008
まずこの状況を自分なりに整理しようと思う。
俺は確か、車に轢かれそうになった子供を助けてそのまま轢かれて死んだ。んだと思うが。実際の所はまだどうなったかでさえはわからない。が、おそらくそれでだいたいは合っているんじゃないかと思う。
だとしても。それでどうして憑依なんてことになるのか。しかも何の因果か『とある魔術の禁書目録(ラノベの世界)』の誰かに憑依とか。
…………。
ダメだな。さっぱりわかんねぇ。てんで理解できない、なんて事はないが。ただ意味不明すぎるのは確かだ。オリジナル主人公、まぁ、つまるところはオリ主なんてモンが、原作。つまり小説の世界に入る転生物? 憑依物? だなんだかと聞いたことはある。確かそれが二次小説っていうんだっけか。
おれ自身あまり本やネットを見ない所為か、そういうのには少々疎い所がある。それでもそういうのがドン引きするとほ大好きな幼馴染のお陰か、深いとまでは言わないが、それなりに広く浅く知っているつもりだ。
そういえば幼馴染(あいつ)は元気だろうか。あいつは驚く程に回りに遮断的かつ攻撃的な所為で。外とのコミュニケーションがまるで取れない筈だから。もしかしたら俺が死んだこともまだ気付いていないのではないだろうか。
それはない、なんて言いきれない辺りが俺とあいつの関係の薄さだろうか。
あの後、あの白い部屋で起こされた俺は。黒いスーツの男に案内され連れてこられた場所は相も変らない白い部屋だった。設計者はいったい何を考えてここを作ったのだろうか。白魔館とでも命名してやろうか、などと考えている所で白衣の男は白い何かを持ってやってきた。
「これを装着して下さい」
なんて言われて渡されたのは白い装置に繋がった、これまた白いヘルメットだった。俺はそれを受け取り、男の言う通りにそれを頭に被る。しばらく安静にしていろと言われ、白いベットに横たわらせられた。
しかし、しばらくして強烈な眠気が襲ってきた事により。程なくして俺は眠りに落ちた。
009 Viewpoint change
白いヘルメットを被り横たわる少女を窓越しに見下ろす白衣を着た女性をはじめとした数人の研究者たちが大量の機械を操っていた。女性は顎を摩り、どこか目を見開きながらその機械と少女を交互に見比べていた。
「ふむ…いつに増して安定していますね」
「はい。昨日とのデータと見比べる必要もなく。もうPhase3まで上げているというのに、記録はそれをむしろ下回っていっています。普段ならここで心身共に多大な負荷がかかるはず…。ここまで安定しているなんて…」
「じゃあ今日はPhase5まで上げてみますか」
「…は? 今なんと」
しばらく沈黙していた女性はやがて機械の画面を見ながら驚いたように呟くと、機械を操作していた研究者の男へ指示を出す。男は一瞬、女性が言っていることが理解できなかったのか思わずもう一度聞き返してしまっていた。
「どうしました。早くやりなさい」
「しかしながら木原研究長。これ以上段階を急激に上げてしまえばまたすぐに不安定になるのでは? それに彼女は研究長の実の妹では…」
「構いませんよ」
女性は表情一つ変えずに平然とそう言ってのけた。その表情と声音にはどこか有無を言わせないような威圧感があり、研究者の男はビクリと目を見開き、もうどうなっても知らないというようにそのレバーを一気に上へ引き上げた。
010
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……ッ!!
なんだこれは背骨が捻じ曲がるみたいに痛いいいいッ!?
いったい何が起きているんだ!? なんなんだこれはッ。ッッ。くそッ。息が…ッ。まるで肺が圧迫されたように苦しい。息苦しいなんてもんじゃない。なんだか何か重いものに今にでも押し潰されているような痛み。
「はぁ…ッ、はぁ…ッ。あッ…か…?」
薄く目を開くと、まず最初に目に入るのは赤い何かだった。なんだこれはとよく目を凝らしてみるといつの間にか自分の口元に病院でつけるような酸素マスクを被っていることに気が付いた。だが、こうも苦しいのだからそのマスクを以ってしてもこの苦しみから解放されていない事を思うと、その機能はしっかりと機能していないように思えた。壊れてるんじゃないか? マスクを外してようやく空気を吸い、一気に脱力する。ふと見れば、マスクは赤い何かがこびり付いており。それは血だと今更ながらに気付く。
――もしかして、血でも吐いたのか? 俺。
「なんだって俺……血なんか…こほッ、ゴホッ」
また何かぬるりとした生暖かいものが喉の奥から込み上げて来た。気持ち悪くなって口元を手で押さえ吐き出すと、それもやはりか赤く。赤く黒いドロリとした液体が指の隙間から流れ落ちてその白い服に染みを作っていった。とりあえず頭に被っていたヘルメットも外し部屋の中を見回すが、先ほどまでいた研究者の男の姿は見当たらない。とりあえず腹部の痛みを耐えながらなんとか立ち上がる。
「…い゛ッ…てぇ……ッ」
強烈な痛みに腹を押さえながら部屋の扉のドアノブへ手をかける。どうやら鍵はかかってないらしく。カチャリという音と共に扉が開きどしゃりと床に崩れるように倒れる。
「はぁ…はぁ……ゴホッ…かはっ」
まず、整理しよう。
なぜ俺は今こうして血を吐いているのか。
そんなもの決まっている。ここはあの『とある科学の超電磁砲』だ。実験にでも利用されたんだろう。不運にも俺は木原の娘に憑いたんだ。セレスティーナだっけか。あいつも自分の爺にモルモットにされてたしな。
ひとまず整理終了。
「…最悪だ」
くっそ。誰だか知らねぇが。見てろよ木原。ぜって一発殴ってやる。ともあれ、整理がついたならまずは自分の保身を真っ先に守らせてもらう。
俺はとりあえず立ち上がり、壁を伝いながら相変らず白い廊下を歩いていく。途中何度も血を吐いたが、歩く余力がある分。この体は頑丈に出来ているらしい。それが幸いしたのか、かなり遠くまで来れた。
しかし俺はここの地図なんて持っていなければ、当然出口なんてのも知らない。どうしたものか。
「げッ。あんたはこの前の…」
なにやら少女の声と思われる声が聞こえそこへ視線を向けるとそこには、金色の髪を靡かせた勝気な印象を受ける少女がこちらを訝しげに見ていた。
っていうかフレンダだった。
「…なんだってあんたがこんなところに」
「はぁ? それはこっちの台詞だし! ……っていうかあんたってそんなキャラだっけ?」
俺の言葉に対して少女は訝しげに眉を寄せる。
「と、そんなことしている場合じゃなかったんだったッ。麦野たちと待ち合わsぴぎゃ!?」
クルリと踵を返し慌てて走り去ろうとする金髪(フレンダ)。そしてその少女の襟首を掴む俺。かくしてフレンダの首は絞められ、なんとも奇妙な悲鳴をあげるが、今の俺にはそんなことを気にしている暇はなかった。
「もうッ、なんなのよいったいッ!」
すかさず少女は襟首を押さえながらこちらを睨んできた。そこでようやく襟首を放してやり、フレンダの前まで来て俺は『お願い』した。
「なぁ…ゴホッゴホッ。……お願いがあるんだ…」
「な…なによ。って…あんた血…「俺を外へ連れてって欲しいんだ」
011
そこは先ほどの白い廊下や部屋ばかりのものと比べておよそ相対的な。何もかもが黒々とした部屋だった。とにかく広く、その真ん中にパソコンなどといった電子機器が散乱しており机に置かれず、直接床などに放置されている。
その電子機器の中心に先ほどの白衣を着た女性が床に寝そべり、何十ものPCを操作している。その傍に男なのか女なのか、その身なりからはおよそ判断の付けようがないが、声で辛うじて女だとわかるだろう。黒いスーツに中世的な顔の女性は白衣の女性へふと問い掛ける。
「よろしかったのですか?」
「んー?」
女性は棒の付いた飴玉を口に咥えながら質問してきた女性の方へ視線も合わせず返答とも取れない返事を返すと、飴玉を取り出しニヤリと笑いながら告げる。
「心配かい? あの子のことが」
「…いえ。そういうわけではありません。それに、あれは丈夫ですから」
「せっかく得た実験体を手放してしまってもいいのか、そう言いたいんだよね。知弦は」
「…………」
白衣の女性の声に知弦と呼ばれた女性は押し黙る。ここでようやく女性はPCの画面から目を逸らし、知弦という女性をじっと見つめながら意地の悪い笑みを作る。
「むふふ。ねぇ、知弦。あの子はもう用済みだよ」
「…では処分を?」
知弦と呼ばれた女性が白衣の女性へ問い掛ける。気付いているか否か。知弦の表情はどこか怒りを抑えているようだった。そんな知弦を愉快そうに見つめ女性は言う。
「いや。いいよ別に。面倒臭いでしょ。あの様子なら今頃もう遺体として処分されちゃってると思うし。知弦がわざわざ処分しに行くまでもないと思うよ。あ、それとも」
「――やっぱり心配かい? 『妹』想いだねぇ。知弦は」
「……失礼します」
憎々しげに白衣の女性を睨み付けたかと思うと、ハッという表情をしすぐに足早でその部屋から出て行った。白衣の女性はというと、まるで悪戯をした子供のようにニヤリと笑い、すぐにPCの画面に視線を戻す。
「で、今日は何のようだい。アレイスター」
ふとPCの画面に目を映してみれば、緑色の手術衣を着て赤い液体に満たされた巨大な円筒器に逆さまで浸かっている、男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える不気味な人間が薄く笑いながら白衣の女性へ語りかける。
「なに。そろそろ”プラン”を始動させようと思ってね」
To be continued...