魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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お待たせしました! 第四十九話(後編2)です。しかし、長い……(笑)


第四十九話「約束は、儚く散って」(後編2)

 

「あ〜〜もう! あのバカ、どこ行ったのよ!?」

 

 『学院』に甲高い叫びが轟く。その叫びの主は他でもない、ティアナ・ランスターその人の叫びであった。

 彼女の他に、スバルとギンガも心配そうに辺りを見渡す。しかし、どこにも彼の姿は無い。神庭シオンの姿は。

 先程までは確実に居た筈なのだ。ティアナの作戦により、虫を撃滅した時までは。正確には、ティアナがスターライトブレイカーFSを叩き込む、その瞬間までは居た筈だ。

 なのに、撃ち終わった時には既にシオンの姿は消えていた。

 最初は巻き込んだかもしれないと、三人とも顔を青くしたものだが、冷静に考えると、あの時シオンは地面に下りていた。つまり、シオンが巻き込まれたのであれば、スバルやギンガも巻き込まれていなければおかしい。都合良くシオンだけが巻き込まれる訳が無いため、これは有り得なかった。

 だが、なら何の為にシオンは消えたのか――ひょっとすると、拐われた可能性も無くは無いのだが。

 シオンは何故か、ストラに狙われていた節がある。理由いかんは不明にしろ、ストラもそう簡単に諦めるとも思え無い。だが、あのシオンがそうそう簡単に誘拐されたりするだろうか? それだけは有り得そうに無かった。なら、後は。

 

《皆さん!》

「みもり?」

 

 と、そこで念話が三人に来た。シオンの幼なじみにして、現在キャロに付き添っている姫野みもりから。だが、彼女からの念話が何故来るのか。それも、やけに切羽詰まった様子で。

 ティアナは訝しみながらも、念話に答える。

 

「どうしたの? 慌てたような声を出して……キャロに何かあった?」

《いえ、キャロちゃんは大丈夫です。すやすや寝てます》

 

 彼女が慌てる用件として、キャロに何かあったのかと思ったが、そうでは無いらしい。それには安堵を三人共浮かべ、ならと思う。ひょっとしたら、シオンがそこに居るのか。しかし彼女の返答は違うものであり、尚且つ三人共の顔色を変えるものであった。

 

《エリオ君いなくなってしまって……》

「っ――――! エリオ”も”!?」

《え……? ”も”ってどう言う事ですか?》

「こっちは、シオンが居なくなっちゃったんだよ……」

《ええ!?》

 

 ティアナの代わりにスバルが答え、向こうでみもりが悲鳴を上げた。ティアナとギンガは頷き合う。

 あの二人が同時に居なくなった。れに関連性を見出ださない方がおかしいだろう。あるいは、ひょっとして二人は――。

 

《見付けた!》

 

 直後、更に別の方から念話が入る。他でも無い、ちび姉の愛称で久しい鉄納戸良子の声であった。彼女の台詞に、三人はすぐに飛び付く。

 

「見付かったんですか!?」

《ああ、シオンに――これは、エリオ・モンディアル君もか? 二人の反応が重なって検出された》

 

 三人の声に、良子がおそらくは頷きながら返答してくれる。しかし、重なってとはどう言う事なのか。それを問う前に、良子から答えが来た。

 

《多分、シオンが彼を抱えて飛行魔法で飛んでいるんだ。かなりの速度である場所に向かっている》

 

 確かに、それならば辻つまは合う。しかし、何故にシオンはエリオを抱えて何処かに飛んでいるのか……そこまでは、良子も分からないのだろう。答えは無い。

 だから、ティアナはたった一つだけを彼女に聞く事にした。

 

「あのバカ達が目指してる場所は、何処ですか?」

《あくまでそれは、予測でしか無い。それでいいなら》

 

 そこで一度言葉を良子は切り、そして暫くの間を挟んで答えを告げた。おそらくは、場所を正確に予測する為だろう。シオンの飛行経路を辿っているのだ。そして、その場所とは。

 

《英国首都、ロンドン。この国の中心だ》

 

 沈まぬ太陽とまで謳われた国、イギリス。その町の中心、シティと呼ばれる場所にシオン達は向かっていると、そうとだけ良子は三人に告げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 イギリスとは四つの国からなる連合王国である。社会の授業で必ず習う常識だが、これはあまり実感では分からないだろう。せいぜい都道府県と同じと思われているのが関の山だ。だが、実際の所は違う。

 グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国と言うのは呼称だけではないのだ。イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド。この四つの国の境にはちゃんと国境が立てられているし、文化も細々と違う。

 間違っても同じ国だと思っていると、痛い目を見るのがイギリスと言う国であった。

 そんなイギリスの首都、ロンドン。シティ・オブ・ロンドンと呼ばれる街の中心には世界中の金融資本がなだれ込むビジネス街が広がっている。セントポール大聖堂やイングランド銀行を擁する、英国最大の金融街。

 かつてはロンディニウムと呼ばれた、ロンドンの原型とも言える場所の上空を、彼等は疾駆していた。

 神庭シオンと、エリオ・モンディアルである。シオンが後ろからエリオを抱えるようにして、彼等は超高層ビルの更に上を飛んでいた。

 

「準備はいいか、エリオ!」

「はい!」

 

 向かう先は、高層ビルの中でも一際高いビルだ。まるで神殿にも似た荘厳さを醸し出す、とある社名を掲げたビルである。その屋上。そここそが、シオン達が目指す場所であった。

 一点も迷い無くそこを睨み、飛翔しながら、シオンとエリオは頷き合う。

 

「怒りは心の中で! 頭の中はあくまでもクールに! いいな!」

「はい! 大丈夫です!」

「よっしゃ! んじゃ後は各自突貫! 突っ込むぞ!」

「了解です!」

 

 言うなり、シオンがエリオを離す。当然、エリオは下に向かい落ちて行き。

 

「ストラーダ! セット、アップ!」

【セットアップ! デューゼン・フォルム!】

 

 エリオが叫ぶなり、ストラーダが起動。更に、その形態が2ndフォルムへと変化する。そして、ストラーダの各部から突き出したブースターが火を噴き、一気に加速。目当てのビルに突っ込んだ。

 そしてシオンはと言えば、エリオを離して更に加速。刀を顕現させて、刺突の構えを取った。同時、彼の目前に現れるは、例の甲虫。”予測通り”に、現れたそれをシオンは一瞥するなり無視を決め込んだ。吠える――その叫びでビルのガラスが割れんばかりに! それは。

 

「神覇、伍ノ太刀! 剣魔ァ!」

 

    −轟!−

 

 叫び、高密度の魔力を纏ってシオンが突貫を開始する。同時に甲虫が例の毒針を射出するが、それも意味を成さない。例えAMFがあろうと、剣魔の出力の方が遥かに大きいのだ。

 言ってみれば、津波を敷板で防ぐようなものである。当然、針はあっさりと蹴散らされ、それを放った当の虫も例外無く剣魔に巻き込まれて砕かれる。

 そのままシオンはビルまでひた走り、ぶつかるすんでで剣魔を解除した。まるで墜落するようにビルに着地する。

 さらに、ビルの端からは飛翔してきたエリオが到着していた。

 二人は、”あるもの”を挟み込むようにして互いの武装を構える。そして、シオンはにやりと笑うなり告げた。

 

「人様の妹分に手ぇ出したんだ。ただで帰れるなんざ、思っちゃいねえよな?」

 

 そう、そんな問いを。その場に居た”二人の人間”に告げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「やれやれ、見付かっちゃったねぃ」

 

 シオンとエリオが、挟み込み対峙する二人――二人とも、頭をすっぽりと覆うフードを被っている為、性別が特定しにくいのだ。まぁ二人の内、背の高い方が肩を竦めて言ってくる。妙に明るく、もっと言ってしまえば、えらく軽薄な声と喋りであった。

 ともあれ、その背の高い方の台詞に、やけに背の小さい、エリオと同じくらいだろう。そちらも、深々と嘆息するような仕種を見せた。

 

「隊長がここに残ろうと言うから、こうなったんだよ」

「いやぁ、そう言われると弱いねぃ。まさか、場所が特定されるなんて思ってなかったし。どうやって見付けたのか聞きたいくらいだねぃ」

「……音だよ」

 

 二人の会話に、シオンが丁寧に答えてやる。反対側のエリオから責めるような視線が飛ぶが、どちらにせよ向こうが気付いていない筈が無い。それに、今のはカマかけだ。シオンは続けて説明を続けた。

 

「あの虫共と戦ってる最中、どうも”空間にブレ”が走ってる感覚があった。最初は何だか分からなかったけど、聞いている内に、そのブレ、”振動”は一つのリズムを刻んでいる事に気付いたのさ。何かしらの曲をな! ”空間を介して音楽を奏でて、それで虫達に命令してたんだろう!?” だったら後は空間の振動元を辿れば見付かるって寸法だ!」

「ああ、そうか。君は”悠一”と友達だったんだねぃ」

 

 その説明に、彼は名前を出した。シオンは明確に歯噛みする。そう、空気では無く空間を振動させて曲を奏でる。この方法はシオンの友人にして、グノーシス第四位、一条悠一の技では無かったか?

 

「お前……悠の何だ? まさか」

「それを聞くのは、野暮ってもんだねぃ。それに、今はこう名乗ってるよ」

 

 そうシオンに告げ、彼は自らフードを下ろす。そして、自らの顔を晒した。

 黒の髪に細長の顔。やけに整った顔に軽薄な笑いが乗っている。目だけはかけらも笑っていなかったが。更に取り出すのはU字型の形をした金属製の管楽器――サキソフォーン、俗にSax(サックス)と呼ばれる楽器であった。だが、それは楽器にして楽器にあらず。シオンは気付く、あれは彼の武器なのだと。そう、あれは――。

 

「第二世代型戦闘機人、特殊部隊。『ドッペル・シュナイデ』”隊長”。ギュンター。よろしくねぃ」

 

 そう言うと、彼はサキソフォーンを高らかに吹く。ブォオン! と、言う低音が鳴り響き――同時、周りから例の甲虫達が現れた。

 

「紹介するねぃ。これが俺っちの固有武装、シンクラヴィスと、魔虫(バグ)。そして、これが俺っちのIS」

 

 サキソフォーンから口を離して、微笑みながら自己紹介するギュンターに、シオンは内心で冷や汗をかく。

 

 第二世代型戦闘機人、だと?

 

 なら、彼もまた――!

 

「音界支配者(サウンドマスター)て、言うんだけどねぃ」

 

 ブォオン、ブォオォオン!

 言うなり、サキソフォーンを吹き鳴らし、直後、シオンを衝撃が襲った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第九無人世界、『グリューエン』。軌道拘置所の暗い一画にて、くくくっと笑い声が響いていた。

 端末が画像を展開し、見て笑うはかのJS事件を起こしたDr、ジェイル・スカリエッティ。彼は怪しげな笑いを浮かべて、画像を次々と変える。

 

「ククク……ふ、くくくくく! 次は何にしようか、迷う所だね……」

 

 そう言いながら、ジェイルはあるものを手に取る。その顔に浮かぶのは明らかな狂気――否、狂喜と言うのが正しいのか。何にしろ、それらを手に取り、彼は迷うようなそぶりを見せる。その悩みでさえも、喜びが見え隠れしていた。

 そして、ジェイルは悩み抜いた末に片方を選ぶと高々と頭上に掲げた! 恍惚とする表情で、それを嬉しそうに見て――!

 

「よし! 次はマク○スFを見ようじゃないか!」

「なーにやっとるかー」

「ぶぐるっしゃ!?」

 

    −撃!−

 

 叫んだジェイルの背中をどつく蹴り! どこをどう叩き込まれたのか、ジェイルはその場でくるくると回転して床に転がった。

 ぴくぴくと痙攣して床に五体投地するジェイルを見る、蹴りを放ったのは当然と言うべきか、帰って来た伊織タカトであった。後ろの元ナンバーズ連中もひくひくと顔を引き攣らせている。

 そんな彼等に、ジェイルはバネ仕掛けでもしているかのような――平たく言うとキョンシーが立ち上がるような動きである――を、見せて立ち上がった。その顔はえらく血だらけであるが、どのような仕組みか、一瞬でそれらも治り、こちらに手を上げて見せた。

 

「やぁ、タカトじゃないか! それに、ウーノにトーレ、クアットロ、セッテ。ふふ、上手く助け出してくれたようだね!?」

「……お前、今のやり取り全てを無かった事にしようとしてないか?」

「何の事だい? ああ、ちなみに○クロスは、漸くTV版を見終えた所だよ」

「……あの短時間にか? 早送りでも無理なんだが。それと、次はマ○ロス+にしておけ」

 

 ツッコム所が間違ってる! と、ツッコミ担当(?)のウーノは激しく思うが、この二人の会話にそんなものを入れるのは無謀だと言う事を五年前に知っている為、早々に諦めた。代わりに嘆息のみを漏らし、ジェイルの元に近付く。

 

「Dr。要請に従い、戻ってまいりました。どうか指示を」

「ふふ、最初の言葉がそれかい? 流石だねウーノ! 次はミッドチルダに向かうんだったかい? タカト?」

「ああ。しかし貴様、次元航行艦の修理は……?」

 

 マクロ○を僅か1時間そこらでどう見たのかは不明だが、まぁ見たと言うのだ、見たのだろう。そこはあえて尋ねずに、タカトは別の事を問う。

 そもそも、自分がナンバーズの面々を助けている間に、ジェイルは次元航行艦を修理しておく予定だったのだから。タカトの問いは至極当然のものであった。

 そんなタカトの問いに、ジェイルはうーむと唸る。

 

「修理自体は完了しているのだがね? 改造がまだ済んでなくてね……」

「改造? なぜ改造なんぞを?」

「次元封鎖を突破したいと言ったのは君だよ? で、これが改造案なのだが」

 

 ジェイルの返答に、そう言えばとタカトは思う。

 そもそも管理局側が仕掛けた次元封鎖を破らずに突破する為にジェイルに依頼したのであったのだから。ついつい忘れていたなと、タカトは一人ごちて。ジェイルはそれを知ってか知らずか、端末を操作してタカトに見せる。そこには――!

 

「さぁ見たまえ、タカト! これが君の新たな次元航行艦! ○トレマイオス、ガンダ――」

「ガゼルパンチ!」

「ふごひゅ!」

 

 あまりに危険過ぎるネタを披露しようとするマッド野郎の顎に斜め下から突き上げるようにして炸裂する拳! それを喰らい、ジェイルはもんどりうって床に転がった。

 やがて顎を押さえてタカトを下からふるふる震えて見て。

 

「と、父さんにも殴られた事――」

「次は蹴るぞ」

「さて、話しを戻そうか」

 

 タカトの台詞を聞くなり、何事も無かったように立ち上がった。

 ……なお、プ○レマイオス・ガ○ダムなぞと言うガン○ムは公式には存在しない為、気をつけて頂きたい。何にしろ、今度こそはジェイルも真面目な顔で話し出した。

 

「実際、次元封鎖を突破するシステム自体は修理と共に完成しているよ。しかし、まだ取り付けてなくてね」

「後、どれくらい掛かる?」

「ざっと三十分と言った所だね」

 

 ふむとタカトはジェイルの言葉に頷く。そもそも、ウーノのおかげもあってナンバーズを連れて来る事自体、1時間程度で終わってしまっていた。

 元々は2時間程の予定だったのだ。むしろ、ジェイルの作業速度を褒めるべきだろう。

 

「そうか。なら、俺は少しシャワーでも浴びて来る。戦闘やら何やらあったしな」

「ああ、構わないさ。シャワーは向こうにあるよ」

「そうか。では、行ってくる」

 

 言うなり、くるりと反転してタカトはシャワー室へと向かった。彼をジェイルは見送って、今度はウーノに振り返る。

 

「さて、ウーノ。少し手伝ってくれるかい? 装置の取り付けを終わらせよう」

「はい。……ですが、実際はワーカーロボット任せで大丈夫なのでは?」

「ああ。だから、そちらは君に任せよう。私は――」

 

 そう言って、ジェイルはくるりと残る三人。トーレやセッテ、クアットロに向き直り。

 

「君達の固有武装を作ろうか」

 

 笑いを浮かべて、そう彼女達に告げた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シャワー室に入るなり、タカトは頭からシャワーを浴びる。冷水でだ。

 ざぁざぁと頭に掛かる水は雨のようであり、滝のようでもあった。

 その中で、タカトはぼんやりと右手を上げて見る。666の文字が刻まれた手、人を殺した手だ。しかも、つい先程に。

 そんな手を汚れていると見るべきなのか、苦しみを取り除いたと誇るべきなのか。タカトは少し判断に迷い、でも苦笑した。

 今更だ。殺人も何も今更。この手は生まれた瞬間から赤に染まっている。

 奴達、ストラのドッペルシュナイデに叩き付けた言葉こそ、タカト自身に相応しい言葉であった。

 人を殺そうと思う思考も、行動も、何もかもが史上最低最悪の劣情であり、恥だと。それが例えどんな理由であれ、事情であれ、変わらない。

 人殺しは人殺しだ。変わる事なぞあろう筈も無かった。それに。

 

「約束を、破ってしまったな……」

 

 ぐっと右手を握りしめて、タカトは呟いた。正直、こちらの方がこたえている。それは、あるいは最低の思考なのかもしれない。

 だが、今更タカトは人殺しに何の感慨も浮かばなかった……浮かべる事が出来なかった。

 そうするには人を殺しすぎたし、慣れすぎた。

 あるいは、それもまた一つの欠落なのかも知れない。

 伊織タカトと言う存在の根幹を成す、傷なのかもしれなかった。

 だから、タカトは思う。なのはに悪いなと、そう思って――。

 

《そんな事、ないよ》

「っ……!?」

 

 声がした。この数ヶ月で聞き慣れた。慣れてしまった、声が。タカトにしては珍しく周りを見渡す。だが、当然誰もいよう筈が無い。

 

 なら、この声は?

 

《えっと、私だけど。タカト君、分かる?》

「なのは……?」

 

 思わず声に出して名前を呼んだ。だけど、応える声は無い。代わりに『聞こえてないのかな?』と、言う声が来たからには向こうも聞こえていないのだろう。そこで、タカトは気付く。

 この声が自分の中――”魂”から聞こえている事に。これは。

 気付くなり、タカトはゆっくりと目を閉じた。と、内に、内に、精神を傾ける。五感をそちらに向けるように。やがて、魂を直接触るような手触りと、そこから伸びる縁、彼女と自分を繋ぐ霊脈を認識した。

 

 ……やはり、これは。

 

 その存在と向こうから、まだ呼び掛ける声に苦い顔となりながら、タカトは嘆息を一つ吐いて、応える事にした。

 

「やはりお前か。なのは」

《あ、よかった。今度はちゃんと聞こえた》

 

 今度はこちらの声もちゃんと聞こえたのか、嬉しそうに向こう、つまりは、なのはの声が来る。タカトは明確に顔を歪めた。

 

「……何の用だ」

《な、何の用って……えっと、用がなきゃこれしちゃダメ?》

「ダメだ。理由は鬱陶しい、喧しい、落ち着かない、面倒臭い……どれでもいい、あるいは全部でも構わないから持って行け」

《理由って、そう言うのじゃないと思うけど……それに、それだと理由を今作ったみたい》

 

 その言葉に、タカトは返す言葉も無く黙り込んだ。

 それはそうだろう。何故なら、まさしく今作った理由(いいわけ)なのだから。

 タカトはそんな、なのはを避けようとしている自分に気付いて自己嫌悪を覚える。約束を破った事を、伝え無ければならないのに。

 

「それで、何でお前がこれを――”霊信”を知っている?」

《……さっき、タカト君から声が聞こえたんだけど、覚えない? それでトウヤさんから聞いたんだよ》

「……俺から?」

 

 兄、トウヤからどうもこの特殊念話魔法、”霊信”を知ったようだが、それが自分から行ったと言われ、タカトは首を捻った。そんな事をした覚えは無いのだが。

 

《……さっき約束を、破るって》

「…………」

 

 アレか……。

 

 なのはから聞いたそれに、タカトは珍しくも頭を抱えた。

 この魔法、霊信は魂から伸びた縁――霊脈を介して行われる個人用の魔法の為、一切の妨害を受けないと言う利便性がある。

 それと同じくらいの嫌な面もある訳だが。これも、その一つ。霊脈が繋がった相手を強く想って何かを思う時、その心の声が霊信となって相手に伝わるのである。この魔法自体、使用条件が”アレ過ぎる”ので、滅多に使われないのであるのだが――何はともあれ、なのはがこの霊信を知ったのかは理解出来た。ついでに、彼女がこれをして来た理由も。

 タカトも、なのはも、二人共沈黙。だが、そのままにも出来ないとタカトは嘆息して、彼女に伝えるべき事を伝える事にした。ゆっくりと、息を吸って。

 

「……ああ、俺は約束を破った」

《…………》

「人を、殺した」

 

 一つ一つ、噛んで含めるような、そんな言い方。だけど、タカトはそれ以上何も言わない。

 状況も何もだ。何故なら人を殺した事には全く変わりは無く、彼女との約束を破った事も変わりは無いのだから。

 

「嘘ついたら、針億本だったか。次会う時に飲み干してやる」

《いいよ……》

「心配するな、針億本なぞ、朝飯前――」

《いいってば!》

 

 タカトの声を遮って、なのはの叫びが響く。彼は続きを言えなくなった。そんなタカトに、続けてなのはの声が届く。

 

《どうしようも無い理由が、あったんだよね……?》

「勝手に決め付けるな。俺は――」

《”負けず嫌い”なタカト君が自分から約束破るなんて絶対無い。それくらい、分かるよ》

 

 なんで、この女は――!

 

 ぎりっとついには歯ぎしりをタカトは立てる。まるで、こちらを見たかのような事を言う、彼女に明確な苛立ちを覚えた。

 

「分かったような口を聞くな。貴様に何が分かる」

《でも……!》

「でももかしこも無い。理由は確かにあった。だが、それがどうした。理由があれば人殺しをお前は肯定するのか? 違うだろう? 俺に同情するな、俺を肯定するな。それは、俺にとって最大の侮辱だ」

 

 ……俺は、何をやっている?

 

 苛立ちのままに言葉をぶつけながら、タカトはそんな自分に疑問を抱いた。何故今、自分は、なのはを責めているのだ。約束を破ったのは、自分なのに。だが、止まらない。言葉は止められない。

 

「そんな、お前が。俺を許す。許してしまう、お前が。俺は、嫌いだ」

 

 最後まで。最後の最後まで、タカトは、なのはにそう告げた。

 ……沈黙が、辺りを支配する。シャワーの音のみが彼の耳朶を打ち、そして。

 

《……いいよ。それでも、私はタカト君を肯定し続けるから》

 

 答えが、なのはから返って来た。タカトの言葉に、全く揺れない答えが。

 だって、そんなの今更。

 彼が、自分を嫌いだと言う事なんて、本当に今更なんだから。

 

 だから――。

 

《それでも、私はタカト君が好きだよ》

 

 そうとだけ、なのははタカトに告げた。

 タカトは息を飲んでそれを聞き、やがて盛大にため息を吐いた。壁に背を預けて、ずるずると座り込む。そうして、一言だけを彼女に告げた。

 

「――バカめ」

《なら、タカト君はたわけだよ》

 

 ……違いない。

 

 互いの言葉を交換しながら、心の奥底から、タカトはそう思う。こんな、こんな事で救われたような、そんな気持ちになる人間など、たわけ以外の何者でも無いだろうと。だから。

 

「……悪かった」

《……うん》

 

 たった一言に全部を込めて、タカトはそう彼女に謝った。なのはも短く頷いてくれる。それに、タカトは微笑んだ。そうして、話しを続ける。

 

「……だが、約束は約束だからな。針億本は覚悟せねば」

《だからいいってば、そんなの飲んじゃったら死んじゃうよ》

「だがな……約束は約束だ。何もお咎め無しなのは気持ち悪い」

《……なら、タカト君。約束破った罰として、なんだけど》

「何だ? 今なら大抵の事は聞くぞ?」

 

 遠慮するような、小さな声。それに、タカトは苦笑しながら言った。

 まぁ聞けない事もあるが、約束を破ったのは自分だ。今ならば大体の事は許そうと、そう思って。

 

《この霊脈だったかな? これ、切らないで欲しいの》

「…………」

《それで、たまにお話し出来たらなって》

 

 あんまりにも予想外の言葉に、タカトは沈黙する。確かに、タカトはこれが終わった後、なのはとの霊脈を切るつもりであった。正直、彼女と繋がっていると言う状況はあまり良く無い。先のように、心の声が向こうに届いてしまう事も有り得るのだ。あまり喜ばしい事では無いだろう……だが。

 

「約束を破ったのは、俺だからな」

《えっと。……いいの、かな?》

「ああ。だからと言っていつも霊信で話せる訳では無いからな。それでいいのなら」

《うん!》

 

 弾む声に、向こうでなのはが満面の笑顔となっている事を理解して、タカトは苦笑する。

 その上で、ついでに気になる事を彼女に尋ねる事にした。

 

「ところでなのは。この霊信の使用条件を、お前聞いているか?」

《え? トウヤさんから、霊脈が繋がっているなら出来るって聞いたよ?》

「なら、その霊脈を繋げる条件は?」

《ううん。そっちは聞いてないよ》

 

 そうかとタカトは頷く。やはりなのはは何も聞いていない。なら、後は。

 

「……そこに、兄者は居るか?」

《え? うん、居るよ。後、はやてちゃんやフェイトちゃんも。……すごいトウヤさんが笑顔なんだけど――》

「そうか、兄者には後で死ねと言っておいてくれ。……その上で、だ。なのは。霊脈を繋ぐ条件は”粘膜接触”だ」

《……え?》

「一般的には、キスと呼ばれる」

 

 そう、タカトは、なのはとルシアに繋がれた霊脈など当の昔に切っている。だからこそ、最初分からなかったのだ。今繋がっているのは、なのはとタカト自身の霊脈だった。

 

《……ごめんね、タカト君。今からちょっとトウヤさんとお話しがあるから》

「ああ、そうこう言ってる内に逃げそうだがな――」

《あ! トウヤさん!?》

「――遅かったか」

 

 流石、ユウオで鳴らした逃げっぷりである。更に『待って! 違うの、はやてちゃん! フェイトちゃん!』と言っているのを聞く限り、あの二人には教えていたか。

 ともあれ、そのまま霊信は切れた。それを少し寂しいと思ってしまうのは、やはりおかしいのか――。

 

「……まぁ、悪くは無いか」

 

 タカトはそう呟くと、出しっぱなしだったシャワーを止めて、外に出た。

 苦笑しながら服を着込み、待たせているジェイル達の元に向かう。

 先とは違う、少しスッとした気持ちのままで、タカトは歩き出した。

 

 これよりタカト達は、ミッドチルダに向けて出発する。

 

 

(第五十話に続く)

 




次回予告
「襲撃を掛けて来た第二世代型戦闘機人達、ギュンターと、少年と戦うシオン達」
「激闘は、ロンドンを揺るがす」
「一方、タカトはついにミッドチルダに到着。しかし、そこでは戦闘が始まっていた」
「ツァラ・トゥ・ストラと、時空管理局。二つの組織の戦いに、タカトが取った選択は、ひどく単純で――どこまでも、間違ったもので」
「次回、第五十話『戦士と言う名の愚者達』」
「少年は絶叫し、青年は咆哮する」

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