IS〈イノウエ シンカイ〉   作:七思

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山田先生>>>束≧箒>千冬>本音>楯無>オータム≧虚>>セシリア>エム>シャル>簪>>鈴>真改>ラウラ>>>超えられない壁>>>フラッド(むしろコイツが壁)


第70話 輝星

 セシリアや鈴が、真改を外出に誘っていた頃。IS学園寮の、とある一室。

 そこでは眼帯を着けた銀髪の少女が、休日の朝早くから凄まじく真面目な顔をしていた。

 

『……受諾。クラリッサ・ハルフォーフ大尉です』

「ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐だ」

 

 その少女の名は、ラウラ・ボーデヴィッヒ。毎朝の定時報告とは別に、アドバイザーとして信頼する部下に、個人的な相談事をしているところであった。

 

『……ふっ。隊長、そろそろ連絡が来る頃だと思っておりました』

「む……?」

『情報は掴んでいます。来週のキャノンボール・ファスト、その大会当日こそまさに、織斑一夏の誕生日だということを』

「ほう……」

『ずばり、隊長のご用件は、織斑一夏への誕生日プレゼントについてですね?』

「……ふ。さすがだ、クラリッサ。お前が隊に居る限り、私にはなんの不安もない」

『恐縮です、隊長』

 

 何も話さずとも、こちらの用件を見事言い当てたクラリッサに、ラウラは感心する。そして同時に思った、この優秀な部下の助言に従えば、間違いはあるまい、と。

 

 そもそもクラリッサに助言を求めること自体が最大の失敗なのだが、例によって気付かないラウラであった。

 

『ではまず、誕生日プレゼントの持つ効果について説明します』

「ああ、頼む」

 

 自分が使う装備の能力を正確に把握していなければ、思わぬ危機を招くことになる。それは何事においても基本中の基本だ。ラウラは早く誕生日プレゼントを何にするべきか教えて欲しかったが、しかしこの説明を飛ばすわけにはいかなかった。

 

『誕生日。それは多くの人にとって、特別な日です。自らがこの世に生を受けた日。クリスマスやバレンタインデーのような世界規模でのイベントではなく、自分だけの特別な日なのです。ならばその誕生日に贈られるプレゼントもまた特別であることは当然と言えます』

「なるほど……」

 

 ラウラにとって、誕生日とは馴染みのないものである。なぜならラウラは軍用の遺伝子強化素体、生まれ方からして普通の人間とは違う、試験管ベイビーなのだ。

 ラウラ自身はそれに負い目はなく、それどころか今では思い出すことすら稀だが、しかし事実がそうであることは変わらない。クラリッサはそんなラウラの、誕生日の経験不足を補うことから始めたのだった。

 

『私が掴んだ情報によると、織斑一夏の誕生日には、必ず誕生日パーティーが開かれています。今年もそうですか?』

「ああ、確認している」

『となると、難易度は少々上がります。誕生日パーティーは、当然誕生日を迎える者が主役です。参加者は各自誕生日プレゼントを持ち寄るでしょう、それらと被らない物を選ばねばなりません』

「む……」

『過去にどのような誕生日プレゼントが贈られていたかは、既に調査済みですが……さすがに今年の物までは分かりません』

「……むむぅ」

 

 ラウラは眉間に皺を寄せて唸った。最高の誕生日プレゼントを贈り、一夏のハートをガッチリスナッチしたいのだが……。

 思いの外難しそうな作戦目標に僅かに怯んだその時、クラリッサの自信に満ちた笑い声が聞こえた。

 

『ふふ……ですが隊長、ご安心を。我に秘策有り、素晴らしいプレゼントの案を用意してあります』

「おお……クラリッサ、お前は私にとって、勝利の女神だ」

『もったいなきお言葉です、隊長』

 

 本当にもったいない言葉である。

 

「それで、どんなプレゼントなんだ?」

『まず、大きな箱を用意してください。ケーキを入れるような白い箱です。しかしサイズは、人が入れるくらいの大きさのものを選んでください』

「ふむ、まずは箱……」

『次はリボンです。フリルのついた真っ赤なリボンを、大量に用意するのです』

「む、リボンとな……?」

『事前に用意するものは、この二つです。……後は隊長、あなた自身にかかっています』

「……ほう……」

 

 そこでラウラは、意識を研ぎ澄ませた。元より、クラリッサだけに頼るつもりもない。一夏を振り向かせるには、誰よりラウラ自身が努力しなければならないのだ。

 

「十分だ、クラリッサ。これから先は、私がしなければならないことだ」

『流石は隊長、分かっていただけているようですね。

 ……では、最後の詰め、隊長のやるべきことを伝授いたします』

「うむ……頼む」

 

 

 

 そうして、クラリッサによる洗脳教室は進んでいった。

 

 このまま行けば、ラウラはクラリッサの言うがままに、秘策とやらを実行していただろう。

 

 だが、現実は非情である。計画に邪魔は付き物、クラリッサのラウラ育成計画もまた、順調だけで終わるものではなかったのだ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ただいまー」

 

 毎朝やってるランニングと格闘訓練を終えて、部屋に戻ってきた。キャノンボール・ファストが近いだけあって、アリーナはいつも満員だ。僕たち一年生がアリーナを使える機会は少ないけれど、それで腐っているわけにもいかない。

 出来ることが限られているなら、時間の使い方に悩むこともない――そんな図太さこそが必要なんだ。

 

「……あれ、ラウラはまだかな?」

 

 いつもなら出迎えてくれるルームメイトの姿がない。まあ、ラウラは僕らと違って軍人だし、生活が不安定になるのは仕方がない。以前にも、夜遅くまで起きていたり朝早くに起きたりということは何度もあった。今回もまた、なにかしらの理由で――

 

「………………………………」

 

 ――と、思ったんだけど。

 

 部屋を見渡すと、なんだか大きな、とても大きな、真っ白な箱が。

 

 部屋の隅っこにあるのが、すごく気になる――

 

「…………ええっと…………」

 

 

 なんだか嫌な予感がしたけれど、とりあえずその箱に近づいてみる。

 そしてコツン、と、小突いてみると。

 

「む、シャルロットか?」

「うひゃあ!?」

 

 な、なんか喋った!? ていうかラウラの声!?

 

「ら、ラウラ!? なにしてるの!?」

「う、うむ……実は、部下の進言を試してみたのだが、一つ問題が見つかってな……」

 

 この大きな箱の中には、ラウラが入っているみたいだ。

 ……いや、どんな状況なんだろうとは思うけれど。けどラウラって、しょっちゅう突飛なことするからなあ……

 

「すまんが、一つ頼みがあるのだが」

「な、なに?」

 

 ラウラの頼みっていうのより、なんでこんな大きな箱の中にラウラが居るのかの方が気になるんだけど。

 

「そこに、赤いリボンがあるだろう?」

「リボン? ……ああ、これかな?」

 

 部屋を見渡すまでもなく、箱の前に真っ赤なリボンが置いてあった。生地の美しさ、刺繍の見事さ、手触りの滑らかさ、飾りつけのフリルの繊細さ。きっと高価な品なんだろう。

 

 ……こんなリボン、いつ用意したんだろう。

 ていうか、なんでこんな箱に入ってるんだろう……。

 

「うむ、それだ。それで、この箱を飾り付けてくれ」

「…………」

 

 リボンで飾り付けるって、あれかな。ラッピングみたいな……包装紙はないけど。

 

「……まあ、いいけど。ラウラ、そんなことしたら出られなくなっちゃうんじゃない?」

「うむ……だがこれは本番前の予行だからな。リボンを切って出る、問題ない」

「……もったいないなあ、こんなに良いリボンなのに。それなら僕がほどくよ」

「そうか、助かる」

 

 まあ、それはいいとして。

 やっぱり、どうしても気になる。

 

「で、ラウラ。なんでこんなことしてるの?」

「む……そうだな。シャルロットは人の真似をするような人間ではないし、教えてもかまわんか」

「?」

「これはな、一夏へのプレゼントなのだ」

「…………は?」

 

 どうしよう、まったく意味がわからない。

 これがプレゼント? え?

 

「……ええっとさ、ラウラ。この箱、開けてみてもいい?」

「むぅ!? だ、ダメだ! 開けるな!」

「……えぇー……」

 

 なんか、そうも強く拒否されると逆に開けたくなってしまう。

 

「…………」

 

 ……うん、開けよう。すごく気になる。好奇心を抑えるのは、心の健康に良くないしね。

 

「……えいっ」

「ぬあっ!?」

 

 と、いうわけで。

 ラウラの言葉を無視して、箱を開けた。

 

「……………………え?」

「み……見るなっ……!」

 

 すると、箱の中には。

 

 リボンを、大事な所だけを絶妙に隠すように、身体に巻きつけた。

 

 裸のラウラが――

 

 

 

「な……なにやってんのおおおおぉぉぉぉぉっ!!!?」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「まったく……何考えてるのっ」

「むぅ……あれが極めて効果的なプレゼントだと聞いてな……」

「それ以前の問題だよっ、あんな、あ、あ、あんなっ……」

 

 シャルロットは顔を真っ赤にして、先ほどのことを思い出す。

 箱の中に入っていた、素肌にリボンだけを身につけたラウラ。パニックになりながら問い詰めたところ、本番、つまり一夏の誕生日にはこの箱を一夏に開けさせ、「私がプレゼントだ」と言う予定だったとのこと。

 一体どこの誰がそんなとんでもないことをラウラに教えたのかももちろん訊いたが、しかしそれは答えなかった。軍人として、仲間を売るなど有り得ない、と言われたのだ。

 

 ……もしここでクラリッサの名を出していたら、IS学園1年1組は、もう少し平和になっていたかもしれない。

 

「とにかく、アレはダメっ! 女の子なんだから、つつしみとか恥じらいとか、そういうの持たなきゃダメだよ!」

「うむむ……」

 

 まったくもう、とラウラを叱りながら、しかしついつい考えてしまう。

 

 もしさっきのを、自分がやったとしたら――

 

 

 

『誕生日おめでとう、一夏! 僕がプレゼントだよ(はあと)』

『ありがとう、シャル。こんな素敵なプレゼント、生まれて初めてだぜ』

『えへへ……』

『さて。俺がもらったプレゼントなんだから、俺の好きにしていいんだよな?』

『うん。当たり前じゃないか……』

『シャル……』

『一夏……』

 

 

 

「うわああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」

「ど、どうしたシャルロット!?」

「ダメ、ダメっ! ダメダメダメダメ、絶っっっ対ダメ!!!」

「わ、分かった! 分かったから落ち着け!」

 

 突然頭を抱えて悶え始めたシャルロットを、ラウラが慌ててなだめる。自室ならばまだしも、今は多くの人目があるのだ。こんな奇行を続けていれば、警察を呼ばれかねない。

 

 ……そう、二人は外出していた。その目的は、もちろん――

 

「しかし、アレがダメとなると、どうするか……」

「色々見て回ろうよ。何か素敵な物が見つかるかもしれないよ」

「むぅ……」

 

 一夏の誕生日プレゼント探しだ。気を取り直して、二人で駅前に来たのだった。

 シャルロットは薄手の黄色いセーターにミニスカート、セーターの大きく開いた襟口から、白いブラウスが覗いている。

 一方ラウラは、黒のワンピースに同色のショールを合わせていた。どちらにも控えめにフリルが施されており、風に靡く様が銀髪と相まって良く映えている。

 そんな二人が人通りの多い駅前を歩いていれば当然視線を集めるのだが、そんなことを気にした様子はまるでない。シャルロットは自分のことは少々鈍いところがあり、ラウラは周囲の視線などどうでもいいからだ。

 

「とは言ったけど、やっぱりある程度は決めておいた方がいいかな」

「シャルロットは考えがあるのか?」

「うん。腕時計なんかいいんじゃないかな、って思ってるんだけど」

「腕時計? そんなもの、専用機持ちには必要ないだろう」

「確かに、専用機のおかげで時間はわかるけど。腕時計は単純に時間を教えてくれるだけじゃなくて、ファッションでもあるんだよ」

「ほう……」

 

 言われて、イメージしてみる。一夏の左手首に着けられる腕時計、そのデザインを。

 細身の、スタイリッシュな物がいいか。いや、一夏は最近ますます男らしくなってきたし、無骨な物も……。

 

「……いや、腕時計はシャルロットの案だ。私は別の物を考えなくては……」

 

 なるほど、いいかもしれないとは思ったものの、同じ物を贈っては自分だけでなくシャルロットの印象にも悪影響だ。さすがにそれはいけない。

 となると、どんな物がいいか。ラウラにはプレゼントを贈った経験などなく、良い案はなかなか浮かばない。シャルロットのアドバイスは必須だろうが、しかし自分でも考えなくては意味がない。

 

 そうして、うんうんうなっていると――

 

「……あれ? シンと……セシリア?」

「む?」

 

 シャルロットの声に視線を動かすと、遠くに見慣れた少女の姿があった。シャルロット、ラウラと同じく、一夏の誕生日プレゼントを買いに出かけた、真改とセシリアであった。

 

「二人も買い物かな?」

「そのようだな。……しかし……」

 

 それなりに距離があり、まだ向こうはこちらに気づいていない。背を向けているので、こちらから近づかなければこのまま気づかれることはないだろう。

 そんな真改とセシリアは、こうして見ていると――

 

「……デートだな」

「……デートだね」

 

 元々中性的な容姿の真改が、今日は完全な男装をしている。するともう、見た目はほぼ男であった。

 身のこなしに隙のない、見目麗しい長髪の少年。それが今の真改の印象である。

 そしてそんな真改に微笑みかけ話し掛ける、見るからに育ちの良い金髪の美少女、セシリア。なんだか少女漫画のカップルみたいな二人であった。

 

「……やはり、似合うな」

「うん、似合うね……」

「そりゃあもう、私のコーディネートですから~」

「「うわあっ!?」」

 

 真改たちを眺めてしみじみと呟いていた二人が、突然後ろから声をかけられて跳び上がる。バクバクと音を立てる心臓を押さえながら振り返ると、そこに居たのは――

 

「ほ、本音?」

「と、箒か。驚かせるな……」

「私は驚かせていないだろう」

「いや~、二人が夢中になってたから、つい~」

 

 一人は、長い黒髪の少女。黒いシャツとミニスカートの上に、燃えるような赤いジャケットを羽織っている。

 もう一人は、猫の耳っぽいのがついた、ぶかぶかの白いパーカーを着た、眠そうな目をした少女。

 布仏本音と篠ノ之箒。少々珍しい組み合わせの二人であった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……で。何をしているんだ? こんなところで」

「それはこちらの台詞だ」

 

 訝しげに訊ねるラウラに、箒が答える。その顔はしかめっ面であった。

 

「えっとね~。いのっちを見守ろうと思って、外に出たらね~、ちょうどしののんも出かけるところで~」

「なるほど、巻き込んだんだ」

 

 あんまりな言い方ではあったが、シャルロットの言葉は的を射ていた。箒は一夏の誕生日プレゼントの購入、つまりはシャルロットやラウラと同じ目的で外出したのだが、そのタイミングを狙い撃たれたかのように本音に誘われたのである。

 

「まったく。一夏の誕生日プレゼントを買いに行くと言うから、同行したというのに……」

「べつに、嘘じゃないよ~? 私もおりむーの誕生日プレゼント、買おうと思ってたし~」

「う~ん……」

「主目的の違いだな」

 

 本音にとって、一夏への誕生日プレゼントは「ついで」なのだろう。しかしそれも目的の一つである以上、確かに嘘と断ずることは出来ない。

 

 それでもやはり、箒にしてみれば騙された気がするのは仕方がない。それでも本音に付き合ってしまうあたり、人が良いのか流されやすいのか。

 

「ん~。けどいのっち、心配いらなかったみたいだね~。せっしーも楽しそうだし~」

 

 箒がシャルロットとラウラに経緯を簡単に説明する間、真改とセシリアを眺めていた本音。嬉しそうな、しかしそれ以外の感情も僅かに混じった、複雑な表情で呟いた。

 

 しかし、そんな本音を見る三人の眼は、うさんくさいものでも見るかのようであった。

 それと言うのも――

 

「……本音」

「んん~?」

「お前、何を食べている?」

 

 本音はさっきから、スナック菓子をぽりぽりとかじっているのであった。

 1本10円で買えそうなその菓子を指差され、本音は嬉しそうに笑いながら答える。

 

「うみみゃぁ棒~」

「……う?」

「うみ……?」

「噛みました。うみゃあ棒~」

 

 どう噛めばそんな間違え方をするのかと思わなくもなかったが、しかし生粋の日本人である箒は、その歴史ある駄菓子の名を知っていた。

 うみゃあ棒。名古屋のとあるお菓子メーカーが製造している、おそらくは日本で最も有名なお菓子である。値段の安さもさることながら、ユニークかつ斬新な様々なフレーバーにより不動の人気を誇るシリーズで、本音はその新しい味を食べているのであった。

 もちろん、他のメンバーはそんなことに興味はない。

 

「とにかく~。折角せっしーがデートに誘ったんだし~、いのっちもなんだか楽しそうだし~。邪魔は良くないと思うのだよ~、私的には~」

「セシリアはどうでもいいが、真改に関しては同意だ。お前たちも、あの顔を翳らせたくはあるまい?」

「「…………」」

 

 言われて、二人はもう一度、真改を見る。

 後ろからなので、見えるのは横顔くらいだが――その顔は、ほんの僅かに、笑っているように見えた。

 

「……そうだな」

「うん。色々気にはなるけど……」

 

 物静かで質実剛健な真改と、見た目も言動も華やかなセシリア。正反対なような二人だが、それはそれで、通じ合える所があるのかもしれない。

 それに、真改が笑うのは元々珍しいことだが、セシリアがああも楽しげな笑みを浮かべるのは久しぶりに思えた。最近は時間さえあれば訓練を繰り返し、特にここ数日は追い詰められたかのような顔をしていた。それを、友人である彼女たちが心配しないはずはないのだ。

 

 そんなセシリアが、楽しそうに笑っている。なら――

 

「それじゃあ、おりむーのお誕生日プレゼント、買いに行きましょうか~」

 

 本音の声に、皆が顔を見合わせる。そこでようやく、ぼうっとしていたことに気づき。

 

「時間があるとすれば、今日で最後だ。これを逃せば、手ぶらでパーティーに出席することになるぞ?」

 

 既にプレゼントの案があるのか、箒が挑発的な笑みを浮かべて。

 

「せっかく集まったんだから、被らないようにしようね」

 

 シャルロットは冷静な意見を述べて。

 

「ううむ、何がいいか……」

 

 ラウラはぶつぶつと悩み。

 

「うまうま~♪」

 

 本音は駄菓子の味を楽しみながら。

 

 四人の少女は、手近な店へと歩き出した。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「真改さん、今日はありがとうございました」

「…………」

 

 夕焼けに赤く彩られた、ショッピングモールの屋上。落下防止のフェンスを背にして、セシリア・オルコットが西日にも負けない、眩い笑みを浮かべる。

 

「お買い物なんて、何度もしてきましたが……今日は今までで一番、楽しかったですわ」

「…………」

 

 そう言うセシリアは手ぶらだ。買った品は、全てIS学園のセシリアの部屋に届けられるよう手配してある。

 

「一夏さんの、誕生日パーティー……楽しみですわね。あの孤児院の皆さんも、とても素敵な方たちでしたし。きっと素晴しいパーティーに違いありませんわ」

「…………」

 

 好いた男の、知り合ってから初めての誕生日。それに対する期待が大きくなるのも、仕方のないことかもしれない。

 だが少なくとも、その誕生日パーティーは、決して期待を裏切ることはないだろう。それだけは、己にも断言出来る。

 

「…………」

「…………」

 

 そして。

 

 一夏への誕生日プレゼントの購入、それだけがこの外出の目的ではないことも、既に察しがついていた。

 

「…………真改さん」

「…………」

 

 忘れようとしていたのだろう。気にすまいとしていたのだろう。一切の重荷を捨て、楽しもうとしていたのだろう。今、この時だけは。

 だが、それは無理な話だ。己も体験したから良く分かる。

 

 焦りや不安という物は、目を背ければ背けるほど、心の奥底へと入り込んでくるのだ。

 

「わたくしは……わたくしは、弱いですか?」

「…………」

「わたくしは……強くは、なれませんか?」

「…………」

 

 儚げな微笑みを浮かべながら、セシリアが問う。

 気丈にも、その声は震えていなかったが――しかし己の耳は、セシリアの手が触れるフェンスが僅かに立てる音を、聞き逃さなかった。

 

「自信が持てないのです。以前はあんなにも有り余っていたのに、今はもう空っぽ。皆さんの中でただ一人、わたくしだけが一夏さんに勝てない……そんなのは相性の問題だと、わかっているはずですのに」

「…………」

「それだけのことで、わたくしの自信は揺れて、崩れてしまいました。そんな脆い自信だったのかと思うと、もう……」

 

 その姿は、まるで昔の自分を見るかのようだ。

 剣士としては未熟、AMS適性も低く、簡単な動作一つ身につけるにも時間が掛かった。成績は振るわず、テストパイロットとしてさえも、いつまでレイレナードに居られるのか分からない。

 

 そんな日々を、ずっと過ごしていた。

 

「真改さん。わたくしは、なぜ弱いのでしょうか」

 

 国を失った時、自分でも驚くほどに、何も感じなかった。

 

 あの時己は、ただただ心を奪われていた。

 

 国を滅ぼした、鋼の山猫に。

 

 豪雨のように降り注ぐ銃弾にも怯まず、山のように立ちはだかる巨大兵器を斬り裂いた、青き剣士に。

 

「真改さん。わたくしは……どうすれば、強くなれるのでしょう」

 

 だから、己が何より恐れていたのは、捨てられることだった。刃の羽を持つ蝶の意匠を見られなくなることだった。

 

「それとも、わたくしは……」

 

 強くならねば。さもなければ、今度こそ、全てを失う。その恐怖に突き動かされ、ひたすら訓練に明け暮れた。

 あの頃の己と同じだ。心から求める物に、手が届かない。追えども追えども追いつけない。焦りが焦りを呼び、どこまでも大きくなる不安に押し潰されそうになる。少年だった頃の、己と同じ。

 

 そう、同じだ。

 

 なら――

 

『――羨ましいな』

 

「……羨ましいな……」

「……え?」

 

 なら。

 

 なら、己のやるべきことは一つ。

 

『存分に悩め』

 

「……よく、悩め……」

 

 あの日、地を這いもがいていた己の前に立ち。

 

『存分に苦しめ』

 

「……よく、苦しめ……」

 

 手を差し伸べるのではなく。道を示すのでもなく。

 

『それが、お前の伸び代になる』

 

「……それを、糧にしろ……」

 

 不敵に笑いながら、傲然と言い放った、「彼女」のように。

 

『這い上がって見せろ』

 

「……追い駆けて来い……」

 

 

 

「待つ気は、ない」

 

 ――ただ、己らしく在ろう。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 待つ気はない。

 ともすれば、拒絶にも聞こえる言葉。けれどそうではないことは、わたくしには――いえ、真改さんを知る人なら、誰でもわかります。

 

 追い駆けて来い。待つ気はない。

 

 それは、わたくしなら追いつけると、何の疑いもなく信じているということ。

 

「……ふふ」

 

 いつかのように、真っ直ぐにわたくしを見つめる、黒い瞳。見ていると吸い込まれてしまいそうな、黒真珠のように輝くその瞳にあるのは、信頼ではなく――確信でした。

 

「そう……そうでしたわね」

 

 なんて、真改さんらしい。甘くはないけれど優しくて、優しいからこそ厳しい人。

 

 焦りが、不安が、苦しみが、悩みが、消えたわけではありません。

 けれど、それらを――受け入れようと、思いました。

 

「そんなの、当然ですわ」

 

 かつて誓ったこと。真改さんの隣で戦うという、わたくしの願い。

 それを叶える道が、容易いものであるはずがないのです。

 

 だって、険しく、厳しい道だからこそ。

 

 歩みたいと、思ったのですから。

 

「だって、わたくしは」

 

 気づけば、振るえが止まっていました。

 

 気づけば、かつてのそれを上回る自信が、心に満ち溢れていました。

 

 気づけば、いつものように。

 

 左手を腰に、右手を胸に当てて。

 

「イギリスの、国家代表候補生」

 

 いつかのような、見栄ではなく。虚勢でも、歪んだプライドでもなく。

 

 ただの、純然たる事実として。

 

 ――この人に。

 

「セシリア・オルコットなのですから!!」

 

 

 

 それを聞いて、真改さんは。

 

 小さな、本当に小さな。

 

 微笑を、浮かべました。

 

 

 




ISならマジで「ちょっと宇宙行ってくる」ができちゃうので困ります。

次回はもうちょっと早く更新したいです。

……したいです。

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