魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「――ナンバー・オブ・ザ・ビーストを知ってるか?」


邂逅編
第一話「ボーイ・ミーツ・ガール」


 

「強くなれ……」

 

 ――その言葉を忘れない。

 

「強くなれ。誰より強く誰よりも高く」

 

 ――けっして忘れるものか。

 

「強くなれ、シオン。そして……」

 

 ――そしていつか、アンタを。

 

「俺を、殺せる程に」

 

 ――この手で。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ミッドチルダ地上部隊の隊舎前。そこで青い空の下、懐かしい面々が久しぶりの再会に笑顔で談笑する。

 一年前に起きたJS事件を解決した、機動六課のメンバー達だ。

 半年前に解散し、今はそれぞれの道を行く彼女、彼等ではあったが、久しぶりに同窓会のようなものをやろうと集合がかけられたのである。

 勿論、それぞれ忙しい者達ばかりなので、全員が全員とは行かないまでも、参加者は少なくなかった。

 

 同窓会……と、いうには早過ぎるが、しかし各々楽しみに、この日を待っていた――のだが。

 

「おっそい……!」

 

 唸るような声を上げて、オレンジ色の髪の少女がきっと、隊舎前の道を睨む。

 機動六課、元スターズ4、ティアナ・ランスターだ。六課卒業後は、執務官補佐として活躍中であり近々執務官試験を受けようと言う有望株である。

 そんな少女は、まだ来ない元相棒に、苛立ち半分、心配半分な感じで腰に手をあてていた。

 

「そうだね……スバル。どうしたんだろ?」

 

 そんなティアナに、微苦笑を浮かべながらも栗色の髪の女性が頷く。元機動六課スターズ1こと、管理局の誇る言わずと知れたエース・オブ・エース、高町なのはである。

 JS事件の後は、様々な事情や本人の希望もあって、地上部隊の戦技教官を続けている。そんな彼女も、最近は義娘の高町ヴィヴィオに生活を合わせており、比較的スケジュールを合わせやすいようにしていた。

 少なくとも、六課隊長組である八神はやてやフェイト・T・ハラオウンよりはゆっくりとした生活を送れていると言えよう。

 

 閑話休題。

 

 ともあれ、来ない相手は約束の時間から僅かとは言え遅刻らしい遅刻はしないタイプと言う事もあり、若干心配そうな表情を、なのはが浮かべた。

 そんな彼女の前に、小学生低学年程の背格好の少女が不敵な笑みと共に前に出る。元スターズ2、ヴィータだ。ヴォルケン・リッターである彼女は基本外見上は歳を取らない為、「ちっこ可愛い教導官♪」と愛される(口に出すと、愛機であるグラーフアイゼンの落ちない染みにされる)騎士様なのだった。

 そんな彼女は小さい身体に不釣り合いな感じでのけ反り、ティアナに振り向く。

 

「ま、しばらくしたら来るだろ。あいつシフトでは休みだったけど、昨日、夜に出動だったんだろ? 確か海上の大型客船のレスキューだったっけか」

「はい。今日朝方まで出動だったらしいんですが……」

 

 ヴィータに頷きながら、ティアナは嘆息を一つ入れた。そう、まさに昨日、遅れている元相棒は緊急出動に駆り出されたのである。申し送りも含めて、全てが終わったのは日が上って大分経った後だったとか。流石に疲れていたのか、こちらに「起こして〜〜」とへたれた声でお願いして来たのだが。

 

「結局起きないし。あんまり無理するなって言ってんのにアイツは……」

「でも、やっぱり皆と会えるの楽しみだったんですよ」

「うん。私もエリオ君も昨日遅くまで寝られなくて」

 

 そう言って、頷き合うのは元ライトニング3、4、エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエだ。

 六課卒業後も進路を共にした二人は、今や兄妹もかくやとばかりの仲の良さである。そんな二人の無邪気な笑顔に毒気を抜かれ、ティアナは微苦笑を浮かべた。

 

「そりゃあね。私だって楽しみだったわよ。皆と久々に会えるんだもの」

 

 つい昨日も連絡をとっていたのだが、そこでも相当はしゃいでいたのである。しかし、さぁもう寝ようかと言うタイミングで出動が掛かったのだが。

 と、そこで皆の後ろに控えていた一際長身の女性が片眉をぴくりと動かして微笑する。

 元ライトニング2にして、ヴォルケン・リッターのリーダー、シグナムだ。

 いち早く近付く気配に気付いた彼女は、皆に言ってやる事にした。

 

「噂をすれば……と、言う奴か。来たようだぞ?」

「え? あ、ほんとだ」

 

 シグナムの台詞に、元ライトニング1にして管理局執務官。そして、現ティアナの上司であるフェイト・T・ハラオウンが笑顔で頷いた。

 その先には、一人の少女が息も絶え絶えに、しかしかなりの速度を維持したまま、こちらに走って来ている。元スターズ3、現レスキューのスバル・ナカジマである。彼女は、こちらに気付くと大きく手を振って来た。と、同時に大声でこちらに呼び掛けて来る。

 

「すみませ〜〜〜〜ん!」

「遅い!!」

 

 開口1番。ティアナの雷がスバルに落っこちた。まるで、本物のそれに打たれたかのようにびくぅとなりながらも、スバルはあははと罰の悪そうな顔をする。そして、ティアナに手を合わせた。

 

「あう、ティアもゴメン。起こしてくれたのに……」

「まったく……それよりアンタ。身体、大丈夫なの? あんまり寝てないんじゃない?」

 

 何だかんだ言っても心配性なティアナの疑問はしかし当たり前のものであった。

 スバルはある意味特別性ではあるが、それとて限度がある。まして昨日はかなりきつい現場であった筈だ。心配の一つもしようと言うものであった。しかし、スバルはそんなティアナの心配を余所に満面の笑顔を浮かべる。

 

「うん! 大丈夫だよ!」

「ならいいけどさ……」

 

 元気溌剌なスバルの笑顔に、ティアナは嘆息を再び吐くと、諦めたように頷いた。

 スバルは小さく「ありがと」とだけ言って、すぐに皆の方に振り向く。そちらでは、二人のやり取りをやれやれと見ている面々がいた。

 

「みなさん。遅れてゴメンなさい! そして……お久しぶりです!」

「まぁ、遅刻言うても10分ぐらいやしな。大丈夫やよ」

「いえ……でもありがとうございます。待ってて下さって」

「まぁ、でも遅れるなら遅れるでちゃんと連絡しろよな。なのはも皆も心配したんだぞ?」

「あうー。すみません。ヴィータ副隊長」

 もう副隊長じゃねぇ。と、続けてヴィータがツッコミを入れた所で皆から笑いが巻き起こった。

 ついつい六課時代を思い出して、出てしまった癖に恥ずかしがるスバルに、苦笑して最後に元六課部隊長の八神はやてが取り直すように六課隊舎を前にして一同を促す。

 

「それじゃあ立ち話もなんだし、行こうか?」

 

 そんな彼女についつい皆が了解と言いそうになって、また笑いが生まれた。

 

 季節は秋。機動六課が終わって、早くも半年ぶりに懐かしい隊舎は、卒業生達を迎え入れたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……すっご〜〜〜〜い」

 

 隊舎ホールでスバルが感嘆の声を上げる。

 六課の設立と解散の挨拶をしたこの場所は今、所狭しとテーブルが並べられ、そこに数多くのご馳走が並べられていた。

 

「これ……皆。なのはさん達が作ったんですか?」

 

 スバルほどでは無いが、ティアナも目の前のご馳走に目を見開いて驚く。

 さもありなん、明らかに手が込んである料理ばかりが、そこには並んでいた。ティアナの疑問に、はやては嬉しそうに答える。

 

「そや♪ まだまだ料理の腕は衰えてないよ〜〜♪」

 

 自慢気に二の腕を叩くはやて。実際、総指揮はやての元で、これらの料理は作られたのだ。

 

「うん♪ 昨日から頑張ったんだよ♪」

 

 同じく、その腕を振るったなのはも満面の笑顔で二人に答え、フェイトもにこにこと笑って頷いていた。そんな三人に、スバル、ティアナと他元六課メンバーは呆然とした。

 あまりショックを受けていないのは、エリオとキャロくらいか、不思議に思い聞いてみる。

 

「ちびっこ達はあんまり驚いてないのね……」

「あ……僕は前にフェイトさんやリンディ提督に料理を作って貰って……」

「私もです♪」

 

 よくよく考えれば二人はフェイトが保護者だった事もあり、必然手料理を味わった事がある筈であった。

 今更ながらそれに気付くが、かく言う二人も目の前のご馳走に嬉しそうにしている。

 

「本当なら毎日作ってあげたいんだけど……そうもいかなかったから」

 

 そんな二人にフェイトがちょっと寂し気に言葉を漏らす。

 管理局執務官と言う普段の忙しさがよく解る言葉であった。実際、フェイトは最近、なのはの部屋に泊まりが多くなり、近々同棲(二人は同居と言って認めないが、どう見ても同棲である)するのではと専らの噂なのだが。まぁ、それはともあれ。

 

「さ、皆。席についてな♪」

 

 テーブルを囲む一同に、はやてが呼び掛け、で皆思い思いの席に着いた。

 そして、いつかのように皆の前に立つと、おほんと一つ咳ばらいをした。

 

「さて、皆集まってくれてホンマありがとう♪ 皆一緒にこう言う席を設けられてホンマ嬉しいです♪」

 

 乾杯の挨拶を述べる。

 来られた者も、来られなかった者も含めて、皆一緒と言う言葉をはやては使った。そこには誰一人として欠けずにと言う意味も含まれる。頷く皆に、はやてもまた頷く。そして、グラスを手に持って掲げた。

 

「さて、長い挨拶は嫌われるしな♪ 皆、グラスを持って〜〜」

 

 号令に従い、それぞれグラスを持つ。未成年が多いはずのためお酒は入っていない……と思いたい。レティ提督もいない訳だし、多分。

 

「うん♪ 皆、準備はええな? それじゃあ、カンパ〜〜〜イ♪」

 

 −カンパ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜イ!−

 

 そして、はやての音頭に合わせて皆が杯を一斉に掲げる。宴が始まった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「フゥ……」

 

 夜の街をスバルが歩いていく。飲み物が切れた為、ジャンケンで負けたスバルが買い出しに出たのだ。

 

「にしても、凄かったな〜〜」

 

 ご馳走はもちろん美味しかった。だが、スバルが言っているのはもちろん違う。

 平たく言うとグラスにお酒が入っていたのだ。ちなみに犯人はシャマルである。

 いつから注がれたのか、なのはやフェイト、はやてまでいつの間にか飲んでしまっており、さらにあの人が来たのだ。

 そう、酒乱大魔王こと、レティ提督が。ちなみに後ろにユーノ・スクライアと、クロノ・ハラオウンを引き連れていた。二人の顔が引き攣っていたのは言うまでもあるまい。

 その後宴会がどうなったかは察して頂きたい。スバルは逆に宴会から逃げられてちょっとほっとしていた。

 

 ……皆、いろいろな酔い方があるんだな〜〜

 

 スバルはお酒を飲まされた方々に思いを馳せる。

 泣き出したり、笑い出したり……脱ぎ出したり。主に誰がやったのかは伏せるとして。

 

 歩くスバルを撫でる様に風が吹く。気付けばもう秋である。いろいろな事があった。

 機動六課が解散した後もレスキューで人を救い。今も夢を追いかけ続けている。その事が誇らしく、またちょっとだけ寂しかった。今日のようにまた皆とは会える。だけど、あの日のように皆で動く事はない、と……。

 そんな風に少しばかりアンニュイな気分に浸っていたのだが、急に空気が変わった。

 ふと気付く……ここはこんなにも暗かったろうか? 後ろをふり向く。だがそこもまた明かりはない。

 

 ……結界!?

 

 スバルは思わず目を見張る。誰が何の為に? そう思う、が。今は考えるのは後だ。

 

《マッハキャリバー。いける?》

【はい。いつでも】

 

 ――よし。

 

 スバルは相棒の返答に力強さを感じながら頷き、ポケットからその相棒。インテリジェント・デバイス。マッハ・キャリバーを取り出して空へと掲げた。

 

「マッハキャリバー! セット、アップ!」

【スタンバイ、レディ。セット、アップ】

 

 叫びにマッハ・キャリバーは瞬時に応え、スバルの身体が光に包まれる。

 そして次の瞬間、スバルの身体をバリアジャケットが包んだ。

 

 ――リボルバーナックル……よし。

 

 カートリッジの残弾を確認する。残弾予備含めて十二発。そして、自分の体調。……あまりよくはない。昨日の出動もあり、少しだけ疲労感がある。

 

 だけど……まだ、大丈夫!

 

 一人頷き、ギュッと右の拳を握りしめた。この程度の疲労でへこたれてはいられない。強い気持ちで、視線を前に、叫ぶ。

 

「時空管理局一等陸士、スバル・ナカジマです! 誰かいるのなら今すぐ結界を解きなさい!」

 

 強い口調で言ってみる……が、反応はない。

 

 ……こんな何もわからない所で一人で戦っちゃ、駄目だ。

 

【なら、まず行う事は】

 

 こちらの思念に即応してくれるマッハキャリバーの返答に頷き返す。

 

《うん、結界から抜き出なくっちゃ》

 

 だがもし、この結界を張った存在が自分を狙ったのなら。結界を破壊しているという、そんな絶好の機会を逃す訳がない。

 

 念話は……やっぱり駄目。

 

 繋がらない。助けは期待出来ない、という事である。そもそも結界を張った相手も解らないのだ。手の出しようがない。

 

 ……どう出る?

 

 瞬間、背に悪寒が走った。後ろ! スバルは悪寒に押されるようにして振り向き様に一気に後退する。

 そして、そこにいたのは――異形、だった。

 

 ……何? ……コレ?

 

 いや、その生物だけならスバルも知っている。

 時空管理局の管理する世界にはこうした大型の生物もいるのだ。

 確か、オーガ種の生物だ。だが、オーガ種は果たして、四本も手があっただろうか?

 回りにうごめく黒い点は何だ? 明らかに違う。何より、存在が! 異形が、吠える――。

 

「ガAabaaaa―――――――!」

 

 咆哮と同時に四本の手が一気にスバルへと放たれる!

 

「――っ! マッハキャリバー!」

【ウィング・ロード!】

 

 驚き。しかし、スバルは即座に叫んでのけた。掛け声と共に光の道が空まで延びる。スバルの固有魔法、ウィング・ロードである。

 マッハ・キャリバーが唸りを上げ、スバルは光の道を走って、天まで一気に駆け上がった。

 

「おぅりゃあああ!!」

 

 そのままくるりとウィング・ロードを逆さになりつつスバルは異形に右の拳を叩きつける!

 

    −撃!−

 

 ――だが。

 

 固っ……!

 

 異形の頭に叩きつけられた拳、リボルバー・ナックルは、しかし異形の皮膚で止まっていた。

 何と言う硬さか、まるで鋼を叩いたようである。

 しかも、異形の手がそんなスバルの手を捕まえようと動いた。

 

 させない!

 

 再び足元からウィング・ロードが伸び、手を回避。ぐるりと、回り込みながらカートリッジロード。空となったカートリッジが排出された。

 

 動き自体は大丈夫。遅いから避けられる!

 

 回り込み、地面に降り立ったスバルは思考しながら、止まる事なく次の技を放つ事を選択した。直接打撃が通じないのならば。

 

「リボルバー、シュート!」

 

    −破−

 

 リボルバーナックルが回転し、カートリッジ・ロード。

 そのまま右手を突き出すと、同時にリボルバーナックルから衝撃波が放たれる。

 真っ直ぐに渦を巻いた衝撃波は異形に真っ向から直撃した。あまり効いた感じではない、が。

 

 けど、体勢は崩した!

 

 衝撃の渦を撃ち込まれた異形は体をのけ反らせるようにして硬直していた。リボルバー・シュートの直撃で身動きが取れない状態になったのである。

 その隙を見逃さず、スバルは一気に異形の懐に潜り込む!

 

 ――しかし、そこにはあるはずがないものがあった。

 異形の前に光り輝く壁が展開している。プロテクション!

 

「な……! けど……!」

 

 一瞬驚くスバルだが、すぐに持ち直した。何故、は今は要らない。今必要なのは、これを打ち崩す事のみ。思考の柔軟さはなのはにより、みっちり鍛えられている!

 

「はぁっ!」

 

 一気にプロテクションへと右のリボルバー・ナックルを叩きつけた。同時にカートリッジロード。

 魔力がブーストされ、少しずつ拳がプロテクションを突き抜ける。だが、それでもまだ硬い。

 

「りぃやぁぁぁぁ……!」

 

 気合いの声を上げ、さらにカートリッジロード。魔力が一層激しく吹き出す。そして。

 

    −破!−

 

 次の瞬間、異形のプロテクションが砕けた。

 さらに体勢を崩す異形にスバルは止まらない。左手に環状魔法陣が展開。その先には光球が灯り、そのまま掲げた光球を異形に押し付け、叫び声を上げた。

 

「ディバインっ!」

 

 それは、憧れた人を真似して自己流に組み上げた砲撃魔法! スバルは迷い無く振りかぶった右手を光球に叩き付ける!

 

「バスタ――――っ!」

 

    −煌!−

 

 一撃が異形を貫いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「スバル、遅いな……」

 

 そうティアナが呟くのは宴会の真っ只中だ。ティアナは買い出しに出かけたスバルに思いを馳せる。……現実逃避、とも言う。

 目の前の状態はそれはもう賛嘆たる有様だった。

 はやて達を始めとした一同が酒を飲み、暴れているのだ。おそらく、明日はさらなる地獄が彼女達を襲うだろう。主に頭痛が。

 

「確かに遅いですよね」

 

 エリオがトコトコとティアに近付きながら、声を掛けて来た。それにティアナは半目を向ける。

 

「……エリオ。こっちに戻って来たの? キャロは?」

「キャロは……。捕まりました」

 

 フッとエリオが陰りのある表情となる。それを見て、ティアナはエリオが来た方向に視線を送った。

 その先ではキャロがお酌の相手をさせられているのが見える。雷部隊の隊長と副隊長に、だ。二人とも既に顔は赤ら顔である。

 

「……アンタ。ひょっとして、キャロを囮に?」

「い、いえ! 違いますよ! ただフェイトさんもシグナムさんも何故か僕を脱がそうとするから……!」

 

 ティアナから白い目で見られそうになり、慌ててエリオは弁明する。成る程、確かに先程そんな場面もあったかも知れない。……現実逃避をしていたので見逃していた。

 

「それでキャロが逃げろって?」

「ハイ……助かりました」

 

 ある意味哀れと言えば哀れである。よくよく見れば、そこかしこにキスマークらしきものがあるのは気のせいではあるまい。

 

「しっかし本当、アイツは買い出しにどんくらい掛かってるんだか」

「案外、逃げ出したのかもしれませんね……」

 

 再び二人共会場を見る。そこに広がるは正しく地獄絵図であった。

 

「笑えないわね」

「笑えませんね」

 

 二人共頷きあう。……だが二人共分かっていた。スバルが逃げる筈がないのだ。無茶苦茶だがそれでも楽しいのだから。

 

「仕方ないわね……」

 

 フゥ、とため息をつくとスバルに念話で呼びかける事にする。いくら罰ゲームとは言えど、もういい頃合いだろう。

 

《スバル……、聞こえる?》

 

 ちょっと遠慮気に念話で呼び掛けた。まぁ、罰ゲームを言い渡したのは自分である。しかし、数秒待つが返事は来なかった。

 

《ちょっと、スバル?》

 

 再度呼びかける、が返事はなかった。嫌な感じがする。予感とか、そういった事をティアナは信じないが、それでも何か嫌な感じがした。

 

「エリオ、ちょっとゴメン。スバル探してくるわね」

「え? あ、ハイ。了解しました」

 

 エリオが頷くが、その返事を最後まで聞く前にティアナは飛び出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「はぁっ……。はぁっ」

 

 渾身のディバイン・バスターを放ち、スバルは膝に手を付いて、息を荒げていた。

 流石に疲労が激しかったのだ。何せ、昨日の今日で、しかも全力のバスターだ。疲れもする。

 だが、異形は倒した。完全に沈黙している。

 

「これで、ようやく……かな?」

 

 そう言った瞬間、まるで言葉に応えるように結界が崩れ始めた。

 

「よっし♪」

 

 壊れた結界にスバルは歓声を上げる。これでようやくここから出られるのだ。しかし、これで結界が解けたと言う事は、やはりあの異形が何らかの関わりがあったと言う事なのか……? うーんと、頭を悩ましていると、直後にティアナから念話が入った。

 

《スバル!》

《あ、ティア〜〜》

 

 ようやく結界外と念話が出来る事に、スバルは安堵の声をあげた。

 

《このっ……馬鹿! 買い出しにいつまで掛かってんのよ!?》

《えっとね? いろいろあって。……いきなり結界に閉じ込められちゃってさ》

《はぁ? 結界? ……どういう事よ?》

《よく解んないんだけど……っ!》

 

 次の瞬間、背筋にぞくりという感覚をスバルは覚えた。急に背後から気配が生まれたのだ。何かが、居る。

 悪寒に気圧されるように、スバルはゆっくりと振り向く。そこには倒した筈の異形が立っていた――。

 

 ――”無傷で”。

 

《そんな……!》

《ちょ……スバル? スバル!?》

 

 ティアナに答える間もない。異形が即座に手を突き出して来たのだ。スバルはそれを見て、後退して避けようとする。しかし、何故か足が意思に反して動かない。即座に足元に視線を送った。そこには。

 

 ……っ!?

 

 足元には異形に纏わり付いていた黒い点がスバルに張りついていた。これが、動きを阻害していたのか。黒い点は、スバルの足を這いぞるように広がっている!

 

 ……何これ!?

 

 スバルはそれを見て、生理的――否、本能的な嫌悪感を抱いた。何とか逃れようとするも、全く剥がれない。そして、そんなスバルの一瞬の隙をついて異形から拳が放たれた。

 

    −轟!−

 

 そこでスバルも迫り来る拳に気付いた。が、最早回避も防御も出来るタイミングではない。

 

 そんな、こんな所で……。

 

 放たれた拳に何の反応も出来ないままスバルはその拳を見る。やけにゆっくりと迫るように見える拳。だが、身体は動かない。もう、どうする事も出来ず、スバルは目を閉じ――着弾する! その直前。

 

    −閃−

 

 ……へ……?

 

 光が走った。スバルの目の前でだ。その光に触れた四つの手がそのまま消滅する。何が起こったのか? ……スバルにもわからない。

 異形が吠える。痛みのせいか、あるいは。

 

「吠えんな。うぜぇ」

 

 光が走った方向から声が来た。スバルはそちらを向く。声の主は少年だった。

 銀髪の少年で歳はおそらくスバルと同じくらい。顔立ちは整っている、というよりはもはや女性的だ。黒を基調としたバリアジャケットを着ている。半袖に膝下までのズボンであり、防御力よりは機動性重視のスタイルだ。手には大剣を持っている。かなり大きい。恐らくはデバイスだ。少年はそれを肩に担ぐ。

 

「一つだけ聞くぞ。デカブツ」

 

 少年は眼光鋭く異形を睨みつける。そしてその言葉をスバルもまた聞いた。その言葉は。

 

「ナンバー・オブ・ザ・ビーストを知ってるか?」

 

 それが少女と少年の出会い。そして新たなる事件の幕開けだった。

 




次回予告
「楽しかった時間、それは唐突に破られて」
「現れたのは異形の怪物」
「出会ったのは一人の少年」
「少年と少女の出会いは、一つの物語の始まりを告げます」
「哀しい、EXと言う存在達の物語を」
「次回、第二話『剣の行方』」
「――ナンバー・オブ・ザ・ビーストを知ってるか? 少年は、ただ探し求める」

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