問題はどの脚部でルビコンに行くのかってところですよね。
皆どうするよオイ。とりま初心者には優しく鳥葬してあげるんだぞ。
ドン・カーネル視点
時刻は午前5時。
「おはようございます。ドン・カーネル」
ただ今絶賛爆睡中であったカーネルは、その言葉を聞くや否や一瞬で飛び起きた。
まぁ、どちらかというと起きた要因はその『声』によるものが大きいのだが……何故なら。
彼は普段、この目覚ましアラームに設定されていても可笑しくないような無機質な女性声に超絶しごかれているからである……ところで、ここまで状況を説明したところで奇妙な事が一つ。
キャロルが今立っているのはカーネルのベッドのすぐ傍である。それはつまり言うまでもなく。
「……おい」
「はい」
「ここは、誰の、部屋だ?」
「清掃することをお勧めします」
まったく話を聞き入れる余地のない彼のオペレータ。キャロル。
ここはカーネルの自室なのだが……何故この場に彼女が存在しているのか彼には全く理解出来ない。昨日の記憶を整理してみても、通常通りシミュレーションを利用したトレーニングを行った後はこの部屋に直行し、流れるように睡眠体勢に移行したはずなのだが。
まさかとは思うが、記憶にないだけで彼女とこの部屋で一晩……は、ありえない。
カーネルは秒でその可能性を捨て去った。キャロルは間違いなく美人の部類には入るが、カーネルのタイプではないのだ。と、言うかこの女を部屋に連れ込むなど常人にはまず不可能。呼ぶや否や精神攻撃をお見舞いされて心のPAが一瞬で消滅することは火を見るよりも明らかな訳であるし。
「ふむ。キャロルキックをお見舞いして差し上げましょうか」
などなど考えていたカーネルであったのだか。どうやら思考を読まれてしまったらしい。
キャロルが右足を後ろに引き、蹴りを入れる体制に移る……この状態、非常にまずい。カーネルは今ベッドで上半身のみを起こしている状態であり、防御態勢が十分に取れないのだ。つまりクイックブーストでも使用しない限りはこれから起こる悲劇を回避できない。絶体絶命。
しかしカーネルはここでとある打開策を用意した。
「そのスーツ。中々、似合っている、ぞ」
女性は服を褒めると喜ぶ。古今東西いかなる時代も変わることの無い不変の事実のはず。
正直キャロルを褒め称えるのは嫌で嫌で仕方が無かったが、窮地を脱するにはこれしかなかった。と、カーネルは思った。それに純然たる事実として、女性用スーツはすこぶる似合っていたのだ。
本当に認めたくなかったが。
「ほう。中々悪くない選択肢です」
しかしなるほど。どうやら彼女の様な一見仕事以外に興味の無さそうな女性にも、自身の外見を褒められることは『嬉しい事』とインプットされているらしい。後ろに引かれた右足が再度元の位置に戻るのを観察したカーネルは、その反応を見て己の判断に間違いは無かった事を確信する。
……ただし。
「では目の覚めるツボを押して差し上げましょう。確か頭頂部あたりに」
「クソッタレ!」
非常に残念なことに、正解など最初から存在しなかったらしい。
頭をガッと掴まれ、てっぺんを人差し指で押された、その直後。狭い寝室に、うぎゃあぁと情けない中年男の悲鳴が鳴り響いた。
――――――――
――――
――
《全く……お前の暴力行為はとどまるところを知らんな》
《心外な。素敵な目覚めを提供したにすぎないと言うのに》
《あーあー、そうだな。あと部屋に入るときはノックをしろ。常識だろうが》
《行いましたが反応が返ってくることはありませんでした。故に、強硬措置に》
出たらだめだろう、出たら。
輸送機に揺られつつ作戦領域に向かっていたカーネルはため息を吐く。なんだろうか、このキャロルと言う女性はと。ランクは低いとはいえリンクスと言う貴重な人材にこうも激しくぶつかってくるものなのだろうか。余分な気を使われるよりかは大分マシなのだが、如何せん当たりが中々に強いのだ……と言うか、最近では出会った当初に比べ強くなってきている気がしてならなかった。
まぁ、カーネル自身彼女の行為に大して不快な気持ちにならないのが不思議なのだが。
《で、今回の任務の最終確認だが》
《『未確認AFの調査』です。今回は輸送機を使い敵AF上空に接近、高所からの落下を直接行う為、姿勢制御に注意して下さい》
《ハッ。何が『調査』だ。俺がブッ壊せば全て解決だろうが》
《腕に覚えのある者に依頼するならそうでしょう。が、貴方が居たのでは不測の事態に対処できないと上層部に判断されたのでは? 事実、いつかのカブラカン戦では内部から射出された大量の自律兵器に固まっていたでしょう》
《……あれは、これからどうやって倒すかの算段を立てていたんだ。勘違いするな》
嘘である。あの時カーネルは、自律兵器と戦わず撤退する方針を立てていた。
最終的には間髪入れずに現れたミラージュがものの一分程度で全て撃破していたが、もしもあれが無ければその場から離脱していた可能性は大きかっただろう。まぁ、キャロルがそれを許していたとも思えないが。
《大体GAが二機も出撃させて、やることがただの調査ってのが気に食わん》
カーネルは軽く毒を吐く。そう、今回のこの任務。何とワンダフルボディ単機に依頼されたものではないのだ。その証拠に機体内のレーダーには自機を運ぶ輸送機前方にも、もう一機の輸送機(ネクスト)反応が現れている。
《僚機、『メリーゲート』は優秀な重量級支援機です。盾に使いつつ、なるべく長時間の調査を狙うのを目的としているのでしょう。とは言え、簡単に話が進むとも思えませんが》
《望遠だとランドクラブの様に見えるんだったか?実験元は恐らくトーラス……GAのアームズフォートを鹵獲するなんぞ、命知らずな奴が居たものだ》
《一時期頻発していた『不明ネクスト機によるAF狩り』。その被害に遭った内の一機の可能性が存在します》
その襲撃犯の内の一機は確か、ミラージュだと噂されていたらしいのだが……今現在オーメル社に居ることから考えるに、実際はどうだったのか。少なくともカーネル自身には裏の事情についてはほとんど分からずじまいである……とは言え。
《……ふん。今重要なのはどの程度の兵器なのか、だ》
この通り、今現在最も気にかけるべきなのは敵AFの戦力だろう。
カーネルは思案する。今回の任務にあたり、詳しい事は何も説明されてはいないのが一番の問題だ。ブリーフィングで言われたことは、トーラス社っぽい奴らがこそこそAF使って実験してるからちょっと見て来い。くらいのものである。
《手に負える良いのですが》
《……ハッ。俺のことより僚機のアイツを心配しろ。重量機じゃ、ハチの巣になりかねん》
《自己紹介でもなさっているので?》
《お れ の は 中 量 機 だ》
その堅牢な外観から勘違いしそうになるが、ワンダフルボディはこう見えても中量機に分類される。自分の担当するネクスト機の情報を勘違いするなど、オペレータにあってはならないことだ。どうせワザとなのだろうが、これは文句を言うチャンス……という訳で、カーネルは嬉々としてその口を開こうと――――
《――――聞こえるかしら?》
――――……したのだが。残念ながら、キャロルに意見するタイミングを失ってしまった。
カーネルは舌打ちをしつつ、自機が傍受した通信にやむなく対応する。聞こえてきた声は若い女性のものであり、その口調からは何やら柔らかそうな物腰を想像させるものがあるが……どこぞの鉄仮面オペレーターとはえらい違いを感じてならない。
《ああ。煩いくらいにな》
《良かった、ちゃんと聞こえているみたいね……ネクスト、『メリーゲート』よ。今日はよろしくお願いするわ》
カーネルは脳内から僚機のネクスト、メリーゲートの情報を引き出す。
搭乗リンクス名は『メイ・グリンフィールド』であり、カラード内でのランクは確か18位。GA社所属のリンクスではランク4位のネクスト、フィードバックに次ぐ実質的なGAの2番手と言える。そのランクこそ低いものの、重量機特有の高火力武装を多積しており、支援機としては優秀な位置づけにあるとされている……ランク、ネクスト搭乗歴。共にカーネルの上を行く、所謂年下の先輩だ。
《ふふ……でも、貴方と一緒なら心強いわ。噂通りの働き、期待しているわね》
《……噂ぁ?》
《あら、知らないのかしら。貴方って今、GA社内じゃすごく期待されているのよ? あの怪物達と2回も相対して生き残るなんて、普通じゃない。NSS計画を推し進めたのは間違いじゃ無かったって。カラードのランクだって、この短期間で3つも順位を上げている訳だし……もうすぐ私も抜かれちゃうわね》
《ぶッ!》
それを聞いたカーネルは、あまりの驚きにゲホゲホとむせてしまう。
そう、この男。実は今の今まで自分のカラードランクが上がったことやGA内部の自身への評価を知らなかったのだ。まぁ、知ろうとも思わなかった、と言うのが本当のところなのだが……さすがにこの持ち上げられようは予想外にも程がある。
《キャロル!》
《はい》
《まさかお前……知っていたのか!?》
《知られてしまうとは、残念でなりません》
思わず自身のオペレータに確認を取ったカーネルは、ここでとあることを確信した。
この女は、わざと自分にそれらのことを教えていなかったのだと……いや、それどころかカーネルの耳に入る情報すら統制していた可能性までも浮上する始末である。何故それらについてキャロルは何も話してくれなかったのか……疑問に思うのも無理は無かった。
《以前の過ちを繰り返されては困りますので》
《……》
《決して驕らず、これからも精進に励みなさい。ドン・カーネル》
《……チッ》
以前の過ちとは、あの日怪物に折られる前のカーネルの事を指しているのであろう。
自身を特別な、超人だと勘違いしていた頃の愚かな男のことを……ただ、カーネルに言わせれば無用の心配である。今や彼自身、どれほどの努力を重ねても追いつけない存在を目の当たりにしてきている訳であるし、自身の評価が多少上がった程度で慢心するほど愚かな存在ではない。
いや、まぁ、正直に言えばちょっと嬉しいのが本音ではあるのだが。
《おい、あの『銀色』はどうなんだ》
《と、言うと》
《ネームレスのランクはどうなんだと聞いてるんだ》
《あら、それは私も気になるわね》
カーネルとキャロルの会話に、メイも混ざる。
キャロルは彼女の方に回線を開いていないため、メイが聞こえているのは実質カーネルの声だけなのだが……どうやら反応から察するに、メイの方もネームレスのランクを知らないのか。
……いや、違うか。これは『知っていて、それを疑問に思っている』のだろう。一体何を……
《ネームレスのランクは現在『33』。ミラージュが登録されたことにより更に順位を下げました》
《……ランク33だとぉ? なんだそれは、ふざけているのか。おい、メリーゲート》
《順位の話なら本当のことよ。どういう訳かネームレス、登録されて以来は常に最下位をキープしているみたいで……企業がそうしているのか、本人が何らかの『圧』をかけてそうしているのか。とにかく何かしらの力が働いていると見て間違いないでしょうね》
カーネルは眉を顰める。あの化け物がカラードランク最下位とは、どういう冗談だと。
何せワンダフルボディのランクが今現在24→21位に上がったことから、単純に計算してもカーネルとは10以上のランク差が開いていることになるのだ。誰がどう考えても実力とランクが見合っていない。
まぁ、とは言えミラージュの場合に関してはカラード登録されたのがごく最近であるし、さすがに『何の実績のないままいきなり高ランク配置』はありえないとは予測出来るのだが。
《何にせよ、次に起こるラインアーク戦の結果で変化は訪れる……これだけは確かよ》
メイの言う事は最もだろう。さすがに化け物の蔓延る戦場を生き残った者に対しては、そのカラードランクに関しても今まで通りではいられるはずがない。例え、如何にネームレスが――――
《――――ネクスト降下。及び輸送機を急旋回》
……。
《はぁ?》
カーネルは困惑した。
メイの声の次に彼の耳に入ってきたのは、オペレーターのキャロルの声であり、その内容が……何やら聞き捨てならない非常に物騒なものであったから。
とてもじゃないが、今までの愉快な噂話途中に発せられる様な言葉ではない。何せそもそもの話、カーネルの聞いた『ネクスト降下予定地』までは多少の距離があるはずであり、実際にキャロルからもここに至るまでにほとんど何の通達(準備)も伝えられてなかったのだから。
《えっ、何?ワンダフルボディのオペレータかしら?》
どうやらここで初めてキャロルの声を聞いたのだろう。
カーネルと同じくして、メイ・グリンフィールドも困惑している……しかし何故。この状況でようやくメイにも聞こえる様に回線を開いたのか。いや、それどころか、これは。
それに気が付いた時、カーネルは肝が冷える思いがした。
そうだ。これに似た状況は以前にもあった。あの時……怪物達と相対したあの時のことだ。今回と同じように、キャロルが何の前触れもなしに命令を下した時。それは彼女ですら予測が難しかった出来事が生じた場合のみに行う行動であり、つまり。
自身に最悪な出来事が降りかかる前兆。
―――――――ガゴンッ。
そこで輸送機の下部ハッチが唐突に開き、暗かったカーネルの視界に大量の光が流れ込む。
《う……おっ、っ!》
まずい、強制的に投下された。
そのことを理解したカーネルは、身に降り注ぐ浮遊感を存分に感じつつ、今現在の状況を把握しようと精一杯に己の脳をフル回転させる。まず初めに機体の姿勢制御だが……これは大丈夫。キャロルにしごかれただけって、落下時のそれに関しては今や何ら困ることは無い。
では、その次。眼下に迫るロケーションの確認……この場所は旧ピースシティエリア付近。砂漠にうもれるビル群が特徴的な、カーネル自身が初めて怪物に相対した地の近くでもある。ただ今の時刻は夕方で日が傾いてきており、強風によって砂塵が舞っているせいでいつかの日よりも視界がすこぶる悪い。
今現在のワンダフルボディの高度からでは、実際に敵AFの居場所を特定するのにはレーダーに頼る他無いのが実情だろう。そのことを理解したカーネルは、目標の位置を確認するべく即座に自機レーダーに目を落とそうと……
したのだが。
《ッッ!なッんだッ!》
出来なかった。あまりにも驚くべきことが、目の前で起こったから。
何とワンダフルボディのすぐ前方を、下方から放たれた『緑色+極太の何か』が通過したのだ。
カーネルには分かる。この輝き、この色はコジマ兵器の放つ特有のソレである。やはりトーラス社、何やらまたしても面妖なモノを開発しているときたらしいが……カーネルにはここで一つ、ある疑問が生じた。
地上から放たれた、天をも穿たんとするコジマキャノンらしき何か。これは今、誰を狙ったものなのだと。目の前を通過した、とも言ってもそれはあくまでも体感での話であり、実際のワンダフルボディからの距離はそれなりにあった……まさか。まさかとは思うが、このキャノン砲。
《……ッ!》
カーネルは瞬時に空を見上げる。そしてその直後、聞こえて来たのは。
けたたましい爆発音、更に重苦しい衝撃。
この時カーネルは無意識に叫んでいた。
《キャロルッ!!》
その上空では、一機の輸送機が無残にも爆発四散していた。