機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU   作:後藤陸将

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お久しぶりです。ようやく時間が取れました。


PHASE-7.5 暗中模索

 C.E.79 4月3日 大日本帝国 内閣府

 

 定例の閣議の後に設けられた時間を使い、深海内閣の面々は内閣府の会議室に召集された。用件は勿論、数日前に火星で発生した武力衝突についてに他ならない。深海は会議室を見回して出席者が揃ったことを確認すると、その視線を権堂に向けた。

「まず、火星戦線の現状について知りたい。権堂大臣、防衛省に現時点で入っている情報を教えてくれ」

「了解しました。説明は情報管理部の片桐光男中佐が行います」

 権堂に促されて彼の隣に着席していた剃刀のような鋭い印象を持つ長身の男が起立する。彼から滲み出る自信のようなものが、長身な彼を一層大きく見せているように深海は感じた。

「片桐です。では、戦闘の経緯から説明したいと思います。昨日、日本時間○七四○、我が国と火星圏開拓共同体の国境であるノクティス・ラビリンタスに火星圏開拓共同体のMSを主力とする部隊が侵攻、我が国の資源採掘基地に砲撃を加えました。その後資源採掘基地からの救援要請を受けたマリネリス基地の部隊が駆けつけて、これを撃退しました。現在、マリネリス基地所属の機体は消耗が激しく、偵察機を除いて全てノクティス・ラビリンタスから撤退しています。マリネリス基地は再度の侵攻があっても、こちらから援軍を送るまでは手を出さずに持久に入る方針のようです。現在我が軍は彼らへの増援部隊を編成中で、今日中には増援部隊を派遣する予定であります」

「……片桐中佐、よろしいでしょうか」

 会議室に響いた凜とした声は、この場で唯一の女性閣僚にして、最も若い閣僚でもある煌武院悠陽文部科学大臣のものだ。

「私は軍事の分野にあまり明るいわけではございません。されど、圧倒的な戦力差が我が国と火星圏開拓共同体にはあり、そんな状態で火星圏開拓共同体が戦端を開いても確実に不利になることは理解できます。何ゆえに彼らは戦端を開いたのでございましょう?」

 火星に日本が常駐させている戦力は基地航宙隊の不知火弐型一個大隊36機、宇宙軍火星方面隊の第八艦隊だけである。それに対して、開戦前にマーシャンが保有していたMSはおよそ300機ほど、巡洋艦は10隻ほどだ。

 帝国宇宙軍は、火星で本格的な武力衝突が発生した場合、基本的にはマリネリス基地に篭城し、増援の到着を待って反撃するという防衛計画を立案していた。そもそもこちらから火星圏開拓共同体の領土に侵攻するということは想定しておらず、あくまで自衛のための必要最低限度の戦力しか駐留していなかった理由の一つがこの戦略によるものである。

 また、本土から遠く離れた場所に大規模な戦力を駐留させ続けることは中長期的に見ても大きな負担であり、いざとなればマキシマオーバードライブ搭載艦をすぐに増援にまわせるということもあったため、敵と互角の規模の部隊を駐留させることはできなかったという理由もある。

 ただ、だからと言って火星に駐留する戦力を捨て駒にする気も宇宙軍にはなかった。そこで宇宙軍は不知火弐型という安土でも配備が進んでいない最新鋭機を惜しみなく配備し、特に優秀な部隊を優先して配属していたというわけだ。

 つまり、優れたな兵器を使う精鋭の兵士が立てこもる敵陣地を奇跡的に火星圏開拓共同体が攻略できたとしても、その後には必ず前回の大戦で無双と讃えられた大日本帝国宇宙軍の誇る聯合艦隊が襲来するというわけである。普通は戦端を開こうとはしないはずだ。

 現在のところ、この聯合艦隊と正面から戦える戦力を保有しているのは大西洋連邦ぐらいである。火星圏開拓共同体の数百機のMSと10隻程度の巡洋艦で太刀打ちできるはずがない。 

 今回は事前の方針に反し、竹林宗治マリネリス基地司令がまず敵にひとあてすることと、資源採掘基地に残る人員の救出を優先したために打って出たが、この戦力差で打って出るほどに大胆で、かつ敵に大打撃を与えられるほどに戦略眼に秀でた名将はその精強さで名を知られる帝国軍の中でも数人しかいないだろう。

 竹林がそんな優秀な指揮官であるからこそ、マリネリス基地を任されているのだ。

「今回の侵攻の背後には、彼らを唆している第三勢力の意図があると情報管理部では分析しています」

 片桐は淡々と質問に答える。

「マリネリス基地からの報告によれば、敵機は殆どが大西洋連邦のダガーLだったとのことです。そして、敵自走砲部隊には、大西洋連邦の遠隔操作式の自走砲が多数配備されていたとの報告も受けています。つまり、大西洋連邦こそがマーシャンを唆した犯人である可能性が非常に高いです」

「仮に、大西洋連邦がマーシャンの背後にあったとして、大西洋連邦の思惑はいったいなんなのだろうか?」

 土橋官房長官が視線を向かいの席に座る椎名情報局長に向ける。

「情報局では、何か掴んでいないのか?」

「現時点では確証はありませんが、おそらくは火星の資源利権獲得と、我が国によるネオフロンティア計画の妨害の狙いがあるものと思われます」

 

 

 前回の大戦終了時、まだ火星に本格的に入植している組織は後に火星圏開拓共同体と改名されるマーズコロニー群しかなかった。そんな彼らでさえ過酷な火星での環境に適応することはできず、生活は専らコロニーに依存しており、火星の大地の一部に設置された資源採掘地での採掘作業以外のことができる状態ではなかったことからも火星開発事業の難しさが分かるだろう。これは当時の彼らの技術力、資金力の限界によるものだった。

 火星の大気は生物が生きられる環境ではなく、気温も冬のアラスカ並ということもあって火星に居住することは非常に難しく、そんな環境下での資源採掘は至難の業であった。費用の割りに成果が乏しく、更に採掘された資源を地球に輸出しようにも距離が離れすぎているために投資先としての旨みはないと各国が判断して援助をしり込みしたのは当然のことと言えるだろう。

 しかし、技術的限界から半世紀近く滞っていた宇宙開発事業は、日本で開発された画期的な新技術の恩恵を受けて飛躍的に進むことになる。その発明こそが、防衛省特殊技術研究開発本部原子物理学主任研究員八尾南晩博士が20年の歳月を費やして実用化させた光を推進力とする新時代のエネルギー機関、マキシマオーバードライブである。

 この発明により、人類はこれまで数ヶ月かかることがザラだった惑星間航行にかかる時間を大幅に短縮することが可能となった。そして、距離的制約と技術的制約を一度に取り払うことにより、深宇宙開発を新たなステップに進出させたのである。

 いち早くマキシマオーバードライブを実用化させた日本は早速その資金力に物を言わせて一大船団を構成、宇宙軍が完成させたばかりのマキシマオーバードライブ搭載型輸送揚陸艦を総動員して火星への入植を始めた。

 次々に送られてくる潤沢な物資に必要な人材を活かして日本は1年以内に根拠地となる基地を造り上げ、さらに数年で資源の採掘までも開始した。これに焦ったのが先に火星に入植していたマーズコロニー群だ。

 大西洋連邦が月に資源採掘基地を建設したことを受けて締結された『宇宙資源の採掘権と宇宙における領土、排他的経済宙域に関する条約』では、100人以上の人間が半年間外部の補給なしで生活が可能で、かつその地点から動かせないように建造された(着陸させた宇宙船などを除いた)居住施設を中心に半径100kmを居住施設を保有する国の領土と認め、半径500kmを排他的経済域に指定するとしているため、日本が次々と居住施設を建造すれば、火星の無人地帯の領有権を奪われることになるのである。

 そして日本はマキシマオーバードライブの快速によって人材も資材も凄まじい早さで火星に運び、10個以上の基地の開設によって現地の主だった資源地帯の領有権を確立させた。国力と技術力に大きな差があるマーズコロニー群では到底これに対抗できず、事前に領有していた数少ない地上基地以外に2つの基地を新たに開設するのが精一杯だった。

 マキシマオーバードライブは宇宙の勢力圏も、人類の宇宙進出の歴史も塗り替えたとも言えよう。現在では日本の一個艦隊がマキシマオーバードライブを備えているが、軍よりも優先して火星―地球間の資源輸送船や貨客船にもマキシマオーバードライブが搭載されて開拓を支えている。

 勿論、マーズコロニー群を始めとした各国も日本と同じように新型の推進機関という宇宙開発に欠かせない技術の開発を怠っていたわけではない。しかし、適切な資金と優秀な科学者を集めたところで、一朝一夕にこの科学の壁を乗り越えることができるわけがないのだ。

 研究の行き詰まりと財政事情もあり、各国は相次いで単独でこの事業を続けることを断念し、共同出資でD.S.S.D(深宇宙探査開発機構)を設立することを選択した。勿論、いざとなれば研究の成果を独り占めする狙いがあった出資国は職員や技術者の中にも多数の工作員を紛れ込ませており、虎視眈々と新技術を狙っていた。

 しかし、惑星開発事業を軌道にのせるために必要なテクノロジーを作り出すことを求められて設立されたD.S.S.D(深宇宙探査開発機構)は、日本が先んじてマキシマオーバードライブを開発したことでその存在意義を完全に否定されてしまう。

 D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)の研究は無駄であったと結論づけられたために各国は資金と技術者を引き上げ、僅かばかりの研究成果を分配された後にD.S.S.D(深宇宙探査開発機構)は解体されるという結末を迎えた。

 D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)で開発されていた新型推進機関に期待して少なくない額を出資していたマーズコロニー群はこれによって開拓を進める希望であった新型推進機関の獲得の夢が潰えた。

 それ以外の各国はその後日本に追いつけ追い越せとマキシマオーバードライブの開発を始めたが、その間にも日本は量産したマキシマオーバードライブ搭載艦を利用して驚異的なスピードで宇宙開拓を進めていく。

 マキシマオーバードライブの発明から7年が経過した現在では東アジア共和国、ユーラシア連邦、大西洋連邦の各国がマキシマオーバードライブの保有に成功しているが、序盤に出遅れたツケは大きかった。

 既に火星では日本が主要な資源地帯に基地を建設して領有権をほぼ独占、小惑星帯にある主要な資源衛星もほぼ独占されていた。各国は日本がまだ手を出していない宙域にこぞって手を出しているが、先んじて優良地を独占していた日本ほどには実入りはよくない。

 自分達が復興に力を入れている間に飛躍的な発展を遂げた日本を各国が快く思うかと言われれば、そうとは言い難い。特に世界の覇権国家である大西洋連邦としては、自分達の地位を脅かす日本は脅威であった。これ以上日本が勢力を強めないようにこの段階で手を出してくることは十分に考えられる動機だと椎名は分析していた。

 

 

「……背後に大西洋連邦がいるとなると、マーシャンと交渉するよりもそちらを優先したほうがよさそうだな。交渉次第ではあちらの思惑を確定させることもできる。そうなれば、決着のつけ方も分かってくるだろう」

 深海は視線を珠瀬外務大臣に向ける。

「外務大臣、なるべく早くワシントンに飛んでくれ。ネオフロンティア計画の遅延はできるだけ避けたい」

「総理、お待ち下さい!!」

 珠瀬が了承の意を示す前に、権堂の声が会議室に響き渡った。

「総理、仮にマーシャンの背後に大西洋連邦がいて、情報局の推測通りの動機があった場合、総理はどのようにして今回の紛争の決着をつけられるつもりでしょうか?」

「大西洋連邦にはこの件から手を引かせる。これを呑めないのであれば、食糧の輸入制限などの経済制裁も辞さないつもりだ。火星の利権で引くつもりは一切ない」

「では、マーシャンに対してはどのような決着を?」

「今回の紛争を起こしたことを認めて公式に謝罪してもらうことは欠かせない。最低でも我が軍が被った損害の賠償と共に我が国が保有する利権の承認、交渉次第では資源地帯の割譲も視野にいれている。珠瀬外務大臣、この条件で決着をつけられるかね?」

 珠瀬はしばし首を捻ってから答えた。

「マーシャンはおそらく、大西洋連邦が折れれば確実に折れるでしょう。しかし、問題は大西洋連邦です。かの国は簡単には折れないでしょう。交渉は難しいと思われます」

「君でも難しいのか?君はプラント分割でも大西洋連邦と互角以上に渡り合った我が国でも指折りの外交官だろう?」

 土橋の問いかけに珠瀬は苦笑した。

「外交畑に入って長いですが、私とて常に上手くいくわけではありませんよ。それが外交と言うものです。それに、先程情報局では、大西洋連邦の思惑があるということでしたが、かの国の政策は財界の意思で左右されるものです。仮に今回の武力衝突に財界が関わっていれば、財界の納得する結果でなければかの国は折れますまい。交渉が難航することもが予想されます。経済制裁を仄めかしてどれだけあちらのロビー団体が動いてくれるかでしょうな」

 外交の玄人である珠瀬の発言に会議室は重苦しい空気に包まれる。

「……総理、現状の我が国では外交の際に切れるカードが少ないことも事実です。ここは、交渉を有利に進めるために戦果を求めるというのも手ではないでしょうか?」

 権堂は言った。

「報告によれば、現在までの我が方の損害は巡洋艦『畝傍』並びに資源輸送艦『第三摂津丸』撃沈、『最上』『古鷹』中破、『青葉』『多摩』小破、修理不能機を含めてMS10機喪失です。また、情報局の調べによると、火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍の損害は巡洋艦2隻小破、MS輸送船4隻中破、MS70機喪失、自走砲120門喪失となっております。マリネリス基地に増援が到着次第攻勢に出れば火星圏開拓共同体を屈服させることも可能では?火星圏開拓共同体の継戦能力を奪い、マーズコロニー群を直接攻撃できる状況にもっていけば、大西洋連邦など無視して直接火星圏開拓共同体と決着をつけられます」

「それでは、国際紛争を解決する原則に反します!!まず外交交渉で解決を試み、それでも解決しない場合にのみ軍事力を行使することが国際社会のルールですよ!!」

 宮田は席を立ち、権堂の主張に異を唱えた。

「だが、現状では外交での解決の目処が立たないことも事実だ。軍事力で決着をつけろと言っているわけではない。あくまで、外交を有利に進めるための布石として軍事力を使うにすぎない!!」

「しかし、武力を安易に使うことは国家の安寧と国民の命を護ることを是とする陛下の恩御心に反します!!」

「決着の目処がつかない外交で紛争を長引かせ、多くの兵を死なせることの方が陛下の恩御心に反しているではないか!!そもそもこの紛争を仕掛けたのは――」

「権堂大臣、そこまでにしたまえ」

 声を張り上げかけた権堂を深海が制する。

「例え外交交渉で決着をつけられる目処がなかったとしても、外交交渉を放棄する理由にはならない。外交を軽視してまず軍事力に打って出るという悪しき慣例を残すわけにはいかない」

 深海の言葉に宮田は胸を撫で下ろすが、権堂は不満げだ。だが、深海はさらに険しい顔を浮かべながら続けた。

「だが、権堂大臣の主張も一理ある。外交交渉と同時に軍事的な手段も用意しておく必要がある。宇宙軍にはいざとなれば即火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍を壊滅させることが可能な戦力を用意してもらわねばなるまい」




やはりおっさんの会話はいいですなぁ。
書きやすい書きやすい!!

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