機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU   作:後藤陸将

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『大和』のスペックネタバレになる外伝のPHASE-X挑戦者達の続きは、こちらで『大和』が登場した後に掲載する予定です。


PHASE-14 先人の知恵

C.E.79 4月20日 L4宙域 大日本帝国領 軍港コロニー『大坂』

 

「外務省からの連絡によれば、未だにマーシャンは白旗を揚げるつもりはないようです」

 宇宙軍情報管理部の小早川時彦中佐の発言が宇宙軍聯合艦隊司令部作戦室の空気を重くする。出席者の中には、まさかという感想を抱いたものも少なくない。

 既に二度の侵攻作戦に失敗によって、火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍は壊滅したはずである。それにも関わらず降伏するつもりが見えない相手に対して聯合艦隊の幕僚一同は頭を抱えていた。

「……敵に、未だ十分な継戦能力が残っているのかね?」

 聯合艦隊参謀長横井惣次郎大佐は、情報提供のために艦隊司令部を訪れていた小早川に質問する。

「いえ、その可能性はまずないでしょう。戦前の情報と照らし合わせたのですが、計算上は既にマーシャンにはコロニー防衛のための戦力しか残っていないはずです」

 

 帝国宇宙軍火星方面隊は、火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍の二度の攻勢を何とか凌いできた。こちらが被った損害も少ないとは言えず、マリネリス基地に配備されていた防衛戦力は損耗率が7割を超えたために全滅の判定を受けている。火星方面艦隊も、二度目の防衛戦時に基地上空からの攻撃を目論む敵艦隊と交戦し、多数の犠牲を出しながらこれを撃退した。

 火星に配備されていた軽空母『祥鳳』、巡洋艦『塩見』『尾高』『赤間』『鵜戸』『橿原』『庄内』、駆逐艦『山霧』『朝霧』『夕霧』『浜霧』『瀬戸霧』『天霧』『沢霧』『沙霧』『有明』『曙』の内、健在なのは巡洋艦『庄内』、駆逐艦『夕霧』『瀬戸霧』『曙』だけだ。

 敵艦隊20隻の内、16隻を撃沈ないしは落伍させて撃退したというのは見事な結果だと言えなくもない。だが、軽空母1隻、巡洋艦5隻、駆逐艦7隻の犠牲は大きすぎた。

 元々火星方面艦隊は旧式の巡洋艦や駆逐艦が主力であったし、敵艦隊はMS運用能力も備えたドレイク級護衛艦やネルソン級戦艦で構成された艦隊であったということも犠牲がここまで大きくなった原因だと考えられる。

 防衛戦を辛くも生き延びた巡洋艦1隻と、駆逐艦2隻も中破判定を受けており、マリネリス基地のドックで修理中だ。現状の火星方面艦隊で健在な艦は駆逐艦『曙』だけという状態である。

 だが、二度目の防衛戦には間に合わなかったものの、全速力をもって駆けつけた巡洋戦艦を主力とした増援部隊が到着しているため、再度の侵攻を撥ね返せるだけの戦力は既に揃っている。先行して敵地上侵攻部隊に甚大な損害を与えた軌道降下兵団(オービットダイバーズ)もその母艦『出雲』と共に一時的にマリネリス基地のMS戦力の穴を埋める任に着いていた。

 

 その一方、戦力の補充が完了した日本側に対し、火星側の戦力は限界に近づいているはずだった。戦前の情報によれば、マーシャンの保有する艦隊はネルソン級戦艦2隻にドレイク級護衛艦36隻、独自開発のアキダリア級巡洋艦5隻だけのはずだ。

 そして、火星方面艦隊はネルソン級戦艦1隻、ドレイク級護衛艦10隻、アキダリア級巡洋艦1隻を撃沈し、ドレイク級護衛艦3隻とアキダリア級巡洋艦1隻を鹵獲した。つまり、敵に残された戦力はネルソン級戦艦1隻、ドレイク級護衛艦23隻、アキダリア級巡洋艦3隻のはずだ。

 しかも火星方面隊の戦果報告によれば、その残存艦隊の内、ネルソン級は中破ないし小破、ドレイク級2隻は大破ないし中破、アキダリア級巡洋艦2隻中破確実となっているため、実働戦力はさらに下回ることが予想される。

 また、2度の侵攻失敗でマーシャンは270機近いMSとパイロットを喪失している。マーシャンの残存MSの数はおよそ530機ほどだろう。ただ、この530という数字は、様々な都合上使用を継続せざるを得ない旧式機や訓練機を含めた数であるので、実際に一線級の戦力として使える機体は多くて200機ほどであろうと推測される。

 

「コロニー防衛のための最小限度の兵力しか存在しないのであれば、我が方が反攻にでてオーストレールコロニーに攻め入ることも可能では?敵の戦力は、再侵攻ができるほどに余裕があるわけではないでしょうが、ゲリラ的に通商破壊に出るだけの戦力は未だに健在です。あのコロニーに我々が警戒するべき戦力が立て篭もり続ける以上、攻略は必須でしょう。」

 そう具申したのは航宙参謀を務める中西綾中佐だ。防衛大学を首席で卒業したという経歴を持つ才女であり、凛として優雅なその立ち振る舞いは軍人というよりは姫武将を思わせる。

「我が方の戦力はマーシャンを上回っておりますし、いつまでも火星に艦隊を貼り付けて敵の出撃に備えておくわけにもいきますまい。火星開発は我が国が掲げるネオフロンティア計画の要です。あまり長きに渡って開発に支障がでるようなことは避けるべきでしょう。早期にマーシャンを屈服させることが、長期的に見れば最も費用がかからない選択肢だと思いますが」

「……我々の現有の戦力で攻略が可能なのか?まがいなりにも500のMSがマーシャンにはあるのだ。それに二度目の侵攻で姿を見せたという巨大MAの情報も気になる。占領はできても大損害ということになればまずい。増援を送り、万全の体制で攻め入るというのは駄目だろうか?ここで攻略を焦れば、早期の火星開発の再開の代償として我々は甚大な被害を出すかもしれない」

 横井の発言に対し、小早川が言った。

「我が方の損害が更に膨らむ可能性があることは否めませんが、時間がこちらの利にはならないことも事実です。情報局からの情報によれば、大西洋連邦の大輸送船団が一昨日プトレマイオスクレーターを出港し、火星に向かったとのことです。大西洋連邦の援助がある限り、マーシャンは簡単には屈服しない可能性が大きいです。先程中西中佐が言ったように、強化された戦力で積極的に通商破壊に出てくる可能性も否定できません」

「既に我が軍が火星の資源地帯を制圧したため、マーシャンは火星で採掘はできない状態にある。マーシャンが大西洋連邦から兵器を購入しようにも、その元手となる資源はないはずだ……となると、大西洋連邦の狙いは我が軍の消耗と、我が軍のMSの性能の調査、そして火星開発の妨害といったところか。厄介だな」

「おそらく、参謀長の推測通りだと思われます。大西洋連邦は、マーシャンが屈服しないように援助を矢継ぎ早によこすでしょう。援助でマーシャンが立ち直る前に手を打つことが、犠牲を最小限にとどめることに繋がります」

 小早川の主張に対し、参謀の矢野隆正中佐が険しい顔を浮かべる。

「確かに、小早川中佐の言うように、早期に我々が攻勢に出ることには戦略的に大きな利点があると言えます。しかし、こちらから攻め込むとなると、目標は敵コロニーということになりませんか?マーシャンの保有するコロニーは、軍事区画と民間区画が同じコロニーに存在しますから、攻撃は民間区画に被害を与える可能性が大きいです」

 横井は呻くように言った。

「……ヘリオポリスのような事態になるということか。確かにそれは避けたいな」

 かつて、日本はザフトのヘリオポリス襲撃に際して、民間人が多数居住する中立国のコロニーを何の警告もなく攻撃し、破壊する行為は許されざる蛮行であるとザフトを強く非難したことがある。もしも今日本が民間人が居住するコロニーを襲撃すれば、ヘリオポリス襲撃時の主張を持って対抗されかねない。

 そうなれば、国際的なイメージ戦略ではマイナス面が大きくなる。かつて日本が非難した蛮行を今度は日本の手で行っていると解釈されかねないのだ。

「下手にコロニーに手をだすと、その可能性が大きいです。かといって、コロニーが健在なままではいつまでたっても彼らは降伏しないでしょう」

 会議室を沈黙が支配する。

 戦略的には攻勢に出るべきだが、敵が民間人を抱えながら立て篭もっている以上、下手に手を出せば軍は民間人虐殺の汚名を着せられることになる。日本がヘリオポリス崩壊時に主張した理屈が今度は日本の行動を縛ることに繋がっていた。

 日本側の現状を理解した上での行動なのかは分からないが、マーシャンの行動は非常に厄介なものだ。コロニーを直接攻撃できない以上、コロニー内部に突入して軍事区画を占拠して降伏を促すという手も考えられるが、コロニー内部での戦いとなれば、地の利があるマーシャン側が遥かに優位だ。占拠には歩兵部隊も動員する必要があるので、犠牲者も多数出るだろう。歩兵部隊の投入による占拠も避けたい選択肢の一つであった。

「まるでかの日露戦役における旅順要塞だな……通商路を護るためには攻略は必須、されども、迂闊に手は出せない。後に来寇する輸送船団がさしずめ、バルチック艦隊といったところか」

 横井の呟きに小早川が相槌をうつ。

「要塞故に手が出せないのではなく、要塞が盾にしている民間人のせいで手がだせないという点と、陸側からの攻略ができないという点を除けば、確かに戦略上は旅順とよく似ていますね」

「そうか……旅順ですよ!!」

 その時、不意に一人の男が声をあげた。先程までは一人云々と唸っていた首席参謀の和倉実大佐だ。

「どうしたんだ、和倉大佐」

「旅順と同じです!!マーシャンが簡単に出てこれないようにして、輸送船団が入れないようにすればほぼ無力化できます!!」

 そこまで言えば、智謀に長けた参謀たちが和倉の言わんとすることに見当がつかないはずがない。横井が確認するかのように和倉に問いかけた。

「つまり、君は……コロニーの湾港部を閉塞してしまえというのかね?かの旅順閉塞作戦のように」

 和倉は我が意を得たり、と言わんばかりに得意げな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 大日本帝国宇宙軍が反撃に出たのは、4月30日のことだった。増援艦隊の戦艦『金剛』『比叡』に続き、軽空母『紅鳳』『蒼鳳』『白鳳』『黒鳳』巡洋艦『雲仙』『六甲』『高塚』『斐伊』そして駆逐艦16隻の艦隊が火星の軌道上にあるマーズコロニー群に迫る。そして、その遥か後方、『小早』の符丁を与えられた輸送船を集めた船団にはシンの駆る不知火の姿もあった。

『おう新米。今日は勝手な真似するんじゃねぇぞ』

「了解です」

 響からの釘刺しにシンは素直に答えた。未だに色々と気持ちの整理がつかない面もあるが、今は任務中のためにそれを表に出さないようにする。

 今回の作戦の要はこの輸送船をコロニーのオーストレールコロニーの湾港部に突入させることだ。マーズコロニー群に存在する5つのコロニーの全ての湾港部を塞ぐ作戦ということもあり、予備戦力を含めて13隻の輸送船が準備されている。

 シン達イーグルスの任務は、オーストレールコロニーに向かう3隻を護衛することだ。敵MSは空母機動部隊が殲滅する予定になっているが、念には念をということらしい。輸送船には乗組員は乗っておらず、輸送船団の後方に陣取る巡洋艦『赤塚』に設けられたコントロール施設から遠隔操作されている。万一遠隔操作システムに不具合が出た場合は、自動操縦で港湾部に突っ込む手筈になっているそうだ。そして、この輸送船団は火星で動ける全てのマキシマ非対応型輸送船をつぎ込んでいるため、失敗は絶対に許されない。次はないのだ。

『しかし、輸送船なんざがつっこんだところで意味があるんですかね?作業用MSでもあれば簡単にどかされてしまいますよ。一体何の意味があるんですかね?』

 疑問を口にするタリサを涼が戒める。

『そのくらいのこと、作戦を立案した上層部がわかってないわけないでしょう。きっと、何か秘策があるのよ。私たちには何も知らされなかったあの輸送船の中身とか、他の何かにね。でも、そんなことに気が取られていて隙を曝したとしても、私は援護してあげないわよ』

『……そんなもんですかね。ま、援護欲しいですからこれ以上考えるのはやめます』

『その方が利口ね。一応忠告するけど、シンもそんなこと気にするんじゃないわよ。隊長も言っていたけど、邪魔になってもらいたくはないから』

 シンも輸送船を突っ込んだところで作業用MSがあれば簡単に除去されるのが関の山だと思う。だが、先輩がこう言うのだから、気にしても仕方がないと割り切ることにした。

「何度も言われなくても分かってますよ」

 流石に二度も釘をさされるとシンも少し不愉快になる。不貞腐れていることは口調から丸分かりであったが、涼はそれ以上の注意は避けた。どの道自分が注意しても余計に不貞腐れるだけだろうと判断したからだ。

 

 

『旗艦から入電です。『小早』ハ迅速ニ突入セヨ』

 『赤塚』に乗る通信士の指示で、輸送船団の各艦のスラスターに光が灯り、次第に加速を始める。前方を見ると、闇の中に幾多の光が見える。時折花火のような火球があがっているところを見ると、既に戦闘は激化しているようだ。たまに大きな火球が現れるあたり、艦船も少なからず沈んでいるのだろう。

 どちらが優勢にあるのかは全く分からないが、露払いをまかされた『安宅』の符丁を与えられた前衛艦隊が派手に戦っているに違いない。事前の戦力差からして、彼らが優勢にあることをシンは疑っていなかった。

「頼むぞ、『安宅』……」

 シンは祈りながら操縦桿を握る。この輸送船団の存在は遅かれ早かれマーシャンに察知されるだろう。そして、自分たちは輸送船団を狙う敵機動戦力から輸送船団を守らなければならない。戦闘になれば、鈍足で脆弱な輸送船を護るシンたちは不利な立場に立たされることもあり、『安宅』には一機でも多くの敵MSを引き付けてもらい、片付けておいてほしかった。




火星戦役はもうすぐ決着がつく予定です。

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