機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU   作:後藤陸将

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タイトルで察して下さい。


PHASE-? うたかたの空夢 1

C.E.79 3月21日 未明 L4 伏見 大日本帝国宇宙軍航宙学校

 

 教官室のデスクで三科が眠気覚ましのコーヒーを片手にキーボードを叩いていた。彼が見つめるコンピューターの画面には日々記録が義務付けられている教官日誌が表示されていた。

 

 

 

――教官日誌第1491――

 

 本日、第54期の学生達が卒業した。明日は配属先の発表である。つい先ほど人事部から通達された配属先の一覧を見たが、やはり今年も最精鋭部隊への入隊は存在しなかった。だが、『蒼龍』の航空隊への配属が決まった不動を筆頭に、多くの卒業生は精強な前線の部隊への配属が決定している。

 今年の卒業生が粒ぞろいなのは私も認めるが、それでも後方に配属される卒業生がこれほど少ないことは例がない。おそらく、軍事的緊張が高まりつつある昨今の国際情勢を考慮しての人事なのだろう。

 願わくば、一人でも多くの卒業生にこの航宙学校で学んだことを生かして帝国軍人の本分を果たしてほしい。彼らの武運長久を祈る。

 

 

 

 

 

 起床ラッパが響き渡る数分前に飛鳥シンはベッドから身を起こす。どうやら未だ起床ラッパが鳴る前の時間らしく、学生寮には早朝の慌しさはない。ふと、枕の脇に視線を向けると、航宙学校入学祝いに妹からプレゼントされた腕時計の針が0600を指していた。

「……いい目覚めだな」

 そう呟くと、シンは大きく伸びをした。寝起きと思えないほどに身体の動きがいい。

 昨日で彼は航宙学校の学生を卒業した。そう、今日からの彼はヒヨッコといえども帝国軍人となるのだ。

 

 起床ラッパが鳴り響くと同時にシンは他の同級生よりもワンテンポ早くベッドから降りて、すぐにベッドメイクを始める。そしてベッドメイクが終了すると素早く寝巻きを脱ぎ、昨日受領した宇宙軍の軍服に袖を通して身だしなみも整える。その一連の動きのは無駄がなく、我ながら余裕のある振る舞いだと内心で自賛する。

 帝国軍人たるもの、常に余裕を持って優雅たれ。と弟子の神父さんに刺殺された顎鬚のダンディーなおっさんも言っていた気がする。

 

 脱いだ寝巻きを素早くたたみ、軍服と同じく昨日受領した背嚢に収納してシンはベッドに振り返った。

 忘れ物はないことを確認した。皇軍少年学校を卒業して宇宙軍航宙学校に入ってはや4年、4年の間世話になったこの部屋に帰ってくることはもうないだろう。シンは僅かな寂しさを感じながら自身の部屋を後にした。

 

 

 茄子のおしんこに鮭の切り身、茶碗一杯の白米に豆腐と葱の味噌汁という古きよき日本を思わせる朝食をたいらげると、シンたち卒業生一向は背嚢を背負って特別教室に向かった。ここで彼らは自分達の配属先を告げられ、その日の内に配属先に向かって旅立つのである。まず、三科教官は今年の首席である不動の配属先を告げた。

「不動猛少尉は、宇宙艦隊第三艦隊第三航宙戦隊所属、『蒼龍』に配属となります」

 首席で卒業した不動は精鋭として名高い『蒼龍』の航空部隊に配属されることが決まった。首席は例年卒業生の中で最も配属先が優遇されるので、彼ですら『銀の銃弾(シルバーブレット)』大隊や『白き牙(ホワイトファング)』大隊、『安土守備連隊』といったその勇名を轟かす部隊に配属されなかった以上、残りの卒業生にはこれらの精鋭部隊の配属は望めないことがこの時点で確定した。

 次々と同期の配属先が告げられる中でついにシンの番が来る。シンは思わず唾を飲み込み、緊張した表情で三科の言葉に耳を傾けた。

 

「飛鳥シン少尉は、宇宙軍火星方面軍、マリネリス基地守備隊第12大隊特殊兵士課への配属となります」

 

 その瞬間、シンは頭が真っ白になった。火星といえば、宇宙軍の縄張りの中でも、地球から遠くはなれた宇宙開発の最前線である。

「きょ、教官!!自分が、火星ですか!?嘘だといって下さい!!」

シンは顔を蒼くして三科に詰め寄る。だが、三科は全く取り合おうともしない。

「決まったことです。軍人なら命令を受け入れて下さい」

 そんなことはできない。火星になんて単身赴任したら年に数回しか愛しきマイスイートエンジェル飛鳥マユに会えなくなってしまうではないか。休みの度に会いに行こうと思っていたのに。高校の運動会にも学園祭にも行ってあげる予定だったのに!!

「教官、実は小官は『火星に配属されてしまうと死んでしまう病』で」

「次、タリサ・マナンダル少尉は、同じく宇宙軍火星方面軍、マリネリス基地守備隊第12大隊特殊兵士課への配属となります」

「最後まで聞いてくださぁぁい!!」

 シンは涙目になりながら三科に縋りつくが、三科は彼を冷たくあしらった。

「軍人とはそういうものです。不満があるなら貴官が火星に配属される原因をつくっているマーシャンどもにぶつけてくる事ですね」

 だめだ、もう駄目だ。すまない、マユ。お兄ちゃんは天国のお父さんの分までお前の成長を見届けたかったけど、それはマーシャンに阻まれてしまったみたいだ。シンは絶望の余りその場に突っ伏した。

 

 

 

 

「マーシャンが悪いんだ……マーシャンが裏切るからぁ!!」

「狭い機体の中で突然大声だすんじゃねぇよ馬鹿野郎!!そもそもマーシャンがいつ裏切った!?まだ情勢がきな臭いってだけだろうが!!」

 突如二人乗りの窮屈な機体のコックピットで大声を張り上げたシンをタリサは拳で黙らせる。

 

 結局配属先の発表後もごね続けたシンだったが、タリサに無理やり引きづられて火星行きのシャトルのある伏見の発着場に連れられていた。だが、タリサが火星行きのシャトルを捜しても全く見当たらない。そこで作業員の人に聞いて自分達の乗る便へと案内してもらったのだが、そこにあった機体はシャトルというには程遠い機体だった。

「プラズマ百式といって、次世代航法のテスト機なんです。並のコーディネーターでもGで気絶しちゃうっていう欠陥機なんですけどね~」

 格納庫に佇む銀一色のスマートな流線型の機体を紹介してくれたのは中島と名乗った小太りの男性だった。あっけらかんとした態度と無茶苦茶な説明にタリサが苛立ちを隠せなくなった。

「気絶したら操縦できないだろ!!」

 タリサの指摘はご尤もである。そもそも、中島さん。あんたも欠陥機って認めてたろ。何で俺達を乗せるんだよ。人命を尊重してくれよ。

「大丈夫ですよ。操縦は人工知能のPALさんがやってくれますから。それに、この機体以外では間に合いませんよ?」

「どういうことだよ?」

「貴方達は明日までに配属先に着任しなければなりません。ですが、明日までに火星に行くとなると、この機体以外には物理的に無理なんですよ」

 ……あらかじめ渡航の予定と着任までの猶予ぐらい配慮してくれていてもいいと思う。これは軍の怠慢に違いない。

 

「飛鳥少尉、まなんだる少尉、モウスグ発進シマス。会話ハソノ辺デ……ぷらずま百式、しすてむ起動。全しすてむおーるぐりーん」

 プラズマ百式に搭載された人工知能のPALがプラズマ百式の機関であるゼロドライブを起動させる。中島技師の説明では、このゼロドライブとは秒速30万キロという光をも超越した速度で航行する実験段階の航法らしい。

 肉体にかかる負荷も凄まじく、唯一この機体を乗りこなすことができたパイロットも未知の光の中に消えたという曰くつきの機体だそうだ。どうして出発前にこういう前途が不安になる説明ばっかり聞かされたのかは未だに理解不能だ。

 

「ぷらずま百式、発進シマス」

 凄まじいGを搭乗者に与えながらプラズマ百式は伏見の港湾部を飛び出した。だが、まだプラズマ百式はゼロドライブ航法に入っていはいない。本番はここからだ。だが、ナチュラルであるタリサには堪えるのか、彼女はこの時点で顔を苦痛で歪めている。かくいう自分もあまり余裕はないのだが。

「ぜろどらいぶ、始動」

 その瞬間、身体中に凄まじい圧力が圧し掛かった。意識が飛びそうになるが、歯を食いしばって耐える。視界は次第にブラックアウトしていった。

 

 どれだけの時間が経過したのかわからない。数十分か、はたまた数秒か。ブラックアウトしていた視界が回復したのか、網膜に光が差し込んでくることに気がついたので、周囲を見渡して見た。

「これが、光……」

 一面が光に覆われた世界。それが光速を超えた世界なのか――その美しさはこの世のものとは思えないほどだった。次第に光は薄れ、視界に漆黒の宇宙が戻ってきたが、俺の心は先ほどの光に未だ囚われていたみたいだ。

「マユ、俺も光が欲しいぜ……」

「おいシン!!しっかりしろ!!」

 タリサに叩かれて正気に戻った気がする。前方に視線を移すと、そこには赤銅色の大地に覆われた戦神の星、火星が視えていた。目の前に迫る紅い大地にタリサは圧倒されているようだ。

「本当にあっという間だな……あの技官のおっさんの言ってた通りだ」

「まなんだる少尉、アマリ身体ヲノリダサナイデクダサイ。ぷらずま百式、まりねりす基地カラノ着陸誘導ニ従ッテ着陸体勢ニ入リマス」

 プラズマ百式は着陸体勢に入り、マリネリス基地のあるドームの直ぐ近くにある渓谷のトンネルに進入する。そして先ほどの急加速で見せた凄まじさを忘れさせるほど見事な着陸を決めた。

 

 

 マリネリス基地に着任したタリサと俺はまず、基地司令の下に挨拶に向かった。基地司令は温厚そうな印象を受ける男性だった。どこかで見た気がするのだが、ど忘れして出てこない。

「本日付けでマリネリス基地に着任しました、飛鳥シン少尉であります」

「同じく、タリサ・マナンダル少尉であります」

「元気のいい若者だな……私がマリネリス基地司令の奈原だ。貴官の着任を心から歓迎する」

 絶対どこかで見ているのだが、どうして思い出せないのだろうか?

「君達が配属される大日本帝国宇宙軍火星方面軍、マリネリス基地守備隊第12大隊は火星圏の超エリート集団だ。君達の活躍を期待しているよ」

 超エリート集団か……奈原司令の激励に心が躍る。実際、愛らしい妹をほっぽらかして単身赴任する以上は華々しいエリート部隊にでもいなければマユに顔向けできないのも事実だけど。

 司令官への挨拶を終えた後は、ついに部隊への挨拶だ。司令官付きの副官である北条正義曹長に案内されて特殊兵士課のある別棟のドームに向かう。

 

 

 

「なぁ、タリサ」

「どうした?シン」

「ここが特殊兵士課であってるよな?」

「ああ、アタシの目にもこの掲示は見えてるよ」

 

『これより先、特殊兵士課』

『DANGER』

『危険』

 

 ……トンネルを抜けると、まず目に入ったのは多数の注意を促す掲示だった。床、壁、天井のいたるところに張られたステッカーからこの場所の異質さが伝わってくる。

 

「こちらが特殊兵士課になります。では、これで」

「ちょっ、ちょっと待ってください!!」

 逃げるように立ち去ろうとした北条正義曹長を呼び止める。

「これは何ですか!?なんか危険な感じがヒシヒシと伝わってきますよ!!」

「まぁ、危険物も扱っていますから。注意を勧告しても不思議ではないと思いますよ?」

 危険物……弾薬庫でも近くにあるのだろうか?北条軍曹の挙動に不審さを感じたために周りを見渡して見るが、火気厳禁のポスターやハザードマーク等は見当たらない。だが、廊下の突き当たりに目を移すと、そこをセーラー服を着た中年の男性が歩いていた。

 

「「ちょっと待て!!」」

 身を屈めてその場から立ち去ろうとしていた北条軍曹の首根っこをタリサと同時に押さえる。軍曹はあからさまに視線を逸らしていた。

「何でしょうか?本官にはまだ仕事がありまして……」

「おい!!さっきのオッサンは何なんだよ!!明らかにオカシイだろ!!」

 問い詰めるが、北条は決して視線を合わせようとはせず、抑揚のないロボットのような口調で答えている。これは絶対に何かあるに違いない。

「さぁ……何のこと」

『ソイヤ!!ソイヤ!!ソイヤ!!ソイヤ!!』

 その時、再び廊下の突き当たりを神輿を担いだ集団が威勢のいい掛け声を上げながら通過していった。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 俺達を再び何とも言いがたい沈黙が包む。けど、俺は意を決して再度軍曹に声をかけた。

「軍曹……今そこに神輿を担いだ集団がいたよな?」

 軍曹は目を逸らして沈黙を続ける。どうやら黙秘権を行使するらしい。

「おい……まさかアタシたちをあんな変態共の巣窟に配属するなんて言わねぇよな?」

 タリサが腰からククリナイフを取り出して軍曹の首筋にあててメンチを切る。流石グルカ兵、凄みがある。軍曹は恐怖から冷や汗を流し、元々のいかつい顔に加えて顔から出るもの全て出ているので物凄い顔になっている。

 

「じ、実はここは……」

 北条軍曹が物凄い顔で真実を告げようとしたその瞬間、誰もいないはずの廊下に見知らぬ男の声が響いた。

「やんちゃはそこまでにしたまえ、新人」

シンとタリサは反射的に声のした方向に振り向く。

 

「まったく……最近の若者は血の気が多いな」

 靴音をリノリウムの廊下に響かせながら声の主が歩み寄ってくる。

「すぐに頭に血が昇って刃物を振り回すようではいけないな。軍人たるもの、忍耐力も身に着けなければならないぞ」

 その眼光は歴戦の兵を思わせるほど鋭く、足運びからも只者ではないことが分かる。

「帝国軍人たるものは常に冷静沈着でなければならない。余裕をもって優雅たれと顎鬚のうっかりさんも言っていたではないか」

 そこにいたのは、全く無駄のない筋肉質でバランスの取れた体型の――――競技用のタイトなブリーフ型水着、通称ブーメランパンツ一丁の変態だった。

 

 

「へ……へん…………」

 タリサが口をパクパクさせて何か言おうとしている。けど、目の前の変態のインパクトが大きすぎて言葉にできないみたいだ。

 

「自己紹介をしよう。私は大日本帝国宇宙軍火星方面隊、マリネリス基地守備隊第12大隊特殊兵士課実働部隊副隊長の、汚野たけし大佐だ。君達の着任を歓迎する……これが私の名刺だ」

 汚野と名乗った変態はパンツの中から取り出した名刺を茫然とする俺たちに差し出した。

 

「変態だ~~!!!!」

 タリサの魂の叫びがマリネリス基地に響き渡った。


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