友「問おう。真のヒーローは誰ぞ?」
私「ロックバイソン」
友「そこはアクアビットマンて言えよ」
「お願いします、織斑一夏くん。私の妹……簪ちゃんと、タッグを組んでください」
「…………」
……さて。
突然過ぎて、どう反応すればいいのかわからない。俺が成人で喫煙者だったら、タバコを吸って一拍置きたい気分だ。
「……ええと……楯無さん?」
「なに? 一夏くん」
「あの……流れがまったく掴めないんですが」
一応、楯無さんの妹さん――更識簪さんのことは話題に上ってはいた。けどそれは、シンが落ち込んでいる理由……ぶつかって逃げた相手としてのことだ。
それがいきなり、タッグのパートナーにしてなんて言われたら……混乱というか、戸惑う。
「えっと、どういうことなんですか?」
「あ、うん、ごめんなさいね。私としたことが、焦っちゃって……ゴホン、んん。
……あのね。簪ちゃん、専用機持ちなのに、専用機を持ってないんだけど……それは知ってる?」
「はい、知ってます。……白式の開発のせいで、簪さんの専用機が未完成だって」
「そ、そう! 一夏くんのせいなのよ、簪ちゃんの専用機が完成しないのは!」
「…………」
人によってはブチギレたっておかしくないレベルの発言だが、グッと我慢。あの楯無さんがここまで声を荒げるのは珍しい、それだけ妹さんが大事なのだろう。
「けど……専用機が完成してないのに、そのタッグマッチに出られるんですか?」
「も、もうすぐ完成するのよ! 簪ちゃん、今一生懸命専用機を組み上げてるんだから!」
「へえ……へ? 専用機を、組み上げてる?」
それって、できるの? 専用機……に限らず、ISは最終調整だけでも、優秀な専門家が数十人集まってようやく、ていう難しさだって聞いてるけど……。
「あのね……私の専用機、
「……な……」
待って。ちょっと待って。
完成させたって? ISを? 第三世代型の、超高性能機を?
「……マジですか」
「あ、でも、一から全部やったわけじゃないのよ。機体自体もう七割方できてたし、薫子ちゃんと虚ちゃんからアドバイスももらってたし」
「それでも、普通じゃないですよ……」
「大変だったわよ、とても。けどどうにか完成させた。みんな喜んでくれたけど……簪ちゃんだけは、そうじゃなかったの」
「え……」
なんで? 専用機を完成させるなんて、とんでもない偉業だ。それを妹である簪さんが、喜ばなかったって言うのか?
「もちろん、祝ってくれたわ。笑顔で、おめでとうって言ってくれた。……けど、内心は複雑だったみたい」
「……なんでですか」
「比べられてたのよ、私たち姉妹は。色々な分野で、事あるごとにね」
「…………」
「だから簪ちゃんにとって、私は……怖い存在なのかも。私が頑張れば頑張るほど、それ以上を、簪ちゃんは求められるから」
「……そう……だったんですか」
「べ、別にそうと決まったわけじゃないのよ? 簪ちゃんに訊いたわけじゃないし……そうなんじゃないか、って思い始めたのも、最近だし」
そう言う楯無さんの笑顔は、いつものそれとはまるで違っていた。
取り繕おうとして上手くいかなかったような、悲しみを隠そうとして失敗したかのような。
……そんな、楯無さんには似合わない、笑顔だった。
「だから、私が専用機を完成させて……それで簪ちゃんは、自分でも専用機を完成させようとしてるんだと思うの」
「う~ん……」
なるほど……複雑な事情があるんだなあ、楯無さんにも。
「けど、それがどうして、俺が簪さんとタッグを組むことになるんです?」
「うん……簪ちゃんもすごく頑張ってるんだけど、多分今のままじゃ、専用機を組み上げることは無理だと思うのよね。ていうか無理なのよ」
妹の努力をバッサリいきやがったよ、この人。
「簪ちゃんの専用機……〔打鉄弐式〕っていうんだけど、一番大事なシステムが抜け落ちてるのよ」
「一番大事なシステム……第三世代型兵装のことですか」
「そう。四十八発ものミサイルを通常とは全く異なる軌道で誘導し、対象を包囲、粉砕する……マルチロックシステム。そして専用の武装、八連装・六基のミサイルポッド、〔山嵐〕。それが、打鉄弐式の最大火力なんだけど……」
「未完成なんですか?」
「山嵐自体は出来てるのよ。ただ、プログラムが空っぽなの」
「その、マルチロックシステムの方が出来てないってことですか」
ミサイルのロックオンシステム、か……。
通常のミサイルは、何発撃っても基本的に同じ軌道を描く。最初にバラバラの方向に撃つことである程度は軌道を調節できるけど、距離を取られたら結局は同じだ。どれだけ数が多くても、一方向から飛んでくるのならまとめて撃ち落とせる。
それでも、撃った後は自動で敵を誘導するミサイルは強力な兵器だ。そのミサイルが四十八発同時に、別々の軌道で襲い掛かってきたら――
「……普通のFCSじゃ無理……ですよね。できなくはないかもしれないけど、ロックに時間が掛かりすぎて、現実的じゃない」
「うんうん、自分じゃ使わない武器のこともちゃんと勉強してるみたいね。偉いぞ一夏くん♡」
「あのですね……」
「とにかく、実戦で使えるレベルまでロックオンを早くするには、今までとは全く違うFCSが必要なの」
「全く違うFCS……セシリアの〔
「確かにあれはあれで、今までとは全く違うFCSだけど……それとも別の物よ。……そうね。
「あー……それはすごい高度そうですね」
楯無さんの説明で、そのシステムがどれだけハイスペックな物か、おぼろげながら理解できた。確かにそれを完成させようなんてのは、無謀と呼んでもいいだろう。
「それを、簪さんが造ってるんですか」
「そうよ」
「ちなみにそのシステム、簪さんに渡った段階でどれくらい出来てたんですか?」
「……ぜろぱーせんと」
「…………は?」
「だから。ま~~……ったく出来てなかったのよ」
「……いくらなんでも、無責任過ぎじゃあ……」
「あら、一夏くんがそれを言うの?」
「う……」
そうでした。白式のせいでした、打鉄弐式が完成しないのは。
「ハード面は、もうほとんど出来てるんだけどね。ソフトはFCS以外にも、スラスターの出力配分とか、姿勢制御とか……色々と空っぽなのよ」
「……えーと……それで、なんでタッグの話に?」
「簪ちゃん、多分このタッグマッチも、欠席するつもりだと思うの」
「あー、うん、そうかもしれないですね」
「けどこのままじゃ、いつまでたっても完成しない。独力じゃ無理なのよ。さっきも言ったけど、私だって虚ちゃんたちに手伝ってもらったんだし」
「けど簪さんは、あくまで自分ひとりでやろうとしてる」
「そうなの。けど簪ちゃんは、責任感が強い子だから……一夏くんがタッグを組んでくれれば、出場するために完成を急ぐと思うの。一人じゃ無理だ、って思えば……きっと、協力を求めてくれる。
……私にじゃなくても、ね」
「…………」
また、寂しそうな笑顔。そんな顔をされたら、断れない。
「……わかりました、引き受けます」
「ほ、ホント!? ありがとう、一夏くん!」
「うわっ、ちょ、抱きつかないでくださいよ!」
「え? ああ、うん、ごめんなさいね」
慌てて言うと、あっさり引き下がった。
……おかしい。楯無さんなら、ここから怒涛のセクハララッシュに入るところなのに……。
よっぽど妹さんが大事なんだなあ。
「ええっと。今の話を聞いた感じだと、簪さんには楯無さんの名前は出さない方がいいですかね?」
「そ、そうね。でないと簪ちゃん、逃げちゃうかもしれないから」
「それと、参考までに聞きたいんですけど」
「うん? なにかな?」
「簪さんって、どんな人なんですか?」
「…………」
何故黙る。
「と、とりあえず、これが写真ねっ」
「あ、はい」
ばっ! と突き出された携帯端末には、物憂げな少女の写真が表示されていた。
……これ、学園のIDに付いてる証明写真じゃあ……わかりやすいと言えば確かに一番かもしれないけどさ、他になかったのかよ……。
「んー……あ、結構似てるんですね」
「あ、あら、そう?」
……嬉しそうだなあ……。
とにかく、写真を良く見てみる。顔立ちは、言ったように楯無さんに似てる。髪の色も同じだけど、楯無さんより長めで、楯無さんが外はねなのに対して内はね。あと長方形のレンズの眼鏡をかけている。
「顔はわかりましたけど。それで、どんな人なんです?」
「ええっと……内気と言うか、人見知りと言うか、引っ込み思案と言うか……」
なんだか一生懸命に言葉を選んでらっしゃる。
「暗いの」
選んだ結果がそれか!!
「それで、あんまり友達もいないみたいで」
「なんか、ネガティブな情報ばっかですね……」
「そ、そんなことないわよ!?」
楯無さんは必死に否定するが、専用機が未完成とか、足りないプログラムがとんでもないクセモノだとか、姉にコンプレックスがあるとか、ちょっと暗めの性格だとか、友達少ないとか……。
………………一体どうやって、タッグに誘えばいいんだ?
「……まあ、頑張ってみます。上手くいくかは保障できませんが」
「うん。……無理はしなくていいからね、一夏くん」
――――――――――
翌日。朝のHRで、例のタッグマッチについての連絡があった。なにやら背筋に寒気を感じたので、休み時間になったらススッっと教室から脱出。ここら辺の技術は、長い(数ヶ月)経験の果てに身に付けた物である。
(しっかし、どうするかなあ……)
ただ、簪さんにちょっと話を聞いてみよう、と思ってただけなのに。事態は大分複雑になった。
(簪さんも、なんだか気難しそうだし……)
そんな子をタッグのパートナーに誘うとか、俺の会話能力でどうにかできるのか? まあ、やってみるしかないか。
(ええと、四組四組……)
大抵の学校でもそうだと思うが、IS学園は一組から四組まで、同じ階に順番に並んでいる。なので一組を出れば、隣の二組の前を通って――
ガラリ。
(……ん?)
すぐ後ろでドアの開く音。振り向けば、鈴がツインテールを揺らしながら二組を出て、そのまま一組に入って行くところだった。誰かに用だろうか。セシリアかな? もしくはシンかも。負けず嫌いな鈴のことだから、優秀で仲も良い二人のどっちかとタッグを組むため、早速行動を開始したのかもしれない。
(……さて。四組四組)
というわけで、一年四組に到着。ガラリとドアを開けて、教室内を見渡す。
「えーっと……」
「うん? ……へ!? お、織斑くん!?」
「ほ、ホントだっ、織斑くんだ!」
「よ、四組にどんなご用件ですか!?」
「……え、えーっと……」
何回体験しても慣れないなあ、この状況。この学園に来て結構経つのに……。
「あの、簪さんって居る?」
「え?」
「か、簪さんって……更識簪さん?」
「うん、そう。その簪さん」
「えーっと……」
ちょっと戸惑いながら、女の子は視線を向けた。教室の一番後ろの、窓際の席へ。
そこに少女が座っていた。写真で見たのと全く同じ表情で、空間投影ディスプレイを展開している。
「あ、あのっ」
「うん?」
「更識さんに……どんな用ですか?」
「ああ、ほら、今度専用機持ちでタッグマッチやるだろ? そのパートナーに誘おうと思って」
「ええっ?」
「けど、更識さんって……」
「確か、専用機が……」
「教えてくれてありがとう。それじゃ」
なんか話題が嫌な方向に飛びそうな気がしたので、無理矢理切り上げて簪さんの方へ歩いて行った。どっちにしろこの休み時間は長くないので、急がないといけないし。
「……おお」
簪さんの席の前まで行くと、カカカカッという音が聞こえた。どうやら彼女が使っているのは、昔ながらのキーボードのようだが――
(はっや……)
タイピングが滅茶苦茶速い。指が見えないくらい速い。しかもよく見ると、タイプミスが皆無だ。正確性までとんでもないらしい。
「……すごいな」
「……なに?」
「え? ああ、ごめん」
思わず呟いた言葉を聞かれてしまった。視線だけこっちに向けながら、さっきまでと全く変わらない速さでタイピングを続けている。
「ええと……更識簪さん、でいいんだよな?」
「そう……」
「そっか。よし。はじめまして、俺は織斑一夏だ」
「知ってる……」
うーん、なんだか壁を感じる。こう、他人を寄せ付けないと言うか……。
「それでな、更識さん。今度、専用機持ちでタッグマッチやるだろ? 俺と組んでくれないか?」
「イヤ……」
取り付く島もねえなオイ。
けど、こうなることは予想済みである。ここはアレだ、押せ!
「頼むよ、更識さん。俺とタッグ組んでくれよ」
「イヤよ……そんなことする意味、ないもの……」
「うぅむ……」
確かに、それは言えてる。楯無さんから聞いた打鉄弐式の武装は、対象の周囲一帯を焼き尽くすような代物だ。近接戦闘しかできない俺とは、パートナーとして相性が悪い。味方の攻撃に巻き込まれて撃墜とか、笑い話にもならないしな。
「うーん……頼むよ」
「なんで……私?」
「へ?」
「あなたは……相手には、困らないはず……」
「……そうか?」
うーん……俺、というか白式と相性の良い相手……誰だ。白式は一撃必殺の攻撃力があるから、戦術に組み込みやすいように思うけど。敵味方問わず、エネルギーを全部消滅させちまうのがネックなんだよなあ……。それに燃費が酷すぎて、戦闘可能時間が全然合わないし。
――キーンコーンカーンコーン――
「うお、ヤバイ」
予鈴が鳴った。急いで戻らないと、どんな目にあうかわからない。
「さよなら……」
「あ、うん。タッグの件、考えておいてくれよな!」
とりあえずそれだけ言って、慌てて四組を出る。ドアを閉める際にちらりと簪さんの様子を見てみたけど、俺への興味は既にごみ箱からも消去されているようだった。前途の多難さを感じながら一組に戻る途中、更なる追い討ちが。
鈴と会ったのである。
「い、ち、かぁぁぁぁ~……!」
「うおっ? な、なんだよ……?」
「ふん! 後でぶっとばす!」
「ええー……?」
何故だ。何故俺がこんな目にあわなけりゃならないんだ。
鈴はやるぞ、マジで。俺の事情なんぞお構いなしに。しかも鈴の言う「後で」とは、後日とか来週とか、そんな猶予のある話ではないのだ。つまり即日、さらに具体的に言えば放課後、どころか昼休みという可能性すらある。
……勘弁してくれ。
――――――――――
さて、放課後の訓練で鈴と箒とセシリアとシャルとラウラにボッコボコのギッタンギッタンにされて、フラフラになりながらようやく自室の前まで戻ってきたわけだが。
(また鍵が開いてるよ……)
つまり、また楯無さんが来てるってことだ。
もはや隠す気ねえな、あの人……。
ガチャリ。
「はぁい、一夏くん。おかえりなさい」
「……ただいま戻りました」
溜め息を吐きながら、見覚えのない高級そうな二人掛けソファに座って脚を組んでいる楯無さんを見る。
……様になってるなあ。
「それで、例の件はどう?」
「…………」
パンッ、と開かれた扇子には首領と書かれていた。ご丁寧にドンと振り仮名まで振っていやがる。
「だめでしたよ。取り付く島もありませんでした」
「う~ん、やっぱり難しいかなあ」
というよりも、簪さんの言うことが正しいのだ。俺と簪さんが組むことにメリットはなく、しかしデメリットがある。どう考えても、組まない方がいい。
「……そうね。私から少し、手を回しましょう」
「え?」
「一夏くんと簪ちゃんが組めるように、ちょーっとだけ、更識の力を使うわ」
「はあ……」
なんだろう……更識の力? コネとか?
「そこそこ歴史のある家だから。国内なら家の影響力があるし、私自身も国家代表だしね」
「ああ、なるほど。なんかそんな話、マンガとかで見たことある気がします」
「サラリーマンJOE太郎」という、特徴的なポーズを決めるやたらと濃い顔のキャラクターたちが会社の発展に心血を注ぐマンガだ。表紙の絵を見てちょっと避けてたんだが、弾から勧められて読んでみたところハマってしまった。
「とにかく、うちは昔からこの国で色々とやってきたから、ある程度なら言うことを聞いてくれる人がそこそこ居るのよ。さて、そこで問題です。一夏くんと簪ちゃんには、ある共通点があります、それはなんでしょう?」
「……共通点?」
あれか、優秀すぎる姉がいるとか?
「……ブッブー、時間切れです」
「あちゃー」
「……答える気なかったでしょう、一夏くん」
「え!? そ、そんなことありませんよ……?」
「答えは思いついたけど言えなかった、って顔してるわよ。……それじゃ、答えを教えてあげるけど。一夏くんの白式も、簪ちゃんの打鉄弐式も、どっちも倉持技研が造った機体だということよ」
「……それが?」
「んもー、鈍いわねえ、一夏くん。製作元である倉持技研なら、機体の使用者に注文ができる、ってこと」
……………………ん?
「……ああ、そうか! 倉持技研から、俺たちがタッグを組むよう要請すれば――」
「そういうこと。専用機持ちはあくまで機体を「借りてる」だけだから、会社の正当な要請は断れないわ。
例えば、「打鉄弐式と白式を同時運用した際のデータが欲しい」とか、ね」
「おおー……」
ううむ、結構納得のいく内容だ。そのデータは、実際に欲しがっていてもおかしくない――ていうか欲しがってるんじゃないだろうか。頼めば引き受けてくれるだろうし、何より不自然じゃない。
「いいんじゃないですかね。それくらいなら、楯無さんの仕業だとは思わないかも」
「おねーさん、もうちょっとマイルドな言い方のほうがいいけど。とにかく、これでいきましょ。すぐに倉持技研に連絡するわ、明日の朝には、簪ちゃんに依頼が行くと思うわ。一夏くんにも」
「それから改めて、簪さんを誘ってみますよ」
――――――――――
というわけで、翌朝。早速倉持技研から依頼の電子書類が送られてきたので、即返答。もちろん了承だ。
今頃、簪さんにも同じ依頼書が行ってるはずだ。多分、OKの返事を送ってるだろう。眉間に皺寄せたりしながら。
(なんか、悪いことしてる気がするなあ……)
簪さんにももちろんそうだけど、楯無さんにも。いや、楯無さんから頼まれたんだから、彼女には申し訳なく感じる必要はないかもしれないけど……俺が昨日、簪さんとタッグを組めていたら、楯無さんがこうして手を回すこともなかった。
なんとなく、だけど。楯無さんは、そういう「家の力」を使うことが、あまり好きではないような気がするのだ。
(……なら尚更、簪さんとタッグを組んで、打鉄弐式を完成させないとな)
楯無さんの助力を無駄にするわけにはいかない。簪さんとタッグを組んで、それで終わりではないのだ。タッグマッチの日程を考えると、時間的余裕はあまりない。完成した後も、調整やら練習やらもしなくちゃいけないし。
(そうだな……のほほんさんに手伝ってもらおうかな)
四組に向けて歩きながら、予定を色々と考える。確かのほほんさんは簪さんの専属メイドだって言っていたし、断られることはないだろう。それにのほほんさんの協力なら、簪さんもそれほど抵抗なく受けてくれるんじゃないか? 何より、のほほんさんのメカニックとしての優秀さはよく知ってる。放課後は整備課に行って先輩方に整備テクを披露している、なんて話も聞いた。申し分ない。
(うん、後で頼みに行ってみよう)
最近はシンの専属メカニックみたいになってるのほほんさんだけど、多分大丈夫だ。朧月はすでに完成してる機体なわけだし、シンの戦術やクセなんかもわかってるから、整備にそんなに時間はかからない。こっちを手伝ってもらう余裕はあるはず。
(簪さんは……よし、居るな)
四組に到着し、教室の奥を見れば、昨日と全く同じ様子でキーボードを叩いている少女の姿が。
俺は懐から携帯端末を取り出し、例の電子書類を表示させながら、少女の前に立った。
「や。これ、簪さんにも来てる?」
「ええ……」
チラッと見るまでもなく、それがなんの書類かはわかっているのだろう。簪さんは昨日と同じようにたタイピングを全く減速しないまま返事をした。
「それじゃあさ。改めてお願いするけど」
思えば。
俺は今まで、楯無さんに大分助けられてきたけれど、まだなにも返していない。かなーり迷惑をかけられているが、それでチャラになるほど小さな恩でもない。
「簪さん。今度のタッグマッチで、俺のパートナーになってくれないか?」
それが今、ようやく、ひとつだけ返せるかもしれない。楯無さんと簪さん、二人の関係は、所詮部外者に過ぎない俺がどうこうできることではないけれど。
もしかしたら、何かのきっかけくらいには――
「イヤよ……」
「………………………………」
……なれないかもしれない。
簪ちゃん、ようやくの本格的な参戦。実は打鉄弐式の二次移行、他の誰よりも早く思い付いてたりします。
出るのはまだ先のことでしょうけれど。