魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
ミッドチルダ、クラナガン上空に疾り抜ける水糸。それは的確に、確実に、そして恐るべき速さで、あっと言う間にクラナガン上空のストラ戦力を駆逐してのけた。
今の今まで、管理局航空部隊がまじめに戦っていたのがバカらしく感じられる程速やかに、その駆逐は行われいく。
取り残された彼等武装隊員達を、それを放った術者であるタカトは全く見もしない。ただただ因子兵を、そしてガジェットの掃討だけに集中している。
《お、おい? あれ、誰だ?》
《知るかよ。だが、これで……》
希望が持てる。そう、航空部隊の彼等は頷き合う。彼等は第一級次元犯罪者である、666たるタカトの顔を知らないのだ。タカトのバリアジャケットには、『直視でなければ顔を視認出来ない』と言う特殊な概念魔法が掛けられている。これにより、666はその被害者数に比して顔が全く出回らない犯罪者となっていた――そして、それ故に。
《誰だか、知らないが協力に感謝――》
−斬!−
念話をタカトに掛けた瞬間、局員達を水糸が一刀の元に切り捨てた。
致命傷ではないが、水糸は容赦無く彼等の意識を奪い取る。
な、ぜ……!?
局員達が大きく目を見開いて、こちらを見つめる。それに対して、タカトは視線のみで答えを告げた。
邪魔だ、失せろ。と。
タカトにとって守るべき対象はユーノとヴィヴィオ、そして彼等の住む世界。それ以外は、例外無く敵。当然、その敵には”管理局の人間全員が含まれる”。
「…………」
タカトは鮮血を撒き散らしながら落ちる局員を尻目に降下を開始。当然、この間にも水糸はストラ戦力はおろか、管理局局員を適度に戦闘不可まで追いやっている。
その状況を起こしながら降下し続け、やがて一つの場所に目を付けた。
恐らくは高速道路のような道なのだろう。それは、ミッドチルダ管理局地上本部へと繋がる道だ。
そこをストラの因子兵や数種のガジェットと、管理局武装隊員達が東西に分かれて撃ち合っている。どうやら、あそこが最終防衛ラインなのだろう。二つの勢力が最も激しくぶつかりあっている。ならば。
タカトは目を細めると迷い無く、そこに高速で降りた。両者が撃ち合っている、ちょうど真ん中に!
−轟!−
爆音を立てて、真ん中に着地。そんなタカトに驚いたのか、管理局側からもストラ側からも一瞬射撃が止まった。そんな二勢力に、タカトは告げる。
「……さて、どちらから先に潰されたい?」
そう、宣戦を告げた。
数秒、時が止まったように場が凍る。いきなり現れたタカトに唖然とし、戸惑っているのだ。全く空気を読まずに現れたタカトに。
管理局側は、呆然とし続け、ストラ側は――。
「――伊織タカト!?」
自分の名を叫び声として出され、タカトは眉を潜める。前々から常々思ってはいたのだが、ストラには顔が割れているらしい。
まぁ、自分を知る人間なぞ向こうには山ほど居るのだから不思議でも何でも無いのだが。
代わりに、管理局の面々は名前を聞いてもきょとんとしている。
最近では、666と言う呼び名で呼ばれる事の方が稀だが、本来はそちらの呼び名の方が流布しているのだ。伊織タカトと言う本名は、管理局の人間の中でも一握りしか知らない。
……ついでにタカトはストラ側にも、人間が居る事を確信した。必ず司令塔たる人間が居るだろうとは思っていたが、案の定と言った所か。まぁ、この襲撃のリーダーでは有り得ないだろうが。何にしても、潰すのに変わりは無い。
そうタカトは思い、まずはストラから潰すかと歩み出して。
「アレを展開しろ!」
そんな声を聞いた、直後!
−壁−
辺りを、何らかの力が走り抜ける。同時にタカトは自身の八卦炉の動きが鈍った事を自覚した。これは――。
「AMF、と言う奴か」
アンチ・マギリング・フィールド。対魔導師戦において、絶対的なアドバンテージを誇るジャミングフィールドである。
それがこの戦場を中心に、数十Kmに渡って展開された事をタカトは悟った。このフィールドに掛かれば、魔素を必要とせずエネルギーの種類が違うタカトオリジナル魔法術式、八極八卦太極図と言えど影響を受ける。当然、ミッド式を使う武装隊も例外では無い。
一斉に魔法が使え無くなり、全員、顔が青に染まり。
「今だ! 管理局共々あの魔王を潰せぇ!」
とても分かりやすい命令が飛び、因子兵とガジェットが、群れを成してタカトへと襲い掛かる!
この一団を、タカトが屠るのは割と楽だ。水迅を使えば一撃だろう。しかし、次撃が持たない。
このAMF空間内では魔力の無限精製に限りが出る。つまり、ここで魔力を使い切っては、次の魔力が精製されるまで魔法は使えないと言う事であった。魔力精製まで素手で切り抜けると言う手段もあるのだが。
……面倒臭い。
そう、タカトは判断した。故に、残る魔力である魔法を発動する。
両手の指を組み合わせ、口訣(こうけつ)を唱える。その魔法を分かる人間が居れば、ひょっとすれば驚愕したかもしれない。
それは、仙術における”空間接続魔法”だったから。俗に、その魔法を壺中天(こちゅうてん)と呼ぶ。その魔法を自分の後ろに展開し、無造作に手を後ろに突っ込む。
手は、まるで何かに飲み込まれたようにタカトが展開した空間に入り込み――よいしょっと、巨大な鉄塊を取り出した。人間が持つにしては、あまりに巨大過ぎるそれを。
鉄塊は、円筒形の形をしており何やら先端には円に沿って穴が複数空いている。更に、タカトが持つ取手部分からは大きな――大きすぎる筒状のものが無数に連なり背中の空間に入り込んでいた。
……は?
ストラ側、管理局側問わず、タカトが取り出したものを見て目を点にする。タカトは構わず、”安全装置”を解除した。
その鉄塊は、俗にこう呼ばれるものでは無いだろうか? ”ガトリング・ガン”と。
「……魔法はどうしたんだ?」
そんな当然の疑問が、ストラ側から聞こえる。因子兵やガジェットが襲い掛かっている場面からすれば、的外れのくせに当たり前過ぎる疑問が。それに、タカトはふむと頷いて。
「水曜日は、ガトリング砲の日なんだ」
『『嘘付けぇえええええええぇええええええええええええええええええええええ――――――!!』』
タカトへと、ストラ、管理局問わずにツッコミが叩き込まれ、その答えとばかりに巨大なガトリングが回転開始! 爆音が鳴り響き始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
銃は許可さえあれば所持出来る。
これを知る管理内世界の人間は、実はわりと少ない。一般的には拳銃は立派な質量兵器扱いなのだから。
だが、いくらなんでもこれは立派な質量兵器所持違反であろう。ガジェット、因子兵にガトリング砲の銃撃――もう、爆撃と呼んだ方が正しいのかも知れないが、それを叩き込むタカトを見て、管理局武装隊の一人はそう思う。
GAU-8、アヴェンジャー。それが、タカトが今、鼻歌混じりに放っているガトリング砲の名前であった。口径30mm、7銃身、対戦車攻撃用に開発され、A-10攻撃機に搭載。CIWSの一種であるゴールキーパーにも使用されているガトリングガンであるが、タカトがかましている”暴挙”を見れば、第97管理外世界、地球の兵器開発者は泡を吹いて倒れるかも知れない。
なにせこのガトリング、某アメリカ軍の航空機搭載機関砲のなかで最大、最重、そして攻撃力の点で最強を誇るガトリングなのだから。
主に”対戦車攻撃”に利用されされていると言う段階で、タカトがどれほどめちゃくちゃな真似をやっているか分かろうと言うものである。間違っても人間が手で持って運用出来るようなものでは無い。
戦車を紙のように穴だらけにすると言う馬鹿げた威力は、当然凶悪な反動を伴う。何せ、このアヴェンジャー、戦闘機が撃つだけで飛行速度が落ちたとか言う都市伝説を生んでいるのである。
人間が手で持って撃つなぞ、考えられる訳が無い――筈、なのだが。
そこは伊織タカト、そんな人間的常識をそぉいっ! とばかりに投げ捨てて直立したまま化け物ガトリングをぶっ放している。
なお、これは余談だが、一般的にガトリングとは人間が手で持って使うなど有り得ない武装である為注意されたい。洋画でよくあるような、人間がガトリングを手で持って掃射なぞはフィクションだから出来る話しなのである。
間違ってもタカトの如く、ター〇ネーター2の真似をしたいからと言ってガトリングを手で持って使わないようにされたい。しかし、アヴェンジャーと言う名前のガトリングをタカトが使っているのは皮肉か何かが込められているとしか思え無い。
とにもかくにも、その化け物ガトリングは毎分4200発程も弾丸を吐き出し、ガジェットと因子兵を粉々に砕いていく。因子兵はともかく、ガジェットは魔法には強いが質量兵器には圧倒的に脆いと言う欠点がある為だ。まぁ、本来の生みの親であるジェイルからしてみても、アホみたいな巨大なガトリングを持ち出す輩なぞ想像出来ないだろうが。
因子兵にしてみても、このガトリング砲の前からしてみれば再生能力なぞ意味は無いようなものである。次々と圧倒的な数を誇っていた因子兵やガジェットが撃破されて行き――それが、現れた。
「……?」
ガトリング砲の掃射を止めずに、しかしタカトは眉を潜める。ガトリングから吐き出された大量の銃弾が次々と弾かれたのだ。それは、ごろりと転がってタカトの前に現れた。
ガジェットⅢ型。数あるガジェットの中でも最強の防御力を誇るガジェットである。その防御力は、ガトリング砲の銃撃を軽々と弾いている事からも分かろうと言うものだった。それが、ストラ側を守るように総計十機立ち並ぶ。
「は、ははは! どうだ! これで――!」
−爆!−
いきなり、その一機が爆発した。笑っていたストラの人間の声を問答無用に消し飛ばして爆発は広がる。再び固まった彼が目にしたのは、タカトが取り出したものであった。
大きな筒にトリガーを付けたようなフォルムの銃が、見た目としては正しいだろう。それは一般的には、こう呼ばれる。
グレネードランチャー。専門的には、M203グレネードランチャーと呼ばれる物であった。本来はM16アサルライフル等の自動小拳銃の下部に取り付けられて運用されるのだが、当然単体運用も可能な単発式グレネードである。接触してから爆発するその威力は、当然ガトリング砲と単発の威力が違う。ガジェットⅢ型が爆砕されるのも、むべなるかな。タカトは化け物ガトリングを投げ捨てると、滑るような動作でグレネードを再装填。次のガジェットⅢ型に差し向けながら、ぽつりと呟く。
「確か、こんな場面ではこう言うのが典型だったな」
「あ! 撃、撃て――」
向こうが、そう叫ぶ前にガジェットⅢ型は既にレーザーを放っている。だが、それをタカトは半身を反らすだけで躱して。
「Hasta la vista, Baby(地獄で会おうぜ、ベイビー)」
某〇ーミネーター2の名台詞を呟きながら、引き金を引く。しゅぽんっと間抜けな音と共に弾頭が発射され、ガジェットⅢ型の上部に激突し。
−轟!−
−爆!−
当然の如く爆発! それを皮切りに、タカトはさらに棍棒型手榴弾(ポテトスマッシャー)を取り出すと五指に挟んで疾駆。放り投げられたそれらが、空に舞い――更なる爆発が辺りを蹂躙した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それは、ギュンター達との戦いから僅かに三分程遡る出来事。
イギリス首都、ロンドン上空をエリオを抱えてシオンは飛翔する。彼等は、もうそろそろロンドンが誇る雄大なる川――テムズ川に差し掛かる所であった。
ロンドンと海とを繋いて来た川。ロンドンという都市はこの川をハジマリとして作られたと言っても過言ではなかろう。
そんな川に差し掛かる辺りで、シオンは抱えるエリオに笑った。
「ここがテムズ川だよ。ああ、こう言う時じゃなけりゃあ観光で見せてやれるんだけどな」
「はい、僕もゆっくり見たいです」
エリオも頷く。だが、声は硬い。緊張か、怒りか――恐らくは後者だ、当然とも言える。
何せ、この少年はたった今さっき、最も大事な人の一人を失いかけたのだから。その恐怖と、そして怒りは、シオンには馴染み深いものであった……だけど。
お前は、俺と同じようにはなんねぇよな。
エリオは、自分のようにはならない。シオンはその確信があった。そうでなければ、ティアナやスバル達の隙をついて念話で呼び出したりしない。
直感に頼るまでも無い、何故ならエリオは自分を見ている。怒りに染まり、勘違いの末に復讐者なんてものに酔っていた自分を。あの自分が犯した愚を、エリオが繰り返す筈も無かった。だから。
そう思いながら、苦笑する。エリオが苦笑の気配に、こちらをちらりと見た。
「どうしたんですか? シオン兄さん」
「いや、またやっちまったな、てな? ティアナやスバルが気付いたら、またうるさいだろう――」
そこまで言った、瞬間!
《こンのバカ共ぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――!》
「どぉおおおっ!?」
「わ、わ、わ、わ!? 落ちる!? 落ちちゃいますよ!?」
響き渡る大音量の念話に、シオンは体勢を崩し、エリオはあわやシオンの腕から落ちかける。あわたたと体勢をどうにか立て直し、ほっとする暇もあらずんば、シオンとエリオは同時に真っ青になった。聞き違える筈も無い、今の念話は……!
「てぃ、てぃ、てぃ、ティアナ、さん?」
《言い訳があるなら聞くわよ? 聞くだけならね?》
ひぃ!? 怒ってる――――!
どうやったか、こちらを捕捉したのだろう。当たり前と言えば当たり前なティアナの反応と、今までに無かった程の声音に、シオンは心底恐怖した。
エリオなぞ、先の怒りもどこかに吹き飛んだかのようにガタガタ震えている。
とにもかくにも、ここは言い訳をするべき、そう判断して、シオンは震える唇で言葉を告げた。
「あ、あのティアナさん? これはですね、立派な策であり、敵を追い詰めるのと合わせて奇襲を掛ける為に重要な事でしてね?」
《……へぇ、何よ、策って?》
「いや、それはこう、アレですよアレ、ひ・み・つ・って言うか」
《死刑》
告げられた一言に、ぎゃー! 俺何か間違った――!? なんぞと叫ぶが最初から最後まで間違っているとしか言いようが無い。エリオがシオン兄さんのバカ……と、呟くのを聞いてなにおぅと言い返すが、そんな暇は無いとすぐに気付いた。
頭をふるふると振って、シオンはティアナに呼び掛ける。
「冗談はここまでだ! ティアナ、いいか、よく聞け!」
《私は――”私達は”かけら足りとも冗談の積もりは無いわ》
「い、いいから聞けって!」
私達は、と言い直した辺り、今回はスバルやギンガ、みもりもかなり怒っているのだろう。良子? 論外だ。既に頭に鬼の角を生やしているのは間違いない。ともかく、話しの方向転換をシオンは計る。どちらにせよ、”後、数分後には、彼女達に念話を掛けるつもりだったのだから”。
「黙って出てったのは謝る! けど、お前達に知られるわけにゃいかなかったんだよ!」
《何でよ!》
「向こうに気づかれるからだよ! ”こっちの作戦をな!”」
そうシオンは叫びながら、あの虫達の事を思い出していた。正確には、あの虫達を操っていた”音”の事を。
シオンは戦っている最中に、虫達へと響く音を耳からでは無く、体感として聞いていた。それは親しい友人がよく使う技術によく似たものだったから。だからこそ、気付けたのであるが。
何にしろ、あの虫は偵察機としての役割も果たしていた筈だ。なら、ティアナ達に話してのこのこ”音”の発生元に向かった所で。全員居なくなった事がバレて逃げられるのがオチである。
だからシオンは、姿を見せなかったエリオと共にティアナ達に黙って音の発生元に向かったのだ。
ティアナ達には、囮になって貰った格好だ――が、”それだけでも無い”。
「いいか、ティアナ。お前達に頼みたい事がある。その為に、お前達を残して来たんだしな」
《……どんな事よ》
「うん、それを話す前にちび姉を呼んでくれ」
《ちび姉と言うな!》
相変わらずの反応の良さで、良子が念話に割り込んで来る。シオンは明確に笑った。タイミングばっちし、都合がいいと。だから。
「ちび姉。”ロンドン全域に広域結界張るまで”何分かかる? それと、転移魔法を一つ用意して欲しいんだけど――」
シオンはここに、自分が考えた作戦とあるものを告げた。
かくて、その策は成された。シオンの目論み通りに! 崩れ落ちるビルの中でシオンは、にんまりと笑う。
本来ならば、高層ビルが崩れると言う事は同時に凄まじいまでの人的被害を覚悟せねばならない。ビル内外問わずにだ。
一種の災害にもそれは近しい。しかし、今、崩れるビルには人は一人も居ない。正確には、ロンドンに一人も!
何故なら広域結世界を張った段階で、このロンドンは現実のロンドンの正常な時間と空間から切り離されているのだから。
これで、もう周りに気を使う必要も無い。辺りに数mから数十mクラスのコンクリートの破片が落ちて来る中で、シオンは一点、敵のみを注視する。
敵、ギュンターは相変わらずの笑いを浮かべているものの、その笑みは先と比べて余裕が無い。
そう、結界が敷かれたと言う事はギュンター達はこの結界に捕われた事を意味するのだから。
この結界をどうにかしない限りは、ギュンター達に逃走は許されない!
《やってくれるねぃ! これが最初からの狙いかぃ!?》
「おうともよ! んでもって、これからが――」
次の瞬間、破片を潜り抜けるようにして三匹の魔虫が飛翔して来る。魔虫はシオンの元に来ながら、身体を開き。
−斬!−
そんな魔虫を、シオンの刀が三匹まとめて断ち斬った。そのままの動きで、破片の上に乗っていた足を前――正確には、上に進める。直後にシオンが駆け出し、向こう側でデューゼン・フォルムへとストラーダを変化させたエリオが飛翔したのが見えた。
二人は真っ直ぐ、迷わずに己の敵達へと向かう。互いの、武器を振るって!
「――本番だ!」
再び両者は互いに衝撃を撒き散らして激突した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
−戟!−
シオンが向かったのはギュンターではなくクリストファだった。彼の長柄長斧と、シオンの刀が正面からぶつり合う。
「正気? 僕と力比べするつもりか」
「アホか」
未だフードに隠された彼の顔を真っ直ぐに見ながら、シオンは罵声を飛ばす。同時、空間に展開した足場にある彼の足が後ろに”滑った”。まるでスケートを見ているかのように。
一見すれば、それはクリストファのIS:ザ・パワーにより押されたようにしか見えないだろう。だが、実際の所は違う。
それは何より、見開かれたクリストファの目が証明している。
……手応えが、ない!?
鍔ぜり合っているのにも関わらず、全くと言っていい程に手応えが感じられなかった。まるで、暖簾(のれん)に腕押しするかのように!
その異様な手応えの理由を、クリストファはすぐに知る事になる。滑るシオンの足がくるりと反転、クリストファの凶悪な怪力を利用して、それこそ相当な速度でだ。
そして、クリストファが長柄長斧を振り切った時には、既にシオンの姿は彼の背後にあった。これは!
「僕の、力を利用して……!」
呻くように吠えるクリストファ。シオンは、彼の怪力を無理に斬り流さず、受け止めた上で足を滑らせながらベクトルを変化。その怪力を利用して、背後に回り込んだのだった。
合気……否、化勁の応用。シオンは知らず、異母兄、タカトの技術をここに再現する。
長柄長斧を振り切ったクリストファは当然無防備、後はその背中に一撃加えれば終わる!
シオンは無意識に、刀を翻し――峰を向けたのだ――背面を首筋に叩き込まんと振り放つ。一打は、隙だらけのクリストファに吸い込まれるように打ち込まれ。突如、彼の姿が消えた。
「な、ん!?」
驚きで目を見張るシオン。しかし、一度放った斬撃は容易く止まらない。クリストファの首があった場所を通り抜ける。
そして、シオンは消えたクリストファの行方を理解した。
真下――”通り過ぎた刀の真下”に、クリストファはいたのだ。足を180°開脚して屈んで。
砕かれたコンクリートの足場にぺたんと股間から足までついた状態で、だ。尋常な身体の柔らかさではない。
更に、彼はその体勢から真後ろに長柄長斧を放って来た。それこそ、肩の関節が外れているのではないかと錯覚する程に回して! ……シオンに出来たのは、刀をぎりぎりで振り戻す事だけだった。
−戟!−
「ぐ……っ!」
爆音の如き音が鳴り響き、シオンがその場からぶっ飛ばされる。いや、自分から飛んだのだ。そうでもしなければ刀は容易く弾かれ、シオンは両断されている。
「シオン兄さん!?」
背後から悲鳴に近しい声が来た。シオンはぐっと呻く。エリオがこちらを見て、そんな悲鳴を上げた事が分かったからだ。
シオンは着地した勢いのままに身体を反転、つまりはクリストファから完全に背中を向ける。
いくら体勢を崩しているとは言え、敵対者に背中を向けるのはシオンも勇気が必要であったが、あえてそれを行う。回転しながら魔力を解き放ち、斬り放った。
「弐ノ太刀、剣牙ァ!」
吠えるシオンの斬撃から伸びるように、魔力で生み出された一撃が伸びる。それはこちらを向いて、目を見開いているエリオ――その背後に迷う事なく炸裂した。そこに居たのは、例の魔虫!
−閃!−
剣牙はあっさりと魔虫を両断。それに気付き、呆然とするエリオにシオンは叫んだ。
「こっちの事はいい! 自分ん所に集中してろ馬鹿タレ!」
「は、はい!」
先には見事なまでの集中を見せたエリオも、自分以外に何かあると途端にその集中が落ちるらしい。仮定でしか無いが、シオンは歯噛みした。
元はと言えばシオンがぶっ飛ばされたのが原因なのだが、それとこれとは話しが別であった。こっちの状況に集中が乱されるようでは、エリオにギュンターを任せられない。
−閃!−
そこまで思い至りながら、シオンは脇から背後へと刀を突き放つ。すると、くぐもった悲鳴が響いた。
「流石に背後への警戒は怠らないか……!」
その声に、シオンは肩越しに目を向けた。そこにいたのは当然クリストファ。頬に刀傷をつけながら下がる。体勢を立て直してシオンを背後から攻撃しようとしたのだろうが、空間把握能力と直感が突出しているシオンに今更通じる筈も無い。
シオンはクリストファに向き直り――そのまま後ろに飛ぶ。
−撃!−
直後、シオンが居た空間に衝撃波が叩き込まれた。ギュンターの音衝撃波だ……これは、向こうにも気付かれたか。エリオの集中を乱すには、こちらを攻撃する事が一番だと。
更に魔虫が四方八方から落ちるコンクリートを避けてこちらに来る。シオンはそれにぐっと息を飲んだ。
実質二対一。本来なら有り得ないが、ギュンターの能力はそれを可能としている。エリオの相手をしながら、クリストファの援護をやってのけているのだ。つくづく、ギュンターの能力は厄介であった。
この状況、どうにかするためには――。
シオンは一瞬だけ考え、そしてにぃっと笑った。この状況を何とかする手段、それを自分は持っている……!
「エリオ! ギュンターはいい! こっちのクリストファの相手をしろ!」
「え……? はい!」
向こうで魔虫の一匹にストラーダを叩き込みながら、エリオは一瞬だけ怪訝そうな顔となるが、すぐに頷いた。後は。
《余裕だねぃ! 俺っちは放っておいて大丈夫ってかい?》
構うな。
ギュンターの念話が響くが、シオンは相手にしない。刀を放り投げると、身体の至る所に手を当てた。そこから出るは、スローイングダガー。先の魔虫相手にも見せた投擲用短剣。それを五本の指に挟みこむ。その数、総計八本。
「はっ!」
−閃−
気合いの声と共に、周囲に一斉に放つ。それはシオンへと襲い掛からんとした魔虫八匹を狙い違わず貫いた。よしとシオンは頷いて。
「自分から刀を捨てるなんて、余裕だね!」
正面からクリストファが襲い掛かる! シオンはスローイングダガーを放つために刀を捨てているのだ。そんな好機を、彼が見過ごす筈も無い。
「させない!」
−轟!−
しかし、クリストファの長柄長斧がシオンに叩き込まれる直前、エリオが横合いから魔力刃をストラーダから発生させて突っ込む。
デューゼン・フォルムの推進力を利用した突撃攻撃魔法――メッサー・アングリフだ。その一撃は、クリストファのザ・パワーと互するだけの威力を伴っていたか。クリストファの一撃を真っ正面から受け止め、更に二人は絡み合うように落ちて行く。
「こっ……の……!」
「シオン兄さん!」
−炎の民よ−
エリオの叫びに、シオンは頷きだけを返した。
《我が手へ》
念話で呼び掛けると同時、放り投げた刀が戻って来る。それをシオンは引っ掴むなり、左手の空間に叩き込んだ。
そこに居たのは、当然魔虫。シオンの一撃は、当然の如く魔虫を両断した。
「知ってるか? ギュンター。俺には三人の先生がいる」
《何を……》
−黒の者よ、火祭りの長よ、夏の日にて祭を行う者達よ−
−斬、斬、斬、斬、斬−
−斬!−
斬る、斬る、斬る、斬る、斬る――!
落ちるコンクリートの隙間を縫って自分に襲い掛かる魔虫のこと如くを斬り断つ。それだけでは無い。いきなり発生する音衝撃波も例外無くぶった斬る。
「一人は高町なのは。この人には、連携戦闘の基礎から戦術機動まで空戦のいろはを叩き込まれた」
−それは太陽が最も輝く日、豊饒の祈り、願う夏の日、則ち火の日なり、則ち炎が猛る日なり−
斬る、斬る、斬る、斬る――それをずっとずっと続けながら、シオンは言葉を紡ぐ。それを遠くで聞きながら、ギュンターは嫌な予感を覚えた。彼は、何を言おうとしている?
「一人はフェイト・T・ハラオウン。この人には管理局の法規やら魔法知識やらを教えられた」
これが一番辛かったんだよなぁ……。
ほんの二ヶ月程前の事なのに、シオンは懐かしい思いを抱きながら笑う。
−猛ろ。猛ろ、猛ろ、猛ろ猛ろ猛ろ猛ろ! 祭りはここに始まる――炎の日を祝うために!−
「そして、後一人!」
叫ぶと同時、シオンはその場からいきなり落下した。大量のコンクリートの破片と共に。その落ちる先にあるものを見て、ギュンターは絶句する。
そこに”魔法陣”が展開されていたから。
カラバ式魔法陣――セフィロトをイメージする魔法陣だ。しかし、何故――と思い、すぐにギュンターは気付いた。
あのスローイングダガー、それが魔法陣の基点となっている事に。
よく考えれば、あのタイミングでスローイングダガーを放つのはおかしく無かったか? シオンほどの技量があれば、刀で十分魔虫は迎撃出来た筈だ。それを何故、スローイングダガーで迎撃したのか。理由は、ここにあったのだ。この魔法を放つ、その布石――!
「八神はやて。この人からは”儀式魔法”を教わっていた」
シオンは何も刀術一辺倒の人間では無い。精霊召喚を始めとして、儀式魔法も修めているのだ。
普段は至近距離戦闘の方が得意だから儀式魔法を使わないだけなのだ。
だが、この状況――”広域魔法を必要とされる状況で、それを攻撃に使わない理由は無い”!
《しま……っ!》
ギュンターが失策に気付き、吠える。だが、そんなギュンターの念話にシオンはにやりと凶悪な笑みを浮かべた。
右手をすっと上げて拳を握ると、炎がぼっとそこに灯る。シオンの笑いは一つの事実をギュンターに告げていた。もう、遅い!
「民よ、夏至の祭に炎の中で踊れ!」
−撃!−
展開した魔法陣に炎の拳を叩き込む! 魔法陣が紅に染まる――!
「炎界(ムスペル)!」
−轟!−
直後、炎が周囲一面に膨れ上がり、炸裂! 崩れ落ちる高層ビルのコンクリートの破片全てをまとめて飲み込み、天地に突き立つ炎の柱として、世界に顕現した。
――なお、高層ビルが崩れてからこの炎の柱が現れるまで僅か数秒足らずしか経っていなかった。
(中編2に続く)
はい、第五十話中編1でした。最初からタカトがかましてますが、なんで質量兵器あんま使わないかと言うと、タカトの場合、魔法使った素手のが強いと言う事実がありまして(笑)
ぶっちゃけ、質量兵器使う時は面倒臭い時限定です(笑)
シオンが儀式魔法使っていたのは、第四話か五話あたりからの伏線ですな。長かった……(しみじみ)
ちなみに炎界、本来なら戦略級の古代ベルカ式の広範囲魔法なんですが、シオンがカラバ式なのと、適性があんま無いので威力はガタ落ちしてます(笑)
次回は中編2……うん、この先ずっとこんな感じですが、許したって下さい(笑)
ともあれ中編2でお会いしましょう。ではでは。