魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
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アースラ艦内時間、午前四時、シオンの部屋で、目覚まし時計のベルが鳴る。
アースラに置けるシオンの部屋は、ちょっとばっかり殺風景で、基本的に物がない。
ある物と言えばシオンが唯一持ち込んだ物と、机、椅子、ベットくらいか。
目覚まし時計のベルが鳴っているが、シオンは構わずくぅくぅ寝ている。
やがて、シオンの所有デバイスであるイクスが浮かび上がる。人型だ。
シオンの側まで近寄ると、イクスが光に包まれる――そこから顕れたのは、成人と変わらぬ身長となったイクスだった。
大体の融合機に共通する事であるが、基本彼等、彼女等は、平均的な人の大きさになる事が出来る。
普段それをしないのは、魔力の消費が多い為だ。
だが、イクスはほぼ毎日成人クラスの大きさになる。
――曰く、弟子の修練に師匠が小さくてどうする――との事。
イクスが目覚まし時計のベルを消す。そして、シオンの顔……正確には耳元に顔を近付け、そこで息を一息吸い。
【起っ! 床――――――――!】
「うっどわぁぁぁぁぁぁぁ――――!」
力一杯耳元で怒鳴られ、シオンは跳ね起きた。そう、これがシオンの毎日の朝の風景であった――。
午前四時十五分。
アースラの訓練室に、シオンとイクスの姿はあった。
こんな朝早くに何をしようと言うのか、シオンはカードを差し込むと、訓練室がそのデータに従い、空間が拡大。街の風景を形作った。
【さぁ、今日も張り切っていこう】
「……おぉー」
どうにも朝が弱いらしいシオンが、気のない返事をする――と同時、どこから取り出したのか、イクスの手に木刀が握られた。そして、問答無用にシオンの頭へ叩きつけられる!
−撃−
【返事ははっきり大きくと】
「お、おお!」
弟子であるシオンは、イクスに修業中は基本従う。
例え頭を木刀ではたかれようと、だ。……青筋が浮かんでいるのは御愛嬌であろう。
【さぁ、今日も楽しい散歩の時間だ】
「毎度ツッコムのもアレだけど、お師匠? これは、確実に散歩じゃないって……」
そう言うシオンにはロープが巻き付けられ、そのロープはタイヤへと伸びていた。
さらにタイヤの後ろにはロープが巻き付けられ、そのロープにはバーベルがこれでもかとつけられている。止めに、そのタイヤにはイクスが乗っていた。合計の重量は軽く百Kgを越えているだろう。だが、イクスは全く構わない。
【口ごたえするな】
「へぃよ……って痛い!」
シオンに今度は鞭が叩きつけられる。どこからそんな怪しいものを持ってきたのかは謎であった。
【返事は「はい」だろう?】
「……は、はい」
怒りで体が震えるシオン。だが、そこはぐっと堪えた。鞭はとっても痛いのだ。何度も喰らいたくは無い。
【では、今日は軽く5周程走るか】
そう言いながら、訓練室に展開された町並みを見るイクス。ちなみに、距離にして75km程ある。
これを散歩と言い切れるあたり凄まじいとしか言いようが無かった。
【さぁ、走れ。馬車馬の如く】
「い、いつか……! いつかスクラップにしてやる……っ!」
涙ながらシオンが呟く。
もはや、『歩』ではないのが涙を誘う。そして、シオンは走り出した。
【遅い。もっと速くだ。カメのほうがいくらか速いぞ】
「痛っ! 痛っ! ぬおぉぉ……! いっそ殺せ――――――!」
シオンの怨嗟の声が響く中、散歩の時間は過ぎていった。
午前6時。ようやく散歩が終わったのか、シオンが道端に寝転がる。
だがあの距離を、あの重量で、1時間も掛からず走れるあたり、シオンも常人ではない。
だが師匠であるイクスに容赦の文字はなかった。
寝転がるシオンにバケツ――これもどこにあったか謎だ。に、汲んだ水をぶっかける。
【散歩でいちいちへばるな。次いくぞ】
「……はい」
もはや反論も出来ず、シオンはイクスに続く。
だが勿論、そこから先も地獄と名付けるのが相応しい修練が待っていた。
「ひーとーごーろーし――――!」
【人聞きの悪い事を言うな、この弟子は】
喚くシオンに、イクスがさも心外とばかりに首を振る。
だが、もしこの場に第三者がいたら、決してシオンの言葉を否定しないだろう。
シオンは鉄棒に逆さで括りつけられ、下ではイクスが煌々と焚火を行っていた――いや、焚火と言うには火が強すぎる。キャンプファイアーもかくやとばかりに、炎の舌が上に伸びていた。それはちょうどシオンが居るあたりまで伸びている。
シオンは火傷しないように腹を屈め、背中が熱くなったら背を反らせ、腹が熱くなったら――と、交互に火傷せぬように繰り返していた。傍から見れば、立派な拷問である。
勿論、意味はある。要は腹筋、背筋の修練だ。
ただやり方、と言うものがあるような気はするが。
【……もうちょっと火力を上げるか】
「おーにー! あーくーま――――!」
午前6時半。ようやく。スルメ踊り(命名イクス)が終わる。
だが当然、修練はまだまだ終わらなかった。
【頭が高い】
「ぬあぁぁぁぁ!」
シオンの頭上をぎりぎり木刀が通り過ぎる。
シオンは今、半腰になって、さらに腕を肩の高さに伸ばし、その両手には水が満載の壷(気合い、根性と名前付き)を握った状態で、木の杭をすり足でくぐり抜けている。ちょっとでも頭をあげると、木刀が容赦無く叩き込まれる仕組みだ。
筋トレなのだが、いちいちレトロなのはイクスの趣味なのか――。
午前7時。まだ修練は終わらない。
今度は杭の上に片手で乗って逆立ちし、さらに足の上にイクスを乗せたまま腕立てを行っていた。バランス感覚と腕の筋肉を鍛える為の修練だろうか。
そして、午前7時10分。
【ふむ、朝のウォーミングアップ終わり。飯にしよう】
「……うわぁい」
心体共に疲れ果てたシオンがイクスに続き、訓練室を出る。ようやく、朝ご飯であった。
午前7時半。シャワーを浴びたシオンが食堂に入る。ちなみにイクスは待機モード(大剣状態の鍔の形)に戻っていた。
「シオンー!」
食堂に入るなり、名前を呼ばれる。声の方を見ると、スバルを始めとした前線メンバーが勢揃いしていた。ちなみに名前を呼んだのはスバルだ。
「よう皆も飯か?」
「うん、シオンもここに座りなよー」
にこやかに言われ、勧められるがままに席に座る。
目の前にはどん、と山となったスパゲティーがあった。
「んじゃ、いっただきます」
両手を合わせる。シオンは何故かこんな風に礼儀正しい時があった。――礼儀正しいのはここまであったが。
食らう。喰らう。喰らい尽くす。
シオンがフォークを延ばすと、山が見る見る間に消えていく。
先の修練の後で、よくぞそれだけ食べれるものだ。
流石のスバル、エリオ(二人共大食い)も苦笑する。
「そう言えばシオン兄さん」
「んァ?」
更なる山を消費しながら、エリオの方を向く。
頬っぺたがリスのように膨らんでいるが、次の瞬間には飲み込まれていた。
本当に噛んでいるのか問いたくなるが、シオンの顎の速度は並ではない。
「シオン兄さんって、朝の訓練の時、皆と一緒じゃないですよね? どんな訓練してるんですか?」
「……まぁ、いろいろ、な」
エリオの問いに若干顔を引き攣らせながらシオンは笑う。
なのは教導官による朝の教導。シオンはそれには参加していなかった(出来なかった)のだ。
「そう言えば、そうだねー。朝ご飯、毎回凄い食べっぷりだけど。朝、何してるの?」
「まぁ、修練を、ちょっと」
あれをちょっととは決して言わないだろう。だが、師匠曰くウォーミングアップを、目の前で地獄の筋トレとは言えなかった。……倍増されても困るし。
【ふむ、興味があるならスバル・ナカジマ。君も修練に参加――】
「人死にが出るから却下」
シオンがすげなく却下する。こうして、朝食の時間は過ぎていった。
午前11時。アースラにエマージェンシーコールが鳴り響き、シオン達は出動する。
基本的に感染者は時間を問わず発生する為、少隊毎に待機時間は違う。
今回の昼待機はスターズ少隊であった――のだが、シオンは必ずと言っていい程毎回出動する。
感染者にシオンが捜すナンバー・オブ・ザ・ビーストが関係している為なのだろうか?
はやてや、なのはもシオンに休むよう度々言うが、シオンはまったく聞く耳を持たなかった。
負けず嫌いの上に超、が付く程の頑固者であるシオンらしいと言えばシオンらしいが。
「OOOaaaaaaaaa!」
「っと!」
−撃!−
上から放たれた巨大な拳を、シオンはひらりと躱す。
今度の感染者はゴーレム。魔法生命なのだが、アポカリプス因子にはあまり関係ないらしい。
まぁ無機物にも感染する事を考えると、まだ理解の範疇だろう。
ゴーレムのただ一つある目から光が放たれる――砲撃!
−煌−
しかし、シオンも、そしてスバルもあっさり回避した。この程度の砲撃は、問題にもならない。
「神覇参ノ太刀、双牙!」
−裂!−
シオンが放つ地を走る刃は二連。それは、外周から弧を描いて、ゴーレムの膝に直撃!
たまらず両の足は崩れ、ゴーレムが前に倒れる。
その方向には、スバルと、今まさに放たれたれんとしたリボルバーナックルの一撃があった。
−撃!−
リボルバーキャノン。その一撃が、胸部に直撃。
ゴーレムは、今度は反対にのけ反った。
そこに、なのはのアクセルシューターと、ティアナのクロスファイアーシュートが叩き込まれる!
再生能力を持つ感染者に対する有効な手段。それは間断ない連続攻撃で再生をさせずに倒す、と言うものであった。スターズと、シオンはそれを実践する。
「行くぞ、アイゼン!」
【了解!】
ヴィータの声に応え、カートリッジロード。
グラーフアイゼンの片側から突起が、もう片側からロケットブースターが迫り出す。
そして、そのままヴィータは回転開始。ロケットが火を吹いた。
「ぶち抜け――――!」
−轟−
−撃!−
ラケーテンハンマー。ヴィータは回転しながらゴーレムに突っ込み、そしてゴーレムの胸部に轟撃の一撃を叩き込む!
既にスバルから一撃もらった所である場所を直撃され、胸部はあっさり破砕し、そのまますっ飛ぶ。そこに――。
「神覇、弐ノ太刀――」
「ディバイーン……!」
――シオンとスバルの声が重なる。二人は並んで、それぞれ止めの一撃を放たんとしていた。
ボロボロになったゴーレムは、ただその一撃を座して待つしかない。
「剣牙ぁ!」
「バスタ――!」
−轟!−
−破!−
−撃!−
そして二つの光は放たれ、飲み込まれたゴーレムはあっさりと塵へと還っていった。
午後3時。ようやく感染者との戦闘の事後処理が終了し、スターズの面々は事務仕事に戻る。
シオンも書類作成の為、ティアナからの助言を受けながら報告書を作成していた。
「そこ、誤字があるわよ?」
「ぬ、ぐぬうぅぅぅ!」
ティアナに手伝ってもらいながら報告書を作るシオンは、ダメ出しを連発されて唸る。
つくづく、机に向かうのが苦手なシオンであった。
午後5時。なのは教導官の元、集団模擬戦及び、各個人技能の訓練を開始する。
シオンは連携戦闘が苦手な為、なのはにみっちり扱かれていた。
模擬戦の後に反省会。そして、少隊を変えての再度模擬戦。これをくり返す。
シオンも最初の方は足を引っ張りまくりだったが、なかなかどうして。慣れて来たのか様になってきていた。
……油断すると、ヴィータから手痛い一言を貰う羽目にはなったが。
午後8時。各少隊への申し送りなどの書類仕事を終らせ、ヴィータやなのは、フェイト等の隊長陣のチェックの後、漸くオフシフト。風呂に入る。
「しっかし、男が俺達だけって寂しい過ぎだなオイ」
「前線メンバーはシオン兄さんと僕だけですしねー」
広い湯舟にシオンとエリオが浸かる。しかし、横の女風呂は姦しいのに、こちらは二人だけ。非常に寂しい光景であった。
たまにヴァイスやグリフィスも交じる時もあるが、それでも少ない。
「どうせならエリオ。お前、女風呂に入ったらどうよ?」
「……流石にもう勘弁して下さい」
六課時代の、地球への出張任務の話しを聞いていたシオンがにんまりと笑いながらエリオを冷やかす。それに頬を赤らめながら文句を言うエリオ。平和な時間であった。
午後9時。再度、エマージェンシーコールが鳴る。
シオンは今度はN2Rチームと出動する。向かった先には、先程と同じゴーレムの感染者がいた。
「……流行ってんのか、ゴーレムって?」
勿論、そんな訳がない。単なる偶然である。すぐさまゴーレムに踊り掛かるN2Rとシオン。
……あっさり倒した為、戦闘描写は割愛する。
午後11時。再度報告書を作成するシオン。今度の助言者はギンガだ。
「……ここ、脱字してるね?」
「ぐぬ! ぐぬぬぬ!」
いい加減、机仕事に慣れようと思うシオンがここに居た。
午前0時。
「おやすみー」
床につくなり、速攻でシオンは寝息を立てる。彼は、寝付きはとても良かった。
これが、ここ一ヶ月程に置ける、シオンの一日のパターンであった。
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「……流石にシオン君、働き過ぎやなー」
アースラのブリッジにある艦長席。そこで、八神はやては呟いた。
休めと言っても聞かないシオン。普段、何してるのかちょっと気になり、シャマルに頼んで、モニターして貰ったのだ(風呂の場面は除く)。
それが今見たものである。感想は、よく体が持つものだの一言に尽きた。
朝の修練など、見ているだけで絶句ものなのだが。
「働き者なのは結構なんですが、倒れられるのは困りますね」
副官であるグリフィスも、もはや苦笑するしない、といった表情ではやてに頷く。
いろんな意味で就業規則の緩い管理局。だが、だからといって体を壊すまで働けとは言っていない。
「やっぱり、無理にでも休ませるべきやろうね」
「同感です。なのはさんを始めとした隊長陣からも、強制的に休ませるべき、との意見が」
やろうなぁーと、はやては頷く。物事には何事も、限度と言うものがある。そして、シオンはその限度を越えまくっていた。
「シャリー、悪いけどシオン君、ブリッジに呼んでくれるか?」
「はーい。了解しました」
和やかにシャリーが返答し、シオンに通信で呼び掛ける。ほどなくして、シオンはブリッジにやって来た。
「神庭シオン、入りまーす。どうしたんですか、はやて先生?」
「うん。あんな、シオン君?」
不思議そうな顔をするシオンに、はやては休暇の話しをする。だが、シオンの苦々しい顔をして、「NO」とだけ返した。
「……あんな、シオン君。勘違いしとるようやけど、これは命令」
「いや、でもですね?」
「でもも、へったくれもあらへん。アースラ初出航から一ヶ月。最初の感染者戦の後以外休んでないやんか」
反論を容赦無くぶった切るはやて。そう、シオンは最初の感染者との戦いで、切り札である精霊融合を使い、丸一日昏睡。さらに、もう一日を体力の消耗等から休んだのだ。だが、それ以外は全部例の一日のように働き続け、休暇を一日も使わなかったのである。
「とにかくや、これは決定事項。反論等は聞かんから」
「いや、ちょっ! そんな横暴な!」
「休みは――そうやな。今日と明日。以上、解散!」
シオンはしばらく喚くが、はやてが笑顔で「なら、医務室にでもバインドかけてほうり込んどこうか?」と言い出したので、仕方なしに退散する。
「二日間も何をしろってんだよ……」
シオンは休みの癖にやたら重いため息を吐きながら、とぼとぼと部屋に戻ったのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「と、言う訳で。今絶賛、暇なんだ」
『『はぁ……』』
とりあえず、時間を潰そうと来たのは休憩所――ピロティであった。
前線メンバーはここ等でだべる事が多い。ちなみにシオン、此処に来る前に訓練室に行っている。
だが、どこをどうやったのか訓練室に入れないのだ。どうやら徹底的に休ませるつもりらしい。
そんな訳で来てみたのは休憩所。そこで、ティアナ、スバル、エリオ、キャロがお菓子を食べながらだべっていたので混ぜてもらい、時間の使い方なんぞを聞いた見た訳だ。
「うーん。なら、ミッドのクラナガンに遊びに行ったらどうかな?」
「ダチがいるならともかく、一人で行って何をしろってんだよ」
「なら、部屋で寝てたらどうなの?」
「なんぼなんぼでも、二日も寝っぱなしは遠慮したい所だ」
「読書とかはどうです?」
「最近、本読んでないからなー。それに性に合わねぇ」
「詩でも書き綴るとか」
「……キャロ? お前は俺にどんなキャラを期待しとるんだ……」
うーん。と、再び思考の渦に入り込む一同。なんと言うか、何故に休みの日なんぞで、こんなに悩まなければならないのか。
「と言うか、趣味とか無いの? あんた?」
「趣味かー。無い事も無いんだけど……?」
ティアナにそう言われ、シオンはふむと考え込む――と、そこではハタっと動きを止めて、ティアナをジーと見つめ始めた。
「な、何よ? そんなに人の顔ジロジロと見て……」
「お前、今日はもうオフシフトだよな?」
見つめられた為か、顔を赤らめるティアナに、シオンはなおも見つめながら問う。それに訝しみながらも、ティアナは頷いた。
「そう、だけど?」
「よっし、ちょうどいいや。そのまま此処で待ってろ」
言うなりシオンは立ち上がると、自分の部屋へと戻っていく。突然のシオンの行動に、四人は呆気に取られた。
「……なに、あれ?」
『『さぁ?』』
ティアナの問いに当然答えられるはずもなく、シオンの背中を見ながら、三人は首を傾げたのであった。
そして数分後、シオンが戻って来た。
その手にあるのはキャンバスとイーゼル。各絵の具とデッサン用の黒炭である。何やら上機嫌で用意を始めるシオンに、ティアナはとりあえず聞いて見る事にした。
「えっと……。一応、聞くわね? 何をするつもり?」
「ん? ああ、俺、絵を描くのがちょっとした趣味でな。絵を描こうと思ってさ」
………………。
沈黙が広がる。一秒、二秒と、そして、三十を数えた頃、四人は一斉に爆発した。
『『ええぇぇぇぇ――――――――――!!』』
「……なんだよ? 四人揃ってその反応はよ」
シオンがイーゼルにキャンバスをセットしながらジト目で問う。だが、四人はそれどころではなかった。
シオンが返した答えが、あんまりにも意外過ぎたからだ。どちらかと言えば、そう言った繊細な事は不得手なイメージがあったのだが――。
「シオン、絵なんて描けたの!?」
「ああ、地球出てから描いてないけどなー。ある人の影響で描き始めたんだが、これがいろいろ楽しいんだよ。……もっとも、俺が得意なのは人物画だけど」
「待ちなさい」
んあ? と、今まさしくデッサンを始めようとするシオンに、ティアナが静かに静止を掛ける。キャンバスの方向はこちらを向いているようなのだが――?
「一応、聞くわね? あんた、誰を描くつもり? 私、とっても嫌な予感がするんだけど?」
「お前」
即答である。やっぱりか、とティアナはこめかみに手をやった。
「……私、描いていいなんて、一言も言ってないんだけど?」
「おお、そう言えば!」
忘れてたのか、とゲンナリするティアナ。すかさず文句を言おうとする――が、しかし、シオンの一言が機先を制した。彼はにこやかに笑い。
「悪い。でもお前の顔綺麗だし、なんか絵映えしそうだったからさ」
それは、何の邪気もない笑顔と一言であった。シオン自身素直過ぎる気持ちに、全く内容に含みが無い。しかし、それ故に、ティアナは思いっきりうろたえた。
「あ、あんた何言ってんの!?」
「ん? 駄目かー? なら諦めるけど」
あっさりと言うシオンに、しばらくティアナは迷う。
だが結局の所、興味が勝った。果たして、シオンは自分をどう描くのか――?
それが、気になって気になって、仕方なくなってしまったのだ。
「――もぅ! わかった、描いていいわよ。その代わり、ちゃんと綺麗に描きなさいよ?」
「任せろ。本物より綺麗に描いてやんよ」
シオンの返答に小さく「ばかっ」とだけ呟くと、観念したのか椅子に座る。そこで、シオンはふと気が付いたように顔を上げた。
「おっとそうだ。スバル?」
「え? な、何?」
どうやら何か考え事をしていたのか。若干慌てながらスバルが聞き返す。
シオンはそんなスバルの様子に気付かず、朗らかな笑みで問いを放った。
「次、お前を描かせてな? お前も綺麗だし、結構絵映えすると思うんだよ」
「へ? ええ!?」
いきなりのシオンの言葉に、焦りまくるスバル。シオン自身は何気なく放った言葉でも、その威力は絶大であった。そんなスバルの様子に、このコンビ似たような反応すんなぁとか思いつつ、彼女にも聞き直す。
「駄目か? まぁ、なら諦めるけどよ」
「え、でも、その……! うー! や、やっぱりお願いします」
最後らへんは消え入りそうであったが、結局ティアナと同じく好奇心に負けたらしい。
そんなスバルの返答に、シオンはよしっと満面の笑みを浮かべた。
その顔を見て、スバルもまたティアナに負けないくらい赤くなる。
その頃、ティアナはシオンにいろいろ褒められたり、緊張のせいか周りが見えない程、まぁ、なんかいろいろ駄目になっていた。
二人を駄目にしたシオンは、さらに続ける。
「明日はエリオとキャロなー?」
「えっ?」
「私達もですか?」
思わぬ言葉だったのだろう。二人が問う。それにシオンは「おう」と答えた。
「二人、ツーショットで描いてやんよ」
「えっと、そのー。それじゃあ」
「よろしくお願いします」
ペコリと仲良く頭を下げる二人に、先程と同じく頷くシオン。そして、再びティアナへと向き直った。
「んじゃあ描くな? ああそれと、そんなガチガチにならんでも大丈夫だぞ? 普通にしてろ、普通に」
「……う、うん!」
だがティアナは聞こえているのか聞こえていないのか、ガチガチのままだった。
シオンはそんな彼女に苦笑しながら、まぁいいか、とデッサン用の黒炭を走らせ始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……凄い」
「んー、でもないぞ? やっぱり腕、鈍ったなー」
自らが描かれたデッサンを、ティアナは茫然と見る。シオンが描いたティアナは、素人から見れば充分綺麗だった。ただシオンは自身は、ちょっと不満そうである。
「ううん、全然上手いよ。シオン才能あるって」
「そうですよ。こんな絵が描けるって、充分凄いです」
「はい。この絵のティアさん、とっても綺麗です♪」
皆が褒める中、キャロの言葉にティアナが「あう……」と、声を漏らす。何やら相当恥ずかしいらしい。しかし、シオンは苦笑いだけを零した。
「んー……。俺としちゃあいろいろ不満なんだが。ティアナ、モデルありがとうな」
「えと、その、私こそ、ありがとう」
ティアナの礼にシオンが疑問符を浮かべて、首を傾げる。何故に礼を言ってくるのか。そんなシオンに、ごにょごにょと小さくではあるが、ティアナは言ってやる。
「ほら、さっき言った本物より綺麗に描くって……」
「ああ。でも駄目だな。まだお前のが綺麗だ」
自分が描いたデッサンを見てシオンが言う。――この時、シオンには勿論、他意はない。だが、それ故に、ティアナには破壊力満載の言葉となった。
「その、あの、それ、どう言う意味……?」
「ん? そのまんまの意味だよ。まぁ、また描かせてくれよ。次こそは本物より綺麗に描いて見せるぜ」
ニっと笑うシオン。そんな彼に、ティアナの顔がさらに赤くなった。……無自覚とは、本当に本当に恐ろしいものである。
「さて、次はスバルだな。ほれ、そこ座れよ」
「う、うん!」
言われ、ティアナが居た席に今度はスバルが座る。
しかし緊張の為か、ティアナ以上にカチンコチンであった。流石に、シオンが苦笑を漏らす。
「……お前ね。絵を描かれる位でそんな緊張してどうすんの?」
「だ、だって!」
呆れたようなシオンに、スバルが珍しく食ってかかった。あのシオンが、自分を描くと言うのだ。緊張しないほうがおかしい。そんなスバルに、シオンは少し思案して。
「……ん。なぁ、スバル。服、脱いで見ないか?」
ニンマリと笑いながらシオンが告げる。一同、何を言われたか分からず、一瞬呆然として、直後に大声を上げた。
「え、え――――――――――!?」
「ちょ、シオン! あんた、どういう積もりで――!」
「何を驚く? ヌードデッサンってのはあるんだぜ?」
いけしゃあしゃあと言い放つシオン。そんな彼に、さらに二人は慌てまくった。
「シ、シオン、流石にそれはちょっと……」
「まぁ、勿論冗談なんだがな」
涼しい顔でシオンは先程の自分の言葉を否定する。二人は、再び呆気に取られ、やがて拗ねたようにシオンを睨んだ。
「アンタね……」
「……シオン、酷いよ……」
「で、どうだ? 緊張解けただろ?」
シオンがニヤッと笑う。そこでようやく二人共気付いた。つまり、今の冗談はスバルの緊張を解す為だと。
「ん。いい表情になったな。それでいいんだよ。普通のお前を描きたいんだから」
「う、うん」
スバルに、にこやかな笑みを返すと、彼女は少し俯いて頷いた。それに微笑み、シオンはキャンバスに向かう。
「ほれ、顔上げろ。描くぞー」
こうして静かに、だがシオンの休日は過ぎる
この時だけは、五人の中で感染者への不安も恐れも、消えていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
XV級次元航空艦、クラウディア。
その艦長である、クロノ・ハラオン提督は、モニターを見ながら顔をしかめる。何故か? それは、モニターの中にあった。彼は、通信先の管理局員に鋭い目を向ける。
「被害者は現地の住人で、何らかの犯罪に関わったわけではない――間違いないんだな?」
《はい、間違いありません》
局員の男性は、神妙な顔で頷く。彼が持って来たのは、ある事件の現場の様子であった。モニターには、その現場が映し出されている。
そこには、壁に背をつけてぐったりとする男の姿があった。
彼は意識不明、目覚める気配はないらしい。
そして、その男の胴には異質極まりない刻印が刻まれていた。それは。
「ナンバー・オブ・ザ・ビースト、か……」
666。そう、はっきりと、そこには刻印されていたのであった――。
(第十話に続く)
次回予告
「――ずっと、ずっと、追っていた。追い掛け続けてたんだ。あの背中を」
「どこまでも、あの背中に憧れた。だから、誰よりも憎んだ」
「だから、俺は――」
「次回、第十話『魔王降臨』」
「其は真なる意味での神殺し。EXと呼ばれしもの」