魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
第四十九話後編1です。
お待たせして申し訳ない(涙)
では、どぞー。
なのはに宣告が届く、数分前の軌道拘置所。そこで、すすり泣きが響く。
指を押さえてしくしく泣くのは当然と言うべきか、最近イジメられっ子にクラスチェンジしたクアットロであった。
「う、うぅ……」
「泣くな。指が反対向いたぐらいで」
「いや十分泣くだろ、それは」
やれやれと嘆息するタカトに、すかさずトーレがツッコミを裏手で入れるが、当然ながら彼に気にした様子は無い。ツッコミとクアットロに構わず、タカトは扉に視線を移した。
そこでは、未だに爆音――つまりは戦闘音が鳴り響いていた。心無しか、こちらに近付いているような気すらする。
普通なら、ここで次元転移を行う所だ。元より戦闘を行っていた所で関係無い。管理局局員を助ける義理も無ければ、襲撃者を助ける義理も無い。むしろこの期に乗じて、さっさと逃げ出すべきである。……その筈、だったのだが。
「……例によって次元封鎖か。鬱陶しい事だ」
忌ま忌まし気に嘆息しながら、そう言う。今、この軌道拘置所内は次元封鎖されていたのであった。なのはとナルガに逃げ込んだ時と同じ状況である。彼等がここに来た直後に次元封鎖を敷かれたのだ。自分が殊更幸運に見放されているのはいつもの事ではあるが。
……こうも毎度だといい加減飽き飽きだな。
タカトはそう思いながら嘆息した。やり方からすると、ストラの連中か。何にしても次元封鎖を解く必要がある。次元封鎖を直接破壊するのもありと言えばありなのだが、余波等を考えると、中の連中がどうなるか解ったものではない。なら、どうするのかと言うと。
「やはり、こうするのが一番か」
「ああ、やっぱりそうなるのですね……」
扉に近付くタカトを見て、ウーノが盛大にため息を吐いた。次元封鎖を破壊は却下、しかし次元封鎖を解かない限りは次元転移は出来ない。そうなると、残る手段は一つだけであった。つまりは襲撃して来たストラの連中を叩き潰す事。
−撃!−
ウーノの監獄内と同じように、しかし中から叩き込まれるタカトの蹴撃。それは、当然の如く扉を真ん中からへし折り盛大に空を舞って飛んで行った。タカトはそれを眺めながら、監獄から出て行く。
「貴様達はここに居ろ。武装も何も無い奴らが居た所で足手まといだ」
「……了解だ」
「はい」
ここに居る中でタカト以外で戦闘が出来る者。つまりは、トーレとセッテが頷く。彼女達も理解しているのだろう。現状では、自分達が戦える状態では無い事を。それを確認して、タカトは視線を元に戻し――その足が止まった。
「……? 伊織?」
「どうかしたのですか?」
突如として止まったタカトに、ウーノとトーレが怪訝そうな顔となり尋ねる。だが、それにタカトは答えなかった。変わりに、感情が失せた瞳で前を見る。
そこには、地獄が広がっていた。
世にそれを、屍山血河と呼ぶ。目の前の光景は、そう呼ぶのに何ら違和感が無かった。おそらくは、管理局局員”だったのだろう”死体が山とそこかしこにある。彼等から流れる血が周囲に溢れ返っていた。
よくよく見ると殺害されているのは局員だけでは無い。おそらく、ここに拘留されていたとおぼしき者達も例外なく殺されていた。
その光景に、タカトはふと自分が懐かしい気分になっている事を自覚する。この光景には、覚えがあった。
彼が、ずっと居た所――地獄。あそこもまた、こんな場所であった。
違うのは、あそこは人、化け物、問わずに死体があったのに比べ、こちらは人間の死体しか無いくらい。周りが死に包まれていると言う点については何ら変わりが無い。
だからか、タカトは全く躊躇せずに前に歩き出した。ちゃぷっと流れる血で出来た水溜まりを踏み超える。当然、足が血で汚れるが一切構わない。そのまま数歩、前へと進み――直後。
−轟!−
空気が渦を巻いてうねりを上げた。それは衝撃波と化し辺りを蹂躙する。
衝撃波は、空気をぶち貫いた事によって生じたものであった。つまりソニック・ブーム。
衝撃波は周りに散乱する死体を打ち、当然タカトにも襲い掛かる。だが、タカトは向かい来る衝撃波に対して拳の一打で応えて見せた。
−撃!−
渦を巻いた衝撃波が、一撃で潰される。周囲を蹂躙していた衝撃波も例外無く吹き飛ばされた。そうして、ようやく風が止むと、”彼等”が、そこに立っていた。
最初に目を引くのは、顔をすっぽり覆った仮面だろう。やたらと細長く白い仮面が、彼等の顔を隠している。唯一、口元のみ隠れてはいない。
その口は誰も彼もが嘲るような、不敵な笑みを浮かべている。そして下も、また特異なものだった。全身を覆うボディスーツ――タカトは知らない事だったが、それはかのナンバーズ達の、かつての装束にも似ていた。そして。
「なん、だと……?」
後ろから、声が来る。監獄の中に居る筈のトーレだ。彼女は大きく目を見開き、彼等の両手足を呆然と見つめていた。そこに展開している、虫の羽を思わせる光の刃を。
インパルス・ブレード。それは、彼女の固有武装ではなかったか?
それを、その場に居る全員、計六人の人間”全員が”展開していた。
それに、先のソニックブームを起こした現象もトーレには見覚えがある。と言うよりは、”身に覚え”があると言うべきか。それは、彼女のISで起きる現象であったから。
亜音速機動を可能とするIS、ライド・インパルス。今、それを全員が使って見せたのだ。トーレならず、彼女と共に居る元ナンバーズ全員が驚愕と混乱に陥る中、一人だけ全く動揺せずタカトだけは事態を把握していた。
第二世代戦闘機人。”量産型”の戦闘機人であるならば、同じようなスキルを有していた所で不思議でも何でも無い。つまり、彼等は。
「ツァラ・トゥ・ストラ。第二世代戦闘機人、特殊部隊『ドッペルシュナイデ』参上。――伊織タカト、我々と共に来て貰おうか」
そう彼等は名乗り、しかしタカトは相変わらずの無表情でそれを聞いていたのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ドッペルシュナイデ。それは、ドイツ語で双剣を意味する。何の意味があるかは分からない――分からない、が。彼等の言葉を決して聞き逃せないものが、タカトの背後に居た。元ナンバーズの面々である。彼女達は呆然と彼等が放った名乗りを自然と呟いていた。
「戦闘機人……? 第二世代、の!? なんだ、それは!」
トーレが叫ぶ。しかしタカトも含めてその場に居る者達は、叫びを容赦無く無視した。まるでいないかのようにトーレを黙殺して互いを見る。
……いや、正確には彼、タカトは、ドッペルシュナイデと名乗った彼等を見ていなかった。彼が見ていたのは、連中の一人が手に持つモノ。
身体中の至る所を無惨に切り裂かれ、片手と片足をちぎられた男。おそらくは管理局の局員か、若い青年。彼を見ていた。
死んではいない。いないが、若い命も長くは無いだろう。青年はただ辛うじて生きているだけであった。何より肺を貫かれているのが致命的である。空気を吸う度に、肺から空気が抜ける音が鳴っていた。しかも、呼吸の度に激痛が彼を襲っているのだろう。今にも死にそうな青年は、度々襲われる痛みに顔を歪めていた。
そんな青年をタカトは見続け。やがて視線に気付いたか、連中の一人がにたにたと笑いながら青年を床に投げ捨てた。
「何だぁ? へ、こいつがこんなに気になるのかよ? ったく、こんな玩具をよ?」
そんな事を言う男――男だろう。仮面を被っているが、声からすれば。何にしろ、彼はタカトの無表情ぶりに余裕とばかりに嘲笑い続けた。
タカトが死体と死にかけの青年に臆(おく)したとでも思ったか。だが、タカトはあくまでも彼を見ない。それに苛立ちを覚えたか、男は手を振り上げようとして――目の前に、突然タカトが現れた。
全く唐突に、一切の間も無く、彼が。それこそ後数センチ先、ぶつかりかね無い距離に現れたタカトに男は固まっていた。
男だけでは無い。ドッペルシュナイデの連中全員が固まっていた。何せ、見えなかった。いや、そもそも全く認識出来なかった。
まるでコマ落としのように、瞬間でタカトはそこに現れたのだから。そして、固まってしまった男をタカトはやはり無視。
その場に屈みこみ、死にかけた青年の肩に手を当てて――またもや唐突に姿が消える。直後、タカトは元居た位置に戻っていた。連中と、トーレ達が入っている監獄のちょうど中間。未だ固まる一同をさて置き、タカトは青年の容態を見た。
でも、出た結論は変わらない。遠からず、この青年は死ぬ……もう助からない。だからと言う訳でもあるまいが――彼は青年に呼び掛けた。たったの一言を。
「……遺言は、何かあるか?」
あるいは、それは酷く残酷な言葉であった。
お前は、もう助からない。そう宣告したも同じなのだから。
だが、タカトの言葉に青年は震える目で笑って見せた。
頷きながら、やはり震える手で懐から写真を取り出した――血で濡れた写真を。
そこには、一人の女性が写っている。姉か、妹か、あるいは恋人か、妻か。
どちらにせよ、この青年にとって心の拠り所となる女性であったのだろう。懐に写真を忍ばせるとは、そう言う意味だ。
青年は、タカトにそれを差し出す。彼は、青年を手伝わなかった。何故なら、それは青年の手でタカトに手渡さなければならないから。ついに差し出された写真を、彼は受け取る。そして、青年から小さく――ほんとに消えてしまいそうなほどに小さい声が零れた。タカトは、その言葉を確かに聞き届け、ゆっくりと頷く。
「……分かった。確実に伝える」
その言葉に安堵したのか、青年は満足そうに微笑む。すると気が抜けたのか、再び青年の顔が歪んだ。身体中を激痛が襲ったのだ。だが、青年の身体はまだ死を否定し続けている。必死に生きようと、生き足掻いていた。
でも、それは青年の苦痛を長引かせる事にしかならなくて。
そんな青年に、タカトの無表情が僅かに歪む。それは何かを迷っているような、そんなそぶりであった。……だが、そんな表情もすぐに止む。
タカトは青年を抱き起こしてやると、ぽつりと呟くようにして問いを放った。
「……止めが、欲しいか?」
そう、確かにタカトはそう聞いた。終わらせて欲しいかと。
青年はその言葉に、何かを言おうとして。でも、もう言葉すらも言えないのだろう。だから、青年はタカトに、微笑んで見せた。
「分かった」
すまんな、なのは。
心の中だけで、彼女に詫びる。
それに、自分を呼ぶ声が聞こえたのは気のせいか。
すっと手を胸に当てた。掌を介して魔力を心臓に送り込む。その魔力は、直接心臓を内部から穿ち――。
……約束を、破る。
――そして、青年の心臓は鼓動を止めた。
即死だった。青年の心臓を撃ち貫く事で痛みも苦しみも感じさせる事無く終わらせたのである。僅かほんの数秒。後、数分の命を数秒に縮ませただけ。だが、青年の顔には笑みが浮かんでいた。
そうして、タカトは青年の息の根を止めた。名も知らぬ青年の、命を。
――殺した。
それは、どんな理由があろうと変わりはない。タカトは、青年を殺したのだ。
かくして、ここに不殺の約束は破られる事になった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
せめて、心安らかに。
青年を楽にしたタカトは、まるで神に祈っているかのようであった。そうして、ゆっくりと身体を床に下ろしてやる。
「終わったかぁ、茶番はよ?」
軽薄な声が、空気を壊した。先ほどの男である。彼は、漸く動揺から立ち直ったのか、先と同じくタカトをにたにた笑いながら見ていた。
「人が殺しかけた奴をわざわざ殺すなんてよ? ご苦労な事だぜ」
タカトは動かない。振り向きもしない。ただ、青年から手を離して――。
「何にしても、さっきのようにはいかないぜ? 速さには自信があるようだけど、次は」
「黙れ」
−軋っ!−
――世界が、揺れる。
ゆっくりとタカトが立ち上がると、同時に凄まじい音を立てながら”世界”が軋みを上げた。
軋む――軋む、軋む、軋む、軋む軋む軋む軋む軋む軋む軋む軋む軋む!
タカトがただ一言呟いただけで世界が軋みを上げ、震える!
殺気。世界が軋みを上げる程のそれを叩き付けられ、男達は全身から一気に汗を吹き出した。
彼達だけでは無い。ウーノやトーレ、セッテ、クアットロも例外無く殺気に晒されて凍り付く。
動けば――存在を知られれば殺される! 比喩では無く、確実にそうなると、そこに居る誰もが確信した。やがて、タカトは振り返り――唐突に、軋みが止まった。
それだけでは無い。先程の殺気も消えている。誰も彼もが唐突に消えた殺気にぽかんとする中、唯一殺気を放っていた当人、タカトは、いつものようにそこに居た。全く変わらず、相変わらずの無表情で。
あまりにも先程のギャップとの違いに拍子抜けしてしまいそうになる。
そんなタカトの様子に、男は恐怖に固まってしまった事を恥と思ったのか、手を大きく広げて叫びを上げ始めた。
「は、ははっ! 大した殺気じゃねぇか。だがよぅ、俺もこの手で二百人殺した男だ! びびったりなんか――!」
「恥ずかしくないのか? そんな事を堂々と自慢して」
男の言葉を切って、タカトの問いが、叫んだ訳でも無いのに大きく響き渡った。あまりに唐突に告げられた問いに口をぱくぱくと開けたり閉めたりする男に構わずタカトは続きを告げてやる。
「恥ずかしくないのか? 自分の恥部をそうもあからさまに自慢して」
「な、にを言って――」
「勘違いしているようだが」
またもや男に何も言わせる事無く、タカトは言葉を放った。ゆっくりと、まるで子供に言い聞かせるようにタカトは男に――否、その場にいる全員に言ってやる。
「人殺しと言うのは、最悪の行為だ。断言してやる。人を殺そうと思う考えは史上最低の劣情だ。他人の死を望み、祈り、願い、念じる行為は、どうやっても救いようの無い悪意なのだから。そんな”恥”を堂々と自慢か? 笑わせる。よくそんな恥知らずにそこまで大きくなれたものだ」
「な、な、な……!」
男が声を漏らす。タカトはそんな男を鼻で嘲笑いながら、さらに続けた。まるで、自嘲するように。自分をこそ、嘲笑うかのように。
「分からんか? ならもっと分かりやすく言ってやろう。自慢行為と言うのは人間が取る行為の中で最も下劣だが、悪行の自慢なぞ、更に劣る。最悪の二乗だな。つまりだ」
口端がゆっくりと、ゆっくりと、まるで月の下弦のように、ナイフのように持ち上がる。そうして、タカトは最後の言葉を――”最も侮蔑する言葉”を男にぶつけた。
「”お前、生きていて恥ずかしくないのか?”」
「ぶち殺すっ!」
−轟!−
その最後の言葉に男は当然、逆上した。インパルスブレードを振り上げてタカトに襲い掛かる! 後ろに居た、他の者達もタカトに攻撃を開始しようとして。彼はそれに、ニヤリと嘲笑いを不敵な笑いに変えた。
「トーレ、よく見ておけ」
「な、なんだ?」
囲まれ、襲い掛かられながら、背後のトーレに言葉を飛ばす。同時、男が腕を振り下ろした。
「いい機会だ。お前達、高速機動型の弱点を教示してやる」
−撃!−
降って来た斬撃を纏わり付く蛇のように左腕で受け流し、すかさず男の顔面に拳を叩き込む。その一撃を契機に戦いが、始まった。
拳を叩き込まれた男は、仮面が砕けるだけに留まった。タカトが手加減していたのか――現れた男の顔は思ったより整ってはいる。
顔に拳を入れられた事が余程気に入らなかったか、男は更にインパルス・ブレードを振る。だがタカトはすっと後ろに下がる事であっさりその一撃を躱した。
「落ち着け! フォーメーションを展開しろ――相手は所詮一人だ! 囲め!」
「ほぅ」
別の男からの叫びが響くと、タカトは思わず感嘆の声を上げた。てっきり前のアルテムやゲイル達の如く、自分の能力を過信して個別に突っ込んで来ると思ったのだが。今回、彼等は六人全員でタカトを囲もうとしたのだ。
フォーメーションを構築し、連携でタカトを倒そうとしているのである。
仮面が砕かれた男もしぶしぶ一旦下がり、それを援護するように男達から射撃魔法が飛ぶ!
−撃・撃・撃・撃・撃−
放れ行く光弾。しかし当然、Sにも届かない射撃魔法なぞタカトに通じる筈も無い。持ち前の対魔力と魔力放出で放たれた光弾のこと如くを吹き散らす。
だが、それと引き換えに男は後退を果たし、タカトを囲むようなフォーメーションの構築が完了した。
男達は一斉にインパルス・ブレードを振り上げトーレと同じIS、つまりはライドインパルスを発動しようとして。
「まず、弱点一つ。高速機動が発生する前と後があまりに隙だらけ過ぎる」
−撃!−
突如として現れたタカトが男の一人の腹に拳を叩き込む! ”ライドインパルスを発動する直前”の男にだ。鳩尾に深々と突き刺さった拳は風を巻く。その一撃の名は天破疾風!
−轟!−
直後、発生した暴風によって、男がまるで人形のように吹き飛んだ。盛大に空を舞って、どこかに飛んで行く。
だが、男達は構わず今度こそはライドインパルスを発動し、タカトに襲い掛かる! 彼はそれに対して、ただ屈んで見せた。深く深く踏み込みながら。
中国拳法の曲芸の一つに”長椅子潜り”と言うものがある。地面に接触する程に踏み込みながら、長椅子の下を高速で潜ると言うものだ。だが、これは本来曲芸では無い。”実戦用”の技なのだ。それを、タカトは証明して見せる。
ライドインパルスの亜音速機動で一斉に突っ込んで来た男達。その一人の股下を”高速”で潜り抜けながら背後に現れた。
それは、男達にとってすれば瞬間移動のように見えただろう。何せ、いきなり視界から消えたのだから。見失ったタカトに男達は互いがぶつかりそうになって、慌ててライドインパルスを解除する。だが発生した慣性は彼等に急に止まる事を許さず、しかし何とか止まろうとして。そんな隙だらけの背中にタカトは蹴りを突き込んだ。軸足を床に突き立てながら、男の一人の背中に突き刺した足を振り上げ、天地逆さまに突き上げると、ぽつりと呟いた。
「天破紅蓮」
−轟!−
−爆!−
突き立つは炎の柱!
爆炎が男に突き刺さった足から発生し、まともに飲み込んで行く。
やがて炎の中からタカト”のみ”が現れた。
男はどこに行ったのか――よくよく見ると天井に人が一人突き刺さっている。あそこまで吹き飛ばされたのか。
漸く止まる事に成功した四人がタカトを呆然と見る中で、彼は平然と彼等を見据える。
「貴様達の高速機動が発生するまで、およそ0.3秒、終了も大体同じ時間だ。数字にすれば短く感じるが、体感で計ればわりと余裕がある。その隙はあまりにも致命的だ」
「く、くそ……!」
残った四人の男達の内一人がタカトに舌打ちし、再びライドインパルスを発動。タカトに亜音速で突っ込む。
彼が言っているのは、あくまでも発動する前と後のみ。一旦発動してしまえば問題無い――そう、思っていた。だが。
「弱点、その2」
ぽつりと呟きがてら、タカトは身体を半身に反らし、向かい来る男の”軌道”を見切ると拳を突き出した。
−撃!−
拳は、振るわれたインパルスブレードを潜り抜け、男の顔面を貫いていた。それでもライドインパルスを発動していた彼の身体は止まらず、回転しながら弾き飛び、地面に激しく打ち付けられる。
それだけ、それだけで男はぴくりとも動かなくなった。
残り三人はあまりの出来事に全く動けず、タカトはまるで何事も無かったかのように説明を続けた。
「貴様達、高速機動型は機動が単純過ぎる。しかも、”自分の速度に反応速度が追い付いていないのだ”。俺からすればカウンターのカモでしか無い。……せめて鋭角機動か、それが出来無いのなら戦闘機動を少しは考えるのだな。スペック頼りでは速度が光速を超えて来ようと、楽に迎撃出来る」
その台詞に三人は――いや、三人とトーレこそは戦慄を覚えた。何も、彼等彼女達とて戦闘機動を考え無かった訳では無い。だが、タカトは事もなげに見切って見せたのだ。
見切られた高速機動は、ただカウンターのカモでしか無い。しかし、そんなもの、彼以外に果たして出来るものか――?
タカトが一歩を前に進む。しかし、それに男達は後ろに下がった。
どう戦っても、勝ち目が無い。今のタカトは、それを証明してのけたのだから。
「どうした? 来ないのか?」
「う、うぅ……!」
「困ったな。後二、三点程弱点があるのだが……まぁ、いいか」
そんなにあるのか。そう疑問を覚える暇無くタカトが指を持ち上げる。そこには水が周囲から集まっていた。
「……では、お前達はここで終われ」
−寸っ!−
天破水迅。大量の水を凶悪な水圧で束ねた水糸が解き放たれる。莫大量の水糸を前に、恐慌寸前に追いやられた男達は慌てて散り散りにライドインパルスを発動してまで逃げ出した。だが、水糸はそんな男達に容赦無く襲い掛かる。水糸を制御しながら、タカトは男達とトーレに告げる――。
「お前達の機動は既に見切っている。逃げられるとは思わん事だ……”後、四十八手”」
その言葉は何を意味するのか。答えはすぐに来た。男達は飛翔し、水糸を躱しながら絶望的な気分に陥れられる。自分達が終わりに向かい突き進んでいる事を理解したから。
そう、放たれた水糸――それは”自分達の限界機動”を見切って放たれたものだったのだ。
疾る――疾る、疾る、疾る、疾る疾る疾る疾る!
必死に辺りを疾り抜ける水糸をライドインパルスを使用して、必死に躱す! だが、それは終わりのゴールに向かってひた走るだけの結果でしか無かった。
やがて、四十八手。辺りを完全に囲まれ、機動を見切って放たれた躱しようの無い水糸が走り抜けた。
−斬!−
三人、全てを一刀の元に斬り伏せる。一瞬だけびくりと震えると、男達はばたばたと落とされた鳥のように床に落下した。
タカトはそれを冷たく見据えて、ゆっくりと水迅を解除する。同時、誰に向けてでも無い一言だけを告げた。
「……終わりだ」
そう、告げた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ドッペルシュナイデの面々。彼等を一人で叩きのめしたタカトは、終わりを告げるなり監獄に戻って来る。それに、しかし誰も何も言えない。
ウーノもトーレもセッテもクアットロも――まるで口を開く事すら憚られるように、黙りこくっていた。だが当の本人、タカトだけは何も気にせず彼女達に話し掛ける。
「どうだ、トーレ。理解したか?」
「あ、ああ……。いや、参考にはする」
不自然にトーレはどもりながら答えた。それにタカトはふむと頷くと、今度はウーノへの視線を向ける。
「ウーノ。ではさっさとジェイルの元に帰るぞ。次元封鎖も――」
そう言うなり、硝子が割れたが如き音が鳴り響いた。次元封鎖の術者の一人がドッペルシュナイデの一人であったのか。何にせよ、次元封鎖が文字通り音を立てて解除されたのだ。それを確認しながら、タカトは続きを告げる。
「――今、解除された。もう、ここには用も無い」
「その前に、彼等は」
「後で話す。……ジェイルを交えてな」
ウーノの問いにそう答え。同時、足元に八角の魔法陣が展開する。それは、皆の足元に広がった……が。
「……何をやっている、そこの眼鏡」
「え? あ、あの〜〜」
見れば、クアットロが展開した魔法陣から一人離れていた。彼女はタカトに見られ、蛇に睨まれたカエルのような縮こまりながらえへへと笑う。その顔は見るからに引き攣っていた。
「わ、私はここに残ります。その〜〜、行きたくないと言うか……」
「…………」
タカトは、そんな事をのたもうたクアットロににこっと笑うと。
−撃!−
直後、その頭頂に問答無用とばかりに拳を落とした。衝撃を逃さぬよう真上から落とされた打撃に、声も上げられない程痛かったのか。クアットロが頭を押さえてしゃがみ込んだ。
「……他の奴には聞いたが、貴様は強制だ。では行くぞ」
「い、いやぁあ〜〜! こんな人と一緒に居たくない〜〜!」
当然と言えば、当然の叫びをクアットロは上げるが、タカトは一切構わなかった。彼女の襟首を引っ掴み、ずるずると引きずって行く。中央に戻り、今度こそはと次元転移魔法を発動しようとして。
「私からも良いでしょうか」
「……今度は貴様か。何だ?」
その直前に、セッテが片手を上げた。タカトは苛立ちを覚えながら、セッテに向き直る。当然、クアットロの襟首は捕まえたままで。
セッテは悲鳴を上げる眼鏡を無視しつつ頷き、視線を外に移す。タカトに叩きのめされたドッペルシュナイデの連中へと。そして。
「彼等はまだ生きてます……殺さないのですか?」
そう問うた。他のメンバーも気になっていたのだろう、タカトに視線が集中する。彼はふむと頷いた。
「ああ、あれか。別にいい……破った約束とはいえ、約束は約束だからな。それに――」
面倒くさそうに、タカトは答える。その約束と言うのは、彼女達には分からないものであったが、タカトは構わず続けた。
「――殺す価値も無い。この程度の奴らはな」
最後まで一切彼等に目を向けず、最大級の侮蔑の言葉をタカトは吐いた。セッテはその答えに満足したのか、後は何も言わない。他の者達もだ。それに、タカトは問いも終わったと判断。次元転移魔法を発動し――彼等の姿が消えた。
後に残るのは、ただ広がる地獄の光景と叩きのめされたドッペルシュナイデの連中だけであった。
かくてナンバーズの回収完了。タカト達は、ジェイルの元に戻る事となったのだった。
(後編2に続く)
はい、第四十九話後編1でした。
四月から五月は忙しいですマジで(涙)
鬼かと、ええ鬼かと。大事な事なので、二回ry(笑)
次回もお楽しみにです。
ではでは。