魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「その背中を覚えてる。ただ、前に立つその背中を。ずっと守ってくれて、ずっと、俺の道標となってくれた背中。……もう、その背中は無い。だから、取り戻そうと、そう決めた――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


666編
第十話「魔王降臨」


 

 ――その背中を、覚えている。

 背中は大きくて、力強くて。気が付けば、守られていた。ずっと、ずっと。

 だけど、その背中は自分を。そして、周りを守る度に傷だらけになっていた。

 一度だけ、問うたことがある。何故、そこまでして皆を守るのか――と。

 それを問われたその背中の主はふっとだけ笑い、そして答えてくれた。

 

「理由か。考えた事も無いな。ただ、守りたいから守る。ただ、助けたいから助ける。それだけでは駄目か?」

 

 そう、言い切った。だが、自分は納得しなかった。

 だって、その主は自分の周りの人であれ、善人であれ、悪人であれ、救ったのだから。

 だから理由が別にあるって思っていたのだ。けど、それは違った。

 

「俺がやってるのはあくまで自己満足だ。別に誰かの為に助けたわけじゃない。どちらか言えば最悪の偽善者なんだろうな、俺は。む? なら、なんで悪人も助けるのか、だと? そんなの決まっている。気に入ったからだ」

 

 その返答に首を傾げる自分に、底意地の悪い顔で笑いながら、その主は続ける。

 

「世の中の為になるかならないか? そんなものは考えた事も無い。ただ気に入った奴なら、例え人殺しだろうが、世界征服を企む悪の統領だろうが、破滅を望む狂ったバカだろうが、助ける。それだけだ。まぁ、どこかの兄者に言わせれば、理解不能末期到達型馬鹿弟、とやらになるんだろうな――今、考えてみたら、相当酷い事言われてないか?」

 

 それには、ただ苦笑いを返した。そして、思った。

 なんでその主はそんな風に思うようになったのかを。

 

「さぁな? だが、確かに言えるのはこの身は”彼女”に救われたから、決して生まれてはならなかった。決して今、こうして存在してはならなかった。決して――ヒトとして、生きてはならなかったこの身を、救ってくれた彼女がいたから。この、俺を、こんな、産まれ落ちたその瞬間からヒトで在っては為らなかった、この俺にいろんな事を教えてくれた。此処(ここ)にいていいと言ってくれた。……生きていて、よかったと思わせてくれた彼女が居たから。……だから、俺は今、こうして此処にいる」

 

 だから、と笑いながら続け。

 

「だから、俺も気に入った奴等には此処にいていいと思って欲しい。そう思ってる――。理由をつけるんなら、そんな所だ」

 

 そう言って頭を撫でられた。……それには文句を言ったが。彼は、そんな自分に苦笑した。

 

「忘れるな? 人が人を救うなんてのはただの幻想だ。あってはならない事なんだろう。あくまで自分の為に人を助けろ。救われてしまった俺は、そう思う。だから、この身をもって、彼女を、お前を、兄者を、気に入った奴等も、助けたい――そう、思ったんだ」

 

 あくまで自分の為に。そう言い、そして。

 

「俺は、救われた分だけ人を救いたいんだよ」

 

 その生き方を、そんな在り方を。だけど、自分は眩しいと思う反面、ひどく悲しく思った。

 それは何故なのか――その時は、まだ分からなかった。けど、こうも思った。そんな背中の主を守りたいと。いつかその背中に並びたいと。だから――。

 

「そんな生き方もある――。それだけの話しさ、シオン」

 

 ――俺は、此処にいる。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シオン!」

 

 感染者との戦闘中に、スバルから声がかかる。

 本日の感染者はこれで四体目。いい加減、皆。疲労が溜まり出して来ていた。に、シオンそれが顕著だったか、戦闘中に呆けてしまった。

 

「っ――!」

 

 スバルの声に反応して、シオンが眼前の大型犬のような感染者に気付く。だが、その反応は間に合わない。

 

    −撃!−

 

 突撃(チャージ)。もろにそれを受け、シオンはのけ反り――しかし、そのまま踏み止まった。反対に感染者を睨みつけ、顎を蹴り上げる。

 

「イクス!」

【トランスファー!】

 

 戦技変換。瞬時にブレイズフォームに変化したシオンは、そのまま二振りのナイフと成ったイクスを掲げた。そして、即座に魔法を解き放つ。

 

「神覇壱ノ太刀、絶影連牙!」

 

    −斬−

 

 −斬・斬・斬・斬・斬・斬・斬・斬・斬・斬−

 

    −斬!−

 

 縦横無尽! 高速斬撃の連続攻撃が、躯中を走り抜け、切り刻む! 感染者が悲鳴を挙げる――。

 そこを見逃さず、上空を飛ぶなのはが止めの一撃を放った。

 

「ディバイ――ン! バスタ――――!」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 放たれた光砲は感染者を穿いて、飲み込み。そして、塵へと変えた。

 

「シオン!」

 

 感染者を滅ぼした事を確認し、スバル、ティアナがシオンへと近寄る。

 彼は大丈夫、と手振りで示すが、二人共離れなかった。

 

「シオン君、大丈夫? あんまり無理してちゃ、駄目だよ?」

 

 なのはも空から降りがてら心配そうな顔で近づく。それに、シオンは困り顔をした。

 

「でも最近酷いよな、感染者の出現率」

 

 ヴィータも近づいて来てぼやく。それに、一同沈黙した。

 ここ一週間程の感染者の出現率は日に日に上昇しているのだ。その為、毎回出動するシオンだけではなく、前線メンバー全員に疲労が溜まりだしていた。

 

「なんとかしなきゃいけない、ね……」

 

 なのはの呟きに、皆深く頷いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「感染者、消滅。状況、クリアーです」

 

 管制官のシャリオ・フィニーノこと、シャーリーからの報告に、アースラ艦長である八神はやてはホッと一息つく。

 最近の感染者の異常発生。それにより、前線メンバーだけでなく、アースラメンバー全員に濃い疲労が溜まり始めていた。

 

「スターズからの報告。周辺警備に残しますか?」

「……いや、スターズは引き上げさせてや。少しでも休憩させんと」

 

 指示を出し、シャーリーからの「了解」の返答と共に、はやては艦長席に身を沈めた。

 

「……昨日は十件、おとついは九件。――発生件数が前と段違いや」

 

 はやての頭を過ぎるのは昨日のクロノ・ハラオウンからの報告。666の刻印を刻まれた人達であった。

 現れたのはちょうど一週間前からである。そして、刻印を刻まれた人達に共通する事があった。

 意識不明。被害者は皆、ずっと昏睡状態にあったのだ。

 そして、666の被害者と、感染者が増大し始めた時と時期は、ちょうど同じであった。はやてでなくても関連性を疑うだろう。

 

 ……いっそ、シオン君に聞いた方が――。

 

 そこまで考えて、しかしはやてはフルフルと首を振った。

 恐らくは――だが、シオンはアースラを飛び出して666を追うだろうと思ったから。

 最初に会ったあの時、自分が感じたシオンの危うさを考えれば、それは無理はからぬ事だった。

 最近は随分と柔らかくなった感じはする。しかし、それはシオンの危うさが無くなる事とは、イコールではない。

 

 ――考えてみれば、私達はシオン君の事、何もしらんのやな……。

 

 シオンの過去、シオンの家族。アポカリプス因子との関係。そして、666との因縁。彼は、考えれば考える程、謎が多い。

 

「艦長。スターズ少隊、ならびにセイヴァー、帰還しました」

 

 シャーリーの声で、思考から立ち戻る。今の段階では、シオンの事は何もわからない。

 それに、今の異常の原因をシオンが知るなら教えてくれるだろう。そこはシオンを信じれる。

 だから、はやてはシャーリーに頷き返し、次元航行に移行するよう指示を出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「皆さん、お疲れ様です!」

 

 アースラに帰還したシオン達に、今はオフシフトのエリオとキャロが労いの言葉を掛けて来た。それに頷くと、なのはの前に集合する。

 

「さて、それじゃあ今からスターズとセイヴァーはオフシフト。しっかり休もうね。報告書は明日のシフト時間までに仕上げて。……N2Rへの申し送りも大丈夫だね? それじゃあ、解散」

『『はい!』』

「オフシフトだからって、あんまだらけんなよー?」

 

 ヴィータからの締めの言葉にそれぞれ頷き返し、部屋に向かう。それを見送った後、なのはは深くため息をついた。

 

「……やっぱ、皆疲れてんな」

「うん、ヴィータちゃんも早く休んだほうがいいよ?」

「お前が休むんなら私も休むけど……まだ、休まないんだろ?」

 

 ヴィータの疑問に、なのははただ誤魔化すように苦笑した。図星だったからだ。スターズ副隊長は、そんな彼女に嘆息する。

 

「……気持ちは解るけどよ。今、私達は休まなきゃ意味ねぇだろ?」

「……うん。でも、もうちょっと調べたいんだ」

 

 そう言って、なのはは手元のコンソールを操作する。

 そこに映るのは感染者達の出現状況であった。

 最近の感染者の異常な発生には、それぞれ技術部や、フェイト達執務官の方でも調べている。だが、なのはもただそれを見ているだけは出来ず、時間があれば何か手掛かりがないかを調べていたのだ。

 

「そもそも因子がどうやって世界を渡ってんのかもわかんねぇんだよな?」

「うん。シオン君もそれは解らないって」

 

 今の所、アースラ――管理局のアポカリプス因子の情報源は、シオンだけだ。

 だが、それだけでは当然心許ないので、シオンのかつて属してた組織。『グノーシス』なる組織に、管理局も情報開示を迫ったのだが、結果は拒否であった。

 どうも交渉に当たった者がかなりのクセモノだったらしく、傲慢にも『命令』と言う形で情報や『グノーシス』の魔法技術。はては所有ロストロギア――ここで言うロストロギアはあくまで管理局側からの視点であり、グノーシス側からしたら先祖代々から脈々と受け継がれた武装や霊装である――の接収まで強要したらしい。

 当然、受け入れられるはずもなく、目下両組織は対立と言う形になっている。

 クロノ・ハラオウンが珍しく頭を抱えて、はやてに愚痴るのも当然と言えた。

 両組織の橋掛けになりそうなシオンは、この問題に対して「知ったこっちゃない」と、言い放っている。

 まぁ自業自得の為、シオンの態度も解るのだが――ここに来て、そうも言ってられない事情が出て来た。感染者の異常発生である。

 

「……そういやさ、ヴィヴィオに今日は会いに行かねぇのか?」

「う……」

 

 痛い所を突かれ、なのはも唸る。

 ちょっと前までは、なのはもフェイトも、オフの時間はヴィヴィオに会いにアースラの転送システムによる個人転送で戻っていたのだが、最近戻るに戻れなくなっている。

 預かってくれているユーノもそうだが、何よりヴィヴィオが可哀相であった。

 

「今日はちょっと無理だからまた今度、になるかな……?」

「……ヴィヴィオがしっかりしてるのは解るけど。私が言うのも何だけどよ、あんまり良い事じゃねぇんじゃねぇか?」

 

 ヴィータの言葉になのはもうなだれる。解っているのだ。なのはもかつての幼少時、一人ぼっちだった時があるから。何とかしたいとは思うのだが――。

 

「ま。今は状況が状況だ。仕方ないんだろうけど、時間が出来たらちゃんと会いに行ってやれよ?」

「……うん、ありがとう、ヴィータちゃん」

「……おう。それといい加減休もうぜ。ちゃんと休んでないと明日持たないぞ」

 

 「うん」となのはは頷き、コンソールを操作して表示されたウィンドウを閉じる。そして、なのはに背を向け続け――しかし、待ってくれている同僚にして、親友に、言葉を掛けた。

 

「本当に、ありがとう」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 翌日、アースラ艦内に警報が鳴り響いた。感染者発見の警報だ。

 次いで、艦内に管制のシャーリーからアナウンスの声が響く。

 

《各前線メンバー及び、セイヴァーはブリーフィングルームに移動して下さい》

「……前線メンバー全員?」

 

 そのアナウンスに、シオンが疑問の声を上げる。

 アースラで前線メンバー全員を集める事は滅多に――と言うより、一番最初の感染者が複数発生した時だけだ。

 

「どうしたんだろ?」

 

 報告書を作成するために、一緒に居たスバルとティアナも、また疑問符を浮かべていた。だが、呼び出しは呼び出しである。ティアナは、ディスク上に展開したウィンドゥを消した。

 

「とりあえず行ってみましょ」

 

 ティアナに頷き、スバルとシオンも立ち上がる。

 何やら嫌な予感がする――シオンの直感は、そう告げていた。

 

「……また、複数発生とかじゃねぇだろうな?」

「流石にあれ以来もう無いし、それは無いと思うけど」

 

 スバルは苦笑して否定する。思い出すのは、最初の出動だ。あの時の第二段階感染者戦被害は、かなり大きな物だった。人的被害こそなかったが、あの死んだ森は未だ、白い死のまま取り残されている。

 

「わかんないけど、嫌な予感だけはするわね……」

 

 現実主義であるティアナも、また二人と同意のようだ。全員集合”させねば”ならない事態と見ていいのだろう。シオンも頷く。

 

「ま、着いたら解んだろ。さっさと行こうぜ」

 

 そう言いながら、ブリーフィングルームに三人は向かう。――結果として、感染者の複数発生と、言う事ではなかった。

 ”それ以上”の事態が今、進んでいたのである。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「皆、集まったな?」

 

 ブリーフィングルームに、前線メンバーと各管制官が集まったのを確認して、はやてが確認する。

 シオン達もそれぞれ頷き、自分達の席に着席した。

 

「それじゃあシャーリー、皆にデータを」

 

 はやての言葉にシャーリーが応えて、前線メンバー全員の前にウィンドウが展開した。それを見た一同が、首を傾げる。

 第37管理外世界。無人世界の一つだ。その世界は巨大生物が闊歩する世界である。

 

「一体……?」

 

 データを見たシオンも不思議そうに首を傾げる。

 データに印された感染者は一体。しかし、その感染者を中心として、円状に黄色い線囲み、他の地域と区切られている。

 それを見てしばらく訝しんでいた前線メンバーだが、その意味に気付くと顔を蒼白にさせた。

 

「これ……もしかして!?」

「そう、そのもしかしてや」

 

 叫ぶシオンの声を、はやてが静かに肯定する。シオンは茫然して、その意味を呟いた。

 

「第二、段階……!」

 

 無機物にすら感染し、星をも飲み込む巨大感染者。その存在が再び、現れたのだ。

 

「……今回は報告が遅れた訳でもない。ましてや周辺管理内世界の駐留隊員達はよくやってくれた。……けど、間に合わんかったんや」

 

 局員が駆け付けた時、既に感染者は第二段階になっていた。前回の件で、それが第二段階であると悟った局員達は、即座に強装結界を張ったらしい。

 合格と言える対応である。だが、感染者は結界を破壊に掛かったのだ。

 今、結界の境界線では局員と感染した大地から生み出された触手とで戦闘中である。

 だが感染者本体及び、その核を破壊しない限り、無限の再生力を持つ第二段階の感染者相手では旗色が悪く。局員は次第に追い詰められつつある――と言う状況だった。

 

「今の段階やと、はっきり言って結界の維持で手一杯や。そこでシオン君の意見も聞きたい。どういう作戦でいったらええと思う?」

 

 はやてに問われ、シオンは難しい顔で悩み出した。第二段階相手なら、まずその防御を砕く必要がある。そして核を露出させ、破壊せねばならない。ならば――。

 

「……まず、前回のように結界維持組が要りますね。対感染者本体組と二手に分かれて行動したほうがいいと思います」

「ふむ……」

 

 その後は言わずもがな、だ。そのチーム分けをはやては考える。

 まず空戦可能、これが対感染者本体組の絶対条件だ。

 地面に足をつけたら、喰われて感染者の出来上がりである。それだけは駄目であった。続いて火力。なのは、フェイトクラスの火力が欲しい所である。そして、スピード。結界に入って、その結界内全ての大地となった感染者を相手どらなければならない。その攻撃を躱せる程度の速度は必須だろう。

 

「……うん、ならこんなチーム分けはどうやろ?」

 

 

 結界守護チーム。

 スターズ3、4。

 ライトニング3、4。

 N2R少隊。

 アーチャー。

 

 感染者本体撃破チーム。

 スターズ1、2。

 ライトニング1、2。

 セイヴァー。

 ブルー

 レッド。

 

 

「今回シグナムとヴィータには、それぞれアギト、リインとユニゾンしてもらう。尚、なのは隊長とフェイト隊長はそれぞれファイナルリミットブレイク禁止や。……それとシオン君も、精霊融合は”最悪の状況”になるまで禁止。いいな?」

「はやてちゃん……」

 

 はやての命令になのはが弱々しく呟く。今、はやてが禁じたのはなのはのブラスターモードと、フェイトの真・ソニックフォームだったのだ。

 だがシオンの精霊融合、これは限定的な禁止であった。その反動は無視出来るものではない――が、必要とあるならば、使用出来るのだ。故に、最終手段として使ってもらう、とはやては言っているのである。

 それは、本当に最悪の事態の場合、シオンの精霊融合に賭けるしかない、と言う事だった。

 

「……ごめんな、シオン君」

「謝んなくて大丈夫です。俺としても、初っからそのつもりです」

 

 はやての謝罪にシオンが笑いながら言う。シオンにとってみれば寧ろ禁じられるほうが辛い。

 

「……うん、なら言い換えよ。ありがとな、シオン君」

「それなら、どういたしまして、と返します」

 

 はやての礼にシオンも笑いを返す。場が少しだけ明るくなった感じがした。そして、はやては頷く。

 

「よし、ほんなら皆、行こう!」

『『了解!』』

 

 掛け声に皆、元気よく返事を返す。

 今回は最初っからの第二段階の感染者。突発的ではない、実質最初の第二段階感染者攻略作戦が始まる――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 管理外第37世界。その一画で、第二段階に至った感染者を封じ込めた強装結界。

 その境界線で、時空管理局武装隊と、感染者が作りだした触手が激しい戦闘をくり広げていた。

 結界の内部にいる隊員――空戦魔導師が、触手に射砲撃を放つ。

 

    −閃−

 

    −撃−

 

 光砲と光弾は真っ直ぐに触手に叩き込まれ、その先端が吹き飛んだ。

 しかしその端から瞬時に再生し、射砲撃を放った魔導師にするりと巻き付いた。

 

「く……っ!」

 

 巻き付いた触手から黒い点がこぼれる。それを見た魔導師から血の気が引いた。これが全身を覆いつくした時、自分はアポカリプス因子に感染される――それは、死を意味するものであったから。触手から溢れ出す因子が、魔導師を包んでいく。

 

「助け……!?」

 

 魔導師は、助けを呼ぼうとする――が、その瞬間に絶句した。

 自分と共にいた同僚も、また触手に捕縛されていたから。

 

 ……万事窮す、か。だが感染者などにはならない! せめて人として……!

 

 思うなり、杖型のデバイスの先端に光が膨らんだ。

 その魔法は砲撃魔法。さらにバリアジャケットを一部解除し、デバイスを逆手に握って自分の身体にあてがう。その部分は心臓だった。後は、放つのみ。

 

 これで――!

 

 砲撃を放とうとした――その瞬間。叫び声が、響き渡った。

 

「駄目――――っ!」

 

「な……!?」

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 同時、一直線に疾る青の光砲が、自分達を拘束していた触手を破砕した。助かったのかと、呆気に取られたまま、魔導師達は砲撃が来た方向へ視線を向ける。

 

「あれは……」

 

 呆然と呟く。そこに見たのは、空を走る光の道。魔力光は、鮮やかな青と紫であった。

 スバルとギンガである。二人はウィングロードを伸ばして縦横無尽に疾りながら、触手へと次々に攻撃を仕掛ける。

 辺りの触手は、全てなす術なく消えていった。

 

「アースラの連中か……間に合った、か」

 

 ようやく状況を理解し、助かった事もあって安堵の息を吐く魔導師達。そんな彼らに、スバルが大声で叫んだ。

 

「独立航行部隊、アースラ前線メンバー。ナカジマ一等陸士です! 大丈夫でしたか?」

 

 心配そうに言ってくれる。それに苦笑しながらも、魔導師達は揃って手を上げて返礼とした。

 

「よかった……。ここから先はアースラ隊が受け持ちます。貴方達は後退を!」

 

 そう叫ぶと、スバルは新たに生えた触手に向かって走る。それを魔導師達は黙って見送り――。

 

「……後退を、か。だが、女の子だけに戦わせちゃあ男が廃るな」

 

 そう言って、仲間達を見た。彼らもまた頷いてくれる。

 

「よし、これより第705武装隊はアースラチームを援護する! 結界護衛班、気を抜くなよ! 行くぞ!」

 

 応、応、と頷きの叫び声が上がり、そして先行するスバルとギンガを追うように、空戦魔導師達は空を駆けていった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 そして、感染者本体撃破チーム。彼らが見る先に居る感染者本体は、イカのような形をしていた。

 と、言うよりもイカをまるごと串に刺しているような感じか。なんせ、イカの足の部分から一本、地面に向かって柱が突き刺さっている状態――と言えば分かって貰えるだろうか?

 ともあれ、シオンはそんな感染者を見て、当分イカは食えねぇな、と思う。

 なんせ三十メートル台のイカだ。

 考えても見て欲しい。もし三十メートルもあるイカが目の前に居たら、どう思うかと。

 はっきり言おう。凄まじく気持ち悪かった。

 ふと周りを見ると、やはりと言うべきか女性陣――詰まる所シオン以外だが、全員何となしに腰が引けていた。

 ……シオンは小さくため息を吐き、イカの形状をした感染者に目を戻す。……即座に後悔した。

 

「ROOOooo!」

 

 感染者が叫び声を上げると共に、その”全身”から、足がビチャビチャと生えて来た所を目撃したから。

 ……訂正しよう。当分、イカを見るのも嫌になった。

 シオン自身でここまで引くのだ。当然と言うべきか、女性陣が一斉にきっかり2メートル下がっている。

 つまりは、自分だけ取り残されていた。それを見て、シオンはジト目で言ってやる。

 

「さっきの威勢の良さは何処に行ったんですか……」

「えっと、でも、ね? アレは無いって思うの……」

 

 なのはが珍しく涙を目に浮かべて、感染者の名を借りたイカもどきを指差す。フェイトも、なのはに同意とばかりに首を激しく縦に動かしていた。……気持ちは、分からなくもない。

 

「て言うか、ヴィータ副隊長はともかく。シグナム副隊長? なんでそこまで下がってんだアンタ」

「…………いや、ああいった手合いに、ちょっと嫌な思い出が、な」

 

 なのは達よりさらに1メートル程後ろに下がったシグナムが引き攣った顔で弁明する。

 思い出すは、まだ闇の書の守護騎士だったころ。

 はやての為に蒐集を行っていた時の事である。

 砂竜に不意を突かれて触手で全身グルグル巻きにされた事が、彼女にはあった。

 あれのおかげで、不名誉な仇名で呼ばれたりした事もある。

 察しの良い方ならば理解してもらえると確信しているので、あえて説明はしないが。

 

「……てかこいつ、わざとじゃねぇだろうな」

「ROooo――――――!」

 

 見事にこちらの士気をくじいてくれたものである。正直、帰りたい気分でいっぱいであった。

 

《皆、気持ちはよ〜〜く解るけど……勘弁してや……》

 

 そんな一同を見かねてか、はやてから通信が入った。

 それはそうだろう。折角残りのメンバーと武装隊達で結界を守ってくれているのに。自分達が引いていては申し訳がなさすぎる。

 

「……ですね。ほら、皆さん」

「うん……ゴメン。じゃあ、皆、作戦通りの位置に!」

 

 シオンに促されて、ようやくやる気になったのか、なのはの指示に従い、それぞれのポジションに向かう。

 イカもど(感染者と呼ぶには何かプライドが許さなかった)は、何故か攻撃をしてこない。それを怪訝に思うが、訝しんでも仕方ない。

 

《……よし、皆、ポジションオッケーやな? 作戦開始!》

 

 はやての号令と同時に、ヴィータとシグナムから『ユニゾン・イン』と声が響く。

 同時にフェイトからプラズマランサーが十五発。なのはからアクセルシューターが二十発、イカもど目掛けて飛んだ。

 

    −煌−

 

    −撃!−

 

 イカもどの表面で爆光が閃き、その表面が削られる。しかし、即座に持ち前の再生力を発揮しようとした――だが、それを二人の騎士は許さない!

 

「うぉぉ――――!」

 

    −撃!−

 

 初手はヴィータ。ギガントシュラークが、イカもどにまともに叩きつけられた。

 だが、そこは軟体生物。叩きつけられた衝撃を見事に受け流してしまった。しかし、これで解った事がある。

 軟らかい、と言う事はつまるところ甲殻を持たないと言う事だ。則ち、炎の将、シグナムの面目躍如である。

 

「レヴァンティン!」

【エクス・プロージョン!】

【炎熱加速!】

 

 シグナム、レヴァンティン、アギトの声が重なる。同時、シュランゲフォルム――連結刃が伸び、炎が一気に走った。それは、イカもどを即座に囲み、全周囲から殺到する!

 

「【火竜、乱閃!】」

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

    −斬!−

 

 炎を纏う連結刃は、イカもどに巻き付き、一瞬で全身を引き裂いた。さらに、止めとばかりに爆発が起こる。

 

「G、GAaaaaaa――――――!」

 

 イカもどが悲鳴を挙げる。そして、更なる追撃がその苦痛をさらに引きずり出した。

 

「イクス、ブレイズフォーム」

【トランスファー】

 

 イカもどの直上、ブレイズフォームになったシオンが、そこで二振りのイクスを振るう。放たれるは、更なる乱撃!

 

「神覇弐ノ太刀、剣牙連牙ァ!」

【フルドライブ!】

 

    −閃−

 

    −裂−

 

 それは、幾十もの魔力斬撃となって、イカもどへ襲い掛かった。

 伸び行く斬閃は、イカもどをさらに細切れにする。

 再生する暇も貰えず、イカもどは悲鳴を挙げようとして――それすらも許され無かった。

 最後に用意されていたのは、今までとは比較にならない桃色と金色の光。

 イクシードモードのなのはと、ザンバーとなったバルデッシュを構えるフェイトが、挟み込むような位置で最大級規模の殲滅攻撃を行おうとしていたのである。そして――。

 

「エクセリオン! バスタ――――――!」

「ジェット、ザンバ――――――――!」

 

    −轟!−

 

    −煌!−

 

    −滅!−

 

 問答無用に叩きつけられるは、殲滅級の双撃! イカもどは、悲鳴すらも飲み込まれ、その体躯の全てを失った。

 

「コアは任せろ、アイゼン!」

【了解! エクスプロージョン! ツェアシュテールングスフォルム!】

 

 ヴィータが叫ぶと同時、ギガントフォルムのグラーフアイゼンから、ドリルと噴射機が迫り出した。

 第二段階の感染者相手に必要なのは、再生させずに一気に倒す事である。つまり、大威力の連続攻撃でコアを即座に露出させ、潰す。これが正しい戦術であった。

 その点で言えば、はやてが立てた作戦はまさしく正しく合格だったろう。

 

 そこに、イレギュラーさえなければ。

 

 なのはとフェイトが放った殲滅攻撃の余波が消える――しかし、そこにはコアは無かった。

 

《!? どういう事や!》

「コアが……無い……?」

 

 そこにあるのはただ空っぽの空間だけ、他には何も無い。もしや、コアもついでに消し去ったのか。

 そう思いつつ、しかしシオンは嫌な予感を覚えていた。

 先程、イカもどからは一切の攻撃が無かった。冷静になって考えれば、有り得ない事である。なら、それはどう言う事か。――その答えは、地面から出てきた。

 イカもどの触手がいきなり地面から出現し、1番上空にいたシオン以外を瞬時に絡めとる!

 

「な……!」

「え……!?」

「なんだよ! これ!?」

「く……!」

 

 更にシオンも拘束しようと触手が迫るが、不意を打たれずに済んだシオンは、イクスで斬り飛ばして難を逃れた。しかし、隊長陣は全員拘束されてしまっている。

 

「皆さん!」

 

 シオンは助けようと、なのは達に近付くが、触手が次々に現れシオンを近付けさせない。

 そして、地面から先程消えたばかりのイカもどの本体が出てきた。そこでシオンは気付いた。先程のイカもどが何だったのかを。あれは。

 

「擬似餌か!」

「んぅ……!」

「ふぅ……!」

「ぐっ……!」

「つっ……!」

 

 擬似餌――つまりは、己を模した囮。まんまと自分達はそれに引っかかってしまったのだ。してやられて、悔し気にシオンは歯噛みする。

 

 そして、四人が苦しそうに呻いた。最悪な事に、触手からは黒い点が零れ始めている。アポカリプス因子!

 

「最悪、だ……!」

 

 残る手立てはあと一つだ。精霊融合しか無い。しかし――

 

《……シオン君》

「……解ってます。解ってますよ! くそったれ……っ!》

 

 はやての呼び掛けに、シオンが苛立たしげに答えた。今、戦えるのはシオン一人しかいない。

 この状況では、精霊融合も許可されなかった。もし、制限時間までにイカもどを倒せなかったら――五人の感染者の出来上がりである。

 そして、このイカもどは制限時間内に倒せるか? 確かめて見るには、あまりにも分の悪い賭けだった。

 

 ――どうすりゃいい!

 

 いっそ使ってしまうか――そんな危険な誘惑に耐えながら、シオンは触手を回避し、斬り断ちながら、なんとか隊長陣の元に向かう。……駄目だった。あまりにも、触手が多すぎる!

 こんな時に砲撃が使えれば。無いものねだりと分かっていても、シオンは思わざるを得ない。自分には、砲撃系のスキルは無いのだ。

 故に、この状況ではコアの露出も出来ない。

 

 俺は、この期に及んで無力かよ……!

 

 自問自答し、ほぞを強く噛む。接近戦に特化し過ぎたスタイルがここまで仇になるとは。

 

 もし、自分があの人のようだったら、こんな状況はすぐに打破出来るのに。

 脳裏に浮かぶのは、一人の男だった。その男は槍を持ち、ありとあらゆる場面で危機と、危難をぶち貫いていた。

 

 あの力が欲しい……!

 

 願う、強く、強く。だが、その願いは届かない。奇跡は起きない。

 斬り飛ばした触手は八十を超す。しかし、再生した触手が更にシオンを襲う。四人への感染はそれぞれ、バリアジャケットと、プロテクションで何とか堪えているが、あれでは時間の問題だ。

 

 どうしたらいい? どうしたら……!?

 

 シオンの内なる問いに、しかし答える者は居なかった。刻々と、四人に因子は侵食していく――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「スターズ1、2。ライトニング1、2。未だ拘束!」

「セイヴァー、なんとか堪えていますけど、このままじゃあ……!」

 

 矢継ぎ早に飛ぶ管制二人の声に、はやてもまた顔をしかめる。感染者にしてやられた……! まさか、擬似餌なんて使ってくるとは。

 

 そんな知性ないって決めてかかったんがまずかった……!

 

 はやての胸を占めるのは過ぎた後悔。しかしそれを、はやては頭を一振りし追い出した。

 

 後悔なんて、後でも出来る! 今やる事は一つや!

 

「……グリフィス君」

「行かれますか? 艦長」

 

 こちらが最後まで言う前に、グリフィスからそう言われる。はやては、すぐに頷き返した。

 現状、他の前線メンバーを送る事は出来ない。しかし、隊長陣を感染者なぞにするつもりはない。なら、この選択肢以外に選択は無かった。八神はやて、自らの出陣だ。

 そこまで読み切った副官に、彼女は信頼の笑みを浮かべる。

 

「今からアースラの指揮権をグリフィス君に委譲。私はあの状況を止めてくる!」

「了解。艦長、お気を付けて」

 

 それはグリフィスの心からの言葉。はやても、しっかりと頷き、席を立とうとして。

 

「よし、それじゃあ――」

「――え? 何、この反応?」

 

 しかし次の瞬間、シャーリーから訝しむような声が届いた。

 何があったのかと、はやてとグリフィスは、そちらのモニターに視線を移す。

 

 ――そこには、見知らぬ一人の男が、唐突に現れていた。

 

「……オーバー、S? 違う……! 何、この反応? 何なの!?」

「シャーリー! 落ち着いて、何があったんや?」

「艦長、これを見て下さい……!」

 

 震えながら、シャーリーは呼び出したデータをはやての元に送る。そこには、とんでも無いものが表示されていた。

 

 出現魔力:測定不能、規格外。

 

「これ、は………?」

 

 何だ、これは? 流石にはやてもまた呆然とする。曲がりなりにも、アースラは最新鋭の次元航行艦である。その魔力測定器が、”魔力量を測定しきれない?”

 一瞬測定器の故障かと思うが、そんな筈は無い。現に、その場の皆の魔力は正しく表示されている。だとするならば、あの男は一体何なのか!?

 

《あぁぁぁっ! テメェェェェェェ――――――――――!?》

「っ! シオン君!?》

 

 唐突に通信越しから叫び声が響く。そのあまりの音量に――そこに込められた怒りに、はやては身をすくませた。

 それはシオン。彼は怒りに我を忘れて、魔力を激しく吹き出していたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 それはいきなりだった。

 イカもどが急に動きを停め、同時に、シオンも回避行動を止めて、一点を見たまま呆然としている。これは……?

 

 一体、何が? っ………!?

 

    −軋−

 

 唐突に、それは起きる。

 なのはは、フェイトは、ヴィータは、シグナムは、生まれて初めて、”気配”だけで空間が軋む音を聞いた。

 濃厚過ぎる気配。もはや一種の物理現象とまで化したそれ。そんな途方も無いものが、空間に軋みを上げさせていたのである。

 なのははそれを、まるで巨大な怪物の胃袋に入った気分と感じた。あまりの重圧。空が、低い……!

 

 そして、その気配の主も、また唐突に現れた。

 

 全く何の脈絡無く、漆黒の男が現れたのだ。

 バリアジャケットなのか、全身黒。半袖だが左右非対象、右の袖は肩口まで、左の肩口は長く、肘まである。

 下は、ふっくらとした黒いズボン。頭は右半分の顔を覆い隠すようなフードだ。

 故に、左の顔が現れているのだが、それもフードの前部分のせいでよく見えない。そして、両の拳のグローブ――特に右手が異質だった。まるで鍵を思わせるような拘束具が手の甲を覆っている。その右手に描かれるは――。

 

 

     666!

 

 

 ……っ、あれ、が!?

 

 確信した。あの男こそが、シオンの探していた人物。

 予言にありし、666の獣――つまりは。

 

 ナンバー・オブ・ザ・ビースト!

 

 666が、シオンの方を向く。

 なのは達からは背中しか見えない。だから、シオンが何を見たのかも解らなかった。だが次の瞬間、シオンは吠えた。

 

「……あ、あ、ああ、あぁぁぁぁぁ! テメェェェェェェ――――――――!?」

 

 叫ぶと同時に、魔力が激しく吹き出す! それは、まるで柱のように天に衝き建った。しかし、666はそれを見ない。彼が行った行動は唯一つ、足を三十センチ上げ、それを下ろした――それだけ。しかし、それだけで変化は起きる!

 

    −軋!−

 

 −軋・軋・軋・軋・軋・軋−

 

    −破!−

 

 空間が軋みを上げる。

 世界が震える。

 イカもどもに、衝撃が走る!

 それは666を中心として波のように広がり、イカもどに伝播。触れた触手が千切れ、細切れになる!

 まるで連鎖のように、全ての触手が消し飛ばされていく。

 四人を拘束していた触手も、また消えた。

 暫くすると、イカもどの触手は全て消えている。

 あまりの出来事に一同、何も出来ない。声を出す事すらもだ。

 

 だが一人、シオンだけは違った。666の元へ一気に疾駆し、襲い掛かる。だが、一撃はあっさり躱され、次の瞬間には666は遥か上空に居た。瞬動。しかし、それはシオンとは遥かに技量の違う代物であった。

 

「待てよ……! 逃げんなっ! 逃げんなよ!」

 

 シオンが叫ぶ。しかし、666は全く構わない。その場で八角の魔法陣を展開した。次元転移か何かか、この場から消えようとしていた。このままでは逃げられる――。

 

 ふざけんな……! ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな……っ!

 

 シオンの頭を過ぎるのはあの背中。

 護りたかった、共に並び立ちたかった、あの背中。

 今、その背中は”また”消えようとしている。

 

 ――許せなかった、あの男が。

 

 ――憎かった、あの男が。

 

 ……憧れた、あの男”に”。

 

 ――届け……。

 

 ノーマルフォームに戻ったイクスの先端を、666の背中に向ける。

 シオンは砲撃を持たない。故に、届く一撃を持たない。しかし、シオンはそれでも思う。願う。祈る。

 頭を過ぎるのは鎖。心の中に、何故かある一振りの刀。それを封印するかのように巻き付いた鎖!

 

 ――邪魔だ!

 

 理解する。この鎖は自分を封じるものだと。ならば引き千切ればいい。

 頭に思い浮かぶは一人の男。カバラ式でありながら、遠距離の相手すらぶち貫いた。槍の使い手。

 軋む――そして、鎖は音をたてて千切れた。

 

【――ウィズダムフォーム。モード、リリース】

 

 イクスから声が零れる。

 それは、自らの新たな到達。新たな力。シオンは迷いなく、それを引きずり出す!

 

「イクス! モードセレクト、ウィズダム!」

【トランスファー!】

 

 そして、シオンはイクス共に光に包まれた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シオン……君……?」

 

 なのはが呆然と呟く。シオンは今、その姿を大きく変えていたから。

 纏うバリアジャケットは青。そして、半袖半ズボンだった服は長袖長ズボンになっている。

 背に広がるは幾何学模様の2対4枚の剣翼。

 そして、最大の相違点。右手に持ちし”突撃槍(ランス)”。

 その槍は突撃槍としては小さめだ。どちらかと言えば短槍のイメージがある。これが、シオンの新しい戦技変換形態、ウィズダムフォームなのか。

 驚きに呆然とした一同に構わず、シオンはイクスを666へと向けた――吠える。

 

「届け……」

 

 吠える。

 

「届け……!」

 

 吠える!

 

「届けぇ!」

 

    −轟!−

 

 そして、突撃槍は弾けた。”内側”から。

 

「な……っ!?」

 

 最初からそういう代物だったのか、刃のパーツが分解し、展開していた。先端がロケットの如く突き進む!

 魔力内蔵型の突撃槍。それが、ウィズダムフォームにおけるイクスの姿だった。

 穂先は真っ直ぐに666へと走る――が、届く前に、666はその姿を消してしまった。次元転移だ。

 

「ちぃっ!」

 

 舌打ちし、展開したイクスを元に戻す。そして、そのまま666を追おうとした。逃がすものか――!

 

「シオン君!」

 

 しかし、その瞬間に触手がシオンへと殺到した。

 いつの間に復活したのか、イカもどが四人とシオンを再び襲う。

 だが、シオンはそれを構えもせず受け止めた。プロテクション。しかし、その強度は凄まじいの一言に尽きた。あるいは、なのはのソレに匹敵する。

 

「……邪魔だよ」

 

 邪魔されたシオンは、殺気だった目でイカもどを睨み、親指を噛んで皮膚を噛みちぎった。血が溢れる。これは、精霊召喚の前準備!

 それに気付いて、はやてが通信から制止する。

 

《シオン君、あかん!》

 

 しかし、シオンは聞かない。全く無視し、精霊召喚に没頭する。今、自分の頭に浮かぶは新しいスキルだった。精霊融合とは違う、新たな力。

 

 ……試させてもらうぜ?

 

 眼下のイカもどを睥睨するシオン。その目は、死刑執行者のそれであった。

 

「契約の元。我が名、我が血を持って。今、汝の顕現を求めん。汝、世界をたゆたう者。汝、世界に遍く意思を広げる者。汝、常に我と共に在る隣人」

 

 唱える。そしてシオンの足元から、魔法陣が広がった。セフィロトの樹だ。そこから、魔力粒子が溢れ出る。

 

「今、此処に汝を召喚する。汝が枝属は水。汝が柱名はウンディーネ」

 

 シオン自身、この精霊を呼ぶ事は滅多にない。しかし、今頭に浮かぶ二つの四神奥義。その一つを使うには、この精霊が相応しい!

 

「来たれ。汝、水の精霊。ウンディーネ!」

 

 そして、それは現れた。水で構成された人魚。水の精霊、ウンディーネが。その姿は、あまりに美しかった。はやてが再び制止を掛ける。

 

《シオン君!》

「イクスぅ!」

【イクスカリバー。全兵装(フル・バレル)、全開放(フル・オープン)、超過駆動(フル・ドライブ)、開始(スタート)】

 

 シオンは完全に無視した。イクスに命じ、刃を展開させる。しかし、そこからが違った。精霊が吸い込まれる先は――イクス!

 

《な!?》

「え……!?」

 

 はやてとなのはが、揃って驚きの声を上げる。やはりシオンは構わない――そして、叫んだ。新たな、自らの力を。

 

「精霊、装填!」

【スピリット・ローディング!】

 

 精霊装填。融合ではなく、イクスに精霊を装填する事により、たった一発のみ――だが”必殺”の一撃を放つスキルである。

 融合程の反動がなく、またヒトを越えると言う意味すら無い。

 それは言わば、兵器としてのスキルであった。

 スキルランク:SSS+ランクスキル。

 シオンは今、それを開放する――。

 

「神覇八ノ太刀、奥義――玄武!」

【フルインパクト!】

 

    −壁!−

 

 突撃槍が展開し、イカもどの大地と繋がっている柱の部分に突き刺さる。

 そこから、まるで亀の甲羅を思わせる魔法陣が走った。それは分解して四人に、そしてシオンの前に展開する。

 

「これ……っ!?」

 

    −戟!−

 

 呟くなのはに触手が襲い掛かる――が、甲羅がそれを許さない。襲い掛かる触手を次々に弾いていく。完全に防ぎきっていた。

 

「すごい……」

 

 フェイトもまた呟く。この甲羅、どれほど硬いのか叩きつけられる触手にビクともしない。

 

「無駄だ。お前にそれは貫けない」

 

    −縛−

 

 言いながらシオンがイクスを振るうと、残る甲羅から蛇のような光が次々と現れ、イカもどに巻き付き、拘束してしまった。イカもどは暴れるが、拘束は完全にその動きを封じてみせる。

 神覇八ノ太刀、玄武。絶対防御、並びに絶対拘束能力を持つ技だ。

 いくら第二段階の感染者であろうと、この技には抗えない。そして、シオンはまだ止まらなかった。

 

「今、此処に汝を召喚する。汝が枝属は雷。汝が柱名はヴォルト。来たれ。汝、雷の精霊。ヴォルト!」

 

 シオンは新たにヴォルトを召喚し、ウンディーネを装填解除、新たに装填し直す。そうしながら、彼はイカもどに嘲笑を向けた。

 

「……死ぬ準備はできたか? イカもどき」

「シオン……?」

 

 その台詞を聞き咎めたか、シグナムが信じられないものを見るような目でシオンを見る。

 しかし、シオンは取り合わなかった。その目はただひたすらに冷徹である。そして、シオンは二つ目の奥義を開陳する!!

 

「引き裂き、喰らい尽くせ! 神覇九ノ太刀――青龍ぅ!」

【フルドライブ! フルバースト!】

 

    −煌−

 

 叫び、掲げるイクスが展開し、内蔵された魔力が龍と化す。それは龍の化身(アヴァター)であった。

 雷龍の化身を生み出し、砲撃とする技――それこそが、神覇九ノ太刀、青龍であったか。今、ここに暴れ狂う龍が、シオンの手により生まれ落ちた。

 

「ブチ、貫けぇぇぇぇ――――!」

【ゴーアヘッド!】

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 龍の化身――雷龍が、イカもどに突っ込む! 一撃はそのまま貫通し、しかし、そこで収まらない。そのまま首を擡げ、イカもどを喰らい始めた。

 

「シオン……君……!?」

 

 なのはも、フェイトも、ヴィータも、シグナムも、信じられない目でシオンを見る。

 これは、誰だ? 自分達が知るシオンとこのシオンは、遥かに掛け離れていた。暴虐に笑い。叫ぶ。

 

「ハ――ハ、ハハハハハハハ! 喰らえ、引き裂け!」

 

 喰らう、喰らう喰らう!

 それはもはや戦いではなく、一方的な殺戮であった。

 やがて、イカもどの体内から雷龍がコアを喰らったまま出てくる。シオンはそれを見て、左手を掲げた。五指をゆっくりと閉じていく――。

 

「……喰い殺す……!」

 

 すると、雷龍の顎はその動きに連動しているのか、噛む力が増加し、コアにヒビが入った。シオンの笑みがさらに凶悪さを増し、そして握り潰さんとした――瞬間。

 

「シオンっ!」

 

 声が、響いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シオン!」

 

 その叫びは、殺戮の処刑所にあって清廉に響く。

 それは、ウィングロードに乗って現れたスバルの声であった。その後ろには、前線メンバーの皆が居る。

 

「皆、どうして此処に……!?」

「シオン兄さんがおかしくなったって聞いて、スバルさんとギンガさん。ノーヴェさんのウィングロードでここに来たんです!」

 

 先のショックが抜け切っていないのか、震えた声で聞くフェイトに、エリオが答える。

 結界の境界線には、既に感染者は無く。シャーリーからシオンがおかしくなったと聞き、慌ててこっちに来たのか。

 

「シオン、駄目だよ……! そんなんで戦っちゃ駄目だよ!」

「俺……は……」

 

 スバルの声を聞いて、シオンはようやく我を取り戻したのか、呆然と彼女達を見る。攻撃命令が消えたからか、暴虐の雷龍が消えた。感染者のコアが落ちる――それをシグナムが両断して、コアは瞬く間に塵となった。これで漸く、感染者は完全に滅んだ。

 

「今……俺……なに、を……?」

「シオン?」

 

 シオンは自分の両手を目の前に持ってくる。その手は、震えていた。カタカタと、まるで子供のように。今の自分は何だった? まるで、”あの人のような――!”

 

「シオン……! シオン!」

「俺……は」

 

 スバルが再び叫ぶ。それと同時、シオンは糸が切れたように意識を失って、落ちていったのであった。

 

 

(第十一話に続く)

 

 

 




次回予告
「ついに現れた666(ナンバー・オブ・ザ・ビースト)」
「彼の存在の出現は、シオンに暗い影を落として行く」
「そして出向いた先は地球。そこに待っていたのは――」
「次回、第十一話『ナンバー・オブ・ザ・ビースト』」
「こんな筈じゃない結果にしない。そう、願っていた。願っていた筈なのに」

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