機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU   作:後藤陸将

12 / 37
PHASE-5 ノクティス・ラビリンタス事変

C.E.79 4月2日 火星 マリネリス基地

 

 シンがマリネリス基地に赴任してから数日がたち、シンも同じ隊の仲間のことが分かるようになってきた。

 まず、隊長の響中佐だ。彼は一言で言えば、雷親父というやつだった。体育会系のノリや少々強引なところもあるが、部隊を指揮する時には冷静沈着で適切な判断を下す頼もしい指揮官だと思う。平時の豪放磊落っぷりと部隊指揮時のギャップもこの部隊のアットホームな雰囲気の醸成に一役買っているのだとシンは思う。実は高校生の娘さんがいるんだとか。

 副隊長の甲田俊之大尉は熱血漢だ。どのくらい熱血漢かというと、超熱血ということで有名な元テニスプレーヤーくらいだ。だが、彼はよくクサイ台詞を吐く。弓村中尉曰く、宇宙開拓にロマンを感じて宇宙軍に志願したロマンチストらしい。このアットホームな部隊では『長男』なポジションにある。

 次いで、弓村涼中尉。彼女はこの隊一の腕前を持つエースパイロットだ。かつてはあの『山吹の姫武将』篁唯依少佐が率いる安土航宙隊第13航宙戦隊隷下白い牙大隊(ホワイトファングス)に所属していたらしい。あの隊は才色兼備の大和撫子揃いと呼ばれているから分からなくもない。

ただ、雁屋少尉曰く、彼女は女傑というやつらしい。勝気で手を出してきた男を例外なく打ちのめしているのだとか。そんな内面を知っていると花を愛でる姿が物凄い似合わないように感じるのだという。部隊では厳しい『長女』なポジションだろうか?

 雁屋公平少尉は真面目なタイプの人間だ。自負するように射撃の腕前はかなりのもので、支援突撃砲による狙撃は恐ろしいほどに正確だった。突出しがちな新米前衛にとっては非常に頼もしい後衛である。

あのヘルメットを被っても体力トレーニングしても崩れない『カリヤヘアー』は一体どうやってセットされているのであろうか?個人的にはかなり気になっている。

 趣味は考古学で、歓迎会を兼ねた飲み会では超古代先史文明について延々と語られた。絡み酒で非常に鬱陶しかったことを追記しておく。

中島勉少尉は元整備士というだけあってMSに非常に詳しい。着任当日の演習の後、自分達の機動を事細かに分析し、機体に負荷がかかりやすくなっている機動などについての講習をしてくれた。あれはかなり参考になる講義だったと感じている。OSや各部調整の最適化にも一役買ってくれており、宛がわれた機体への慣熟も予定より早く進んでいる。

 部隊で一番の大食いで、基地内の食堂ではフライドチキンをバケットで食べていた。よく胸焼けしないと思う。

 そして佐伯礼二大尉。この人ははっきり言ってキャリアを絵に描いたような融通の利かない几帳面な人だ。絡みづらいため、今でもあまり分からない人だ。

 最後にCPの緑川舞曹長。彼女ははっきりいって見た目も中身も女子高生と変わらない。一応宇宙軍通信学校を首席で卒業したというのだから、人は見かけにはよらないものだ。自称マリネリス基地のアイドルらしく、一応ファンクラブがあるらしい。

 まぁ、端的にまとめれば彼女は艦隊のアイドル(笑)な某『燃料4弾薬6鋼材34ボーキサイト20』な娘ということか。

 因みに、残りの4人の隊員にはまだ会えていない。護送するはずだった輸送船の機関が不調のため、資源採掘地から帰れないらしい。今は資源採掘地の駐屯所で待機中なんだとか。

 

「この基地の人たちもまぁ、個性的な人が多いよなぁ」

 基地の食堂でシン相手にそう口にしたのはタリサだ。彼女は生来の気質からか、すぐにこの隊の雰囲気に染まった。シンの目からすると、ポジション的には活発な末っ子といったところだろうか。

「まぁ……な。けど、この雰囲気は嫌いじゃない」

 この火星は日本の勢力圏の中で現在最もきな臭い場所だ。いつ最前線となってもおかしくない。そんな中で緊張感を抱えて神経をすり減らす毎日でも、このような雰囲気であればストレスを過度に蓄えることもなく、緊張感が緩みすぎることもないだろう。

 そんなことをシンが考えていた時だった。突如食堂に緊急事態を知らせる警報音が響き渡った。

『ノクティス・ラビリンタス資源採掘基地より緊急電!!本日○七四○火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍が越境、侵攻を開始せり!!航宙隊は直ちにハンガーに集合せよ!!』

 タリサとシンは食べかけのハヤシライスを残して即座に席を立つ。そして一目散にハンガーを目指した。

「就任早々なんてこった!!」

「これも歓迎イベントってやつなのか!?」

 無駄口を叩きながらも二人の足は止まらない。着任早々ではあるが、生命を賭して戦う場面を前に浮かれてはいられなかった。

 

 

「待ってたぞ!若造!」

 シン達がハンガーに飛び込むと、既に彼らの機体は推進剤も補充されて発進を待つばかりにセッティングされていた。

「隊長!!状況は一体!?」

 タリサが尋ねるが、響は答える暇は無いとばかりに彼らにパイロットスーツを投げ渡した。

「その隅でとっとと着替えろ!!作戦概要は航行中に説明する!!今は時間がないんだ!!」

 告げられた命令にタリサは赤面するが、彼女が口を開く前に響の檄がとんだ。

「前線ではそんな羞恥心を抱いている暇はない!!そんな貧相な裸を顕にする羞恥心と仲間を見殺しにした時の羞恥心など比べるまでもないだろうが!!」

 その口から漏れかけた言葉をタリサはグッと飲み込み、顔を赤らめたままハンガーの隅にダッシュした。

「貴様もだ飛鳥!!あのガキの裸を見る暇があったらとっとと着替えてこい!!」

「は、はい!!」

 響に背を思い切り叩かれたシンはタリサに続いてハンガーの隅に走った。そして隣にいるタリサの存在を意識しないようにあえて背を向けて上着を脱ぐ。

「こっち見たら殺すぞ……」

 後ろから聞こえてきた物凄いドスのきいた声に、シンは冷や汗を流す。

 面倒だからズボンといっしょに下着も脱ぎ捨て、特殊保護皮膜のスーツを足から履き、胸まで引き上げて両手を袖に通す。そして背部のジップを閉じると同時に皮膜はシンの身体にぴったりと張り付いた。

 正直、シンはこの感覚が苦手だ。全身にフィットするということは、当然下半身にもピッタリ張り付くということだ。若干締め付けられるような感覚は男なら大なり小なり不快感が皆あるものである。因みに、同期生の中では不動がもっともこの感覚を苦手としていた。その理由は言わずもがなである。

 皮膜スーツを着たシンはその上から更にウェットスーツににも似たパイロットスーツを着る。着替えの要領はウェットスーツとほぼ変わらないため、すぐに着替えは終了した。そしてシンはヘルメットを片手に自身に宛がわれた愛機の元へと駆け寄った。

 彼の愛機は配備が昨年から始まった帝国宇宙軍の次期主力MS、不知火弐型だ。最新鋭のMSを優先して配備し、基地一つのMSを全て陽炎改から更新したというのだから、日本政府が火星の開発と情勢の変化にどれほど注目しているかがわかる。

「大門さん!!いけますか!?」

「おう、坊主!!推進剤の注入が後5分かかる!!その間に設定の調整はやっておけ!!」

「了解!!」

 整備班の大門班長に一声かけたシンはそのままコックピットに滑り込む。着座によってパイロットスーツとMSを接続し、網膜投影を開始したシンは響に通信を繋いだ。視界の隅にウィンドウが開かれ、パイロットスーツに身を包んだ響の姿が投影される。

「響隊長!!飛鳥シン、MSに搭乗しました!!推進剤注入に後5分かかるので、その間に機体の調整を行います!!」

「動きが遅いぞ馬鹿者!!もっと素早く行動しろ!!いいか、推進剤の注入が終わるまでに機体のチェックを済ませるんだ!!」

 通信が繋がれた途端に響は檄を入れる。その姿はまさに鬼上官である。だが、初めての出動ということで緊張している自身にとって、このようにどっしりと構えてくれている上官がいると非常に心強いのは確かだとシンは感じていた。

 

 

『CPより航宙隊第一中隊(イーグルス)。ノクティス・ラビリンタスに先行した航宙隊第二中隊(バファローズ)から報告きました!!』

 出撃準備を終え、カタパルトへと移動したところで緑川曹長から通信が届いた。スピーカーから発せられる声からは普段の快活な彼女らしくない焦燥が感じられる。

『……資源採掘基地に駐屯していた小隊の生存は確認されていません!!敵機は100以上、機種は連合のダガーL並びに未知の新鋭MS(アンノウン)!!』

 航宙隊第一中隊(イーグルス)から派遣されていた一個小隊も全員生存は確認できていないということは、まだ見ぬ四人の先任は全員戦死したのだろうとシンは推測して苦い顔をする。だが、歴戦の猛者である響は悲愴感など全く見せずに対応した。

『ダガーLか……大西洋連邦の機体だな。未知の新鋭MS(アンノウン)は直接確認するしかないか。それで、やつらは今どこにいる!?』

『現在、ノクティス・ラビリンタスの駐屯地方面とマリネリス基地南方に複数の機影を確認!!駐屯地が敵の激しい攻撃を受けているので、主力はおそらくそこかと!!基地司令からも駐屯地の応援に向かうように命令が!!』

『よ~し、分かった!!各機、これより我々はノクティス・ラビリンタスに向かう。最優先目標は資源採掘施設の安全確保だ!!ヘマするんじぇねぇぞ、特に新米!!』

「は、はい!!」

 注意を受けたシンは緊張した声で応えた。

『いいか、お前らはこれが初陣だ。任務の達成が軍人に求められる役割だが、帰還するまでが任務だぞ。絶対に生きて帰って来い!!』

「了解!!」

 

 そしてシンの駆る不知火弐型はカタパルトへと移動する。

「全システムオールグリーン……発進準備完了!!」

『了解、射出タイミングをイーグル11に譲渡します』

 シンは保護皮膜にある自身の肌に張り付いた汗に気持ち悪い感覚を覚えていた。一言で言えば、着任早々の命を賭けた実戦ということで彼はビビッているのである。だが、それもCPの緑川曹長にはお見通しだったのだろう。

『……飛鳥少尉、もしも撃墜数稼げたら、デートしてあげるからね~』

「ちょ、緑川曹長!?」

 突然のデートのお誘いにシンは動揺する。彼にも女性経験というものは少なからずあるため、このようなやり取りに耐性がないということはない。だが、年下……というか妹属性のある女性から向けられる好意というものに彼は弱かった。それが育った環境のためか、性癖のためかは不明である。因みに彼の同期のF氏の証言では、彼はシスコンでロリコンとのことである。

『因みに~~撃墜数がドベだったら涼先輩をデートに誘ってもらうからね』

「ちょ……待って下さいよ曹長!!俺はアラサーには興味は……」

 だが、うろたえるシンにここで追い討ちがかけられる。

『ふ~ん、アタシみたいな年増に興味はないってことなんだ』

「ゆ、弓村中尉!!誤解です、俺は……若い子が好きってだけで」

 その場を取り繕うとして更に墓穴を掘り、収拾がつかなくなってアワアワしているシンを見かねた響がここで助けに入った。

『飛鳥!!貴様はとっとと出撃しろ!!後がつかえているんだ!!そして舞!!貴様も新米をからかって遊ぶな!!』

『りょうか~い。じゃあね、飛鳥少尉。戦果を期待して待ってるからね~』

 緑川曹長は反省した様子を全く見せないまま回線を切った。シンもこれ以上響にどやされたくは無かったので、素直に発進シークエンスを開始する。心なしか、先ほどまで身体を支配していた緊張感が軽くなった気がする。きっと緑川曹長は初陣の自分を気遣って緊張を和らげようとしてくれたのだろう。シンは彼女に素直に感謝の念を抱く。

 シンは覚悟を決めた。後は自分のやれるだけやると決め、スティックを握り締める。

「イーグル11、飛鳥シン、行きます!!」

 いつかは世界にその名を轟かせる若鷲が、火星の赤き空へと飛び立った。この日から幾多の戦場を潜り抜けることで若鷲は真の猛禽へと進化していくことになる。

 

 

 

 

 

形式番号 TSF-Type4Ⅱ

正式名称 四式戦術空間戦闘機『不知火弐型』

配備年数 C.E.78

設計   大日本帝国防衛省特殊技術研究開発本部

機体全高 19.8m

使用武装 78式支援突撃砲

     74式近接戦闘長刀

     71式攻盾ユニット

     肩部搭載型ミサイルユニット

 

備考:Muv-Luvシリーズに登場する04式戦術歩行戦闘機『不知火・弐型』Phase-2そのもの。

   ただし、脹脛の部分にスラスターを内蔵している。

 

ヤキンドゥーエ戦役末期、ザフトのエースパイロットが駆るドラグーン搭載MSと互角にやりあった不知火は軍上層部からも高く評価されたため、終戦後まもなく不知火量産化計画が始動した。

しかし、不知火という機体は『予算度外視で科学者(へんたい)がかんがえたさいきょうのきたい』である。一機当たりの調達価格が常軌を逸しており、これを量産したら敵を滅ぼす前にこちらが滅んでしまうことが確実だった。

だが、かといって量産計画を破棄することは惜しい。そこで軍は武装のダウングレードによるコストダウンを考えた。

まず、プラズマグレネイドをオミットした。敵の攻撃をプラズマエネルギーに変換し、収束・増幅して肩部から展開される砲門より発射する超兵器だが、この兵器は全身の装甲に行われているダイヤモンド・コーティングあってこそものだ。

だが、このダイヤモンド・コーティングというのはMS1機に施すだけでもMS10機分以上に相当する費用がかかるなため、とても量産機に施すことはできなかった。ダイヤモンド・コーティングのオミットに伴ってプラズマグレネイドはオミットされたのであった。

 

背部に搭載している専用武装、『則宗』も一本ずつ鍛造して造られているために量産は不可能だった。そのため、これも『撃震』から採用実績のある70式近接戦闘長刀に換装された。

装甲もTA32ではなく、チタン系合金に変更され、CPUも特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)の魔女謹製の一品から帝洋グループの電子部門が量産化に成功したばかりの最新のCPUに換装された。噴射ユニットも富嶽重工が開発した新型の『祭』に換装され、頭部の各種センサーも現有機のものに換装したために頭部形状も若干変化した。

各部に使用されていた剛性の高い部品や耐久性の高い部品もより廉価なものに換装し、これでようやく量産機相当の調達価格になったと技術者達は喜んだが、喜ぶのはまだ早かった。試験機にて演習したところ、噴射ユニットの出力の低下に伴い、3次元機動性能が著しく低下していたのだ。

不知火は大出力の噴射ユニットのノズル操作とAMBAC制御、補助スラスターの細かい操作によって世界最高峰の機動性を実現した機体だ。つまり、大出力噴射ユニットに振り回されない一部のエースパイロット以外ではその機動性を全く発揮できない超問題児だった。しかし、その機動性能は大出力噴射ユニットに依存していたものであり、噴射ユニットの性能低下は即ち機動性の大幅な低下と同意義だったのである。

コストダウンすれば陽炎改以下の性能になってしまうという現実に悩んだ結果、技術者達は肩部にスラスターユニットを増設することで問題の解決を図った。これは量産試作機まで完成していた陽炎改高機動型に取り入れられていた機構を流用したもので、この機構の採用により若干コストは上昇したが、機動力の低下は許容範囲まで抑えられたために問題視されなかった。

 

開発から正式採用まで7年もかかった弐型だが、基礎設計が7年前の機体であるにも関わらず各国の新型機に全く見劣りしなかった。これは7年前の特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)科学者(へんたい)たちの設計思想が数年後の世界の設計思想よりも先進的であったことに他ならない。つまり7年が経過してようやく他国が不知火の設計思想に追いついたとも言い換えられる。

ロールアウトした不知火弐型は情勢が緊迫しつつあった火星に最優先で配備され、火星に駐屯する部隊はC.E.79年の4月までに全部隊が不知火弐型に機種転換を終了した。今後は航宙母艦の艦載機としても配備が進められる予定となっている。




さて、ズンダ海峡にでも行ってきます。ピーコック島から帰ってくるまではペースが乱れそうです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。