魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「別れって言うのは何であるんだろう? 俺は時々考える。イクス――アルトスが居なくなって、寂しくて。けど、あいつは言った。また会えると祈りを込めて、さよならと。……俺は、それを認めたくなくて。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第四十七話「決意の拳」(前編)

 

 第三十二管理外世界。無人世界であるこの世界を航行する次元航行艦があった。ツァラ・トゥ・ストラの艦である。

 今この艦は一つの静寂に満ちていた。搭乗員全員が意識を失っていると言う静寂に。

 通路や部屋、機関室。そして、武装局員や一般局員、魔導師、それら全ての区別を問わず、床に転がされていた。

 誰一人として死んではいない。そう、”死んでは”。

 全員、傍目からは生死の判断が付かない状態では生きているのも死んでいるのも大差はない。少なくとも一生ものの後遺症を約束された程の目に合わされている人間は、死ぬよりマシから死んだ方がマシに区分されるべき存在であろう。

 それを平然と成し遂げた襲撃者は、艦の中枢たるブリッジに居た。そこに居た管制官や操舵士も当然のごとく叩き潰されている。そして艦の責任者たる提督は、襟首を掴まれ右腕一本で吊し上げられていた。

 どれほどの膂力がそこに込められているのか。だが、襲撃者は――伊織タカト。彼は、男一人を吊り上げているにも関わらず平然とした顔をしていた。いや、むしろ面倒臭そうな顔か。どちらにしろ、こんな状況でするような表情では無い。だからか、提督は彼をぎょろりと見据えるなり吠えた。

 

「この……! 悪魔め……!」

「よく言われる。まぁ、そう褒めてくれるな」

 

 決して賛辞ではあるまいそれを聞いたにも関わらず、タカトはそんな事を言う。彼にとってみれば叩き潰す存在からの罵倒はむしろ賛辞に聞こえるらしい。

 そんな彼に、唾を吐きかけようとして。しかし襟首を掴まれ、顔を強制的に上へと向かされた状態ではそれすら出来ない。忌ま忌ましそうに呻いた提督にタカトは笑った。

 

「こちらとしては、くだらん真似をされた意趣返しだ。貴様達に文句を言われるような謂れは無い」

 

 艦の乗組員を全員叩き潰しておいて言う台詞では無いが、その台詞に提督は苦々しく顔を歪めた。

 この艦は先ほどストラの特殊部隊『ドッペル・シュナイデ』の三人を回収した艦なのだから。つまり、タカトを墓場で襲撃した第二世代戦闘機人達三人を。まさか三人を回収した時の転位反応を辿られて、この艦に直接仕返しを掛けられるなぞ夢にも思っていなかったのだが。提督の反応にタカトは笑いを消した。

 

「さて。では、いろいろ教えて貰おうか」

「ぐ……! 拷問などされても私は何も知らん!」

「残念だが、それを判断するのは俺だ。貴様では無い」

 

 聞く耳持たず。タカトは提督の言い分をばっさりと切って捨てる。そのまま吊り上げた腕の角度を上昇させ、冷たく聞いた。

 

「貴様達の目的は何だ? ヴィヴィオを掠おうとしたかと思えば、シオンを掠おうとし、あげくは俺か? わざと難易度上げているなら大したものだが――俺達を掠って何をしようとしている?」

「知ら――」

 

 ん、とは言えなかった。その前に枯木がへし折れたような音が鳴り響く。

 タカトが自分の左手の小指を掴んで折ったと気付いたのは数秒後の事だった。

 悲鳴が上がる。タカトは当然構わなかった。

 

「言い忘れていたが、『知らない』『分からない』は聞かんので、その積もりでいてくれ。後、無言も三秒以上続けると、その時点で指を折っていくのでその積もりでいろ」

「が……! こんな事をして、貴様、ただで済むと……!?」

「拷問は犯罪か? 別に構わん。俺は既に第一級の次元犯罪者らしいしな」

 

 基本的にタカトは捕虜を取らない主義である。生かして捕らえるような真似をあまりしないのだ。それをする場合は、単純に聞きたい事をその場で聞く場合のみに限る。つまりは、その場での拷問であった。

 顔色が青く変わっていく提督を見て、タカトは薄く微笑んだ。続ける。

 

「では、もう一度聞こう。俺達を掠おうとした理由は?」

「う……うぅ……!」

 

 一秒待つ、答えない。

 二秒待つ、答えない。指に手を掛けた。

 三秒……再び悲鳴が上がった。

 

「く、あ……!」

「余程その指、いらんと見える。いっそ、切り落とすか」

 

 それでも答えようとしない提督に、タカトは混じり気無しの本気で呟く。更に顔色が青くなる提督。だが、それでも答えようとはしなかった。

 タカトの眉が訝しむように細められた。本当に知らない。その可能性もあるだろう。

 だが、ここまでされても黙秘を貫くものか?

 それも、対拷問訓練を受けた事も無さそうな人間が?

 ストラにここまでの忠臣がいるとは、意外であった。それと同時に気になった。拷問に耐える、その理由に。

 

「では、別の質問にしよう。貴様達の目的は何だ?」

「私たち、の目的、だと?」

「そうだ。貴様達、ツァラ・トゥ・ストラのだ」

 

 ストラの目的は全次元世界の制覇にある――タカトはそんな世迷い言を信じるつもりは無かった。はっきり言ってしまえば無理がある。

 何故ならば、現在”見つかっていない”次元世界がごまんとあるのだから。

 管理外世界と言う意味では無い。そもそもとして見つかっていない世界だ。

 そう言った世界が介在するのに、全次元世界の制覇が目的?

 矛盾点を論じるまでも無く不可能である。故に、ストラが声明で言い放った目的をタカトは頭から信じていなかったのだ。

 

「我々の、目的は、全ての世界を……!」

「制覇するつもりなぞ言うまいな? そんな戯言、信じるつもりは無いぞ?」

 

 管理内、管理外世界などの発見された世界限定ならまだ信じる余地はあったがな。

 

 そうタカトは続けようとして。でも、出来なかった。提督が笑いを浮かべたから。タカトの目が細められる。

 

「……何がおかしい?」

「はっ、はっ、はぁ……! これが、笑わずにいられるか!? まさかそこまで知らなかったとはな!」

 

 まるで一つ一つの笑いに渾身を込めるかのような笑い。心底タカトを嘲るような笑いである。

 吊り上げられた自分が勝者であるかのような。タカトの目を見て、提督は笑い続けた。

 

「言え。貴様達の目的は何だ?」

「ふ、くく……」

「殺すぞ?」

 

 目が細められる。混じりっ気無し、本気でそれを行うと言う証でもある。同時に激烈な殺気――それだけで、世界が軋みを上げるそれを提督は受ける。

 だが、それでもこの男は笑って見せた。あるいは、こちらの拷問に耐える事でこの男は快感を覚えているのかも知れない。

 SとかMとか、そう言ったものでは無い。こちらがそうまでして必死に聞き出そうとしている事を、例え死のうが抵抗し続ける事で一矢報えると言う快感だ。

 

「……私には一人の娘がいる」

「…………」

「リリアナという……可愛い娘でな。遅くに授かった娘だから、とても大切にして来た」

「貴様の身の上話しなんぞに興味は無い」

 

 タカトはあくまでも冷淡に答える。だが、提督は構わず続けた。いや、一人の父親は。

 

「……不安なのだよ。娘が不幸になったりしないか」

「……なんだと?」

「犯罪に巻き込まれたりしないか? なんらかの事件に巻き込まれたりしないか? 誰かに殺されたりしないか!? ……不安、なのだ」

 

 タカトは提督の言っている事が寸分も分からなかった。だが、必死に何かを訴えている。それだけは分かった。

 

「……だとするならば、皮肉だな。そんな心配をした父親がテロ行為か? さぞ娘も悲しんでいる事だろう?」

「別にいい」

 

 ――その返事に、タカトは思わず呼吸を止めた。今、この男はもっとも大事にしていると言う娘に忌み嫌われる事に対して、何と言ったのだ?

 目を見開いたタカトに、提督は笑う。

 

「別に、いい」

「何故だ? 何故そう思える?」

「ははは……! ならばこちらから聞こう。何故、そう思えない?」

 

 逆に問われる。提督の嘲笑うかのような表情がカンに触る。タカトは表情を消して答えた。

 

「……質問しているのはこちらだ」

「答え、られないか!? はははははぁ! 滑稽だな……! 天下のナンバー・オブ・ザ・ビーストがこんな事も分からないのか!?」

 

 本当に滑稽だ。そう提督は笑い続けた。どこまでもどこまでも、タカトを嘲笑い続ける。いい加減に苛立ちが頂点を迎えかけた。

 襟首を掴んでいる指に更に力を込める。嘲笑い続けた提督の呼吸が止まった。それでも笑い続ける。

 ……タカトは指の力を緩めるしか無かった。

 

「……ふ、あ、あ、は、はは、ははは! 殺せばよかったものを……!」

「…………」

 

 タカトはやはり無言。まさか、約束があるから殺せ無いなどとは言えない。それは、タカトにとって敗北を認めた事になるから。

 提督は未だ吊されながらも笑いを止めなかった。そして。

 

「我等の目的とは何かと貴様は聞いたな……」

「……?」

 

 いきなり語り出した提督に、タカトはまたもや疑問符を浮かべた。ここに来て、いきなり自分達の目的を話し出した彼に。

 命が惜しくなったか? いや、違う。この男はそんなタイプでは無い。なら、どういう事なのか。

 思考を巡らせるタカトに提督は再び笑った。どこまでも、どこまでも人を嘲る笑い。それがタカトの目に焼き付いて――。

 

「我等の目的は――!」

 

 直後、提督が動いた。右手がズボンのポケットに突っ込まれる。そこから出たのは、拳銃だった。

 グロック17。第97管理外世界、地球において有名な自動少拳銃である。

 当然、管理局の嫌う質量兵器にあたる訳だが当の管理局に争いを吹っ掛けた彼等が、そんなものを気にする筈も無かった。

 提督は引き抜いたそれを、迷う事無くタカトの額に突き付ける。だが、タカトはそれに冷たい視線を向けるだけだった。

 彼からすれば、拳銃など撃たれてから躱せる程度のものでしか無い。もし躱せなくても、ハンドガンならば金剛体でいくらでも弾ける。そんなものをタカトが恐れる要因はどこにも無かった。

 

    −弾!−

 

 乾いた、軽い炸裂音が鳴る。拳銃から響いた火薬式の銃声はわりと地味な音だった。タカトはそれに対し、身体ごと逸らす。右半身になるようにして半歩を後退。それにより頭一つ分右にズラしたのだ。結果、回転する銃弾が左の頬を掠めて通り過ぎる。それを尻目で確認し、提督へと視線を戻して――絶句した。

 タカトに向けられていた筈の銃口が移動していたから。提督自身のコメカミに!

 彼は自ら銃口をそこに押し付けていた。その顔に浮かぶ表情に恐怖は無い。

 ただ、嘲っていた。

 タカトを誰よりも、世界中の誰よりも彼は嘲笑っていた。その嘲笑のままに吠える!

 

「――”全次元世界の人類から全ての争いを無くす事だ”!」

「な……」

 

 その言葉に、タカトは息を止め――次の瞬間、引き金は引かれた。

 

    −弾−

 

 待てとも言えなかった。ただ目の前で彼の頭が弾けた。それだけ、本当にそれだけで。

 彼は死んだ。

 負傷の具合を見るまでも無く即死である。

 タカトは呆然と、もはや肉塊と化した男を見る事しか出来なかった。

 やがて、彼を下ろす――悔しそうに呟いた。

 

「……勝ち逃げか、卑怯者め」

 

 死んだ彼の口は、ただ嘲笑いの形のままであった。最後の最後まで彼はタカトを嘲笑い続けて死んだのだ。

 それは間違いなく、タカトにとって負けであり、そして二度と勝てない。もう、彼は死んだのだから。

 そう言えば名前も聞いていなかったなとタカトは一人ごちて、やがて提督に背を向けた。

 

「全次元世界の人類から全ての争いを無くす……? どう言う意味だ?」

 

 もう答える存在はいない。それを分かっていながら問う。当然答えは返って来なかったが。

 タカトは嘆息すると、近場の管制官を退かして端末を弄る。ウィンドウが展開した。

 端末を操作し、艦のデータベースから情報を探る。しかし、ろくな情報は出なかった。

 あるのは簡単な指令や、補給計画等々である。片っ端からファイルを開くがどれも似たようなものだけ。タカトは嘆息し、諦めようとして――妙なファイルを発見した。

 一見なんてことは無いファイルに見えるが、これは……?

 

「一度、データが破棄されている? ……そうか、俺が来た時点で漏洩を避ける為に破棄したのか」

 

 納得する。だが、それはつまり、データを復元しない事には見れないと言う事である。

 そしてタカトには、まともな方法で破棄されたデータを復元する事もサルベージする事も出来なかった。

 そう、”まともな方法ならば”。

 タカトは端末から離れると、いきなり右腕を上げた。掌を中心にして幾何学模様の魔法陣が展開する。中央に浮かぶは666の紋章!

 

    −煌−

 

 虹色の光が帯状に魔法陣から飛び出す。それは迷い無く、端末へと突き刺さった。

 情報、強制略奪完了。

 データベースから各情報をサルベージ。復元、開始――。

 この間、数秒足らず。

 それだけでタカトは破棄されたデータを復元してのけた。『重要案件項目』と表示されたデータを展開する。

 そこにはずらりと情報が並んでいた。

 現在のストラ次元航行部隊の展開状況。

 現状における占拠完了した管理内、外世界。

 各、次元世界の侵略計画。

 出るは出るは。管理局の人間ならば、口から手が出る程に欲しがりそうな情報がそこには並ぶ。しかし、当のタカトが欲っしていた情報はどこにも無かった。ストラの目的は分からず仕舞い。

 

 結局、骨折り損か……。

 

 今度こそは諦めてタカトは嘆息して、そのまま息を止めた。

 

「……なんだと?」

 

 思わず問い掛け、展開した情報に視線を釘づけにされる。そこにはこう書いてあった。

 『第一管理内世界、ミッドチルダ”殲滅”計画』

 ……そう、書いてあった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第97管理外世界、地球。グノーシス月本部『月夜』、ブリーフィング・ルームに集まる一同の姿があった。

 アースラチームの一同。そして、アースラへと出向されていたグノーシス・メンバーである。それと後二人。叶トウヤと、ユウオ・A・アタナシアが並んで座っていた。その中で唯一いない人物が居る。昨夜、デバイスであり師匠である存在、イクスカリバーに離反された神庭シオンが。彼だけが、この場に居なかった。だが、トウヤは一切構わず場を進める。

 

「……以上が、君達に行ってもらう予定の各地域だ。そこで、アースラの皆のデバイスをロスト・ウェポンへと改造。N2Rの皆は専用DAを受領してもらう。何か質問はあるかね?」

 

 トウヤは展開したウィンドウを背に、皆に聞く。そこには以下の通りに各自の行き場所が記されていた。

 

 月本部、『月夜』

 八神はやて。

 リィンフォース2。

 シャマル。

 ザフィーラ。

 クロノ・ハラオウン。

 他、アースラチーム各ロングアーチ、ならびにアースラスタッフ。

 

 グノーシス出向組一同。

 日本、極東支部。

 高町なのは。

 フェイト・T・ハラオウン

 ヴィータ。

 シグナム。

 アギト。

 

 中国、大連支部。

 チンク・ナカジマ。

 ノーヴェ・ナカジマ。

 ディエチ・ナカジマ。

 ウェンディ・ナカジマ。

 

 EU、イギリス支部。

 ギンガ・ナカジマ。

 スバル・ナカジマ。

 ティアナ・ランスター。

 エリオ・モンディアル。

 キャロル・ル・ルシェ。

 姫野みもり。

 ……神庭、シオン。

 

 ――そう、書かれていた。最後に書かれている名前を見て、一同は目を伏せる。やがて、おずおずとスバルが手を上げた。トウヤは頷き、質問を促す。

 

「どうぞ、スバル君?」

「……その、シオン、なんですけど」

 

 思わずしどろもどろになる。だがそれだけでここに居る皆には通じた。

 EU行きとなっているシオンだが、果たして彼は行けるのか? そう問うているのだ、スバルは。

 さにあらん。今、出席していないシオンは部屋に閉じこもったままなのだから。余程イクスが離れたのがショックだったらしい。しかもそれだけでは無かった。

 

「それに、イクスの事だって……!」

「あれの事ならもう決定している筈だよ? スバル君」

 

 最後まで言わせずにトウヤは質問を切って捨てた。思わずたじろぐスバルにトウヤは冷たく告げる。

 

「イクスカリバー、否、『騎神、アルトス・ペンドラゴン』『奉否神』に認定。グノーシスはこれを”殲滅対象にする――”」

「納得出来ません!」

 

 トウヤが淡々と話す台詞に、遂にはスバルが叫び声を上げる。それは、アースラ・メンバー一同を代表する言葉であった。

 イクスが離反しただけでも混乱しているのに、グノーシスは即座に彼を殲滅対象にしたのだ。

 僅か二ヶ月程度とは言え、仲間だった存在である。到底、納得出来る筈は無かった。

 

「なんで、なんですか……!? なんでそんな風に――!」

「『奉否神』これがどう言った存在か、私は説明した筈だね?」

 

 だが、そんな一同にトウヤは変わらぬ冷たさで答える。それに、スバルがぐっと押し黙った。

 

 『奉否神』。グノーシスにおいては、アンラマンユ因子感染者と同じく殲滅対象とされる存在――否、”次元災害”である。それは、何故か。

 

「先にも言ったように、『奉否神』とは世界が神話やおとぎ話しを骨子(ベース)にして偶発的に発生させる概念存在だ。その霊格は当然、神位。しかも、大概は発生してから周囲に被害を撒き散らす存在ばかりでね? 彼等の出現で、次元世界がいくつ滅びたか教えようか」

「そんなの……!」

 

 スバルがトウヤを睨み付ける。いくら『奉否神』と言う存在が危険だろうと、イクスがそんな存在だとは思え無かった。少なくともアースラの面々は納得していない。

 だが、”彼等”は違った。トウヤと……グノーシスの面々は。

 

「なんで、なんですか……! なんでそんな風にイクスを!?」

「……私達は『天使事件』を経験しているのでね」

『『っ!?』』

 

 トウヤが告げた言葉。それに、スバルを始めとした皆は一斉に身を固くした。そんな彼女達を変わらぬ冷たい視線でトウヤは続ける。

 

「『天使事件』。かって地球近隣の世界で『奉否神』、『カバラの天使』が大量発生した事件だ。まぁ、これは自然発生したものでは無く、人為的に発生させられたものだがね……何故、『第一位直属位階所有者』が十代から二十代で構成されているか、分かるかね?」

「…………」

 

 スバルを始め、数人が告げられた問いに首を横に振る。他の者達は目を伏せていた。トウヤが何を言わんとしているか分かったからだ。彼はそんなスバル達に頷き、答えを告げた。

 

「”当時の位階所有者の約半分、五百名余りがこの事件で死んだからだよ”。グノーシス全体で言えば万を超える人員が犠牲になっている。……最強の個人戦闘集団を名乗る我等がだ。彼等が身を呈して守ってくれたおかげで、世界は一つも消える事は無かったのだよ」

『『…………』』

 

 今度こそ、スバル達は沈黙した。せざるを得なかった。

 トウヤ達がどれほど『奉否神』と言う存在を危険視しているか理解したから。だが、それでも納得出来ない。イクスが『奉否神』だと言う証拠など何も無いではないか。

 なのに、何故。しかし、トウヤはそれらの疑問を全て切って捨てた。

 

「なに、君達に協力しろなどとは言わない。あくまで、グノーシスという一組織が決めた事だ。君達、管理局の人間が従わなければならない道理はないよ」

「……それはつまり、自分達のやり方に口出しするなって事やろ?」

 

 今の今まで黙っていたアースラ艦長、八神はやてが初めて口を開いた。……相当に辛辣な物言いと共に。納得出来ていないのは彼女も同様と言う事である。トウヤは肩を竦める。

 

「その代わり、我々も君達のやり方には口出ししないよ。後は君達が決めてくれ……さて、話しが随分と脱線してしまったね。で? 今のシオンの状況がどうかしたのかね?」

 

 強制的に話しの軌道修正をトウヤは図る。それに、やはりアースラ一同は納得行かないような顔となった。だが、いつまでもそこに固執する訳にも行かない。スバルは本題へと話しを戻した。

 

「その、シオン。今、すごいショックだと思うんです。……落ち込んでると思うんです。だから――」

 

 話しながら、スバルは思い出していた。朝方のシオンの様子を。神庭家の道場で酔っ払って寝ていた一同の耳に飛び込んだのは、まるで怒号のような泣き声だった。

 絶叫と言った方が正しいだろう。

 酔いも一発で醒め、慌てて庭に向かうと、彼女達はそれを見る事になった。

 庭に跪いたシオンが、空に向かって咆哮するように泣き叫ぶ姿を。尋常では無い様子に、近寄れ無かった程である。

 そんな一同を置いて、一人トウヤが進み出ると強制的にシオンを眠らせたのである。

 結局、シオンはそのまま部屋に閉じこもり、全ての事情はトウヤの口からしか聞いていない。

 ただ一つだけ理解出来た。今のシオンを、とてもでは無いがEUになど連れて行けないと言う事である。

 ……せめて、立ち直るだけの時間を上げて欲しかった。なのに。

 

「出発が”明日”だなんて……」

 

 呟くように言って、スバルは目を伏せた。

 そう、明日なのだ。アースラ一同のデバイスを改造すべく各地に散るのは。

 つまり、このブリーフィングは本来、最終確認の為のものだったのだ。

 だがそれも、このような事態になってしまい、最終確認の為のブリーフィングどころか、アースラとグノーシスで反目一歩手前の状況になってしまったのである。……なんと皮肉なものか。だが、それを嘆いている場合では無い。スバルはトウヤに再び視線を戻した。

 

「せめて、数日だけでも延期を――」

「却下だ」

 

 即答が来た。皆まで話させない程のそれが。あまりの即答にスバルが開いた口をぱくぱくさせる。トウヤは反論される前に続けた。

 

「一個人の問題に、組織のスケジュールを左右されていい訳があるかね。シオンが立ち直れぬようならば、置いて行くまでだよ。幸い、向こうには安内人(ガイド)も居るし――」

「トウヤさんっ!」

 

 遂に、スバルは激昂した。身体を震わせながら彼を呆然と見開いた瞳で見る。それにすら、トウヤは冷たい目を向け続けた。

 

「シオンが、心配じゃ、無いんですか……?」

「言いたい事はそれだけかね? では、先の提案は却下する」

『『トウヤさんっ!』』

 

 今度はスバル一人だけでは無かった。アースラメンバーが、皆一斉に立ち上がる。だが、トウヤはどこまでも一切構わなかった。

 

「――ブリーフィングは以上。明日は、07:00時に集合とする。では、解散」

『『ッ……!?』』

 

 容赦無く解散を告げるトウヤに敵意にも似た視線が集まる。トウヤは少しだけ微笑した。

 思ったよりも人望のある異母弟に。やがて、ぽつりと呟いた。

 

「――賽は投げられた」

『『……?』』

 

 小さな声だったが、静かになったブリーフィング・ルームにそれは大きく響く。今度は視線が別の意味となるが、トウヤは構わない。席を立ちながら、呟き続ける。

 

「後は奴次第。このまま腐るか、それとも――アルトスの真意に、気付くか」

「トウヤ、さん?」

「心配していないか? そう、私に聞いたね? スバル君」

 

 出口に向かいながら、笑う。それはあまりに当たり前の笑みで。今日始めて、彼は明確に微笑んだ。そのまま、扉から出る。

 ――たった一言だけを、その場に残した。

 

「心配? まさかね。有り得ないよ。アレを誰の弟だと思っている?」

 

 そんな、もう一人の異母弟と全く同じような一言を残して。トウヤはブリーフィング・ルームから歩き去って行った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 さわさわと秋風が吹く空の下、彼は一人で歩いていた。

 神庭シオンは。

 ぼけっとした顔で街中から外れた場所を歩いている――あるいは、それで良かったのかも知れない。

 こんな表情で街中を歩くと、それだけで気味悪がられそうではある。

 なんにしろ、彼は歩いていた……先程までは部屋に閉じ篭っていたのだが。

 

「……」

 

 無言で歩くシオンの頬を優しく風が撫でて行く。でも、シオンが欲しいのはそんなものじゃ無かった。

 シオンが欲しいのは横から響く、厳しく、無愛想だが、確かな優しさを込められた声――相棒の声だった。

 でも、それはもう聞こえない。彼は遠くに行ってしまったから。

 

「……」

 

 無言で歩く、歩く。やがて、シオンは表情の消えた顔でなんとなく横にあるものを見上げた。

 神社、である。

 長い階段がシオンの目の前に聳えていた。

 しばらくシオンはそれを黙って見つめて――いきなり、階段めがけて駆け出した。一気に駆け上がる!

 何段か飛ばしながら走ると、境内にあっさり到着した。

 

「…………」

 

 シオンは無言。息を切らしてすらいない。日頃の修練の賜物だ。もっとも、今は欲しく無いものではあったが。

 

 ……俺、何してんだろ……。

 

 思わず自分に聞いてみる。傍から見ると凄まじくアホな事をしているような気がした。

 ……だが、それもすぐにどうでも良くなった。

 一番上の段に座り込む。そのままでいると、すっかり涼しくなった風が通り過ぎて行った。

 気持ちのいい風だ。しかし、もう十一月である。これも、すぐに寒くなる事だろう。

 アレの事を考え無いように、そんなどうでもいい事を考えながら、シオンは階段の上に座り込み続けた。

 

 ……気晴らしに出て見たけど、意味無いか……。

 

 そんな風に思いながら、こてんと石畳に横になる。服が埃っぽくなるだろうが、構う事は無かった。

 階段は雑木林に囲まれていて、当然、シオンの真上にも枝を伸ばしている。それが太陽を遮っているのをなんとなしに見遣り、目を閉じた。

 このまま寝て。起きれば、全て夢だったなんて事は無いだろうか?

 そう思い。でも、心の中ではあっさり否定する。そんな都合のいい事なんて有り得ないと。

 イクスが離れた事は、どこまでも現実だと。そう、シオンは自覚している。それでも、シオンは認めたくなかった。

 だけど、何をしたらいいか分からなくて。

 分からない、分からない、分からない!

 

 分から、ない。

 

 あの時と一緒だなと、思わず苦笑が零れた――雫も、共に。そして。

 

「本当に、お前の泣き虫は治らないな……」

 

 声が、した。

 どこまでも聞き覚えのある、声が。声も出せない程に呆然とするシオン。あるいは、本当に夢か? そう思いながら目を開いた。

 そこに声の主が居た。こちらを相も変わらぬ無愛想な顔で眺め見る、彼は――。

 

「タカ、兄ィ……?」

「いい加減、その泣き虫は治さないとな。シオン」

 

 そう笑いながら、彼はいつかと同じ言葉をシオンに告げた。

 伊織タカトは、風が優しく凪ぐ中で、まるで幻のようにそこに居た。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第四十七話前編でした。シオンがまたもや落ち込んでますが、基本テスタメントは主人公に優しくないのがデフォですので諦めて下さい(マテ)。
さて、次回はタカトがやらかします。うん、またか。
ではでは、次回もお楽しみにー。

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