機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU 作:後藤陸将
人物描写よりも、政治や軍事などの背景描写の方が充実してしまうのはやはり、自分の気質でしょうかね?
C.E.79 5月29日 火星 マーズコロニー群 オーストレールコロニー
「……これが我が国の末路か。地球人を笑えんな」
火星圏開拓共同体の首都であるオーストレールコロニーの非常用エアロックに横付けされたシャトルの中でアグニスは自嘲する。
「かのパトリック・ザラも同じ気持ちだったのかもしれませんね?」
アグニスの隣の席に座るナーエが、アグニスの独り言に答えた。
「パトリック・ザラは自身が戦争指導者として被りうる全ての泥を被ることで、プラントの自治への希望を残しました。アグニス、貴方の献身もきっと、マーシャンの未来を繋ぐと私は信じていますよ?」
「俺をパトリック・ザラと比べるなんぞ、彼に失礼だぞ、ナーエ。俺は遺伝子の優性などという根拠を信じ込んで日本と戦争を始めて完膚なきまでに叩きのめされた無能だ。まがいなりにも戦略的な勝利を重ねていたパトリック・ザラは栄誉ある敗者であるが、俺はただの身の程知らずの愚かな敗者にすぎん」
「その点については私も同罪です。いや……アグニスよりも私の責が重いかもしれませんね?感情的な反日論を叫ぶ指導者が幅を利かせていることを知りながら、私は彼らの感情論を押さえることができなかった。人の心と心を繋ぐ役割を遺伝子に与えられていながら、私は肝心な時に彼らの心を繋いで不戦方針を目指すことができませんでした。それに、外交を任せられておきながら、大西洋連邦以外からは碌な支援も受けられませんでしたから。私が上手く立ち回っていたら、この戦争ももう少し、上手くいったと思いますよ?」
「なら、お前はその罪を背負いながらこれからのこの国を支えるんだ。残された国民の歩む道は、俺の歩んできた道よりも遥かに険しい茨の道だからな」
アグニスはそう呟くと、アグニス自身の過ちから生じた負債と国民の辛苦を背負う民の未来に思いをはせた。
そして、彼はこの国を敗戦国にする降伏文書の署名に向かう。
「マーシャンも思い切りのいいことをしましたな」
マーズコロニー群に横付けしている旭日旗を掲げた巨艦『比叡』の艦橋で、増援艦隊司令官の松永航大少将が言った。
「まさか、ここまで手際よく降伏文書の調印にまでいたるとは、予想外でした。てっきり後一月はかかると思っていたのですが」
「全権代表のアグニス氏が強行にことを進められたという報告が耳に入っています。武装解除を拒否して蜂起した部隊はMSで鎮圧したそうですし、彼はかなり思い切りのいい性格みたいです。この手際のよさは、彼の性格の表れだと私は思いますよ」
松永に対して返答したのは、珠瀬玄丞斎外務大臣だ。彼は、火星圏開拓共同体の降伏文書調印のために火星まで派遣されていたのだ。
「その思い切りのよさと、手際のよさを戦争が起こる前に発揮してもらいたかったのですがね。そうすればこのような結末は避けられたでしょう」
「松永少将、人は未来は分かりませんよ。あの時は、彼も彼なりに最善と思って行動したのでしょうから。『歴史のIF』というものは、歴史の結末を知るが故につい思ってしまうものです」
珠瀬はそう言うと、視線を松永から艦橋のメインモニターに移した。モニターには、こちらに向かう白い船体に緑十字を刻んだ一隻のシャトルが映っていた。
アグニスによる終戦工作は、後世の歴史家からは極めて迅速であったと評価されている。
5月10日に特命全権を与えられたアグニスは、その脚で大西洋連邦の公使館に向かい、大西洋連邦に日本に対する仲介を依頼した。当時、火星圏開拓共同体に公使又は大使を置いていた国はいくつか存在していたが、大西洋連邦を除く全ての国の使節は、マリネリス基地に対する第二次攻撃の失敗の後に本国からの国外退去命令を受けて国外脱出している。
彼らはマーズコロニー群に滞在していた自国民を連れ、日本側が用意していた輸送船でそれぞれの母国への帰還の途についていた。その唯一の例外が、大西洋連邦だったため、この時点でアグニスが――いや、火星圏開拓共同体が頼れる中立国(国際法の穴を通って援助しているため、疑わしいところだが)は大西洋連邦以外になかったのである。
大西洋連邦は多少この武力衝突における立場が怪しく、前回の大戦後の国力の低下が著しいとは言えども、名目上は地球最大、最強の国家であることは紛れもない事実だ。日本との関係は冷え込みつつあったが、それでも国交は依然として継続していた。
その国がわざわざ日本とマーシャンの仲介の労を執ると宣言したことを受け、日本は大西洋連邦の顔を立ててマーシャンとの交渉に応じる意志を示したのである。
最初に、12日には日本と火星圏開拓共同体との間に休戦が発効し、ひとまず如何なる戦闘行為も中止されることとなった。
次に13日からは日本が占領していた火星圏開拓共同体の資源採掘基地にて、駐火星圏開拓共同体大西洋連邦大使のローゼンバーグの立会いの下、アグニスはマリネリス基地に滞在していた日本領事との間で予備交渉を開始した。
そして、21日には日本側の全権を任された外務大臣珠瀬玄丞斎が到着したことで本格的な交渉が始まったが、火星圏開拓共同体に残された交渉カードもなく、日本に譲歩を強いるだけの軍事的な成果も期待できない状態であったため、交渉は専ら日本側のペースで進められた。
アグニスは無条件降伏だけは回避しようと奮戦したが、そもそも鎖国的なマーシャンの中で外交に秀でた人物など存在しない。特にノウハウも経験も不足で器量も外交に著しく不向きなアグニスが望むような成果を得るなどということはまず無理だった。相手が経験豊富で老獪な日本屈指の外交官ともなればなおさらだろう。
仲介に携わったローゼンバーグ曰く、『ジュニアハイスクール生徒とカレッジの教授のディベート』とのことだから、珠瀬とアグニスの間に外交官としての手腕に如何ほどの開きがあったことが想像に難くない。
結果、アグニスの奮闘も空しく以下の処分が決定されることとなった。
1 戦争責任者の処罰
後日開かれる法廷において、今回の戦争責任者を火星圏開拓共同体の法において処罰する。裁判官、検察、弁護士はマーシャンが担当する。また、戦争犯罪については別途地球連合刑事裁判所で訴追、処罰する。
2 賠償
火星圏開拓共同体は、火星に保有する全ての利権並びに周囲の資源衛星を日本に譲渡する。開発公社の保有する資産並びに政府保有資産は接収する。
3 軍備解体
火星圏開拓共同体は、宇宙攻撃軍並びに陸戦隊など全ての現有の戦力としての軍を解体し、軍事力を放棄する。ただし、治安維持を目的とした武装警察ならびに周辺宙域での警察活動を担う組織の保有は許可する。
4 政治顧問団の受け入れ
火星圏開拓共同体は、あらゆる国家の活動に対する上位権限を持つ政治顧問団を受け入れ、しかるべき期間指導を受ける。
アグニスが交渉で勝ち取った成果は、周辺宙域の警察活動を担う組織の設立を認めさせたことと、戦争責任を自国で裁く機会を得たことぐらいだろう。ただ、前者に至っては文字通り警察組織に過ぎず、その武装も極めて限定されたものであったし、後者の戦争責任については、罪の軽い戦犯を自国で裁くことができるようになっただけである。
結局のところ、事実上の植民地化と言っても過言ではない。希望と言えば、自分たちの今後次第では、自治権や再軍備も許可されるという確約をもらったことぐらいだろうか。それも、一体何十年先になるのか全く見通しがたたないが。
交渉のカードのない小さな敗戦国が、そもそも外交に不向きな交渉人を立てた結果としては最善のものであろう。しかし、その事実が慰みにもならないほどに講和の条件は厳しいものであったこともまた事実である。
この交渉の結果について、オーストレールコロニーでふんぞり返っていた指導者達は顔を真っ赤にして怒り狂った。さらには軍事的成果によって日本側の譲歩を引き出すなどという妄言をわめき、アグニスを交渉役から降ろすなどということも主張した。
このような俗物たちの醜態を予め予測していたアグニスは、会議室の外に待機させていた子飼いの部隊を議場に突入させ、俗物たちを拘束することで彼らの抵抗を物理的に抑えた。ここでクーデターや休戦中の攻撃などが起これば、この国の権威は完全に失墜し、最悪の場合この国の消滅すらありうる。アグニスはこの条件を受け入れた降伏が最もマーシャンの未来にとって望ましいと判断し、その実現のために全身全霊を注いでいた。
自分たちにはゼロから火星の厳しい環境を開拓してきたという誇りがある。戦後、この国が日本の事実上の植民地として再起するとしても、自分たちの子孫がいつの日にかこの国を取り戻してくれることをアグニスは信じることにした。
船体に緑十字を刻んだシャトルは、日本のMS陽炎改に四方から囲まれながら珠瀬外務大臣が乗る戦艦『比叡』へと向かう。その後を大西洋連邦のシャトルが続く。だが、その様子を観察する悪意を孕んだ視線があることに、シャトルに乗るアグニス達は気づいていなかった。
「…………」
悪意の主は、人の形を模した巨大な兵器の中で口角を吊り上げる。この一撃が歴史を変え、母国は繁栄を手にし、あの忌々しい島国の住民の繁栄も終わるのだと悪意の主は確信していた。
先ほどまでしがみついていた大西洋連邦のシャトルの外壁から離れた悪意の主は、センサーにもカメラにも映らずに静かに忍び寄り、その悪意の爪をシャトルの後方に布陣する陽炎改に向ける。
悪意の主が駆るMSは、大西洋連邦が極秘裏に開発した特殊工作機、ゲシュペンストだ。ドイツ語で幽霊を意味する機体名の通り、このMSは姿の見えないステルス機だ。ゲシュペンストはミラージュコロイド粒子を装甲に纏うことによって自らの姿を隠す能力を持っている。
その探知範囲は非常に狭いとはいえど、ミラージュコロイドを使用して隠れている機体の存在を探知することができるミラージュコロイドデテクターが世に出たこともあって、ミラージュコロイドを利用したステルス機の戦略的価値は前回の大戦後には暴落していた。しかし、この機体はその例外とも言えるだろう。
ゲシュペンストは、機体の装甲に特殊な処理を施したミラージュコロイド粒子を付着させる。この粒子はミラージュコロイドデテクターによる探知は受けないため、ゲシュペンストがミラージュコロイドを展開していても、感知されることはまずない。ただ、これによってミラージュコロイドがかつてのような戦略的な価値を取り戻したというわけでもない。
実は、特殊処理された粒子を使用する場合、通常のミラージュコロイド粒子と違って磁場を使っても装甲に粒子を付着させることが難しい。そのため、刺激を受けると粒子が装甲から剥がれてしまうのだ。また、従来のミラージュコロイドに比べて可視光線の遮断が不完全で、勘の鋭い人間であれば目に映る景色の違和感から存在に気づくことも懸念されている。
結果、ステルスの皮を護るため、ゲシュペンストは機動が著しく制限されている。亀の歩みのような鈍足でなければミラージュコロイド粒子が剥がれてしまうからだ。そのステルス能力は非常に限定的であると言わざるを得ないものであった。
しかし、ゲシュペンストは初陣でその機能を存分に発揮し、陽炎改に気づかれることなく接近すると、ゲシュペンストはその爪――ランサーダートを陽炎改の下腹部に突きたてた。
ランサーダートは陽炎改の装甲を貫き、胸部ブロック内に組み込まれていたコンピューター保護のための特殊組織膜を破る。そして、爪を通じて陽炎のコンピューターにウイルスを侵入させることに成功する。
これはゲシュペンストの第二の武器であるバチルス・ウェポンシステムの能力である。バチルス・ウェポンシステムとは、ミラージュコロイド粒子を媒介に、敵MSのコンピューターにウイルスを感染させ、機体の制御を奪うシステムである。
日本はこのシステムの存在を知った前回の大戦後から、主たる軍関連のコンピューターには全てミラージュ・コロイド粒子による干渉を防ぐために特殊組織で造られたカバーをつけているため、通常であればこのシステムは通じない。しかし、特殊組織のカバーを一部でも破損してしまえば、干渉を防ぐことはまずできない。
艦船クラスの大型艦であれば、錯刃大学の春川教授が開発した専用のワクチンプログラムをコンピューターにインストールしているために簡単にウイルスによるジャックを受けたりすることはないが、このプログラムはMSに搭載されているコンピューターにインストールするには容量が大きすぎるためにMSには採用されていなかった。
そして、ウイルスに機体の制御を奪われた陽炎改の動きに異変が生じる。陽炎改はゆっくりと背部にマウントされたライフルを取り出すと、その銃口をアグニス達が乗るシャトルに向けた。陽炎改のパイロットは必死にウイルスに侵された機体の制御を取り戻そうとするが、機体は全く反応してくれない。僚機も異変に気づいて呼びかけるが、ウイルスに汚染されたコンピューターは、通信も受け付けない。
任務を終えたゲシュペンストは陽炎改を足蹴にして跳び、AMBAC制御で姿勢を安定させて悠々と去っていく。一方、自分の機体が何をしようとしているのか、その結末を理解したパイロットは制御を奪われたコックピット内で絶叫する。
これでもうどうにもできまい!!――ゲシュペンストのコックピットに座する男はこれから目の前に顕れる景色を見逃さぬように目を見開いた。
もう駄目だ――パイロットは絶望し、目の前の光景を想像して思わず目を瞑った。
だが、その時天頂方向から一条の閃光が降り注ぎ、陽炎改の構えるライフルを撃ちぬいた。さらに、4条の光が連続して降り注いで陽炎改の四肢を全て根元から撃ちぬいて陽炎改の戦闘能力を完全に奪い去る。
男は自らの任務を失敗に追い込んだ乱入者に対する怒りに燃える瞳で天頂を見上げ、それを見て驚愕の表情を浮かべた。メインカメラが捉えた乱入者の正体は、10枚の羽を広げ、ライフルを構えながら降下する蒼い天使――フリーダムだった。
フリーダムは速度を緩めながら降下し、ライフルからビームサーベルに持ちかえて陽炎改の首に振るい、その頭部を刎ね飛ばした。そして、フリーダムはその場で首を振って周囲を見渡すかのような動作をする。
ゲシュペンストのコックピットに座る男は、背筋を奔る冷たい感覚に慄いた。フリーダムの行動は、周りを見渡して何かを探しているものだ。つまり、フリーダムのパイロットは、先ほどの陽炎改の行動が、そのパイロットの錯乱によるものではないと知っている。そして、真犯人がまだそこにいると確信しているのだ。
「見えているのか?……そんな、バカな!?」
男は音一つしない静かなコックピットの中で緊張から唾を呑む。その手は振るえ、歯がガチガチと不愉快な音を奏でる。一分一秒でも早くこの場所から立ち去りたい――逃げることもできない男は、ただ祈り続ける。
しかし、しばらく周囲を見渡したフリーダムは、そのツインアイを男が隠れる方向に真っ直ぐ向けた。お前がどこに隠れているのかはお見通しだ――といわんばかりにそのツインアイがこちらを凝視しているように男は感じた。
フリーダムは、腰部に搭載されていた三つ折のレールガンを展開する。ロックオンされているわけではないが、その砲門は明らかにこちらを向いている。見えないこちらにレールガンを当てることなど不可能であると分かっていながらも、恐怖が男を縛りつけて離さない。
そして、フリーダムは発砲した。男は、フリーダムの腰部レールガンが光を発した直後に前方で広がる光の華を見た。同時に機体を揺さぶる凄まじい振動に襲われた男は、薄れ行く意識の中で、フリーダムが発したそれが散弾であると理解した。
形式番号 GAT-S03E
正式名称 ゲシュペンスト
配備年数 C.E.78
設計 アクタイオン・インダストリー
機体全高 17.71m
使用武装 75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」
RFV-99ビームサブマシンガン「ザスタバ・スティグマト」
攻盾システム「トリケロスMk-Ⅱ」
備考:外見はNダガーNに近いが、アンテナはテスタメントのそれと同じ形状になり、トリケロス改を装着している。
大西洋連邦が極秘裏に開発した新型特殊工作用MS。NダガーNを原型にした改修機で、ゲシュペンストはドイツ語で幽霊の意。
機体の装甲には特殊な処理を施したミラージュコロイド粒子を付着させるため、ミラージュコロイドデテクターによる探知は受けない。ただし、特殊処理された粒子を使用するために通常のミラージュコロイド粒子と違って磁場を使っても装甲に粒子を付着させることが難しい。
そのため、刺激を受けると粒子が装甲から剥がれてしまう。また、従来のミラージュコロイドに比べて可視光線の遮断が不完全で、勘の鋭い人間であれば視覚の違和感から存在に気づくことも考えられる。粒子が剥がれ落ちることを防ぐため、ミラージュコロイド展開中のゲシュペンストは亀の歩みのような鈍足で動くことしかできない。 大西洋連邦が前回の大戦後に接収した改良型バチルス・ウェポンシステムを参考に、本機にも新型のバチルス・ウェポンシステムが搭載されている。トリケロスの爪を突きたてた敵に対して、爪を媒介にバチルスウェポンシステムでコンピューターに侵入できる。
バチルス・ウェポンシステム専用の補助コンピューターやミラージュコロイド関連の機器などが嵩んでいるため、武装や観測機器の搭載には制限がある。また、バチルス・ウェポンシステムは非常に多量の電力を消費するため、バチルス・ウェポンシステム展開中は他の武装に電力をまわすことは不可能。電力を本体から回さなくても使える武装が中心なのは、このような事情もある。
本来は特殊偵察任務にむけて造られていたはずだったのだが、前述の通り電力消費が大きすぎ、また余剰スペースもないために観測機器を搭載することは不可能となった。しかし、ミラージュコロイドデテクターに写らないステルス機を不採用にすることも勿体ないということで、特殊工作機としてロールアウトした。
へ?講和じゃないの?
あのステルス機なんでいるの?
何でフリーダム?
などなど、疑問は多々あると思いますが、それらの回答はきちんと用意してますので、次回までお待ち下さい。