機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU   作:後藤陸将

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お久しぶりです。
月月火水木金金が二週連続で続いていたことや、面倒な行事が重なって更新が大幅に遅れました。


PHASE-17.5 戦乱の予兆

「ええい!!」

 大西洋連邦、フロリダ半島東南部パームビーチに存在する大邸宅。その邸宅の規模、邸宅内部に飾られた多数の調度品は、この屋敷の持ち主の持つ並外れた財力を感じさせる。

 しかし、その屋敷の主は、屋敷の品格から連想される主の姿とはかけ離れた醜態を自室にて曝していた。感情に任せてグラスを投げつけて窓ガラスを破壊し、美しい調度品に空になったボトルを投げつける。その姿はまるで子供のようだ。

 

「冗談ではないよ、ジブリール」

「君の肝いりの作戦は失敗だ。それどころか、やつらに証拠まで押さえられる失態まで曝したのだ。下手をすればこちらが窮地に追い込まれるやもしれんぞ」

「まさか、これで打つ手をなくして癇癪を起こしているのではないだろうね?」

 部屋に備え付けられたモニターに映る男達は、癇癪を起こしているジブリールに対して侮蔑の視線とともに辛辣な言葉を次々と投げかける。

「大義名分を作るどころか、敵に与えてしまっては話にならぬな」

「そもそも、計画が杜撰だったのでは?」

 男達の言い様に、ジブリールは怒りからその顔を赤く染めた。

「ふざけたことを仰いますな!!このまま引くのであれば、最初からこのようなことは計画しません!!」

 ジブリールは拳を振り上げ、扇動者のように高らかに言い放つ。

「皆様もお分かりのことでしょう!!ここできゃつらを叩かねば、我々はただ没していくだけなのですぞ!!」

 ジブリールの言葉に対して男達は唸る。モニターに映る男達は大西洋連邦を事実上支配している財界の支配者達であり、自分たちの利を得るために大西洋連邦を操る存在であった。そんな彼らにとって確かに、ジブリールの言葉は否定できないものだった。

 

 宇宙開発で先頭を独走する日本は、前回の大戦から数年でその国力を大幅に向上させていた。その国力は、既に大西洋連邦以外に対抗しうる国がないほどに成長しており、軍事力も同様である。

 マキシマオーバードライブをいち早く実用化させた日本は進出が容易な火星に進出し、他国に先んじて美味しいところは全て占拠していたために大西洋連邦が早期に進出できる魅力的なフロンティアは地球の近くにはないのが現状だ。

 かといって、次の近場である金星は進出するには技術的な課題も少なくない。太陽系第二惑星金星は地球と極めて似た特徴を持ちながらも、生命を寄せ付けぬ灼熱地獄と化してしまった星なのだ。

 その気温は摂氏500度、大気圧は地球の100倍ととても生物が生存できる環境とは言えず、水も殆ど存在しない上に硫酸と二酸化硫黄の雲に覆われたこの星は現在の人類の科学力をもってしても進出は容易ではない。技術的な課題が山済みであり、金星のテラフォーミングには後数世紀は必要であると試算されている。

 火星への進出に出遅れたほかの列強国が宇宙開発を進めるとなると、木星が次の目標となる。木星はそもそもガス状惑星であり、その大きさも地球や火星とは比べ物にならないためため、日本が地表に採掘基地を立てて採掘事業を独占するようなことは不可能という利点もある。

 ただ、ガス状惑星である木星で取れる資源は非常に限られており、宇宙開発拠点となる基地を造ることも難しいということで開発の旨みがあまり多くはない。そのくせ火星よりも遥かに遠いところにあるために資源輸送には時間がかかる。

 結果として、各国は太陽系内の資源含有率の高い小惑星を探して採掘するという宝探しに近いような安定性のない採掘事業にしか手を出すことができずにいた。日本以外の全ての国がこの状態である。近場の資源衛星はそう遠くないうちに枯渇することは各国も予測しており、数十年後にはより広い空間を資源衛星を求めて探し回らなければならなくなることも分かっていた。

 後の歴史家は、この時の世界情勢を19世紀の帝国主義全盛社会の再来だと評した。惑星への進出は早い話が植民地の獲得のようなものであり、その星の生態系を変えてしまうテラフォーミングも、侵略と似たようなものだからだ。

 19世紀の情勢に当てはめるのであれば大西洋連邦はアジア進出に出遅れたために優良な植民地を取り損ねたかつてのアメリカ、日本は巨万の富をもたらす優良な植民地を独占したかつての大英帝国に重ねることができるだろう。

 そして、後に大英帝国の心臓とも呼ばれたインドを得たイギリスのように、火星という安定したリターンを長期にわたって得られる広大なフロンティアを得た日本と他国の格差がこれからますます開いていくことは、少し時事に明るい人ならば誰もが承知の約束された未来であったと言えよう。

 だが、それは日本の躍進と同時に他国の凋落を意味する。日本が地球の一強として君臨する日がいつか来るというほぼ間違いない未来は、他国の人間――特にこれまで数世紀の間事実上世界のトップに君臨していた大西洋連邦と、日本が自身より上にあることを民族感情から受け入れられない東アジア共和国の人間からすれば到底容認しがたいことであった。

 

 

 

「お主の言いたいことは分かっておる。じゃがな、だからこそこの計画に失敗は拙いのじゃ。火星の情勢を泥沼にし、日本の不義を演出してそれを口実に攻めるはずが、既に火星情勢は体勢が決し、逆に我が国の不義が暴かれるやもしれん」

 モニターに映る老人の言葉にジブリールは唇を噛みしめ、怒りに燃える瞳をモニターに向けた。

「私はここですごすごと引き下がるつもりはありませんよ!!最初の計画通りにいかない以上、犠牲も遥かに多くなり戦いも長期化するでしょうが、それでも私達が成さねばならないことがあるのですからね!!」

 

 ジブリールがこのように怒りに震え、彼の支持者達が辛辣な態度を取ることとなった原因は、数日前に火星で行われたマーシャンの降伏文書調印にある。

 元々彼ら――大西洋連邦がマーシャンを支援していたのは、火星の情勢を泥沼にすることで日本の力を削ぎ、火星開発事業を妨害することにあった。兵器の更新で余剰となった旧式兵器を売り渡したのもそのためだ。

 しかし、大西洋連邦も旧式兵器をいくら供給したところで日本相手にマーシャンが善戦できるとは思っていない。マーシャンが日本に手を出したところで一矢報いることもできずに負け続けることも承知していた。

 最終的にはマーシャンは日本に降伏し、低賃金労働者として生きる未来しか与えられないことも当然予測済みだ。勿論、わざわざマーシャンが暴発するように表からも裏からも支援した以上、それなりの策略はあった。

 大西洋連邦の中古兵器在庫一層を兼ねた軍事援助によってマーシャンを暴発させて日本と戦端を開かせ、調子に乗って勘違いしたマーシャンが日本軍に凄惨なまでに叩きのめされることまでは全て彼らが思い描いたシナリオ通りだ。

 そして、シナリオ通りであれば、密かに火星圏まで運び込んだステルス機で会談に向かうマーシャンの大使を殺害することであの降伏文書の調印は破綻するはずであった。

 その作戦の実行役には機体の装甲には特殊な処理を施したミラージュコロイド粒子を付着させるためにミラージュコロイドデテクターによる探知は受けない上にバチルス・ウェポンシステムまで備えた工作専門の特殊機、ゲシュペンストが選ばれた。

 ゲシュペンストは、降伏文書調印式の護衛をしているMSの内の一機に接近し、バチルス・ウェポンシステムによって機体のコントロールを奪取するところまでは成功した。後は、コントロールを奪取して機体でマーシャンの降伏の責任者が乗ったシャトルを攻撃し、責任者たちを葬るだけだった。

 もしも、ここで非武装のシャトルに乗っているマーシャンの降伏使節が、圧倒的優位に立つ日本のMSによって撃墜されたとなれば、日本は弁明の余地もなく降伏に来た非武装の使者を撃ち殺す非道な国だという謗りを免れないはずであった。

 コントロールを奪ったMSも、自爆させてしまえばバチルス・ウェポンシステムなどという証拠は残らない。犯行に使用したゲシュペンストは、ミラージュコロイドデテクターにも探知されないので、慣性移動で日本の索敵範囲外まで逃亡した後に特務部隊に回収させればよかった。この事件に外部が関与していたという証拠は全て抹消されているはずだったのだ。

 外部の関与を示す物的証拠がなければ、日本がこの陰謀の犯人を突き止めることはかなり難しい。証拠がない以上、大多数の人間はこの降伏使節の殺害が日本の手によるものであると信じるに違いない。

 結果、降伏に向かう外交官までもが殺されたということもあってマーシャンの多数はその生ある限りの徹底抗戦に出るだろう。降伏さえ許されないのであれば、例え絶望しかなくとも一縷の希望を求めて戦うしかないのだから。

 その一方で大西洋連邦は大使殺害の現場を交渉の仲介者の視点から証言することで日本の非人道性をアピールし、日本を『降伏使節を謀殺する残虐な国家』に仕立て上げる。コーディネーター、プラントに対する宣伝工作(プロパガンダ)の時と同様に徹底的に相手を貶めれば、成功は疑いようも無い。

 前回の大戦でジブリールは連合の宣伝工作(プロパガンダ)を成功に一役買い、過激なコーディネーター排斥思想の成功という宣伝方面では文句のつけようのない実績を見せている。そのため、今回も上手く世論が操作できるとシナリオの共犯者達も信じて疑っていない。

 実のところ、ジブリールにかのドイツ宣伝省ほどの世論操作手腕があったわけではない。彼自身メディアに少なからざる伝をもってはいるが、その活用技術は稚拙なものであり、本来ならば世論の形成に大した働きができるわけではないのだ。

 しかし、そんな彼に情報操作の面で全面的に力を貸す存在がいた。それこどが『一族』と呼ばれる秘密結社である。彼らは、人類の絶滅回避と幸福の提示を目的とする組織で、一説によると20世紀から活動しているという世界の闇を牛耳る存在だ。

 情報操作を生業とする秘密結社ということもあり、その存在を具体的に知るものはジブリールの共犯者の中にもいない。ジブリールも属する軍需産業複合体(ロゴス)の中でも、盟主たるムルタ・アズラエルぐらいしかその存在を把握していないだろう。

 そして『一族』は大西洋連邦だけではなく、ユーラシア連邦にも強い影響力を持つ。世界にこの蛮行の一部始終を公開すれば、大西洋連邦だけではなく日本の一人勝ちのような発展を快く思っていないユーラシア連邦の左派を憤激させるに違いない。

 『一族』の力はかつては国益とならないメディアを認めなかったアジアや、欧米からは『護送船団』と批判されながらもメディアに対する外国資本の参入をあらゆる手段を講じて阻止した日本ではそれほど大きなものではない。しかし、日本を不倶戴天の仇敵としている東アジア共和国は彼らの言う『倭奴懲罰』の世界的な風潮に間違いなく参加してくることは確実と言ってもいい。

 世論が対日強硬で固まった国々に対し、『悪逆な帝国への誅罰』という題目で対日参戦を持ちかけ、全方位から日本を攻撃する。そして、虐げられるマーシャンの救援という大義名分の下で、火星に堂々と兵器の供給支援を行うことで、マーシャンの抵抗を続けさせることで火星方面にも日本の戦線をつくる。

 軍事力の質の面ではかつてのザフトをも凌駕する日本軍でも、複数の戦線を抱えかつ数倍の数で攻められれば遠からず壊滅する。そして、よってたかって日本を下した後はその驚異的な技術力を全て取り上げ、前世紀の植民地のような三流以下の国家に貶めるのだ。

 策略に嵌めることでかつてのドイツ第三帝国やプラントのように『世界の敵』をつくりあげ、第二次世界大戦を戦い抜いたルーズヴェルト大統領でさえも倒せなかったあの忌々しい極東の大国を今度こそ屈服し、全てを収奪する。それがジブリールが企てたシナリオの一部始終だった。

 

「ジブリールよ、再び策をうつのはよいが、先のように失敗してもらっては困るぞ。そもそも、先の攻撃は何故失敗したのか分かっておるのか?」

「そうじゃ。貴様はあの時ワシらにこう言ったの?このシナリオが定められた『運命』であると。しかし、その『運命』とやらは覆った。弁解があるのなら聞くが……」

 ジブリールを暗に批判する意志の篭った指摘が男達から発せられる。

「先の失敗の理由は既に判明してますよ!!」

 そんなこと、指摘されるまでもないとジブリールは態度で示していた。ジブリールは手元のコンソールを荒々しく叩き、共犯者たる男たちにあるファイルを転送する。

「あの忌々しい愚か者の置き土産が全ての原因ですよ!!」

 送られてきたファイルの中身を見た男達も、一様に渋い表情を浮かべる。

「なるほど……これは予想外というべきか」

「あのヒビキ博士の残した遺産がこんなところで我々に襲い掛かるとは」

「G.A.R.M.R&D社があの計画の発祥であることは知っておったが、まさか成功例が存在したとはな。ユーレンをあの時排除したことは正解じゃったわい」

 彼らの表情を変えたファイルの中身は、さきの工作の失敗の原因について調査したレポートだ。『一族』謹製のものであり、その信頼度は非常に高いものであった。

 

 『一族』がジブリールに提出したレポートによれば、作戦失敗の原因はある一人のパイロットにあったということにされている。そのパイロットの名はキラ・大和。かつてG.A.R.M.R&D社の誇る天才科学者、ユーレン・ヒビキ博士が生み出した世界最高のコーディネーターである。

 彼が日本宇宙軍の軍人として降伏文書の調印の場の警備についていたことが、ジブリールの描いていたシナリオを崩壊させる要因となったとレポートには記載されている。そして、そのレポートにはキラ・大和は最高の頭脳、最高の肉体を持つ人工ESP発現体であるという衝撃の事実が記されていた。

 人の意識を読み取る能力を有する人工ESP発現体が前回の大戦の末期にザフトによって運用されていたことは、この場に集う男達には周知の事実だ。その人工ESPの研究資料の一部が大西洋連邦の強化人間(エクステンデッド)の研究や東アジア共和国の超兵計画に転用されていることも知っている。

 彼らは人の思考を読むことで、戦闘時に敵の動きの先読みをしたり、伏兵の存在や奇襲の看破によって優位に立つことができる。また、人工ESP同士で組んで戦う場合、一心同体のような息のあった連携プレーを見せることも確認されている。

 なるほど、確かにこの能力があれば、確かにステルスなど問題にならない。意識を看破されることで、自分の位置、行動は筒抜けになってしまう。ゲシュペンストのパイロットも、意識によってその潜伏位置を割り出されて撃墜されたのだ。

 意識をステルス状態にすることなど、いくら訓練されている特殊部隊でも不可能だ。そんなことができるのであれば、彼らはとっくに悟りを開いているだろう。

 

「今回の失敗は偶然による事故です!!もう二度と勝利の女神が日本に微笑むことはありえない!!」

 確かに、この報告書を見れば、この接触は多分に偶然の要素があったことが分かる。だが、それを差し引いてもジブリールの威勢のいい言葉に不安を抱くものもいた。

「ジブリール。既に件の特殊工作に投入されたゲシュペンストとやらと、そのパイロットは日本が確保しておる。最悪の場合、大西洋連邦の関与が明るみにでるぞ。もし真実が明らかになったら、シナリオとは逆に大西洋連邦が世界を敵に回しかねんぞ」

 不安を口にする男に対し、ジブリールは愉快そうに口角を吊り上げながら答えた。

「はっ!!……真実?そんなもの、私達が勝てばどうでもいいではありませんか?」

 ジブリールは薄く嗤う。次第に頭が冷えてきたらしく、その態度には余裕も戻りつつあった。

「真実に正義はありませんよ。勝った者が正義なんです。そして、正義は真実よりも重い」

 ジブリールの正面、画面の中の男が葉巻を燻らせながらほくそ笑む。

「つまり、今後いかなる証拠が見つかっても、それはジャップの捏造……そういう訳か。そして、国民は気に食わない相手が主張する都合の悪い真実とやらよりも、自分たちの矜持にあった正義に立つと」

「その通りです。いかなる証拠も大西洋連邦を貶めるための不当な言いがかりに過ぎませんよ。そして、冤罪を着せるつもりなら、大西洋連邦はそれに相応しい罰を与え、黄色い猿に身の程を教えてやろうではありませんか。当初の予定と違い、こちらの使える同盟国(捨て駒)は大分減り、犠牲者はさらに増えそうですが、これも我々がこの世界()を綺麗に整えるための必要経費と考えましょう」

 そして、ジブリールはモニターを一通り見渡すと、堂々とした態度で高らかに宣言した。

「さぁ!!少し時代を先走っただけで世界の頂点を気取るあの愚かな猿どもを今こそ討ちとり、新たなる世界秩序を構築するのです!!」




あれ?キラって人工ESPだったっけ?
とか、
『一族』?何であいつらがジブリールなんかと手を組むの?とか、その辺はまた説明入れますのでご安心を。

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