機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-12 血に染まる赤き星

 軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の戦闘力は圧倒的なものだった。その中でも、先陣を切ったフリーダムの戦闘力は群を抜いていた。

 フリーダムは降下の直後、先程まで大暴れしていたマーシャンの巨大MA――マルスに一瞬で取り付くと、その手に握った長刀でMAの頭部に斬りかかりアルミューレ・リュミエールとフェイズシフト装甲に守られた堅牢な防御を無効化したのだ。

 装甲の亀裂に攻撃を集中して叩き込まれ、マルスは装甲の内部に重大な損傷を負った。エネルギー電導系統のケーブルや制御系統のケーブルなどが損傷したため、頭部の武装の展開、アルミューレ・リュミエールの展開にも支障をきたしてしまう。さらに、エネルギー供給システムが損傷を受けたために頭部装甲は全面的にフェイズシフトダウンしてしまった。

 だが、フリーダムはまだ止まらない。装甲の内部の損傷で敵MAの戦闘能力が急激に低下したことを知ったキラは再度頭部に降り立ち、沈黙する高エネルギー超射程砲「アウフプラール・ツヴェルフ」を根元から断ち切った。念には念を入れて、キラは沈黙するイーゲルシュテルンとMk.62 6連装多目的ミサイルランチャーをビームライフルで狙い撃ち、完全に破壊する。

 イーゲルシュテルンの弾薬とMk.62 6連装多目的ミサイルランチャーはフェイズシフト装甲に守られているはずだったが、既にフェイズシフト装甲はダウンしているために弾薬は誘爆し、紅炎が丘状の頭部のあちこちから噴出する。その様子はまるで火山を彷彿とさせた。

 マルスは破孔から噴出する紅い焔によって赤く彩られ、さらに黒煙を幾条も靡かせている。もはや難攻不落の要塞の姿はそこにはなく、落城したかつての砦がそこにあるだけだった。

 

「馬鹿な……このマルスが、こんなに容易く無力化されるのか!?」

 マルスのコックピットでパイロットのナーエは唖然としていた。頭部武装は全滅し、こちらには有効な攻撃オプションがない。フェイズシフト装甲もアルミューレ・リュミエールも無効化された状態では、攻撃に耐えることもままならない。

 胴体部や脚部にはまだ兵装が残っているが、敵が降りてこないかぎりは全く役に立たない。つまり、ナーエはマルスの頭部に居座るフリーダムに対して何一つ手をうつことができないのだ。

 そして、敵のフリーダムはあの対空砲火の嵐を無傷で突破し、すさまじい速度で降下しながらアルミューレ・リュミエールの発振器を破壊、さらに頭部に取り付いて大暴れと尋常ではないことをやってのけた化け物だ。

 フリーダム自体は8年前の機体であるため、この一連の芸術的とも言える鮮やかな攻撃はフリーダムの性能に頼ったものだとは考え難い。つまり、マルスに対して単機でこれだけの戦果をあげることができるほどにパイロットの技術が卓越しているのだろう。

 そして、このパイロットには油断も隙も全くない。装甲内部の機構がやられたのか、それとも直接カメラが破壊されたのかは不明だが、マルスの頭部はメインカメラ、サブカメラ含めて映像を写していない状態にある。

 ただ、先程から装甲を伝わって凄まじい衝撃が断続的にコックピットを襲っていることから察するに、未だフリーダムはマルスの頭部に取り付いているらしい。フリーダムは頭部を食い破り、マルスのコックピットか動力系統を直接潰すつもりなのだろう。未だに火器が生きている胴体を狙って攻撃するよりもこの方が確実にこちらを仕留められるのは確かだ。

 頭部兵装が全て沈黙してからは、敵の油断を誘うために機関を一時停止して行動不能を装ったのだが、フリーダムはこちらの擬装を看破しているのか、全く手を緩めていない。技量だけではなく、経験もそれなりに豊富なのかもしれない。

 打つ手がなく険しい表情を浮かべるナーエは、凄まじい衝撃に曝されながら被害状況を知らせるダメージチェック画面を見る。既にモニターは頭部の異常を警告する表示で覆われていた。さらに、フリーダムの攻撃で損傷したのか少々調子の悪い通信回線からは、雑音交じりの味方の悲痛な叫びがひっきりなしに飛び込んでくる。

『うわぁ!?く……来るな、来るなぁぁ!!』

『畜生!?スラスターがやられた!!脱出する!!』

『何で墜ちないんだ!?……っ!?あ……や、やめろぉぉ!?』

『クソ!?どうして当たらないんだ?』

 次々と舞い込んでくる味方の苦戦を思わせる通信と、味方の撃墜を示すシグナルロストの嵐にアグニスは耳を疑わずにいられなかった。あの降下部隊との戦力比は、1対50は下らないはずだ。それなのに、味方の損耗が尋常ではない。

 ナーエはハッと気づいた。敵の数は本当に12機なのか。あれは第一陣で、さらに第二陣、第三陣と送り込まれてこちらが劣勢に立たされているのではないか――と。それならば、あの異様なほどの損耗にも説明がつく。レーダーが破壊され、通信もさきほどからのフリーダムの攻撃を受けて調子が悪かったために把握が遅れたのだ。

 だが、そうなれば敵の降下部隊とアグニスが交戦中の可能性もある。敵機の数にもよるが、あのフリーダムほどの実力者を擁する部隊だ。あれは別格としても、通常部隊よりは優れた技量、優れた機体を有している可能性は高い。

 ナーエは自身の失態に気がつき、顔面が紅潮する。アグニスの副官にあるまじき失態だ。自分の身のことの対処に精一杯となってアグニスから注意を逸らし、なおかつアグニスに迫る危機に気づけなかった己に対して憤怒の念が沸いてくる。

 だが、今は後悔している場合ではない。自分に取り付いている敵機のことよりも優先すべきはアグニスの身の安全である。火星の指導者となるアグニスをこのような場で失うことはあってはならないことなのだ。そして、ナーエ自身も一人の人間としてアグニスを死なせたくはなかった。

 とにかく外の情報を得るために、ナーエはまだ生きている胴体部のカメラが捉えた映像にメインモニターを切り替える。だが、戦場の様子を見た瞬間、ナーエは凍りついた。

「こんな……馬鹿な!?」

 戦場を縦横無尽に駆け抜けるのは消炭色の甲冑を纏った11の騎士と、隙間を縫うように舞う騎士の影に斬りつけられて抵抗もできずに討たれていく同士の姿がそこにはあった。そう、敵の数は『11』――先程降下した部隊に対する増援は確認できない。敵機は僅か一個中隊でこちらを圧倒しているのだ。

 ナーエは目の前に映る惨状から意識を避けて、アグニスの駆るデルタの姿を探す。専用機のデルタを駆る彼ならば簡単にはやられはしないと信じて。

「ア……アグニス!?」

 だが、メインモニターに映ったのは、消炭色の機体の内の一機と相対し、左腕と背中のヴォワチュール・リュミエールの左半分を斬り落とされて地に墜ちたデルタの姿だった。さらに、デルタに相対する敵機は2機だ。1機はデルタの救援に入ろうとする数機のダガーLを羽虫を払うように簡単にあしらい、もう1機はその隙にトドメをさすべくデルタに向けて長刀を振りかぶる。

 ナーエは、戦闘にも並外れた技能を発揮できるように調整されたアグニスと、火星最強クラスのMSであるデルタがあれば、例え敵が日本軍のエースパイロットであっても一対一では負けるはずがないと考えていた。アグニスは自分の力が火星の未来を守り導くものであると信じ、自分の遺伝子に与えられた能力に慢心せずに戦闘訓練にも人一倍力を入れていたからだ。

 火星において彼に優るパイロットは存在しないと言っても過言ではないとナーエは確信していた。そして、如何にあの日本のエースパイロットであろうと、簡単にはアグニスは討ち取れないだろうと。しかし、彼の想定は甘いと言わざるをえなかった。

 確かに、アグニスと彼の駆るMSの戦闘能力は世界でも一級品のものだと言ってもいいだろう。如何に軌道降下兵団(オービットダイバーズ)とはいえ、彼らの駆る機体は一部の例外を除いてワンオフ機ではなく、次期主力機である不知火弐型の先行量産型がベースのカスタム機である。

 といっても、軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の不知火弐型の性能は、正式な量産型を遥かに凌駕する。胸部やスラスターなど防御性が重視される部分の装甲はTA32に換装され、各部の部品にも量産仕様以上に頑丈な素材を用いている。

 その上、手先の器用さと丁寧さでは世界有数である日本の整備兵の中でも、指折りの優秀な整備兵から構成される整備チームが、MS1機に1チーム専属でついている。彼らは、パイロット一人ひとり、機体の一つ一つに応じて最適な調整をしているのだ。

 パイロットの技量にしても、大日本帝国宇宙軍の中でも精鋭無比と謳われるエース揃いだ。流石にキラや武といった伝説までも囁かれる人外パイロットほどではなくとも、そんな彼らと毎日のように模擬戦を強いられているパイロットたちは、一般兵からすれば十分に化け物クラスである。

 おそらく、アグニスも1対1であれば2割ほどの勝率があったのかもしれないが、ワンオフ機ということを見抜いたダイバーズのパイロットは、一騎討ちでは討ち取るのに時間がかかると判断して仲間と協力して確実にしとめにかかった。空挺部隊にとってひとつの敵に時間を奪われるなどという事態は優先して避けるべきものに他ならなかったからだ。

「やめろぉぉぉ!!」

 ナーエは絶叫する。援護することも考えたが、マルスの胴体部の武装は、どれも近接戦闘をする味方を援護するには使い物にならない高威力兵器ばかりだ。元々圧倒的な高火力による制圧を目的として開発された機体ということもあって援護には不向きな機体なのだ。

 加えて、先程からフリーダムが頭上で大暴れするため、その振動で照準を合わせることができず、正確な射撃が難しい状態にある。これでは、こちらの攻撃にアグニスを巻き込んでしまう可能性がかなり高い。

 だが、その状態でナーエは敢えて引き金を引いた。このまま静観していれば、100%アグニスは死ぬ。だが、今自分が援護すれば数%の確率で助けられるかもしれない。ナーエはその数%の賭けたのだ。自身の技量と、アグニスの運を信じて。

 そして、ナーエは賭けに勝った。彼が咄嗟に放った1580mm複列位相エネルギー砲「スーパースキュラ」はデルタの近くに着弾し、その衝撃でデルタに取り付いていた不知火を吹き飛ばすことに成功する。

 しかし、それを見届けると同時にこれまでとは比べ物にならない凄まじい衝撃と、爆発音がコックピットに響き渡る。ついにフリーダムの攻撃が頭部を貫通し、胴体部に炸裂したのだ。動力炉の緊急事態を察知して自動的にコックピットには対放射能シャッターが降りる。だが、実はこのとき、NJCはフリーダムの砲撃によってピンポイントで破壊されていたため、原子炉が制御不能に陥る事態は回避されていたのだが、ナーエがそのことを知る由もない。

 ただ、この時、既にコックピットから各部に繋がる駆動系統のケーブルが完全に破壊され、動力炉自体の防護壁も割れる一歩手前にあった。対フェイズシフト装甲用粘着榴弾の内部炸裂により、既にマルスの胴体内部は外部よりも酷い損傷を受けて復旧不可能になっていたのだ。

 マルスは高層ビルが崩れ落ちるようにゆっくりと傾き、赤い土ぼこりを巻き上げながら地面に伏した。フリーダムはそれと当時に頭部から飛び立ち、地に伏せるマルスの脚に斬りかかる。既にエネルギー供給が途絶え、フェイズシフトダウンしていたため、長刀はまるで大根を切るようにさっくりとマルスの脚を切断する。三本の脚をあっという間に斬りおとしたフリーダムは、最後にマルスを一瞥すると興味を無くしたかのように飛び立った。

 

 

 

 

「すげぇ……」

 シンは大破した不知火のコックピットの中で呟いた。

 彼の機体はスラスターがやられ、四肢にも異常がでているために自力で基地に帰還することはできそうもない。かといって、このまま強化外骨格で脱出しても、圧倒的数の優位にあるマーシャンに袋叩きにされる可能性もある。

 軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の化け物じみた活躍によってマーシャンは混乱しているものの、未だに機体の外が危険であることには変わりがない。誰かが迎えに来るまでは待機することが吉だろう。幸いにもカメラやレーダーといった観測機器や、通信機器、生命維持機器はまだ動く。

 目の前に降り立った軌道降下兵団(オービットダイバーズ)は、正に一騎当千を体言した存在だった。敵機の間を縫うように翔け、すれ違いながらそのコックピットを斬り裂く。後ろに目がついているような超反応によるカウンター、乱戦にも関わらず凄まじい精度の射撃。どれも規格外のものだった。

 数で圧倒的な不利にあるにも関わらず、マーシャンが有利なようには全く見えない。しかも、どの機体にも全く傷がない。包囲された状況下でも、敵の攻撃が全く当たっていないのだ。回避能力もずば抜けているらしい。あれほど激しい機動を降下直後から一度も止まらずに続けているところからすると、体力までも並大抵ではないようだ。

 特に、あの砦蟹(シェンガオレン)を数分で討伐したフリーダム。何故前回の大戦で猛威を振るったザフト製MSの傑作が日本軍の、それも軌道降下兵団(オービットダイバーズ)に採用されているのかは分からないが、そのパイロットの技量は人間離れした技量を持つ部隊の中でもずば抜けていた。おそらく、あのフリーダムのパイロットは白銀少佐にも匹敵するほどの人外パイロットなのだろう。

 そして、マルスを討伐したフリーダムが戦線に加わったと同時に、マーシャンの崩壊は目に見えるような速度で進む。150機ほどいたはずのダガーL部隊は、10分の1以下の戦力である軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の攻撃に成す術もなく屠られていく。

 まるで獰猛なスズメバチがミツバチの巣を襲撃し、圧倒的な多数であるミツバチを蹂躙しているかのような絵図だった。

 

『あんたは俺が討つんだ……』

 その時、シンは脳裏にビジョンを見た。

 ストライクに似たトリコロールの機体を駆り、吹雪が吹き荒れる雪山で切り結ぶ自分とフリーダムの姿を。

『今日!!ここで!!」

 そしてフリーダムを掲げた盾ごと対艦刀で突き刺し、相打つように機体の頭部を吹き飛ばされる自分を。

「……!?」

 シンは我に帰る。今見た景色は何だったのだろうか。自分はフリーダムを見たのは初めてであり、ストライクに似た機体に乗った経験もない。そして、あそこまで怒りを顕にし、獣のように戦う自分も知らない。

 シンは今見たものを振り払うかのように頭を振った。あの景色が何だったのかはわからないが、自分には関係ないことだ。今は、戦局の推移を見守りつつ、脱出と救援のタイミングを窺えばいい。

 今自分が最優先することは、家族のもとに生きて帰ることだ。生きて帰れば、あのビジョンのことを考える時間など幾らでもあるだろう。しかし、生きて帰るために考える時間は今しかないのだから。

 

 

 

 それから30分後、軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の介入で戦線が崩壊したことを受け、火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍侵攻部隊は退却した。火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍全体の損耗率は50%を超えており、その内、マリネリス基地に直接侵攻した220のMS部隊の内、無事に撤退できた機体は12、損耗率94%以上という圧倒的な敗北だった。

 しかし、戦場で無残に散ったMSの中にはデルタの姿はなく、マルスのコックピットも外部から強引に空けられた痕跡があり、中身は空であった。

 

 そしてこの戦いにおける軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の損耗率は0%――損傷機体0、総合撃墜数(スコア)は180。軌道降下兵団(オービットダイバーズ)はその戦略的な意義を十二分に果たし、初陣を文句のつけようのない完全試合で飾ったのである。


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