機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU   作:後藤陸将

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真面目な話です。


PHASE-16 蠢く欲望の獣

C.E.79 5月2日 火星圏開拓共同体コロニー群

 

「これは……そんな、馬鹿な!!」

 大西洋連邦からの援助物資を運んでいたマルセイユIII世級輸送艦『ボークス』の艦橋で、艦長のシックス・ゲラートは目の前の光景に唖然としていた。

 入港を予定していたエアロックは、黒い物体に満たされており到底入港ができる状態ではなかった。輸送船団に属しているほかの船からも入港予定のエアロックが使えないという通信が次々と届けられることからすると、おそらく全てのエアロックが使用不能となっているのだろう。

 唖然とするゲラートの下にオーストレールコロニーのエアポート管制室からの連絡が入り、モニターに疲れた表情を浮かべる中年の男が映し出された。

『こちらオーストレールコロニー管制。はるばる物資を運んできてくれたことには感謝するが、現在我が国の全ての港湾区画は使用不能な状態にあるため、積荷を受け取ることができない状態にある』

「どういうことだ?あの黒いものは一体なんだ?」

 ゲラートの質問に対し、管制官は苦々しい表情を浮かべながら説明した。

 管制官曰く、数日前に日本の襲撃があり、迎撃部隊をコロニーから引き剥がした隙に日本軍は輸送船をエアロックに突入させたらしい。陸戦部隊の投入を警戒した各コロニーは一時パニックに陥ったが、結局輸送船からは一人も日本兵が現れることはなかったそうだ。

 だが、その輸送船の積荷が問題だった。エアロックに強引に突入した輸送船は、一斉に積荷を解放し、黒い液状の物体をエアロックにぶちまけたのである。そして、液状の物体はエアロックの中にへばりつき、輸送船ごと巻き込んでそのまま凍結した。後の調査によると、この黒い液状の物質はタールに似たものだったらしい。

 このタールらしき物体を除去しない限りはエアロックの解放は不可能であるが、エアロックを埋め尽くすほどのタールを除去することは容易ではない。火星の地表を日本軍に押さえられていることもあって、軌道上にあるマーズコロニー群は地表から取れる水を使った除染もできない。そのため、彼らは重機を使ってタールの塊を丁寧に削って除去するしかないのだ。こびりついて凍結した物体の除去が完了する見通しは立っていないらしい。

 予備の物資搬入口もあることにはあるが、そちらは規模が小さく荷揚げ設備も不十分であるため、そちらに物資を下ろしたとしても効率的に捌ききれないことは確実だ。これだけの量の物資を運び込んだとしても、コロニー内部が物資で溢れかえって収拾がつかなくなる。

 

「閉塞作戦か……忌々しいが、確かに効果的だ。やつらもやってくれたな」

『ええ。湾港機能だけが封じられたとはいえ、それだけでこちらは手一杯ですよ』

 ゲラートは歯軋りする。これでは輸送船団は任務を果たすことはできない。遺憾ではあるが、ここは出直すしかないようだ。出直すといっても、再度輸送船団が出せるかどうかは疑問ではあるが。

 いくら大西洋連邦が援助物資を積んだ輸送船団を送り込むほど日本の火星開発の妨害に心血を注いでいるとはいえ、湾港機能が完全に封じられているために物資を運び込むことすらままならないマーシャンをこのまま援助し続けるつもりがあるのかは疑問である。

 費用対効果は元々あまりよくないことは分かっているが、日本にマーシャンの血をもって出血を強要するという戦略的目標から考えれば援助が無駄ではないと考えていた。しかし、むざむざ敵に本拠地まで攻め込まれ、生命線たる湾港をあっさりと閉塞されたとなれば、マーシャンの実力にも疑問を抱かずにはいられない。

 このような弱兵に物資を与えたところで、浪費するだけで日本に碌に出血を与えられないのではないかと考えてしまうのも無理もない話だろう。今コロニーが無事なのも、民間人の虐殺などというクレームがつけられることは避けたい日本側の戦略故であり、マーシャンが辛うじて本土を護る戦力を保持しているというわけでもないのだ。

 こうも期待はずれの役立たずとなると、大西洋連邦も見限って援助を打ち切る可能性が高い。そうなれば、これが事実上最初で最後の大規模援助船団になるだろう。だが、それを決めるのは自分のような現場の下っ端ではなく、自分より遥か上にいる政治家達だということを知るゲラートは、そこで考えることを中断した。

 自分があれこれ考えたところで、現状は変わらないし、未来も変わらないのだから。

 

 その後、対火星圏開拓共同体援助船団司令部からの命令を受け、『ボークス』を含む総勢22隻の輸送船は一斉に変針し、コロニー群に艦尾を向けてこの宙域を離れ始めた。今回はどうやっても物資の揚陸は不可能と決断したためである。

 援助物資が届かなければそう遠くない日にマーシャンは白旗を揚げざるを得なくなるだろう。生活必需品の生産体制がギリギリの火星圏開拓共同体としては、無理な出兵による負担を受けて食糧や医薬品、衣類といった生活必需品も配給制となっているため、市民生活の安定のためにも輸送船団の物資は喉から手が出るほど欲しかったはずだ。

 実際に輸送船の積荷の3分の1を閉めていた食料品や医薬品といった各種生活品だけでも搬出してくれないかと管制官にも頼まれたが、それらは搬出口から離れた区画に積まれており、搬出口付近にはMSや各種兵装が積まれているために湾港設備のない現状での搬出は困難を極めるために拒否した。

 結果、多数のMSや兵装、医薬品や食料品などの援助物資を満載したまま、輸送船団は火星を去ることとなった。

「……もう、この赤い星も見納めだろうな」

 ゲラートは次第に遠ざかっていく赤い星を見ながら艦長席でぼそりとつぶやいた。

 

 

 

 

C.E.79 5月9日 大西洋連邦 ワシントン

 

「マーシャンがここまで不甲斐ないとは、計算外でした」

 仏頂面をしているジョゼフ・コープランド大統領に、大西洋連邦国務長官のウィルソン・マルコンスは淡々と報告した。

「まったく……我が国がこれほど援助したというのに、この体たらくか。期待はずれにも程がある。前回の大戦で散々見せ付けてくれたコーディネーターのゴキブリ並みのしつこさと生命力は何処へいったんだろうな?」

「もしも、そのゴキブリが火星に適応していたら我々にとっても何れは脅威になっていたと思いますが」

「はっはっは……確かに500年ほどかければおそろしい化け物にでも進化しているかもしれないな」

 コープランドは学生時代に読んだコミックを思い出し、思わず笑ってしまう。火星に住む黒色の異形のクリーチャーが兵器を持ち自分たちを襲う光景は、色々な意味で衝撃的過ぎるものだった。

「まぁ、火星でゴキブリが進化するなどという冗談はともかく、在庫一掃セールだったからそれほど負担ではなかったとはいえ、やつらがこれだけ不甲斐ないと意味がないぞ。NJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)のベースマテリアルの独占購買権には元々期待していなかったがな」

「しかし、大統領。一概にマーシャンの不甲斐なさだけが原因とはいえないかもしれません」

 エリック・マキナン国防長官が報告する。

「火星圏開拓共同体に派遣していた武官によりますと、今回日本軍は防衛に際して最新鋭MSである不知火弐型を惜しげもなく投入し、さらに軌道降下兵団(オービットダイバーズ)まで用いて侵攻部隊を殲滅したとのことです。収拾したデータから換算したところ、Type-04Ⅱの性能は国防省が想定していた性能を上回るものであることが判明しました。また、軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の能力も一個中隊にして旅団以上の戦力を持つことが確認されています」

「少数精鋭での後方奇襲任務を遂行できる人外集団という噂は間違っていなかったというわけか……あの国についてはいつも思うが、『こうするしかなかったのはわかるが、まさか本当にやるとは思わなかった』と何度思わせてくれるのだろうな」

「我が国にも軌道降下部隊はありますが、あくまでザフトのそれと同様、降下部隊の大量投入を前提とした部隊ですから実力は日本の降下部隊のそれに遥かに劣るでしょうな。代わりに、我が国には対空砲火による損耗を前提として大量の部隊を降下させられる降下カプセル輸送船が何隻もありますが」

 コープランドは米神を押さえる。

「戦いは数だ。いくら質がよかろうとも数の暴力には劣ることは私も理解している。だが、あそこまで質がいいとなると厄介だな。日本軍の実力は当初の想定以上だということか……国民の血ではなく、軍のスクラップと物資を引き換えに得た戦果としては上々だな。だが、問題なのはその情報を基にこれから我が国がどのように立ち回るかだ。マーシャンが期待はずれだったからといって、このまま指をくわえてまっていれば日本は火星を完全な植民地としてしまう。火星を足がかりに宇宙開発を促進されれば、我が国はその後塵を拝することとなる。それは我が国の国益を大きくそこねてしまう」

「しかし、大統領。これ以上火星に物資を援助することは現実問題として厳しいものがあります。日本はこれまで、事を荒立てなくないという思惑から火星圏開拓共同体に対して宣戦布告をしていませんが、これ以上我々が介入するというのであれば、国際社会からの多少の批判があってもこの事変を戦争とすることも辞さない可能性があります。そうなれな、我が国は国際法上の中立義務に従って火星圏開拓共同体への軍事支援を打ち切らねばなりません」

 

 

 現時点で、日本は侵攻を受けたにもかかわらず火星圏開拓共同体との武力衝突を戦争とはしなかった。今回の武力衝突の当初の日本側呼称『ノクティス・ラビリンタス事変』――後に戦場が火星圏のコロニー群や火星上の日本軍拠点のマリネリス基地にまでにまで拡大したことで、『火星圏事変』と改名される――からも分かるように、あくまで日本はこの武力衝突を事変として処理していたのである。

 事変として処理していたのには、勿論理由がある。まず、前提として日本において開戦を決定する権限を持つのはいとやんごとなきお方だけである。御前会議に上奏し、いとやんごとなきお方の裁可を受けなければ日本の現行憲法では宣戦布告はできないのである。

 制度上、やんごとなきお方が反対すれば勿論宣戦布告はできないことは間違いない。ただ、やんごとなきお方は、一方的な攻撃を受けた例を除いた全ての戦争において内閣からの上奏に対して何度か反対して退け、平和共存の道を取る努力をせよとその都度命じていたが、例外なく最終的には宣戦布告に同意している。

 今回の場合、深海内閣がその気になればやんごとなきお方を納得させられる戦争遂行要領を作成し、宣戦布告の裁可を得ることは難しくなかっただろう。何しろ自分たちは先制攻撃を受けて少なからざる損害を被っているのだから。

 それにも関わらず、深海内閣が宣戦布告の上奏をしなかったのには当然のことながら理由があった。深海内閣としては、短期間でこの武力衝突に決着をつけることで国際社会のいらぬ介入を避けたい国家方針という名の国際政治的な配慮が念頭にあったのだ。

 全世界を否応なく巻き込んだヤキンドゥーエ戦役が終結してからおよそ7年が経過し、各国が負った戦争の深い傷跡はほぼ治りつつあった。戦争で失われた戦力が回復した戦勝国は、敗戦国の遺産や戦利品を糧に発展を続けていた。

 しかしその反面、勢力の拡大に伴ってかつての同盟国である戦勝国間では関係がギクシャクしつつあるのがC.E.79の国際情勢であった。

 東アジア共和国はオーブの技術を吸収して急成長を遂げ、侵略意識を高めつつあり、民族意識から決して容認できない東の大国、日本と緊張状態にある一方で、汎ムスリム連合を構成する王国の内戦を支援するなど、露骨に勢力圏の拡大を目論んでいた。

 それに加え、JOSH-Aのサイクロプスによる自爆などで軍に大きな被害を受け、MSの開発の遅延などでさらに弱体化したユーラシア連邦にも東アジア共和国は領土的野心を顕にしており、既にシベリア方面では小競り合いが発生している状態にあった。

 大西洋連邦は、戦後宇宙開発で日本に出遅れたこともあり、先んじて各種開発利権を独占することに成功した日本との関係が若干拗れていた。また、ヤキンドゥーエ戦役の最中に併合した南アメリカ合衆国との間では戦後に独立戦争が勃発し、大西洋連邦はゲリラ戦によって少なくない血を流していた。結果的に独立は承認したものの、血みどろの戦争があったために南アメリカ共和国とも緊張状態が続いている。

 このようなきな臭い国際情勢の中で、一度戦争となればどこに飛び火してどのような化学反応が起こるかわからない。基本的には飛んでくる火の粉は払うつもりではいるが、弾薬庫のような国際情勢下で派手に火の粉を散らすことはよろしくないということで深海内閣の閣僚の意見はほぼ一致していた。

 唯一の例外として、防衛大臣の権堂としてはこのようなイライラ棒のような紙一重の綱渡りが成功する可能性は限りなく低く、いっそ攻勢に出た方が帝国の安寧と発展に繋がるという考えがあったが、内閣の方針が基本的に平和強調、非軍事路線であるならばそれに従って全力を尽くすつもりだった。無論、彼の危惧する万が一に対する備えに手を抜くつもりもなかったが。

 そして、一方の火星圏開拓共同体側にも宣戦布告をしてこの武力衝突を戦争として、あまりことを荒立てたくはない事情があった。仮に戦争になってしまった場合、火星圏開拓共同体は大西洋連邦からの軍需物資の援助を受けられなくなるからだ。

 仮に火星圏開拓共同体が日本と戦争状態になった場合、第三国には戦時国際法上の中立義務が生じ、交戦国に対する軍事的支援は中立義務に反する敵対行動となるため禁止されることになる。

 中立義務を無視して強引にコロニーに物資を運び込もうとしても、付近の宙域を日本の宇宙軍が封鎖した場合には日本軍は援助船団に臨検をする権利が合法的に与えられるため、臨検を突破して兵器を密輸することはまず不可能に近い。それどころか、中立違反となればたちまち両国間の国際問題となる。

 大西洋連邦が日本との敵対を覚悟してまで自分たちを助けてくれるとはマーシャンたちは露ほども信じていなかったこともあり、各種物資の供給ルートを護り、継戦能力を維持するために宣戦布告は見送っていたのである。

 結果、日本と火星圏開拓共同体の武力衝突はその規模にも関わらず、国際法上に定義される戦争という体裁ではなくあくまで両国間、そして国際社会の間では事変として扱われた。

 

 

「できれば、最後までマーシャンを使った代理戦争のままでいたかったが、そうも言ってはいられないらしいな。世論も、宇宙開発で他を引き離している日本に対してあまりいい感情を抱いていない以上、我々もなんらかの手をうたなければなるまい。私は歴史に愚鈍な大統領という汚名を刻むつもりはないのでね」

 コープランドはその視線を、マキナンの隣に立つハイドン・ディクス大統領首席補佐官に向ける。

「ハイドン、几帳面な君のことだ。既に何通りかのプランを用意しているだろう?」

 視線を向けられたハイドンは黒い笑みを浮かべながら頷き、持参していた鞄からタブレット端末を取り出した。

「はい。当然、いくつかのプランを用意してあります。黒いものから白いものまで取り揃えました」

 

 世界最大の国力と世界有数の謀略の歴史を誇る大西洋連邦は、その強欲さで世界最強の国家にまで登り詰めたと言っても過言ではない。そして、自国の利益にあくまでも貪欲な大国は、己の地位を脅かす極東の大帝国に獰猛な牙見せ付けようとしていた。




そろそろ火星圏事変パートも終わりが見えてきました。
でもまだまだ完結までは程遠いですけどね。リアルの忙しさこみで考えると後2年はかかりそうですし

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