機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU 作:後藤陸将
現在E3ですが、これからは時間がとりにくくなるので期日までにE-6まで攻略できるか不安です。
「何なんだよ、あの化け物は……」
通信機から聞こえてくるタリサの声からも、彼女の動揺が感じ取れる。シンも一瞬その巨体にあの悪夢の中で見た三つ首の金属龍を幻視して血の気が引いている。ひょっとするとあれはただの悪夢ではなく、予知夢だったのではないかという疑念が沸き起こる。同時に、あの変態たちのことも思い出してしまったシンはそのことを忘れようと頭を振った。
「やられてたまるか!!」
シンはフットペダルを踏み込み、突撃砲を手にした不知火弐型を異形の怪物の下へと翔けた。目の前の相手がこれまでの相手とは違うことは分かっているが、だからと言ってビビッていることはできない。あの巨砲が基地に向かって放たれたならば、基地の被害は想像もつかないものとなるだろう。
『シン!!逸るな!!お前は側面から回り込むんだ!!』
佐伯の指示を受けてシンは噴射ユニットを勢いよく噴かせて敵MAの左方に回り込む。反対側には既に佐伯が回りこんでいる。挟み撃ちにこの巨体では反応できまい――シンがそう確信して突撃砲の引き金を引いた直後、MAの頭部が噴火したかのような激しい対空砲火が佐伯とシンを襲った。
シンは咄嗟に71式攻盾を構えて全力で離脱するが、離脱中に攻撃に耐えられなかった71式攻盾は破壊され、その衝撃でシンの不知火弐型は火星の大地に叩きつけられた。
「何て対空砲火だよ……この
シンは墜落の衝撃でグワングワンと脳が揺れていることを感じながら呟いた。隙間のない対空砲火を潜り抜けることはかなり難しい。しかも75mmの実体弾とビームの混成による弾幕のため、アンチビームコーティング処理された実体盾でも弾幕を潜り抜ける間持ちこたえることも難しい。しかも先程自分が放った120mm弾も全く効果が見られない。おそらく、あの巨体は全面がフェイズシフト装甲かトランスフェイズシフト装甲もしくは数年前に実用化されたヴァリアブルフェイズシフト装甲なのだろう。
もしもあの巨大なMAの全面が一枚板のフェイズシフト装甲であるとすれば、最悪の場合陽電子砲クラスの巨砲でなければ対処できないということになる。そうなれば自分達でこいつを阻止するのは不可能だ。
『佐伯大尉!!』
タリサの悲鳴のような叫びに反応したシンはハッとして敵MAの反対側にメインカメラを向けた。だが、メインモニターに映っていたのは猛獣に食い破られたかのように下半身を失った不知火弐型の姿であった。
『随分と出番が早まりましたね?』
「これもあの艦隊司令の阿呆のせいだ!!そして、そんな阿呆の出した作戦を却下できなかった俺のせいでもある!!」
二機の不知火弐型を未だに仕留められずにフラストレーションが溜まりつつあるアグニスは自身の副官であるナーエからの通信に鼻息を荒くしながら答えた。
『私も早速たかってきた蝿を二匹ほど追い払いました。先にすすみましょうか?」
「当たり前だ。そのために『マルス』を繰り上げて投入したんだ」
『では、私も定めを果たすといたしましょう……危ないですから、今後私の機体には近づかないでくださいね?』
ナーエはそう言い残すと50m近い巨体を浮揚させるためのブースターを猛々しく唸らせ、弾幕を展開しながら敵基地へと向かった。400t以上の巨体が土煙を巻き上げながら前進する姿は、まるで怪獣映画のようであった。
「流石だな、マルスは……」
アグニスはその姿を見送りボソリと言った。
GFAS-X1JG『マルス』日本軍を叩きのめすために火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍が用意した虎の子の兵器だ。元々は大西洋連邦が開発した試作機で、データ取りが終わって使い道がなくなり、維持費もかかるために解体処分される予定であった機体を譲渡されたのだ。
確かに維持費も高くつき、パイロットもかなり優秀な人材を必要とする問題児ではあったが、それだけ性能が高いのも事実だ。全長は約50m、重量400tオーバーの巨体はこれまで火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍が主力としてきた
当然装甲の厚さも、機体の出力も
大西洋連邦が行ったシミュレーションでは一機で都市どころか小国一つを落せるとまで評されており、現在大西洋連邦でもこの機体の運用を前提とした兵站や輸送システムの構築に力を入れているらしい。
火星圏開拓共同体でもGFAS-X1JGが大きな期待をされていることは、火星と同一視される軍神『マルス』の名を付けられていることからも分かるだろう。
本来であれば、『マルス』は敵基地にある程度の打撃を与えた後に軌道上の特殊輸送機から降下させ、動揺する日本軍を叩きのめす予定であり、このタイミングでの投入は計画から剥離していた。
日本側にはかの第二次ヤキンドゥーエ会戦にてザフトの大量破壊兵器、ジェネシスを崩壊させた特型20口径330cm要塞砲、通称デラック砲が存在する可能性があり、仮にそれを使われれば流石の『マルス』でも耐えられないと考えられたため、敵の基地機能を麻痺させた後に投入するのが安全であると作戦本部は判断していたのだ。
もっとも、彼らは知らないことであるが、マリネリス基地にはデラック砲などという代物は配備されていない。デラック砲を使わなければならない相手など、ジェネシスなどの超巨大要塞か、通常兵器の射的距離外で破砕するのが望ましい、確実に粉々にしなければならない地球への落下物ぐらいのものである。
マリネリス基地がそのようなものを相手にするという予定は全く存在せず、隕石などの火星への落下物も基地に配備されているメーサー砲で十分だと考えられていた。マリネリス基地もまさかこんな化け物が現れるなどということは想定していなかっただろう。
一応、日本側も大西洋連邦が月から巨大な何かを運び出してマーシャンに譲渡されたことは掴んでいたが、その中身までは把握できておらず、衛星兵器か何かだと考えていたらしい。巨大で頑丈、高火力のMAが運び込まれたなど想像もしていなかったのだ。
「さぁ、進め、マルス!!日本人どもにマーシャンの力を思い知らせろ!!」
アグニスは圧倒的火力で進路を切り開くマルスの姿に声を弾ませながら叫んだ。
「う……ウォォアア!!」
シンはフットバーを蹴っ飛ばし、不知火弐型を跳躍させる。そしてそのまま噴射ユニットの出力を上げて加速、敵MAの背部でビームを発射して高速で離脱した。だが、彼の放ったビームは敵MAが展開した光の幕によって防がれてしまう。
敵MAは、対空火器の砲身を後方に向けて不知火にむかって光りの幕の内側から弾幕を張る。不知火は全力で離脱し、進行方向に存在した敵MS部隊との交戦に入った。同士討ちを避けたい敵MAは弾幕を引っ込め、再度前進を始めた。
『アルミューレ・リュミエールまで持ってるのか!?シン!!お前は下がれ!!むやみに撃っても無駄だ!!』
甲田が一時引くように命じるが、シンはそれに応じない。
「大尉!!しかし、やつが基地を射程に収められる距離まで接近したら終わりです!!ここは自分が」
『おい!!まだ隊長からの指示が出ていないだろう!!』
「俺に任せてください!!」
シンはまだ諦めてはいなかった。甲田からの制止を振り切って再度シンは不知火の噴射ユニットを噴かして敵MAに接近を試みる。
『あの馬鹿野郎……甲田大尉、自分が掩護します!!』
『タリサ!?待て!!』
シンを見捨てられなかったタリサも彼を掩護すべく、突撃砲を敵MAに向ける。銃撃はアルミューレ・リュミエールに防がれるが、二機が同時に接近していることに気がついた敵MAは一箇所に弾幕を展開することはできず、同時に二箇所に展開せざるを得なくなる。そのため、弾幕の密度は先程よりも薄まった。その隙をシンは逃さない。
シンは匍匐飛行しながら不知火弐型の背部から74式近接戦闘長刀を抜き、その切っ先をアルミューレ・リュミエールの発振器に向けて突き出した。対光波シールド用に開発された刃は当然のように光の幕を突き破り、その奥にある発振器を串刺しにして機能停止させる。
光の幕に開かれた突破口に迷わず不知火が突っ込む。光の幕の中、それも足元に特攻してきたMSに対し、敵MAの反応は遅れてしまう。その隙にシンは愛機に長刀を振りかぶらせ、目の前の脚めがけて振り下ろした。狙いはフェイズシフト装甲に覆われていない関節部分だ。
「
シンの不知火が振り下ろした長刀は見事に敵機の膝関節を断ち切った。バランスを崩した敵機はたまらずよろけてしまう。そしてその隙にシンは敵機の直下から離脱を試みる。だが、脚を一本断ち切られた相手を敵MAがみすみす見逃すはずがない。弾幕を広く張り、シンの不知火の周囲にビームと75mm弾のスコールを浴びせる。
命中精度は低くとも、弾幕を張れば命中率が向上するのは自明の理だ。シンの不知火は弾幕を潜り抜けることはできず、全力噴射中の噴射ユニットに被弾してしまう。突如左右の噴射ユニットの出力バランスが狂ったことでシンの機体は制御不能に陥り、そのまま地面に叩きつけられてしまう。
シンの機体が地面に崩れ落ちたことを視認した敵機はさらに追い討ちをかけるべく、ネフェルテム503とイーゲルシュテルンの砲口をシンの不知火に向ける。アルミューレ・リュミエールを突破してこのMAに手傷を負わせるような脅威は確実に排除すべきだと踏んだのだろう。
『シン!!逃げろ!!やつがそっちを狙ってる!!』
タリサは必死になってシンに呼びかける。彼女の長刀は既に使い物にならなくなったために放棄しており、彼女には敵MAに対する有効な攻撃オプションが残っていなかった。シンは必死に呼びかけるタリサの声を耳にし、墜落の衝撃で混濁としていた意識を覚醒させる。
だが、それは同時に現状の認識と絶望をシンに与えた。シンは何とか逃げ出そうと試みるが、不知火弐型は先程の攻撃と墜落の衝撃で噴射ユニットを喪失し、左腕部操作不能、左足も操作不能という状態に陥っていた。もはや、自力で逃げ出すことは不可能だ。
「畜生!!諦めないぞ!!」
だが、シンは諦めようとはしない。脳裏に浮かぶのは、妹の脚の治療費の返済のために毎日働き続ける母の姿と、学費と自身の治療費の返済のために働きながらも毎晩遅くまで大学受験の勉強をしている妹の姿だ。
そして、あの日の――父を失った日の二人の姿が蘇る。自分が死んだら、また二人をあの時のように悲しませてしまう。それは絶対にできない。母と妹には二度とあんな顔をさせたくはなかった。
「諦めるかぁぁぁぁ!!」
シンが吼えたその瞬間、敵MAは地に墜ちた不知火弐型に向けようとしていた砲身を持ち上げ、突如対空戦闘体勢に入る。シンが目の前の敵の突然の行動に疑問を抱く前に、彼の機体は敵MAの行動の答えを警報音で示してくれた。
「上空より飛来する物体……?」
モニターに表示されるのは地表に落下する超音速飛翔体だ。シンはメインカメラが最大望遠で捉えた精度が荒い画像に映っていた装甲カプセルを見て目を見開いた。高速飛翔体の正体は軌道降下用の突入殻だ。
その突入殻が意味するものは大日本帝国宇宙軍が世界に先駆けて組織した降下強襲兵団の存在に他ならない。
MSを搭載した装甲カプセルは高度120kmで母艦から分離し、電離層をマッハ20で滑空、高度40kmでもマッハ7を維持し、そこから一分強でマッハ3以下の超音速域まで減速して高度2000mに達する。そこで装甲カプセルを分離し、分離したカプセルを盾にしながら強襲するのだ。
極小数の限られた戦力で敵後方に降り立ち、孤立無援の敵地で敵部隊を撹乱することを目的として設立された、精鋭無比、天下無双と称される帝国最強の特殊部隊――シンは彼らの通り名を身動きできない不知火のコックピットで一人呟いた。
「
マリネリス基地の危機に銀河の神兵が舞い降りた。
形式番号 GFAS-X1JG
正式名称 マルス
配備年数 C.E.73
設計 アドゥカーフ・メカノインダストリー
機体全高 51.25m
使用武装 Mk.62 6連装多目的ミサイルランチャー
1580mm複列位相エネルギー砲「スーパースキュラ」
高エネルギー超射程砲「アウフプラール・ツヴェルフ」
熱プラズマ複合砲「ネフェルテム503」
75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」
GAU111単装砲
モノフェーズ光波防御シールド「アルミューレ・リュミエール」
備考 見た目はMA形態で脚が細長く、四脚なデストロイ。また、デストロイとは異なりイーゲルシュテルンが円盤部の外縁のいたるところに設置されており、円盤下部には単装砲も4門装備している。
元々は単機での軍事拠点制圧というコンセプトで開発中の大西洋連邦の戦略装脚兵装要塞のテスト機である。複雑化してしまった機体制御のシステムや火器管制のコントロールは普通のナチュラルには不可能ということや、仮想的である接近戦技術に秀でた日本のMSを相手にするには不安が大きいということで未だ大西洋連邦では開発が続けられている。
この機体は大西洋連邦でコンセプト立証用のプロトタイプとして造られるも、実験を終えて用済みとなったためにマーシャンに譲渡されたものである。巨体のバランスを二本足で保つのは難しいということもあり、試験的に四本脚を導入していたり、脚も機体の全高を底上げして高所からの攻撃能力を向上させるために長めに造られている。
本来であればMSへの変形機能がついているはずだったが、所詮はプロトタイプであるし、またMSへの変形時に脚部にかかる負担が大きすぎ、四本脚では変形に支障をきたすということで変形機能はオミットされている。
大西洋連邦でのテスト時には陽電子リフレクターを装備していたが、流石に彼らに最新の軍事技術を供与することは拙いと考えられたために、アルミューレ・リュミエールに換装されている。
マーシャンに引き渡された後には「イーゲルシュテルン」とGAU111単装砲が増設され、対空防御能力が向上している。マーシャンの切り札としての活躍が期待されている。
無茶するから撃墜されるってことを学習しないシン君。ピンチになれば光の巨人になればいいなんて考えはここでは通用しませんが。