魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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だんだん暑くなって参りました、テスタメントです。第五十話中編2をお送り致します。では、どぞー。


第五十話「戦士と言う名の愚者達」(中編2)

 

    −煌−

 

 紅に世界が染まる。

 その紅は炎の色、神庭シオンが放った儀式魔法、炎界(ムスペル)が生み出した炎であった。

 発生した炎は天と地を繋ぐかのような巨大な火柱となって崩れいくビルを丸ごと包み込んだ。地面に落ちて行っていた鉄筋コンクリートも容赦無く巻き込み、弾き飛ばしてだ。

 もし結界が張っていなかったと考えたらゾッとする。それだけの広範囲に渡って火柱は顕現したのだった。

 やがて、火柱は空に吸い込まれるようにして消えて――それを見送りながら、『ドッペルシュナイデ』隊長のギュンターは歯噛みしていた。

 先の炎界、威力は大した事は無い。せいぜい、A〜〜AAランク程度の威力しか無かった。当然、フィールドを張れば防げる威力であるし、ギュンターもクリストファも、向こうのエリオも無事だ。

 だが、問題はその効果範囲であった。ビルを丸ごと飲み込むほどの広範囲魔法。つまり、彼等が戦っていた戦闘空間は丸ごとあの炎に飲み込まれていた事になる。そう、ビルの破片を悉(ことごと)く焼き払ったように、”あの場に居た全てのモノ”が攻撃を受けたのだ。それは当然、ギュンターの固有武装。魔虫(バグ)も含まれる。魔力放出だけで墜とされる魔虫も!

 

「これで厄介な虫共は消えた」

 

 真っ正面から放たれた声。その声を聞いて、ギュンターはぞくりと言う感覚を得た。そこに居るのは、炎界を放ったシオン! 彼はギュンターを真っ直ぐ睨みながら刀を緩やかに構えた。すっと細められた目がギュンターを捉える。

 空間に足場を展開し、一歩を踏み出した。走る!

 

「終わりにしようぜ! この戦いを!」

 

    −轟!−

 

 叫ぶと同時に、シオンは矢の如く弾けた。真っ直ぐにギュンターに向かう! 対し、ギュンターはシンクラヴィスを吹き鳴らし、衝撃波を発生させ。

 

「っせぇ!」

 

    −斬!−

 

 一刀の元に斬り払われる!

 唐突に任意の空間に発生する音衝撃波がだ。どのような原理かは不明だが、シオンはこちらが発生させる衝撃波の位置を特定出来る。先もそうだったが、今もあっさりと斬られてしまった。

 あの衝撃波の利点は、どこでも唐突に発生させられる奇襲性にこそある。それが位置を特定されるようでは話しにならない。

 シオンには、もう音衝撃波は通じない。魔虫も全滅させられた。

 

 ……仕方ない、ねぃ。

 

 思わず苦笑をギュンターは浮かべる。まさかここまで追い詰められるとは思わなかったのだ。しかし結果はこの通り。ギュンターは今、シオンに追い詰められている。どうしようもない程に……ならば。

 

 ”こちらも切り札を切らなきゃいけないねぃ”!

 

 そう思うと同時、シンクラヴィスを吹き鳴らす。厚く、厚く、重く、重く。サキソフォーン独特の音色が鳴り響き、それは起きた。

 周囲の空間が歪み、ギュンターの前方に集束していく。まるで吹き鳴らされる音に共鳴するように。

 ここで、一つの例え話をしよう。音と言うのは空気や水……あるいは空間そのものを震わせて発生される。つまりは振動波だ。極論となる事を覚悟して言えば、音は振動波に他ならず、振動波でしかない。だが、逆に言えば振動波であるからこそ出来る事がある。

 思い出して欲しい、スバル・ナカジマのIS、震動破壊が何故にあれ程恐れられていたのかを。振動と言うのは、モノを震わせる事で発生する。当たり前の事だ。だが、これを高速で発生させればどうなるか?

 ”分子結合を解く程の高速振動をモノに与えればどうなるか?” ”それを空気では無く、空間を震わせる事によって発動させればどうなるか!?”

 音叉(おんさ)。楽器の調律に使われる道具であるが、ギュンターの前方に集束していく空間はまるで、それを思わせるかのように震える。

 ぃぃいん……と、静かな音が響き、そして――。

 

「っ――――!?」

 

 ――瞬間、シオンはアルセイオ・ハーデンの斬界刀に対峙した時程の寒気と恐気(おぞけ)、吐き出しそうな程の恐怖を覚え、慌てて、その場の空間に足場を発生させ静止。全力で、それこそ死に物狂いの全力で左側へと逃げる! 直後、”それ”は発動した。

 

    −轟−

 

 一切の音が、消え――。

 

    −裂!−

 

 ギュンターから放たれた”何か”が、走り貫ける!

 

    −斬!−

 

 そして、結界に覆われたロンドン市内は真っ二つに叩き斬られたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 御遣いの槍――アポルスティック・ジャベリン。

 それがギュンターの切り札でもあり、ロンドン市を真っ二つに叩き斬った攻撃の名であった。

 空間を音により責めぎ合わせ、同時に音による高速振動、分子結合を分解するほどのそれを与え、一点から放つ。御遣いの槍とは、そんな攻撃であった。

 分かってしまえば単純な攻撃。しかし、故にこそ、この攻撃は凶悪極まりなかった。

 その射程も凄まじいが、威力はもっと途方も無い。何せ、触れたものの分子を例外無く分解してしまうのだから。

 その威力はロンドン市を真っ二つに斬った跡からも分かる。破片が一つ足りとも残っていないのだ。ビルも、その先にある民家も何もかも!

 この攻撃に防御は無意味。その威力はSSSランクに匹敵する。当然、人間などこの攻撃に曝された時点で倒される――筈、であった。

 

「ぐ……あ……」

 

 呻き声がギュンターの耳に届く。その声を辿り、彼は顔をしかめた。ギュンターが見る先には対峙していた敵、シオンが居たのだから。

 御遣いの槍が放たれた瞬間、危機を感じたのか、シオンは左側に横っ飛びに回避していたのだ。

 

 ……よく避したねぃ。

 

 そうギュンターは思い、しかし笑みを顔に浮かべる。

 御遣いの槍を回避したとは言え、シオンは余波をまともに受けたのか、右手がずたずたに裂け、他の箇所にも決して浅くない傷を負っている。何より、余波に曝された事で身体が後ろに倒れそうな程体勢を崩していた。この体勢では次撃は躱せまい。更に、ギュンターは既に次の御遣いの槍を発動寸前状態にしていた。予め、次撃を用意していたのだ。念には念を。まさにそう呼ぶに相応しい徹底ぶりである。後はシンクラヴィスを一吹きすれば終わる。

 

《惜しかったねぃ?》

 

 念話でシオンに告げてやる。そうしながら、ギュンターは息をシンクラヴィスへと注ぎ込んだ。これで終わりだと、そう告げるように!

 

    −轟−

 

 二撃目の、そして躱しようの無いタイミングでの連撃として、御遣いの槍が放たれる! 一撃は今度こそはシオンを仕留めんと真っ直ぐに進み――その一撃を前に、シオンは爛々(らんらん)と輝く紅い瞳。絶命に晒されていると言うのに、決して諦めていない生きた目をギュンターへと向けていた。

 全身を恐怖が苛む。本能が叫んでいた……逃げろと。この場から逃げろと身体が叫び、勝手に動き出そうとする。

 その身体を、否、本能を、シオンは――シオンの”理性”は叩き伏せる!

 

 逃げるな――!

 

 胸中、全力で叫び。シオンはその場に踏み留まった。無理矢理、身体を前へと倒す。もう回避は不可能だった。迫り来る御遣いの槍。死を約束付けられた一撃に、本能と直感がどうしようも無い程の警告をシオンに与える。……無視した。

 むしろ、一歩を踏み出す!

 本能が叫ぶ。その一歩を踏み出せば死ぬと。回避も防御も叶わず粉砕されると。

 直感が吠える。その一歩を踏み込めば、もう逃げられないと。まだ間に合うと。

 本能と直感。構わなかった。その二つをシオンは鋼の理性で抑え込む!

 

 ――原理は同じだ。

 

 一歩を踏み込み切った。同時、ずたずたになった右手を左手で掴む柄にそっと添える。右手は、添えられるだけでいい。

 

 ――剣撃だろうと、拳撃だろうと、槍撃だろうと、空間衝撃波だろうと!

 

 それは攻撃であり物理現象であり――それだけでしか無い! ならば!

 身体がぐるりと踏み込んだ一歩を中心に回る。その動きに連動して、刀がゆるりと振るわれた。

 理想的な角度と速さでなければ死ぬ。そんな事は分かりきっている。だから、あえて無視した。沸き上がる恐怖を捩じ伏せ、本能を叩きのめす。

 無念無想。

 他の何も考えずに、ただ振るう刀に意識の全てを傾けた。人は、それをこう呼ぶ。無我の境地と。

 シオンはほんの一瞬だけ、そこに至り――刀を振り切った、瞬間!

 

    −裂!−

 

 再び、シオンへと御遣いの槍は叩き付けられた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 一瞬の空白。それを、ギュンターは感じる。再び放たれた御遣いの槍は、ロンドン市内を再度縦に叩き割り、シオンを今度こそは仕留めた――分子結合を分解する、この一撃に防御は無意味。

 

「何故だぃ……?」

 

 回避は出来るタイミングでは無かった。防御も回避も不可能ならば、間違いなく撃破出来ている。

 

「何故、だぃ……!」

 

 それでも呻くようにして、ギュンターは吠える。目の前に居る存在に。

 

「何故”防げたんだぃ!?” 神庭シオン!」

「……簡単なこった」

 

 吠えるギュンターに、御遣いの槍を叩き込まれ倒された筈の人物。本来そこにありえる筈の無い存在、神庭シオンはにぃと笑って答えた。振り切った刀を緩やかに振り戻す。

 

「空間衝撃波だろうが何だろうが、攻撃は攻撃。一方向からの直線的な攻撃だろう? なら、”斬り流せない筈が無いだろうが”!」

 

 有り得ない!

 

 シオンの台詞にギュンターは強くそう思い、咄嗟に我を忘れる。そして、そんな隙を逃す程シオンは甘くなかった。瞬動を発動。一気にギュンターの懐に踏み込む!

 彼が我に返った時には、既にシオンの刀は翻(ひるがえ)り反転、抜刀術の応用で放たれていた。

 

「絶影!」

 

    −斬!−

 

 刀が走り抜ける。直後、ギュンターは慌てて後ろに下がった。しかし、その顔には苦渋が張り付いている。ガランと、地面に金物が落ちた音が響く。

 確認するまでも無い。地面に落ちたのは、シンクラヴィスの下半分であった。シオンが斬ったのはギュンターの固有武装だけだった。

 全ての攻撃手段を失い、呆然とするギュンターに、シオンはとびっきりの笑顔で告げてやる……そう。

 

「天才に二度目は効かねぇよってな。……俺の勝ちだ」

 

 勝利宣言を。それを聞きながら、ギュンターは苦笑を浮かべた。

 二度目も何もワンツーの連撃である。それを”二度”とカウントする時点でまともでは無い。そもそも、御遣いの槍を斬り流すと言う発想からして思考が普通では無いのだ。

 理屈上では可能なのだろう。実際、シオンは音衝撃波を叩き斬っている。しかし、音衝撃波と御遣いの槍では威力の桁が違い過ぎる。

 Aクラスの射撃魔法と、Sクラスの砲撃魔法を一緒くたにするようなものだ。いわば、雪崩をストローに注ぎ込むような行為である。無理だの無茶だのを問うような問題ですら無い。

 角度がコンマ1mmズレていたら、タイミングがコンマ1秒でもズレていたら。その時点で、シオンは肉片一つ残さず消し飛ばされている。

 それをやるくらいなら素直に逃げを打つだろう。実際に、シオンの身体――本能は、迫り来る”死”に対して逃避を促していたのだから。それら本能を理性で無理矢理抑え込んだのだ。

 シオンがやった行為は”死”に自ら向かう行為、自殺に等しい。

 

 死中に活を見出だすとは、よく言うがねぃ……。

 

 流石にギュンターも呆れ果てるしか無かった。こんな闘い方をずっと続けてはいくつ命があっても足るまい。だが、ここぞと言う時にそれを出せたなら。

 その効果は問う必要も無い。ギュンターはまさにそれによって敗北したのだから。

 認めるしか無いだろう、自分は敗北した――だが!

 

 ここで終わってやる訳にはいかんねぃ!

 

 ギュンターが心の中で叫んだ。直後。

 

「あ……あぁああぁあああああああああああああああああああ――っ!?」

 

 シオンの背後より、叫び声が響いた。まるで、この世の終わりを見たかのような叫びが。その叫びは……!

 

「エリオ!?」

 

 シオンがあまりの叫び声に、慌てて後ろを振り向く。

 そこでは、”フードが外れたクリストファ”の顔を見て。目を大きく見開いたまま叫ぶエリオが居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時間は少しだけ遡る。シオンが発動した炎界、そしてギュンターが最初に放った御遣いの槍を、エリオは彼等の下――元ビルがあった場所の地面から見ていた。

 途方も無い威力の何かが放たれた。それだけをエリオは悟る。シオンがその一撃を辛くも躱し、しかし深手を負い、体勢を崩してしまった事を。そのシオンに二撃目が放たれんとしている事を!

 

 いけない!

 

「シオン兄さん!」

 

 叫び、デューゼン・フォルムのストラーダを構える。ブースターを吹かし、ギュンターに突撃しようとして。

 

「残念。君の相手は僕だ」

「ッ!?」

 

    −撃!−

 

 横合いから突如叩き込まれる長柄長斧の一撃! エリオは、辛くもストラーダで受けるのが精一杯であった。盛大に跳ね飛ばされる。更に、そんなエリオにクリストファは追撃をかけて来た。

 

「隊長の邪魔はさせないよ」

「っこの……!」

 

 踏み込みながら、長柄長斧を振るうクリストファのフードは、炎界に晒されたせいかボロボロだ。引っ掛かるようにして彼の顔を隠している。

 僅かに覗く、その顔にエリオは違和感を覚え――しかし、すぐに意識から除外した。ストラーダのブースターを吹かし、速度をつけて真っ正面から彼の長柄長斧と打ち合う!

 

    −戟!−

 

 激しく鳴り響く爆音。同時に衝撃が辺りを蹂躙する……構わなかった。二人は迷わず互いの刃を叩き込む! だが、真っ正面からの打ち合いではクリストファの方に分があった。当たり前である。彼のIS、ザ・パワーは常人を遥かに超える膂力を与える能力なのだから。

 エリオはクリストファが放った大上段からの一撃に後ろへと流され――。

 

    −轟!−

 

 ついに二撃目の御遣いの槍が放たれた。エリオが目を見開く。

 

「君は……邪魔だぁ!」

【スタール・メッサー】

「っ!」

 

    −撃!−

 

 ストラーダの刃から光の刃が現れる。同時、ブースターから激しく光が吹き出し、エリオは光の刃、魔力刃を迷う事無くクリストファに叩き付けた。その一撃に、今度はクリストファが後ろに下がる。だが、彼も一歩で耐えてのけた。

 僅かに離れる間合い、その中で、クリストファは弾丸を再装填するが如く再び長柄長斧を振り上げ、エリオはストラーダのブースター任せに身体をぐるりと回す。

 直後、大上段からの一撃と下方から振るわれた互いの刃が放たれた。

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 轟音を鳴らし、ぶつかり合う! 一段と激しい衝撃が二人を中心に渦を巻いた。同時、びきりと言う音がエリオの耳に届く。その音はストラーダから響いた音だった。慌てて顔を上げ、音の発生源へ目を向ける。

 ストラーダの刃部分――クリストファの長柄長斧の刃と打ち合っている部分だ。そこに亀裂が走っていた。耐えられなかったのだ。

 エリオとクリストファ、両者の攻撃に武器自身が。対し、クリストファの長柄長斧はストラーダより頑丈に出来ているのか破損は無い。

 むしろ、更に押し込まれる刃がストラーダの中に侵入する。更なる亀裂が走った。

 

「ストラーダ!? っ!」

【私の事は気にせずに――】

 

 ストラーダはそう言うが、そんな訳にはいかない。亀裂はどんどん深くなって行く。ついには、本体部分へまで! このままでは、ストラーダが破壊される――!

 クリストファがそれを見て、にぃと唇を吊り上げた。そして、エリオは覚悟を決める。

 右手をストラーダから離した。すなわち、片手でストラーダを握る。力で負けている状態で、打ち合っているのにも関わらずだ。それは自殺行為にも等しい行為。当然、クリストファのパワーに負けて、一気に押し込まれる。

 長柄長斧の刃が、そのままエリオを両断せんと迫り――エリオは離した右手で拳を握る。その拳に雷光が走った。

 そう、その一撃はJS事件時、ルーテシアの召喚獣、ガリューとの闘いで決定打となった一撃であった。

 副隊長であり、騎士として師匠ともなる守護騎士シグナムから授けられた一手。ただ、魔力の雷を付与すると言う単純な魔法――故にこそ、その一撃はここぞと言う時に切り札となる!

 クリストファもその拳に気付き、失策を悟った。押し込んだと言う事は、互いの距離が縮まった事を意味する。拳が届く間合いまで! エリオの狙いはそこだったのだ。クリストファは慌てて後退する――遅い!

 エリオは合わせるように一歩を踏み込み、拳を放った。

 

「紫電、一閃!」

 

    −撃!−

 

    −雷!−

 

 叫び、放たれた拳が、クリストファの顔面のど真ん中に突き刺さる! 雷が拳を中心に吹き荒れた。

 雷拳は、クリストファが被っていたフードを微塵に破きながら彼を吹き飛ばす。だが、彼は倒れる事無く地面に両の足で着地する――。

 

「あ……」

 

 声が、零れた。クリストファの声では無い。それはエリオから漏れた声であった。”クリストファの顔を見た、エリオの”。その、顔は。

 

「……参ったね。まだ、君に顔を見せる積もりじゃなかったんだが」

「き、み、は……」

「自己紹介が必要か? ……要らないだろう。僕の事を君は知っている筈だ。そう」

 

 笑う。あるいは、それは苦笑であった。あるいは、自嘲であった。そして、同情の笑いであった。同病相憐れむ。そんな笑い。

 

「”三人目”だよ。そして、プロジェクトFの完成形――それが僕だ」

 

 そう、”自分と全く同じ顔で言われ”、直後、エリオはあらん限りの声でもって悲鳴を上げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 響き続ける悲鳴。それを冷たい目で見据えながら、彼は……クリストファは小さくため息を吐いた。

 だから、見せたく無かったのにと。

 こうなる事は半ば予測出来ていたのだから。自分と同じ顔、同じ存在、けど”魂(こころ)”は違う。

 

 彼と、自分とでは――。

 

 そこまで思い至り、クリストファは頭を振った。まるで、思考を追い出すように。そして、長柄長斧を振り上げる。

 それを見ても、まだ呆然とし続けるエリオに――”偽物”に明確な苛立ちを覚えながら、それでもとクリストファは自分に言い聞かせた。

 

「こんな決着は望む所じゃないんだ。でも、命令は命令だ」

「あ……」

 

 それに、自分は命令に逆らうようには出来ていない。

 

 漸く気付いたように、声を上げるエリオ。でも、もう遅い。クリストファは冷たい目のまま、長柄長柄を無造作に振り下ろす。

 

「っおらぁああああっ!」

 

    −閃−

 

 その一撃を、横合いから放たれた刀が斬り流した。先はあまりの膂力に完全に斬り流せなかった一撃を、今度こそは完璧にだ。

 誰なのかは言うまでも無い。先程までギュンターと対峙していた神庭シオンであった。恐らくは瞬動で一気にここまで走って来たか。

 クリストファが放った一撃は斬り流され、横の大地を砕く。彼は少しの安堵と、そして驚きを含んだ目でシオンを見る。そんなクリストファをシオンは見て、次にエリオに視線を移す。何かに怯えるように、目を震わせるエリオに。

 ぐっと息を飲んで、再びクリストファに視線を戻した。

 

「……てめぇもアレか? 紫苑と同じ、ドッペルゲンガーか?」

 

 問う。それは、つい少し前にシオンが戦った過去の自分の姿をしたロストロギアの人形――対人としては最高クラスの殺人人形であった。

 シオンの後ろに居るエリオも、それを聞いてびくりと身を震わせる。だが、クリストファはそんなシオンの問いに笑って見せた。

 

「違うよ、僕は人間さ……まぁ、もっとも? 純正な人間とは言い難いけどね。僕は”三人目のエリオ・モンディアル”だ」

「……三人目?」

 

 クリストファの台詞に、シオンは怪訝そうな顔となった。それに、おや? とクリストファは思い、しかし次の瞬間には得心したように笑い出した。シオンの反応に、全てを理解して。

 

「は、ははは……! なるほど。あなたは何も知らないんだ?」

「何の事をだよ」

「プロジェクトF」

 

 ぴくり、とシオンの片眉が跳ねた。その言葉を聞いてだ。それは確か、トウヤが言っていた記憶転写クローニング技術の総称では無かったか? なら、こいつは。

 

「お前……!」

「そう言う事だよ。そして、彼も」

 

 最後の台詞に、シオンは息を飲んだ。後ろのエリオが硬直した事を空気で悟る。それは、クリストファの言葉が正しい事を証明していた。……だが。

 

「それがどうした」

 

 きっぱりとシオンは、そうクリストファに告げた。左手一本で刀を握り、突き付ける。

 クリストファは、そんなシオンの反応に、へぇと感心したような声を漏らした。

 

「いいんだ? それを秘密にしていたって事は、彼は君に隠し事をしていたと言う事だよ? 信頼出来るのか?」

「隠し事の一つや二つでがたがた吐かすかボケ。人間内緒の事だって山程あんだろうがよ。俺だって、こいつらや皆に昔の事ァ話してねぇ。”そんな程度”で信頼無くしたり、無くなる程、落ちぶれちゃいねぇんだよ」

 

 そこまで一気に言い切ると、シオンは刀をゆるりと構えた。互いに、互いを間合いを入れたまま二人は向き合う――出来る事ならば、エリオにも声を掛けたかった。だが、それをみすみすクリストファが許してくれる筈も無い。

 シオンはぐっと歯を食いしばり、そして、ひょいっとクリストファは肩を竦めると、あっさりと構えを解く。そのまま、後方に跳躍した。

 数m程も離れて着地すると、そんな行動に再び怪訝そうな顔となるシオンにクリストファは笑う。

 

「……残念、僕の役目はここまでだ」

「何のこったよ?」

「分からないか? 僕の役目は”君を隊長から引き離す事だと言ったんだよ”」

 

 その言葉に、シオンは思わず先程まで戦っていた――置いてきた、ギュンターに目を向ける。彼はクリストファの更に後方に居た。周りの空間に、音を走らせながら!

 その魔法をこう呼ぶ。『音素(フォニム)式魔法』、と。かの一条悠一と全く同じ魔法術式である。それをギュンターが使えると言う事はつまり……!

 

「助かったよ。”結界を展開してくれて”。……おかげで離脱する手間が省けたからね。後は、”向こう側に居る魔虫を基点に魔法を発動させるだけだ”」

「……っ」

 

 それは、シオンが放った炎界と同じ方法であった。向こう側に待機させていた魔虫を基点に魔法陣を展開、それを媒介に大規模儀式魔法を発動させる。

 結界。今、シオン達が居る隔離結界は現実の時間の流れと空間をズラして二重に発生させて戦闘空間にすると言う特殊な魔法だ。これにより、現実のロンドン市には人が居ても結界内のロンドン市には人が居ないと言う状態になっている。

 結界内で何が起きようと結界を解かない限りは現実世界には影響を及ぼさないのだ。しかし、それはまた逆も言える。”現実世界で何が起きようと結界内に何の影響も起きない”! シオン達はギュンター達を手助けしたようなものであった。そして。

 

「詰めを誤ったね。これで、僕達の任務は――」

「――”失敗”だねぃ」

 

 クリストファが勝利宣言をしようとした矢先、当のギュンターからそんな言葉が告げられた。クリストファは振り向き、驚きの目をギュンターに向ける。しかし、彼は力無く首を横に振った。苦笑しながら、シオンを見る。それに、シオンは片目をつむりながら安堵の息を吐いた。

 

「一応聞くねぃ。”いつから気付いてたんだぃ?”」

「最初っからだよ。……お前達と戦う前、”ロンドンに入った時”にだ」

 

 答えながらシオンは笑う。誇らし気に、嬉し気に――楽し気に。そして胸を張って、こう言った。

 

「俺には頼りになる仲間が居るんでな」

 

 

 

 

「本当に居たわね」

 

 ロンドン市内。正確には、結界”外”のロンドン市内でティアナ・ランスターはぽつりと呟いた。その目の前に、煙りを吐き出しながら壊れている物体がある。

 何をか、を問う必要も無い。ギュンターの固有武装にして、彼等の作戦の要、魔虫であった。

 少しの苦笑いを浮かべる彼女に、次々に念話が来る。

 

《ティア! こっちも居たよ、とりあえず壊したから》

《こっちも。シオン君の言う通りだったわね……》

「あいつ、妙な所で頭が回りますから」

 

 スバル・ナカジマ。そして、ギンガ・ナカジマからの報告を聞いて、ティアナは苦笑混じりで答える。そんなティアナの答えに、向こうで二人も苦笑いした事を気配で悟った。

 そう、シオンが鉄納戸良子に頼んだ事に結界の展開と、”転移魔法”があったのだ。その時頼んだ転移魔法と言うのは、彼女達を跳躍(とば)す為のものだったのである。

 シオンの話しによれば、ロンドン市内のあちこちに例の虫の反応がある。配置から嫌な予感がするからそっちの方を頼むと言われたのだが――。

 

「ビンゴ、だったわね。……全く、大規模の儀式魔法なんてね」

 

 そう言いながら、ティアナは肩を竦めた。そして、次のポイントに向かう。まだ魔虫は全部撃破した訳では無いのだ。魔法陣展開に必要な魔虫を破壊しただけなのだから。後顧の憂いを断つ為にも、全て撃破しなければならない。全くと、もう一度ティアナは胸中呟き、そして。

 

「私達に使いっ走りさせたんだから……しくじったら承知しないわよ、シオン」

 

 そう言いながらティアナは、そしてスバル、ギンガも、次の魔虫を撃破する為に走り出していた。

 

 

(後編1に続く)

 

 




はい、第五十話中編2でした。シオンがちょこちょこと仕掛けていたのは、これだったと言う訳ですな。
意外に戦術行動考えれてますが。実はシオン、本人込みでないと、まともに考えられないと言うオチがあったりします(笑)
しかも基本的に詰めが甘い(笑)
なので、普通は考えられる奴に丸投げだったりしますダメじゃん(笑)
次回、後編1はタカト編オンリーとなりますかな?
なのは版、あの人は今inミッドチルダをお楽しみにー。ではでは。

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