ラインアークは会場に建設された構造体とそこに建造された2つの中央ビル・海上ビル群で構成されており、その海上ビル群は市民の生活と労働の場である。
そのビル同士は海中の道路で結ばれている為、移動には基本的にそれを利用する。緊急の場合は各ビルの屋上にあるヘリポートからの高速移動も可能。
また、中央ビルは行政施設、軍事施設の存在するラインアークの中枢であり、同勢力の最重要施設である。(ちなみに、ゼンが居るのはこの中央ビルの一室)
そして今その中央ビルの一角では。
「さらにライフラインを整えるべきではないでしょうか?」
「いや、もっと防衛設備の強化に費用を回すべきだ」
「しかし、今ラインアーク市民の欲しているものは」
「だからその欲しているものが何なのかを良く考えろと言ってるんだ!」
会議が行われていた。内容は先日、ホワイト・グリントの出撃の際得た報酬の使い道についてだ。
「……ふむ、費用の大まかな使い道は決定しましたかな?それでは、フィオナ君」
「次の議題ですが……ここ、ラインアークに移住を求めているリンクスの処遇のついてです」
そう。本日は何時もとは違い、重要な議題がもう一つ存在していた。
「先日……もう皆様もご存じでしょうが、企業連の策によりラインアークの守備部隊がカラードランク31のネクスト機、ストレイドに襲撃されました。そしてその際、突如現れたネクスト機……【ネームレス】の護衛により守備部隊は難を逃れたという話ですが―――」
―――即刻追い出すべきだ!
フィオナがそこまで話した所で一つの男の声が挙がる。
「この資料によると、そのリンクスは所属不明。カラードにも登録されて居ないそうじゃないか?それなのにネクスト機に搭乗して現れた……あり得ない。企業や組織の支援無しにネクスト機を動かせる訳が無い。必ずどこかと繋がっているハズだ」
男は捲し立てる。
「見ず知らずのこちらの守備部隊の護衛だと?どう考えても怪しい。こんな者をラインアークに置く訳にはいかないだろう」
その言葉を聞き、場が静まる。
確かに彼の言うとおり、ネームレスは「誰が」「どう考えても」怪しいのだ。
ネクスト機についてだが、機体の運用には莫大な「費用」が掛かる。メンテナンスをする技術者は数十人単位で必要であり、その技術者の活躍する場である施設も必要。更に精密機器やネクスト用ガレージまで―――挙げるとキリが無いが、それだけのものを個人で用意出来るはずが無い。
〝独立傭兵〟と呼ばれる者達でさえ、企業や組織の支援を受けて初めて傭兵として成り立つのだ。加え、見ず知らずの守備部隊の護衛などは……もはや理解不能である。
「……確かに、そうですな」
「どこかと繋がっているというのは確実か?となると」
「ラインアークに来た理由、か……」
「先日の襲撃犯と合わせて、こちらに取り入る為の企業連の策だったという可能性も」
各々の中でこのリンクスに対する疑念が強まっていく。
皆の反応を見て、自分の意見の正しさを確信したその男は、締めくくるようにして口を開いた。
「私に異論のある者は居ないようです……」
しかしその時、突如会議室の扉が開き。
「―――いや~、それは止めといた方が良いんじゃないかな?」
異論を唱える者が現れた。
「いやいや!フィオナちゃん、こうして顔を合わせるのは久しぶりだねぇ!」
かくして、その者の正体はと言うと。
「ハァ…お久し振りです。『アブ・マーシュ』さん」
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――――
――
「いやいやぁ!本当に久しぶりだねぇ!あ、フィオナちゃん髪切った?似合ってるね!」
「……切ってません」
突如会議室に入り込むやいなや、呆気にとられている者達を余所に呑気に会話を始める〝天才〟。
「なっ……なんだ突然!ここは今会議中だぞ!?いや、そんな事より」
突然の出来事に驚きながらも何とか先ほどの男が口を開く。そして。
「何故!アナタがここに居るんだッ!!」
皆が一番疑問に思っている事を口にした。
そう、このアブ・マーシュという男はラインアークとは別の組織である〝アスピナ機関〟に所属しているのだ。マーシュ個人とラインアークに〝妙な関係〟があるとは言え、会議中に別組織の者が突然乱入して来るというのは前代未聞の事である。
が、彼とて何も無断で入り込んだ訳では無い。
「あー、ごめんね。ビックリさせちゃったかな?でも僕呼ばれて来たんだよねぇ」
「は?呼ばれた…?一体誰に」
「私がお呼びしました」
そう答えたのはフィオナ・イェルネフェルトだ。
「……説明してもらえるかな?」
「はい、理由ですが……マーシュさんには例のリンクスの搭乗していたネクスト機を調べてもらっていました。お呼びしたのはその結果を報告してもらう為です。ネクスト機には、各企業の製品が使用されています。フレームや内装、更に細部まで調べ上げる事によりそのネクスト機をバックアップしている企業や組織あるいは、『企業グループ』が大分絞れるはずです」
「そこで、僕が丁度タイミング良く『娘』を診に来ていたものだから、ついでにそっちも調べた訳!しかし相変わらず僕の娘に無茶させているようじゃないかい。彼は」
彼の言う娘とは勿論。
「……そちらのホワイト・グリントに対する溺愛ぶりも相変わらずの様ですが」
ホワイト・グリントの事である。
それにしても、「タイミング良く」とは、何とも怪しい限りだ。先ほどのマーシュの言葉からも分かる様に、彼自身はホワイト・グリントの出撃毎にここに立ち寄る訳では無い。彼曰く「娘が寂しがっていそう」な時にラインアークに立ち寄り、〝診察〟するらしい。
だが今回、マーシュがラインアークに立ち寄っのは本当にたまたまなのか…色々とタイミングが良すぎな気もする。しかしまぁ、ラインアーク側にとってもそれが別に不利益に繋がる事でも無いので特に誰もそれを口に出したりはしないが。
「……マーシュさん」
ともかく今は調査結果が重要だ。さっさと報告してくれと言わんばかりにフィオナが催促する。
「そうだねぇ、皆を待たせたら悪いし話はまた後にしようか」
マーシュは会議室の一番前まで歩みを進め、巨大なスクリーンの前で立ち止まった。そして彼自身に注目が集まったのを確認し、話し始める。
「さてさて、それじゃあ僕が分かった事を話させてもらうよ。と、その前に一つ言っとくけど……あんな機体は見た事が無いねぇ。流石の僕も驚いたよ」
「何……?」
「あの男をして見た事が無い機体とは」
「もしや企業の最新型か。一体どんな……」
〝天才アーキテクト〟アブ・マーシュをもってしても「見た事が無い」と言わしめる機体だ。彼ら会議室の面々がそれに興味を見せるのも当然と言えた。
「じゃ、スクリーンにご注目~」
しかしそこに映し出されたのは。
「……これが、そうかね」
「あらら?ご期待に添えなかったかな?」
何の変哲もないアルゼブラ社の企業標準機、〝SALUH〟だった。
〝SALUH〟はアルゼブラ社が旧イクバール社時代から生産している軽量ネクスト機のフレーム部分である。今となっては旧型ではあるがそのフレームは総じて評価が高く、愛用するリンクスも多いと言う話ではあるのだが……
「この機体のどこが『見た事が無い』のですかな?」
そう、そんな事はここに居る者達なら誰でも知っている。
ましてやアブ・マーシュともあろう者が知らないハズも無いだろう。まさかまたお得意のおふざけが発動したのか、と、皆が眉をひそめた。
「申し訳ない。今映しているのはフレーム部分のみなんだ。それに、実際の機体でも無いしねぇ。で……次が、例のリンクスの機体」
画面が切り替わる。そこに映し出された銀色の機体は、フレームこそ先ほど見せられたサンプル画像と同じだあったが、見る者が見れば明らかにおかしいと分かる部位があった。
「これは……」
「ウフフ、そうなるよねぇ…僕も最初本当に驚いたよ。そう、カラードランク1でありオーメル社の最高戦力、〝オッツダルヴァ〟の駆る機体…【ステイシス】の専用スタビライザーが使用されているんだよねぇ」