機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU   作:後藤陸将

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少し短めです。
次の回の構想してたら、そっちの方に気がいっちゃいまして……


PHASE-3 若鷲たち

C.E.79 2月18日 L4外周宙域 練習艦『鳳翔』

 

 

 鳳翔のブリーフィングルームでは、卒業を間近に控えた訓練生が武からの演習の講評を聞いていた。

「……まず、演習開始早々に俺が撃墜した2機だ。陽炎改による不意打ちを回避できなかったのは中隊全員の警戒感の欠如だから、演習開始直後に撃墜された1機の油断だけを責めるわけにはいかん。だが、その後の2機は動揺しすぎだ。奇襲に対処する最善の手は事前にそれを察知することに尽きるが、次善の策は即座に体勢を立て直し、敵に付け入る隙を与えないことだ」

 手厳しい指摘を受けた2人のパイロットは思わず俯いてしまう。だが、武の追及はまだ終わらない。不動に向き直り、厳しい口調で彼の不備を指摘する。

「中隊長も事態への対処が遅かった。奇襲を受けてから部下に命令を下すまでの判断に時間をかけすぎだ。あの時、中隊の全員の注意が一瞬とはいえ俺から逸れていたんだぞ。眼前の敵から目を逸らすことがどれだけ愚かなことかお前達は理解しているのか?」

 

 不動が予期せぬ事態に動揺したことを武は咎めようとは思っていない。驚きというのは人間だれしも持っているものであり、武ですら驚愕すれば隙をつくってしまうのだから。だが、指揮官たるものはその動揺を態度に出してはいけない。指揮官の動揺はまるで静かな水面を揺らす波紋のように部下に伝播してしまうからだ。

 武の脳裏に戦乙女(ヴァルキリーズ)を率い、その命をもって日本を――世界を救った女傑の姿が浮かぶ。彼女は如何なるときも部下の前では完璧な指揮官を演じ続けていた。人生の最後の数分間も在るべき指揮官の姿を見せ続け、後を継ぐ部下を信じて部隊を託した彼女の姿は今でも脳裏にはっきりと浮かぶ。

 武はこの世界で何年も軍人として自身を鍛え上げて帝国最強と称されるパイロットになった。戦功を重ねて昇進し、指揮官という立場に着いて数年が経つが、未だに理想の指揮官として目指している彼女の背中には程遠いと痛感させられる日々を過ごしていた。

 因みに、彼女はこの世界では軍人になっていない。そもそも、世界が滅亡の淵に立たされてでもいなければあれほど多くの女性が前線に送られることはありえないだろう。夕呼先生の調査では、あの世界の戦乙女の内この世界でも軍に関わっているのは陸軍病院に勤務している彩峰と、いつの間にか自分の部隊に配属されていた冥夜だけである。

 冥夜は同じ土俵では強かな姉に勝つことはできないため、軍務に付き添って献身をアピールして武に手を出させる腹積もりらしい……と悠陽は分析していた。悠陽からは念入りに釘をさされていたが、戦闘後など色々昂ぶっているときは一線を越えそうになってしまう自分がいることを武は自覚していた。一応、まだ一線は越えていないが。

 

「そもそも、お前たちは最初から敵がおれだけだと決め付けてかかってなかったか?これまでの卒業前戦闘技術特別審査演習では訓練生と仮想敵(アグレッサー)の戦力比は1対10を下回ることは無かった。それ故にお前は2機目の敵機の存在を疑いもしなかった……不動訓練生、違うか?」

「……その通りであります」

 不動は項垂れながら答える。

「後、戦闘中に反省なんてしてんじゃねぇ。反省なんぞ生きていたらいくらでもできるんだ。反省している暇があったらそのオツムで何をすべきかをまず考えとけ。緊急時には部下が指示を仰ぐより先に指示を出さないと手遅れになりかねねぇぞ」

 ぐうの音も出ないほどに酷評された不動だが、まだ彼への指摘は終わっていない。

「……さて、指揮官としての姿勢とかについてはこの辺でいいか。次は戦術レベルの反省だ。不動訓練生、貴様は前方から迫るM1に対して中隊から2機を当てて足止めさせて、残る7機をもって後方に迫る月虹を撃破する作戦をとったな。その作戦を採用した理由を述べろ」

「はっ……小官は前後から迫り来る敵機に対し、両方の機体の撃墜は不可能であると判断しました。今回の任務の目的は、敵機を30分の間母艦に近づかせないことなので、先に月虹を撃墜し、しかる後にM1を全機で押さえ込むのが最良と考えたのであります」

「……成程。貴様の考えは理解できた。だが、貴様の作戦は失敗に終わった。その理由はどこにあると考えている?」

「M1への足止めに割いた二人が敗れる前に、月虹を撃ち取ることができなかったために前後から挟み打ちにされたことが直接の敗因です。自分の戦力配分のミスが招いた結果であると考えています」

「付け加えるのなら、人選ミスもあるな。あの二人ならば接近戦に持ち込むことで月虹の動きを拘束することもできたかもしれん。一人一殺の前提で残りのメンバーが俺の動きを封じることを画策していれば後10分は時間が稼げたはずだ……さて、ではそろそろ次の反省点に移ろうか」

 ようやく追求から開放された不動は安堵の表情を浮かべている。鬼のような覇気と情け容赦ない指摘のダブルパンチは訓練生である彼には少々きついものだったようだ。

 

「タリサ・マナンダル訓練生並びに飛鳥シン訓練生、立て」

 突然の指名を受けたシンとタリサは反射的に椅子から跳びあがった。

「貴様たちを立たせた理由は分かっているな?」

 凄みのある口調で武は起立した二人に問いかける。

「吹雪の噴射ユニットをパージし、特攻させて喪失したことであります」

 緊張した表情を浮かべながらシンが答えた。だが、彼の言葉を聞いた武の表情は更に凄みが増している。

「……いくら実戦を想定した演習とはいえ、これは看過できないことだ。貴様は一機が1000万近くする噴射ユニットを訓練で破壊したのだからな。訓練機だろうが吹雪は軍のものであり、国民の税金で造られている代物だ。自身の生死、国の行方を左右する作戦の可否がかかった場面でもないただの演習において国民が齷齪働いた結晶である吹雪の噴射ユニットをスポイルする判断を下したその根拠は何だ?」

「敵の意表をつくことは戦術における王道です。この演習における勝利に必要と判断したため、噴射ユニットを実弾として使用するという戦術を採用した次第であります」

「噴射ユニットを切り離して特攻させるという手段を採った理由は分かった。しかし、貴様の目論見は頓挫した。つまりだ。貴様は確実性の低い賭けにでて納税者の汗の結晶を簡単にぶっ壊しただけで、何の成果も出せずに終わったんだ。国民が納めた1000万円はまったくの無駄になったというわけだな」

「……結果的には、全くの無駄となってしまったことは事実です。ですが」

「結果が出なければ意味がない。そもそも、貴様自身がその選択を分の悪い賭けだと自覚していなかったのか?貴様は成功率を何割と見積もっていた?」

 武に詰問されたシンは覇気を失った声音で答える。

「煙幕のタイミングが最良の場合でも3割、実際には1割ほどの成功率と推測していました」

「貴様は軍人よりもギャンブラーの適正があるようだな。1000万円を散在したかったら軍の備品に手をつけないで私財を大西洋連邦のラスベガスで散在して身包み剥がされてこい。そうすれば貴様がドブに捨てた1000万円の価値が身に染みて分かるようになるだろう」

 武はシンの傍に歩み寄り、更に続けた。

「軍隊は金食い虫だ。それ故に、費用対効果を重視しなければならない。例えば、10億円のMSを調達した場合、1億円のMS10機撃墜しないと元は取れないというわけだ。

……それと、訓練校の備品を喪失した罰は卒業までの間しっかりと受けてもらうからな。後で三科教官に処分の仔細を尋ねるように」

 

 歴戦の勇士である武の発している並大抵ではない威圧感(プレッシャー)に普段は勝気なシンも完全に圧されていた。更に、シンを一瞥した武の視線と威圧感(プレッシャー)はシンの隣で起立するタリサに向けられる。

「マナンダル訓練生、貴様も同罪だ。あそこで貴様は飛鳥訓練生の無謀な賭けに迷わずにとびついたからな。貴様は勝機はあると思ってたのか?」

「勝機は僅かながら存在すると思っていました。このまま交戦を続けたところで勝機は一割どころか、一分もないと小官は判断し、それならば僅かでも勝機がある方に賭けるべきだと考えた次第です」

「……俺も舐められたものだな。まさか訓練生に勝機があるなんて思われているとは」

武はわざとらしく溜息をつく。

「噴射ユニットの特攻で意表を突き、煙幕で視界を潰して勝負を賭けるという発想は悪くはない。ナイフと盾で俺を相手に近接戦闘をこなしつつ、絶妙なタイミングでアンチビーム爆雷ディスチャージャーを起動したマナンダル訓練生の技量も、視界を奪われた俺に対する奇襲のタイミング、そして奇襲を防がれて体勢を崩しながらも噴射ユニットを正確に俺に当てた飛鳥訓練生の技量も見事なものだったことは認めよう。だが……貴様等は浅はかだ!!」

 武は声を張り上げる。

「敵の視界を阻めている煙幕に突っ込んで近接戦闘をする阿呆がいるか!!しかもビームサーベルであれば煙幕で覆われた視界でも刃の発する光で接近を探知することが可能だ!!煙幕に覆われて周囲の情報を把握できない敵を包囲して集中砲火する方がよっぽど確実に敵機に損傷を与えられることが分からないのか!!……不動訓練生!!貴様ならこの作戦を成功させるためにどのように手を加える!!」

 突如回答を求められた不動は一瞬うろたえるが、直ぐに頭を回転させて自分なりの答えを導き出した。

「……まず最初にM1に部隊の半数以上を当てるように指示します。そしてマナンダル訓練生と飛鳥訓練生が敵機と交戦している間に周囲を包囲し、アンチビーム爆雷ディスチャージャーを2機に敵機と至近距離で起動させます。煙幕の展開と同時に2機のどちらかが噴射ユニットを特攻させ、敵機を強引に吹き飛ばさせます。衝撃で吹き飛ばされた敵機の予測針路を割り出し、煙幕から敵機が抜け出したタイミングで集中砲火を浴びせ、損傷を与えることを選んだでしょう」

「正解かどうかは実戦でなければ分からないが、少なくとも噴射ユニットの喪失に対し、仮想敵(アグレッサー)の撃破判定という成果をあげられた可能性はあるな。だが、もしも噴射ユニットの特攻が空振りしたらどうするつもりだった?まさか絶対に特攻が成功する前提で先のプランを述べたわけではないだろう」

「噴射ユニット特攻に失敗した場合、敵機は確実に至近距離にいる飛鳥、マナンダル両機と近接戦闘に入るか、煙幕から即座に脱出してこちらの弾幕をすり抜けるという選択肢しかありません。前者の場合、噴射ユニットを半分失い機体のバランスを崩している状態ではこちらの2機は撃墜は必至です。そのため、周囲を包囲する部隊は味方ごと敵機を攻撃します。撃墜は必至であり、その犠牲を無駄にしないことが最善の行動だからです。後者の場合は、敵機の行動と同時に熱源センサーを頼りに敵機に弾幕を叩きつけます。敵機が煙幕にいる内であれば、敵機の回避率は下がります」

「作戦の一部が失敗した時点で即座に犠牲を覚悟で手をうつか……確かに無駄死にを減らせる策ではある。だが、覚えておけ。机上や演習で試すのは簡単だが、実際には命を費用対効果で取捨選択するには相応の覚悟がいるぞ」

 

 武は鳳翔のブリーフィングルームに座る訓練生を鷹のような鋭い眼光で見渡した。

「……何れ戦場にでれば幾多の生命を躊躇なく奪うこととなる貴様等に教えるのも何だが、生命というものはとてもすばらしいものだ。故に、生命を捨てて何かを成すという行為は尊い行いであると私は考えている」

「『だが、それは誰でも一生に一度しかできないことだ。ここぞというタイミングを見極めることが大切だろう。どうせ死ぬなら一つの生命をより多くのメリットに昇華させるべきだ。その最大効率のタイミングを死ぬには、物事を広く捉える視野が必要だ』」

 武が続けた言葉はかつて己の死を最大の効率で利用した敬愛する上官の言葉だ。

「指揮官である以上、部下や己の命を犠牲にする作戦を実行せざるを得ない時がくる可能性は否定できない。だが、その時は絶対にその命を最大限に利用しろ。それが生命を使うという行為に対する、最低限の礼儀だと心得ておけ」

 訓練生達は、死闘を潜り抜けた歴戦の戦士の持つ異常なほどの重みを持つ言葉を神妙な態度で受け止めた。

 

 

 

 

 

 

C.E.79 3月20日 L4 伏見 大日本帝国宇宙軍航宙学校

 

 卒業前戦闘技術特別審査演習からおよそ一ヶ月が経過した。シンとタリサは演習の帰還後、噴射ユニットを喪失した罰として平日には他の訓練生の2割り増しの訓練を受け、休日を全て資源衛星での資源採掘作業に当てられていた。パワードスーツを使った資源採掘作業は俗に3Kと呼ばれる作業であり、彼らは卒業までの一ヶ月で心身ともにやつれていった。

 だが、それも今日までのことだ。今の二人の表情は連日の激務から来る過労を感じさせないほどに凛々しかった。そう、今日をもって彼らは航宙学校を卒業するのである。

 因みに、彼らへの罰則がこの程度で済んでいたのは、実は武からの口添えがあったからだ。本来であればこの程度の懲罰では済まず、任官後も数年は減俸処分の上に出世コースからは完全に外されるはずであったが、武は彼らの実力を惜しんだ。

 至近距離で密着している僚機に誤射することを恐れずに精確な援護射撃のできるシンと、武を相手に近接戦闘で立ち回ったタリサの技量は彼の目をして逸材と判断するのに申し分なかった。

 だが、無茶で思慮に欠ける部分があることも否めない。そのため彼らの配属先は武の口添えで決定されていた。彼らの短所を矯正し、長所を伸ばせる環境を武は提供したのである。配属先を彼らが知らされるのは卒業式の翌日の早朝なので、彼らは未だ真実を知らないのだが。

 

 

 

 

「――以上をもって、第54期大日本帝国宇宙軍航宙学校卒業式を終了する」

 コロニーの一角にある講堂で、校長が高らかに若武者達の門出を告げ、壇上から退出する。厳粛な卒業式が終了すると同時に、今期の首席卒業生として出席者の最前列に座っていた不動が回れ右をして卒業生達に振り返った。卒業生達に向き直った彼の左手の中では、先ほど校長から手渡された恩賜の銀時計が鈍い輝きを放っていた。

 この銀時計は毎年航宙学校を優秀な成績を卒業した数名の生徒に下賜されるもので、今年は不動とタリサ、シンがその対象となるはずであった。しかし、シンとタリサが卒業前戦闘技術特別審査演習で罰則を受けてしまったために、54期の卒業生の中で恩賜の銀時計を下賜されたのは不動だけとなってしまったのである。

 

「第54期学生隊……解散!!」

 不動の猛々しい号令と共に、卒業生達は一斉に制帽を宙に高く放りなげる。数百の制帽が宙に舞う中、制帽を放り投げた卒業生達は我先にと講堂の出口に向けて駆け出していった。

 

 

 学び舎を逞しく巣立っていった彼らはまだ知らない。明日発表される配属先次第では、そう遠くない未来に自分達が一人前の兵士として前線に立つことを。そして、数年後には同期の内、4割が2度と還らぬものとなることを。




不知火弐型の出番とか、アスランの出番とかはもう少し先になる予定です。

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