機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU   作:後藤陸将

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主人公の描写よりもおっさんの描写書いている方が楽しいしはかどりますな。



PHASE-18 防人の指針

C.E.79 6月16日 大日本帝国 内閣府

 

「……以上が、大西洋連邦からの要求です」

 珠瀬外務大臣からの報告を聞いた閣僚達は、皆険しい表情を浮かべている。

「まるで居直り強盗ですな。これではもう交渉の余地はないでしょう」

「しかし……まずは外交での解決のための最大限の努力をするべきでしょう。交渉の余地なしと判断するのは短絡的では?」

 さばさばした口調で語る権堂防衛大臣に対し、宮田国土交通大臣が反論する。

「我が国は今、ネオフロンティア計画の推進に国力を傾けるべき時期にあります。ここで戦争……それも、大西洋連邦相手に戦争をするとなれば、ネオフロンティア計画に、ひいては帝国百年の発展計画に大きな支障をきたすことは避けられません。できる限り、戦争は回避すべきでしょう」

「宮田大臣、君もあの返答を見ただろうに。あちらは既にこちらの意見を聞くつもりはない。でなければ、あそこまで開き直った真似はできんはずだ」

 冷ややかな口調で権堂は吐き捨てた。

 

 

 去る5月29日、マーシャンの降伏文書調印は多少のトラブルがあったが、予定通り行われた。これに伴い火星圏の戦いはひとまず終焉した形となった。日本の部隊は、治安維持に必要な最低限の部隊を除いて火星圏からは撤退を始めている。

 この時、日本は護衛部隊の活躍もあって降伏文書の調印会場を襲撃したステルス装備のMSを拿捕し、そのパイロットを拘束した。そして、パイロットの尋問と機体の検分により、ステルス機――ゲシュペンストとそのパイロットは大西洋連邦と深い関係にあることを突き止めることに成功した。

 日本はこの事実を世界に向けて公表すると同時に、外交ルートでこの一連の調査結果を大西洋連邦に手渡してこの襲撃への関与に対する釈明を求めた。しかし、大西洋連邦から帰ってきた返答は日本の予想しえなかったものであった。

 曰く、『この報告書は我が国に対する根拠もない誹謗中傷である。日本側の提出した証拠は悉く我が国を貶めるために捏造されたものに他ならず、我が国は件の襲撃事件についてはまったく無関係である。しかるに、我が国はこのような謂われなき罪を着せ、一主権国家たる我が国の名誉を著しく毀損する日本の発表を、大変遺憾に思う』とのことだ。

 そして、大西洋連邦は日本に対し、冤罪を着せようとしたことを謝罪し、賠償することを求める要求を提出した。同時に大西洋連邦のメディアなどでも日本が冤罪を造りだしているという主旨のニュースが頻繁に報道され、大西洋連邦の世論は反日姿勢に傾きつつあった。

 ついに先日、駐日大西洋連邦大使が外務省を訪れ、日本側に要求書を提出した。そこに書かれていたのは先の襲撃事件で大西洋連邦に濡れ衣を着せようとしていたことへの謝罪要求だけではない。大西洋連邦は日本の武力による一方的な火星利権の獲得や他国に冤罪をつけてまで勢力圏を拡大しようとする現政権の路線を批判し、問題の発端となる現状の火星利権に対する各国の不平等状態の是正をも要求していたのだ。

 また、これらの要求が満たされない場合、実力を行使する用意があるという一文も要求の末尾に記載されていた。大西洋連邦は、要求の受諾か全面戦争の二択を突きつけてきたのである。

 当初は日本側も実力行使はあくまで外交上のカードに過ぎず、ブラフであると推測していたが、大西洋連邦の全軍がここ数日で少々妙な動きを見せていた。情報局が集めた情報によると、時期はずれの食糧の備蓄、兵器メーカーの就業体制の変化など、大西洋連邦が戦争の準備を進めつつあるという兆候が見られていた。

 何とか事態を打開しようと大西洋連邦の国務省を訪れた駐大西洋連邦日本大使も、国務長官に突っ慳貪な態度で追い返されてしまうため、交渉は全く進展する余地もなかった。

 今日の閣議は、このような一連の大西洋連邦のきな臭い動きを受けて急遽開かれたのである。

 

 

「大西洋連邦は本当に我が国と矛を交えるつもりなのか?軍事力の行使を窺わせているとは、あくまで圧力をかけているだけなのではないのか?」

 深海首相の問いかけに対し、椎名情報局長は頭を振った。

「いえ……おそらく、大西洋連邦は本気です。既に大西洋連邦は戦時体制に向けて軍需物資の調達が始まっています。また、コープランド大統領も外遊先のローマで対日関係では全く譲歩しない旨を公言しておりますし、大西洋連邦の世論も政府、各種メディアの宣伝によって大きく反日に偏っています。このまま彼らが振りかぶった矛を振り下ろさない確証はありません」

「開戦は避けられないと?」

「遺憾ですが、その通りかと」

 開戦不可避――深海は天を仰ぎ、臍をかむ。

 大病を患って首相の座を退いた先代の澤井首相から政権を受け継いでおよそ2年。自分なりに精一杯やってきたつもりだった。多少の反省はあれど、後悔するような失敗をしてはいない。自分はやれることを精一杯やったという自負がある。

 しかし、政治は結果が全てだ。自分の政治の結果が、大西洋連邦との摩擦を生み、それが今大西洋連邦との全面戦争という国難となってこの国を襲おうとしているということは紛れもない事実であり、目を逸らしてはならない現実である。

 ふと、思う。先代の澤井首相がもしも大病を患うことなくそのまま政権を担っていたならば、大西洋連邦との全面戦争という事態にはならなかったのではないか、と。

 いや――そのようなことを考えてる暇はない。

 深海は頭を振り、頭を過ぎった暗い思考を振り払う。澤井前首相は、自分を信じて政権を託したのだ。自分は澤井前首相を信じている。故に、澤井前首相が信じた自分も信じる。今は、それでいいのだ。深海は知らず知らずの内に額に寄っていた皺を伸ばし、口を開いた。

「すまんな……少し考え事をしていた。権堂大臣、もしも大西洋連邦と開戦したとして、我が軍に勝機はあるかね?」

 このような事態の想定をすることは欠かさないからだろう。権堂は深海の問いかけに対して淀みなく答えた。

「仮に、大西洋連邦を現状の戦力で相手どる場合、北米大陸に上陸し、ワシントンのホワイトハウスに日章旗を立てることは補給の問題もありますからまず不可能です。我が軍の攻勢限界点は、北米の西海岸、パナマまでです。よって、我が国が勝利を得ようとするのであれば、大西洋連邦の戦力を削ぎ、その重要な領地の占領をもって交渉をするしかないかと。その間、火星間の航路の護衛と地球軌道並びに安土の護衛で宇宙軍は手一杯となりますが、シーレーンの安全は保障します」

「戦争の終結まで、短く見積もってどれくらいかかる?」

「申し訳ありませんが、それは大西洋連邦の動き次第としか、言いようがありません。我が軍の対大西洋連邦ドクトリンは漸減作戦ですから、来寇してきた敵をともかく撃滅し、その戦力を削ることに重きを置いています。大西洋連邦軍の来寇時期、その戦力の規模などによって全てが決まりますし、こちらがどれほど敵戦力を削ろうが、領地を削ろうが和平を結ぶか否かは大西洋連邦の意志次第です。こと戦争の主導権はこちらにではなく、大西洋連邦側にあります。戦争の終結までにかかる時間は大西洋連邦の出方次第としか言えません」

 深海は唸る。戦争が長引けば、現在この国の経済を牽引するカンフル剤となっているネオフロンティア計画の推進にも支障が出ることが考えられ、経済成長に多大なる影響を及ぼす可能性がある。

 戦争の主導権がない状態では、戦争を終わらせる道筋を立てることも難しい。深海は椅子に深く座り、腕を組んで視線を下に向けた。

 

 

「申し訳ありませんが、もう一つ、重要な報告があります」

 権堂の告げた戦争計画を聞いて深く考え込む閣僚達を前に、椎名は内心の焦燥を隠すかのように事務的な口調で告げた。

「……東アジア共和国も大西洋連邦の動きに同調している節が見られます。こちらは、朝鮮半島を中心に露骨に戦力の配置換えも行っており、予断を許さない状態にあります。最悪の場合、我が国は大西洋連邦と東アジア共和国の二国を相手取らなければなりません」

 椎名の告げた言葉に、閣僚達は一様に目を丸くする。

「軍でも、東アジアの動きを掴んでいます。MSを主力とする部隊が朝鮮半島に集結しつつあり、海上部隊も海南島にむけて北上しつている様子が我が国の哨戒機によって捉えられています」

 権堂が続いてもたらした情報を受け、深海は唸る。

 ニ正面作戦――その言葉が脳裏を過ぎった。西から人民の津波、東からは尽きることのない物量となれば、一体どれほどの犠牲が出るのか想像もできない。最悪の場合、日本は幕末以来数世紀ぶりに本土に上陸した敵軍との戦闘をする可能性もあるだろう。

 人的資源と物的資源のトップが手を結び襲来するなど悪夢以外の何物でもない。経済活動への影響も考えると、目が回りそうだ。

「前門の虎、後門の狼か……権堂大臣、仮に今開戦したとして、軍は勝てるか?」

 深海は権堂に問いかける。

「勝利条件によっては、勝てます」

 権堂は即答した。彼は二正面作戦も想定の内であると言わんばかりに淡々と説明する。

「東アジア共和国と大西洋連邦を同時に相手にする場合、まず東アジア共和国の方を我が軍の全力をもって叩きます。その後は来寇する敵部隊をその度に邀撃し、撃退します。しかし、大西洋連邦の二度の侵攻時点で我が軍の戦力は良くて戦前の七割にまで削られると試算されています。また、帝国軍は邀撃の度に兵装を消耗するので、こちらから大規模な侵攻に移ることができません。我が軍は、ひたすら防御に回るしかありません」

「終始受身にまわって敵の戦力を撥ね退け続けるしかないということは、戦果をもって早期に和平に繋げることができなければ闇雲にこちらが消耗するだけということか」

「また、開戦当初に叩いた東アジア共和国の戦力も、戦争が長引けば広大な大陸の奥地に工場を疎開して兵器の生産を続けることで回復する可能性があります。かといって、あの大陸の奥地に攻め込むことは不可能です。定期的に敵戦力の間引きをする必要が生じるため、大きな負担となります。帝国を護る身でありながらこのような言葉をいうことは憚られますが……短期に決着をつけられなければ、我が軍は数年で戦えなくなります」

 権堂の告げた絶望的な予測を聞いた閣僚達はその表情を曇らせる。

「前回の大戦から僅か8年で再び皇国の存亡の危機ということか……」

 榊大蔵大臣の口からも悲観的な言葉が漏れる。

 外交的には、件のニ大国以外との関係は悪くない。だが、同盟を組むなどして戦力として期待できる勢力は存在しない。国力では地球上第二位である日本でも、第一位と第三位の国力を持つ大国に同時に攻められれば、勝機は薄い。

 しかし、悲嘆にくれる会議室の中で権堂だけは堂々とした態度を崩すことはない。まるで、皇国は敗れることはないと確信しているかのような余裕を彼から感じ、煌武院悠陽文部科学大臣が権堂に問を投げかける。

「権堂大臣、よろしいでしょうか?」

「何でしょうか?煌武院大臣」

 悠陽の清流を思わせる澄んだ眼差しが権堂に向けられる。

「帝国の危機を口にしているにも関わらず、大臣の態度にはどこか余裕が感じられます。実のところ、大臣はこの国難を乗り越える腹案をお持ちではないのでしょうか?」

 権堂は悠陽の言葉に虚をつかれたらしく、怯んだ表情を見せた。

「権堂大臣、本当ですか?」

 絶望の中に一筋の光明を見出したのか、土橋官房長官も思わず浮ついた声を出す。

「我が国の技術が如何に優れているとはいえ、戦いは数です。経済開発を優先し、勢力圏に見合った軍の拡張を怠っていた我が国は数の面では大西洋連邦にも、東アジア共和国にも及びませんでした」

 権堂は立ち上がり、ジオフロンティアプロジェクトを推進した宮田と、ネオフロンティアプロジェクトを推進した榊大蔵大臣に意味ありげな視線を送る。この二つの計画を国策として優先したために、権堂が要求した帝国軍の拡張計画が縮小されたという経緯があるためだろう。

 視線を向けられた宮田は思わず反論しようとしたが、隣の席に座る榊がそれを無言で制する。如何なる事情があっても、それは確かに事実であることに変わりがないため、榊はここで反論することを善しとしなかった。それに、剃刀の異名を取る男に対し、宮田が的確な反論ができるとは思わなかった。

 そして、自分に向けられる閣僚達の期待に満ちた眼差しや、宮田の物言いたげな視線を意に介すこともなく、権堂は高らかに告げた。

「我が国の現有戦力では、この二カ国の侵攻を押しとどめることすら危うい!!そんな軟弱な防衛力でこの国が守りきれますか!?」

 権堂の口調にも次第に熱が入ってくる

「外交で軍事的衝突を避けられるならばそれに越したことはありません。軍事力という宝刀は本来は抜くべきことではないことは重々承知しています。しかし!!今回の一件を見れば分かるように、東アジア共和国も大西洋連邦もいざとなれば良識、大義など関係なくその軍事力を振るうのです!!国家に真の友人など存在しません!!万が一、全世界が敵になったときのことでさえ考えるなければなりません!!そして!!軍はこれに備えて全世界を敵に回してもこの国を守れる確実な防衛力を持たなければならないのです!!」

 澤井の退陣に付き合うように退任した先代の吉岡に代わって防衛大臣に就任した権堂は、歴代の防衛大臣の中でも指折りのタカ派だ。しかし、彼は同時に歴代でも指折りの現実主義者(リアリスト)でもあった。権堂はこの国を誰よりも愛し、この国を守るという任の責任を誰よりも誇りに思うが故に、一部の隙もない完璧な理論を主張する人物と深海は評している。

 一見すると血気に逸る人物のように映ることもあるが、彼はあくまで現実の可能性を見据え、それに対処するために必要なことを主張しているに過ぎない。一見すると過激に聞こえる彼の主張にも全て他人を納得させられる明白な理由があるのだ。

 実際、議会ではタカ派である彼が立てた防衛戦略に噛み付く議員も少なからずいたが、権堂は如何なる質問にも完璧な資料を基にした隙のない答弁を返して野党議員達に付け入る隙を全く与えなかった。

 深海が彼を防衛大臣に採用したのは、先代の吉岡の薦めもあったが、それ以上にその現実を見据えた姿勢を評価した部分が大きかった。タカ派の防衛大臣を登用すれば、日本を危険視する声が各国で増えるのではないかという意見も周囲から挙がったが、深海はそれでも権堂を登用することを躊躇わなかった。

 各国がマキシマオーバードライブの量産に成功し、宇宙での示威行動を活発化させていることもあったため、日本側の軍政のトップに強硬派を据えることでこちらも弱腰ではないとアピールするべきだと深海は考えたからだ。実際の戦力の増強に国力をあまり多くは割けない以上、態度だけでもこちらの姿勢を示す必要があったという事情もある。

 気分が高揚した権堂は誇らしげに告げる。

「皇国の存亡の危機を救う確実な防衛戦力として!!我々は極秘裏に究極の兵器の研究をしてまいりました!!」

 その口ぶりに思い当たるものがあったのだろう。椎名の米神がピクリと動く。

「後一年です!!一年以内に、我が国を救う究極の兵器が完成します!!」

「権堂大臣、まさか、あれの完成の目処が立ったというのですか!?」

 椎名は驚きの表情を浮かべる椎名に対し、権堂は得意げな笑みを浮かべる。

「情報局の協力のおかげで、各国にも殆ど察知されることなく計画は順調に進んでおります。かの艦が就役した暁には、制宙権は遠からず我が国のものとなり、大西洋連邦の上空の軌道上も我が国の庭となるでしょう。そうなれば、我が国にも勝機が見えてきます」

「権堂大臣。私たちにも説明してくれませんか。貴方の言う究極兵器とは、一体何のことでしょうか?」

 宮田は先ほどから自分たちの知らない何かの存在を前提とした二人のやり取りにしびれを切らして権堂に問いかけた。それに対し、権堂は我が意を得たり、と頷いてその視線を深海へと向けた。

「総理、防衛省は数年前からこの国の技術の粋を結集した、世界最大にして最強の戦艦を建造する計画を進めてきました。情報局の協力を得て、完全な防諜体制を敷いていたために、これまで総理にもその存在を告げられませんでした」

 権堂の発言を、椎名が補足する。

「おそらく、就役すれば現在世界に存在するどの戦艦でも太刀打ちすることは不可能となるでしょう。一隻が、戦略級の価値を持った桁外れの怪物です」

 

「その艦の名は、何と言うのだね?」

 深海が訊ねると、権堂は堂々とした態度でその艦の名を答えた。

「彼女の名は戦艦『大和』……大和型戦艦の一番艦にして、全世界の艦の頂点に立つ大宇宙の女王の名です」




ゴンドウさんがアップを始めました。すごい活き活きしたドヤ顔をしているようです。

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