IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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先日、友人とこんな会話がありました。



友「あなたが落としたのはこの天を衝く霊峰のようなおっ○いですか? それともこの見渡す限りの大平原のようなおっ○いですか?」
私「それって正直にどっちでもありませんっつったらどうなんの」
友「あなたは正直者ですね。そんなあなたには、手のひらに収まるような大きすぎず小さすぎないおっ○いを差し上げましょう」
私「結局変わってねえじゃん」
友「両方もらうよりかはマシだろ」



 最近真剣にコイツの頭は大丈夫なのかと思い始めました。一度無理やりにでも病院連れて行ったほうがいいかもしれません。
 ちなみに、私はれっきとした男です。


第82話 友達

 打鉄弐式のソフト関連の開発が大きく進んだ翌日。の、放課後。

 私は、とある部屋の前に来ていた。

 

(ここ、だよね……本音と同じ部屋のはずだし……)

 

 その部屋は、本音と井上さんの部屋だ。本音の部屋は寮生活を始めた直後に本音から聞いているし、ルームメイトが井上さんであることも当然聞いてる。けど改めてこうして部屋まで来てみると、あの本音とあの井上さんが同じ部屋で普通に生活できていることが不思議でしょうがなくて、いまいち信じられない。

 

 だって二人とも、なんというか、個性的すぎる。しかもほぼ真逆の方向に。

 

(でも……仲はすごく良さそうなんだよね……)

 

 本音はしょっちゅう、井上さんの話をしている。井上さんが大好きなことは誰が見ても明白だ。

 ただ、話に聞いていた井上さんと実際に会った時の印象が違い過ぎたので、二人の部屋が普段一体どんなことになっているのか、まったく想像がつかなくなってしまった。

 

(……とにかく)

 

 不安も心配もあるけれど、こうしてぼーっと立っていてもなんにもならない。それにきっかけこそ人に言われてだけど、実際に私が今ここに居るのは、他でもない私の意思だ。

 ここで逃げ帰るわけにはいかない。意を決して、私は目の前のドアをノックするべく、右手を持ち上げた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 なぜ簪が、真改の部屋を訪ねたのか。きっかけは昨日にさかのぼる。

 山嵐のシミュレーションに熱が入り過ぎた一夏たちは、千冬が案じていた通り、いつまで経ってもシミュレーションをやめようとはしなかった。その様子を眺めながら、真改は機材の影で溜め息を吐く。

 繰り返すたびに新たな修正個所を見つけ、そこを直せばみるみるうちに改善されていく――そんなシミュレーションが楽しくない筈がない。それは真改にも分かる。分かるのだが。

 

(……消灯……)

 

 もうそろそろ消灯時間なのだ。

 消灯時間までには帰らせると言った以上、それが果たされなければ真改も千冬のありがたいお説教を授かることになる。それはなんとしても避けたかった。真改は自分が一夏たちの友人であることを誇りにしているが、一夏たちと同レベルの問題児と見なされるのは嫌なのである。

 

 なので、真改は一夏たちに時間を報せることにした。影から出て、それまで隠れていた機材を二度、軽く固めた拳で叩く。ゴンゴン、と中身が空洞になっている金属特有の音が鳴り響き、一夏たちは驚いて音の発信源、真改を見た。

 

「し、シン?」

「……時間……」

 

 真改は無表情に一夏たちを見ながら、人差し指を立て肩越しに後ろを指差した。その先にある掛け時計は、消灯三十分前を示している。

 

「うお、やべえ!? 飯も風呂もまだなのに!」

「え? あ、そうだ、私も……!」

「てひひ~。うっかりさんですな~、お二人とも~」

「……お前も……」

 

 袖に隠れた手で一夏と簪を指差し笑っていた本音だったが、真改に首根っこを掴まれ、そのまま連れ去られて行った。本音もまた、食事も入浴もしていないのだった。

 それ自体を気にする真改ではない。なにせ山奥だろうが樹海だろうが沼地だろうが平然と生き残るほどのサバイバル能力を有しているのだ、少々の汚れや空腹など屁でもないし、一日程度では命や健康にはほとんど影響はないことを身をもって知っている。しかしこの整った環境の下では、しっかりとその恩恵にあやかるべきだと考えていた。その為に金と工夫と労力が注ぎ込まれているのだ、堪能しなければ失礼である。

 

 何より、明日の朝、腹が減っただの体がベタつくだのとブーブー文句を垂れる本音に付き合うことになるのが目に見えている。そうなると凄まじく面倒くさいので、何としても避けたい真改であった。

 

「かんちゃ~ん。お~た~す~け~」

「え? えっと、あの……」

「ああ、平気平気。あの二人は、いつもあんな感じだから」

「おりむー。このはくじょーものめ~。祝ってやる~、末代まで祝ってくれるぞ~」

「……はぁ……」

 

 なんともくだらないことを言う本音を、溜め息を吐きつつずるずると引きずりながら、真改は整備室を出て行った。その顔は簪からは影になっていて、どんな表情をしているのかは見えない。

 たとえ見えたとしても、その変化はあまりに小さくて、親しい者たち以外には分からなかっただろう。

 

「…………はぁぁぁ…………」

 

 真改が居なくなった途端、簪が大きく息を吐く。まるで今までそこに居たのが、凶暴な猛獣であったかのような反応だ。

 簪にとっては、まさしくその通りだったと言えるが。

 

「こ……怖、かった……」

 

 緊張から解放された簪は、ヘナヘナと崩れ落ちそうなほどに弛緩した。それを慌てて支えた一夏は、苦笑しつつ言う。

 

「あはは……ごめんな、簪さん。シンはあんま喋らないし、表情もほとんど変わらないから……何考えてるのか、わかりづらいんだよな」

「ぁ……」

 

 一夏が真改をフォローするが、簪はそれどころではない。なにせ今、簪は一夏に抱き止められているのだから。

 必要に迫られたとは言え親しくもない女性に触れるのは抵抗があったのか、両手で両肩を掴むという最小限の接触に留め。さらには近付き過ぎないよう、体を離し腕力だけで簪を支えている。

 反射で動いたにしては紳士的な対応と言えたが、それでも簪からしてみれば、今までの人生でそれほど接する機会のなかった男に、それも強靭に鍛え上げられた肉体を持つ男に身体に触れられているという状況は、その明晰な頭脳を盛大に混乱させるに十分過ぎた。

 

(は、はわわわわわわわわ…………!!)

 

 何か言おうとするが、パクパクと口が動くだけで声が出ない。簪にとってはその方がまだ良かっただろう。今声を出せば、発せられるのは混乱した思考から紡がれる意味不明な音の羅列だ。恥ずかしい思いをしなくて済んだと言える。

 まあ今でもある意味十分以上に恥ずかしいが。

 

「は…………な、して……」

「大丈夫か? 立てる?」

「平気……だから……」

「ん、わかった。じゃ、離すぞ?」

 

 しっかりと断りを入れて、簪の足に力が入ったのを確認してから離す。その手慣れた様子に、簪は色々と複雑な思いだった。

 

(なんか、私だけこんなに慌てて……馬鹿みたい……やっぱり、織斑くん……慣れてるんだ、こういうの……)

 

 そんなことを考えていたが。

 

(うっわーやっべーびびったー! 簪さんいきなり倒れそうになるんだもん本気で焦ったわ! ていうか俺ヘンなところ触ってないよね大丈夫だよね? いや肩だってあんなガッチリ掴んだらダメに決まってんだろセクハラだよ! しっかし肩細いし柔らかいな大丈夫なのかそれでっておいバカんなこと考えるな落ち着け冷静になるんだ織斑一夏っ!!)

 

 全然そんなことはなかった。

 普段から女子に囲まれ特にラウラからは過剰なスキンシップを求められる一夏も、まだ知り合って間もない少女にあんなことをするのは恥ずかしいらしい。

 

「とにかく、出ようぜ。このままじゃ本当に消灯時間になっちまう」

「うん……」

 

 なんとか平静を取り戻し――てはいないが、とりあえず行動出来る程度には回復した二人は、並んで整備室を出て寮に向かう。その途中、お互い会話する余裕などないので無言のまま進んでいたが、ふと一夏が声をあげる。

 

「あのさ、簪さん」

「な、なにっ?」

「シンのことなんだけど……誤解しないでほしいんだ」

「え……?」

 

 なんだか困ったような、声。なんだろう、と思う間にも、一夏は話し続ける。

 

「悪いやつじゃないんだ。確かに怖いところはあるけど……本当は優しいし、友達思いだし、何より一生懸命でさ。話してみれば、簪さんにもわかると思う」

 

 アイツはあんまり喋らないけどな、と続ける一夏は、呆れを含んだ、とても穏やかな顔をしていた。そんな顔を見れば、誰だって分かる。

 

(井上さんは……織斑くんにとって、すごく大切な存在なんだ……)

 

 余人には計り知れないほど、強い絆。信頼や友情とは少し違う、当たり前のように傍に居るという――家族のような、安心感。

 

(……いいな……)

 

 一夏と真改の二人とは逆に、簪は本当の姉である楯無とも距離を取っている。嫌いなわけではない。だが、苦手なのだ。心のどこかで、どうしてか壁を作ってしまっている。

 

(なんで……だろう……)

 

 優秀な姉と、いつも比べられてきた。

 そんなことは全然気にしていなかったのに、姉が何かを成し遂げるたび、恐怖に震えるようになったのはいつからだろう?

 

 どれだけ頑張っても、追いつけなかった。

 失敗を繰り返す自分を見る周囲の目が、蔑みと嘲りに満ちているのではないかと思うようになったのはいつからだろう?

 

 何をしても、認めて貰えなかった。

 躓いた時に差し伸べられる姉の手が、お前には出来ないと言われているように感じてしまうのは、どうしてだろう――?

 

(そんな……こと……)

 

 それらは全て言い訳だ。だって簪には自信がない。

 

 もし自分たちが「更識」でなければ。もし姉が「楯無」にならなければ。

 

 ちゃんと、「お姉ちゃん」と、呼べたのだろうか。

 

「…………」

 

 だからこそ、簪には一夏たちが羨ましかった。他人同士の筈なのに、まるで姉弟のような二人が。

 

(……うん)

 

 だから、一夏の言葉を信じることが出来た。そこまで言うのなら、きっと自分の思っていた人物像こそが間違いなのだと。

 ならば、謝らなければならない。自分は真改に対し、とても失礼な振る舞いをしてしまったから。

 

「…………て、みる……」

「ん?」

「明日……井上さん、と……話してみる……」

「……そっか。うん、仲良くしてやってくれよ」

「……うん……」

 

 それでもまだ、少し怖いが。

 

 一夏から勇気を貰った気がした簪は、頑張ってみよう、と静かに決意を固めていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

(大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫…………)

 

 手を持ち上げたまま、深呼吸。無意識に逃げようとしているのか、足が震える。最後にゴクリと唾を飲み込んで、我ながらぎこちない動作でドアを叩く。

 

 コンコン。

 

「…………」

 

 …………コンコン。

 

「………………?」

 

 留守、かな? いやけどそんなはずはない、ちゃんと部屋に戻って行ったことを織斑くんに確認してから来たんだから、居るはずだ。

 不思議に思いながら、私にしては大胆にもドアノブを回してみた。……やっぱり、開いてる。

 

 なんだろう、寝てしまっているのかな? 井上さんは毎朝早くに起きて、トレーニングとかをしてるそうだし……いや、それにしたってまだ早すぎる。

 

「あの……」

 

 そんなことを考えながら、部屋の中に一歩入り、見渡した。

 

 ……もし、部屋に入るのが。

 あと少し早ければ、私が。

 あと少し遅ければ、井上さんが。

 きっと、先に気付いただろう。こうなる前に、気付けただろう。

 

 こんなことには、ならなかっただろう――

 

 カチャリ。

「え?」

 

 突然聞こえた音に振り向くと、そっちにはバスルームがあった。その入口が開いた音だろう。

 そして、そこから出て来たのは。

 

「…………」

「…………」

「「……………………」」

 

 長い黒髪を、わしゃわしゃと乱暴に拭いている。

 

 全裸の、井上さんだった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 突然かつ予想を超越した出来事により、簪はその思考を完全に停止した。真改も、今日はたまたま脱衣所に着替えを持ち込むのを忘れてしまい、裸のまま出ることになってしまったのに、そんな時に限って何故か部屋に居る簪に驚いた。

 

 簪があと少しでも、部屋に入るのが早ければ。明かりの点いたバスルームに真改が居ると気付いただろう。一旦部屋を出るなり、なんらかの対応をしただろう。

 簪があと少しでも、部屋に入るのが遅ければ。誰かが部屋に入ろうとしていることに、真改が気付いただろう。流石に一声掛けただろう。

 

 だが、そうはならなかった。タオルで頭を拭くという行為は、周囲に大きな音が漏れることはないが、している本人は周囲の音が聞こえなくなる。その僅かな間、絶妙に最悪なタイミングで簪が入室したことを、一体誰が責められようか。

 

 ともかく、双方にとって予想外な事態であることは明白だ。

 が、それも文字通り一瞬。瞬き一つしただけで気を取り直し、簪の方へと歩いて行く。対する簪は、動けない。逃げることはおろか、声を出すことも、目を逸らすことも出来ない。蛇に睨まれた蛙のように、ただ呆然と、横を素通りしていく真改を見つめ――

 

 カチャリ。

(なんで鍵かけたのー!!?)

 

 その音で簪は思考を取り戻したが、それは未だに混乱の極みにあった。

 真改としては、これ以上人が入って来ることがないように鍵をかけたのだが、簪からすれば部屋に閉じ込められたに等しい。

 とは言え、そういった意図が皆無だった訳でもない。ただの内鍵なので簡単に開けられるが、その一挙動のロスは致命的だ。逃げ出そうとしても容易く制圧出来る。

 

「…………」

 

 今度はガタガタ震えだした簪を不思議に思いながら、真改はきびすを返しタンスに向かう。増援と退路は真っ先に断った、次は防備を固めねば。タンスの中から適当に下着を選び、身に着ける。次いで手早くサラシを巻くと、シャツとジャージの上下を着た。

 その間、ガタガタ震える以外全く動かなかった簪に向き直って。

 

「……何用……?」

 

 ようやく、疑問の解決に取りかかった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「…………」

(…………ええっと…………)

 

 井上さんは部屋の隅に立てかけてあった折り畳み式のテーブルと椅子を持ってきて、私を座らせた。簡素だけど造りがしっかりしていて木目も美しい、なかなか良い品だ。

 次に各部屋備え付けのキッチンへ行って、お茶を淹れて戻ってきた。香り高くて味わい深い、こちらも良いお茶だった。

 つまり、私はしっかり「お客様」としてもてなされているらしい。

 

「…………」

(ど、どうしよう……!)

 

 けど対面に座る井上さんは、全くの無表情。目つきが鋭いのでかなり怖い。私のことじーっ、と見てるし。

 

「あ、あのっ」

「…………」

「……え、えっと……」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 何か言わなくちゃいけないのだけど、何を言えばいいのかわからない。何かを言おうとして失敗し黙り込むのを、何度か繰り返していた。その間井上さんは、ずっと黙って待ち続けている。

 

 ……話をしようと思って来たけれど。文字通りの意味で、話にならなかった。

 

「……先日は……」

「!」

「……何故、逃げた……?」

「あ、あれはっ、その……」

 

 いきなり訊かれるなんて……しかも井上さんから。

 けれどこれは、今回の訪問で最も重要な話だ。ある意味この話こそが目的とも言える。避けては通れない。

 

「あの、臨海学校の、すぐあとくらいに……井上さん、寮の裏で、その、練習してたでしょう……?」

「…………」

「い、井上さんは……覚えてないかも、しれないけど……あの時……私が、声をかけて……振り向いた井上さんが……その……」

「…………」

 

 うう……やっぱり怖い。でもあとちょっとだ、言ってしまえばきっと楽になるっ。

 

「す……すごく、怖い顔をしていたから……私の中で、井上さんは……怖い人っていうイメージに、なっちゃって……」

「…………」

「そ、それで、突然井上さんとぶつかって……その怖いイメージが出てきちゃって……逃げ、ました」

「…………」

「ご……ごめんなさい」

「…………」

 

 椅子から立って、深々と頭を下げる。これで許して貰えるかはわからないけど、とにかく、言わなきゃいけないことは言った。

 あとは、井上さんがどうするか、になっちゃうんだけど……。

 

「…………」

 

 ずっと黙りっ放しで、怖い。

 

「……こちらこそ……」

「……え?」

「……済まなかった……」

「…………あ」

 

 意外な言葉に驚いて顔を上げると、もっと驚いた。井上さんも立ち上がり、頭を下げていたのだ。

 

「え? え?」

「……驚かせた……」

「あ、そ、そんな……」

 

 井上さんが謝ることなんてない。だってあの時井上さんは、大変だったんだから。私が勝手に怖がって、勝手なイメージを重ねて、逃げ回っていただけなのに。井上さんには、私を責める資格があるのに。

 

「なんで……謝るの……? 悪いのは……私、なのに……」

「…………」

 

 答えてはくれなかったけれど、井上さんの表情が少しだけ変わる。なんとなくだけど、失敗を恥じるような顔……のように感じた。

 あの時の状態は、井上さんにとっても反省すべきものだったのかな。

 

「……とにかく。井上さんが……謝ることはなくて……」

「……なら……」

 

 謝りに来たのに謝り返されてしまって困っていると、井上さんは表情を柔らかくした。

 ……少しだけだけど。

 

「……相子……」

「あ……」

 

 ……ようやくわかった。井上さんは、今までのことをなしにしよう、と言っているんだ。お互いに貸し借りや負い目をなしにして、これから始めよう、と言っているんだ。

 私と、井上さんの関係を。

 

「……よろしく……」

 

 友達と呼ぶには、まだぎこちないかもしれない。でも、こうしてちゃんと目を見て話せることが嬉しかった。私が自分で閉じこもっていただけで、ほんの少し勇気を出せば、こうしてコミュニケーションを取れることがわかって嬉しかった。

 人と話すのはやっぱり苦手だし、怖いけど。アニメを見ているのとは違う、今、自分が、こうしてここにいると実感できて、嬉しかった。

 差し出された手に、今度こそ逃げずに手を伸ばせたことが、嬉しかった。

 

「う、うんっ……こちらこそ!」

 

 ようやく握ることができた井上さんの手は固かったけれど、ひんやりと冷たくて、少しだけ気持ちよかった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「…………」

 

 翌日。放課後になると、早速訓練のためアリーナへと向かった。昨日はアリーナの予約が取れなかったので、せっかくだからと鍛練も早めに切り上げ、身体を休めさせることにしたのだ。

 そのおかげで簪との関係を仕切り直せたとも言えるので僥倖と言えるが、やはりしっかり休んだ後は存分に身体を動かしたくなる。今日の訓練は一段と気合いの入ったものになるだろう――そう、思っていたのだが。

 

「はああああああっ!!」

「でやあああああっ!!」

「せえええええいっ!!」

「………………」

 

 己よりもよっぽど気合いの入ってる連中が居た。気合いが入ってるどころか最早殺気立ってると言った方が正しいくらいだ。

 

「お前が、お前たちがっ、邪魔をするから!!」

「はあ!? 何言ってんのよそっちがでしょーがっ!!」

「どちらでも構いませんわ、二人まとめてウェルダンにして差し上げます!!」

「……………………」

 

 奴らに交ざって訓練するのは大変危険なうえ見苦しいので出来れば避けたいが、己が朧月を展開し飛び始めればすぐに気付かれるだろう。かと言ってアリーナ自体を変えることは、今からでは無理だ。

 

 ……速やかに撃墜し、叩き出すのが最善か。

 

「シン、落ち着いて。顔がちょっと怖くなってるよ」

「………………」

 

 隣に立つシャルにたしなめられ、大人気なく高ぶっていた怒りを鎮める。最近は特に喧しいせいか、沸点が低くなってきているようだ。自重せねば。

 

「……ふん……」

 

 さて。冷静さを取り戻したところで、この状況を整理するとしようか。

 

 一昨日タッグを組んだ一夏と簪であるが、この情報は瞬く間に学園中を駆け巡った。一夏のパートナーが誰になるかは誰もが注目していたので、当然と言えば当然だが。

 そしてさらに当然なことに、この情報に激怒する者たちがいた。それが今目の前で乱闘を繰り広げている三人娘である。彼女らは休み時間にも一夏に奇襲・急襲・強襲をかけたが、それぞれが千冬さんに現場を目撃され捕縛、拷問の末解放された。昨日は己はISの訓練をしていないので、アリーナでの様子がどれほど悲惨だったかは分からないが、しかし装甲にまだ傷が残っているところを見ると相当なモノだったらしい。目を覆いたくなるような惨状だったに違いない。

 が、それでも怒りは発散しきれなかった――どころか一夏が簪の打鉄弐式の調整に楽しそうに付き合っている姿に更に怒りを漲らせ、今に至っている。

 

「…………」

 

 こうして、第何次かも分からない一夏争奪戦の敗者たちは仲間(同類)同士仲良く殴り合っているわけだが、意外なことにその中にシャルは含まれてはいなかった。一昨日の様子では、一夏がタッグに簪を選んだことに対してかなり不満があった筈なのに。

 もっとも、己は既に、その答を本人から聞いているのだが。

 

「……ラウラは……?」

「……うん。まだ元気ないみたい。あのラウラが悩むくらいなんだから、二、三日で解決できるとは思ってなかったけど……」

「…………」

 

 そう、彼女はルームメイトであるラウラを心配しているのだ。別に箒たちが心配していないというわけでは断じてないが、しかし同じ部屋で生活し、他の者よりも長くラウラに接しているシャルにとって、ラウラの傍に居ることは一夏のペアよりも優先されることのようだ。

 つまり、昨日の時点でシャルはパートナーをラウラに決めていたのである。まだ本人を誘ってはいないようだが、しかしラウラも断るまい。

 近距離での幅と厚みのある火力、得意距離を維持する機動力を併せ持つシャル。どの距離でも標準以上の攻撃力を持ち、隙のない性能と技術を誇るラウラ。この二人は、間違いなく強敵だ。

 

「……えへへ。ラウラのこと、心配してくれてありがとね、シン」

「……己だけではない……」

 

 嬉しそうにはにかむシャルの言葉に、訂正を加える。

 己には――そしてシャルにも分かる。アリーナを縦横無尽に飛び回る少女たちが、戦いに集中しきれていないということは。攻撃には粗が目立ち、防御に精彩を欠くのは、怒り狂っているからだけではない、と。

 

「……うん。……ふふっ。なんかいいよね、こういうの」

「……?」

「今もそうだし、みんなしょっちゅうケンカするけれど……みんな仲間で、友達なんだな、って」

「…………」

 

 心から嬉しそうに笑って、シャルは飛び立った。そして三つ巴の乱戦に横槍を入れ、自分もその中に交ざって行く。

 

「…………」

 

 喧嘩するが、仲間で友達、か。

 それは順番が違う。信頼し合う仲間で、心を許せる友達だからこそ。この程度で関係が崩れたりはしないと信じられ、想いや我が儘を存分にぶつけ合えるからこそ。

 こうして何度も、喧嘩が出来るのだ。喧嘩をしながら、笑い合えるのだ。

 

(……やれやれ……)

 

 さて。それでは己も、先ほど頭を痛めさせられたことだし。

 喧嘩を、しに行くとしようか――

 

 

 




真改がタッグを組む相手とその場合のタッグ名(仮)



一夏
タッグ名:雪月花
 攻撃力に特化したタッグ。一瞬で勝つか仕留め損ねてジリ貧になって負けるかのどちらか。


タッグ名:花鳥風月
 箒の飽和攻撃と真改の一撃必殺、攻撃面は優秀だが箒の燃費が心配。お互いのフォローが鍵か。


タッグ名:シンシンとリンリン
 今ならセットでホンホンもついて来ます。

セシリア
タッグ名:ムーン・ティアーズ
 総合的なバランスではトップ。前衛と後衛がしっかりと分かれ、安定感が高い。その分、一度崩れると脆いかも。

シャル
タッグ名:ライオンハート
 月光ととっつき。ふざけてんのかてめえら。
 と思ってると即死する。

ラウラ
タッグ名:真・月兎
 停止結界からの月光という即死コンボが凶悪。ゲーセンでやったら台パンレベル。


タッグ名:沈黙の眼鏡
 ヒーローインタビューとかどうすんだろう。

楯無
タッグ名:学園二強
 とりあえず最強。この二人が組んだ時点で優勝が決まると言っても過言ではない。

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