機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU   作:後藤陸将

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特殊刑事課に毒された……一人称の文章ばっか書いていたせいでいつもの文体を忘れてしまったみたいです。


PHASE-4 燻る火種

C.E.79 3月31日 火星 マリネリス基地

 

 

 

 眼下に見えるのは褐色の大地。開発が開始されたとはいえ、未だに大気改造は実戦されておらず、火星入植者は静止軌道上のコロニーか、地表に造られた完全密閉施設内でしか生活することはできない。政治的な駆け引き、生産性や技術的な問題などから、火星が地球のように生物が生きられる大気に包まれるまでにはまだまだ時間がかかると言われている。

「畜生……何で俺が火星なんかに飛ばされなければならないんだよ」

 この春に大日本帝国宇宙軍航宙学校を卒業したばかりの青年、飛鳥シンは輸送艦『大隅』の食堂でパエリアを食べながらぼやく。彼の向かいに座っていた小柄な女性も彼の言葉に相槌をうった。

「全くだ。何であんな開発の最前線に配属されたんだか。あそこじゃまともなショッピングもできやしない」

 シンは内心、タリサはそんな女性らしくショッピングを楽しむようなやつには見えないと思っていた。彼女の普段の様子からすると、野郎共といっしょに居酒屋に通う方が性に合っているように見える。だが、それを口にすればグルカ式格闘術の餌食になることは確実であるため、内心を口にだすことはしなかった。

 

「冷静に考えれば、今帝国の勢力圏の中でも有数の重要な拠点であり、緊張が高まっている場所でもあるからな。人員が必要とされるのも無理もないことだと思うんだが……アタシとしては、そんなことよりも『アレ』のせいだとおもう」

 『アレ』というものに複雑な感情を抱いているのだろう。その言葉が出た途端に二人の表情が曇る。

「やっぱ、ぶっ壊したのはまずかったよな……吹雪の噴射ユニット」

「その懲罰でアタシたちはここに飛ばされたってのは、分かる気がするんだよなぁ」

 彼らの脳裏に浮かぶのは卒業前戦闘技術特別審査演習でのことだ。彼らは一機で1000万円近くする噴射ユニットを大破させ、演習後の講評では仮想敵(アグレッサー)を務めた白銀少佐に叱責され、演習のレポート提出後には三科教官から絞られ、伏見帰還後には始末書、罰則なども課せられた。

 これほどの不祥事を起こしたことが、今回の島流しじみた配属先の理由だと彼らは考えていたのだ。尚、あれはどっちが悪いとかそういう議論は罰則中に十分すぎるほどやっているので、今更彼らが責任を押し付けあうということはない。不毛な議論の果てに彼らはあれはしょうがなかったという結論に達していた。

 

 三月半ば、二人は噴射ユニットの大破という不祥事にも関わらず宇宙軍航宙学校を無事卒業することができた。もしかすれば退学や賠償もありうると内心ビクビクしていた二人は合格できることを聞いた途端、喜びを抑えきれずに抱擁を交わしたのだとか。

 そして卒業の翌日、配属先の発表日に寝坊するという航宙学校始まって以来の不祥事を起こした二人に示された配属先はまさかの火星だった。妹に会えなくなる危機感を感じたシンはどこかの嘘つき狙撃手の常套句の仮病を訴えてまで抵抗したが、三科の『じゃあ、噴射ユニットの賠償背負って軍を辞めるか?』の一言の前に沈黙せざるをえなかった。

 シンの脳裏に火星の美少女戦士の姿が焼きついており、その幻影に追われていたが故に彼の気迫は凄まじいものであった。後に三科もこの時の彼からは恐ろしさを感じたと述懐している。

 

 

 

 

 マリネリス基地の上空に到達した大隅は高度を下げながら基地の近郊にある埋没型格納庫に向かう。この埋没型格納庫区画には最大で32隻の艦艇が収容できるように造られており、地球から定期的に訪れる資源運搬船や火星の防衛戦力である宇宙軍火星方面隊に所属する艦船をほぼ収容することができる。いわば、この区画は宇宙軍火星方面艦隊の泊地といってもいいものだ。

 危なげなく格納庫内に降下した大隅は拘束アームによりその動きを停止する。そして船体に搭乗橋がかけられ、貨物と共に同乗していた軍関係者が次々と搭乗橋を渡っていった。大隅は艦首にドアを設けているため、貨物の搬入、搬出はこの観音開きに左右に開く艦首にて行われている。

 シンが搭乗橋から眼下を見下ろすと、ちょうど大隅に積まれていたMSの胸部が艦首から運び出されているところだった。今回、火星に配備されたMSは最新鋭機の不知火弐型だ。最新鋭機を配備するほど本国が重要視しているということは、火星はそれ相応に情勢がきな臭いということなのだろうか。

 しかし、もしも情勢が本国の読み通りにきな臭くなっていた場合、自分が卒業後にどこに配属されていようとそう遠くない未来に前線に出ることは避けられなかったのかもしれない。不動のように艦隊勤務になっていれば戦争中は最悪2、3年は妹に会うことはできなくなっていただろうから、戦争が始まれば火星だろうと艦船勤務だろうと等しく帰れないことには変わりはないのだが。

 

「おい、シン、こっちみたいだぞ」

 シンはタリサの声で我にかえった。既に目の前には格納庫区画から基地の中央区画へと繋がる地下シャトルが止まっている。マリネリス基地とこの格納庫区画、守備隊詰所区画は地下深くを走るこのシャトルで行き来するのだ。敵襲を想定してシャトル用の地下道はフェイズシフト装甲で覆われたものになっており、敵の攻撃を受けても簡単には崩落しないようになっている。

 シャトルはシンたちを乗せると、自動操縦で基地へと向かった。シャトルには非常時のために窓がついてはいるが、地下を走っているので窓から景色などが見えるはずもない。そしてシャトルは数分で基地側の地下駅に到達した。

「飛鳥シン少尉と、タリサ・マナンダル少尉でありますか?」

「そうです」

「お待ちしておりました。小官はマリネリス基地司令付きの前橋栄太曹長であります」

 駅で待っていた曹長の階級章をつけた男性の敬礼に対し、二人は答礼を返す。

「司令が司令公室にてお待ちです。小官は司令にお二人を司令公室に案内するように命じられました」

「基地司令が、一介の新米士官である自分達に……ですか?」

 通常、航宙学校を卒業して配属されたばかりの新米に基地司令が一々顔を合わせようとすることはない。故にシンは突然の呼集を訝しんでいるのである。

「確かにこれは異例のことですが、司令にもなにかお考えがあるのでしょう。まぁ、会えばわかりますよ」

 軍隊という究極の縦社会にいる以上、疑問に思うことがあっても上官からの命令を無視することはできない。シンたちは疑念を抱きながらも前橋に続いて司令公室にむかった。

 

 

 

「こちらです。……長官、飛鳥少尉とマナンダル少尉をお連れしました」

 公室の扉に向けて声をかけた前橋は、静かに扉を開けて中に入った。前橋の視線に促されてシンたちも公室に足を踏み入れる。

「うむ、来たか」

 公室の奥に鎮座するデスクにいたのは、白髪でなければ40代後半と言っても疑われなさそうな風貌の初老の男性だった。その隣にはいかにも軍人といった印象を受けるかなり厳つい顔をした男性が立っている。

「私がこの火星方面隊マリネリス基地司令の竹林宗治中将だ。……うむ、なるほど。ここに配属されたわけだ」

 竹林は何を納得したのか分からないが、ひとりだけ笑みを浮かべている。だが、シンたちが怪訝そうな表情を浮かべていることを察していたのだろう。彼は二人が何か言う前に口を開いた。

「私は昔から問題児の更正担当部署みたいに扱われていてな、問題児はまず竹林に預けよと宇宙軍では言われているほどだ。当然、今回君達も更正のために私の元に送られたということだな」

 地上勤務だろうと艦船勤務だろうと、常に竹林の下には問題児ばかりが集中して配属されていた。精鋭として名を馳せる蒼龍MS隊の権藤吾郎大佐、新城功二大尉、結城晃少佐、佐藤清志中尉も全員航宙学校卒業後に竹林の世話になっていた。

 

「君達みたいにエネルギーが有り余っていて頭の螺子が緩んでそうな若者ならば、吹雪の噴射ユニットを演習で特攻させるなんて無茶をやっても不思議ではない。だがな、ここに配属されたということは、上層部は私が君達を更正することを期待しているということだ。ならば私も上層部の期待に答えなければなるまい」

 竹林は先ほどの笑みから一転して真剣な表情を浮かべる。

「かつては私が直々に面倒を見ていたのだが、基地司令になった今では昔のようなことはできなくなった。そこでだ、君の教育はかつて君と同じ道を辿って私の元に回された先輩にしてもらうことにした」

 そう言うと、竹林は隣で待機していた男に視線を向けた。

「彼は響剛輔中佐だ。かつては宇宙軍の荒鷲と呼ばれるくらいにヤンチャで無茶な男だった。君達はこれから彼の下に配属されることとなる。しっかり更正するように……さて、響君。君も後輩をみっちりとしつけてくれたまえ。それでは、後は任せた。もう退室してよろしい」

「はっ!お任せ下さい。それでは失礼します!!」

 響中佐は司令に敬礼すると、そのまま踵を返して司令公室の出口に歩を進めた。シンとタリサも慌てて敬礼をすると、彼に続いて司令公室を後にする。それを見送った竹林は一人呟いた。

「……昔の権藤に匹敵するほどの問題児か。響、こいつは骨が折れるかもしれんぞ」

 

 

 

 シンとタリサは響に連れられて部隊のブリーフィングルームに向かう。そこには既に彼らの先任たちが顔を揃えていた。

「彼らが本日より、我々マリネリス基地航宙隊第一中隊の一員となった新人だ」

 響に促されてシンとタリサは前に出る。

「飛鳥シン少尉です。よろしくお願いします」

「タリサ・マナンダル少尉です。よろしくお願いします」

 緊張でカチカチに固まった自己紹介が終わると、笑みを浮かべた響が前に出てシンの肩を大げさな手振りをしながら叩いた。

「よ~っしゃあ!固まってるなよ、問題児ども。俺が隊長の響剛輔だ」

 因みに、タリサではなくシンの肩を叩いたのは、タリサが小柄であったために肩に手をかけ辛かったというだけの理由である。セクハラとかそのような事情は全く存在しない。

「よ~し問題児、まずは自分の抱負でも語ってみろ。もちろん、簡潔にな」

「抱負ですか?」

 タリサが問う。

「そうだ。よくあるだろう?命の限り頑張ります!!とかってやつだ」

「なら、アタ……小官の抱負は負けないことです!!隣のやつも含めて、この隊の誰にも負けないパイロットになります!!」

「威勢のいいこと言うじゃねぇか!!貴様の実力は後でたっぷり見せてもらおうか!!」

 

 タリサらしい勝気な抱負だとシンは思った。そして、タリサが視線をシンに送る。お前の番だといいたいのだろう。シンは考える。自分の抱負もタリサのものとそう変わるものではない。だが、そのまま言っても面白みがないし、タリサの二番煎じというのは感情的にも嫌だ。

 かといって、今の自分にはそのほかにさしたる目標はない。強いて言えば火星ではなく、アメノミハシラ勤務になりたいことぐらいだろうか。だが、配属早々に他所に転属するために全力を尽くすと宣言しても人間関係がぎくしゃくするだけだ。親睦を深めるべきこの時期にそんなことはできない。

……そういえば、自分は何故MSパイロットを目指していたのだろうか。妹の足の手術費用と今後の生活費と安定した職を求めて軍に志願したが、別に志願先はどこでもよかったはずだ。

 別段視力や体力、知力が劣っていたわけでもないし、コーディネーターであるために大概のことに対する適正はあった。陸海空宇宙どの軍のどの術科学校でも志願できたのに、何故俺は宇宙軍航宙学校に進学したのだろうか。何かきっかけがあったはずだと考えて俺は記憶を探る。

 

 自分がMSパイロットを目指した根源を求め、記憶を探るうちに思い出したのはあの日――父を失った日だった。俺と家族はあの日、オーブが侵略され、シェルターの中に退避していたが、東アジア共和国の攻撃でシェルターは崩壊し、父と妹が瓦礫に埋もれて動けなくなった。

 周囲の人たちは我が身可愛さに負傷者を見捨てて逃げていく。俺達家族を助けようとしてくれたのは、偶然知り合った大和夫妻だけだった。そして、身動きの取れない俺達に東アジアの兵がロケット砲を向けた。

 俺はあの時、動けなかった。あの兵士たちが引き金を引けば、俺達は死ぬんだっていうことは分かってたけど、それをどこか達観したような、まるで自分のことではないかのように傍観して、諦めていた。

 だが、その時空から降り注いだ光がロケット砲を構えた兵士達を薙ぎ払った。空を仰ぎ見た俺が見たのは、肩に日本の国籍を示す日の丸のペイントが入ったトリコロールのMSだった。その姿はとても頼もしくて、かっこよくて、まさに俺にとってそのMSはヒーローだった。

 そうだ。俺がMSパイロットを目指したのはあの時俺達を救ってくれたヒーローに憧れた。その俺達を守ってくれるその背中に、家族を救ってくれたその手に俺は憧れたんだ。なら、俺の抱負は決まっている。

「小官の抱負は……いつか、大和中尉と肩を並べることができるぐらいのパイロットになることです」

 シンが口にした抱負に響は興味を持ったらしく、僅かに呻った。

「そのために、日々鍛錬を積み重ねていく所存であります!!」

「いい度胸じゃねぇか、新入り!!あの帝国の白の鬼神相手に肩並べようってんだからな!!だが、どうして隣の嬢ちゃんみたいに越えるって発想が出てこないんだ?」

「小官は8年前、大和中尉に命を救われました。自分は彼の強さに憧れたのではなく、命を護ろうと、救おうとする姿に憧れたのです。自分の目標は、あの日見た彼の姿に追いついて、多くの人を救うことなんです。人の命を救う姿に優劣はありません」

 シンが抱負を述べると、響は口角をあげて、不敵な笑みを浮かべた。

「面白い新入りだ……いいだろう。お前は俺がみっちり扱いて大和キラに並ぶパイロットにしてやる!!」

 

 シンたちが自己紹介を終えたところで、響はその視線を先任たちに向ける。

「よし、新入りの紹介も終わったところだ。先任も自己紹介をしてくれ」

 響の指示に従い、長身でこんがりと焼けた肌の男が前に出た。

「俺は甲田俊之だ。階級は大尉、この隊の副隊長をしている」

 次いで、その隣に控えていた先任たちが順番に自己紹介をした。

「私は弓村涼。階級は中尉よ。よろしくね」

「俺は雁屋公平。階級は少尉だ。射撃なら基地一の腕前と自負している」

「俺は中島勉。階級は少尉だ。整備士から転向してきたから、軍歴もそこそこに長いぞ」

「私は佐伯礼二。階級は大尉だが、甲田大尉よりも後任にあたる」

「そしてアタシが緑川舞。階級は曹長で、CPをやっています。よろしく!」

 

 これで部屋に詰めている全ての先任の紹介が終わった。だが、ここでシンは疑問を抱いた。

「響中佐、質問してよろしいでしょうか?」

「どうした?」

「何故中隊なのにここには二個小隊しか存在しないのでしょうか?」

 帝国宇宙軍のMS部隊編成単位では、最小単位の2機連携(エレメント)からなる1個分隊2機を基準に、2個分隊4機で小隊、3個小隊12機で中隊、3個中隊36機で大隊、3個大隊108機で連隊としている。

 そして中隊は基地駐屯部隊として配備する際の最低単位だ。中隊からは各種装備の違いによる前衛、中衛、後衛の役割分担が効率的に機能するからである。練成も兼ねた後方の基地ならばいざ知らず、最前線の基地でこの中隊が組まれていないのは奇異だとシンは感じていたのだ。

「ああ、それには理由があってな。本当はもう一つ小隊が存在するんだが、つい先日から我が国が保有している資源地帯の警備にあたっている。正確には、基地に停泊している輸送船に物資を届ける資源運搬船の警備だな。最近、マーシャンたちが我が国の資源地帯の境界線に立ち入ろうとしたり、我が国の船舶に急接近したりする威嚇行為を頻繁に行っているため、我々としても対抗策をうつ必要があったのでな」

 

 未だに戦端は開かれてはいないものの、既に両国の間で生まれた争いの火種は大きくなりつつあるようだとシンは感じていた。


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