機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU   作:後藤陸将

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今回の話はΔアストレイを読んでいないとあまりよく分からないかもしれません


PHASE-4.5 功利主義者

C.E.78 12月2日 大西洋連邦 ワシントン

 

 この日、国務省の応接室には珍しい客人がいた。仏頂面した若者と受けのよさそうな笑みを浮かべた若者の二人組みだ。また、二人の衣装は地球上では見かけないどこか民族衣装的な雰囲気のするものだった。

「はじめまして、私が大西洋連邦国務長官のウィルソン・マルコンスです」

 齢40にして国務省の主となった男、ウィルソンはにこやかな笑みを浮かべながら会談相手に握手を求めた。会談相手の若者は、顔に貼り付けた表情を変えぬまま差し出された手を握り返す。

「火星圏開拓共同体の全権大使を任されたアグニス・ブラーエです」

「副官のナーエ・ハーシェルです」

 ウィルソンと握手を交わした異邦人は彼に促されるままにソファに腰掛ける。そして、アグニスが前置きもなく本題を切り出そうとする前に応接室の扉が開かれ、ウィルソンたちの前に紅茶を淹れられた。

「さぁ、どうぞ。冷めてしまわぬうちに」

 ウィルソンに勧められるままにアグニスたちも紅茶を口にする。同時に、仏頂面を崩さなかったアグニスの顔も微かに緩んだ。

「美味しいお茶ですね……火星でつくられているものとは比べ物になりません。一体これにはどんな品種改良を?」

 ナーエの質問にウィルソンはにこやかに答えた。

「品種自体は何世紀も前から変わっていませんよ。……ただ、この紅茶は東アジア共和国のセイロン島の最高級の紅茶でしてな。私のお気に入りなのですよ」

 

「早速だが、本題に入りたい。我々が日本の侵略を受け、我々が開拓するはずだった大地を奪われていることはご存知だろうと思う。そこで、我々火星圏開拓共同体は貴国に援助を要請したい」

 紅茶を飲み終えてから間髪いれずにアグニスは本題を切り出す。まるで初めからこの交渉以外には興味が無かったと言わんばかりの勢いだ。

「マキシマオーバードライブを持つ日本は、全てを自給しなければならない我が国とは異なり地球から短期間で開発用の資材や人員を都合できる。当然、そうなれば開発のスピードも日本側が有利なことは自明の理だ。そして、日本はその開発スピードに物を言わせて火星での領地を拡大させている」

 捲くし立てるアグニスを補佐すべく、ナーエも口を開く。

「Mr.ウィルソン。日本により火星の開拓が進み、火星の資源を独占されるということは貴国としても避けたいのではありませんか?」

 これまで聞き役に徹してきたウィルソンがここで口を開く。

「確かに貴国の主張も尤もではありますな。元々、我が国もこの状況を座して待つつもりは毛頭ありませんでした」

「では!!」

 アグニスが期待から身を乗り出す。だが、ウィルソンは逸るアグニスを静かにかざした右手で制した。

「ですが、我々もそう簡単に援助をするとは言えません。貴国への援助は同時に日本に対する間接的な制裁に等しいですからな。その場合、日本が報復措置として我が国に対して経済制裁を課すことも十分に考えられます。日本からの経済制裁となると、我が国の経済にも無視できない影響が出ることでしょう。世界経済というのは、大国の景気変動(クシャミ)一つで世界的恐慌(感染爆発)になるほど虚弱ですからな。勿論、我が国もある程度の抵抗力は持っておりますが、それでも影響は抑え切れません。少なからざる国民を不幸にしてしまうことは避けられないでしょう。我が国は弱き民であっても簡単に見捨てることはできません」

 ウィルソンは言外にこう言っているのだ。資源を見返りに渡すというのは予想がついている。だが、それだけでは不足(・・)だと。もっと大きな対価がなければ我が国は動けないと。

 アグニスも元は一コロニーのリーダーとなるべく遺伝子調整して誕生した男だ。ウィルソンが言外に求めているものぐらいは理解できる能力を持っていた。

「……我々は貴国に対して資源を輸出する際に便宜を図る用意があります。今後更に広がる宇宙開発時代を考えれば、この援助は貴国にとっても悪い話ではないと思いますよ?」

 大国の貪欲な姿勢に歯軋りしているアグニスからウィルソンの意識を逸らすためにナーエが問いかける。

「確かに悪い話ではないというのは分かります。しかし、Mr.ハーシェル。仮に我が国が援助をするとしても、それは簡単なことではないのです。火星に駐留する日本軍を相手にするとなれば、援助物資そのものも多分に用意する必要があります。日本軍は火星で本格的な武力衝突が発生すればアヅチからマキシマ・オーバードライブを搭載した一個艦隊を火星に回航させることも辞さないでしょうから」

「火星に一個艦隊を回航ですか?日本軍がL4に保有する戦力を考えると過大ではありませんか?」

「日本軍の聯合艦隊(コンバインド・フリート)はL4に四個艦隊を保有しています。我が国や東アジア共和国への抑止、非常時の防衛を考えれば一個艦隊までならば回航できるでしょう。我々やユーラシア連邦、東アジア共和国では同じようなことは難しいでしょうが、日本軍は二個艦隊をマキシマオーバードライブ搭載艦でかためております。通常ならヴォワチュール・リュミエールを使っても片道一月がかりの火星航路ですが、彼らの艦隊は片道一週間ほどしかかからないのですから、戦力にも多少融通を利かせることができるのです」

 ナーエはウィルソンの指摘を否定できずに内心で悪態をつく。だが、表面上は少し困ったという印象を与える苦笑を浮かべ、内心を伺われないように振舞った。

「また、それだけではありません。正規軍の軍艦ですら往復に2ヶ月かかる航路です。輸送船ではそれ以上の時間がかかってしまう。輸送の手間も膨大なものとなるでしょう」

 交渉ではかなりの譲歩が必要だとナーエは感じていた。だが、彼の予想はこの直後に覆された。他ならぬ、彼の主の言葉で。

 

「では、貴国としては、援助に釣り合う対価があればいいのだな」

 単刀直入な言い方にウィルソンは内心で頬を引き攣らせた。外交の場というのは腹の探りあいだ。回りくどい言い方を重ねることで自身の腹の内を読まれないようにしつつ、相手に自身がもつ妥協点を錯覚させることが外交の基本だと彼は考えていた。だが、アグニスはそのような基本など全くおかまいなしだった。

「我々も、援助を申し出る以上、それなりの対価は用意している」

「まさか……アグニス!!」

 ナーエはアグニスの考えていることを察したのか、慌ててその真意を問いただす。だが、アグニスは気にも留めない。

「ナーエ!!交渉の代表はこの私だ!!黙っていろ!!」

 そう言うと、アグニスは懐から端末を取り出した。そしてそれを操作して画面をウィルソンに見せる。見たところ、火星の地図のようだ。青で塗りつぶされたところは鉱脈らしい。

「これは……火星の資源地図ですかな?」

「いかにも。そしてここが我々の領域で、ここが忌々しい日本人の領域だ。そして、この青で塗りつぶされた地域、日本の支配地域の目と鼻の先にあるこの地帯から取れる資源を貴国にのみ独占的に売買する用意がこちらにはある」

「……その資源とは如何なるものですか?」

 既にウィルソンは半ば当たりをつけている。大国である大西洋連邦を動かせるほどの資源といえば、その種類は限られているからだ。そして、彼の予想は的中した。アグニスは不敵な笑みを浮かべながらその資源の名を告げる。

「こいつはNJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)のベースマテリアルだ」

 

 

 

 

 

 同日、マーシャンとの交渉を終えたウィルソンはその足で大西洋連邦大統領官邸に向かい、ジョゼフ・コープランド大統領、エリック・マキナン国防長官、ハイドン・ディクス大統領首席補佐官に出迎えられた。

「ご苦労だった、ウィルソン。交渉は上手くいったかね?」

 コープランドの問いかけに、ウィルソンは満面の笑みを浮かべて答えた。

「ええ。想定以上の妥協を引き出すことができましたよ……いや、引き出したというわけではありませんな。向こうが勝手に最大限の妥協をしてくれましたから」

 そう言うと、ウィルソンはアグニスから渡されたデータディスクをディクスに手渡した。

「これには火星の資源地帯を示した資料が入っています。彼らは全ての資源の格安での購買権を担保に我々に援助を求めてきました。しかも、NJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)のベースマテリアルの独占購買権をつけてです」

 ウィルソンの言葉にコープランドは目を見開いた。NJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)のベースマテリアルといえば、現在のところ限られた地帯からしか産出されない戦略物資だ。前回の大戦の後も大西洋連邦が揺るがぬ大国の立場でいられたのもこの資源の独占ができたため――つまりは核の独占ができたためである。

「なんと……私としては一部資源の優先購買権の獲得ぐらいが関の山だと見ていたのだがな。これは……日本の諺でいうところの(Wild Duck)(Welsh Onion)背負ってやってきたというところか?」

 マキナンも驚きが隠せないようだ。

「しかし、何故彼らはここまで妥協したのだ?何か裏があるのではないかね?」

 そう訝しげに口にしたのはディクスだ。彼はあまりにも上手い話であるが故に、何か裏があると踏んだのだ。

「ええ。私も最初は同じことを考えました。ですが、はっきり言って私には彼らに深い考えがあったとは思えないのです」

「その根拠はなんだね?」

「彼らはNJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)のベースマテリアルの鉱床の存在を自分達の交渉のカードとして使いましたが、彼らはそのカードの使い方を全く理解していませんでした。JOKERと言うものは、出し惜しみするところから効果を発揮するものですが、彼らはそれを何のためらいも無く私に曝したのですから」

 

 外交において手札とは、その存在をチラつかせるところから効果を発揮する。お互いに手札を探りあい、いつ手札を切るか、その最適なタイミングを見計らうのだ。手札の中には『ハッタリ』というスカカードもあるが、それも本物のカードと混ぜることで無視できない効果を発揮する。

 今回、ウィルソンが相手にしたアグニスとナーエはその手札の使い方があまりにもお粗末だった。火星という宇宙の孤島とも言える環境に長年引篭もり、半ば鎖国的な性質があったためであろう。完全にウィルソンの手玉に取られていた彼らの外交はとても及第点があげられるものではなかった。

 彼らはNJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)のベースマテリアルの価値そのものを疑うそぶりを見せたウィルソンの話術にまんまとはまり、NJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)のベースマテリアルのカードを切る前よりも状況を悪くしてしまったのだ。

 ウィルソンは彼らに対し、一口に援助と言っても、輸送船団や兵器の手配、さらに弾薬や補充部品の継続的供給、それらの扱いに関する指導など多岐に亘ることを挙げた。火星圏開拓共同体には物資の大規模な輸送能力はそもそも存在せず、日本と衝突した場合は確実にシーレーンを絶たれるという点も彼らが足元を見られる要因となった。(中立国である大西洋連邦の船舶でなければ火星までの航路で日本軍による通商破壊を受ける可能性が高かったのである)

 それでも必死に対価の引き下げを図るアグニス達であったが、結局ウィルソンに主張を認めさせることはできず、自身の発言で更に傷を広げることとなってしまった。

 

「彼らは外交的には素人同然でしたね。ですが、もしもあれが全て演技で自分が罠に嵌められていたのだとしたら、私は潔く職を辞すつもりです。何なら誓約書でも書きますか?」

 ウィルソンの言葉に執務室にいた3人は失笑するしかない。確かに、話を聞く限りでは外交の形がなりたってはいない。一体どうしてこんな低能を全権大使に指名したのかと彼らが勘ぐるのも無理はないだろう。

 実は、ウィルソンの見立て通りアグニスもナーエも外交の経験などは皆無であった。しかし、彼らは素人でありながら一国家の命運を左右する外交交渉の場を任されたからには勿論理由があった。

現在、火星圏開拓共同体はその中核たるオーストレールコロニーの方針に従い、必要とされる役割に応じて遺伝子調節された人々によって国家を運営している。リーダーの素質がある遺伝子を持つ者は指導者に、戦う素質のあるものは兵士にといった具合に、本人の志望などは関係なく遺伝子による適正に応じた職を全ての国民が得ている社会なのだ。

 アグニスは国家の舵取りを担うリーダーとしての役目を、ナーエは人と人との仲を取り持つ役目を遺伝子に定められていた。そのため、共同体の上層部はオーストレールコロニーで折衝の高い実績のあるナーエを外交官として抜擢した。更に、自身の主張を強く圧すアグニスも外交官として抜擢した。上層部はアグニスが主張し、それに対する相手側の反発をナーエが抑えることで大西洋連邦との交渉を自分達のシナリオ通りに進められると踏んだのである。

 だが、外交と言うのは個人間の折衝とは全く違う。人と人との話し合いでは個人の心情や欲望、計算などが複雑に絡み合うことで軋轢が生じることは必然であり、それは国と国との話し合いでも同じである。だが、ここで一つ違うのが、外交官というものは私情を廃し、最も国家の利益となる結果を手繰り寄せることを仕事としていることだ。

 個人の間で生まれる軋轢とは異なり、例え個人としては納得できることであってもそれが国に対して最善ではなければ外交官は折れることはない。国民感情は考慮するが、自身の感情は交渉に持ち込まないのだ。

 ナーエは元々、人々の剥きだしの感情と向き合い、軋轢を無くして調和を築き上げることに秀でた人物であった。こと私人間の軋轢に限定すれば、彼の能力はとても優秀なものと言えるだろう。つまり、彼の天職は交渉人(ネゴシエーター)ではあり、外交官ではないのだ。

 

「事態は我が国にとって非常に望ましい方向に向かっておりますな」

 マキナンは言った。

「我が軍の保有する旧式の兵器を押し付ければ装備の早急な更新も可能ですし、我が国の民は一滴も血を流すことなく日本軍に流血を強いることができますからな」

「……ウィルソン、君は本当によくやってくれたよ」

 コープランドは執務机の上にある地球儀を回しながら言った。

「事態は私の望んでいた通りに進みつつある。私はマーシャン(火星圏開拓共同体、及びその国民の別名)が日本と潰しあって日本の宇宙開発に一時的にとはいえ、ブレーキがかかることを期待していた。日本の躍進がこのまま続けば、我が国は近い将来確実に地球上の国家の筆頭という立場を奪われていただろうからな。それに、日本と同様に火星の資源を狙うマーシャンも我が国にとってもあまり好ましい存在ではない。我が国の経済界も火星の利権に目をつけて虎視眈々と狙っている以上、火星の利権を牛耳る勢力の誕生は何としても避けたいのだ」

「マーシャンと日本軍が争って共倒れになってくれるのが一番望ましいのですがね。そうすれば、我が国は一滴の血を流すことなく将来的な敵性国家を取り除くことができますから。得られた火星の利権も将来、我が国に確実に富を与えてくれるでしょう」

 ウィルソンの言葉に対してコープランドは首を横に振った。

「それが最良のシナリオだが、実際には難しいだろうな。日本軍はそう簡単に妥当できるほど弱小な存在ではないだろう。日本の国力は我が国に次ぐものであるし、将兵も兵器も一級品だ。火星に引篭もっていたマーシャンたちでは相手にならんだろうよ。精々、試金石が妥当だろうな」

「マーシャンを使って日本に代理戦争をしかけるということですか。我が国は教育や指導の名目で派遣する最低限度の人材と兵器や弾薬といった戦略物資をマーシャンに提供し、見返りに資源を手にする。更にマーシャンはその潤沢な物資を使って日本に戦いを挑み、日本軍に少なからざる血を流させた上で我々に日本軍の戦闘データをその身をもって提供してくれるということですか。しかも、マーシャンたちの憎悪はけしかけた我々ではなく、日本軍の方に向きますから、我々には直接的は被害はありません。我が国がマーシャンを援助してけしかけるだけでこれほどの利益があるとは……正に至れり尽くせりですな。これならばもう少し援助の対価を引き下げてもよかったかもしれません。多少、やりすぎましたかな?」

 ウィルソンのジョークに他の3人からも嘲笑が漏れる。自国の権益のために他国の民を何のためらいもなく戦火に巻き込むことに対して、彼らは微塵も罪悪感を感じてはいなかった。彼らはそれが政治家というものであり、自分達の役割であると認識しているのだ。極端なことを言えば、彼らにとっては自国の7億1000万の民が利益を得られるのであれば全世界の100億人が危機に陥ろうが知ったことではないのである。

「まぁ、当分の目標はマーシャンたちにできるだけ長く戦ってもらい、できるだけ多くの損害を日本軍に与えてもらうことだな。できれば火星の施設にも損傷を与えて欲しいところだ」

 コープランドはそう零すとマキナンに向き直った。

「国防長官、君には早期に火星援助船団の計画を立ててもらいたい。これ以上日本が火星で勢力圏を広げる前に計画書を仕上げてくれたまえ」

「お任せ下さい、大統領閣下。軍の在庫一層セールを兼ねた盛大な船団を早期に派遣してみせましょう」

 マキナンの宣言にコープランドは笑みを浮かべながら頷いた。




久しぶりのおっさんたちの密談。やっぱりこれが好きです。書いてて心おどります。

ゴルゴの方を書いててようやくいつもの書き方を思い出せましたね。

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