機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU   作:後藤陸将

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さらば、火星編。後5話以内に火星編は完結予定です。あくまで、火星編が完結ですが。


PHASE-16.5 けじめ

 C.E.79 5月10日 火星 オーストレールコロニー

 

 この日、アグニスらオーストレールコロニーの首班は議事堂に集まり、自国の今後について協議していた。いや、正確には既に今後の方針は既に決定されている。議事堂に集まった誰もが、自分たちにはもう勝ち目は残っていないことは理解していた。彼ら自身が、敗北を認めていたのである。

 

「我が国の今後について、協議したい。昨今の状況は手元にある資料の通りだ。何か意見のあるものはいないか?」

 

 進行役である議長が議論を促すが、誰一人として意見を出すものはいなかった。誰もが、沈痛な表情を浮かべて資料を読み漁るふりをして意見がでることを待っている状態だ。

 自国の軍は二度の侵攻の失敗と輸送艦による閉塞作戦の妨害失敗によって人員も装備も壊滅状態、エアロックを封鎖されたことで火星圏開拓共同体は外国との交易手段を完全に絶たれていた。

 エアロックを閉塞されたことで、これまであてにしていた大西洋連邦からの援助物資が届く見込みもなくなった。これは単純に兵器の補給ができないだけではなく、医薬品や食料品といった戦争に必要なあらゆる物資が手に入らなくなったことを意味する。この時点で、マーシャンから継戦能力は失われたと言ってもいいだろう。

 大日本帝国宇宙軍は打つ手のなくなったオーストレールコロニーを包囲し、いつでもコロニーを攻撃できる態勢でいる。日本の司令部からの指示が出れば、あの艦隊は1時間程度でコロニー群を全てデブリに変えることができる。

 報道規制をしていたはずだが、自国の喉もとに日本の巨砲が突きつけられているという事実は一日も経過しないうちにコロニー中に知れ渡っていた。そして、いつ自分たちがデブリの仲間入りされるか分からない不安に怯える市民たちは、亀のように篭り続ける宇宙攻撃軍に対して出撃を強く政府に要望していた。

 アグニスやナーエはこれが日本の工作員による工作活動によるものだと即座に見抜いたが、だからといって彼らが打てる有効な対策はそうなかった。エアロックを閉塞されたため、比較的軽度の損傷でドック入りしていた軍艦も出せないし、閉塞前に日本艦隊の迎撃に出ていた艦隊は死屍累々で戦力としての体をなしていなかったのである。

 政府は残された数少ない実働MS部隊をコロニーの周囲に見かけだけの哨戒に出すことで、現在宇宙攻撃軍は日本艦隊と睨みあいにあるという状況にあるということにして市民に説明するほかなかった。

 しかし、恐慌状態にある市民がそんな苦しすぎる言い訳を簡単に信じ込むはずがない。さらに、戦前から上手く潜り込んでいた情報局の局員たちは流言飛語を活発に流すことで市民の不安を煽り続けた。結果、無能な政府にしびれを切らした民衆が日本の工作活動に上手く踊らされて暴徒となるのにはそう長くはかからなかった。

 火星圏開拓共同体に属するほぼ全てのコロニーで発生した日本艦隊の排除を求める市民によるデモは、デモの解散を求める警察との衝突が引き金となって暴動となった。それぞれのコロニーは暴動の鎮圧のためにコロニー内地上戦を想定した歩兵部隊を投入する騒ぎとなった。

 暴徒化したデモ隊は軍に対し火炎瓶や石を投げつけて応戦したため、軍もやむなく暴徒鎮圧用のゴム弾や催涙弾を使ってデモ隊の無力化を図った。丸一日かけてどうにか暴徒の鎮圧には成功したが、検挙者の数は千人ほど、市民側の負傷者も一万人ほど出た。

 全コロニーには戒厳令が発令され、コロニー内では軍の歩兵部隊を見回っているために物々しい雰囲気が漂っている。現在は戒厳令もあって何とか治安は最低限保たれている状態だが、この状態がまだ続くようであれば、遠からず暴動が再発するだろう。

 暴動が再発すれば、前回以上に暴徒が加熱することは必至だ。下手をすれば、死者を出すほどの流血騒ぎにまで――いや、政府の転覆にまでなりかねない。政府が転覆して無政府状態とかせば、辛うじて保たれている均衡が崩れ、コロニー内は大混乱に陥るだろう。この状態を放置すれば何時かは市民が暴発することを理解している政府の首脳陣は、戒厳令の効き目がある内に手をうつ必要に迫られていたのだ。

 議場における議題は決まっている。如何にして勝つか――ということではなく、如何にして負けるかということだ。戦力が消失している以上、敗北を認めて降伏するしかない。しかし、降伏するにしても条件次第ではマーシャンの未来を育む種を護ることができる。

 彼らのやるべきことの一つは、かつてプラントがクーデターによって政権を掌握して連合軍と停戦し、交渉によって条件付降伏まで漕ぎ着けたように、如何にして日本から譲歩を引き出して降伏するかということであった。

 ただ、かつてのプラントにも交渉に使えるカードなど殆ど無きに等しかったが、彼らの場合はそれに輪をかけて何も無かった。文字通り交渉のカードは皆無と言ってもいい。相手はその気になれば自分たちも絶滅させることができるほど優位にあるのに対し、彼らの立場は哀れみを覚えるほどに貧弱だった。

 

 

 

 彼ら火星圏開拓共同体は非常に小さく貧弱な国だ。産業と言えるものは、火星で採掘される各種資源くらいしかなく、それすらも火星と地球間の距離が災いして中々採算が取れず、ここ数年でようやく事業が軌道に乗り始めたものであった。生活基盤は火星の地表ではなく、軌道上のコロニーであり、この国はあくまで、これからの発展が期待されているに過ぎなかったのである。

 相対的に見れば、火星圏開拓共同体は明治初年の日本よりも貧しい国であったとも言える。そして、文字通り小人のような力しかもたない小国が、7年前からは火星に進出してきた大日本帝国と対峙することを強いられることとなった。

 当時、日本はマキシマオーバードライブを搭載した艦が次々と就役し、日本の宇宙開拓を推進すべく宇宙を飛び回っていた。ヤキンドゥーエ戦役の後期まで参戦せずに国力を温存していた日本は、戦役が終結したころには相対的に国力を高めており各国に対して優位に立ちつつあり、開発事業に対する明確な競争相手は存在しないため絶好調であった。

 世界に先駆けてマキシマオーバードライブを実用化させた日本は、宇宙軍が完成させたばかりのマキシマオーバードライブ搭載型輸送揚陸艦を総動員して火星への入植を始めていた。従来の宇宙船では考えられないほどの速さで航行する日本の船は、短期間の内に次々と火星に物資を運び込むことができた。

 そして、本国から送られてくる潤沢な物資を背景に、日本は主な資源地帯の全てに100人以上の人間が半年間外部の補給なしで生活が可能で、かつその地点から動かせないように建造された居住施設を短期間の内に次々と建設することに成功した。

 加えて『宇宙資源の採掘権と宇宙における領土、排他的経済宙域に関する条約』を盾に、日本は基地から半径500kmの排他的経済域で採掘活動をしていたマーシャンの採掘業者を合法的に追放したのだ。

 マーシャンもこの日本の策略を指をくわえて見ていたわけではないが、如何せん国力が違いすぎたために日本と同じような真似をして対抗することは夢物語だった。日本の介入前に保有していた二つの資源採掘基地以外に、さらに二つの基地を建設することがやっとだった。

 結果、火星の有望な資源地帯に十数個の基地を建設した日本は火星の資源開発事業をほぼ独占する形となり、これまでは競争相手がいなかったために優良な資源地帯を事実上独占していたマーシャンは殆どの資源地帯から叩きだされる事となった。

 それだけではなく、日本はマキシマオーバードライブを搭載した大型輸送艦を地球ー火星航路に多数投入することで、数隻の小容量の高速艦や旧式の輸送艦しか持たないマーシャンに対して圧倒的な優位に立った。

 この頃の日本の経済産業省の資料や内閣で決定された国策要領を見ても、日本側は明らかにマーシャンの資源採掘事業を潰すことを目標としていたことがわかる。優良な資源地帯に後から介入して独占すうことで資源採掘そのものの採算を苦しめようとしただけではなく、輸送でもマキシマオーバードライブ搭載艦の圧倒的速さと輸送量でマーシャンを引き離すことで、マーシャンの販路をも潰すことを計画していたのだ。

 採掘の効率が悪化しただけではなく販路も潰されて採算が取れなくなったマーシャンは遠からず資源採掘事業を諦めて撤退し、日本の火星開拓事業の参加に下るだろうと日本の官僚たちは計算していた。

 そしてマーシャンが日本に下った暁には、彼らを労働者として使役し、経済的に植民地にすることまで計算していた。勿論、ただマーシャンから搾り取るだけではなくそれなりの投資はしてマーズコロニー群が火星開発に上手く使えるようにすることも計画していた。マーシャンの扱いはもれなくギンギンのブラックでいくことも帝国内の資源採掘会社と合意していたのだが。

 当時の大西洋連邦の財務長官が日本の火星における経済政策を知り、思わず『なんておそろしいことだ。まるでインディアン絶滅計画だ』と零したように、当時の日本の官僚たちは腹黒紳士も唸るほどに悪辣な集団だった。

 一応捕捉しておくと、悪辣な官僚たちも最初から彼らを搾取する対象としていたわけではない。彼らと協力して採掘を進めたほうが利益が楽に出せることは明白だったため、官僚たちは当初マーシャンと合同事業を立ち上げることを画策していたのだ。(最終的には日本側の利益が多くなるようにするつもりではあったが)

 合同事業の申し出をマーシャンに軽く蹴られ、そもそも火星での開拓事業を自分たち以外がやることは認めないだの、あそこは自分たちが支配する土地であり、採掘をするのであれば、自分たちから採掘権を買い取れだのと高圧的な態度で要求され、交渉の余地なしと判断したからこそ日本側はえげつない対抗策を取ったのである。

 しかし、悪辣な官僚たちの計算とは違い、真綿どころかぶっといワイヤーで首を絞めにかかる日本に対して、マーシャンは屈することを善しとしなかった。彼らは抵抗する道を選んだのである。

 とはいえ、先ほど説明したように、マーシャンたちの国家、火星圏開拓共同体など日本の国力と比べれば紙くずのようなものだ。当然、軍事力もその紙くず同然のものしかない。前回の大戦後に各国によって駆逐されたジャンク屋連合の残党や、旧ザフトやオーブ関係者が少なからず兵器の開発に協力していたとはいえ、日本の科学技術と物量の対抗することはまず不可能だった。

 マーシャンたちが抵抗する道を選んだのには当然理由があった。それは、火星という過酷な環境で真の意味で克服できるのは、遺伝子適正判断によって国民を最大限効率的な職につかせる制度を敷いている自分たちだけだという自負である。

 オーストレールコロニーで始まったこの制度は、その効率性から他のコロニーにも次々と広まっていき、マーズコロニー群はC.E.74時点で全コロニーがこの制度を導入していた。遺伝子によって自分の適性を見出した彼ら火星のコーディネーターたちは、職業を自由に選択する非効率的な社会で生きる軟弱な地球人なんぞに膝は折ることを許せなかったのだ。

 捕捉しておくと、当然マーシャンの中にも現実を見据え、このままでは勝ち目がないと主張するものもいた。しかし、職業適性を受けた人間が行政を管轄し、彼らに立法権をも付与するために議会というものが存在しない火星圏開拓共同体では、適正のある人間の判断を非難できるものが存在しない。適正のある人間はミスをしないという前提があるのだ。

 特に、国の指導者などは指導者となるべく遺伝子調整を事前にされて生まれてくる。指導者の適正のある遺伝子に調整された彼らが失敗するということは、彼らの遺伝子が不完全だということを意味し、遺伝子による適正制度そのものを揺るがしかねない。

 アイデンティティーから日本に戦いを挑む道を選んだ彼らは、結果としてそのアイデンティティーゆえに降伏という選択肢を口に出せない状況にあったのである。

 

 

 

 会議室は静まり返り、誰かが『降伏』の二文字を切り出してくれることを待ち続けて時間を浪費する。彼らは数時間は耐えるつもりであったが、その沈黙は予想と異なり僅か30分ほどで幕を降ろすこととなった。

「我慢ならん!!」

 デスクに手を叩きつけて勢いよく起立したアグニスが吼えた。

「貴様等はそんなに我が身が惜しいか!!」

 ここで、降伏を言い出した人間はまず間違いなく終戦工作の任を負うこととなるだろう。戦後、無知で愚かな民衆には自分たちのアイデンティティーを否定し、低劣なテラナーに膝を折った売国奴呼ばわりされることは間違いない。無条件降伏に近い条件を受け入れることとなれば、更に多くの人々の憎悪を受け止めることを強いられる可能性もある。

 また、自分たちが降伏すれば戦犯となることはまず間違いない。威勢のいいことを言って戦争をあおったことは紛れもない事実であり、戦争指導をしていたのも指導者たる彼らに他ならないのだから。

 戦犯になって日本に銃殺されるか、辛くも生き延びて降伏を指導した愚かな指導者として民衆の憎悪を受けながら過ごすか。どちらに転んでもいいことなど一つもない。誰かが主張しなければ始まらないとはいえ、『降伏』その役はとんでもない貧乏くじだ。

 その無責任極まりない態度をアグニスが看過できるはずもない。

「何が指導者の適正だ!!その適正があるのなら、何故ここで国を背負うことができん!?」

 吼えるアグニスに対し、でっぷりと肥えた男があごの肉を震わせながら声を荒げた。

「若造が生意気な!!大体、貴様がマリネリスを落せていれば、このようなことにはならなかったのだぞ!!貴様が自分に与えられた能力を活かすための努力を怠らなければ、我々が敗北することなど絶対にありえなかった!!」

「俺が努力を怠っただと!?貴様、俺を侮辱するつもりか!!」

「完璧だった作戦を無視し、独断で切り札たるマルスを投入したのは貴様だろうが!!マルスさえあれば我々が負けることはなかったのだ!!貴様が無駄にしなければな!!」

 さらに、これまで沈黙を貫いてきた男達も、肥えた男に続いてアグニスを責めたてる。

「そもそも、我々は待っていたのだよ?敗戦続きでこの国を亡国の瀬戸際まで追い込んだのは他ならぬ君だろうが。君が自分の手で責任を取れるようにと、我々は配慮していただけなのだが。それを我が身が惜しい?全く、君は思慮が足りないね。能力を活かす努力を怠った末路がこれか、同じ指導者としての能力を与えられたマーシャンとして恥ずかしいよ」

「責務を投げ出して逃げ出した姉も姉なら、弟も弟ということか」

 姉のことまで持ち出され、アグニスは腸が煮えくり返っていた。自分は既に、戦犯となる覚悟は決めているし、守らなければならないものは民以外に残っていないため、自分の身などどうなっても構わないという覚悟ができていた。それを、自分の保身しか考えていない愚か者にその覚悟を笑われる筋合いはない。

 だが、アグニスはのどもとまできていた罵倒の言葉を強靭な精神力を持ってあえて飲みこんだ。ここにいる会議の場を罵倒の場と勘違いしている無責任な愚か者につきあう必要はないとアグニスは判断したのだ。

 自分のやるべきことは、このような言葉遊びと責任追及と言う名のリンチではなく、少しでもマーシャンの未来のためとなることに他ならないのだから。

「貴様等のような愚か者はここで私のことを罵倒し、自分の責任から逃れようと足掻いて時間を浪費しているがいい!!私は一人で終戦工作の全責任を負う!!これ以上貴様等に任せていられるか!!」

 アグニスは拳を机にたたきつけると、机に添えられていた氏名標を議場に投げつけて退席した。 




アグニスはけじめぐらいはつけられる人間です。やらかす前に気づけない人ですが。

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