魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第四十八話中編でございます。なのは版、あの人はどこに、第一段となります。今回は、あの人。お楽しみにー。



第四十八話「旧友よ」(中編)

 

 五年前――まだJS事件も天使事件も起きる前の事。”それ”は唐突に、彼、かのDrジェイル・スカリエッティの元に現れた。

 

「侵入者かい?」

「はい」

 

 彼の疑問に、秘書にして助手。そして戦闘機人、ナンバーズ最初の一人、ウーノは淡々と頷いた。

 それに、スカリエッティはふむと頷く。彼等が居るのは隠し研究所の一つである。そこに侵入者が入るなど滅多に無い。

 管理局の局員では有り得ない。彼等には根回しをしてある。

 余程の事が無い限りは管理局は動かない筈であった。……まぁ数年前に、その余程はあったのだが。

 一応、スカリエッティはウーノに尋ねてみる。答えは否であった。

 

「侵入者は”おそらく”管理局の局員ではありません」

「おそらく? またやけに君らしく無い表現だね?」

「申し訳ありません。Dr。何せ、未だ”捕捉”も出来ていませんので」

「捕捉も……?」

 

 それはどう言う事か? 聞くより先にウーノはウィンドウを展開。研究所の至る所に設置されたサーチャーを起動して画像を映した。そこには警備に置いてある各ガジェットが徘徊している。このガジェットは研究所をランダムで動き回り、警備に当たっているのだが、そのガジェットに突如、異変が起きた。

 

    −閃−

 

 一瞬、たった一瞬である。そのたった一瞬でガジェットが二つに分かれて倒れた。

 

「何……?」

 

 異変は止まらない、静謐にただただ静かに警備のガジェットが両断されて行く。

 ”何も映っていないのに”だ。

 そして、最後にはサーチャーをも破壊されたか、ウィンドウは砂嵐となった。

 

「……こんな状態です。侵入者と思しき存在は、こちらに全く姿を見せないままガジェットを撃破。更にサーチャーをも破壊して、こちらに向かっています」

「何故、こちらに向かっていると?」

「ガジェットが撃破された形跡が入口からこちらに進んでいるからです」

 

 とても簡潔な推理である。しかし、その内容はとてもでは無いが笑えるものでは無い。

 こちらは侵入者の姿さえ捉えていないのに、向こうは研究所内を我が物顔で歩き回っているのだ。障害物(ガジェット)を破壊しながら。

 普通なら血相を変えるだろう。しかし、彼は違った。にぃ、と笑う。

 

「全く姿を見せない侵入者、か。……く、ふふ……! 面白い、面白いじゃぁないか!」

「いかが致しましょう?」

「チンクを迎撃に出したまえ」

 

 即断でスカリエッティは己が片腕に告げる。笑いを顔に張り付けたまま、楽しげに続けた。

 

「あの娘なら侵入者の正体を割り出してくれるだろう。研究所内の被害については考えなくていい、存分にやるように言ってくれたまえ」

「はい。了解しました」

 

 スカリエッティの、ある意味においてとんでもない指示に、ウーノもあっさりと頷く。普通ならば研究所の被害を考えなくていいなぞ言わないだろう。しかも、チンクのIS(先天固有技能)はランブルデトネイターと呼ばれる能力である。これは彼女が触れた特定金属を爆弾に変える能力だ。この能力を持って被害に構わず戦った場合、どこまでの被害が出るか分かったものでは無い。

 スカリエッティは、”スポンサー”に新たな援助を頼まねばねと、笑いながら思う。そして、未だ展開されたウィンドウに目を向けた。

 

「未だ見ぬ侵入者――チンクはどれくらいの被害を出すだろうね?」

 

 そう、笑いながらウィンドウをただ注視し続けた。

 結果から言うと、このスカリエッティの懸念は外れる事になる。何故ならば、被害が殆ど出る事は無かったのだから。

 

 

 

 

「くっ……」

 

    −閃−

 

 チンクは呻きながら、固有武装スティンガーを放つ。だが、それは誰も居ない壁に突き立つだけに終わった。それを見て、彼女は再び苦々しい顔を浮かべる。

 侵入者が研究所内に入り込んだとの報を受け、迎撃に来た訳だが……その敵が、居ない。否、居ない訳では無い。先程、共に連れて来たガジェットが音も無く両断されて撃破されたばかりなのだから。

 正確には、全く把握出来ないのだ。ここに、間近に居る筈の敵が。

 彼女の各種センサーにも全く掛からない。あまりにも異常過ぎる事である。敵は居る。確実に、ここに。しかし、どこに居るのか全く分からないのだ。

 こちらをじっと見て、隙を伺っている。獲物を狙う獣のように。その獲物は他でも無い、彼女だ。

 

「っ……。っ……」

 

 スティンガーを構えてチンクは周りに気配を配る。相変わらず侵入者はどこに居るのか分からない。

 緊張の時間が過ぎて行く。数秒か、あるいは数分か……チンクにとっては、それは数時間にも思える時間であった。そして。

 

    −とん−

 

 唐突に、チンクの背中に何かが当たった。同時に後頭部へと掌を当てられる――!

 

「っ――――!?」

 

 チンクは直ぐさま振り向こうとして。それすらも許され無かった。

 

    −撃−

 

 頭部に衝撃が走る! それは、彼女の意識を容赦無く断ち切ってのけた。

 

 ば、かな……!?

 

 薄れ行く視界で、チンクは何とか、敵対すらをも許され無かった敵の顔を見ようとする。けど、それは叶わなくて。結局、彼女は侵入者の顔すらをも見られずに昏倒した。

 ……彼女は知るよしも無い事ではあるが、この五年後、漸くチンクは彼の顔を見る事が出来る。その時もまた敵対者としてではあったのだが。

 

 

 

 

「チンクが撃破された……?」

「はい。しかも一切交戦させて貰えずに、です」

 

 少しだけ驚いたような顔となるスカリエッティに、ウーノは変わらぬ無表情で答えた。しかし他ならぬスカリエッティは気付く、彼女の声に、ほんの僅かだが動揺が混ざっていた事に。

 チンクはかつてオーバーSランクの騎士を限定的な条件下の元とは言え撃破に成功している。そんな彼女を、交戦すらも許さずに撃破したのだ。この侵入者とやらは。

 そんなウーノをよそに、スカリエッティは内心の好奇心が首を擡(もた)げていくのを自覚した。侵入者は果たして、どんな存在なのか。

 

「侵入者の姿は?」

「相変わらず不明です。丁寧にサーチャーを念入りに破壊しながら進んでます」

 

 彼女の報告に、更に興味が沸いて来る。

 その姿が見たくてたまらない。どんな存在なのか知りたい。

 無限の欲望。アンリミテッド・デザイアと名付けられた彼の欲が、その存在を欲し始めた。

 

「……では、次は……」

「クアットロ、トーレ。居るんだろう?」

「は〜〜い」

「ここに」

 

 スカリエッティの呼び掛けに、直ぐさま二つの応じる声が返ってきた。

 一人は、眼鏡にオサゲ、身体にぴったりとしたボディスーツにコートを着ている少女、クアットロ。

 もう一人は長身痩躯、一見すれば美青年に見えかねないが、そのボディスーツに浮かぶスタイルの良さが、それを否定する女性、トーレ。

 その二人にスカリエッティは笑いながら告げる。

 

「侵入者の件は聞いてるね?」

「はい」

「勿論ですわ」

 

 直ぐに二人は頷く。それは則ち、チンクが撃破された事も知ってると言う事であった。二人の返事にスカリエッティは笑う。そして、笑いのままに問うた。

 

「この侵入者。君達ならば、捕らえる事が出来るかな?」

 

 まるで挑発するかのような、そんな問い。それをどう捉えたか、二人は顔を見合わせると笑い合い、スカリエッティへと視線を戻した。

 

「お任せ下さ〜〜い」

「必ず、捕らえて見せます」

 

 二人はそれぞれの答えを返して、スカリエッティは鷹揚に頷き。

 

「ほぅ? 大した自信だな?」

 

 ――そんな声を聞いた。

 

 っ――――!?

 

 一同全員に驚愕と戦慄が走り抜ける! 同時、目を大きく見開いたクアットロの首に、するりと腕が掛かった。真綿のように抵抗無く、未だ驚愕から抜けられない彼女に静かに巻き付く。そして、一瞬の後には大蛇に変じたように凄まじい圧力で顎ごと首を絞め付けて来た。

 

「――!? っ!? っ!?」

 

 チョークスリーパーホールド。しかも、気管や頸動脈(けいどうみゃく)を絞める”落とす”為の技では無い。それは頚椎(けいつい)を破壊して首を捩切る殺人技であった。

 一気に混乱の極致に追いやられたクアットロの呼吸が止まり、視界が真っ黒に染まる。急速に意識が遠退いて。

 

    −軋−

 

 自分の頚椎が、正確には頚椎フレームだが、何にしても、それが破滅的な音を立てた。その音を彼女は聞きながら、完全に意識が閉じて行く事を自覚した。どさり、と音を立ててクアットロが床に沈む。

 だが、そんなクアットロを、スカリエッティも、ウーノも、トーレも見ていなかった。正確には見る事も出来なかったが正しいか。

 ガジェットを潰し、チンクを倒し、今、クアットロを苦もなく潰してのけた謎の侵入者が、姿を現していたから。

 それは、少年だった。黒髪黒瞳。もっとも顔の半分はバリアジャケットの垂れ下がったフードが隠していたが。それに、漆黒の変わった形のバリアジャケットに身を包んでいる。全身黒で固められた彼は、いっそ他を廃した純粋さを醸し出していた。それは彼自身もまた同じ。彼もまた、ただ漆黒に純粋な存在であった。

 そんな、ただひたすらに純粋さを目指したかのような存在をスカリエッティは初めて知る。

 呆然としたスカリエッティに、彼は肩を竦めながら一歩を刻んだ。

 

「……さて、後は貴様か?」

「っ!?」

 

 声を掛けられ、トーレは漸く我に返った。すぐに自らの固有武装、虫の羽に似たエネルギー翼、インパルスブレードを展開。同時に、その身体が加速する!

 IS、ライドインパルス。超高速機動を可能とする彼女の先天固有技能である。その速度は、それこそ視認不可領域。亜音速のレベルにまで到達する。トーレはその速度のままにインパルスブレードを振るって。

 

「ふむ」

 

    −閃−

 

 踏み込みと共に腕を流されて、その一撃は躱された。しかもどうやったのか、亜音速機動で発生した慣性――そうそう止まれる筈が無いそれが、完全に停止してしまっている!

 彼女が知るよしも無い事だが、少年は一撃を流した直後に彼女の亜音速機動で発生した慣性を、膝を”抜く”事で受け止めてしまったのだ。それこそ、数トンに匹敵する慣性エネルギーを。呆然とするトーレに、彼はゆらりと踏み込む――気付いた時には全てが遅かった。

 

「天破疾風」

 

    −撃!−

 

 撃ち込まれるは暴風巻く拳の一打。真っ正面から正拳の形をもって放たれたそれは、迷い無くトーレの中心を穿つ。次の瞬間、トーレの姿はその部屋から消えた。

 

    −破!−

 

 それこそ、ライドインパルスに匹敵しかねない速度でトーレの身体が壁に叩きつけられ――止まらない。その身体は部屋を次々とぶち抜いて、八つ目を数える頃に漸く止まった。

 意識の有無は確かめるまでも無い。壁にめり込んだトーレは完全に気絶していた。

 それら一連の事態を見守っていたスカリエッティは呆然とする。そんな彼に、少年は振り返った。悠々と歩いて来る。

 既に、この研究所内の全ての戦力は無力化されてしまった。ウーノは戦えるタイプでは無い。それでも、彼女は彼を守らんと前に出て。スカリエッティはそんな彼女を押し留めた。代わりに前に出る。

 

「Dr……!?」

 

 驚きに彼女が目を見張った事を気配で察する。でも、スカリエッティは構わない。やがて、彼は侵入者である少年の目の前に居た。

 

「一応、聞いて置きたい事があるのだが……」

「何だ?」

 

 返事は恐ろしく簡素かつ不遜であった。スカリエッティも大概不遜な態度を取ると言われるが、この少年程ではあるまい。気付くと彼は苦笑していた。

 

「君は何の為にここに来たんだい? 物盗りとも思えないのだが」

「ああ、それな? 実を言うとだ。道に迷ってな」

 

 は……?

 

 流石に予想外過ぎる答えを返されて、彼はぽかんとなる。そんなスカリエッティに構わず、たった一人で彼の研究所を潰した少年は答え続けた。

 

「ミッドチルダで美味な特産品が出ると言う噂を嗅ぎ付けてな。”おつかい”に来たんだが……どこをどう間違ったのか、こんな山奥に来てしまった。で、相方に頼んでどうするかを聞いたら近くに人が居るから聞けと言われたのでここに来たんだが、まぁ変なガラクタに襲われたもんで、取り敢えず叩き潰したら次から次に沸いて来る始末。で、元から潰しておくかと来てみたらこうなった、と言う次第だな」

「……つまり、君はただ迷子で道を聞きに来ただけだと?」

「ああ」

「この研究所をどうこうするつもりは無かったと?」

「そうなるな」

 

 あんまりにもアレ過ぎる理由に、スカリエッティはおろかウーノまで呆然としている。そんな二人に、少年は小首を傾げた。

 

「と、言う訳でだ。エルセアとは何処だ?」

 

 次の瞬間、スカリエッティは爆発した――正確には、爆発したように爆笑し始めたのだ。

 何らかの目的があった訳ですら無い。ただ道を尋ねたかったと言った彼に。

 そんな理不尽過ぎる理由で片手間扱いに潰されたのだ。自分の研究成果たる戦闘機人が! これが笑わずにいられる筈が無い。

 ウーノまでもがスカリエッティに声を掛けられないでいると、やおら少年は憮然としたままにそっぽを向いた。

 

「……そんなに笑わなくでもいいだろう? 確かにミッドは初めてだから、”お上りさん”になったのは認めるが」

 

 そんな当たり前であり、しかし場の空気とは全くそぐわない反応を返されて、スカリエッティは更に爆笑する。

 笑って、笑って、笑って……。

 数分程、本気で腹筋が捩切れる程笑った彼は、目に涙を浮かべつつ。漸く立ち上がった。

 

「後で、エルセアまでの道を教えよう。……それと引き換えになるのだが、一つ頼みを聞いてくれないかい?」

「何だ? ちなみに正当防衛だから俺が壊したガラクタを弁償する気は無いぞ? 治療費もな」

「君は、毛ほども傷ついていないようだが?」

「知らん。先に手を出したのはそちらだ」

 

 その前に不法侵入であるのだが、当然とばかりに二人は構わない。

 スカリエッティはくっくと笑うと右手を彼に差し出す。それは、あまりに自然な動作で。

 

「友人に、なってくれないかね?」

 

 そう、スカリエッティは彼に告げた。これが後にジェイル・スカリエッティが生命に対して、一種の執着を覚える事となる事件。そして彼、伊織タカトとの出会いであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 グノーシス『月夜』。複数ある転送ポートの中に数人の姿がある。広い転送ポートは、それぞれ二組をそこに乗せていた。

 中国、大連行きの、チンク・ナカジマ、ノーヴェ・ナカジマ、ディエチ・ナカジマ、ウェンディ・ナカジマ。

 EUイギリス行きの、ギンガ・ナカジマ、スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、エリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエ、姫野みもり、そして神庭シオン。

 そんな一同を、グノーシス第一位である叶トウヤを始めとした見送り組が、笑みを浮かべて見守っていた。

 

「準備はいいかね? これより君達にはそれぞれ、中国大連支部とEUイギリス支部に跳躍(と)んでもらう。向こうにはガイドをつけてはいるが、失礼の無いように――そして、これ以上私の財布を軽くする行為は慎んでくれたまえ。特に、そこの暴走弟は注意するように!」

「何で俺だけ名指しだよ!?」

 

 流石の言われようにシオンが喚く。しかし、トウヤはやけに感情が失せた瞳を向けた。

 

「聞きたいかね?」

「イエ、イーデス……」

 

 必死に目を逸らしながら、片言でシオンは答える。トウヤの瞳が非常に怖かったのだ。今すぐにでも、『もかもか室』を召喚しかね無いような気配がある。暫く、目を逸らすシオンをじーと見つめて、やがてトウヤは嘆息すると視線を外した。

 あやうく薮から蛇な状況だった事と、それを脱っした事にシオンはホッとした。そんなシオンを尻目に、トウヤは気を取り直して話しを続る。

 

「後はブリーフィングで話した通りだ……とは言えアクシデントは付き物、現場では常に臨機応変に頼むよ。では、はやて君?」

「はい」

 

 トウヤがマイクを、はやてに譲る。彼女は頷きながらそれを受け取り、一同の前に出た。

 

「皆、これから暫くは別れて行動やけど、私は特に心配はしてない。あの本局決戦から逃避行まで含めて、何とかやってこれたんや。今回も大丈夫やと信じてる。やから皆、私が言えるんは一つだけや――また皆で、ここに強なって集まろ! 私はここで待ってるからな! 以上!」

『『はい!』』

 

 皆、即応で頷く。それを見て、はやても満足そうに頷き、トウヤにマイクを返した。トウヤはそれを受け取り、転送ポートの起動を目線だけで命令する。

 すぐに転送ポートが起動。それぞれを、光が包んで――。

 

「では、幸運を。頑張って来たまえよ」

 

 その声を最後に、転送ポートに居た面々はそれぞれの向かう場所に空間転移された。

 向かう先は中国大連。そして、EUイギリス支部。

 シオン達は知らない。その先に待ち受けるものを。

 まるで運命のように、そこでただ彼等を待ち続けるものも。

 それを知るまで後僅かとは言え、シオン達は知らなかった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 何故だ……? 何故、こうなった……!

 

 軌道拘置所、所長室。その主たる所長、カシマ二佐は頭を抱えていた。つい十分程前に、この軌道拘置所にストラのものと思しき次元航行艦が突っ込んで来た。

 それは、まぁいい……いや、よくは無いのだが、それによる人的被害は奇跡的にも無かったのだ。それだけでも僥倖と言える。

 後は航行艦の乗組員を捕まえれば、復旧に取り掛かれた。

 その筈であったのだ。

 その筈、なのに。

 

「何故だ……誰か……誰かいないのか!?」

 

 通信で拘置所内の全局員達に連絡を取る。しかし、返って来たのはただの無言であった。

 当然だ。既に、この軌道拘置所において意識を保っているのは彼以外にはいないのだから。

 あれからたった十分程。たったそれだけでそこまでの状況に追いやられたのだ。たった一人の侵入者によって。

 

 何故だ……。何故だ……!?

 

 繰り返される自問。しかし、答える声は己の中にすら無い。そして。

 

    −撃!−

 

 突如、所長室の床が螺旋状に撃ち抜かれる!

 その衝撃で椅子に座っていた彼はもんどり打って床に倒れてしまう。痛みに呻いていると、眼前に人影が落ちた。

 

 誰だ……?

 

 顔を上げる。その顔には当然見覚えが無い。何故なら、彼は第一級の次元犯罪者でありながら名はともかく、顔が全く世間に流布しない存在であったから。

 ナンバー・オブ・ザ・ビースト、伊織タカトはそんな存在であった。

 

「後残るのは貴様だけか……一つ尋ねたいのだが、ここに次元航行艦は無いか? その部品でも構わんが」

「なん、で……」

「ぬ? ああ、ここの看守だった管理局局員達に”お話し”していろいろ聞けたのだがな。だが、結果としては最悪だった。取り敢えず、ミッドチルダに行ける方法があれば文句は言わん。よこせ」

 

 全く違う意味での問いに、タカトは平然と答えながら凄まじく理不尽な要求を叩きつける。そんな彼の足元で、震えながらカシマは続けた。

 

「なん、で……?」

「ぬぬ? 聞きたい事は違ったか? だとすると、何でそんな事をとかを聞きたいのか。残念ながら目的については話せんから、それは諦めろ。と、言う訳でだ。さっさとよこせ」

 

 またもや見当違いの解答をタカトはする。しかし、カシマはそんな答えを聞いていなかった。聞きたい事は”それ”では無かったのだから。震える手が、拳を握る。

 

「なん、で。こんな、事を……?」

「ああ、そっちの方か。何だ、先に言えばよかったものを。有り体に言うと、これが一番手っ取り早かったからだ」

 

 漸くまともにカシマの問いを理解してタカトは頷く。しかし、その解答はあまりにも理不尽なものであった。

 

「いちいち艦を貸してくれなどと言っても貴様達も聞く耳は持つまい? と、言う訳で奪いに来た……そう言う事だ。早くよこせ」

 

 そこまで聞いて、カシマは勘忍袋の緒を切った。握りしめた拳を振るいながら立ち上がった。

 

「ふざっけるなぁああああぁあぁあああああああああああああっ!」

 

 怒号と共に唾を飛ばしながら、殴り掛かる! だが、タカトはそんなカシマから放たれた拳をあっさり躱すと、逆に顔面に拳を入れた。

 

    −撃!−

 

 一打はあっさりとカシマの鼻を叩き潰し、彼を地面に打ち据える。彼が幸運だったのは、一撃で気絶してしまった事だろう。そうでなければ、激痛でのたうちまわる羽目になっていただろうから。

 昏倒したカシマを冷たく見下ろしながら、タカトはぽつりと呟いた。

 

「浅慮……貴様達は理不尽だ等と思うのだろうが、それこそ怠慢と知れ。奪われたくなくば強くあるしか無い。しかも貴様達は他者のそれを守る存在だろう? そんな存在が”弱い”と言う事、れ自体がすでに”罪”だ。まぁもっとも、人の事は言えた義理では無いがな」

 

 それだけを既に意識を失ったカシマに叩き付けて、タカトは所長室を出る。思わず最後の一人までも叩きのめしてしまったが。さて、これからどうするかと彼は悩んだ。

 正直、ここから次元転移を彼自身が使ってミッドチルダに直接向かう事も考えたのだが、はっきり言って現実的では無いだろう。またあの次元封鎖に往生するのは間違い無い。いっそあれを完全にぶち壊すのも考えたし、可能なのだが。あれがストラに対する防壁となっている以上、むやみやたらに壊すのは得策とは言い難かった。ふむぅ、と彼は腕組をしながら悩み――その足がぴたりと止まった。くるりと反転して、所長室に戻る。

 そして、所長専用の情報端末を引き出すなり、右手を掲げる。そこに輝くのは、やはり666の魔法陣!

 

    −煌−

 

 そこから飛び出た虹色の帯が情報端末に突き刺さり、直後、情報端末の全てのロックが解除された。それを確認してタカトは頷く。

 

「最初からこうしていれば、よかったな。ついつい、直接人に”聞く”癖がついてしまっている。自重せねば」

 

 自重。その言葉程、彼に似合わない言葉は無い。そうして彼は情報端末を操作して、やがて顔をしかめる事となった。

 

「次元航行艦そのものの駐留は無し……本局決戦に破れた管理局側がミッドで戦力を集め出したのか。ふん? 悪く無い手だ。しかし――」

 

 細々とした替えの部品等々はある。しかし、それを使ってタカトが乗って来た次元航行艦を修理出来るかと言えば答えは否であった。そもそも次元航行艦を修理出来たとして、どうやって次元封鎖を抜けるのか。悩みは尽きない。

 取り敢えず、他の手段を捜すかとタカトは情報端末を操作して。

 

「む……?」

 

 やおら、その顔が怪訝に染まる。それは情報端末に出たあるファイルを見咎めたからであった。囚人名簿と書かれたそれに。

 タカトはしばしそのファイルを眺めて、やがてそれを開いて表示させた。

 自分では次元航行艦を修理も出来ないし、次元封鎖も破壊以外の手段で抜けられ無い。ならばいっそ囚人に手伝わせてはと思ったのだ。脱獄を条件にすれば、大体の奴らは手伝うだろう。それにこれだけ大きな軌道拘置所である。ひょっとしたらではあるが、次元封鎖を抜けられる手段を講じれる者がいるやも知れない。

 そう思いながら、タカトは名簿に目を通して――やがて、ぴたりとある名前で目は止まった。

 しばらく呼吸を忘れたかのようにタカトは硬直して。

 

「奴がここに……?」

 

 それだけをぽつりと呟く。情報端末が出した、その名簿にはある男が表示されていた。

 ジェイル・スカリエッティ。

 かつてミッドチルダを驚愕と恐怖に叩き込んだ男。JS事件と呼ばれる一連の事件の主犯。そして、タカトの旧友たる男が情報端末に表示されていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −煌−

 

「はわっ?」

「うおっ」

 

 トウヤ達に見送られ、一瞬の浮遊感を覚えた直後、シオン達は全く違う場所に居た。空間転移したのである。

 EU行きの面々が、いきなり戻って来た重力に少しのバランスを崩しながらも何とか耐える。そして、辺りを見渡した。

 

「ふわぁ……!」

「ここって……」

「どうやら、無事に着いたみたいだな」

 

 そこは広い庭のような場所であった。遠くには大きな、しかし年期の入った建物も見える。

 グノーシス、EUイギリス支部『学院』と、そう呼ばれる場所であった。

 見慣れぬ景色に感嘆の声を上げる皆にシオンは苦笑して、やがてこちらに歩いてくる存在に気付いた……見覚えのある顔に。

 

「どうやら着いたようだな、久しぶりだなシオン」

 

 そう告げるのは白衣を着た少女であった。背はかなり低い。おそらくはエリオやキャロと同じくらいか。

 ショートの髪に鼻にちょこんっと乗った眼鏡が可愛いらしかった。そんな少女に不思議そうな顔となる一同の視線を感じながら、シオンは片手を上げる。

 

「おう、チビ姉。元気してたかー?」

「き、貴様! また私をそんな風に……!」

 

 よほどそう呼ばれるのが嫌なのか、彼女はいきなりシオンに飛び掛かる! しかし、シオンは苦笑しながら頭に手を置いて、つっかえ棒にした。当然、背の低い彼女の手は届かずに空を切る。

 

「く、くぬぅ〜〜〜〜!」

「はっはっは。人がゴミのようだ」

「こらこら、小さい子をいじめてどうすんのよ、あんた」

 

 有名過ぎる名台詞を言いながら笑うシオンを、後ろからティアナが近付いて耳を捻り上げる。それには堪らず、シオンは悲鳴を上げた。

 

「て、痛ててっ!」

「あんたが悪いんでしょ? ごめんね、お嬢ちゃん。こいつも悪気があった訳じゃ――」

「……じゃない」

 

 謝ろうとするティアナの声を遮って、少女が何事かを呟く。それはあんまりにも小さな声で、ティアナは頭上に疑問符を浮かべた。

 

「えっと、ごめんね。もう一回言ってくれるかな?」

「私は! お嬢ちゃんなんかじゃないっ!」

 

 やおら、がばりと顔を上げて少女が吠える。そんな彼女に面喰らっていると、唯一シオン以外に彼女と面識のある姫野みもりが前に進み出た。苦笑しながら、一同に告げる。

 

「えっと、ですね。彼女は鉄納戸(てつなんど)良子(りょうこ)さん……その、私の”二歳年上”になります」

『『……へ!?』』

 

 流石に一同は固まる。みもりの年齢は今年十八になるのだと言う。と、言う事は――。

 

「今年で二十歳! お前達よりうんと年上だ!」

「しかも、今回のロスト・ウェポン化計画において、お前達のロスト・ウェポン開発責任者だったりするんだけどな」

 

 ぷんすかと怒りながら言う彼女、良子にシオンが追記でとんでも無い事を付き足してくれる。しばし、時が流れて――。

 

『『え、えぇええええぇええええ――――!?』』

 

 ――そんな大声を一同は一斉に上げたのだった。

 

 

(後編に続く)

 

 




第四十八話中編でした。
ちび姉登場(笑)
こう見えて二十歳なちび姉、実は結構な天才だったりします。タカトやなのはの一個下のお年頃(笑)
そして、回想とは言え、ジェイル登場。ネタ枠含めて、いろいろ便利過ぎですこの人(笑)
では、次回もお楽しみにー。

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