魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

105 / 118
「約束、と言うものには一つの思い入れがある。それは誓いであり、決意を示し、果たすものだから。だから、それを果たせない時、俺はひどく負けた気持ちになる。それを、認めたくないと、思ってしまう。――魔法少女リリカルなのはStS,EX、はじまります」



第四十九話「約束は、儚く散って」(前編1)

 

    −閃−

 

 甲虫から針がキャロへと撃ち放たれんとした瞬間、シオンは迷う事無くキャロに向かって踏み込んだ。魔力を放出させ、拳に集中。一気に突き出す!

 

 間に合え――――!

 

 叫びは声にならず、ただ己の胸中のみで響く。突き出した拳から魔力の塊が放たれた。

 

    −破!−

 

 それは未だにこちらを向いたままのキャロの脇を抜けて、針を今にも撃ち放たんとした甲虫に叩き込まれ。

 

    −撃!−

 

 甲殻に包まれた身体を問答無用に破壊。さらに軽く爆発した。

 そして、魔力が叩き込まれる直前に放たれた針が爆発で僅かに逸れ、キャロの頬を掠めて通り過ぎる。

 それだけ。本当にそれだけで、キャロは仰向けにひっくり返った。

 

「キャロ!」

「キャロ!?」

 

 倒れ込むキャロをシオンが慌てて抱える。エリオやスバル達も顔色を変えて真っ青になりながら駆け寄って来た。

 ぐったりと脱力してしまったキャロの口元にシオンは手を当て――ぞっとした。息をしていない。呼吸が止まっている!

 

「くそっ……!」

 

 おそらく針に毒でも塗られていたのか。キャロは呼吸すらも麻痺させられていたのだ。おそらくは神経毒……それも、かなり強力な!

 そこまで確認するなり、シオンはキャロを横たえる。すぐに皆を振り返った。

 

「スバル! 人工呼吸出来るな!? 頼む!」

「あ、うん!」

 

 スバルに呼びかけながら、シオンはキャロに馬乗りになり、心臓の位置を確かめて強く押し出した。胸骨圧迫による心臓マッサージである。ゆっくりと、しかし確実に行う。

 キャロほど華奢だと下手をすれば肋骨が骨折しかねないが、今は構っていられない。口元では、スバルが気道を確保して人工呼吸を行っていた。

 

「ティアナ! AED(自動体外式除細動器)が確か近くにあった筈だ! 取って来てくれ!」

「うん! 分かったわ!」

「シオン君! 心臓マッサージ代わるわ!」

「お願いします!」

 

 ギンガの申し出に素直に頷き、場所を譲る。そのまま今度はみもりに振り返った。

 

「みもり……!」

「分かってます! 今、”視てます”から……!」

 

 シオンの悲鳴じみた声に、みもりも顔に苦渋を張り付けて、じっとキャロを視る。その間にティアナがAEDを持って来た。

 

「シオン、これ……!」

「ああ!」

 

 頷き、ひったくるようにしてAEDを受け取る。脇に移動して、ギンガとスバルを退かし、AEDを開いて電源を入れた。

 キャロに向き直り、一瞬だけ躊躇する。だが、すぐに首を振って思い直した。

 今は躊躇している場合ではない。それに、”地球製”のAEDを使えるのは自分しかいないのだ。

 みもりは今動かせないし、良子もみもりの”あれ”を待って中央の台座に居る。ものが毒である以上、二人は動かせない。

 

「……っ!」

「え、シオン……!?」

「ちょっ……! あんた……!」

 

 キャロが着ていた管理局の制服に手を掛ける。そんなシオンに後ろでスバル達が声を上げるが構っていられない。

 無視して、上着をはだけさせるとAEDの端子を右肩と左の脇腹に取り付け、周りに退がるように手くばせする。そして、AEDのボタンを押した。電気ショックが、キャロの身体を叩く。それを二回。だが、キャロの状態は変わらない。呼吸も止まったままだ。

 

 まだか……!

 

 そう思った、直後。

 

「視え、ました……!」

 

 待ち望んでいた声が来た。みもりだ。彼女は疲労を顔に滲ませ、汗でぐっしょりとなりながら振り向いたシオンに頷いて見せた。すぐに台座の前に居る良子に顔を向ける。

 

「良子さん! これは動物性の神経毒です! ユニコーンの角を!」

「了解だ!」

 

 良子はみもりに頷くなり台座に手を翳す。すぐに目的のものは出て来た。

 幻獣、ユニコーンの角――竜種と同じく、幻想種として知られる彼の幻獣の角である。これは最高峰の薬剤になるとして知られる。

 特に動物毒に対しては優れた毒消しになると言われていた。その希少性からグノーシスでは遺失物扱いになる事も珍しくないものであったが、ここにもあってくれたか。

 良子が目的の捻れた形が特徴的な角を手に取ると、何と投げて寄越した。ちょっと離れた位置に落ちそうだったが、エリオがギリギリでキャッチ。すぐにみもりの元に持って来てくれた。

 

「み、みもりさん! これ……!」

「エリオ君、ありがとうございます……?」

 

 差し出された角をエリオから受け取ろうとして、みもりは気付いた。エリオの手が震えている事に。エリオは声も震わせながら、みもりを見上げた。

 

「キャロを……助けて下さい……!」

「エリオ君……」

 

 その声にいかほどの願いが込められていたか。すぐに、みもりは頷いた。

 

「任せて下さい! キャロちゃんは必ず助けてみせます!」

 

 言うなり、みもりはキャロの傍にしゃがみ込む。そして、角の調合を始めた。

 角を一欠片、手配して置いたナイフで、こちらも手配して用意した乳鉢に削り、乳棒で押し潰して粉末にする。この時、みもりは自身の魔力も一緒に練り合わせる。角の毒消しの効果を自身が”視た”毒の対効果に特化させる為だ。

 今、みもりにはキャロの身体を麻痺させた毒に対する”完璧”な知識が備わっている。”視た”事により、その知識を手に入れたのだ。

 これこそが、みもりが所有する希少技能。霊視能力であった。

 みもりの目は事象の全てを読み解く霊眼なのである。天啓(オラクル)とも呼ばれるこの能力によって、みもりは毒の成分を見極めたのだ。

 

「良子さん。温めのお湯を……」

「大丈夫だ、手配してある」

 

 みもりに良子が頷くと同時に、転送魔法でポットが送られて来た。

 それをみもりは受け取ると、調合を終えた乳鉢の中に熱湯を加えて粉末を溶かし込む。今のキャロの状態では粉末のままで飲めない為の処置だった。

 それら調合を終えるまで僅か二分。しかし、キャロが毒を受けて呼吸を止めてから四分は経っていた。

 みもりは焦る気持ちを落ち着かせて、AEDを一旦停止。キャロを抱きかかえると、乳鉢から直接口に流し込む。ゆっくりと、確実に。全て流し込むと、再びAEDを取り付ける。キャロの身体を電気ショックが叩き。そして――。

 

「こふ……! こふっ! こふっ!」

 

 ――キャロが咳込んだ。息を吹き返したのだ。

 それを確認して、シオンは安堵のあまり膝から崩れ落ちる。他の皆も同じようにして、しゃがみ込んだ。

 

「……良かったぁ……」

 

 ぽつりと呟くスバルの声に、シオンは黙って頷く。いきなり妹分が死に掛けたのだ。何とか助かったものの、ショックは大きい。

 そんなシオン達に、みもりも漸く笑顔になるとAEDを取り外した。

 

「もう、大丈夫だと思います。けど、まだ……」

「分かってる。キャロは下手に起こさない方がいいだろ。ちび姉、医務室は?」

「ああ、案内する」

 

 こちらもいつものようにツッコミを入れる気力を無くしたのか、すぐに頷いてくれた。シオンはキャロを、みもりの助けで背中に背負う。

 

「まずは医務室にキャロを連れて行こう。ちび姉、当直の医療官は?」

「そう言えば、さっき呼んだ筈だが……?」

 

 その問いに、良子はキャロが倒れてすぐに『学院』に常駐している筈の医療官を呼んでいた事を思いだす。しかし、まだ来ないのは流石におかしい。これは……?

 

《鉄納戸博士!? ご無事ですか……!》

「どうしたのだ、そんなに慌てて」

 

 疑問に思っていると、いきなり通信が良子の元に入って来た。通信をして来た女性は無事な良子の姿にホッとするが、その後ろのキャロを背負ったシオンの姿に顔色を変えた。

 

《そんな……!? もうそこまで……!》

「おい、何がそこまでなんだ?」

 

 嫌な予感がする。シオンは女性の反応に、『直感』で嫌な予感を感じ取っていた。

 つまりそれは、それ程の危険な予感と言う事でもある。女性は不躾なシオンの問いに気を悪くする事も無く頷く。

 

《実は――》

 

 女性の口から、現在の『学院』の状況を知らされて、シオンのみならず、この場に居る一同全員が顔色を変えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 『学院』医務室。通信して来た、女性――『学院』の管制官だそうだ――に、事情を聞いた一同はそこへ移動していた。本来そこに居る筈の当直医療官も居ない。現場に駆り出されているのである。

 『学院』地上部。例の”虫”の襲撃を受けた場所に。

 シオン達の所に居た虫は一匹しかいなかったが、地上部を襲った虫は一匹二匹では無い。

 その数、何と数万匹。数が多過ぎて、数えられない程の虫が地上部を席巻していたのだ。

 もはや疑うまでも無い。敵対者からの襲撃であった。

 

「さて、これからだけど、リーダー、どうする?」

「そうね……」

 

 キャロをベッドに寝かせて、シオン達は思い思いの場所に座り、話し合いを始める。そして早速とばかりに放たれたシオンからの問いに、ティアナが眉根を潜めて唸り始めた。

 本来なら階級が一番高いギンガが指揮を取るべきだが、本人の推薦で、このチームではティアナがリーダーとなっている。

 曰く『ティアナが一番向いているわ』との事であった。

 

「まずなんだけど、あの虫、何なの?」

「……私見でいいなら俺から。多分機械だな、ありゃあ。ガジェットと似た奴だと思う」

「ガジェットと?」

「勘だけどな」

 

 魔力を叩き込む直前に見た感覚から、シオンは言う。それに、ティアナが腕組みをして再び思考し始めた。あの虫がガジェットの類だとすると、それはそれでまずい事になる。ガジェットにはAMFがあるのだ。それを、あの虫が使えるとしたら。

 

「対人用と考えたら、ある意味最悪なものになるわね」

「あの毒針だけでも最悪だしな……キャロが即死しなかったのは運が良かっただけって考えた方がいいだろ」

 

 例のキャロを一瞬で死に追いやり掛けた毒。みもりの話しによれば、”掠った”程度だったから、あれで済んだらしい。あの毒は即効性の強力な神経毒であり、本来のように突き刺さっていたならば、即死は確定だったそうだ。そんな毒針持ちの虫が、もしAMFを張れたとしたら。

 フィールド、シールド等の防御はろくに役立つまい。あのサイズで有り得ないとは思うが、最悪の可能性は常に視野に入れて置く方がいいだろう。

 ティアナは頷くと、皆を見渡す。その誰もが、彼女に頷いて見せた。ティアナの判断に任せると、そう言っているのだ。彼女もまた、頷いた。

 

「これから、グノーシスEU支部『学院』の支援に行くわ。ポジションは、スバル、ギンガさんがFW。シオンがGW。私が、CG、FB兼任」

 

 各自のポジションをティアナは告げていき、だが、そこに名前が無い人間が居た。

 エリオである。名を呼ばれ無かったエリオはティアナを呆然と見上げ、そんな彼にティアナは向き直った。

 一度だけ息を飲むと、意を決し、ティアナはエリオを真っ直ぐに見据えて告げた。

 

「……エリオ、あんたはここに居なさい」

「な……!? なんでですか!?」

 

 余程予想外の答えだったか、エリオは愕然としながら気色ばむ。しかし、ティアナはすぐに首を横に振った。

 

「これは現場のリーダーとしての判断よ。……あんたを今、前に出す訳には行かない」

「そんな……! 納得出来ません!」

「分からないの? ”そこ”がダメだって言ってるのよ」

 

 そこまで言われて、エリオはティアナに食ってかかろうとして、そのまま悔しげにぐっと歯を食いしばって止まった。漸く理解したのだ。自分が冷静では無かった事に。

 

「……今のあんたはいつかの私や、そこのバカと同じよ。そんなあんたを連れて行けない。理由は言うまでも無いわね?」

「……でも」

 

 それでも納得出来ないのか、エリオは首を振る。当たり前と言えば当たり前であった。

 突如として奪われそうになったのだ、自分の大切な人が。怒らない方がむしろおかしいと言える。

 だが、今必要なのは怒り狂って敵に特攻する事では無いのだ。今は冷静に、虫達を駆除しなくてはならない。しかも向こうは一撃必殺の手段を有している。今のエリオを連れて行ける訳が無かった。

 うなだれて拳を震わせるエリオ。そんな彼に、ティアナは更に何かを告げようとして。

 

「エリオ、そうじゃねぇよ。お前には、ここを守って欲しいんだよ」

 

 先に彼女の横から彼に告げる声が響いた。

 シオンである。彼はエリオの頭にポンっと手を乗せて笑い掛けた。

 

「さっき一匹居たんだ。まだ地下に居るかもしれねぇ。……もし、俺達全員がここを離れてキャロやみもりが虫に襲われてみろ。どうしようもねぇ」

「…………」

「それに、だ」

 

 そこまで言って、シオンは後ろに振り向く。

 今は穏やかな寝息を立てるキャロに。エリオもそちらを見て。

 

「傍に居てやれよ。こう言う時は一緒に居て欲しいもんだぜ?」

 

 その言葉に、エリオは目を大きく見開いてシオンを見る。シオンは、ポンポンと頭を叩いてやるだけ。エリオもされるがままになった。もう一度だけキャロを見て。

 

「……はい……」

 

 消え入りそうな声で、エリオは頷いた。シオンはそんなエリオに、よしと呟くと漸く手を離す。扉に向かって歩き出した。その身体を、魔力が纏う。

 

「安心しろよ、エリオ。あんの虫達には相応の報いをくれてやるさ」

 

 魔力は次第に形を成していく。それは服であり鎧。魔導防護服、則ちバリアジャケットだった。

 だがシオンが着込もうとしているのは今までと全く違うジャケット。全身、黒。まるで飾り気を嫌うように、そのジャケットは装飾が無い。下は黒いGパンのようであり、上は縁に白いラインが入っただけの上着。その上着は、妙に身体のラインを浮き彫りにしていた。

 靴もかなり無骨なブーツに変わっている。外に露出しているのは何と首から上だけといった仕様であった。

 昨夜シオンは髪を切っただけでなく、バリアジャケットの新調も行っていたのだ。

 前のノーマルフォーム時のバリアジャケットと違い、ひどく大人びた印象をそれは与える。完全にバリアジャケットを展開し終えて、シオンは呆然とした一同に振り向く。

 にやりと笑い、告げる。

 

「行こうぜ、皆。誰の妹分に手を出したか、思い知らせてやる」

 

 それだけを告げると、シオンは医務室から出て地上部に続くエレベーターに向かった。

 これより謎の虫群に対して、攻撃を始める。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 地下150m下から、今度は再び地上へ。既にバリアジャケットを展開し、デバイスを起動したシオン達は地上部へ向かう。その中で、シオンはティアナをじと目で見る。彼女は罰が悪そうに目を逸らし、しかしその目をずっと続けられ、流石に我慢出来なくなったか、ティアナは漸く口を開いた。

 

「……何よ?」

「べっつにー。ただ、敢えて悪役になろうなんてしたアホを見てるだけだ」

「う……!」

 

 その言葉に反論しようとして、でも言葉が浮かばずにティアナは再びぷいと余所を向いた。

 そんな彼女にシオンはため息を吐き、スバルとギンガは苦笑する。

 

「ティア、そう言うの不器用だから」

「だったら俺に言わせりゃいいんだ。ティアナ自身が泥を被る必要なんて無いだろ」

 

 言葉自体はスバルに向けられたものだが、実際はティアナへと放たれた言葉である。ティアナはまだ余所を向いたままだ。

 ティアナの考えも分からないでも無いのだ。そう言った、人に恨まれるような事を人任せに出来ない性質なのだろう。

 だが、だからと言って現状のリーダーである彼女がそう言った真似をする必要は無い。リーダーに最も必要な素質として人望があるのだが、それを自ら失ってどうしようと言うのか。

 シオンは再び嘆息して気を取り直す。余所を向いたままのティアナに再び顔を向けた。

 

「……まぁいいや。で、ティアナ。ここからどうするんだ? 真っ正面から特攻って訳にもいかねぇだろうし」

「……そうね。一つだけ、考えてる事はあるわ」

 

 こちらも一つ息を吐いて、ティアナは皆に向き直る。その彼女の表情に、一同は気を引き締めた。

 

「数が数だし。まともに戦ってたら、あれは埒があかないわ。だから、”真っ当な手段じゃない方法”で一網打尽にしようと思ってる」

「一網打尽って……おいおい、出来るのか? ンな真似」

「出来るわ」

 

 きっぱりとティアナは断言。それに一同は面食らったように目を見開いて、やがて苦笑した。

 こう言う所は、なのは先生に似ているなとシオンは思いながら頷く。

 

「聞かせろよ。お前の作戦とやらを」

「うん。あのね――」

 

 そして、ティアナは自らが考えた作戦を皆に話し、それを聞いた一同は思い思いの反応を彼女に返した。

 苦笑したり、呆れたりといった反応をだ。シオンも苦笑していたが、やがてそれは不敵な笑いに変わった。

 

「こらまた見事にふざけた案だな……いいぜ、気に入った!」

「やっぱりティアナって、なのはさんの弟子なのね」

「うん。最近、ティアってなのはさんに性格似て来たよね」

「……全く褒められてる気がしないのは、何でかしらね」

 

 勿論誰もが、その台詞には口をつぐんだが。

 そんな話しをしていると、漸くエレベーターは地上部近くに来る。それを見て、ティアナはスバルとギンガに目配せした。二人も応えて頷く。そして。

 チンっと軽い音を起てて、エレベーターは地上部に到着。その重い扉が開いていき、直後。黒い甲虫達がエレベーター内に雪崩込んで来た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 開いた扉の向こうは真っ黒だった。

 びっしりと隙間無くそこに居る例の虫達。それらが壁のようになり、シオン達からは真っ黒にしか見えないのである。

 キチキチっと羽を擦り合わせるような音がして、一気にエレベーター内に虫達は雪崩れ込む!

 それは、まさしく濁流。虫の濁流であった。

 流れは即座にシオン達を飲み込もうとして。

 

「「ダブル、リボルバァ――――!」」

 

 その直前に虫達へと出る者達があった。スバル、ギンガの姉妹コンビである。二人は前に出ると同時に、互いに母の形見であるデバイス、リボルバーナックルを前に突き出した。既にカートリッジロードは完了。タービンが激しい回転を刻む。

 

「「シュ――――トッ!」」

 

    −轟!−

 

 二人は全く同時に、衝撃波を撃ち放つ。渦を巻いて放たれた双発の衝撃波は、互いに相互干渉を引き起こし、中央に捻れ効果を発生させつつ互いの勢いを増幅させる。それはあたかも横向きに発生させられた竜巻のようだった。

 何より相互干渉で引き起きた衝撃波は、更に効果範囲を倍化させて虫達を逆に飲み込み。

 

    −破!−

 

 一気に虫達を駆逐していった。あれ程扉の前に居た虫達、全てがだ。

 その結果にティアナは己の推測が当たった事を確認し、頷いた。

 あの虫達は数も多く、小さな体躯も相俟って非常にタチの悪い代物なのだが、その小柄さ故か、耐久力や防御力は大した事は無かったのだ。

 単体で攻撃に使えるレベルではないシオンの魔力放出だけで、破壊出来る程度のものでしかない。

 それをキャロの襲撃の際に見たからこそ、この初手を思いついたのだ。

 障害物を排除し、開いた突破口を見て、今度はシオンへとティアナは視線を向ける。

 シオンは、その視線を見越したように頷いて見せ、まるで弓を引き絞るかのように全身を伸ばす構えを取っていた。

 刺突の構え――その構えから放たれるのは当然、神覇伍ノ太刀!

 

「先、行ってるぜ……! 剣魔ァ!」

 

    −轟!−

 

 言うなり、こちらが頷く暇もあらずんば、シオンは魔力を纏ってエレベーターから轟速で突っ込んで出て行く。同時に幾重にも放たれる一撃必殺の毒針達!

 だが、剣魔を使ってエレベーターから出たシオンには針が追い付かず、シオンが通った後を穿つのみであった。更に。

 

「スバル! ギンガさん! もう一発!」

「おぉおおおっ!」

「はぁあああっ!」

 

    −轟!−

 

 叫びを頷きに変えて、再び双発のリボルバーシュートが放たれる。渦巻く衝撃波は、今度も過たず虫達を駆逐していった。

 作戦、第一段階完了。これより、第二段階に移行する。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 所変わりグノーシス月本部『月夜』。その第一位執務室で、彼女は部屋の主である叶トウヤに向き直っていた。

 高町なのは、彼女が。やや緊張した面持ちで、なのははトウヤを見る。そんな彼女に、トウヤは微笑を浮かべた。

 

「いきなり呼び出して悪いね、なのは君。日本支部に向かう前に君と話して置きたい事があってね」

「いえ……」

 

 すぐになのはは首を横に振る。トウヤはそれに微笑を少しだけ苦い物に変えた。ユウオに入れてもらった紅茶を一口飲む。

 なのはも、倣うように出された紅茶に口を付けた。暖かいダージリンの香りが心を落ち着かせてくれる。その香りと味を楽しむと、トウヤはカップをマホガニーに戻して、なのはに向き直った。

 

「さて、話したい事な訳だが――単刀直入に聞こうかね。なのは君、プランはどうなってるのかね?」

「……? 何の事ですか?」

「当然決まっている。”タカト攻略の為のプランだよ”」

 

 直後、ぶっと、なのはは吹き出した。器官に入ったか、盛大にむせ返る。トウヤは、そんななのはに構わず言葉を続けた。

 

「あれの手強さは並では無いからね……ああ、勿論恋愛的な意味でだよ? 勘違いしないように」

「な、なんで知って……!」

 

 流石になのはが声を上げる。無理も無い。彼女はタカトに告白した事を誰にも言ってはいないのだから。フェイトや、はやては若干疑っていた節はあったものの、それとて確信していたとは思え無い。

 なら、何故トウヤが知っているのか――愕然としてこちらを見るなのはに、あくまでも優雅にトウヤは微笑む。そして、懐に手を突っ込むとある物を取り出した。

 小振りな録音機器を。トウヤはぽちっとスイッチを押して再生する。

 

『タカト君を、私が幸せにしてあげる』

『なん、で……』

『好きだから』

「きゃあぁあああ!?」

 

 録音機から響くのはいつかの会話。なのはからタカトへの告白の場面の会話であった。

 響いたそれに、悲鳴を上げる本人へとトウヤは優しく微笑んだ。

 

「いや、いい告白だね? まるで決闘を申し込むような風情すら感じるよ」

「なんで!? なんで、なんで!? ふぇえええ――――!」

「特にこの場面とか、いい味を出してると思うねぇ……」

『タカト君の事が好きだから、だから。タカト君が幸せになれない事が、幸せを分からない事が納得いかない、イヤなの』

「いやぁああああああ――――!?」

 

 改めて聞かされるととんでも無く恥ずかしい。と言うより、自分の告白の場面なぞを聞かされるなど、精神性の拷問以外何物でも無いのだが。

 しばらくトウヤは録音していた告白場面を流し続け、なのはは恥ずかしさで身もだえる。

 やがて再生が終わると、なのはは疲れ果てたのかぐったりと肩を落としていた。

 

「うぅ……なんで録音なんてしてるんですか」

「分かりやすく言うと私の趣味だ。まぁ個人の試聴用にしか使わないので安心してくれたまえ」

 

 無論、そんな事で安心出来る筈も無い。ちなみに再生されている真っ最中に没収しようとしたのだが、見事に阻止されてしまった。流石第一位と言える……性格は破綻しているが。

 まだ顔を紅潮させてうなだれるなのはを、トウヤは見て、やがてその顔はひどく真面目なものとなった。なのはを静かに見据える。

 

「……ところで、これは本気かね?」

「え?」

「本気かね? と聞いているのだよ。タカトを幸せにしてあげると言う君の言葉だ」

 

 問われ、顔を上げたなのはにトウヤは静かに告げた。その顔は先とまるで違うもの。どこか厳しいものを表情に浮かべて、トウヤは続ける。

 

「あれを幸せにする事は、アサギさんも、シオンも、私も……ルシアにさえ出来なかった。”傷”。タカトの欠落を君は知った筈だね? それでもなお、タカトにこの言葉を叩き付けた君を私は認めよう。その上で聞いているのだよ。本気――いや、”出来ると思っているのかね”? タカトを幸せにする事なぞ」

 

 声に感情は篭っていない。トウヤにしてはひどく珍しい事に無表情で、なのはに問うていた。

 なのはは、そんなトウヤに一瞬だけ呆然として、しかし次の瞬間には迷う事無く頷いていた。

 

「――はい」

 

 真っ直ぐにトウヤを見据えて。

 

「出来るかどうかは分かりません。どうやったらいいかなんて考えつきません……でも」

 

 真っ直ぐにこちらを見据えるトウヤに応えるかのように、挑むように、なのははトウヤを見続けたままに言葉を紡ぐ。

 だって、そうしたいから。

 タカトを幸せにしたいから。

 一緒に幸せになりたいから――だから。

 なのはは、その言葉を告げる。想いを、言葉にして。

 

「タカト君を幸せにしてみせます」

 

 真っ直ぐに彼女はトウヤへと想いを告げた。トウヤはしばし、それを聞いて余韻に浸るように目を閉じる。やがて、口元に笑みを浮かべた。

 

「いい答えだね。だが、それは君が思っている以上に困難だよ? それは理解して置きたまえ」

「……はい」

 

 トウヤが浮かべた笑みに、なのはも微笑む。

 認められたと、そんな気がして安堵したのだ。そんな彼女に、トウヤは若干温くなった紅茶を口につけた。

 

「さて。君の答えも聞けた事だし、私も手伝うとしようかね。なのは君、敵を知れば百戦危うからず、と言う言葉がある――”タカトの女性の好み”を知りたくは無いかね?」

「っ――!? あるんですか!?」

 

 思わぬ言葉に、なのはは身を乗り出す。まさか、あのタカトに女性の好みなんてものがあろうとは。

 あまりに意外過ぎるの言葉を告げたトウヤは、そんななのはを両手を上げて制止する。

 

「まぁ落ち着きたまえ。それを聞かせるに当たっては、流石に条件があってね……この情報は私しか知らない超重要機密事項なのだよ。故に代価を貰おうと思ってね」

「代価、ですか……?」

「うむ」

 

 まさか、そんな物を要求してくるとは。なのはは流石に躊躇する。そんな彼女に、トウヤは悪代官よろしく邪悪な笑いを浮かべた。

 

「ふふふ……知りたくは無いかね? なにせ、”あの”タカトの好みだ。この機を逃しては、この先聞く事は叶わないだろう。さて、どうするかね?」

「う、うぅ……!」

 

 トウヤの条件とやらに凄まじく嫌な予感を覚えるが、それ以上にそれはあまりにも魅力的過ぎるものであった。

 何せ、”あの”タカトの好みである。恋愛感情抜きにしても、知りたいと言うものであった。

 なのは、うんうん唸り、そして――。

 

「だ、代価、て何ですか?」

 

 そう問うた。問うてしまった。まるで悪魔の取り引きだなぁと、なのはは思う。そして、それはあんまり間違っていない。

 トウヤはなのはの返答に、にやりと笑った。

 

「何、そう難しい事じゃないさ。今すぐにでも出来る事だよ。君に要求する代価とは、ただ一つ!」

 

 ずびしっ! と、何故かトウヤはなのはに手を差し出す。それは、まるで貴婦人をダンスに誘う仕種で――そして、トウヤはなのはに要求を明かしてみせた。

 

「今、君が履いているパンティー。それで手を打とうじゃないかね!?」

 

    −撃!−

 

 次の瞬間、どこからともなく現れたユウオ・A・アタナシアの一撃が変態の顎にぶちかまされ、変態は、盛大に天井へと頭から突き刺さったのだった。

 

 

(前編2に続く)

 

 




はい、第四十九話前編1であります。ええ1(笑)
案の定、今話は長くなります(笑)
多人数の視点となるので仕方ないんですが(笑)
ともあれ、お楽しみにです。ではでは、前編2でお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。