機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU   作:後藤陸将

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活動報告にアンケートあり。回答していただけると幸いです。期限は14日までとさせていただきます。


PHASE-19 密会

 夜9時を回ったころ、防衛大臣の権堂は一台の黒塗りのセダンに乗って防衛省を後にした。

 大西洋連邦の動きが慌しくなるにつれ、彼の下に寄せられる報告の量は跳ね上がり、重要度の高い報告も多数寄せられるようになっていた。そのため、最近は勤務時間が18時間がざらとなっていた。

 ここ一週間は防衛省は不夜城と化しており、労働基準法?何それおいしいの?と問いたくなるほどのの激務に支配されている。日本人は勤勉で働きすぎだとよく言われるが、それでもこれは民族や習慣からくる許容範囲を逸脱しているだろう。

 その激務は数年前の元在日本オーブ連合首長国大使館並を彷彿とさせるが、幸いにも防衛省には元在日本オーブ連合首長国大使館よりもブラックに耐性のある職員が多かったため、一日に来る救急車の数は2台程度で収まっている。

 だが、権堂はこのギンギンにブラックな勤務に文句一つ言うことはない。毎日栄養ドリンクを半ダース消費するほどの激務に3時間の睡眠時間であっても彼は弱音を吐くことなく淡々とこなしていた。

 政治家に転向する前は海軍軍人だったということもあって、軍隊生活で鍛えた彼の肉体にはこの激務に耐え抜くだけの体力が未だに健在だった。目の下にはうっすらと隈ができ、頬も少しこけたように見えるが、彼自身は辛そうな態度を見せたことはこの一週間で一度もない。

 内閣の方針を決めるために各方面の情報を整理する土橋官房長官や、各国との協調や大西洋連邦との折衝に追われる珠瀬外務大臣、戦時体制への移行と戦費調達に備える榊大蔵大臣、各国の情報を収集する椎名局長は状況の変化に伴って激務に追われているが、それでも権堂よりは余裕がある。権堂は自らの指示して仕事をつくり、それを自分に回させているので、権堂が自分から激務を率先して引き受けているというべきかもしれない。

 そしてそれは、偏に自身の責務を果たさんとする強い意志からの行動であった。国防に携わるものがこの状況下で休んでいる暇がないというのが彼の持論だ。そのため、最近の彼の食事は専らサンドイッチやおにぎりなどが中心である。

 

 文字通り激務に追われる彼がこの日、珍しく仕事を早め(?)に終えてから訪れたのは、とある料亭であった。そう劇のセダンを料亭の門に停めさせた権堂は、仲居に迎えられて店の敷居を跨いだ。

「お待ちしておりました。楓の間にご案内いたします」

「彼は、もう来てるのか?」

「15分ほど前にいらっしゃいましたよ……こちらです。それでは、少々お待ち下さい。すぐにお料理を用意してまいります」

「ああ、ありがとう」

 仲居に礼を言うと、権堂は楓の間の障子を引いて頭を垂れた。

「お待たせして申し訳ありません」

「かまいませんよ。貴方が多忙だということは理解しるよ、大臣」

 楓の間に座していた日に焼けた小麦色の肌で精悍な顔立ちをした大柄な男は権堂を気遣い、座るようにすすめた。権堂は男に一礼すると、男の対面に座った。

「防衛省は不夜城、職員は昼も夜も問わずに省内を駆け回っていると世間でも噂されているぞ。毎朝新聞なんて『戦争までのカウントダウン』などと能天気な記事を一面に持ってきているぐらいだ」

「否定はしませんが、もう少し緊張感を持って欲しいです。毎朝新聞は火種を煽るだけ煽って、大火となったら放置ですから。火の無いところに煙は立たないといいますが、彼らは自分から火をつけて煽るから余計に性質が悪いと思いますよ」

 渋い表情を浮かべる権堂に対して、男は同感だと言わんばかりに首を縦に振る。

「記事も、いつもの軍国主義だの20世紀の悪夢再びだのと上っ面の平和主義を讃える論調だな。世の中が一つの風潮に囚われるよりは、いくつもの風潮があった方がいいとは思うが、マスメディアであればせめてもう少し物を考えて意見を言ってほしいものだ。敵国から放たれた砲弾は1発でも100発でも誤射ではなく、攻撃に違いないだろうに」

「全くですよ、南雲さん」

 

 南雲浩。元防衛省の職員で、かつては防衛大臣補佐官を務めていた人物でもある。当時は、未来の防衛大臣候補としても名が挙がるほどの俊英として知られていた。防衛戦略に対する基本的な姿勢は権堂と似通ったところもあり、権堂の前任のタカ派のトップでもあった。

 また、南雲は権堂にとっては海軍兵学校の先輩にあたる。公職で見れば南雲よりも権堂が上司にあたるので、本来ならば南雲が権堂に敬語を使うべきなのだろうが、権堂は私用で食事に来たということになっている。プライベートとなれば、江田島の上下関係の適用範囲という不文律が数世紀の間遺されているのである。

 20世紀には江田島名物とまで謳われた鉄拳制裁は既に廃れて久しいが、権堂にとって南雲は、鉄拳制裁がなくとも十分におっかない先輩の一人だった。彼よりも出世して防衛省のトップに登り詰めた今でも、正直なところ頭があがらない。

 実は南雲は、今から6年ほど前、防衛省が密かにオーブ大使館の通信を盗聴していたことが発覚した際にその事件の首謀者として責任を取った人物でもある。その後、彼は硫黄島の基地に文字通り島流しとなっていたはずだった。

 しかし、実際には失脚して表舞台から去ったことを利用し、裏の諜報戦で指揮を執る立場について防衛省の情報戦略に大きく関与していたのだ。権堂との間にも直通の連絡手段を確保しており、定期的に報告を入れていた。

 島流しになった元切れ者となれば、本省にいる人間に比べれば各国の密偵の目はあまり向かわない。しかも任地が文字通り絶海の孤島となれば尚更だ。その油断を上手くついたことが、彼の活動を上手く隠すことを成功させる要因となったのだろう。

 

「お料理をお持ちしました」

 二人が談笑していると、仲居がちょうど料理を運んできた。高級料亭というだけあって、料理の盛り付けも中々に美しい。

 そして、二人は仲居が部屋から離れていくことを足音で確認すると、運ばれてきた懐石料理に箸を伸ばした。久しぶりに食べたまともな食事に、権堂の顔も思わず綻ぶ。

「さて、ではそろそろ本題に入ろうか。君がまともな食事にありつけて嬉しいのは分かるが、その顔といっしょに頭まで腑抜けてもらっては困るからな」

 そう言うと、南雲は話を切り出した。権堂も箸を止め、南雲に視線を向けた。

「結論から言うが、どうやらジブリールはこちらの企み通りに動いてくれそうだ。既にやつはコープランドに命令を下した。後は準備が整ったら始まる」

「彼は、私達が彼のシナリオを誘導していることに気づいていないと?」

 南雲は道化を蔑むように嘲笑る。

「ああ、そうだ。やつはバカ正直にキラ・大和がESP能力者だと信じ込んでいるよ」

 日本軍MSによる降伏使節殺害を企んだ大西洋連邦の特殊工作用ステルス機のマーシャンの対日降伏文書調印式典襲撃の計画は、事前に南雲の手によって掴まれていた。式典の前にオーストレールコロニーや周辺宙域に警戒網を張れば、計画が実行に移される前に阻止することも可能なはずだったのだ。

 しかし、権堂は敢えて計画を直前まで阻止しないことを選択した。襲撃計画をギリギリで未遂に終わらせ、現行犯で大西洋連邦の襲撃者を逮捕することで、大西洋連邦が言い逃れのできない証拠を得ようと企んだのだ。

 権堂は、ジブリールがこの襲撃を利用して対日宣戦布告するというシナリオを描いていることもお見通しであり、それを逆手にとって大西洋連邦を追い詰める策を練っていたのである。

 

 実は、あの襲撃時調印会場となっていた戦艦を護衛していたMS部隊は、全て最初からハッキングを受けている状態にあった。特別に改装されてバチルスウェポンシステムを搭載していたフリーダムを駆るキラが、少し離れた宙域から中継器のブイを通じて全てのMSのコンピューターを支配していたのだ。

 あらかじめ警護部隊のMSには、キラの駆るフリーダムのミラージュ・コロイド粒子による干渉を受けるよう出撃前に対バチルスウェポンシステム対策を施したコンピューターに細工を施していた。

 キラは、自身の手のひらの内にあるコンピューターがハッキングされたことに気がついたら即逆探知をかけて敵の位置を把握し、ハッキングされたMSを行動に不能にしたうえで工作機を拿捕したというわけだ。

 ハッキングされたとはいえ、味方のMSまで撃破したのは、こちらが予め襲撃を知っていたと勘ぐられないようにするためだ。事態はその場の判断で臨機応変に対処したということにしておけば、追求は回避しやすい。

 そして、自分たちが襲撃計画を察知していなかったことの信憑性を上げるために敢えてキラがESP能力者だという根も葉もない噂をジブリールの耳に入るように仕向けた。幸いにも、キラはその生まれが非常に特殊であり、その資料の殆ども失われているということもあって、ヒビキ博士が造りだしたESP能力者だというカバーストーリーもある程度の説得力があった。

 戦争が勃発し、キラが活躍するようになれば何れはジブリールもこの噂が嘘だったと気がつくであろうが、開戦するまでばれなければ問題ない。開戦前にばれなければ、あちらの防諜体制はそれほど過敏な反応を示すことはないからだ。

 キラには、作戦を実施するうえである程度の事情を話したが、彼は生まれは日本に非ずとも日本を護る意志を持つ軍人だ。全てを承知の上で作戦を了承し、滞りなく実施した。真実を漏らす危険性はまずないだろう。

 

 勿論、ジブリールの性格からすれば、襲撃計画の証拠を大西洋連邦に突きつければ居直り強盗をすることも承知の上での策である。権堂は、内閣が不戦方針を貫いていることをしっていながら大西洋連邦の居直り強盗的な宣戦布告を期待して襲撃計画の現行犯逮捕に踏み切ったのだ。

 元々、権堂は大西洋連邦との全面戦争は、不可避であると考えていた。日本がこのまま勢力圏を広げれば、遠からず大西洋連邦を国力で完全に上回る日が来るだろうが、世界最強最大の国家であることを誇りとする大西洋連邦がそれを座して見ているだけだとは考えられなかったからである。

 数年前までは、大西洋連邦との国家存亡をかけた全面衝突は自分が現役の間には起きないだろうと考えてはいた権堂であったが、前回の大戦中に実用化されたマキシマオーバードライブの存在が権堂の予想を覆した。

 マキシマオーバードライブの恩恵を受けた日本は他国の追随を許さない圧倒的な早さで火星に進出し、宇宙開発事業をさらに発展させた。それに伴い、日本は権堂の予測を超える早さで国力を急激に成長させ、同時に大西洋連邦の危機感をさらに煽った。

 権堂は、自分の危惧していた国家存亡の危機は、思っていたよりも早くに訪れると考えざるを得なくなった。そんな時、ジブリール率いる大西洋連邦の軍需産業複合体が開戦に向けて動き出しているという一報を耳にした権堂は、これを好機だと考え、このタイミングでの開戦を決意するに至った。

 どうせ開戦が避けられないのであれば、こちらで時期をある程度調整し、最も優位に立てるタイミングで開戦する方が、損害は最小限ですむからだ。権堂は、マキシマオーバードライブという世紀の大発明によって日本が得た科学技術面の圧倒的なアドバンテージが生きているうちに開戦し、大西洋連邦との技術格差が縮まる前に圧倒的な科学力で決着をつけるべきだと判断したのである。

 これ以上開戦を待ったところで、今以上に科学技術の面で格差が開くことは多分ありえない(横浜の魔女ならばやってのけそうな気がするが、あの魔女は色々な意味で不確定要素が多すぎるため、考慮しないことにした)だろうし、他国でも日本に遅れること10年ほどだが、各国で技術革新と言えるほどの科学技術の進歩の兆しが見える。このまま座して待てば、科学技術の面で劣らないまでも、差を詰められることは確かだと権堂は判断していた。

 一方で、これ以上宇宙開発が活発化すれば、日本はある程度の国力を常に宇宙に費やさざるをえなくなり、大西洋連邦との戦争に投入できる国力の差が縮まるかどうかも不透明だ。

 また、そもそも大西洋連邦がこのような幼稚な強攻策を取ってきた以上、あちらにもはや日本と矛を交えないという選択肢は皆無と言ってもいいだろう。難癖つけられた開戦の大義名分を与えないように片っ端から陰謀を阻止したとしても、果たして何年の間阻止できるか。

 そして大西洋連邦が居直り強盗に走れば、それは日本側の揺ぎ無い大義名分となる。居直り強盗に走った暴君に対する抗戦以上に正当な大義名分は期待できないだろうし、大義名分は正当であればあるほど、戦後に優位に立てる。

 深海内閣の方針も、主上の御心も不戦であることは理解していたが、それでも権堂は敢えてそれに反して帝国を戦争に引きずりこむことを選んだのは、開戦が避けられない以上、最も犠牲の少ない勝ち方をするべきだと判断したためである。

 仮に権堂が拿捕のタイミングを指示し、それが結果的に開戦を招いたことが露呈しても、現行犯での拿捕に拘った結果だといえば深く追求されることはないし、大西洋連邦の居直り強盗という普通では考えられない傲岸不遜な振る舞いまで軍部が予知していたなどと信じるものはまずいないだろう。命令書などの自身が関与した証拠を戦後に焼却すれば、軍部が独走して開戦を招いた前例だとされる可能性も低い。

 万が一、日本が負けた場合にも、内閣にも主上にも事実を知らせていなければ、自分が日本の道を独断で誤らせた戦犯として全ての罪を被ることができる。万事において抜かりは無いはずだった。

 

「ジブリールがあんな嘘を信じきっているというのは滑稽ですね……しかし、南雲さん。万事上手くいっているように思えますが、ムルタ・アズラエルは動いていないのですか?」

 権堂は南雲に問いかける。

「彼もロゴスのメンバーのはずでしょう?最近はジブリールと距離をおいているようですが、あそこまでジブリールが派手に動いていればそれ相応のリアクションをするのが普通です。最悪、アズラエルがジブリールの動きを押さえにかかって開戦が避けられる可能性もあると考えていましたが」

「いや……アズラエルからジブリールに対するコンタクトはいまのところこちらのルートでも確認されていない」

 南雲の口調からは苦さが感じられる。どうも、その当たりの調査には納得できていない様子だ。

「やつは今、軍需産業複合体(ロゴス)の中でも特殊な立ち位置にあるようだ。最近は軍需産業複合体(ロゴス)の会合にも顔を出さないらしいな。ジブリールに嫌われているから、その辺が会合の話題になることもないらしいが」

「アズラエルが、軍需産業複合体(ロゴス)の中で凋落しつつあるというわけではないでしょう?」

「ああ。ロゴス内部の一個人の勢力でいえば、アズラエルがダントツだ。だが、軍需産業複合体(ロゴス)の半分ほどはブルーコスモス派でな、前回の大戦後に手のひらを返すようにコーディネーターを利用し始めたアズラエルとは馬があわないようだ。ジブリールがその筆頭だな。しかも、ジブリールはあの癇癪持ちときたから、会合でもアズラエルの名前を出すやつはいないそうだ。まぁ、かれらに相互理解などできんと俺は思うよ」

 権堂は困惑した様子でさらに問う。

「単に馬が合わないというだけであのアズラエルがおとなしくしているとは考えにくいですな」

「俺もそう思う。やつはこのまま座しているようなおとなしい輩では絶対ないさ。少し前に、軍需産業複合体(ロゴス)の非ブルーコスモス閥をアイスランドに集めていたという情報もあるから、十中八九何か企んでいる。おそらく、ジブリールの与り知らぬところでこっそりとな」

「……それが大西洋連邦の対日戦略にも関わる可能性も?」

「否定はできない」

 南雲は一息ついて手元の茶を啜ると、忠告するような重々しい口調で言った。

軍需産業複合体(ロゴス)情勢は複雑怪奇……しかもそのキーマンの動きが一番読めない。権堂、油断はするなよ。アズラエルは侮れん」

 権堂は、南雲の忠告に対し、静かに頷いた。




ナグモさん登場。やはりタカ派です。

アズラエルは色々ときな臭い感じです。

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