魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第四十九話中編1であります。毎日更新したいですが、リアルが忙しくなりつつある……(涙)。そんな今話、どぞー。


第四十九話「約束は、儚く散って」(中編1)

 

    −轟!−

 

 風が鳴る。音を引き裂き、空気をぶち抜いて、風が。

 

 −弾!弾!弾!弾!弾!−

 

 その風に撃ち込まれる幾千、幾万の光射。尾を引き、それは風に疾走。しかし風は一切構わず、むしろ光射に向かい駆け出した。直後、風が消えた。そして。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 人が空に舞った。光射を放っていた者達が。まるで人形のように脱力したまま、冗談のようにくるりくるりと回転して、やがて地に落ちる。

 落ちた後も、彼らは身動き一つしなかった。一瞬にして意識を刈り取られたのだ。見れば、彼らは誰も彼も顎骨や頬骨といった箇所を陥没させられてしまっている。

 よく見れば彼らは、それぞれ似通ったバリアジャケットを展開していた。管理局、武装隊の基本仕様のそれを。

 やがて、風は――否、風では無い。”彼”は、全てを睥睨して、姿を現した。

 ナンバー・オブ・ザ・ビースト、伊織タカトは。

 武装隊の面々を叩きのめした彼は、悠々と戦場となった場所を見て。

 

「……どうして、魔法を使わなかったんです?」

 

 そんな声を背後から聞いた。振り向くと、そこには冷たい眼差しの女性が居る。元ナンバーズの一人、ウーノが。

 彼女は昏倒させられた武装隊の人間を、踏まないように気をつけながら歩いて来た。続きを問う。

 

「貴方なら魔法を使えば、一瞬で終わった筈。何故、そうしなかったんですか?」

 

 そう言う彼女の足元には、タカトにぶん殴られて沈黙している彼らが居る。それを見もせずに、タカトは肩を竦めた。

 

「何、つまらん理由だ。水迅が便利だからと、そちらばかり使っていては技も錆びるのでな。言わば修練だ。こいつらはそれに打ってつけだ」

 

 あっさりとそう答えると、タカトは再び前を向いて歩き出した。ウーノも慌てずに着いて行く。

 

「それで? 貴様にはここに居るナンバーズの居場所を探って貰っていた筈だが?」

「はい。既に見つけています。ここに居るのはセッテ……貴方とは初顔となりますね」

「と言うより他の連中は俺の事を知らんだろう? 貴様以外に話した奴はいない」

 

 タカトに言われ、そう言えばとウーノも気付く。最初のインパクトがインパクトだっただけに、あの時研究所に居た妹達もタカトの事を知ってると思い込んでしまっていたのだ。カメラも破壊されていた為に一切の記録も残せていないので、実質、タカトの顔を知っているのはトーレと自分、そしてジェイル・スカリエッティ当人しか居ない。

 

「すると、ほとんどの妹達は貴方の顔も知らないのですね」

「その妹とやらは銀髪に眼帯をしている、あの幼女も入るのか? あれならば見たぞ」

「……なんですって?」

 

 思わぬ言葉にウーノは目を見開いてタカトを見る。それに振り向きもせず、タカトは歩きながら続ける。

 

「あれならば、何度か顔を合わせたと言った。敵対者としてだがな……共闘した事も一度だけあるか」

「待って下さい。そう言えば聞いてませんでしたが、貴方、今は何をしているのですか?」

 

 銀髪眼帯幼女ことチンクは、確か現在、時空管理局に所属している筈である。彼女だけでなく、ナンバーズの大半は管理局所属となっていた。

 そもそも管理局の軌道拘置所を襲撃して自分達を脱獄させて回っている段階で気付けと言う話しではある。彼は、ひょっとして。

 

「……時空管理局と敵対しているのですか?」

「違うな」

 

 神妙にウーノは聞いて、しかしタカトはあっさりと否定した。あまりの即答ぶりに、言葉に詰まってしまった程である。なら何故かをウーノは聞こうとして。

 

「敵対しているのは時空管理局だけじゃない。……そうだな。現在、管理局本局を占拠し、管理局と敵対しているツァラ・トゥ・ストラ。そして、俺の元所属していた組織、グノーシス。それら全てと現在敵対中だ」

「…………」

 

 告げられた言葉に問いも忘れて、完全に絶句させられてしまった。

 敵対者は管理局だけではない?

 それだけでも驚きなのに、どれだけの組織と敵対していると言うのか。

 固まってしまったウーノに、タカトは振り向くと。

 

「俺は今、世界全部に喧嘩を売っている。世界全てが敵と言う訳だな。どうだ? やり甲斐があるだろう?」

 

 そう言って、にやりと笑って見せたのだった。

 

 

 

 

「ここか?」

「はい、間違いありません」

 

 あれから数分後、タカトとウーノは一つの牢獄の前に居た。相変わらずの特殊合金製の扉が堅く閉ざされている。それを見てタカトはふむと頷き。

 

「さて、では蹴破るか」

「そんな真似はいりません。私が今からロックを解除します」

「……そうか」

 

 自分がやられたような真似を流石に妹にされるのは嫌と感じたか、きっぱりとウーノが言うなり前に出る。タカトは若干いじけながらも場所を譲った。

 そんな彼には目もくれず、ウーノは自分が拘留されていた軌道拘置所の所長からくすねて来た(正確には、タカトがくすねた)端末機を操作し始めた。僅か数秒で、この軌道拘置所内のシステムにハッキング完了。続けて、ロックの解除に取り掛かる。

 IS:不可触の秘書(フローレス・セクレタリー)。

 自分や自分のいる施設をレーダー等の探知から隠す『ステルス能力』と、知能の加速による『情報処理・統括力の向上』。この二つの能力を総称したものが、彼女のISであった。

 特に情報処理を専門とするこのISからしてみれば、施設のハッキングなど容易い事でしかない。

 僅か数秒で牢獄のシステムを完全に掌握。あれ程堅く閉ざされていた牢獄の扉が、あっさりと開いていく。

 

「便利なものだ」

「そんな事はありません。私の能力(ちから)は戦闘能力がありませんから……セッテ!」

 

 感心したようなタカトに、ウーノは謙遜しながら牢獄内に入り目当ての人物に呼びかける。

 

「ウーノ……? どうしてここに? それに後ろの方は誰でしょうか?」

「それも説明します。彼は――」

「伊織タカト。ジェイル・スカリエッティの友人だ。あれには俺の目的に付き合って貰っている。で、ジェイルが貴様達を必要としているので俺が呼びに来た訳だ。理解したか? ならば、共に来い」

「了解しました」

「伊織タカ――て、え?」

 

 セッテが問いに答える間も無く、なんとタカトとセッテは既に同行の決を取っていた。唖然とするウーノを余所に、セッテは立ち上がるとタカトは彼女の手首に目をやり。

 

    −撃!−

 

 目に止まらぬ速度で貫手を放ち、拘束具のみを破壊してのけた。セッテは自由になった手を確かめるようにぐるりと回して、すぐに直立不動となる。

 

「では、これからどうするのでしょうか? 伊織タカト様」

「タカトで構わん。ウーノ、貴様もそれで頼む。セッテとか言ったな? お前を解放した通り、他のナンバーズも解放中だ。後二人と言った所だが――ウーノ?」

「……貴方達、テンポが早過ぎです」

「「……?」」

 

 まだ二人が顔を合わせてから何と一分も経っていないのに、既に次の軌道拘置所に行く事になってしまっている。

 ため息を吐くウーノを、タカトとセッテは不思議そうに見た。彼女は諦めたように頭(かぶり)を振り、端末機を操作する。

 

「次の軌道拘置所はここです。次元座標は――」

 

 そう言って端末機に映した次の軌道拘所がある無人世界の次元座標をウーノはタカトに示す。タカトは頷くと、その足元に八角形を模した魔法陣が展開した。

 次元転移魔法である。魔法陣はそのまま広がり、セッテとウーノの足元にまで広がった。

 

「では、跳躍(と)ぶぞ。さて、次はどう戦うか」

「いえ、次からは戦う必要もありません」

「何……?」

 

 最後の部分をウーノに否定され、思わずタカトは彼女に振り向く。すると彼女は――恐ろしく珍しい事にだが、なんと、悪戯めいた微笑を浮かべていた。気になり、タカトは問う。

 

「どう言う事だ?」

「百聞は一見にしかず。実際見た方が早いでしょう」

 

 ……どうやら話す気は一切無いらしい。セッテの方をちらりと見ると、彼女は彼女で無表情にこちらをじーと見ているだけだった。タカトはため息を吐き。

 

「……了解した。では、行くとしよう」

 

 そう言うと次元転移魔法を発動。彼等の姿はゆっくりと光の粒子に包まれるようにして消えていった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 『月夜』格納庫。

 月の内部を基地化して作りあげたそこは、従来の格納庫スペースより遥かに広く出来ている。そこを進む叶トウヤに、高町なのはは着いて行く。

 先程、『ネットワーク』でストラの次元航行艦隊を発見した彼は、『月夜』に第一級の戦闘配備を発令。ここに直行したのだ。

 着いて来たまえと言う彼の言葉に従い、一緒に来たのだが。

 

「ここだね」

「わぁ……!」

 

 目的地に着いたのか、立ち止まるトウヤに倣い、なのはも止まる。そして、目の前にある”もの”を見て感嘆の声を上げた。

 全長数百Mクラス。管理局の基準で言うのならばXL級。縦長の、どことなく東洋の”龍”を連想させるフォルムの艦がそこにあった。これは――。

 

「現在、アースラのシステムをこちらに引っ越しさせて擬装中だったのだがね。紹介しよう。君達に貸し出す予定のアースラに代わる代艦。”バハムート級、次元戦闘艦”だ」

「次元”戦闘”……?」

 

 告げられた単語に、違和感を覚えてなのはが彼を見上げながら怪訝そうに呟く。トウヤは朗らかに笑って見せた。

 

「そう。”航行艦”ではなく”戦闘艦”……戦闘を主な目的として建造した艦だよ。それ故に航行艦とは一風変わった装備を持つのだがね」

 

 そう言いながら、彼は艦内に入って行く。なのはも続きながらトウヤの説明を聞きつづけた。

 戦闘を主な目的として作られた艦とトウヤは言うが、この艦の通路は広く取られていた。一般の航行艦とさほど違和感が無い程である。物珍し気に周りを見るなのはを尻目に、トウヤは先に先にと向かう。やがて一つの場所へと行き着いた。ブリッジだ。自動扉がトウヤを認識するなり、ぷしゅっと空気を排出して横に開く。中に入ると、すぐに声が掛けられた。

 

「あ、なのはちゃん」

「なのは」

「はやてちゃん、フェイトちゃん」

 

 ブリッジの一番上の席。恐ろしくは艦長席なのだろう。そこに座るはやてが、振り向きながら手を振ってくれる。横に立つフェイトも微笑んで迎えてくれた。二人になのははトウヤを伴って近寄る。すると、はやてがトウヤを見るなり苦笑した。

 

「ども、トウヤさんも今回の迎撃に参加するんや?」

「あくまで保険だがね、私は……今回の主な目的は、君が”これ”を扱えるか否かの検分だよ」

「それなんやけど、この艦のシステムなぁ……」

「なんだね? 気に入らないと?」

 

 思わぬ言葉だったのか、トウヤは意外そうな顔となる。それに、はやては首を横に振った。苦笑を続けながら、問いに答える。

 

「いや、なんぼなんぼでも出来過ぎちゃうかな、てな? イメージ・フィードバック・マギリング・システムやったかな? あまりに”私向け”のシステムやったから」

「ああ、そう言う事かね。確かにね。それに関しては私も驚いたものだよ」

 

 はやての台詞に漸く納得したのか、トウヤは頷きながら微笑む。そして、振り返ってブリッジを見渡した。

 

「こう言う奇縁もあるものと言う事でいいのではないかね。あまり気にしてても仕方ないよ?」

「いや、それはそうなんやけどな」

「……あの〜〜?」

 

 そう話していると、横からなのはがひらひらと手を上げて声を二人に掛けた。すぐに二人は振り向く。

 

「どうしたね? なのは君?」

「その、イメージ・フィードバック・マギリング・システムって何ですか?」

「……ああ、なるほど。ブリッジクルー――君達だとロングアーチだったかね? ともあれ、ロングアーチにしか話しをしていないのだったね」

 

 見知らぬ単語が出た事で気になったのか。確かに、意味深な名前でもある。それに、先程トウヤが話していた説明も途中だったのだ。気にならない方がおかしいだろう。見れば、フェイトも好奇の目をトウヤに向けている。トウヤは、そんな彼女達に微笑し。

 

「よろしい! では、君達が今履いている――」

《……トウヤ。ボクがそこに居ないからってセクハラしたら後が酷いからね?》

 

 何事か言おうとした瞬間、ブリッジのモニターが起動。ユウオの顔がどでかく現れ、トウヤをジト目で睨んだ。――彼は二秒ほど沈黙し、やがてきらりと白い歯を見せてユウオに笑って見せる。その笑顔には、一点の曇りも無い。

 

「フ……何の事か分からないね? それでユウオ、どうしたのかね?」

《あ、そうだった。さっき敵と目される次元航行艦が四隻、衛星軌道に転移して来たよ……多分、大気圏内に降下する積もりなんだと思う》

「そちらを先に言いたまえよ。はやて君、準備は?」

「こっちは完了や。なのはちゃんが来た段階でオッケーやよ?」

 

 そちらが本命であったのか、現在の状況をユウオは知らせる。トウヤは肩を竦めて、今度ははやてに問う。それにもすぐに彼女は答え、満足したのかトウヤは頷いた。

 

「では現時点を持って、この艦は管理局、八神はやて一佐に貸与する事を叶トウヤの名に於いて承認する。八神一佐、異論は?」

「ありません。確かに承りました」

 

 急に神妙となったトウヤの言葉に、はやてもまた真面目な顔で頷く。そして今度は、ユウオの方へとトウヤは振り向いた。

 

「ユウオ、ゲート起動。発艦用意。空間転移カタパルトの使用を許可する」

《了解、空間転移カタパルト起動。いつでも出港出来るよ》

「うむ。では、はやて君、後はよろしく頼むよ?」

「……はい」

 

 ユウオに指示を飛ばして、するべき事は終えたとトウヤは後ろに下がる。変わりに、はやてが立ち上がった。すぅっと息を吸う。

 

「現時点を持って、この艦は私が預かりました。そして、これよりストラ次元航行艦の迎撃に向かいます! 準備はええな!」

『『はい!』』

 

 はやての台詞に、一斉に応える声が来る。彼女は微笑すると、キッと前を見据えた。

 

「ではこれより、バハムート級次元戦闘艦こと、仮称”アースラ2nd”は発艦します!」

《こちら『月夜』管制、了解しました。空間転移カタパルトにアースラ2ndをセットします》

 

 はやてが言うなり、たった今名付けられたばかりの名を持つ艦(ふね)がゲート内を移動させられる。やがて、アースラ2ndはゲート内のある区域へと到着した。

 空間転移カタパルト。”航行艦・戦闘艦専用の”超巨大カタパルトだ。このカタパルトはその名の通り、空間転移で艦を打ち出すカタパルトである。それを使って、一気にストラの次元航行艦に接敵すると言う訳だ。

 一見乱暴ながら、いきなり艦を戦闘速度に持っていけると言う、まさに戦闘艦での運用を前提としたシステムであった。

 やがて、ゴウンと言う音と共に、アースラ2ndを固定していたアームが外れる。

 

《空間転移カタパルトにアースラ2ndセット完了。発艦のタイミングはそちらにお任せします。お気をつけて》

「了解しました。ありがとうな。では、アースラ2nd――」

 

    −轟−

 

 アースラ2ndの艦尾推進システム起動。スラスターに光が灯り、同時にカタパルトが動き出した。アースラ2ndが僅かに前に動き、そして――。

 

「発・艦!」

 

    −破!−

 

 はやてが叫ぶと同時にアースラ2ndが一気に加速! 直後、空間を”ぶち抜いて”、アースラ2ndの姿が消えた。

 これよりアースラ2ndは敵性次元航行艦との戦闘に入る――!

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 セッテが居た軌道拘置所から、次の軌道拘置所にタカトとウーノ、セッテの三人は次元転移して――”そこ”に到着するなり、タカトは唖然とした。

 ついでにそこに居た人物も彼と同じように呆然自失してしまっている。短い髪に長身の女性、綺麗と言うよりは凛々しいと表現すべきか。彼女もタカトと同じく固まってしまっていた。

 そんな彼等を余所に、ウーノは手に持つ端末機を操作。セッテはと言うと相変わらず無表情のままである。

 やがて何らかの操作を終えたか、ウーノが端末機を閉じた。”彼女”に呼びかける。

 

「ステルス及び、監獄内のシステム掌握完了……久しぶりね、トーレ」

「ウーノ……? それに、セッテ? お前達、何でここに? それに確かお前は……?」

 

 呼びかけた彼女と、後ろで待機するセッテ、最後にタカトを見て、ナンバーズNo.3、トーレは問い掛けて来る。タカトはそれに構わずため息を吐いた。ウーノをきろりと睨む。

 

「……お前が言っていたのはこう言う事か」

「はい、そう言う事です」

 

 よほど驚かされたのが悔しかったか。ウーノをタカトは睨み、それをどこ吹く風とばかりに、彼女は満足そうな顔で頷いた。

 つまり彼等が転移したのは、軌道拘置所の”監獄内”であったのだ。直接、トーレの監獄内に転移したのである。ウーノがタカトに示した次元座標によって。

 おそらく、先にこちらの拘置所内のシステムにハッキング。この”監獄内の次元座標”を調べてのけたのであろう。

 こう言うと簡単に見えるかもしれないが、実際はとんでも無い。本来、次元転移はそこまで細かく跳躍出来るものでは無いのだから。改めて彼女のISの脅威が分かろうと言うものだった。

 状況を悟ると、タカトはため息を再度吐き、トーレに向き直った。

 

「俺の事は覚えているか? と言っても名乗った覚えはないが。ついでだな、今名乗るとしよう。伊織タカトだ」

「……それは皮肉か? もちろん覚えている。あれ程鮮やかに瞬殺されたのは、後にも先にもあれだけだからな」

 

 タカトの口ぶりにトーレは悔しさを滲(にじ)ませて、しかし確かに頷いた。彼女からしてみれば敗戦、しかも名乗りすらさせる事も出来ずに負けさせられた記憶である。悔しくて当たり前の事ではあった。

 タカトはそんな彼女の反応に頷くと、ウーノ、セッテと同じように説明してやる。それを聞いて、彼女は苦い顔となった。

 

「……状況は分かった。つまりDrの要請と言う訳か」

「そう言う事になる。で、来るのか? 来ないのか?」

「勿論行くとも。Drの要請ならな。しかし――」

「俺が信用出来んか?」

 

 いきなり本心を突かれ、トーレが息を飲む。まさに今、トーレが苦い顔をした理由がそれであったから。だがタカトは、そんなトーレに口の端を歪めて笑って見せた。

 

「別に構わん。信用される要素は皆無だしな。せいぜい貴様が俺を見張って置け……貴様は俺を監視する為に共に来る。それでいいだろう?」

 

 あっさりとそう言うタカトに、トーレはまたもや呆然として。やがて不敵な笑みを浮かべた。

 

「いいのか? 状況次第では、私はお前を背後から斬るぞ」

「構わん。まぁもっとも、貴様に出来るとも思えんがな。その時は容赦無く叩き潰すので忘れぬように」

 

 かかかとタカトは笑い、トーレも構わず不敵に笑い続けた。声に出さずとも、その笑顔は告げている。

 承知した、と。

 タカトは一つ頷くと再び貫手を一閃。トーレの拘束具を破壊した。すぐに彼女も立ち上がる。

 

「さて、では後一人か。ウーノ?」

「すでにそちらの次元座標も調べてあります……でも、後一人は――」

「クアットロか……確かにな」

 

 タカトに頷き、しかしウーノとトーレは複雑な表情でタカトを見る。彼はきょとんと首を傾げた。

 

「なんだ? そのクアットロとか言うのには、何か問題でもあるのか?」

「……いえ、覚えているかどうかは分かりませんが、貴方、研究所に来た際に眼鏡を掛けた娘の事を覚えてますか?」

「眼鏡? ……ああ、いたな。そんなのも」

 

 確か後ろからチョークスリーパーで頚椎を捻り折って倒した娘である。あの研究所では唯一殺しておいた娘のはずだが――。

 

「なんだ、生きていたのかアレ」

「……いえ、蘇生に成功したので大丈夫だったんですが。よくそんな台詞を言えますね」

「む?」

 

 やはり分からないとばかりにタカトは首を傾げたまま。ウーノとトーレは一緒にため息を吐き、セッテは相変わらずの無表情で後ろに立っている。

 ウーノは首を一振りすると、端末機に次の次元座標を表示しタカトに見せる。それに頷き、タカトは次元転移魔法を起動。先と同じように魔法陣が広がり、数秒後には監獄内に居た全員と共に、次の軌道拘置所へと跳躍した。

 ……なお、トーレが脱獄した事にこの軌道拘置所の局員が気付いたのは、数時間後の事だったと言う。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――シオン!」

 

    −斬!−

 

 声がシオンの耳朶を打つ。それを聞きながら、シオンは笑みを浮かべて、今まさに毒針を放たんてした甲虫を両断してみせた。声は、ここ二ヶ月で聞き慣れた声である。つまりは、ティアナの声。

 このタイミングで呼びかけられたと言う事は――そう思うなり、シオンは遠巻きにこちらを伺う無数の虫達を前に棒立ちとなる。

 笑いを張り付けたまま、構えもとらずに。ゆらりとその身体が揺れて、直後、迷い無くシオンは”落ちた”。

 本当に唐突に、空にあったシオンの身体は重力を思い出したように落下を開始したのである。飛行魔法を解除したのだ。

 そんな落下して行くシオンに、遠巻きに見ていた甲虫は何かに気付いたかのように、シオンを追って降下を開始。だが、シオンはそんな虫達にむしろ笑った。

 

「”ここまでティアナの予想通り”だと、驚嘆を通り越して笑えて来るな――スバル! ギンガさん!」

「うん!」

「了解よ、シオン君!」

 

 落下しながら吠えるシオンに、応える声が下から聞こえて来た。スバルとギンガだ。二人は、大きく左右に分かれて互いのリボルバーナックルを構えている。同時にカートリッジロード。スピナーが激しい回転を刻み始めた。それを背に感じながら、シオンは逆さまの状態で刀を振るう!

 

「四ノ太刀――」

「「ダブル・リボルバ――――」」

 

 シオンの声に重なるようにして、スバルとギンガの声が響く。シオンを追う虫達は中央から展開し毒針を放たんとするが、もう遅い。三人は攻撃準備を終えている――!

 

「裂波!」

「「シュ――――トッ!」」

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

 次の瞬間、中央のシオンから放たれた破壊振動波と、スバル、ギンガから放たれた衝撃波が問答無用とばかりに甲虫達に叩き付けられ、容赦無く吹き飛ばし、あるいは叩き潰し、あるいは塵に還していく。

 その結果を眺めながら、シオンは裂波を放った反動を利用して体勢を立て直し、地上に着地。すぐに左右に目を配る。スバルとギンガは彼の視線に頷きながら、リボルバーナックルを再び振り上げた。

 

「「ウィングっ! ロ――――ドっ!」」

 

 そして一気に地面に叩き付ける! 直後、ナックルを叩き付けた場所を基点として光の帯が伸びた。

 ウィングロード。スバル、ギンガが使う、シューティングアーツの代名詞とも呼べる魔法である。飛行魔法と違って、名の通りに空に”道”を作る魔法であるのだが、それ故に様々な応用が効く魔法であった。

 例えば空を飛べない陸戦魔導師の足場となったり――例えば、”障害物となって空戦を出来る敵の動きを制限したり”。

 そう、ティアナの作戦の肝はまさにそこにあったのだ。つまりは。

 

    −轟−

 

 二つの道が戦場を走り、駆け抜ける! それは、『学院』の空にある甲虫達をまるで繭のように包み込んだ。

 甲虫達の毒針にAMFはあれど、甲虫自身にAMFは無い。ウィングロードで作られた檻を、破壊する手段などある訳が無いのだ。

 あの一撃決殺の手段を有する虫達を一匹残らず撃破するにはどうすればいいか――答えは単純、”逃げ場を無くした上で一撃で叩き潰してしまえばいい”。後はそれを可能とする状況を作り上げるだけである。ティアナが考えたのはそれだけ。しかし、即興でこれを考えられると言う時点で特異と言える。既にその状況も整った――後は、叩き潰すのみ!

 

『『ティアナ!/ティア!/ティアナさん!』』

 

 

 シオン、スバル、ギンガが『学院』屋上のティアナに叫ぶと、ティアナは頷き、前を静かに見据えた。

 彼女が先から集束を開始した散布魔力は”左右の手に持つ”クロスミラージュに溢れんばかりに輝いて集まっている。

 それは、星――”双発の星の光”であった。ティアナはその輝きを、ウィングロードで構成された繭に差し向ける。

 吠える! なのは直伝のスターライト・ブレイカー。”そのティアナ、アレンジバージョン”を! その名は――。

 

「スターライト……! ブレイカ――――ッ!」

【スターライト・ブレイカー、ファントム・ストライク】

 

    −煌−

 

 直後、双子の星光は膨れ上がり、一気に爆発したが如く驀進を開始する!

 それはウィングロードで作られた繭のど真ん中に突き刺さり、貫いて――。

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

    −裂!−

 

 ――繭の中心点で、光りが爆発! 容赦無く炸裂した。

 光りはその名の如く二つの星となり、ウィングロード内に広がっていく。甲虫達は何とか星光から逃れんと飛び回るが、ウィングロードの檻がそれを許さない。行く先を阻まれた甲虫達は、星光に飲み込まれる事を与儀無くされて。星光は檻を巻き込んで広がり、砕きながら広がった。

 ――数秒後、ようやく星光が消えた後には何も残ってはいなかった。

 甲虫もウィングロードで作られた檻も、一切合財完璧に消し去られたのである。

 ティアナが立てた作戦これにて完了。ティアナもスバルもギンガも、甲虫達が消えた空にほっと息を吐いた。

 しかし、彼女達はまだ気付かなかった。その場に居るべき者が居ない事に。

 神庭シオン。彼の姿が忽然と消えている事に、まだ誰も気付いていなかったのだった。

 

 

(中編2に続く)

 

 




はい、第四十九話中編1でした。
ティアナが最近火力厨に……あ、あれ? おかしいぞー?(笑)
艦隊戦、次回に持ち越しちゃいましたが、何卒ご容赦を(汗)
次回はついに、クアットロが……ええ、クアットロが(笑)
お楽しみにです。ではでは。

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