ちた。

 

『『……』』

「さて」

 

 総じて絶句する局員達のど真ん中でタカトは一人呟く。指をすっと持ち上げた。

 

    −破−

 

 直後、それを見計らったようにAMFが解けた。ストラが撤退した為だろう。局員達にも魔力が戻る。だが、それはタカトも同じ事であった。持ち上げた指に水が対流して行く。

 

「あ……!?」

「次は、お前達だ。潰させて貰おうか」

 

    −斬−

 

 次の瞬間、水糸が走り抜け、世界の蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 ユーノ・スクライアは無限書庫、司書長だ。一応、管理局本局勤務――つまり本局所属となるのだが、ストラによる本局制圧時に彼はミッドチルダに居た為、捕縛を免れていた。

 その彼の姿は今、管理局地上本部ビルにあった。飛び交う怒号の中に。

 ビルの中に所狭しと並べられた怪我人達。そして、その彼等の治療に当たる者達の叫びである。怪我人は一般市民、管理局局員問わず並べられている。本来なら、病院に搬入されてしかるべきなのだろう。……しかし、そうもいかない事情があった。既に、”そこ”は存在していないのだから。

 ストラが最初に狙い、壊滅させたのは病院や学校、そして退避シェルターといった場所であった。一般市民が避難し、そして生活する場所をこそ、最初に彼等は殲滅したのである。

 非人道的――しかし、これ程効果的な狙いも無い。何故なら、これにより大量の避難民と怪我人の全てを地上本部は受け入れざるを得なかったのだから。まさか、見殺しにも受け入れ無い訳にもいくまい。そして、地上本部に受け入れた大量の避難民と怪我人により、当然局員達の動きは鈍り、人手不足に陥った。

 避難民もそうなのだが、怪我人と言うのは思った以上に人手を取られるものなのだ。最低でも怪我人一人に二人は人手を取られる計算となる。いくら治療魔法があり、自然治癒よりも遥かに早い治療方法があるとは言え、根本的に人手不足に陥るのは至極当然と言えた。

 市民の中から人手を募り、協力を要請しても、それでも足りなかった。結果、ユーノが見る先では、正にもう一つの戦場とも、地獄とも言える状況が展開されていたのである。

 

「ユーノさん?」

 

 その声に、はっと我に帰る。振り向くとそこに鮮やかな赤と緑の瞳があった。同居人、高町ヴィヴィオである。この少女も手伝いを申し出てくれたのだ。それを申し訳無く思い、だが情けない事に今の状況ではたまらなくありがたい申し出をユーノは受け、こうして共に怪我人の治療に当たっていた。

 首を緩やかに、ふるふるとユーノは振るう。我知らず呆然としてしまったのだ。目の前の、もう一つの戦場に。

 それを苦く感じながら、治療を終えた少年と、その両親であろう、少年を抱きしめる二人の男女にユーノは微笑み、すぐに次の怪我人の元へと向かう。

 ぐずぐずとはしていられない。まだ怪我人は居るのだから。

 

《臨時ニュースです。先程、ミッドチルダ管理局地上本部へと向かっていたツァラ・トゥ・ストラと名乗るテロリストは――》

 

 次の怪我人の治療にユーノが当たろうとした、まさにその時、臨時ニュースが大きく展開したウィンドウから流れ始めた。状況を常に伝える為に管理局が展開したのだ。

 情報を伝えられない市民は閉鎖感と不安により、たやすく暴走する。それを恐れての措置であった。しかし、今回ばかりは臨時ニュースで人が湧いた。そのニュースは、ストラの撤退を伝えるニュースであったからだ。ユーノもそのニュースに、ほっと胸を撫で下ろす。

 

《現在、武装局員は新たに現れた謎の魔導師と思われる人物と交戦しており、彼は――》

 

 直後、ユーノとヴィヴィオは同時に絶句し、硬直した。今まさにウィンドウに映っていた人物が彼等の良く知る人物であったから。大切な人であったから。彼は――。

 

「タカ、ト……!?」

 

 そんなヴィヴィオの悲鳴を、ユーノははどこか遠くで聞いたような気がした。

 彼を、管理局武装局員相手に一人戦うタカトを見て、そんな感覚を受けていたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −閃−

 

 −閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃、閃−

 

    −閃!−

 

 縦横無尽。走り抜け、局員達を切り刻み、蹂躙し尽くす水糸は途切れる事無く動き続ける。

 それは一方的な戦い……否、戦いとも呼べない。これは、ただの殲滅戦にしか過ぎない。

 天破水迅。凄まじい射程距離と、緻密極まる制御操作能力を有するこの魔法を回避する事はほぼ不可能と言える。だが、物事に完璧と言う物は存在せぬように、絶対と言う言葉がただの幻想にしか過ぎないように、この魔法にも、ある弱点があった。それは。

 

「障壁を展開しろ! 二人がかりでも何でもいい!」

 

 ほぅ。

 

 突如として飛んだ指示に、タカトは感心したように目を細める。そんな彼を知ってか知らずか、まだ撃破されていない武装局員達は広域フィールドを展開。水糸に貫かれるような薄いフィールドしか張れない所は、二、三人がかりで多重に展開した。結果、水糸はフィールドを抜けられず、ただ障壁に張り付くのみとなった。一応、それでも削ってはいるのだが、効果は薄い。

 そう、天破水迅。この魔法の威力はAA〜〜AA+相当”しか”無い。砲撃魔法にも等しい威力があれど、絶対的な破壊力にはほど遠いのだ。

 アースラ隊が最初にタカト相手に使った戦法と同じである。だが、今回はアースラ隊の時と状況が違う。管理局武装局員達。彼等には、”人手”が山とあるのだから。

 

「今だ! ”砲撃魔法”で集中砲火! 水糸ごと蹴散らせぇ!」

 

    −轟!−

 

 叫びと共に、一斉砲撃が始まる! フィールドごしに、幾千もの光砲がタカトめがけて飛来した。

 それにタカトは、にぃと凶悪な笑いを浮かべると水糸をカット。その場から後ろに飛翔し、砲撃を躱す。しかし、これにより水糸は途切れた。つまり、武装局員達の動きを縛るものは何も無い!

 

「全体、構え――突撃ぃ!」

『『応っ!』』

 

    −轟!−

 

 応える声が地響きもかくやと言う音を鳴らし、武装局員が四方八方から突っ込んで来る! 無論、砲撃、射撃魔法を撃ちまくりながらだ。

 これをタカトは拳と蹴りで対応する。だが所詮は単騎。攻撃をいくら蹴散らそうと、限度と言うものがある。

 向かい来る光射と光砲をぶん殴って、弾いている内に、突っ込んで来る局員達に距離を詰められてしまった。目の前に来るのは槍型のアームドデバイスの持ち主――騎士だ。聖王教会直属の、武装騎士達であった。

 彼等が後方から雨霰と降る光射、光砲の援護を受け、タカトへと突っ込む!

 それにタカトは目を細め、騎士達は槍を真っ正面から突き出して来た。数十と言う槍が一斉にタカトを仕留めんと襲い掛かる――その全てをタカトは拳で迎え討つ!

 

    −撃!−

 

 音は、遅れてから届いた。しかも、”一打のみ”の音しか響いていない。実際の所は一打であろう筈が無かった。何故なら突っ込んで来た騎士達全員が、空を舞っていたから。その全員が身体の何処かに拳を叩きこまれ、失神している。

 至近戦。それも零距離での格闘戦こそがタカトの本領なのだ。援護が多少あろうと、それが数十を超えていようと何の関係も無い。

 それが、格闘戦”だけ”ならば、そうなっていただろう。だが。

 

    −轟!−

 

 局員達はタカトの間近で失神し、空を舞っている騎士達に”構わず”、光砲、光射を叩き込んで来た。それには、流石にタカトも目を見開く。

 よくよく見れば、騎士達全員は口元に薄っすらと笑みを浮かべて気絶している。最初っから”自分達ごと”と決めてあったのだろう。

 それを躊躇わず実行してのけたのだ。非殺傷設定であろうとも、仲間ごと撃つのも撃たれるのも、相当の覚悟が無ければ出来ない。タカトは見開いた目をすっと細め、しかし迎撃が間に合う筈も無く。

 

    −煌−

 

    −爆!−

 

 次の瞬間、数千にも及ぶ光射、光砲がタカトごと騎士達を飲み込み、大爆発がクラナガンの地上に顕現した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ぶぁっと爆煙が広がる。大量の砲撃魔法により発生した煙りだ。それは視界を奪うには十分過ぎる程の広域に渡って広がる。

 目の前に広がる粉塵に、局員達は一斉に射砲撃を放つ事を止めた。変わりとばかりにサーチャーを飛ばす。

 視界がろくに役に立たない状況では、サーチャーで索敵するのが定石であるからだ。タカトやシオン達のごとく、広域に空間把握を自覚的に走らせられるのは割と希少なのである。

 サーチャーで、敵対していた漆黒の魔導師――タカトの事だ――の、姿を捉えんと彼等はサーチャーの操作に集中し、そして。

 

「見事」

 

 そんな。そんな自分達を称賛する声が響いた。”自分達の真後ろから!”

 驚愕を飲み込み、局員達が一斉に振り返る。そこには一切のダメージ無し、バリアジャケットを傷付けてすらいない、伊織タカトの姿があった。

 どさどさと手の中の荷物を捨てる。それは、先程タカトによりKOされた騎士達であった。

 

「縮地、応用編。”禺歩(うほ)”」

 

 そんな事をタカトはぽつりと呟くが、局員達には何が何だか分からないだろう。禺歩、縮地による応用魔法の一種だ。空間を歪めて、周囲一体の空間と空間を接続。そこに飛ぶと言う魔法であるのだが、タカト単体で跳躍(と)ぶのならば、こんな魔法は必要あるまい。

 騎士達を射砲撃に巻き込ませぬ為に、この魔法を発動したに違い無かった。タカトは自嘲気味の笑いを浮かべる。

 

「さて。では、お前達はここで終われ」

「っ……! 障壁用意! 広域魔法、来るぞ!」

 

 誰かの指示の声が飛ぶ。それは、まさしく適切な指示であった。タカトはまだ敵陣の真っ只中にいるのだ。戦術的な効果を狙うならば、広域魔法で一網打尽が最も正しいと言える。そして広域魔法と言えば、先程の天破水迅であった。

 それを、まず第一に防ぐと言うのは冷静な判断である……ただ一つだけ、彼等にも誤算があった。

 タカトの”広域魔法は一つだけでは無い”と言う、そんな誤算が。

 

「天破疾風、天破震雷、”合わせ改式”」

 

 両の掌を組み合わせ、打ち付ける。同時、タカトの身体から光が溢れ出した。それは見るものが見れば、風、雷、地の三つの光をイメージ出来たであろう。

 その魔法は、タカトがアースラ隊と初戦闘を行った時、彼等を一網打尽にした技――その名を。

 

「天破、疾風迅雷撃」

 

 ぽつりと呟き、タカトは両手を広げながら激しく回転開始! 両の掌から風と雷が吹き出し。

 

    −轟!−

 

 戦場に巨大な雷竜巻が発生! フィールドを容易く叩き割り、その場に居た全てのものを巻き込んで吹き荒れた。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 タカトは頃合いを見計らって雷竜巻を停止。回転もゆっくりと止めた。そうして、ゆるりと戦場を見渡す。管理局武装局員達は、その全てが雷竜巻に巻き込まれて、ダウンしていた。

 一応誰も死んではいないか空間把握を走らせて確認するが、全員命に別状は無い。ただ、誰もが失神するなり、なんなりはしているようだが。そこに頓着(とんちゃく)などタカトがする筈も無かった。

 

 さて、これからどうするか――。

 

 ストラは一時撤退。管理局も一部戦力撃破。自分の目的から考えるのならば、撤退したストラを追撃するのが一番だろう。もしくは、地上本部を壊滅させて後顧の憂いを断っていくか。さて、どうするかとタカトは少しだけ悩んで。

 

「ぐ……う……」

 

 そこで驚くべきものを目にした。立ち上がったのだ。天破疾風迅雷撃を喰らった、武装局員達や騎士達が次々と。

 SS+相当の広範囲攻撃を叩き込まれていながらだ。これにはタカトも流石に目を見張る。

 

「……大したものだ。まさか立ち上がるとはな」

「何故、だ……!?」

「む?」

 

 その問いを放ったのは、先程まで指示を出した男に相違無かった。今にも崩れそうな身体を、杖型のデバイスを形状通りの使い方をして支え、こちらを睨んでいる。よほど悔しいのだろう。目からは涙が滲んでいた。

 

「何故、こんな真似をする!?」

「邪魔になるだろうからな」

 

 その悔しさも、悲しさも、何もかもを、タカトはあっさりと踏みにじって答えを放った。答えに愕然とする彼等を、感情が失せた瞳が見つめる。

 

「な、んだ、と」

「お前達は邪魔なんだ。俺の敵になるだろうから叩き潰した。それが、お前達を倒した理由だ」

 

 勘違いするなと、タカトは続けて。

 

「俺は自分が正しいとか間違っているとか、そんな事はどうでもいい。だが、今回に限っては言ってやる。”お前達は正しい”。そして、”俺は間違っている”」

 

 そんなタカトの言葉を、その場に居た全員は呆然と聞く。彼が何を言っているのか、理解出来無かったのだ。

 ……ここに、なのはや、もしくは神庭家の人間がいれば、ひょっとすれば気付けたかもしれない。

 これがタカトなりの謝罪だと。曲がりくねって遠回しにすら伝えられていない謝罪だと。そう気付けたのかもしれなかった。

 そこまで言って、タカトは呆然とした彼等を置いて歩き始める。我に帰った彼等は待てと言うが、タカトは止まらない。ただ微笑んだ。

 

「お前達のような奴らは惜しい。そこで寝ていろ。そうすれば、俺が全てを終わらせてやる」

「そんな事が納得出来るか!?」

 

 彼等だって気付いている。タカトにとっては、ストラの連中こそが本命の敵なのであると。だからと言って彼一人に全てを押し付けて――否、持っていかれて寝ている事なぞ出来よう筈が無い。”ここ”は彼等の世界で、彼等が守るべき世界なのだ。

 それを横から勝手に現れた者などに守る義務を持っていかれるなぞ、我慢出来る話しな訳が無い。でも、彼等は立てなくて。

 タカトは微笑んだまま、その場から立ち去るように歩く。その足は、ストラが撤退した方に向かい。

 

「……いえ、そんな話しは我慢も納得も出来ません」

 

 凜、と。涼やか声が流れた。同時、地面を踏み締める音が響く。大量の人間が歩く音だ。しかも、ただ歩くだけでは無い。それは、行進によって鳴り響く歩行の音であった。

 タカトは苦笑を滲ませゆるりと振り向く。そこに、騎士達が居た。

 聖王教会、修道士からなる騎士達が。その一番前に居るのは、金の髪の女性であった。彼女の視線は、こちらを真っ直ぐに射抜く。

 

「貴方の話しを私達は、絶対に納得しません。了解も、しません」

「何故だ? と問うても?」

「私達は、この世界を守りたいからです。少なくとも、誰かに勝手に守られるなんて――守る事すらも奪われるなんて、認められないからです。それが、ミッドチルダ地上の守護を任せられた者の義務であり、そして権利だからです」

 

 それは、ひどく正しい答えであった。少なくともタカトのように勝手に人の守りたいものを勝手に奪い、守るような輩よりは、確かに。

 だが、”最初から最後まで間違っている”タカトにそんな答えは意味を成さない。つまり、止まる事など有り得なかった。

 

「……貴方は、ナンバー・オブ・ザ・ビースト、ですね?」

「そうだ」

 

 タカトはあっさりと認める。それに、彼女は苦い顔となった。やはりかと、その表情は語る。

 

「貴様の名は? 聞いても?」

「カリム。カリム・グラシア」

 

 カリム、ね。

 

 タカトは頭の中だけで、その名を反芻する。響きを楽しみ、笑った。

 

「良い名だ。気に入った――さぁ」

 

 笑い、タカトは両手を構える。カリムの前へと騎士達は出た。槍を前に突き出し、タカトへと向ける。

 更に彼女の横に幾人程風変わりの人物をタカトは見る。タカトは知るよしも無かったが、彼女達と彼こそは、この場に居る者達の中で最強の者達であった。シャッハ・ヌエラ。ヴェロッサ・アコース。そして、かのナンバーズ最後の三人。No.6、セイン。No.8、オットー。No.12、ディード。

 彼女達も、それぞれの武装をタカトに構え、彼の足元から無数の猟犬が生まれる。それを見ながらタカトは一歩を踏み出して、続きを彼等へと告げた。

 

「始めようか」

 

 その言葉に一斉にそれぞれが動き、ミッドチルダ、クラナガンにてタカトと管理局側との第二戦の幕は切って落とされた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シャッハ、ロッサ、セイン、オットー、ディード、これより永唱を開始します! 時間を!」

『『はい!』』

 

 カリムの叫びに、タカトは眉を潜めた。彼女の前に出た騎士達が全く動かず、代わりにカリムの側に控えていた者達がこちらに来たのだから。

 数は力だ。タカトにとっては、それは大した障害とも成らないが、それでも数人を向かわせるよりは遥かにマシと言うものだろう。彼女にとっては精鋭であろうが、それでもタカト相手では無理がある。

 故にこそ、タカトは彼女が取った戦術を訝しんだのだ。理由があるとすれば。

 

 −偉大なる戦士よ、神の園に導かれし者達よ、戦乙女に認められし、聖なる神の使徒達よ−

 

 ――あの永唱か。

 

 足元に広域魔法陣を展開し、歌うように呪文を唱えるカリムを見てタカトはそう思う。剣十字に、三角形の形を成す魔法陣はベルカ式――それも、今は担い手が殆ど絶えたとされる古代(エンシェント)ベルカ式であった。

 古代ベルカ式には、近代ベルカ式のような応用力こそ無いものの、強大な呪文がある。

 

 ――グノーシスにある、”対界戦略型禁呪魔法”も古代ベルカ式だったしな。

 

 そんな事を思い出しつつ、この魔法の完成は面倒臭い事になるとタカトは判断。まずはカリムから潰すかと、狙いを定めて。

 

「後ろから失礼」

 

 そんな声を、後ろから聞いた。同時、背後から光刃がタカトに迫る! ディードのIS、ツインブレイズである。タカトがカリムへと歩を向けた事を察知して、わざわざ後ろへと回り込んだのか。

 刃は迷う事無く、タカトへと叩き込まれんとして。

 

    −撃!−

 

 次の瞬間、吹き飛んだのはディードの方だった。くはっと息を吐き、身体をくの字に曲げる彼女の腹に、いつ放たれたのかタカトの足が突き刺さっている。

 

「その程度の速度では、都合百回は蹴りを放ってお釣りが来るぞ?」

 

 笑いながらタカトは告げ、即座に追撃に入る。吹き飛ぶ彼女に一歩で追い付きながら拳を放ち――突如、がくんと体勢が崩れた。

 

「ぬ?」

「IS、ディープダイバー……ディードはやらせないよ!」

 

 その声にタカトは足元へと視線を移す。そこには、自分の足首を掴む手があった。”地面から現れた手”が。まるで水中から差し出されたが如くだ。その手により、足首が掴まれ体勢を崩したのか。

 

「セイン、そのまま! ロッサ! オットー!」

「ああ!」

「分かりました。騎士シャッハ」

 

 同時、後方から叫び声が響いた。応じように無数の獣と、光の線がタカトへと走る! ヴェロッサの希少技能、無限の猟犬とオットーのIS、レイストームである。それらは足首を拘束され、動けぬタカトへと容赦無く迫る。

 

「ぬん」

「ひょわ!?」

 

 しかし、タカトは構わず掴まれた方の足で蹴り上げた。その動作に、セインが潜っていた地面から引きずり出される。蹴りにより空中へと投げ出されセインは驚きに目を見開き――それ以上に、ヴェロッサとオットーは驚愕する羽目となった。

 何故ならセインが投げ出された位置は、彼等が放った猟犬とレイストームの直撃位置であったからだ。このままでは、セインに直撃する! 二人は慌てて猟犬を退かせ、レイストームを逸らせた。セインへと向かうそれらは間一髪、彼女の身体を掠めるようにして逸れていった。二人はホッと安堵の息を吐いて。

 

「気を抜いたな?」

「「――っ!?」」

 

 そんな声を背後から聞いた。ぞくり、と悪寒が二人を突き抜け。

 

    −撃!−

 

 それぞれの身体を衝撃が突き抜けた。ヴェロッサは盛大に吹き飛ばされ、オットーは地面に叩き付けられる。さらに、その胸へと足が落ちて来た。

 誰の足かを問うまでも無い。伊織タカト、彼の足であった。セインごと縮地でも使ったか。彼女もタカトの足首に掴まったまま、目を白黒させている。

 タカトはオットーの胸――正確には鳩尾当たりを踏み付け、地面に縫い付ける。と、タカトが何かに気付いたように目を見開いた。彼にしては、慌てて足を退ける。

 

「……貴様。女、だったのか」

 

 そんな事を聞いて来た。だが、オットーは流石に答える余裕は無い。げほげほと空気を求めて吸い、荒げた咳(せき)をするだけであった。タカトは参ったと言う顔をして。

 

「この……っ! セクハラですよ、それは!」

 

 次の瞬間、シャッハがタカトの懐に飛び込んで来た。両手のトンファー、彼女のデバイスであるヴィンデル・シャフトを回転させ、タカトへと斬撃を叩き込む。それを、タカトは両掌で捌きながら訴えた。

 

「待て! 誤解だ、冤罪だ!」

「聞く耳持ちません!」

 

 何やら乙女の怒りに触れるものでもあったのか、シャッハがいつもの数倍程も苛烈にタカトを攻め立てる。当のタカトと言えば、罰が悪いのか防御一辺倒に終始し、言い訳じみた事しか言わない……それでも一切打ち込ませ無いのは流石と言えるのではあろうが。

 更に復活したディードまでもがシャッハに加勢し、左右からタカトに襲い掛かる。だが、それにタカトも我に返ったのか、再び目は冷たい眼差しを取り戻していた。そして。

 

    −破!−

 

 機を見て放たれたタカトの両掌が二人の腹部に叩き込まれる! 二人は悲鳴すら上げられずに、その場に崩れ落ちた。タカトはそれを見送り、視線をカリムへと戻す。彼女の永唱はまだ続いていた。あの手の魔法は永唱時間が長ければ長いほど、強力なものと相場は決まっている。

 タカトは再度中断させるべく、縮地で跳躍(と)ぼうとして。

 

「させないって言ってるだろ!」

「む」

 

 一人、まだノーダメージの……正確には、タカトから攻撃を喰らった者達は全員ダウンしているのだが。それはともかく、無傷なセインがタカトへと飛び掛かる。

 タカトごとディープダイバーで地面に潜ろうとする為だ。だが、そこはタカトも読めていたのか、あっさりとセインを躱し、おまけとばかりに背に裏拳を叩き込んでおく。

 かはっと息を詰まらせ、地面に倒れる音が聞こえたが、知った事では無い。タカトは再度カリムへと視線を巡らせて、直後彼女と目が合う。舌打ちを放った。

 察したのだ。彼女の強い瞳――義弟と部下達がやられていく中、声を掛ける事すら許されずに永唱をし続けた、彼女の瞳に、決意と、やり遂げた意思が宿っている事を。

 

 −喜びの野に立つ戦士に、戦乙女よ祝福を!−

 

「――聖戦士(エインヘリアル)!」

 

 カリムの高々と空まで届く清涼な声が辺りに響き、そして光が”待機していた騎士達”に降り注いだ。

 

 

(後編2に続く)

 




はい、第五十話後編1でした。
タカト大暴れですが、次回カリムがチート(笑)
カリム姉さんって、ロッサ、はやてと同じく古代ベルカ式の使い手で騎士設定なのにバトルに絡まないので、StS,EXでは全力でバトルさせて見ました。
どんな魔法を使うのかは次回をお楽しみにー。
ではでは。

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