機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU   作:後藤陸将

31 / 37
大和のライバル戦艦の設計を考えて一日つぶした……そして気づく。
後半年は最低出番がない……今やらんでもええやん。


PHASE-20 嵐の前に

「あれが本土への定期便か……」

「オービターって言うんだと。こいつで種子島までいけるらしいぜ」

 シンとタリサの二人は、アメノミハシラと地上とを行き来している定期便の発着港区画にいた。二人の目の前のモニターには、今桟橋に横付けされた巨大なシャトルが映されている。

 任官以来始めての纏まった休暇が取れた二人は、午後の便でここアメノミハシラから本土に降りようとしていたのである。学生時代も休暇中に地上に戻ることが何度かあったが、その際には安土から種子島に降りる直行便が用意されていたため、アメノミハシラ経由で地球に降りるのは今回が初めてとなる。

 現在のところ、宇宙軍の人間が本土に降りるための手段はアメノミハシラから発着するシャトルと前述の安土からの直行便の二つしかないこともあって、二人の周りには彼らと同じように休暇で本土に戻る予定の私服姿の軍人が大勢いた。

『アメノミハシラ発、種子島行きのシャトルは、1030に発進致します。これより搭乗手続きを開始しますので、チケットをお持ちの方は搭乗口まで起こし下さい』

「おっ……搭乗手続きが始まったぞ!!タリサ、早く行こうぜ!!」

「待てってシン……そんなに急いだってシャトルの出る時間は変わらないぞ!!」

 搭乗を促すアナウンスを耳にして慌てて搭乗口に駆け出そうとするシンに引きづられながらタリサは搭乗口へと向かった。

 それから30分後、二人を乗せたシャトルはアメノミハシラを離れ、地上へと降下していった。

 

 二人がこのように本土に降りる都合がつけられたのは、今からおよそ一週間前のことであった。

 

 

 

C.E.79 6月15日 火星 マリネリス基地

 

「転属ですか!?」

 シンたち、イーグル中隊の面々は、隊長の響からの突然の通達に耳を疑う。

 特にシンとタリサには寝耳に水の話だ。彼らが配属されたのは3月の末、実質二ヶ月半で転属ということは通常は稀だ。可能性があるとすれば島流しぐらいだろうが、生憎火星よりも遠い島流しのあては宇宙軍にはない。

「そうだ。ノクティス・ラビリンタス事変は先の火星圏開拓共同体の降伏によって正式に終結した。しかし、マリネリス基地は今回の武力衝突で少なくない犠牲を出した。MSなどの兵器の損耗率で見ても、人員の損耗率で見ても全滅の判定となった。兵器の更新、基地の欠員の補充や入れ替えが行われるのに併せて、我々も人員の補充を行い、その後別の基地に転属することとなった」

 

 マリネリス基地は先の武力衝突で、兵装の7割、その戦闘員の3割ほどを死傷する大損害を被った。火星の地上戦力の損耗は比較的軽微ではあったが、軌道上の敵機動部隊の邀撃で軽空母1隻、巡洋艦5隻、駆逐艦7隻の損害を被ったことが大きかった。

 マーシャンの艦艇など大西洋連邦のお下がりの旧式で恐れるに足らずと判断した防衛省は、空母搭載機や基地配備の局地戦用MSなどの機動戦力の更新を優先し、艦艇戦力の更新を後回ししていたため、火星基地に配属されていた艦艇は全て2線級の旧式艦ばかりだったのである。

 そして、敵MS部隊の特攻により兵装や観測機器に損害を被った日本側は、敵駆逐艦や戦艦の肉薄攻撃により大打撃を受けてしまった。今回の武力衝突における人員損失の大半は、この時撃沈された艦艇乗組員のものだ。

 軍事上では、3割の損害で全滅の判定が下されることを考えれば、書類上は一個基地防衛戦力が丸々消滅したことと同意義だ。既に敵対する戦力は火星周辺には存在しないために必要とされる戦力は戦前よりも少なくてもよいが、交易路の防衛のためにはマリネリス基地駐屯部隊の再編は急務だった。

 

「隊長、質問してよろしいでしょうか?」

「質問を許可する。何だ、甲田」

 甲田は響に尋ねた。

「基地の戦力そのものが再編成されるのに合わせて転属ということでしょうか?確かに効率はいいと思いますが、引継ぎは大丈夫なのでしょうか?」

「基地の再編成に合わせた転属という考えかどうかは俺にも分からない。だが、士気の面から考えれば激戦を戦った兵士をそのまま僻地でいつまでも勤務させ続けることを是としないとするだけの良識は上も持ち合わせているはずだから、転属そのものは不思議ではないだろう。火星が平穏を取り戻しつつある一方で今度は地球方面がキナ臭くなっているというのも、我々を戻す一因となったのかもしれないが。そして二つ目の質問の答えだが、マリネリス基地は仮想敵だったマーシャンが降伏したことに合わせ、駐屯するMS兵力を現在の四個中隊から三個中隊に削ることとなっている。我々航宙隊第一中隊(イーグルス)はその削減される一個中隊となるから引継ぎは不要だ」

「そうですか。……それで、我々の転属先というのは一体どこなのでしょうか?」

 響は笑みを浮かべながら言った。

「配属先は第一航宙艦隊の航宙母艦、『雲龍』となる。我々は、明後日マリネリス基地を出る資源輸送船に同乗し、近く『雲龍』が回航されるアメノミハシラまで向かう予定だ。そして……我々はそこで各自に一週間の休暇が与えられる予定となっている」

 イーグルスの面々は思わぬ吉報に頬の緩みを隠し切れない。真っ先にシンが声をあげた。

「隊長!!自分からも質問があります!!」

「何だ、言ってみろ」

「はっ!!アメノミハシラで一週間の休暇ということですが……その、アメノミハシラから休暇で本土に戻ることもできるのでしょうか?」

「アメノミハシラからは、日に数回本土に向かう便が出ているからな。本土側からも、同様の定期便がある。一週間の滞在は可能だな」

 シンは満面の笑みを浮かべる。しかし、響の話はまで終わっていなかった。

「しかし、本土行きの便は事前予約制でな~。そして、アメノミハシラは宇宙軍の人間が地上に降りるときに使うターミナルとしても使用されている場所でもある。当然のことながら、定期便は大人気だ。一週間前には予約しなければ席は取れない。帰りもまた然りだ」

「そ、それじゃぁ……」

 シンは不安に駆られ、冷や汗を流す。

「ここからアメノミハシラまで一週間はかかるな。明後日に出発するから、到着は9日後になるか。それからチケットを取っても……日帰りだな」

「シン君、基地の通信施設は許可申請しないと使わせてもらえないわよ。今は基地の復旧のために通信回線はほぼ全て需品科とか武器科に優先的に割り振られているから。でも、許可は一週間ぐらいしないと降りないからね」

 中島と弓村の追い討ちを受け、シンはその背に暗い影を背負う。だが、響はそれまでの神妙な表情を崩してシンに歩み寄ると、豪快に笑いながら落ち込むシンの肩をバンバンと叩いた。

「はっはっは!!それぐらいで落ち込むな、若造!!こんなこともあろうかと、俺がさっきアメノミハシラとの通信を知り合いに頼んでしておいた。タリサ、シン。お前達の分のチケットは既に確保してある!!」

「た……隊長ぉぉ!!」

 地獄に仏を見たかのような表情を浮かべ、シンは響に敬礼する。

「隊長……ありがとうございます!!」

「感謝するっていうなら、これからは勝手な行動は控えてくれるよな?」

「これからは心を入れ替えて真面目に指示に従って戦います!!」

 感激して涙を浮かべながらシンは宣誓する。

「調子のいいやつ……」

「まぁ、そう言うな。確かに、最近は少しおとなしくなってるだろ?」

 呆れたような表情を浮かべる弓村を甲田が諫める。弓村はまだ言いたいことがあるようだったが、とりあえずここは甲田の顔を立てて口を噤むことにした。

 

 

 

 

 オービターを降りたシンは、搭乗口を出ると同時に自身を包んだ湿気を帯びた熱い風を感じてボソリと呟いた。

「久しぶりだなぁ……本土は」

「このすさまじく不快なジメジメっぷりは確かに本土だよ……ああ、気持ち悪い」

 前日に九州地方を襲った豪雨の影響もあってか、今日の種子島は非常に蒸し暑かった。日ごろから本土で生活している人間にとってはこの時期の種子島の気候もそれほどキツイものでもなかったのだろうが、ここ一年ほどは気温、湿度ともに管理されていた宇宙の施設にいたこともあって、二人の身体は気候に順応できずにいた。

 タリサもシンも汗腺から汗を噴出し、汗が染みこんだ肌着がべっとりと纏わりつく嫌な感触を感じていた。

 その不快感がたまらなくなったタリサはシャツの胸元で仰いだ。その慎ましい胸を包む下着がシャツの下に見え隠れしているが、残念ながら、彼女の体型では色気の欠片も感じられない。その光景は、夏休みに遠出して汗をかいている小学生そのものだった。当然のことながら、反応した男性は周囲に一人もいない。シンも全くリアクションをすることなく、手帳を取り出してこれからの予定を確認する。

 宇宙への玄関である種子島宇宙港に隣接した種子島空港には、国内各地の空港との間を結ぶ航路が設けられており、宇宙から降下した人々はこの空港を経由して全国各地へと向かうため、シンもここからは国内線に乗り換えて家族が暮らす横浜へと向かう予定だ。飛行機が出るのは40分後、少し時間がありそうだ。

「タリサは、このまま鹿児島の方か」

「ああ。まぁ、ここも鹿児島県だけどな。大隅半島の方にあたしの一族が住んでいるんだ。姉貴も待っているし、久々に羽を延ばすつもりだ」

 タリサの一族は、第三次世界大戦を機に東アジア共和国に蹂躙された故郷ネパールの山岳地帯から日本に移り住んだ。残念なことに日本には故郷ネパールに似た気候の土地は存在しなかったこともあり、彼らは九州を新たな生活の地として選んだという話をシンはタリサから聞いたことがあった。

「姉貴が迎えに来てくれるっていうからさ、このまま本土の方に向かうんだ」

「タリサのお姉さんって確か、陸軍さんだったっけ」

「ああ。第六師団の歩兵第45連隊にいるんだ。種子島空港に来てる陸軍の連絡機に姉貴と二人で便乗させてもらえる手筈になってるんだってさ」

「……あの歩兵第45連隊か?」

 シンの顔が盛大に引き攣る。

「そうだぜ?そうだ、ついでだしシンも会ってみないか?」

「あ、ああ。そうだな」

 しかし、そこでシンは一つの事実を思い出す。自分はこれまでタリサに何をしてきたのか、そして、第45連隊の恐怖のエピソードを。

 

 大日本帝国陸軍では明治からの伝統に攻めは九州、守りは東北、北海道というものがある。

 かつて、徴兵制が敷かれていたころから歩兵科に徴兵された兵士は出身地の部隊に配属される仕組みになっていたこともあり、歩兵部隊には地元の出身者の特色が出ることが多かったといわれている。現在では徴兵制は廃止されて全面的に志願制になっているが、基本的に歩兵科の配属は地元の連隊という仕組みは変わっていない。

 歩兵以外の部隊でも、なるべく地元出身者は地元の部隊へという方針は取られている。しかし、全国くまなく配備される歩兵と違い、機甲部隊は地理的な重要性の高いところに重点的に配置されていることもあって、他地方の出身者の比率も低くない。

 ただ、地元の色が強い歩兵部隊となるべく連携を取りやすくするという狙いもあって、陸軍の各師団はなるべく同じ地方の出身者で固めているのが現状だ。無論、地方の色が強く出過ぎることも良くないので、司令部には他地方からの出身者もくまなく混ぜることでバランスを取っているのである。

 豪雪地帯で生まれ育った北国の兵は辛抱強く寒さにも強いことから、20世紀のソビエトとの紛争でも多数がシベリアや満州といった極寒の地でスラヴ人や漢人相手の戦いによく駆り出された。これらの戦場では基本戦略が守勢であったこともあり、彼らは粘りと辛抱強さが要求される北の大地の防衛戦で幾度もその名を馳せた。現在でも、陣地作りと防衛戦をやらせれば旭川の第七師団か弘前の第八師団の右に出るものはいないと言われている。

 そして、彼らと対になる帝国陸軍の攻めの先鋒が熊本の第六師団である。

 九州人(ただし、一部地域は除く)は伝統的に戦が強いことは歴史的にも周知の事実だ。豊臣秀吉が九州討伐に二十万以上の兵を動員しなければならなかったことからもその脅威は計り知れるだろう。九州兵は精強無比であり、血の気の多い兵が多いというのは戦国時代からの伝統とも言えるかもしれない。

 ただ、その精強な第六師団の中でも、最も前述の九州兵の資質が強い部隊が歩兵第45連隊である。

 ――大日本帝国陸軍第六師団歩兵第45連隊。

 それは、大日本帝国最強の攻撃特化部隊にして、狂戦士(バーサーカー)の巣窟として恐れられる人外集団だ。その戦闘力たるや、空挺団と特殊作戦群以外では並ぶものなしといわれている。

 戦国時代に上杉謙信に仕えて活躍した伝説の忍者鳶加藤に肖って命名された、挺進行動により困難な状況を克服して任務を遂行するための不屈の精神力と、知識及び技能を習得したものにのみ与えられる精鋭の証、鳶徽章を有する隊員も少なくない。全国の歩兵の8%しか保有していないこの徽章を、第45連隊では15%が保有していることからもその錬度の高さが分かるだろう。

 

 

 歩兵第45連隊は戦績も並ではない。20世紀に勃発した大東亜戦争ではサイパン島に派遣され、B-29による日本本土攻撃のためにマリアナ諸島の占領を狙うアメリカ軍海兵隊第二海兵師団と繰り広げた死闘は、大東亜戦争を象徴する激戦の一つとして語り継がれている。

 この戦いにおいて第45連隊は、上陸した海岸に橋頭堡を築いていた海兵隊を歩兵第13連隊と戦車第7連隊、戦車第26連隊と共同で夜間に襲撃し、突然のスコールという天佑もあって戦車や医療品、食料品などの多数の物資を焼き払うことで海兵隊の継戦能力を奪うことに成功する。

 当時独ソ戦を参考に対ソビエト戦車用に開発されていた携帯式対戦車擲弾発射器も多数持ちこみ、第45連隊はアメリカ軍が物資を集積していた上陸地点を護る戦車を多数撃破した。これだけでも脅威的な戦果なのだが、さらに第45連隊は照明弾をありったけ投入して目くらましに使うなどの奇策もあって米海兵隊に肉薄することに成功する。

 異常なほどの白兵戦の技量と、悪天候、轟音が響き渡り視界の悪い夜間においても衰えない統率力、そして撃たれても吹き飛ばされても怯まない凄まじい闘志で米海兵隊を圧倒した同連隊は、敵味方入り乱れる混戦の中で米海兵隊第二海兵師団に甚大な損害を与えることに成功する。

 実は、戦争勃発後、帝国陸軍は戦前から思案していた対米戦略に従って絶対国防圏という防衛ラインを設定し、その外側にある日本側の領地の防衛を全て放棄していたということもあり、米軍はサイパンの戦いまで本気で守ろうとする陣地を攻撃する機会がなかった。

 米海兵隊にとって日本軍との本格的な交戦はサイパンの戦いが初めてであり、上陸の際の日本軍の抵抗が皆無だったことや当時の人種差別的な思想もあって米海兵隊員は完全に油断していたことも夜襲の成功やその後の情けないまでの混乱に繋がったと考えられる。

 また、スコールという天佑や、海兵師団司令部の早期壊滅、実戦経験に乏しい兵が錯乱して銃を当たり構わず乱射したことによって友軍誤射(フレンドリーファイア)が多発したなどという類稀な幸運があったことも戦果の要因であったと言えよう。

 さらに、その後大損害を被って壊滅した第二海兵師団に代わってサイパンに派遣されてきた第四海兵師団は敢えてジャングルまで誘い込み、ゲリラ戦を展開することでこちらにも大損害を与えた。

 結局、アメリカ軍はこのままサイパンを攻撃することは割に合わず、ただ損害を徒に重ねるだけだと判断し、サイパンを包囲して無力化することを選んだ。

 米軍の公式記録によれば、上陸したその夜の夜襲によって第二海兵師団は全8000人の内5000人近くの死傷者を出すだけではなく、合計で29両の戦車を喪失したと記録されている。さらに、第二海兵師団に代わりジャングルに進軍した第四海兵師団も3ヶ月の攻防戦で2000人の損害を被り、50両近い戦車を失った。

 

 敵に大きな被害を与えた第45連隊も、夜襲の先陣を切って最後は殿を受け持ったということもあり、夜襲の翌日には合計で2000人近い死傷者を出して、全滅判定を受けた。

 その後第45連隊の生き残りは歩兵第13連隊に吸収され、その後も米軍が損害を重ねてサイパン島の攻略を諦めるまで戦い続けた。3000人ほどいた第45連隊の兵の中で、終戦後に生きて本土に戻れた兵は200人ほどだったとされている。

 そして、この戦いにおける常軌を逸した日本軍の奮闘ぶりと米海兵隊の損害を受けて、当時のアメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズヴェルトは対日戦略を大きく転換せざるを得なくなった。

 島嶼を攻略して飛行場を確保し、そこから日本にB-29による戦略爆撃を加えて日本を屈服させるという戦略を見直すと同時に、合衆国海軍の総力をもって日本の海軍を撃滅し日本のシーレーンを絶つことで屈服させるという戦略に転換したのである。

 しかし、帝国海軍聯合艦隊撃滅を目論んで来寇したアメリカ海軍太平洋艦隊は聯合艦隊に艦隊決戦の舞台へと引きずり出され、日本軍が戦前から計画していた漸減邀撃作戦によって崩壊することとなった。

 太平洋艦隊の壊滅したことを聞いたフランクリン・ルーズヴェルトは卒倒し、そのまま脳卒中で死亡した。後を継いだ副大統領のトルーマンが、ソビエトによるユーラシア大陸赤化の波に対抗するべく対日和平を決断し、大東亜戦争は終結した。

 結果的にみれば、第45連隊の奮戦が日本の勝利への道筋を開いたとも言えるだろう。

 因みに、この敗戦によりいいとこなしで終わったアメリカ合衆国海兵隊は組織存続の危機に立たされ、後のベトナム戦争では組織の存続をかけた盛大な流血を強いられることとなる。

 

 

 上記のような公式の戦果だけでも第45連隊の異常さが分かるが、それ以外にも第45連隊の恐ろしさを伝えるエピソードとして、こんな話も伝わっている。

 実は、第45連隊を中心にしかけられた夜襲を生き残った兵士の中にも、PTSDと思われる症状を発症して戦力にならなくなった者が少なからずいたことが当時の海兵隊の軍医の記録から分かっている。

 生き残って心を病んだ彼らの証言によれば、

「き、聞こえるんだ。まだ耳から離れないんだよ。『おいてけ……首おいてけ』……おぞましい声でそう叫ぶ血まみれの侍の姿が!!」

「『大将首だ!! 大将首だろう!? なあ大将首だろうおまえ』って言いながら突っ込んでくるんだ!!俺は副官なのに……しかも、ライフルで打ち込んでも一発じゃ絶対に倒れない……俺は本当に人間と戦っていたのか?」

「あの悪魔は半狂乱になって『KILL JAP!!』と叫びながら機関銃の弾を敵味方構わずに撒き散らしてる豚みたいな師団長の前に一瞬で詰め寄ったんだ!!そして『わがんねぇよぅ。何言ってんのかさっぱりわがらねぇ。日本語(ひのもとことば)しゃべれよう』って言ってサムライ・サーベルで師団長の首を跳ね飛ばしたのさ……そして、あの悪魔は俺を見て追いかけてきたんだ!!……きっとやつはまだ死んでない!!まだ俺を追いかけてきてるんだ!!まだ!!」

 などという正気を疑うようなエピソードが次々と報告されている。

 これらの証言は戦場につきものの恐怖心から生まれた妄想であると米海兵隊ではされているが、第45連隊の奮闘ぶりを考えればあながち嘘でもないかもしれないと考えるものは現在でも大西洋連邦には少なくない。

 日本でも、第45連隊の生き残りや彼らと共に戦った第13連隊の隊員の証言から、彼らの異常さは事実として知られている。

 彼らは、『殺人まっしーん』、『薩人ましーん』、『妖怪首おいてけ』等といった渾名で呼ばれ、同じ帝国の兵であっても恐れる存在である。

 これらの正気を疑うようなエピソードに事欠かないこともあって、第45連隊の隊員は部隊が最後に外地に派遣されてから60年ほど経過した現在でも、人間を辞めた化け物の巣窟として恐れられているのである。

 

 

 長々と歩兵第45連隊の話をしたが、本題はタリサの姉がそこに所属しているということだ。つまり、タリサの姉は所謂『薩人ましーん』ということである。シンはグルカの血やべぇと内心で冷や汗をかく。

 シンからすれば、これは少しまずい。なんせ自分はタリサが火星まで島流しのような配属となった原因である噴射ユニット喪失事件の主犯だ。というよりも、自分はタリサを事件の共犯に巻き込んだ立場だとも言える。

 以前、タリサがあの事件と火星配属で家族を失望させた云々を愚痴っていたことを知っているため、彼女の家族と顔を合わせるのは非常に気まずい。タリサの家族からすれば自分は彼女の宇宙軍での栄光の道を絶った忌むべき存在に他ならないだろう。

 気まずいだけならまだしも、もしもそのお姉さんが自分と同じようなシスコンであれば、恐るべき事態となる。

 シスコン+薩人ましーん+妹を害する男。答えはサーチアンドデストロイ一托だ。

 シンは迷わず逃亡を決意する。身勝手な話だが、シンにも妹がいる以上、こんなところで死ねなかった。

「あ、いや。俺も飛行機の時間が迫ってるからさ、ほら。家族団らんしておけよ。それじゃあな!!」

「あ、おい!?シン!!」

 シンは戸惑うタリサをおいて全力疾走で空港の搭乗口に向かった。

 

 

 ――すまないタリサ。俺はまだ死ねない。マユが俺を待っているんだ!!

 

 シンは妹を持つ=自分と同じように妹を大切にしているという図式のおかしさに気づけない男だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。